IS もう一つの翼   作:緋星

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こんばんわ、緋星です。

今回から、前書きとあとがきを使用してみようと思います。「にじふぁん」が閉鎖してから久々の前書きの使用に無駄な緊張がこみ上げています…ふぅ…

今回は戦闘メインです。久々の戦闘です。そしていつものグダグダです(;ω;)。読み辛いと思いますけど…許してちょんまげm(_ _;)m。

それでは、どうぞ


EP36 絶望の空

Side Another

日本海側の沿岸から約2km離れた場所。そこを通過する一つの機影があった。銀色の翼と白く輝く粒子はまるで一つの星を連想させる様な幻想的な美しさを醸し出していた。機体の名前は『銀の福音』。アメリカ・イスラエル共同開発の軍用IS。その美しい見た目とは裏腹に広範囲殲滅兵器を搭載した機体は何処を目指すでもなく、ただひたすらに飛んでいる。そう、アメリカの実験施設を破壊してからはずっと飛んでいた。何処か目的地に向かうわけでもなく、自由に白銀の星は宙を走っていた。

 

被害を出さないのならば、エネルギー切れになるのを待ってもいいのではないか、そう思う人間も少なからずはいるだろう。だがそれでは駄目なのだ。“アラスカ条約”という規約がある限り、軍用のISである『銀の福音』には自由に飛び回ってもらっては困るのだ。ましてや、ふとした拍子に隣国へと武力的介入などを始めてしまえば、もはや言い逃れなど出来ない状態に陥る。

 

となれば、アメリカ軍が出す命令はただ一つ。

 

捕縛、もしくは撃墜。その後、機体の停止処分。凍結処理。

 

一体誰がこんなことを引き起こしたのか。ISは確かに不確定で未知の部分が多いものの、自分から暴走するなどという事はまずあり得ない。詰まりこの暴走は人為的に引き起こされた事になる。

 

どうして、この様な事をするのだろうか。機動実験時、あの場に居た国軍の内部にその様な人間がいるとは思えない。大体、こんなことをしてアメリカに何のメリットもない。だとするとやはり外部の人間の犯行にしか思えない。

 

「・・・っ!」

 

悔しさに唇をゆがませる。許せない。この子を暴走させた奴、そして今こうして何もできない自分を。この子が自分の翼がもがれるところを何もせずに黙って見ていることしかできない。その悔しさと自分の非力さを呪う。

 

「…ごめんね」

 

『銀の福音』の全身装甲の内でナターシャ・ファイルスが出来るのは悔しげに自分を守ろうとする愛しい子に対して、何もできない自分の悔しさを言葉にのせて伝える事だけだった。

 

Side off

 

 

 

 

Side 黒瀬零司 セシリア・オルコット 織斑一夏 篠ノ之箒

 

ギラギラと照り付ける太陽が浮かぶ青空とその光を反射し、空に負けじと輝く蒼海の間を零司とセシリアは時速1000kmを優に超える速度で疾走していた。しかし視界の端を通る美しい水平線を楽しむ余裕など皆無であり、もうすぐ引き起こされる実戦の空気に零司は気を引き締め、セシリアは緊張で身体が強張っていた。

 

「…早いな、これは。『ストライク・ガンナー』だったか」

 

「…ええ」

 

いきなり問いかけられた言葉にセシリアは静かに応える。『ストライク・ガンナー』、セシリアの『ブルーティアーズ』の高速強襲用パッケージである。本来の『ブルーティアーズ』の搭載された六機のBT兵器『ブルーティアーズ』は全て取り外され、その部分に高出力スラスターが搭載、さらに頭部パーツとして高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』が装備されている。

 

「なるほど、これならお前が使うと胸を張って言うわけだ…」

 

「本来ならば武装は違うのですけれど」

 

そう言って、セシリアは自分の手の内に握られた武器に視線を落とす。三十八口径ガトリング『スターダスト・レイン』。毎分4000発の低出力レーザーを周囲にばら撒く、近中距離射撃武装。遠距離ではその威力は減衰し、大した威力は無いがその高い発射速度による近距離での威力はおそらく『ブルーティアーズ』の全ての武装の中でもトップクラス。なお撃ち出す弾自体がエネルギー弾という事もあり、シールドエネルギーをそのまま代用する『リロード不要』を実現した速射砲である。

 

近距離射撃戦闘に置いてはかなり優秀な武装なのに、今まで使用しなかったのが不思議だと零司が言ったところ

 

「近距離射撃戦は『ブルーティアーズ』のコンセプトに合いませんので」

 

と、セシリアに言われて、無言で口を噤んだ。時折、『ブルーティアーズ』がBT兵器実験機体という事を忘れてしまう。実戦機が出て来た時はどんな機体になっているのだろうか、と零司は考えたこともあった。

 

「それはそうと、一夏さん達はまだ出撃しないんですの?」

 

「ああ、まだだ。篠ノ之の『紅椿』の速度だとここから接近しても、十分に引き寄せられない」

 

「随分と面倒ですわね。早すぎるというのも考えものですわ」

 

「だがその速度があるから、今回の作戦が可能となっている。仕方ないさ」

 

「それはそうですけれど…」

 

「焦るな、オルコット」

 

言葉を濁らせるセシリアの肩に手を置く。耳に届く彼女の声の節々に焦りの色が窺える。今回の作戦で先陣を切る、その事に緊張しているのだろうが気の強いセシリアはその事を悟らせまいとしているのが零司には感じられたのだ。

 

「この作戦、主役は一夏達だ。俺達はあくまで誘導が目的、手を抜くなとは言わないが撃墜するつもりでやれというわけでもない」

 

「ですけれど…やはり少し心配ですわ」

 

「それは一夏? それとも篠ノ之?」

 

「その両方」

 

一夏と箒に不安がある。それはもしかしたら、この作戦に投入された専用機持ち全員が思っている事なのかもしれない。零司が作戦会議室で言った通り、『紅椿』の稼働時間はまだ一時間も行っていない。ほとんど機体性能に順応していない状態での作戦。そしてそれに付き合う様に最も重要なポジショニングに位置付けられてしまった一夏。友人としても、同じ作戦をこなす者としても、不安が残るのはいたしかたない。

 

「…正直、無理にでも二人の参加を蹴れば良かったのかもしれないな」

 

「ですけれど、今回の作戦の方が成功すると踏んだのでしょう?」

 

「ああ…実は俺の考えた作戦だと、完全に撃墜できるかは怪しいところだったんでな」

 

「…どれくらいの確率でしたの?」

 

「成功と失敗で4:6かな」

 

「それは…なんとも言えない勝率ですわね」

 

零司がそう言うと、セシリアは顔をしかめたがそんな顔をしながらも、そんなものだろうと納得していた。迎撃戦として展開されるはずだった零司の作戦はあまり勝率が高いものだとは思えなかったからだ。軍用ISのエネルギー量と機体自体の高速機動。大火力での射撃攻撃でどれほどまで命中して、どれほどまでエネルギーを削れるのか。通常ダメージと『絶対防御』発動時のエネルギー消費率はあまりにも違う。単なる大火力砲撃で『零落白夜』と同じくらいにエネルギーを削れるとは思えなかった。

 

「だが目の前に展開される実戦なんてものはそんなのばっかりだろう。勝率は低いものも少なくは無い。ましてや、絶対に勝てる勝負なんて無い」

 

「まるでそういう事態をいくつも見て来ているという口ぶりですわね」

 

「まあ、な」

 

訝しげなセシリアに零司は短く答え、考える。今更ながら、自分が元々軍属である事に気付いている人物がどれくらいいるのだろうか。少なくとも今回の作戦会議室で色々とそういうところを見せてしまったという反省はある。今でもあの部屋に居る事情を知らない人々が奇妙な視線を送っていたのが思い出せる。

 

「…迂闊だな」

 

「え?」

 

「なんでもないよ、こっちの話だ」

 

零れた言葉を誤魔化す様に言った瞬間、アラームが鳴る。零司のハイパーセンサーに敵機の反応が確認された。距離にして約500mの地点、時速2000kmほどのスピードで走る機影。この宙域内でこれほどのスピードを出せる存在は他に居ない。その事実が捉えた機影が間違いなく目標、『銀の福音』である事を知らせた。

 

「目標確認。一夏、そちらも出撃してくれ」

 

『了解、箒』

 

『ああ、任せろ!』

 

気を張った一夏の声と勢い付いた箒の声が聞こえ、二人が砂場から飛んだのが視界の隅に投影される大型マップから確認する事が出来た。不安がない訳ではない。だが作戦が決行された今、自分がやることはできるだけあの二人に負担をかけない様にする事だ。

 

「一夏と篠ノ之の発進を確認。攻め込むぞ、オルコット」

 

「ええ!」

 

零司と同じ様に胸の内に抱える不安を打ち消す為にオルコットは気合いの入った返事を返すとスラスターの出力を上げる。一気に速度が上がり、射程距離に入ると同時に『福音』の背後に取り付く事が出来た。

 

「目標補足…戦闘開始(オープンコンバット)!」

 

零司は右手にアサルトライフル『Bella』を『展開』し、ターゲットを目標にセット。そして正面に銃口を構えるセシリアの『スターダスト・レイン』と同時に引き金を引いた。火薬とレーザー粒子、橙色と翡翠色のマズルフラッシュと共に一瞬で撃ち出された数十、数百の弾丸は背後から『福音』へと襲いかかる。

 

『…ッ!』

 

射撃の発射音でこちらに気付いたのか、ばら撒かれた実弾とレーザーの波を避ける為に『福音』は右側面へと逸れる。PICを使用した、その無反動の動きはかなり素早いものであり、すぐにこちらの弾の有効射程から外れようとする。

 

「させるか!」

 

側面へとずれた『福音』を追う為にセシリアの背を蹴って、三時方向へと飛ぶと零司は『黒天』の『瞬間加速』を使用する。長距離ならば出力上、振り切られるかもしれないがこの至近距離の加速力ならば、スラスター出力を特化させた『黒天』で追い付ける。

 

零司は即座に左手に近接ブレード『Vector』を『展開』し、自身の正面に捉えた『福音』に向かって、進行方向とぶつける様にしてそのブレードを横薙ぎに振るう。だが――

 

『…La』

 

そのブレードの向かう正面から、『福音』は全身を捻る様にして方向転換。『Vector』はフレームに掠るか掠らないかの位置を通過し、手の感触とハイパーセンサーに表示された『miss』という文字で零司に舌打ちを鳴らせた。

 

「今のを避けるか!」

 

「黒瀬さん!」

 

セシリアの声を聞き、その場から急いで後退すると上空へと昇る『福音』を追う為に零司の目の前を『ブルーティアーズ』が通過する。そのタイミングで零司は差し出されたセシリアの手を掴むと高速で移動する彼女に引っ張られる形で『福音』を追う。

 

「大した機動力ですわね」

 

「ああ、ただの高出力多方向推進装置(マルチスラスター)ではこうも動けない。さすがは軍事最重要機密ってとこか」

 

言葉を交わしながらも、銃弾の雨を『福音』へと浴びせ付けようと銃口を向ける。単純な推進力ならばこの『ブルーティアーズ』よりも敵の方が上だ。だがこちらは二機いる。零司は到着した時の様にセシリアの背に回ると自分のスラスターを展開すると出力を上げ、増設スラスターとして機能させる。

 

「逃しませんわ!」

 

逃すまいとセシリアは『スターダスト・レイン』の引き金を引く。圧倒的発射速度で撃ち出されるレーザーは低出力といえど、連続で命中すれば爆発的な威力を叩き出す。『福音』もその事を察知したのか、急いで現移動ルートを左方向へと移す。

 

「機動が逸れた! この方向へと追い込みますわ!」

 

目標の方向、そちらへとずれた事を確認し、セシリアは意気込むとトリガーを引き絞り、スラスターの出力を上げる。すると、『福音』から機械質な声がオープンチャンネルで届いた。

 

『敵機確認。『銀の福音』、戦闘モードへ移行。排除、開始』

 

「…ッ! オルコット、気をつけろ! 仕掛けて来るぞ!」

 

零司の声が響く。それと同時に『福音』の動きが変わる。先ほどまで逃げ続けていた『福音』はスラスターから発せられる白い粒子が止まり、急停止を行う。その行動にハッとなった零司は焦りと共にセシリアに呼び掛ける。

 

「※ハンマーヘッド!? オルコット、止まれ!」

 

(※オーバーシュートという、高速戦闘時に敵を追いぬいてしまう事態。それを強制的に引き起こさせる動き)

 

だが零司の声はむなしく響き、セシリアはスラスターの停止を数秒遅く行ってしまった。すれ違う形で『福音』は二人の背後に回ると再びスラスターを動かすと同時に身体を海面と垂直に傾け、スラスターとして活動していない片翼を向ける。

 

「チッ!」

 

舌打ちと共に零司はセシリアから離れ、背後に飛ぶと『福音』と対峙する。そしてすぐさま左手のブレードを収納し、大型物理シールド『Anel』を『展開』。その瞬間、『福音』の翼から無数の光が撃ち出される。

 

それは砲撃。双翼に収納された『福音』の主力装備、『銀の鐘』。実弾とエネルギー弾、双方の性質を実現化した特殊兵器であり、その威力は第二世代のISを一撃で行動不能にまで陥らせたもの。

 

「ぐぅ!」

 

射撃ではなく、まるで爆撃されているかの衝撃。シールド越しにそれを感じて、零司はその威力に改めて恐怖を覚える。軍用、つまりそれは人を殺す為の兵器という事。競技用の武装と違って、その威力や殺傷性に遠慮などありはしない。

 

「黒瀬さん! 無事ですか!?」

 

「追撃しろ! 俺の事は構うな!」

 

零司に向かって『銀の鐘』を撃ち出しながら真っすぐ突撃してくる『福音』。セシリアはその二機の上空に回り込み、二機の間を遮る様にして『スターダスト・レイン』のトリガーを引く。すると直撃を避ける為か、『福音』は機動を逸らし、側面を迂回する形で零司の背後へと回ろうとする。

 

「厄介な機動力だ…縛りつけてやる!」

 

零司は側面に回り込もうとする『福音』を確認すると、スラスターを吹かしてクイックターンを行うと右肩部分にミサイルポット『Camilla』を『展開』。レーダーロックを行い、発射する。発射されたミサイルは『福音』を追尾、一定距離に入るとミサイルの腹部に当たる部分が開き、八発の小型ミサイルが発射された。

 

『…ッ!?』

 

いくら早いと言えど、小型ミサイルよりも早く動ける訳がない。的確な全方向推進により、ミサイルを巧みにかわし、『銀の鐘』により迎撃する『福音』だが、八発中一発が片足に命中する。すると蒼い電磁パルスが『福音』の足に展開され、その機動能力を阻害する。

 

「捉えた! オルコット!」

 

「了解ですわ!」

 

零司の叫びに応じる様にして、セシリアは上空から『スターダスト・レイン』で射撃、それに続くようにして、零司も右手の『Bella』で『福音』を追撃。海上に当たるレーザーの雨が海水を蒸発させ、煙を上げる。そしてその中から逃げるようにして、『福音』は後ろへと飛んだ。その瞬間、零司は通話チャンネルを繋げる。

 

相手は今作戦の主役。

 

「…今だ、一夏!」

 

零司の声は敵には聞こえない。だが『福音』は後方へと飛ぶと一瞬、動きが固まった。『福音』の離脱した方向、その直線上にあるのは高速でこちらへと接近する機影が突然現れたのだ。実際はそうではない。だが、『福音』にはそう見えてしまうのだ。光学迷彩、レーダーにも感知されないステルス仕様のマントを装備していたのだから。

 

「うおおおおお!」

 

一夏はそのマントを投げ捨てると『雪片弐型』を『展開』、それと同時に箒の『紅椿』の特殊機能『展開装甲』が大きく稼働し、速度をさらに上昇させる。それはほとんど視界では捉えられない様な速度。

 

『零落白夜』の光刃が『福音』へと迫る。『福音』は反応出来たものの、回避するには相手が早すぎる。絶好のタイミング。この一撃が当たれば、勝利はほぼ確定。この勝負、貰った。誰もがそう考えた。

 

―――だが

 

「…がっ!?」

 

一夏の口から、驚愕と苦痛の入り混じった声が上がった。瞬間、コンマ数秒に引き起こされた事態。瞬きをしたら見逃す様な時間が過ぎると、一夏は『福音』に首を掴まれていた。この場の空気が固まる。零司、箒、セシリア、三名の視線が向かった先は一夏と、彼の首を掴んで居ないもう片方の手だった。

 

それは一本の槍。矛先は長く肉厚であり、どちらかといえばブレードに近い。切断と刺突、双方に秀でた武器。パルチザンと呼ばれる装飾の少ない白銀のそれは『白式』の握る『雪片弐型』をしっかりと受け止めていた。刃が止まった…否、止められた。

 

(近接武装…装備してあったのか!)

 

皆が予想外の事態で硬直する中、零司の動き出しは早かった。一夏が『福音』につかまっている状態では、彼を楯にされかねない。そう考えた零司は『瞬間加速』で『福音』に接敵、近接攻撃を行う。

 

『…La』

 

両手を塞がれた『福音』はその状況から脱すべく、一夏を接近する零司に投げつけると上空へと昇る。それに衝突する形で受け止めると、呆ける二人に零司は激を飛ばす。

 

「ぼさっとするな! 動け、的になりたいのか!」

 

零司の叫びで我に帰った二人はすぐさまその位置から動き出す。それと同時に上空へと昇った『福音』は両翼の砲門を全て展開。エネルギーをチャージすると全身を回転させ、周囲に『銀の鐘』を振り撒く。

 

「くっ!…まだまだ!」

 

動き出しの遅れた箒とセシリアは『銀の鐘』の被弾。セシリアはバランスを崩したが、箒は展開装甲の出力で無理やり機体バランスを保つと『福音』に向かって前進。そして『空裂』を振る。帯状のエネルギー光波が薙ぎ払う様に進み、『福音』はひらりと踊る様に回避する。

 

「はあ!」

 

その回避地点へと高速で接敵すると箒は『雨月』で穿つ。それに対し『福音』はパルチザンの腹部分に『雨月』の刃に滑らせる様に当てて、流すとそのまま押し上げる様にして弾くと『紅椿』の左肩部分へと振り下ろす。だが『紅椿』の肩から『展開装甲』より射出されたブレードがそれを受け止める。

 

まるで舞う様に剣劇を繰り返す二機のIS。軍用機を相手に一対一でここまで戦う競技機が他に存在するだろうか。入り込めない戦いを見ながら、一夏はそう考えていた。そんな横で零司が箒へと叫ぶ。

 

「篠ノ之! 接敵し過ぎだ、少し距離を離さないと援護が出来ない!」

 

「大丈夫です! やれます、私と『紅椿』なら!」

 

零司の言葉を聞きながらも、箒は離脱せずに『福音』に向かって行く。そんな箒を見ながら、零司は出撃前に感じていたものが目の前に現実としてある事を再確認させられていた。

 

「一夏、付いてこれるか!」

 

「あ、ああ!」

 

「よし、来い!」

 

二人はスラスターを吹かし、『福音』と交戦する箒へと急ぐ。零司の言葉に返事を返す一夏の顔にも焦りが見えた。彼も零司と同じく、悟っているのだ。今の箒は危険だと、このままあの『福音』に向かわせるのは危険だという事を。

 

「落ち着け、篠ノ之! これは単独作戦じゃないんだぞ! もっと視野を広く持て!」

 

「箒、一人で相手にするなんて無茶だ!」

 

静止を伝える零司と一夏の声はオープンチャンネルである為に、確かに箒の耳には届いている。届いているはずなのだ。しかし、当の本人である箒は一向に戦闘を止める気配がない。

 

確かにスペック上、箒の『紅椿』はおそらく全世界、全てのISよりも高性能であろう。第四世代、開発者である篠ノ之束が『紅椿』を指して言った言葉である。第一世代の『ISの完成』。第二世代の『後付け装備による多様化』。第三世代の『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。それらの枠を超えた『パッケージ換装を必要としない、あらゆる状況下で適応可能の万能機』、それが第四世代。攻撃・防御・移動に至るまで、全てを機体一つで対応する即時対応万能機。それぞれの状況に置いて、『展開装甲』と呼ばれる『雪片弐型』の『零落白夜』を応用したシステムによって、常に最高のスペックを汎用できる。

 

機体の説明だけを聞けば、単純なスペックデータで圧倒されていなければ負ける余地のない機体。そして米国から渡されたスペックと『紅椿』のスペックを見比べても、遜色ない。まさに無敵。協力無比な機体だろう。だがそれは一端の操縦技術があればの話。

 

「箒、一人で攻め過ぎだ! このままだと!」

 

「ここまで追い込んで居るんだぞ! このまま撃墜する!」

 

遠距離用に設定されている『福音』は近接装備が付いてはいるが、そちらは畑違いなのか、徐々に剣術の心得のある箒に押されて行く。そんな状況もあってか、彼女は一夏の声に耳をかさずに攻め立てる。

 

『…ッ!?』

 

そして剣劇の末に『福音』が手に持つパルチザンがやや下に弾かれ、いくばかの隙が生まれる。そこを見逃すまいと、箒は右手の『雨月』で『福音』の胴部分を捉えた。

 

「これで――!」

 

止め、そう言いたかったのだろう。だが箒の口からその言葉は出ない。その口から出たのは歓喜の言葉ではなく、驚愕で固まる表情だけだった。

 

刃が『福音』の装甲に通っていないのだ。

 

確かに『紅椿』の持つ近接ブレード『雨月』は『福音』の横腹を捉えている。刃も当たっている。だがダメージはあるにはあるが、ほとんど掠り傷程度。それもそのはずだ。『紅椿』の近接ブレードは本体のエネルギーによって加工されて、高威力を叩き出している。それがない。その理由は単純明快である。

 

「…エネルギーが!?」

 

箒の口から出たのは驚愕と絶望の声だった。ハイパーセンサーから伝達された情報、視認できるエネルギーゲージの残量は限りなく0に近く、戦闘可能領域を切っていた。これでは第二世代の近接ブレードとそう変わりの無い威力しか出ない。

 

「やはりか!」

 

畳まれて行く『展開装甲』を見ながら、零司は苦々しく口にする。軍用ISと一対一で拮抗できる性能。『雪片弐型』の『零落白夜』を応用した『展開装甲』。それによって生み出される高出力。エネルギー消費が激しくない訳がない。

 

いくら機体性能が良くても、パイロットが未熟では意味がない。それはIS操縦の技術もあるが、ISの特性そのものを深く熟知している事も含まれる。各武装の弱点、スラスターの推進力とそれに伴う負担、そして機体そのもののエネルギー消費効率。ISの操縦技術は近接機として運用する『紅椿』の為に剣術を身につけている箒に何ら不備は無いかもしれない。だがその機体の特性は数分乗った程度で身に付くものではない。ましてや、相手は軍用機。戦場でのエネルギー切れは文字通り『死』を意味する。極限までエネルギー効率を考え抜き、それでいて競技用とは比べ物にならないエネルギーを有している。そんな機体と一対一の戦闘を立ちまわるとなれば、この結果は冷静になれば見え透いたものであった。

 

「篠ノ之!」

 

「ハッ!?」

 

驚愕に硬直する箒に体勢を立て直した『福音』はその両翼に潜む砲門を彼女に向ける。上空に居るセシリアもこの距離で発砲すれば確実に巻き込む。そして零司と一夏がいる位置は丁度『福音』と『紅椿』を挟んで後ろ側だった。

 

箒は後悔する。先ほどの『視野を広く持て』という零司の言葉。それはこの事だったのだと、この瞬間に気が付いたのだ。

 

だが、もっと大きな後悔は次にやって来た。

 

「箒いいいいいいいい!!」

 

『銀の鐘』が砲門の中で輝きを増す瞬間、叫びを上げて動いたのは一夏だった。最大出力の『瞬間加速』。『福音』を仕留める為のエネルギーが無くなるとか、そんな彼にとっては二の次になっていた。そんな事よりも、眼前の幼馴染を助けなくてはならない。その思いのみで、一夏は動いたのだ。

 

「いち――!?」

 

動いたのをかろうじて確認したのだろう。箒はこちらに来る一夏に止めろと言おうとした。だがそれよりも早く、彼女は突き飛ばされた。そしてその位置、『福音』の一斉射撃を受ける立場になったのは―――

 

「ぐあああああっ!」

 

美しいとも思える残酷な光の雨が一夏に襲いかかる。その圧倒的破壊力を持つ光弾は一夏の駆る『白式』のシールドを削り、浸食し、消滅させる。そしてほとんど一瞬の内にシールドエネルギーは底をつき、『白式』そのものを破壊し始める。『銀の鐘』を真正面から受けた『白式』のパーツが次々と砕かれ、海面へと落下していく。

 

「あ…く…」

 

耳障りな『銀の鐘』の被弾音が終わった瞬間、何か言おうとした一夏だったが全身から感じる痛みで言葉にならず、『白式』は粒子となって消滅。彼はそのまま海面へと投げ出される。

 

「一夏っ!」

 

それに反応し、零司は海面スレスレで一夏をキャッチする。ISの『絶対防御』のおかげで命は助かっているものの、受けた傷は身体に深いダメージを与え、全身に傷や火傷が広がっている。

 

「一夏さん! よくもっ!」

 

一夏が離れたところを見計らって、激しい怒りに見舞われながらも、セシリアは冷静に射撃を開始した。とにかく負傷した一夏に近づけさせない様に、零司の壁になる様にレーザーをばら撒く。

 

『…La』

 

すると『福音』はセシリアへと向かって飛翔する。片方は負傷者を抱えており、片方はエネルギー切れで戦力外と考えたのだろう。それを見た零司はすぐさま箒の下へ近付く。

 

「篠ノ之!」

 

こちらの話を聞かず、それによって仲間を負傷させた。その事に付いて、怒りと焦りを同時に感じていた零司は箒を怒鳴りつける様に呼んだ。

 

「わ、私は…私の…せいで」

 

箒はまるでうわごとのように呟き、刀を手から落とす。粒子となって消滅した刀はまるで先ほどまで彼女にあった自信そのものだった。最悪の後悔、自分が先走らなければこんなことにはならなかった。最愛の人を傷付けることにはならなかった。その事実が箒の冷静な意識を削ぎ取って行く。

 

「しっかりしろ! 篠ノ之箒! 呆けている場合じゃないんだぞ!」

 

「だ、だって…私が…」

 

「…ッ! 目を覚ませ、篠ノ乃箒!」

 

零司は『紅椿』の肩を掴んで、絶望に染まった頭を覚醒させる様に思いきり揺らす。

 

「こんなところで立ち止まるな! お前も一夏の二の前になりたいのか!」

 

「私の所為で…一夏が…」

 

「ああ、そうだ! お前の所為で一夏はこうなった! お前が俺の忠告を無視して、突出したばっかりにな! 本来ならば、お前に説教を垂れるところだ! だがそんな事をしている暇なんて無い! わかるか、今の状況がどれだけ切迫しているか!」

 

「…私…は」

 

クシャッと箒の顔がゆがむ。目に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな、子供の様な表情。そんな表情の箒に対して、零司はその苛立ちと焦りをそのままに言葉をぶつける。

 

「泣いている場合か! 泣くなら違う場所で泣け! こんなところに居ても邪魔なだけだ! 今のお前は足手まとい以外、何物でもない!」

 

叫びながら、零司は激怒していた。目の前に居る機体に酔って、最愛の人を傷つけてしまった少女に。そして何よりも、こんな事態を招いてしまった自分の甘さに。

 

どうして、連れて来てしまったのだろうか。分かっていた、この娘をこの作戦に投入すれば少なからず問題が生じる。分かっていたのに、作戦の参加を認めてしまった。何故、認めた。

 

束さんに言い寄られたから?  違う

 

スペックと束さんの腕を信じたから?  違う

 

元から立案されていた作戦だったから?  違う

 

自分ならこの娘を作戦に投入しても、こなせると考えた…そんな自分自身の甘さ。箒がこんな顔で後悔しているのも、一夏が負傷したのも、全て自分自身の甘さの所為だ。それが零司には、どうしようもないくらいに許せなかった。

 

「…お前は今から宿舎を目指せ…絶対に離すなよ」

 

消えない苛立ちを自分の胸にしまい込み、零司は短く言うと箒に一夏を手渡す。そしてウィングを稼働させ、セシリアの下へと移動する。涙を流す箒がこちらを見ていたが、それを気にしている時間は無い。今もまだ、戦闘は確かに続いているのだ。

 

「くっ…この、フラフラフラフラと!」

 

上空では先とは打って変わって、高速射撃戦が繰り広げられていた。セシリアと『福音』、双方が己の高機動力を生かして相手の隙を作り、射撃を当てようと四苦八苦している。否、四苦八苦しているのは、主にセシリアの方だ。広範囲の面制圧用に持ってきたガトリングだったが、『福音』の『銀の鐘』はガトリングとは比べ物にならない広範囲攻撃を目的としたオールレンジ攻撃。射撃速度も相手の方が勝っている為に、銃弾を捌き切れない。

 

「このままでは…!」

 

「オルコット、射撃を止めろ!」

 

削られるシールドエネルギーの残量に青ざめていると下方から聞こえてきた声に反応して、セシリアは『スターダスト・レイン』のトリガーから指を外す。そしてこちらが射撃を止めた瞬間に三発から八発ずつ、計二十四発の小型ミサイルが『福音』の死角ともいえる真下から迫り、命中。EMPを発生させる。

 

「無事か!?」

 

「ええ、まだ何とか…ですが、かなりくらいましたわ」

 

零司が確認するとセシリアの『ブルーティアーズ』のシールドエネルギーは半分を切っており、この高速機動と『スターダスト・レイン』を使用し続けたとしても、おそらく『福音』のシールドエネルギーを削りきれない。

 

「どうしますの?」

 

「…作戦は失敗だ」

 

零司の短い返事にセシリアは特に驚きの色を見せなかった。当たり前かもしれない。一撃必殺の『零落白夜』を有する『白式』と唯一『福音』と対等に戦える『展開装甲』を有する『紅椿』を失ったのだ。作戦の要は完全に無くなり、これ以上の戦闘続行は不可能となった。

 

「撤退だ。この場を離脱しろ」

 

「『福音』はどうしますの?」

 

「今はEMPで視界が完全に死んでいる状態だ。ただあと二分もすれば元に戻る」

 

未だに晴れない爆煙を睨みつける二人の間に苦い沈黙が下りる。二分、その時間が過ぎれば『福音』のあの高機動能力は復活し、逃げるこちらを追いかけて来るだろう。『福音』のトップスピードは時速2450km、『ストライク・ガンナー』装備の『ブルーティアーズ』のトップスピードは時速1500kmたらず。追跡されたら確実に追い付かれる。そうなるならば…

 

「逃げても追い付かれる。ならやることは一つだ」

 

「…黒瀬さん、まさか!」

 

セシリアは声を上げる。零司が何を言いたいのか、それは彼の表情から読み取れた。逃げれば、追い付かれる。ならば追い付かれない様にすればいい。それはとてもではないが、無謀であり、セシリアが零司に抱いていたイメージとはかけ離れた行動だった。

 

「俺が囮になる。セシリア、お前は篠ノ之と合流して、彼女を乗っけて旅館へと撤退しろ」

 

「そんな…できませんわ、そんなこと!」

 

「じゃあ他に手段があるか? ここから、負傷者を連れて撤退する方法が」

 

「ラウラさん達、もしくは先生達を救援に呼んだら…!」

 

「ラウラ達は高速戦闘装備を持っていない。ここに合流するより、お前が接触されて撃墜される方が早い。教員陣は海上閉鎖を行っているし、第二世代では戦力になるかもわからん」

 

「…だったら私も残って!」

 

「お前が残ったら、誰が篠ノ之達を連れて行くんだ」

 

零司の下す言葉は的確であり、セシリアはどうにかして案を出そうと考えるがそんなものは出て来ない。だがこの場に零司を一人残していくなんてことは彼女はどうしても避けたかった。

 

「生憎、俺は実弾武装でこの場所に来るまでは移動時もほとんどスラスターを使っていない。エネルギーなら、まだ余裕がある」

 

「ですけど、あなたには時間が!」

 

「俺のタイムリミットの事が頭にあるなら、早く行動しろ。そろそろ奴も動き出すぞ」

 

黒煙が晴れ始め、磁場も弱くなってきている。もう時間がない。だがそれでも、セシリアはそれしか方法がないなんて信じたくなかった。悔しげな表情、それを浮かべるセシリアに零司は静かに口を開く。

 

「今回の作戦、失敗を招いたのは俺のミスだ。一夏と篠ノ之、二人の参加を認めなければこうはならなかった。俺の甘さが、二人を危険にさらした」

 

「そんな…」

 

「だから、せめて尻拭いくらいさせてくれ。撤退の為の囮ならば、作戦を失敗させた無能な指揮官にも少しは拍が付くだろ」

 

零司は浮かべられる、最大の笑みをセシリアに向けて浮かべる。心配するな、そう言葉にするように、笑みを浮かべていた。

 

「安心しろ、死にはしないさ。お前を倒した男を信じろ」

 

「……零司さん」

 

「…初めて名前で呼んだな」

 

名前で呼ばれた、こんな時だというのに、その事が零司は少し嬉しかった。いや、こんなときだからだろうか。少しでも日常に戻った楽しみが合った方がこんな状況でもやる気が出て来る。こんな戦場から戻りたいと思う気持ちが強くなる。

 

黒煙が晴れる。微かに残った磁場が煙から姿を現した『福音』を縛り付けている。このチャンスを逃したら、逃げる機会を完全に失ってしまう。零司は両手にオートマチックタイプのハンドガン『Lisa』を『展開』する。

 

「行け、セシリア!」

 

「…ッ!」

 

零司の叫びに後押しされてか、心に抱いた思いを振り切る様に背を向けるとセシリアは右旋回気味に今まで来た方向へと飛び、スラスターを開くとあっという間にその姿を消した。その瞬間に磁場から解放された『福音』は先ほどまで攻撃を行っていた為か、逃げるセシリアを追う様に両翼を広げた。

 

『…ッ!?』

 

が、頭部に衝撃を受けて、パーツが弾け飛び、動きが止まる。『福音』が衝撃の飛んできた方向を見ると、零司の手に握られた『Lisa』の射線がその視線と一致した。

 

「『福音』、お前の相手は…この俺だ」

 

『……La!』

 

発せられる敵意。それを感じたのか、『福音』は距離を取る様に後ろに下がりながら曲線を描くように上昇する。それと同時に零司も『黒天』のデュアル・ウィングを稼働させ、距離をとらせまいと『福音』に続いた。

 

「『銀の鐘』は撃たせん!」

 

一定の距離を保ちながら、零司は両手の『Lisa』を交互に『福音』に向かって、撃ち続ける。一定の距離とは、約4~5m。それは『黒天』の『瞬間加速』ならばコンマ5秒で近づける距離。

 

零司は『福音』のスペックデータとこの戦いのさなかで、『銀の鐘』には発射までの両翼の展開とチャージ時間、タイムラグがある事に気が付いていた。その時間は約2秒。拡散させる事が前提の『銀の鐘』、完全に接近してしまえばその発射の隙に入り込める。そして近接武装のパルチザンはロングアーム、長物の得物だ。距離を詰めれば、それだけ使い辛い物となる。

 

『La!』

 

この距離はマズイ。その事は『福音』も理解しているのだろう。どうにか零司から距離を置こうと、上昇や下降。あらゆる方向へのターンを試みる。だがそれをハンドガンの衝撃力の強い弾丸が阻害する為に徐々に後退させられていく。

 

(大分オルコット達から距離が離れて来た…このまま追跡可能距離から弾き出してやる!)

 

ハイパーセンサーに表示される今回の作戦限りで米国から間借りしている人工衛星から受け取った地図情報によるとすでにセシリアは箒達と接触、宿舎側に向かって一直線に撤退している。こちらとの距離は離れて行っているが、まだ『福音』には追跡可能な距離だ。

 

『福音』を行かせる訳にはいかない。零司はただひたすらに目標への攻撃を行って行く。

 

『…ッ!?…ッ!』

 

このままでは押され続ける、そう考えたのか『福音』はエンジンを切ることにより急降下し、それを追う様に迫る零司に両翼の砲門を向ける。

 

「させるか!」

 

瞬間、『黒天』のスラスターから紅い粒子が多量に放出され、爆発的に加速する。『瞬間加速』のスピードに乗っかった零司は発射された『銀の鐘』に肩やバイザーを削られながらも、零距離まで接敵すると『Lisa』を投げ捨て、『Vector』を『展開』。刃そのものの様な近接ブレードを『福音』にぶつける。

 

『…ッ!』

 

すると鈍い金属音が響く。パルチザンが『Vector』の刃を見事に押さえていた。先ほどの『零落白夜』を受け止めた時といい、瞬間的な反応速度でも零司よりも『福音』の方が一枚上手なのかもしれない。

 

だがそんな状況でも、零司はニヤリと笑った。

 

「捕まえたぞ!」

 

叫ぶと零司は左手で『福音』の頭部を掴むとスラスターの出力を上げて、海面ギリギリをかすめるようにして、宿舎側と反対方向へと一気に進む。あくまで零司の目的は『福音』を撃墜することではなく、セシリア達を逃がすこと。彼女達から距離を離す事が最重要目的。それができれば、零司は作戦的には勝っているのだ。

 

(正直、帰りの事は考えてないがな)

 

だがその勝利にはリスクが付いて回った。零司のリスク、それは単純に自分自身の事。おそらくエネルギー的にも発作の制限時間的にも、目標である『福音』を撃墜するのも、逃げ出すことも不可能だろう。

 

「しっかり付き合ってくれよ、『福音』!」

 

この後、エネルギー切れを起こしたらどうなるのか、それは零司には分からなかった。ただ、少しだけ考えはあった。『福音』はこちらを追撃する。その可能性は薄いと考えていたのだ。

 

ブリーフィング時に見せられた映像を思い出す。自分を止めようとした第二世代を『福音』は攻撃した。だがその基地自体の損害はほとんど皆無だったらしい。先ほどだって『福音』は一夏を迎撃した際に戦闘不能となった『紅椿』でも、ISを失った一夏でもない。自分を攻撃していたセシリアに向かって、攻撃を再開した。

 

『福音』は暴走状態ではあるが無差別に何処かを攻撃するわけではなく、こちらの動きを拘束、もしくは攻撃を行う者に対して、迎撃を行っているにすぎないのではないだろうか。

 

それが零司の頭にあった、一つの仮説だった。

 

だったら、セシリアと共に逃げるべきだったのでは、という考えもあったがそれはすぐに打ち消された。仮説は所詮仮説。確実性の無い根拠にすがるよりも、目の前の目標を引き付けるという現実的な選択をするベきだと彼は考えていたからだ。

 

『……ッ!』

 

「グッ!?」

 

不意にブレードで拘束していた『福音』の足が動き、『黒天』の腹部に蹴りが入る。機体が揺れ、距離が少しばかり離された。

 

『La!』

 

一際甲高い機械音性が鳴ったかと思うと、すでに展開されていた砲門がこちらを捉える。零司は側面のスラスターを起動し、体勢を起こすと『Anel』を『展開』。砲撃に備える為に『福音』と自分の間にそれを置く。

 

「グゥッ!?」

 

重苦しい衝撃が『Anel』から全身へと伝わってくる。硬度の高い物理シールドはエネルギーと実弾の混同した適正を持つ『銀の鐘』によって、瞬く間に削られ、『福音』の一斉射撃が終了した頃には、すでに鉄塊となり果てていた。

 

(距離を詰めなくては!)

 

容赦無く降り注ぐ光の雨へと、壊れかけのシールドを構えながら真正面から突っ込んで行く。おそらくシールドは使い物にならなくなる。だがそれでもここで距離を離してしまったら、後は『福音』に蜂の巣にされるだけとなってしまう。

 

「ウオオオッ!」

 

突撃を軽く回避され、零司はそれを追う為にシールドをパージすると共にそれを蹴りつけ加速し、『Vector』と『Bella』を両手に『展開』すると先ほどの距離へと戻った。そんな彼に向かって、収納すれば撃てるタイミングを逃すと考えたのか、『福音』は翼の砲門を展開したままで『銀の鐘』を撃ちつける

 

『黒天』と『福音』、双方から激しい被弾音が鳴り続ける。シールドの上から貫通したダメージが機体のパーツを砕き、弾ける。黒と白のアーマーが海中へと飛散していく。

 

先ほどまでの戦闘で『福音』のシールドエネルギーは確かに削られていた。だがそれでも、底が見えない。それに比べ、『黒天』のエネルギーは裁き切れずに全身の各所に被弾する『銀の鐘』によって削られて行き、もう三分の一も残っていない状況。そして何より―――

 

「時間が…くそっ!」

 

眼前を映し出すハイパーセンサーのディスプレイに表示させる時間が刻々とそのタイムリミットへと近付いて行く。エネルギーも少ない、タイムリミットへの時間も短い。やはり無謀な戦い。撃墜による勝利という文字はもはや零司の頭から消え去っていた。

 

そんな時、ふと零司の視界に映ったものがあった。

 

それは荒波の打ち付ける、かなりの高さをほこる崖だった。その崖の岩肌にぽっかりと開けられた、高さ3m横幅は6mほどの大穴。おそらく作られた、天然の洞窟。素早くその穴を測定すると、深さは軽く15mほどあった。

 

「撃墜は出来ない…ならば!」

 

零司は叫ぶと両肩に『Camilla』を『展開』し、三発のミサイルを撃ち出す。すでに何度も痛い目を見ているそれを警戒してか、『福音』は小型ミサイルに分裂する前に『銀の鐘』で撃ち落とす。

 

光弾に触れた瞬間、激しい爆音とともに誘爆したミサイルが連続して爆散すると広範囲に微弱な電磁パルスが発生し、『福音』動きを止めるまではいかないものの、視界を奪い去った。ブラックアウトする視界。それはISに乗る零司も同じだ。そう、同じはずだった。

 

「はあああ!」

 

いきなり聞こえた咆哮に身体をビクリと振るわせた瞬間、『福音』の身体は急に側面から襲いかかって来た衝撃に引っ張られた。視界がブラックアウトしている『福音』には分からない。どうして零司が迷わずにこちらを発見し、今、自分の頭が掴まれて、引っ張られているのかを。

 

零司の視界は良好だった。目の前には電磁パルスによる砂嵐もなければ、ザーザーという耳障りな雑音もない。だが今、零司のいる空間は強力な電磁パルスで侵されている。それなのに何故、その視界は鮮明に『福音』を捉えているのか。

 

零司は捨てたのだ。自らの顔を覆い隠す様に装備されているハイパーセンサーを外していた。正しく機能しないISの視界ではなく、自身の肉眼で『福音』を捉えていたのだった。

 

『福音』を拘束した彼は『黒天』のスラスター出力を全開にする。この後のエネルギー残量など考えていない。この行動で終わらせるからだ。

 

「行けええええ!」

 

最高加速度を出した『黒天』はものの数秒で零司の望んだ目的地、先ほどの崖下にできた大穴へと最奥へと突っ込んだ。そしてすぐに左手に持ったアサルトライフル『Bella』とEMP機能をoffとし、単純なミサイルと化した『Camilla』を『福音』ではなく、洞窟の天井へと向ける。

 

零司の考えはすでに撃墜というものではない。この場に拘束するというところにあった。この洞窟を衝撃で落盤させ、この中に『福音』を閉じ込めるという算段。それがエネルギーも時間も無い、零司の考え出した勝利への道だった。

 

あとは発射させるだけ、そうすればこの洞窟は崖ごと崩れ、何トンになる岩がこの洞窟を埋める。いくらISといえど、その重量には抗う事は出来ない。これで勝利、そうなるはずだった。

 

 

 

「この子を…助けて」

 

 

 

「…ッ!?」

 

 

だが、零司の動きは固まっていた。その原因、それはセシリアを逃がす為に撃ち出した弾丸が削った頭部パーツから見えていた、操縦者の唇だった。小さく動くそれから発せられた、懇願の言葉。そして…

 

 

 

…ザクッ

 

 

 

「…あ?」

 

ガクンと零司の身体が揺れ、思考が止まった。彼が固まっていた時間は一瞬だった。だが一瞬でも、彼は眼前の敵から意識を逸らした。その隙を『福音』が逃すはずもなかった。

 

思考が途切れる代わりに激痛が腹部から広がっていく。ゆっくりと視線を落とすと、零司の眼には見たくない光景が映っていた。それは腹部に深々と突き刺さる、パルチザンの切っ先。残り少ないシールドエネルギーは一撃で消滅し、アーマーの上からその凶刃は零司の身体を貫いていた。

 

『La』

 

苦痛にゆがむ表情の零司を見て、美しい音を鳴らすと『福音』は彼の腹部からパルチザンを引き抜き、肩を掴むとその立ち位置を交換し、零司を洞窟の奥へと押し込んで、外へと飛び立つ。そしてその両翼を前に構えた。狙いは先ほど自分がいた、そして敵が潜む洞窟。

 

「く…っそ…」

 

洞窟の外でこちらに向けて、翼の展開する『福音』がぼやける視界に映る。薄れゆく意識の中、零司が見た物は砲門へと収縮される光。それは残酷なまでに美しく、冷酷なまでに冷たく、この洞窟を完全に破壊するには十分な威力を持っている。

 

(ここまで…か)

 

零司の意識が途切れる瞬間、『福音』は微塵のためらいもなくその光を解き放ち、絶望の光は彼を容赦なく飲み込んで行った。

 

EP36 End

 




はい、EP36終了でございます。いかがだったでしょうか?

先に言っておきますが、EMPとかの使用は完全に個人の見解でやってます。行動を拘束できない? そういうEMPなんですよ。大体、電磁パルス程度でISのセンサーがイカレるのはおかしい? 対IS用EMPです(キリッ…ごめんなさい、許してください。

最近、どうも忙しくて書きこみがいまいちなので、もしかしたら後々手を加えるかもしれませんが、その時は活動報告ででも報告します。

今回も読んでいただき、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします

それでは、また(^ω^)ノシ
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