今回は37話、零司君が撃墜された後の話です。
なんだか色々と突っ込みどころもあるかもですが、どうかご容赦くださいな
では、どうぞ
Side 篠ノ之箒 セシリア・オルコット 凰鈴音 シャルロット・デュノア ラウラ・ボーデヴィッヒ
周囲を包む風切り音が鼓膜を震えさせる。残り少ないエネルギーで形成されたバリアフィールドで風圧を打ち消しながら、『ブルーティアーズ』は海上を進んでいた。背に乗るはエネルギー切れの『紅椿』を身に纏う箒と全身を負傷し、気を失ったままの一夏。
「……」
二人を背に乗せるセシリアは無言でまっすぐ目的地である海岸を目指す。浮かべる表情には苦渋の色がにじんでいた。
零司はあの場所に残った。彼は一人で『福音』と対峙しているのだろう。国の威信を背負う代表候補生でもない、自分の専用機があるというだけで出て来た彼が、残ったのだ。義務に縛られているわけでもない。使命を受けているわけでもない。ただ仲間を救いたい。そう思い、残ったのだ。
(本来ならば、私が残るべきなのに…!)
代表候補生という義務ある立場。いずれは国の代表となり、いざという場合は戦場に駆り出される可能性を秘めている。そんな立場にある自分はおめおめと逃げている。
アリッシア・アッシュフォードが学園を襲撃した時も、自分は何もできなかった。零司やシャルロット、ラウラが助けに来なければ、どうなっていたかわからない。
セシリアは自分の非力さを呪う。この国に来たばかりの時、自分は選ばれた人間であると過信し、慢心していた。まさに井の中の蛙。その結果がどうだ。最愛の人も守れず、仲間を見捨てて、戦場から逃げ帰ることしかできないではないか。
(…なんて…弱い)
自分に対する怒り。それを現す様にセシリアは『スターダスト・レイン』を握る力を強くしていた。
『セシリア、こちらラウラ・ボーデヴィッヒだ。どうしてこちらに戻って来ている!』
そんなセシリアの耳に届いた、オープンチャンネルから聞こえるラウラの声。視線を上げると視界にわずかに入る距離で見知った海岸が広がっている。それを確認するとセシリアは焦りの色が籠った声で対応する。
「ラウラさん! 作戦は失敗です!」
『し、失敗!? 一体、どうしたっていうのよ、セシリア!』
『鈴、割り込むな! セシリア、状況説明をしてくれ!』
「『福音』には接触しましたけれど、『紅椿』が途中でエネルギー切れを起こして、一夏さんが負傷を…!」
『負傷!? 撃墜されたのか!?』
「ええ、かなりの大怪我を負っています! 救護班を呼んでください!」
『了解した!』
ラウラは返事をすると通話を切った。一夏はあの攻撃を受けてから、完全に意識を失っている。ISの防御機能が働いた為に、かろうじて息はしているがそれでも酷い大怪我だと言う事には変わりは無い。早急に治療が必要だ。
「セシリア、こっちだ!」
確認してから数分とかからずに目的地である海岸に辿り着くと『シュヴァルツア・レーゲン』を装着したラウラが数人の旅館の従業員達を引き連れて、手を振っていた。それに導かれ、セシリアはラウラの目の前に着地する。
「織斑をこっちへ!」
「ええ! 箒さん、一夏さんを…!」
「……」
「箒さん!」
「あ…ああ…」
一度の呼びかけでは応じずにセシリアが声色を強くするとようやく反応を返して、箒は一夏を抱きかかえて、従業員達が持ってきた担架へと乗せる。
「かなり負傷しています、迅速な治療をお願いします」
「はい」
セシリアの言葉に頷くと、従業員達は一夏を乗せた担架を持って旅館へと戻っていく。それを確認していると、セシリアにシャルロットが声をかけた。
「セシリア、作戦は失敗って言っていたけど…零司は何処にいるの?」
「黒瀬さんは…」
シャルロットの問いに、セシリアは苦虫を噛み潰したような苦い表情を浮かべる。その表情を見て、零司がこの場に居ない理由を察したのか、ラウラは声を荒げる。
「まさか…!」
「…私達を逃がす為に、現場に残りました」
「そんな!?」
セシリアの言葉に信じられないという風に声を上げたのは鈴だった。
「いくら零司が強かったとしても、相手は軍用機なのよ!? 競技用が一対一で敵う様な相手じゃない! それくらいあんたもわかってるでしょ!?」
「ええ…分かっていますわ」
「だったら…!」
「待て、鈴。セシリアを責めるのは後にしろ…織斑教官」
鈴の言葉を遮ると、ラウラは指令室となっている『風花の間』に居る千冬に通信チャンネルを開いた。彼女の行動は冷静に見えた。零司が現場で一人、軍用機と戦っている事を知りながらも、静かに次の行動へと移っていた。いや、移っているように見せていた。内心ではすぐにでも飛び立ち、零司の下へと駆けつけたい。だがそれが出来る機体スペックではない事を、彼女は重々理解している。そして零司にこちら側の指揮を任されている以上、感情的に動いて、仲間を混乱させることは避けなければならないのだ。
『ラウラか』
「教官、レイジが…」
『ああ、話は通させてもらった。あいつがまだ現場に残っているとな』
「今の状況はどのようになっていますか?」
『衛星から情報を探ろうとしているのだが、一向に映像が返って来ない。強力な磁場が発生しているのか…』
そう語る千冬の声にラウラは確かな焦りが窺えた。一年間、訓練生として彼女に付いていたがこの様な焦りを見せるのは初めてだった為に多少の驚きを覚えた。今、千冬は心のそこから焦っている。それがどれだけ危険な状況なのか、ラウラは再確認する。
「どうか迅速にお願いします。レイジは今もまだ―――」
情報をこちらに回して貰う為に催促をした瞬間、遠方から大きな物体が崩れる様な轟音がラウラ達の耳に届いた。その音にラウラのその冷静を装う仮面にひびが入る。音の聞こえた方向、それはセシリアの飛んできた方向。つまり零司が『福音』と交戦している方角という事だ。
「…ッ! 教官、早く情報を!」
『わかっている!………来た! 映像を確認! 海上に展開中の各機にも回せ!』
千冬の声を皮切りにラウラ達の目の前に人工衛星からの映像情報が展開される。若干の砂嵐が混じっていたが、映像は確かに作戦現場を映し出しており、そこに映るのは海上に浮遊する白銀のIS『銀の福音』のみだった。
「零司は…零司は何処に…!?」
「これ、作戦空域を中心に2km圏内、全て映しているんでしょ!? なんであいつの姿が無いのよ!」
飛びこんで来た情報に黒瀬零司の姿がない。その事実を受け入れられないのか、シャルロットと鈴は映像内をくまなく探しながら声を荒げ、半分予想していたが現実になってほしくは無かった、そう考えていたセシリアは映像を見ながら黙って唇を噛み、崩れた崖と対峙する『福音』を睨みつけて、ラウラは歯ぎしりをする。
そんな四人に『風花の間』で情報端末へと向かっていた真耶の震えた声が聞こえた。
『海域2km圏内…『黒天』の反応及び黒瀬零司君の生体反応…ありません』
・
「作戦は失敗、だがまだ海上に『福音』は留まっている。教員陣は海域の封鎖を続けろ」
『風花の間』で静かな指示が飛んだ。指示を飛ばすのは、全体指揮を行う千冬。その指示を各機に飛ばすのは、真耶と二人の情報班。だがそこに居るのはその三人だけではない。先ほどの作戦に失敗した一夏以外の専用機持ち達も、この場に集められていた。
「さて…」
「「「「「……」」」」」
千冬は指示が海上閉鎖を続ける教員達に届いた事を確認すると専用機持ち達の方へと視界を移した。セシリアの報告後、誰もが固く口を閉ざしている。発せられる言葉は無い。あるわけがない。提示された映像情報。そこには黒瀬零司の生体反応は無かった。ジャミングの所為だ。そう楽観視する事も出来る。だが、あの状況で楽観視できるほど、皆の精神状態は強いものでもなかった。
そんな彼女たちを流し見ると、千冬は静かに口を開いた。
「…専用機持ち各員は自室で待機していろ。今のところは我々の仕事はここまでだ」
「え……」
そんな千冬の言葉を聞いて、真っ先に声を上げたのはラウラだった。
「幸運な事に、『福音』はそれなりにダメージを受けて、今のところ休止状態となっている。足止めは出来た。後は日本政府の動きを――」
「ま、待ってください! 教官!」
ラウラは声を荒げて、千冬の言葉を遮った。聞き間違えかと思ったが、違った。千冬の言葉は紛れもない、諦めろと言っていのだ。この作戦を、この現場、そして何よりも零司の事を全て投げ出せ、と。その事がラウラには信じられなかった。
「まだ間に合うかもしれません! せめて捜索部隊を向かわせてください!」
「駄目だ、危険すぎる。それにもし、『福音』が危険を察知して、隣国へと渡ったたらどうする」
「その前に撃墜します! あの機体はダメージを負っている! だったら――」
「お前に勝てるのか? 零司が一対一で負けた相手だぞ? 奴に負けたお前で、本当に勝てるのか?」
言う千冬に鋭く睨みつけられ、ラウラは紡ぐ言葉を失う。事実、捜索部隊を出すにはリスクが大きい。こちらにあるのは専用機を除けば第二世代の機体のみ。第三世代はステルス機能を有しているパッケージは無く、エネルギーが残っているのは『甲龍』、『リヴァイヴ・カスタム』、そして『シュヴァルツア・レーゲン』、どれも隠密に特化している機体とは到底いえない。
そして千冬が提示した、『隣国へと渡る』可能性。アメリカ軍最重要機密たる『銀の福音』が他国に渡る。あまつさえアメリカは『ISの軍用化』を否定した『アラスカ条約』の主催国でもある。そんな国の軍用ISが他国に渡って、攻撃を始めた暁にはアメリカの権威失墜にもつながりかねない。そうなれば、これはもはや学園の関わるべき状況ではなくなってくる。
「今は待機しろ。下手に動いて、状況を悪化させられても困る」
「でも、織斑先生――」
「私は待機しろと命令しているんだ、デュノア。これは懇願ではない、命令だ…いいな?」
ラウラの横で、それでもと食い下がるシャルロットに千冬は冷たく言い放つ。まるで感情を殺した、機械のような声色。それに専用機持ちは焦りと不安感、そして怒りを覚えた。状況次第では国際問題に発展する。それはそうなのだろう、納得はしている。だがそれでも今、行方不明となっているのは自分の大切な教え子だろう。それなのに、どうしてそんなに冷徹でいられるのか。
「織斑先生、あなたは…!」
「お前にどう思われようと構わん。今は状況を動かさない事が先決――」
シャルロットが一歩踏み出した瞬間、作戦会議室のふすまが開いた。一斉に視線がそちらに向く。そこに立っていたのは――
「…奏? どうしてここに」
肩で息をしながら、ふすまの向こうから現れたのは奏だった。その顔からは確かな焦りが窺え、そんな彼女の名前を呼んだ鈴へと奏は口を開く。
「織斑先生…兄さんが…行方不明って…」
「…零司は…」
奏の問いかけに鈴は答えずに、俯く。その行動で奏は自分の得た情報、自分の兄が皆を庇って戦い、行方不明となった事が本当だったと悟り、表情には絶望の色が浮かんだ。
「そんな…」
「奏…」
鈴は奏の名を呼ぶ。声をかけるべきなのだろう。だけど、鈴にはかける言葉が見つからなかった。何と言えばいい。大丈夫だと無理に希望を持たせるのか。この希望の見えない状況で? 無理だ。そんな残酷な事は出来ない。奏の唯一の家族、最愛の兄が姿を消した。その事実は奏にとって、何よりも辛く、悲しい出来事なのだから。
「…奏君、君は自室に戻った方が良い。ここに居ても何も――」
「…ッ!」
ここに居ても、辛い現実が目に映るだけ。そう思った千冬なりの気遣いだったのだろう。そう言った千冬は奏に退出する様に勧めた。だが奏は退出せずに、部屋へと入ってくる。そして―――
パァンッ!
乾いた音が鳴った。皆の視線は一人の少女、篠ノ之箒へと集中する。はっきりとした怒りの籠った奏の平手打ちは彼女の頬を確かに捉え、そこは赤く染まっていた。
「どうしてですか…どうしてあなたがここに居て、兄さんが行方不明になんてなっているんですか」
「……」
「なんとか言ってくださいよ! なんで…なんであなたを庇って兄さんはっ!」
怒鳴りつける奏の眼から涙がこぼれる。そんな彼女の言葉を箒は黙って受け入れていた。全て、箒が自分に思っている事と同じだったからだ。
「あなたが調子に乗って、作戦に参加するなんて言ったから!あなたが一人で戦おうとするから! あなたが…自分の力を過信したから!」
『風花の間』に普段の奏からは考えられない様な悲痛なまでの叫びが響く。誰も、何も言わない。責められる箒にも、責める奏にも、声をかけられる者はいなかった。
「なんで…戦ったんですか…なんで兄さんは…」
そして箒を罵倒する言葉が失われ、奏はその場に泣き崩れた。そんな彼女を鈴は優しく抱きしめると、視線を千冬に送った。それを受けて、千冬は小さく頷く。
「…頼んだ」
「はい。奏…行こう。少し落ち着いた方が良いから」
肩を持って、鈴は奏を立たせるとその手を握って、『風花の間』から出て行こうとする。その瞬間、奏は短く、それでいてハッキリと箒に言い放った。
「もし兄さんが帰って来なかったら…私はあなたを絶対に許さない」
一つも反応を返さない箒に対して奏はそう言い残し、『風花の間』を後にした。それを見届けると、千冬は視線を専用機持ち達に戻した。
「お前達も待機していろ。状況の変化は追って連絡を入れる…山田先生、朝霧先生に今井先生も、彼女達に付いて行ってやってください。戻ってくるまでの情報処理は私がやります」
「…わかりました」
千冬の言葉に返事を返したのは真耶だけだった。他の二人はまるで今まで向けていた視線を翻す様に、千冬へと嫌悪の視線を向けて、箒達を部屋から連れ出して行った。
「……」
ふすまが閉じて、部屋には千冬一人となる。天井の電灯が消えた空間に浮かぶディスプレイ。そこに浮かぶ、映像を睨み付ける。そして―――
バンッ!
数枚の書類が勢いに耐えきれずに宙を舞う。千冬は目の前にあった会議卓に力の限り、自分自身へと向けられた怒りを吐き出す様にして打ち付けた自身の拳をきつく握り締める。
「冷静になれ…今は事態を収拾する事だけを考えろ」
それは先ほどの専用機持ち達の胸の内にあったものとは比べ物にならないほどの、強い怒り。それを押さえつける様に、千冬は自分自身に言い聞かせる。自分は教師であり、この場を任された者だ。他の生徒を危険にさらすわけにはいかない。そして『福音』を外国に逃がす様なマネは絶対に出来ない。故に自分にできる事は、この状況を保ち、日本政府の応援を待つことだけ。
(…無様な…!)
強く握る拳の掌に爪が食い込む。千冬は自分を軽蔑している。より的確な判断を下そうとする、冷酷な自分を軽蔑している。私は何もできないのではない、何もしていないだけだ、と。
(何が…守る立場だ! 結局、私は何もできないじゃないか!)
守りたいと思う。その思いを遂げたいとも考える。だが、自分には『福音』を葬り去るだけの力もなければ確実にそれをこなす覚悟をする事すらできない。
「…すまない、零司」
その言葉と共に、千冬は瞳をきつく閉じた。その言葉を最後に、情報班の戻るまでの『風花の間』は深く、重苦しい沈黙に支配されるのだった。
Side off
・
Side 篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ
『福音』の接触から、約三時間が経過した。千冬によって『風花の間』から追い出された専用機持ち達はあの後自室へと向かって行ったが、一人だけ自室には戻らなかった少女がいた。
「…一夏…」
その少女、篠ノ之箒は体育座りで膝を抱えながら、部屋の真ん中に敷かれた布団の中で掠れた寝息を立てる一夏を見詰めていた。彼の身体にはいたるところに治療の跡が見て取れる。衝撃による外部裂傷と脳震盪、そして身体の大部分に残る火傷の痕。至近距離からの『福音』の攻撃はISの防御機能を貫通して、彼の身体に大きなダメージを残していた。
今のところ、横たわる一夏が起き上がる様子は無い。痛みによるショックから逃れる為に、ISが緊急で施した処置によって、彼は意識を失っているからだ。だがそんな処置が、目の前にある意識不明の一夏という状況を作り出し、箒を精神的に追い込んで行っていた。
(私の…所為だ…)
自分の膝を抱えて、それに顔を隠す様にうずめる。胸の内にあるのは深い後悔。今ある、絶望的な状況は全て自分の所為で作り出されている。力に溺れた、自分の所為で。
この学園に来てから、いつも一夏から一足遠い場所に居た。セシリアや鈴の様に、彼を助ける事が出来ずに、助けられるだけだった。助言は出来たかもしれない。でも戦う彼を遠目に見ることしかできなかった。そんな状況から抜け出すきっかけとなったのが、『紅椿』という存在。
自分だけの専用機。そしてそれは誰にも負けない力を持った機体。ようやく、ようやく一夏の力になれる。
嬉しかった。心の底から嬉しかった。一夏と同じ領域に立てる事が、嬉しかった。
嬉しかった…はずなのに…
(愚か者だな…)
嬉しくて、自分から作戦の参加を申し出た。零司の不安を帯びた表情には気付いていたが、それを無視した。私ならばやれる、そう心の底から思っていたから。一夏の為になら、なんだってできると思っていたから。
そしてその結果が、このざまである。作戦目標である『福音』を撃墜出来ず、一夏は自分を庇って大怪我を負って、そして零司はそんな自分達を庇って…
頭の中で、先ほど会議室で奏に投げかけられた言葉がリフレインする。
『あなたが調子に乗って、作戦に参加するなんて言ったから!』
そうだ、調子に乗っていた。新しい力を得て、一夏と同じ舞台で戦えると思ったから。
『あなたが一人で戦おうとするから!』
そうだ、零司の忠告も聞かずに戦ったから。
『あなたが…自分の力を過信したから!』
そうだ、自分の力を…新しい力を過信した…だから…一夏も零司も傷付けた。
『なんで…戦ったんですか…なんで兄さんは…』
「…ッ」
奏の叫びとこちらを睨み付ける、涙を流すその瞳を思い出して、悲しさと悔しさに身体が震える。全て、その通りだった。何も反論できないし、するつもりもなかった。力に酔っていた。まさにその通りだ。強い力を手に入れて、舞い上がっていた。
(結局、私は何もできない愚か者だ)
昔からそうだった。強い力を持てば、それを扱いきれずに暴力として振り回す。そんな自分が許せなくて、そんな自分を律したくて、剣術を習った。力を操作し、御しきる手段を学んだ。だが、何も変わっていない。何も…変わりはしなかった。
(私には力を持つ資格なんて…無い!)
暴力の為の力、それは悪だ。そんなものに振り回されるくらいならば、いっそのこと力など持たない方がいい。そうすれば誰も傷つけることもなくなる。
(私は…もうISには…)
そう考えていた時だった。ゆっくりとドアを開く音が箒の耳に届いた。しかし顔を上げずに、それに見向きもしない。入室者はそんな彼女に近づくと頭の上から、いつも通りの平坦な声で箒に話しかけて来た。
「ここで何をしている、篠ノ之箒」
声の主、それはラウラだった。それに気付いたが、箒は顔を上げることはせずにラウラはうずくまる様に座る箒を見下ろしながら、話を続けた。
「…お前はここで何をしていると聞いているんだが?」
「私は…何もしていない」
「その様だな…いや、何もできないと言った方が正しいか」
ラウラの言葉は箒の心に針のように刺さった。だがそれは自業自得。箒は甘んじてその言葉を受ける。
「そんな状態では何もできまい。早く立て」
そう言って、ラウラは箒の肩を掴むと立ち上がらせようと引っ張る。だが立ち上がるべき本人が力を入れていない為にダランと糸の切れた操り人形のようになっている。
「立てと言っているんだ」
「私はここに居る…ここで一夏を看ている」
力なく言う箒はそんな覇気の欠片もない自分の声色に、呆れが出て来ていた。何もできないどころか、傷付けた本人が一夏を看るとは、浅ましく滑稽な言葉だと内心で自嘲気味の言葉が浮かんだ。
「だから放っておいてくれ」
「そういうわけにもいかん。お前には次の作戦に参加してもらうからな」
「…作戦?」
箒は瞳だけ動かし、ラウラを見た。その表情は真剣そのものであり、嘘を言っている風には見えなかった。
「次の作戦が決まったのか?」
「ああ、だが正規のものではない。我々の独断で行う作戦だ」
肩から手を離し、淡々と言うラウラと箒は視線を再び下へと戻す。言っている意味はわかった。つまりラウラ達は千冬の命令を待たずに、自分達のみで『福音』に対する何らかの作戦を決行するつもりなのだろう。
「馬鹿な…織斑先生の言葉を聞いていなかったのか?」
「ああ、聞いていた。つまり領域内から逃がさずに『福音』を撃墜すればいい、それだけのことだ」
「そんな事をして何に…」
「レイジを助ける」
さも当然と言ってのけるラウラ。生命反応なし、機体反応もない人物を救出しに行くと言う彼女の言葉に、箒は静かに反論する。
「しかし…黒瀬さんの反応は」
「反応は無い。だがレイジは生きている。生きて、私達の救援を待っている」
「…何故そう言い切れるんだ。反応は無かったのに」
「反応は無くとも、彼は生きている。私はそう信じている」
箒の言葉をきっぱりと否定するラウラのその瞳には確かな強い決意の意志があり、それを箒も感じ取っていた。ラウラは勝つつもりだ。そして、零司と共にこの場所で帰ってくる気でいる。あのような状況でも、諦めてはいない。そんな芯の強さ。それが箒には眩しく、羨ましくあった。
だからこそ、自分が余計にみじめに見えた。諦めないその心は、今の自分には無い。それどころか、『福音』と戦う覚悟すら無くなっている。
「その為の作戦だ。お前も来い、あれを撃墜するぞ」
「私は…もう…ISには乗らない」
ラウラの誘いを受けて、箒は自分の意志を口にした。もう『紅椿』には、乗りたくない。アレを身に纏うと、自分が見えなくなってしまう。際限ない力の波に呑まれてしまう。そして誰かを傷つけてしまう。だから、もうISには関わりたくない。それが自分の出した答えだったから。
「…ISには乗らない、か。それはお前の所為で織斑が負傷したからか?」
「…そうだ…」
「その上にレイジもあの場所から帰れなくなった」
「…そうだ…だから私はもう――」
二度とISには乗らない。箒はそう言おうとした。それが自分の意志であり、そうするのが一番いいと思っていたからだ。だが、ラウラはそんな箒の意志を打ち返す様に答えた。
「だからどうした」
「なっ…」
ラウラの一言で、箒は言葉を失ってしまった。自分はラウラにとって大切な人を傷付けた。それなのに、まるで動じずに返してきた彼女に対して動揺を隠さずにはいられなかったからだ。
「お前のせいで織斑とレイジはやられた。その通りだろう。だが、だからといってお前がそこでうずくまり、拗ねていたところで状況は何も変わらない。織斑は早く目を覚ます訳でもなければ、レイジが帰ってくるわけでもない」
「それは…」
「お前には力がある。『福音』と戦えるだけの力が。それなのに、こんなところに留まっている。そんな無駄な事をするくらいなら、少しでも倒れた者達の為になる事をしろ」
「…そんな事…出来るわけがないじゃないか!」
こちらの気持ちも考えないラウラの一方的な言葉に、箒は顔を下げたままでがむしゃらに、自分の本心をぶちまける様にして叫ぶ。
「私は傷付けたんだ! 大好きな人も! 大切な人も! 私が力を持つと、こうなってしまう! だったら私は…」
「力なんて無い方が良い…か」
「そうだ、だから――!」
「…ふざけるな!」
そこまで言って、箒の言葉は途切れた。途切れさせられた。ラウラの短く、冷たい声の後、急に胸倉を掴まれ、持ち上げられる。すると箒の目の前に怒りの表情を浮かべるラウラの顔があった。
「力を持つと傷付けてしまうから、二度と戦わないだと!? 甘ったれた事を言うな、篠ノ之箒! お前の愛する者に対する想いはそんなものか!」
「そ、そんなことは…」
「ならば何故戦わない! 愛する者を傷付けた相手を、どうして放置しているんだ! お前は他者を傷つけたくないんじゃない! お前は他者を傷付ける事で、自分が傷つくのを恐れているだけだ!」
そう言ってラウラは胸倉から手を離すと、箒を畳の上に放り投げた。箒は言葉を失っていた。ラウラの剣幕にやられた訳ではない。彼女の言葉は、まさに自分の心、そのものだという事に気付いたからだ。一夏を傷付けた事が怖かったんじゃない。一夏を傷付けた事によって、自分を追い込むのが怖かった。何で浅はかで、自己満足な考え。
「私も、力の使い方を誤り、大切な人を傷付けてしまった。他者を拒絶し、現実を拒絶し、大切な人までも拒絶しそうになった」
「……」
「だが私は二度と傷付けないと誓った。二度と間違えないと誓った。そして彼の側に居る。今、私はここにいるんだ」
ラウラの表情が少し歪んだ。彼女もまた『VTシステム』という、悪魔のシステムに身をゆだね、大切な人を傷付けた。だがその後悔を乗り越え、彼女は今この場所に居る。その事を箒は知らない。だがそれでも、ラウラが語るその言葉からは強い意志が感じ取れた。
「ラウラ…私は…」
「…決断は自分で下せ。私のやるべき事じゃないはずだ」
そう言うと、箒に背を向けるとラウラは扉へと歩いて行き、扉を開いたところで足を止めるとそんな彼女の背中を視線で追う箒に告げる。
「作戦決行は今から三十分後、
それを最後にラウラは部屋を後にした。部屋に残された箒はラウラの後を追う様にその扉を見ていたが、少ししてその視線を一夏へと移した。
「一夏…私は…」
怪我をして、包帯に巻かれた一夏の顔を見詰める。呼吸も弱々しく、時折無意識に痛みで表情が歪む。自分を守り、傷だらけになった最愛の人。皆を守り、行方不明となった大切な人。
二人の為にしなければならない事は何か。泣きごとを喚き散らしながら、一夏の顔を眺めるのか? 零司の事を思いながら、部屋の隅でうずくまっているのか? 違うはずだ。自分のやるべきことは他にある。
もし、一夏ならば…零司ならば…こんなところで立ち止まりはしない。
「…ッ!」
後ろ髪を揺らして、箒は勢いよく部屋から出て行く。その瞳には一片の憂いもない。一片の後悔もない。彼女の瞳、黒曜石の様な美しいその瞳にあるのは強い決意と新たなる覚悟だった。
・
「以上が作戦プランだ、各員頭に叩き込んでおけ」
ラウラの声が海岸に集まった者の耳に届いた。時刻はすでに午後の四時二十七分。作戦決行の時刻まで三分を切っていた。だがそこには箒の姿は無かった。
「…本当に来るのでしょうか、箒さんは」
セシリアは不安げに言うとラウラの表情を窺った。だが彼女が厳しい表情を浮かべている以外、読み取れるものは無く、深くため息を吐いた。
「仕方ないよ、自分の所為で一夏は撃墜されたって考えているみたいだったから」
「…精神的にかなりキてるだろうしね」
シャルロット、鈴も箒の参加は諦める方向で考えていた。大切な人が目の前で、しかも自分の所為で撃墜されたとなれば、自分を激しく責めるのも、精神的に酷く負担がかかるのも理解できるからだ。
「それに増援もいるし、そこまで箒の事を考える必要もないんじゃない?」
「ああ…そろそろ開始時刻だ」
そう言うラウラの視界画面に投影されたタイマーが着々と時間を刻んで行っていた。作戦開始まで、後一分十数秒ほど。
(…駄目か)
内心で呟き、ラウラは視線を一瞬だけ旅館に向けたが、すぐに海を背にして自分の前に並ぶ仲間たちに向け直した。
「それでは、十秒を切ったらカウントを始める。我々四人で確実に『福音』を―――」
そこまで言って、ラウラは言葉を切る。視線はそのまま専用機持ち達の方へと向いている。ただし、捉えているのは彼女達ではない。そのさらに後ろ、こちらに向かって全速力で走ってくる、一人のクラスメイトに向かっていた
「いや…五人、か」
その言葉とラウラの視線が自分たちの後ろに向いている事に気付き、皆が驚いた様に振り向く。すると丁度到着した箒がゼエゼエと肩で息をして、立っていた。
「ほ、箒さん!?」
「あんた、なんでここに!? 一夏の所にいたんじゃ!?」
「私も…戦うぞ…ハァ…ハァ…ラウラ」
そんな驚くセシリアと鈴の質問に短く答えると、呼吸を整えながら真っ先に箒はラウラの名前を呼んだ。
「お前のおかげで…目が覚めた」
「…そうか」
箒の言葉に満足そうに微笑を浮かべるラウラに箒も力強い笑みを返す。言葉なら、先に交わした。ならばこれ以外に必要なものは無い。後はたった一つの目的の為に、互いになすべき事をするだけだ。
「よ、よく状況がつかめないのだけど…ラウラ、何かしたの?」
「私は何もしていないぞ、シャルロット。勝手に吹っ切れただけだろう」
突然な箒の登場によって呆気にとられていたシャルロットの問いにラウラは嬉しそうに笑って返すと、すぐに表情を真剣なものへと戻す。作戦開始まで三十秒を切った。一刻の猶予もない。
「よし、これで全員そろったな。篠ノ之、時間が少ない。作戦は移動中に知らせる、それでいいな」
「ああ!」
ラウラに対して頷く箒。そこにはもはや先ほどまで泣きごとを言っていた、篠ノ之箒の姿は無い。そこに立つのは憂いも慢心も捨て、一つの決意を胸に秘めた、一人の剣士としての篠ノ之箒だった。
Side off
・
Side 織斑一夏
「…あ…」
ゆっくりと目を開けると、視界に広がったのは鉛色の空だった。今にも落ちて来そうな、そんな不安な色を見せる空。そんな空からはチラチラと雪が舞っている。そこでようやく、自分が倒れて寝ている事に気が付いた。
「あれ…ここは…?」
身体を起こすと肌寒い風が吹き抜け、目覚めたばかりの身体から体温を奪う。寒い、だが先ほどの激痛が嘘の様に無くなっている………激痛?
「そうだ…俺は確か箒を庇って…」
ボーっとする頭に徐々に記憶が戻ってくる。そうだ、俺は確か突出した箒を庇って、『福音』からの攻撃をモロに受けたんだ。それで『白式』が破壊されて、それから…
「それから…どうなったんだ?」
そこから先は記憶にない。思い出そうとしても、何も出て来ない。もしかして、死んだんじゃないだろうな。それだけは御免だ。まだやりたい事は色々あるし、それにあの後箒達がどうなったのかも知りたい。こんなところで永眠なんて御免蒙る。
「でも…じゃあ、ここはどこだ?」
とにかく周囲の確認をする為に立ち上がる。するとそこは一面の花畑だった。白い花が咲き乱れ、地平線まで埋め尽くしている。そんな花々と空から降る雪は妙なアンマッチであり、その為に嫌に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「…まさか、本当に死後の世界とかじゃ…」
十分あり得そうな光景だった。こんな景色の場所は少なくとも俺は知らないし、少なくとも臨海学校で泊まり込んでいた宿舎の周囲にはこんな光景は広がっていない。
「誰か…誰か! 誰かいないのか!?」
理解不能は空間。地平線まで見えるその風景には人一人見当たらない。その光景に不安と物悲しさを覚えた俺は力一杯声を上げる。だが何も反応は無い。嫌な感じだ。まるでこれじゃあ…
…この世界に一人しかいないみたいだ…
サクッ
「…誰だ!?」
降りしきる雪が微かに積もった場所、それを踏んだ時の軽い足音を聞いて、誰かいるのかもしれないという希望と誰がいるかわからないという不安。どちらも交えた奇妙な感情を胸に、俺は即座に振りかえった。
「…え」
そして俺は声を上げる。驚きの声。確かにそこには何かがいた。それは生き物だったし、こちらを襲う様な凶悪な表情をしてもいなかった。ただ予想外なところもあった。そう、予想外の所。それは俺の振りかえった場所に居たのは人間ではなく…
「お前が…今回の所有者か」
人語を喋る、純白の狼だった。
わんわんお
はい、EP37終了です。いかがでしたでしょうか?
ラウラが随分と熱いキャラになってましたね。どうしてこなったと思う人もいるでしょうが、この作品のラウラはしっかりしてるところはしっかりしてますから。それに軍人なんですから、仲間が倒れても、それに対する覚悟があると思ったので…どうでしょうか?
次回は『福音』リベンジ戦からです。どうか次回もよろしくお願いします
それでは、また(^ω^)ノシ