一週間。一か月の四分の一、それは長い様に思えて、案外短いものだ。学園での授業とその後の予習復習。そんな事を続けていれば、すぐに二十四時間経ってしまう。そしてそんなこんなであっという間に時間が経って――
「大丈夫なのか、零司」
「さあな」
一夏が頭を抱えているが特に気にもせずに近場のアルミ製のベンチに座る。ここは第三アリーナ内の待機場所であるAピット。IS操縦者はここでISを着用し、アリーナ・ステージへと飛び立って行くのだ。
「さあなって・・・ISも来てないんだぞ?」
「だからって騒いでも仕方ないだろ。俺に出来るのはISが来るのを待つだけだ」
やたらと一夏が焦っている原因はこうだ。セシリア・オルコットとの試合が決まった次の日に、俺と一夏に専用機が来るという話がやって来たのだ。どうやら訓練機の数が足りていないらしく、政府側が至急、こちらに専用機を回す様に話を付けてくれたらしい。オルコットも「訓練機などで戦うなど、フェアではありませんわ」とかなんとか言って、専用機の使用を了承した。専用機が来るとなれば、こちらもグータラしてられない。そう思い、教科書を開いて、もはや脳みそに深々と刻まれた基礎知識を再び引っ張り出し、一夏にはちょっとした訓練(剣道など)を付き合ってもらった。
――が、しかし今現在、そのISは届いておらず、このままでは勝負すらできないという状況にある。
「あちら側にも色々理由があるんだろ。ISの専用機なんて一週間やそこらで用意できるもんでもないし」
「どうして俺が焦ってお前はそんなに落ち着いていられるんだよ・・・」
いや、お前が勝手に騒いでるだけだろ・・・とは心配してくれてる一夏には言えずに心の中で呟いておく。
「く、黒瀬君黒瀬君っ黒瀬君!!」
何故か俺の名前を三回読んで我らが副担任、山田先生登場。そんなに焦って、転ばないかどうかが俺はとても心配です。
「はいはいはい、なんでしょうか山田先生」
「い、今さっき・・・ハァハァ・・・黒瀬君の・・・ゼェゼェ・・・」
「とりあえず深呼吸でもしてください。話されても分かり辛いですから」
「は、はいっ!!スー・・・・・ハァ」
本当に素直に言うこと聞くなぁ・・・・純粋なんだね、先生。俺はそんな純粋さの一欠片でも千冬さんにあったらどんなに良かったなって思うよ、うん。
「残念ながら、私はこういう性格なのでな」
「うおっ!?」
俺の背後に気配も無しに千冬さんが姿を現した。本当に何者なんだって思う時があるよ、この人。
「ち、千冬姉―――」
「織斑先生と呼べ、いい加減学習しろ。この一週間で何回お前の頭を叩いたと思っている」
確かに一夏と俺は呼び方で幾度となく千冬さんに叩かれたからな。いや、直そうと思ってるんだけどね、慣れってのはなかなか身体から抜けないものだ。
「お、織斑先生!!零司のISは・・・」
「何故お前がそんなに焦るんだ・・・・山田先生」
「あ、はいっ!!来ましたよ、黒瀬君の専用IS!!」
山田先生がそう言うとピットのIS搬入口が重厚な音を立てて、防御壁斜めに開いた。そしてゆっくりとこちらに差し出す様にして、それは姿を現した。
「二機?」
「ああ、右にあるのが織斑、お前のISの『白式』・・・・そしてこっちが――」
―――『黒』、それは『黒』だった。
黒という言葉以外にその機体の色を判別する言葉はない。他を圧倒し、全てを飲み込んで、かき消してしまいそうな・・・そんな黒。
「これが・・・・」
「はい、黒瀬君の専用IS『黒天』ですっ!!」
待機状態の『黒天』に触れる。すると自分の手が吸い付く様な感覚を覚えた。まるで、こいつに乗るべきだ・・・いや、乗らなければならないと急かされる様にも思えた。この『黒天』と俺は、元々一つだったんだと・・・早く元の形に戻るんだと・・・
「早く乗れ、黒瀬。フォーマットとフィッティングは試合中にやれ、生憎とここでやっている時間はない」
「いや・・・・そんな必要はないよ、千冬さん」
『黒天』に乗り込みながら、俺は千冬さんに言った。そうだ、これと俺は元々一つ。俺がこいつに乗り込むというのは、新たに『繋がる』のではなく、元の場所に『戻る』だけなのだ。だから『初期化』も『最適化』も必要ない。
―――
「なっ・・!?」
「ええっ!?」
目の前に流れる文字の羅列、それが流れるにつれて機体の形が徐々に変化し、最適化がおこなわれ、ハイパーセンサーを通して千冬さんと山田先生の驚愕が伝わってくる。装甲が俺の全身を包み込み、一体となった瞬間に全ての確認が終了。そして『初期化』と『最適化』を終了させた。そして、『戻って来た』俺を祝う様に俺の目の前に文字が映し出される。
――おかえりなさい――
「・・・ただいま」
――
そう言うと、身体をISと結び付けていた装甲の間から出ていた肌の部分に装甲が粒子となって現れ、覆い隠す。その装甲は次々に現れ、俺の胴体を余すことなく包み込むと、出現を停止。その後、大型のバイザーが俺の顔上部を覆うと全身の間接部分と背中にある大きめのデュアルウィングに真紅のラインカラーが入った。
「オッケーです、いつでも行けます」
「・・・・ああ、その様だな」
訝しげな顔をして、こちらを見ていたが現状況を見て、色々と問い質す時間も惜しいと思ったのだろう。千冬さんは小さく頷くと、ハッチを解放し、それと同時に
「いいか、零司。タイムリミットを忘れるな。いざとなったら、私が出る」
「・・・
「教官は止めろ」
つい口に出た言葉にそれだけ言って回線を切ると、千冬さんは山田先生を連れて奥へと消えて行った。その二人を見送って、俺はピット・ゲートへと移動する。
「零司っ!!」
飛び立つ準備として、カタパルトに足を付けると一夏が俺の名前を呼んだ。ハイパーセンサーで後ろを確認しながら、俺は返事をする。
「まだいたのか、早く客席にでも行け・・・危ないぞ」
「これ言ったら戻る!!」
「なんだ?」
「負けんなよ!!」
一瞬、唖然として言葉を失ってしまった。そのセリフならこの一週間で何度も聞いたってのに・・・まったく・・・
「・・・・ああ!!」
一夏の激励に応えて、俺はピット・ゲートからアリーナ・ステージへと飛び立った。倒すべき敵を倒しに・・・
・
「あら、来ましたのね。ずいぶんと遅いから逃げ出したのかと思いましたわ」
ステージへと出てすぐに空中に点在するオルコットがそんな言葉を投げかけてきた。俺はそれを無視して、彼女の機体をハイパーセンサーで分析する。
機体名は『ブルー・ティアーズ』、イギリス製の中距離射撃型IS。青いフィン・アーマーを携えたそれは大きめのスナイパーライフルを手に持っていた。あれは記憶にある、確か『スターライトmkⅢ』、六七口径特殊レーザーライフルだ。
「最後のチャンスを差し上げますわ」
「チャンス?」
相手機体を分析していると、オルコットはこちらを指差してきた。
「そう、チャンスですわ。今からの戦闘で私が一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、今このまま地面に降りて、頭を擦り付けながら謝れば許してあげない事もなくってよ」
相変わらず上から物を言う。そんなオルコットを見ながら、ため息を一つ吐き出してから口を開く。
「・・・うるさいな」
「・・なっ!?」
ぴくっとオルコットの眉毛がつり上がる。だがこちらにしては知ったこっちゃない。制限時間付きの戦いなのだ。それに試合開始の鐘はもう鳴っている。無駄な時間など少しも取りたくないのだ。
「早くしろよ、代表候補生。来ないなら、こっちから行くぜ?」
「・・・そう、では後悔なさらない事ね!!」
眉間に青筋を浮かべたオルコットは左手の『スターライトmkⅢ』を構えると、即座にこちらに向けて引き金を引いた。急に始まった不意打ちに近いそれを、俺は身体を半身にして回避、その後、オルコットの正面から避ける様にして上へと飛ぶ。
「逃がしはしませんわ!!」
オルコットは俺を追って移動し、背後からライフルを打つ。ハイパーセンサーの警告音を聞き入れ、発射のタイミングを見計らうと俺は全て紙一重のタイミングで回避、『黒天』に当たる事はない。
「次はこっちから行かせてもらうぞ!!」
両手に『
「なっ・・・きゃっ!?」
五二口径実弾と特殊散弾による弾丸の雨によって、小さな悲鳴と共に『ブルー・ティアーズ』のシールドエネルギーが減少する。次々と打ち出される実弾から退避するように、オルコットは俺の射線上から離れる。
「このっ!!」
今度は直情的に追って来たりはせずに、一定距離を保ったまま『スターライトmkⅢ』を撃ってくる。だが、それでも俺は捉えたオルコットを自分の距離から逃げさせるつもりはなかった。
「遅いな」
デュアル・ウィングのスラスターを全開にして、一気に出力を上げる。空気の壁に押し付けられるようなGの衝撃、通常の『黒天』のスピードを遥かに上回る速度でオルコットとの距離を詰める。
「これは・・・『
「もらった!!」
いきなりの行動に怯みながらも撃ち出される青いレーザーを肩が掠めるか掠めないかという紙一重で回避して、『Dalia』の有効射程に入った瞬間にその引き金を連続して引く。
ドンッ、ドンッドンッドン!!
「こ、これほどっ!!」
しかしオルコットとて、ただ棒立ちする素人ではない。移動に回転を組み合わせ、回避しようと試みる。だが連射と散弾の範囲から完全に逃れる事は出来ずにその大半の弾を受けてしまい、逃げる方向へと俺が『Anna』を撃ち出す為にそちらによっても状況は好転しない。
「どうした、代表候補生!!こんなもんか!!」
「くっ・・・・これ以上、調子に乗らせませんわ!!」
オルコットはそう言うと、旋回しながらこちらに向けて二発のレーザーを撃ち出す。一発は牽制、そしてそれの回避に転じた俺へ、左足を狙った予測撃ちだった。
キュインッ!!
「グッ!!」
空気をレーザーが渡る特有の音が聞こえ、左足に痛みが走り、シールドエネルギーが削られる。だがそれは問題じゃない、問題はこちらの攻撃がやみ、あちらの攻撃が再開した事にある。
「次はこちらに番ですわ!!」
「ちっ!!」
一定距離からの、中距離、遠距離型ライフル『スターライトmkⅢ』のレーザーの雨。それに応じる様に両手に握った『Anna』と『Dalia』の引き金を引き続ける。
「そこですわ!!」
『黒天』の肩にレーザーが掠めた。オルコットの攻撃にキレが出てきた。どうやら俺が素人だと思って、ある程度は手を抜いていたようだ。それにしてもこの距離は少々マズイ。近距離、中距離が射程距離であるこの二丁では遠距離まで対応する『スターライトmkⅢ』相手に分が悪い。かといって『瞬間加速』を使ってもおそらくそれは読まれるだろう。
「さて、どうしたもんかっ!?」
左手にレーザーが直撃し、『Dalia』が弾き飛ばされた。くそっ、考え事してる場合じゃないな。
「素人のくせに・・・私にここまで動けるなんて大したものですわ、褒めて差し上げます」
回転して衝撃を殺した俺の『Anna』の射程から離れると、オルコットは動きを止めて言った。褒められているところ悪いんだが、こっちは自分の腕の鈍り具合に気分は最悪だ。ここまで落ちぶれるもんかね。
「そうかい、それは光栄だ」
「ずいぶんと余裕そうですわね・・・でしたらその余裕、取り去って差し上げますわ!!」
そう叫ぶと『ブルー・ティアーズ』のフィン状の部分が外れ、空中に浮くと先が割れて銃口が露見し、こちらを囲み、捉えた。
「これはっ!?」
カッと銃口が青く光り、警戒音の響きが鳴って一秒もしないうちに四本のレーザーが『黒天』へと撃ち出される。
「クソッ!!」
俺は真上へと『瞬間加速』を使って、フィンの射程から離脱。だがそれを読んでいたのか、オルコットの『スターライトmkⅢ』のレーザーが俺の顔面のバイザーを捉えた。
「ガッ!!」
視界が暗転するほどの衝撃を受けた俺は急いでオルコットの射程から離れる。相手は防戦に回る。それをオルコットは理解したのか、余裕の笑みを取り戻した。
「さあ、始めますわよ!!この私、セシリア・オルコットと『
『スターライトmkⅢ』の銃口と四つのフィンをこちらに向けて、オルコットは高々と宣言した。俺を倒す、ワルツを奏でると。
・
Side 織斑千冬 山田真耶
「す、凄いですね、黒瀬君」
ピットに設置されているリアルタイムモニターを眺めながら、真耶は唖然として言葉を絞り出していた。零司の動きは、ISを今まで動かした事ない人間の出来るものではない。今はセシリアが本気を出し始めて事によって変わったが、最初の動きはもはやIS乗りとして卓越したそれだった。
「あんな動き・・・どうしてできるんでしょうか」
他のスポーツなどと同じ様にIS操縦にもセンスが関係してくる。それに適正もある。だが、あの動きはその二つに当てはまるものではない。もっと訓練的な、実践的な技術が必要となる動きだったのだ。
「どうしてですかね、織斑先生」
心の底から感心しながら、真耶は千冬に問う。だが千冬は小さく呟く。
「・・・弱いな」
「え?・・・・でも、彼は初心者ですし、あれ以上の事を望むのはちょっとハードルが高いんじゃないかと・・・」
「・・・・・・初心者ならな」
真耶に聞こえない様に再び呟く。初心者なら・・・この言葉の指す意味は一つだけだ。
黒瀬零司はIS操作の素人などではない。ましてやただのIS操縦者などでもない。
零司はドイツにいた時に千冬自らが育て上げた、愛弟子だった。今、ドイツに居るであろう教え子達に訓練を施し、教官と呼ばれる前から、彼の事を鍛えていた。基礎から教え、操作を教え、戦い方を叩き込んだ相手だ。
(たった一年でここまで鈍るものなのだな・・・)
千冬には画面の向こうで、零司が少なからず苛立っているのがわかった。おそらく自分の腕の鈍り具合に呆れと怒りが同時に来ているんだろう。
(でなければ、零司があんなにもオルコットに押されるはずもない)
千冬は確信していた。自身の育てた弟子の中で、零司は最も実力ある者だということを。高みへと進もうとする向上心、他者を圧倒するほどのセンス、戦況を判断して次の手を即座に紡ぎ出す知性、そして他者とは比べ物にならないほどの戦闘の経験値。
(・・・それもこれも全て――)
「あの、織斑先生?」
真耶の声によって、千冬はハッと我に返った。どうも少々考え事が過ぎた様だった。
「・・・なんだ山田先生?」
「いえ、なんだか話しかけても返事がなかったので・・・心配なんですか?」
「心配か・・・・する必要はないだろう」
「ずいぶんと黒瀬君の事を高く評価しているんですね」
「そんなことはない、ただ事実を言ってるだけだ」
クスリと小さく笑う真耶に対し、そっけなく返事を返す。事実、千冬は零司に対しての心配なんて事をしても無駄だろうと思っている。弟子だった時もそうだった。千冬の心配も余所にいつも零司は自分の決めた行動を曲げる事のない男だったからだ。その所為で千冬が何回、頭を悩ませた事かわかったものではない。
「・・・まあいい。それはそうと、山田先生。タイマーは?」
「あ、えっと・・・・今五分半を回りました」
あと二分半。零司が言っていたタイムリミットは八分。それがあと一分半で経ってしまう。千冬は真耶からの言葉に小さく眉を顰めた。
「あと少ししかない・・・早く決めろよ、零司」
千冬は細まる目で、画面先の零司を見詰めた。丁度、零司がセシリアを捉え、攻勢へと回ったところだった。
Side off
・
「さあ、そろそろ
まるでその言葉がビットを指揮しているのか様に、多方向からのレーザー攻撃。そしてそれを回避したところへと『スターライトmkⅢ』を撃ち込んでくる。なるほど、理にかなった戦法ではある。
「だがっ!!」
飛んでくるレーザーをバック、急旋回を組み合わせ、右手の『Anna』と左手に『展開』したハンドガン『
ガンッ!
「なっ!?」
金属がひしゃげ、貫通する音が耳に届くと同時にオルコットの表情が一変する。横を見ると、青い残骸がアリーナの地上へと落ちて行った。そう、俺が狙ったのは自立起動兵器、ビットである『青い雫』だ。言い方が悪いかもしれないが、これさえなければオルコットの『ブルー・ティアーズ』はちょっとばかし性能がいいISだ。
「どうして・・・私の『青い雫』がっ!?」
「驚く事でもないだろ、何回同じ攻撃を撃って来てるんだ」
この戦いでオルコットが『青い雫』を展開してから約一分半。ここまでの行動でわかった事がある。
「お前、毎回毎回俺の反応が一番遅いであろう場所・・・つまり死角を狙って来ているだろ?」
「・・・・っ!?」
オルコットの目元がヒクつく。彼女はどうやらビットの動かし方に癖があるらしい。彼女は人間の死角である、足元や真上を狙ってくる。つまり、普段から人間が警戒しない様な場所を付いてくるのだ。
「理にかなった攻撃であり、とても良い手だ・・・だが」
だが、逆を言えばそんな手を思い浮かぶ奴なんていくらでもいる。つまり気付いてしまえばある程度予測はしやすいということだ。
「もうちょっと応用力を付けろ。連続して攻撃を繰り返していたら、すぐに見切られるぞ。この戦法は」
「な、何を偉そうに・・・・『青い雫』!!」
オルコットは懲りずに再びビットを飛ばして、こちらに照準を向ける。それに反応して、俺は後方へと下がり、撃って来た方向へと両手に持った銃器を向ける。
ドンッドンッ!
マズルフラッシュが起こって0.5秒後、弾丸に撃ち抜かれた二つの雫は青い稲妻走らせると、爆音と共に粉砕。地面へと落ちて行った。
「そんなっ!?」
「ラストッ!!」
ガキュンッ!!
そして今、最後の一機が『Anna』の弾丸によって撃ち落とされた。俺は残弾がゼロになった『Anna』を消し、大きな刃に持ち手が付いた様な大型のブレード『
「さて、そろそろ終わりにするぞ・・・オルコット!!」
「この・・・素人のクセにっ!!」
焦りの表情を浮かべて、オルコットは『スターライトmkⅢ』の引き金を引く。こちらを狙う青い閃光を、突っ込む過程で縦旋回を行い、避けると『Victor』を構え、『ブルー・ティアーズ』へと接近する。
「これでっ!!」
ブレードの横一閃。オルコットは『スターライトmkⅢ』を構え直す事も、回避行動を取る事も出来ない。このタイミング・・・・・もらった!!
ドックン・・・・
「・・・っ!?」
ひときわ大きな心音の様な物が頭の中に響いた。完全に捉え、後はブレードを横に振るだけ。だが俺の脳みそからそんな単純な行動までも全て消し去られ、行動を止めてしまった。
(これは・・・・は・・・・っ!?)
「・・・っ・・・っ!?」
声にならない叫びが、俺の喉を震わせる。視界が紅く染まり、大きくブレる。続けて聞こえる心音もやけに大きく感じる。耳にはノイズ交じりで聞こえて来る、耳鳴りの様な甲高い音。これらの出来事に俺は覚えがあった。今、この現状でなるべきではない最悪の状況・・・
(まさか・・・時間・・・が・・・っ!!)
「隙ありですわ!!」
ハッと我に返り、ブレる視界のなかでオルコットを見る。至近距離で彼女の『ブルー・ティアーズ』のスカート部分。そこに設置されていた突起が外れて、こちらへと向いた。
「残念でしたわね・・・『ブルー・ティアーズ』は六機あってよ!!」
発射されてたそれは
「くそっ・・!?」
ドガァァァン!!
悪態を付いた瞬間、俺の身体は爆音と閃光に包まれ、紅い世界に包まれた視界が黒く落ちていった。
・
Side 織斑千冬 山田真耶
「・・っ!?」
「お、織斑先生!?」
モニタールームの千冬は画面へと身を乗り出す。今の動き、その動作、それは話に聞いた、そして何より自身の目で確認したとある行動に酷似していたからだ。
「だ、大丈夫ですよ、織斑先生。黒瀬君のシールドエネルギーはまだ残ってますから・・・」
「山田先生、今タイマーは!?」
「えっ!?・・・ええと、もうすぐ六分ですけど」
真耶にそう告げられ、千冬は一層表情を険しいものにした。零司が予告していたタイムリミットよりも早い。だが、今の動きは明らかにおかしかった。セシリアのミサイルを感知できなかったのはいい。それは零司の見方が甘かっただけ。問題はその前・・・ブレードを振りかぶって、セシリアに接近した時だった。
(明らかに零司の動きが止まった・・・・もし何か策が合って止めたなら、あそこで攻撃を回避しないはずはない)
「・・・・山田先生、デッキに『打鉄』はあるか?」
「えっと、今は配備されてませんけど・・・一体どうされたんですか。ずいぶんと焦っている様に見えますけど」
「だろうな・・・」
千冬は内心で舌打ちをしていた。甘かった。制限時間内に零司がオルコットを倒すであろうと踏んでいたが、零司の腕がなまっていたのと、制限時間が短い事を予想の一つもしていなかったなんて・・・と。
「仕方ない、待機所から持ってくるか・・・・山田先生っ!!」
「はっ、はいっ!!」
「オルコットをアリーナから退避させるように呼びかけてくれ、私は少し席をはずす」
「せ、席をはずすって・・・あ、織斑先生!?」
真耶の呼びかけを無視し、千冬は速足にモニタールームから出る。セシリアが「引け」と言って、素直に首を縦に振るとは思えないが、それでもやってもらうしかない。そうでなければ・・・
「・・・怪我人どころではすまなくなるぞ」
Side off
・
Side 黒瀬零司 セシリア・オルコット
「あのようなタイミングで隙を見せるなんて・・・やはり素人ですわね」
至近距離での『青い雫』を撃ち込んだ事によって、シールドエネルギーをごっそり削った後にアリーナの地面にたたき落とされた零司。それを囲む煙を上空からセシリアは見下していた。
しかし、セリフとは裏腹に彼女は笑みを浮かべてはいなかった。正確には、浮かべるよりも考える事があったからだ。
それは先のブレードによって切りかかって来た時の事だ。
あの男はこちらへと飛んできて、振りかぶった剣をセシリアへと振ろうとした。だが、刃は届く事はなく、急に停止した。そしてその瞬間の零司の表情がよりセシリアの思考を混乱させていた。
その時の表情は苦悶に満ちており、まるで何かに耐える様に歯を食いしばっていたからだ。
「・・・・・・まあ、私にとってはどうでもいいことなのですけど・・・」
これは試合、油断を見せたら負けるのだ。だから相手にそんな情けをかける必要もない。そう言って、セシリアは無意味な考えをシャットダウンしようとした。
だが、そんな必要もなかった。
・・・ザワッ
「・・・っ!!」
代表候補生セシリア・オルコットの思考はそこで停止した。否、停止せざる得なかった。感じたのだ。まるで首を絞められるかのような、重苦しい何か。圧倒的なプレッシャー。無意識に手に持った『スターライトmkⅢ』を構える、そんな行動を取らせる様な緊迫感。
「一体・・・何が・・・」
セシリアは自分の行動も理解できない。相手はただの素人。確かに良い動きはする。自分に付いて来たのも、正直本当に素晴らしいと少しは思った。だが、それでも所詮は素人だ。ここまで自分が警戒する者でもないはず。それなのに、セシリアの全身は何故か新たな緊張感を覚え始めている。
「あ・・・ああ・・・・」
かすかに、爆煙の中からセシリアの耳に零司の声が聞こえてきた。だが声色はまるで違う。さっきまでの言葉を吐いていた時のはっきりとした声ではなく・・・まるで地の底から聞こえてきそうな掠れ声だった。
「ぐ・・・うぅ・・・」
煙が晴れる。そこには漆黒のIS、『黒天』。頭を押さえる様にして、左手を額に当てるその姿があった。そして煙が晴れた瞬間、セシリアはより一層、理解する事になる。
この気持ち悪いほどのプレッシャーは、見下している零司のモノである事を。
「何者なんですの・・・あなた・・・」
「・・・いるんだ・・・・」
セシリアの問いかけには応えずに、呟く、まるで呪詛を唱える様に重苦しい、息苦しいとすら感じる声で。
「敵が・・・・目の前に・・・いる」
そしてだんだんと息苦しさが消え、声がはっきりと聞こえて来る。そのたびに、遺憾ながらセシリアは背中に冷や汗を浮かばせていた。これは何かと、セシリアは自分に問うが、理解できないものに応えを出すことはできない。ただ一つ理解できるのは・・・・
・・・今は、好機。
「まだ試合中だって事をお忘れかしら!!」
まだ零司の『黒天』のシールドエネルギーは半分を切ったくらいだ。そしてセシリアの『ブルー・ティアーズ』のエネルギーは三分の一程度。押されている状況には変わりない。ここから一気に勝利へと進む。
「動かないのなら仕留めさせていただきますわ!!」
『スターライトmkⅢ』の銃口から青い閃光が瞬く。まず機動力を奪う為に、左足を狙った一撃だった。
しかし・・・・
バシュンッ!!
「なっ!?」
レーザーは左足に命中しなかった。『黒天』が右手に持ったブレードで撃ち落としたのだ。理論上、近接ブレードでレーザーを弾く事は可能だ。しかし着弾までの時間はたったの0.4秒。その間に構えもしないで反応し、ブレードでレーザーを弾くなんてことは、セシリアにとって今までの訓練や試合では初めての経験だった。
『オルコットさん!!すぐに試合を中断してください!!聞こえますか!!』
「中断って・・・何をばかな事をおっしゃるの!?試合はまだ―――」
「・・・お前か」
山田先生の言葉に応えながら、構えを固くするセシリアをバイザー越しの視線が射抜く。セシリアは視線を元の位置に戻す。そして視界に映った零司はグッと足を曲げ、背中のデュアルウィングが広がる。
「お前が・・・俺の敵かっ!!」
反応する時間もない。零司の声がセシリアの耳に届いた時は、すでに目の前に『黒天』の姿があった。そして驚愕する間も無しに、『Victor』が『ブルー・ティアーズ』の肩のアーマーを抉った。
「きゃっ・・・あ!?」
肩が外れる様な激痛と衝撃を感じ、怯んだセシリアの顔面を『黒天』の左手が掴む。そして次の瞬間、押しつぶされる様なGを背中に受けた。『黒天』が『瞬間加速』したのだと、瞬間的にセシリアが気付くには時間が足らなかった。
「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」
『黒天』を纏った彼は獣の様な咆哮を響かせながら、超高速で空中を引き摺り回す。しかもその速度は、先までの『瞬間加速』よりも数段上の速度を弾き出していた。バリアエネルギーを削る、つまり人体の生命に異常を及ぼす様な速度を。
「かっ・・・・あ・・・」
・・・バキッ!!
空気という名の壁に衝突を繰り返し、その度に衝撃波(ソニック・ブーム)によってシールドを貫通するレベルのダメージをくらうと同時に、『黒天』の二の腕部分に仕込まれた小型パイルバンカー『Denis(デニス)』によって、額にあった装甲が粉砕される。
「潰れろおおおおっ!!」
『黒天』は急停止をすると、一気に真下へと『瞬間加速』をする。爆発的な推進力に身体を拘束された私はそのまま地面へと激突する。
「かはっ・・・」
呼吸すらもままならない状態から受けた、地面を割る様な衝撃。『ブルー・ティアーズ』の残りシールドエネルギーはあっという間に機体維持警告域(レッド・ゾーン)を超えて、操縦者生命危険領域(デッド・ゾーン)へと移行。もはやこれ以上の追撃などもってのほか。やり過ぎですらある。
だが―――
バァンッ!!
「かはっ!?」
『く、黒瀬君!!駄目です!!これ以上は操縦者の生命に関わります!!』
真耶の焦った声がアリーナに響き渡る。零司はもはやシールドエネルギーも限界であるセシリアをまるでボールでも投げる様に、会場の壁に投げつけた。そして弾き飛ばされていたショットガン『Dalia』を拾い上げると、何のためらいもなく引き金を引く。
ドガンッ、ドガンッドガンッ!
『く、黒瀬君!!止めなさい!!止めて!!』
悲痛ともいえる真耶の叫びが響き、会場にも異常などよめきが広がって行く。容赦がないというレベルではない。まさに目の前にいるのは競技の相手ではなく、敵として排除しようとしている様にしか見えない。
そう、敵なのだ。零司から見た、今のセシリアは敵。
「敵は・・・殺す」
――これは敵だ。壊さなければならない。だから壊す。是非もない。
零司の『Dalia』が再装填(リロード)を要求する頃、セシリアのISが強制解除された。ギリギリのところで意識を保っているのか、彼女は薄い目で『黒天』を確認する。そこには再装填の終わった『Dalia』をこちらに向ける・・・・『黒天』の姿があった。
「ひっ!!」
絞り出す様な悲鳴がセシリアの喉から零れ、両手で自身を庇うようにして頭を抱える。普通の人間ならばここで引き金を引く事はないだろう。だが、今の彼ならやる。撃たれる。そうセシリアは直感で感じ取った。そして願う。
「誰か・・・助けて・・・!!」
引き金に掛った指が引かれる一歩手前のところで、セシリアは逃避する様に瞳をきつく閉じた。そして次の瞬間、彼女の耳に届いた音は―――
バキンッ!!
―――何か固いものが切り落とされる様な、そんな音だった。
「え・・・・」
予想外の音に瞳を開けて、頭を上げる。そしてセシリアが目にしたのは、狂気に染まった『黒』ではなく・・・
「やり過ぎだろ・・・これ以上は」
自分を護る様に立つ、『白』だった。
「あなたは・・・」
「大丈夫か、セシリア」
そしてその『白』を纏っていたのは、織斑一夏だった。一夏はセシリアを庇うように、最初から装備されていた近接ブレード『雪片弐型』を構える。
「どうしちまったんだよ・・・お前」
「・・・お前も・・・」
「おい・・・零司!!」
「お前も・・・敵か!!」
切断された『Dalia』を投げ捨て、『Victor』を構える『黒天』。それを見た一夏は直感する。今の零司は危険過ぎると言う事、そして目の前に出てしまった以上、戦うしかないという事を。
「やるっきゃない・・・か」
初期化も最適化もついさっき終わったばかりで、自分はこの機体の事を理解していない。それでもやるしかない。そう腹にすえた一夏は『雪片弐型』を上段打突の構えで、零司と対峙する。
しかし、ここで異変が起こった。
「あ・・・・ああ・・」
零司が左手で再び頭を押さえる。彼の視界に映るのは、『白式』でもセシリアでも一夏でもない。彼の目に映っていたのは・・・
「それは・・・」
『雪片弐型』。それは嘗て、織斑千冬が使っていた、たった一つのIS専用武器。それを見た瞬間、零司の動きが止まった。自身の恩師の武器がその場に存在する事が零司にどのような影響を及ぼすのか、それはわからないが、確かに彼の動きが止まった。
「『ブリュンヒルデ』の・・・・千冬さん――」
「織斑先生だと言っただろう、この馬鹿弟子が」
次の瞬間、不意に聞こえた声に反応しようとするが、零司の身体は衝撃と共に地面へと叩き伏せられた。首の上には峰の向いた日本刀型のブレード。そして背中には第二世代型IS『打鉄』を装着した千冬の姿が合った。
「千冬姉!?」
「一夏!!オルコットを連れてピットへ行け!!担架を用意してある!!」
「わ、わかった!!」
この場は教師である千冬に任せたほうがいいと思ったのか、一夏はセシリアを抱き抱えるとBピットへと消えて行った。千冬はそれを見届けると、自身の下にいる弟子の耳元で囁きかける。
「落ち着け、零司・・・あれはお前の敵じゃない」
「敵じゃ・・・ない」
「そうだ、だから落ち着け」
静かに、子供をあやす様に囁きかける。敵ではない。その一言で零司の表情から焦りにも似た感情が消えて行く。
「俺は・・・」
何かを言おうとして、零司は意識を失った。『黒天』が待機状態である黒いチョーカーに姿を変え、それを確認すると千冬は刀を消滅させて零司を抱き上げる。
「馬鹿弟子が・・・過去にとらわれ過ぎだ、お前は」
自身の愛弟子にそう言うと、千冬は出てきたAピットへと飛んで行った。こうしてIS学園一年一組、クラス代表者決定戦は勝者無しという形で幕を閉じたのだった。
EP3 End