IS もう一つの翼   作:緋星

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大分、遅れてしまった申し訳ありませんでしたああああああああ! m(_ _;)m

いやもう、忙しくて涙が出る!そして自分の筆の進まなさに絶望を覚える! ガッテム!

内容はいつも通り、良く言えば「読み手を選ぶ」作品です。悪く言えば何だって? 止めてください、死んでしまいます

そんなわけで、EP39始まります。出来れば、楽しんで行ってね!


EP39 新たな剱

Side 織斑一夏

 

「お前が…今回の所有者か」

 

白銀の世界。そこに現れた一匹の白狼はこちらに向かって、そう言った。

 

その声は足元に広がる雪面の様に冷たく、氷柱の様に鋭い、透き通る様なソプラノ。声だけでも美しいと思えるそれを聞いても、今の俺が覚えたのは感激でも歓喜でもなく、驚愕だけだった。

 

白狼はその大きな、獰猛とも思えるその凶悪な牙をチラつかせる口で確かに喋った、喋ったのだ。

 

「今までの所有者と比べれば随分と貧相な奴だな」

 

「……」

 

「本来ならここに来るような人物でも…おい、私の話を聞いているのか?」

 

少々、咎めるように言う白狼の言葉にハッと我に返った。完全に放心状態だった。だってそうだろ、目の前に喋る狼なんかが出てきたら、誰だって驚いて固まるって。というか、逃げ出さないだけマシな方だろう。

 

「まったく、ひ弱で貧相かと思えば人の話も聞けないか…呆れた奴だな、お前は」

 

「なっ…!?」

 

言葉通り、目の前の白狼は呆れの色を込めた視線でこちらを見て来る。そんな視線に少しばかりカチンと来て、声を荒げる。犬畜生が人間様に逆らうなとは言わない。犬にだって好き嫌いはある。ましてや喋るくらいに特殊な犬なら、その感性も人間のそれに近いのかもしれない。だがそれにしても、初対面の人間に対してボロクソに言われては、頭に来ることだってある。

 

「ほう、寒さで頭をやられたのではと思ったが…私の言葉を聞いて、怒りくらいは覚えるか。当り前か、敵に敗北し、それが許せない。その怒り故にお前はここに来たのだろうからな」

 

淡々と語る白狼の言葉に俺のカッとなった頭が急激に冷めて行く。敗北、それはおそらく『福音』との戦いの事を指しているのだろう。確かに俺は敗北した、だがそれを何故この白狼が知っている。

 

「その質問に答えるのは簡単だ。お前の事を、私はずっと見ていたのだ。故にお前の敗北は知っている」

 

ずっと見ていた。白狼はそう言った。だが、残念な事に俺の知り合いにはこんな珍妙な狼はいないし、こんな極寒の地にも足を踏み入れたことは無い。

 

「それってどういう…」

 

そう白狼に問いかけるが、彼女 ―声が女性声なので、暫定的に彼女としよう― は俺に背を向けると軽い足取りで雪原を進んで行く。

 

「なんなんだよ…一体」

 

文句を口にしながら、白狼の後を追う。だが不満はそこまでなかった。何故だかは分からない。よく分からない場所にこの寒空。それに喋る狼。理解不能な事が山ほどあるのに、不思議と俺の頭と身体はここに対するストレスをあまり感じないでいた。

 

それどころか、少し居心地の良さすら感じ始めた。軽い身体と独特の浮遊感にも似た感覚が身体にある。

 

(もしかして…コレは夢なのか)

 

そう考えてから、もしかしなくてもそうだろと自分の中でつっこむ。当り前だ、つい先ほどまで俺は日本の夏の海の上で戦っていたんだ。それなのになんでいきなり極寒なんだ。真逆だろ、状況が。

 

夢ならば、仕方ないか。そんな風に考えたとした瞬間、白狼から鋭い声が飛んだ。

 

「目の前の出来事を夢と認識して、逃げる事はたやすいな。弱い人間の陥り易い思考だ。まあ、お前にはお似合いかもしれんがな」

 

…どうしてあの犬っころはこちらの神経を逆なでする様な事を言うのだろうか。

 

「…じゃあ、夢じゃないなら何なんだよ」

 

「夢じゃないなら、他にあるのは一つだけだろう」

 

「…馬鹿げてる」

 

そう否定すると頭を振った。現実な訳がない。だが頭の奥底では、今の全身に降り注ぐ雪と風の冷たさが夢にしてはあまりにもリアリティに富んだもので、白狼の言葉が事実にも思えた。

 

意識では否定しても、本能は承諾している。そんなアンバランスな感覚。

 

「ここは紛れもない現実であり、お前は自分の意志で私を呼んだ。だからお前の目の前にはせ参じたのだ」

 

正面を進む白狼はさもつまらなそうに言った。だがそれは納得いかない。俺は人生に一度だって、「喋る白狼に会いたい」などとメルヘンな事を思ったことは無いからだ。

 

「その様な形で呼ばれたのならば、私は今頃お前の喉元へと噛みついているだろうな。下らない事で呼ぶな、と」

 

随分物騒な事を言ってくる。おそらく、本気だろう、声のトーンが二オクターブくらい下がっている。

 

「犬はもう少し人懐っこいものだと思ってたけどな」

 

「私の見た目が狼なのは、お前の前だからだ。少なくとも前任者の前では違う姿だったよ」

 

「違う姿?」

 

言っている意味が良く分からない。違う姿とは何なのか。狼は狼に生まれた時から、その姿のままのはずだ。他の姿を取るなど、あり得ない。

 

「それは普通の狼の事だろう。私はアレとは違う。強いて言うなら、今は狼の被り物を着ているとでも言うべきか」

 

…ますます意味がわからない。確かに人の声を発しているが、彼女は狼だ。まさか人間が変身しているなんてことは、科学技術の発展したこの時代の言い訳としては無理がある。むしろそれならば人語を話す狼の方がまだ納得がいく。

 

「ならばそれで納得しろ。そんな質問に答える事が、お前にとって有意義な事とも思えんしな」

 

そう言って、白狼は少し歩くペースを速める。おそらくこれ以上、この手の質問は意味を成さないのかもしれない。どうも、ここは俺の理解の範疇を超えている節がある。郷に入れば郷に従え。学園でもそうだったように、順応していくしかない。

 

「…あれが見えるか」

 

そんな考えで数分、黙って歩いていると急に白狼は足を止めて、こちらに向かって言った。俺は彼女の視線の先を見る。すると、そこには一本の大木が立っていた。

 

「なんだあれ」

 

「今回のお前の終着点。お前の求める物がある場所だ」

 

「俺の求める物…?」

 

それが何か分からずに、白狼に聞き返すもすぐに返答は無く、止めた足をまた動かし始める。そんな彼女の後に続く。

 

「先程、私はお前に呼ばれたと言ったな」

 

「…あ、ああ」

 

話の再開は唐突で、こちらのペースなどお構いなし。だから俺はただ頷いた。

 

「呼ばれた理由、それはお前が敵に敗北したからである。そこも話したな」

 

「ああ」

 

「ならば、その時に願ったこと…それをお前は覚えているか?」

 

そんな白狼の問いに、俺はすぐに答える事は出来なかった。願ったこと…その時とは俺が『福音』に敗れた時の事だろう。だがその時に、俺は何かを願うなんてことはしていないはずだった。何故なら、目の前には『福音』と箒がいて、あいつを守る為だけに必死になっていたのだ。ほとんど反射で動いた。その時の思考に何かを願うなんて暇は無かったはずだ。

 

「そうだな、お前はただひたすらに自身の愛しい人を守ろうとしていた。そこに何かを考えるなんてことはしなかった。まさに意識の贅肉を全てこそぎ落とした思考だ。自分の危険など顧みないその行動を引き起こすそれは本能と言っても過言ではないだろう」

 

褒められているのか、貶されているのかわからない言葉に俺は少し困惑して、頭を掻いた。

 

「だが故にお前は自分の願った純粋で、強い願望を理解していなかった。その行動の根本にあるもの」

 

俺の行動の根本にあるもの。それが俺をこの場所へと引き寄せ、自分を呼んだのだと白狼は言った。よく理解できない。自分が理解できない訳ではない。だが、俺は何か特別な思いを抱いて、あの空を飛んでいたのだろうか。

 

「着いたぞ」

 

白狼にそう言われ、足を止めると俯き加減だった顔を上げる。目的地、そこは大木の根元。遠目で見てもかなり大きな木だと思ったが、近付いてみるとその巨大さを改めて感じられた。高さは300mをゆうに超えており、並みのビルよりも高い。おそらく太さも相当なもので、人間が数十人はいないと一週分にならないくらいに大きい。

 

そんな大樹の根元。そこには一人、人間がいた。

 

その大樹に背を預けたその人はボロボロの服を着込み、無作法に伸びた黒長髪はその顔を隠すには十分過ぎる量だった。

 

その人物に抱いた印象。それは見た目や怪しさから来る不快感や不安感ではない。むしろその姿に覚えたのは安堵と親近感。まるで昔からの親友に久しぶりに出会った、そんな懐かしさ。

 

その懐かしさはそれまでの考えを無理やり、全てを洗い流してしまう様な、ある意味で暴力的ともいえる感覚。

 

「…ようやく来たか」

 

そして何よりも響く声はとても穏やかで―――

 

「よろしくな、一夏」

 

――遠くに置いてきてしまった、記憶のようだった。

 

Side off

 

 

Side 篠ノ之箒 セシリア・オルコット 凰鈴音 シャルロット・デュノア ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

「マズイ、第二形態移行(セカンド・シフト)だ!」

 

海上に現れた『福音』が作り出す、巨大な光の繭。それを見た際に飛び込んで来た情報を叫ぶラウラの声に皆の思考と共に動きが止まった。

 

セカンド・シフト、それは専用機における第二の最適化(フィッティング)の様なものである。ただ最適化と違うところは、機体の経験値が一定以上に達した時になる事。そして、その機体の能力を大きく変化させる事である。

 

最適化は所詮、その機体が乗り手にとって最高の状態へと合わせるだけ。セカンド・シフトはその機体の形そのものを変化させ、今までの経験で得た情報を元に最善の形へと変わる。

 

言うなれば、ISの進化。

 

『キィアアアアアアアア!』

 

甲高い機械音が海上に響き渡る。それは先ほどまで『福音』が出していた、美しいとも思える鈴の様な機械音ではない。金属同士を擦り合わせた様な、耳障りな凶音。まるで怪物の鳴き声だ。

 

「両翼を潰したのに…まだ動くの!?」

 

いいや、逆だ。ラウラは鈴の言葉に内心で返す。『福音』は先の攻撃で移動用スラスターであり、主兵装である『銀の鐘』を搭載した両翼を切り落とされた。その両翼は『福音』にとって戦闘を行う上で必要不可欠なものだった。『福音』は自身を守る手段を失った。闘争手段もない。ならばどうするか。

 

失ったのなら、再び翼を得るしかない。

 

自分を守るには新たな翼を得て、戦うしかない。

 

そんなラウラの考えは間違ってはいなかった。それは生物に例えるなら一種の生存本能なのかもしれない。周囲の脅威が、自分自身に迫る暴力が、生き残ろうとする『福音(彼女)』の進化を促したのだ。

 

『……』

 

『福音』の咆哮は止まり、両翼が繋がっていた部分へ、繭となっていた光が集まって行く。そしてその光はゆっくりと形を成して行く。

 

それは翼。

 

こちらの目を潰す様な激しい輝きではなく、優しく温かな感覚さえ覚える様な美しい光。個体物として存在はしない、だがその場所に確かに存在する事を確認できる、そんな青白いエネルギーによって形成された光の翼だった。

 

「これが…『福音』の第二形態…」

 

そう呟き、予想外の出来事に固まる少女達。そんな彼女達を、新たな翼を得た『福音』は海上に足を付けると見上げる。その瞬間、皆は心に急激な寒気を覚えた。感じたもの、それは『福音』から発せられる感情。警告音(アラーム)やセンサーなどでは捉えられない、確かな敵意。

 

本能(いしき)恐怖(けいこく)する。あれは危険だ。

 

「…ッ!? 鈴、鎖を外せ! 奴が動くぞ!」

 

真っ先に動いたのは…否、敵意に射抜かれた心を持ったままで真っ先に動けたのはラウラだった。今、眼前に居る『福音』と直接接触している鈴に叫ぶ。

 

「え…」

 

だが、鈴の反応は遅かった。ラウラの言葉を認識した時には、『福音』の胴体部に喰い込ませた『ボルティック・チェーン』を外すよりも早く、相手が動いた。『福音』は突き刺さった鎖を引き寄せると同時に、停止状態から一気に加速した。

 

「なっ…ぐっ!?」

 

鈴は急に襲いかかってきた前へと進む勢い、そして次の瞬間に感じた首への圧迫に驚きながら、苦しげな声を上げる。

 

まさに一瞬、ほんのコンマ数秒の間、それだけの油断。

 

その間に起こったのはたった二つの動作だけ。翼を広げ、鈴めがけて突撃。それだけの行動。先ほどまでの『福音』ならば、そこまで回避に困る動きでもなかった。

 

だが、鈴の眼前には『福音』が居た。天使の様な光の翼を携えた、白い悪魔が。

 

「鈴!」

 

動き出した『福音』とその眼前で首を絞められる鈴、それを見た箒が上げた声によってセシリアとシャルロットの固まっていた身体と頭がようやく動きだす。だが、それでは遅い。箒が叫びを上げた瞬間、『福音』の双翼が鈴を包み込み、鈴にめがけて『銀の鐘』を撃ち出した。

 

四人の目に映ったのは発光する翼、四人の耳に届いたのは強烈な爆撃音。鈴は悲鳴を上げたが、その全ては打ち消され、外には聞こえない。

 

「チィッ!」

 

その絶望的な光景に一矢を撃ち出したのはラウラの『ブリッツ』。レールカノンから発射された砲弾は光翼を作り出す『福音』へと向かい、それを回避した『福音』の手から鈴が解放される。そして落下する鈴をシャルロットが受け止める。

 

「シャルロット、鈴は無事か!」

 

「意識は失っているけど、無事だよ!」

 

シャルロットの言葉通り、鈴は無事ではあった。おそらく起動時間自体は短かったのでエネルギーの消費が少なかった為であろう。生命維持装置が発動し、鈴は数時間前に同じ様に集中砲火を浴びた一夏と同じ様に意識を失っていた。

 

「よくも――!」

 

「――やりましたわね!」

 

かろうじて形が分かる程度のパーツが残っている、そんなボロボロの『甲龍』を見て、怒りに叫ぶ箒とセシリアは『福音』へと攻撃を開始する。

 

箒は『展開装甲』によって、一気に加速し、距離を詰めると右手に握る『雨月』を横一閃に薙ぐ。だが――

 

「なっ!?」

 

その刃は片手で受け止められた。驚愕しながらも、その腕を見ると白銀の装甲にヒビが入り、そこから翼と同じ蒼い光が刃の様な形を成して、突き出していた。

 

「エネルギーブレード…!?」

 

装甲を突き破って出て来たブレード。それは武装と呼ぶにはあまりにも不格好。しかし武装と呼ぶには十分な破壊力を持った物でもあった。

 

「だが、こんなもので―――!?」

 

こんなもので防ぎきれると思うな。そう言い、箒は左手の『空裂』で『福音』に切りかかろうとして、止まった。何故止まったのか、それはこれ以上、相手の間合いに入り込まない為だった。箒は見つけたのだ、『福音』の頭部に、胴体に 足に、腕に、全身に広がる無数のひび割れを。

 

『アァアァアアアァアアアッ!!』

 

「つっ!?」

 

咆哮。それに続くようにして、『福音』の全身のヒビ割れからエネルギーの刃がハリネズミの様に突き出す。一つ一つが『雨月』を受け止められる出力を持った刃。それがまるで雪崩の様に箒に襲いかかる。

 

「箒さん、離れて!」

 

セシリアの声に反応して、箒はすぐさま『空裂』を防御姿勢に持って行き、押し出される刃に弾かれた。何枚かの刃は装甲を削ったが、致命打には至っていない。そして箒が弾かれたのを見計らって、セシリアは素早く『スターダスト・シューター』のトリガーを絞る。

 

撃ち出されたレーザーは三発。一発はトリガーを引いた瞬間に居た『福音』の場所に撃ち込み、残り二発は先ほどの初動における加速を計算して、次の移動方向への予測撃ちだった。

 

そしてセシリアの予測通りに『福音』は回避行動に移り、撃ち出されたレーザーは確かに『福音』を捉え、予測撃ちの一発が胴体へと命中した。しかし――

 

「…!? そんな…!」

 

セシリアの声に重なって、レーザーの弾かれる音が鳴る。『福音』を捉えたレーザーは装甲から突き出たブレードによって、打ち消される。そして反撃として『福音』は海上を背にして、その翼をセシリアに向かって羽ばたかせる。

 

「くうっ!」

 

逃げるセシリアを追う、翼自体がエネルギーになった為にチャージを省く事に成功した『福音』の『銀の鐘』。その攻撃を完全には回避できないものの、致命的な一撃を避け、弾幕の合間を縫って、レーザーを撃ち込む。

 

「このままだと追い付かれる!」

 

「箒、セシリアを追え! シャルロットは私と一緒に回り込むぞ!」

 

シャルロットの言葉に反応して、ラウラが指示を飛ばす。箒は『紅椿』のスラスターを起動し、『ブルーティアーズ』を追い、二人とは違う方向、『福音』を挟み打ちにできる方向へとラウラと鈴を付近の小島に置いたシャルロットは回り込む様に動く。

 

「ハァッ!」

 

「落ちろっ!」

 

箒達の射撃は『福音』の加速を阻害し、セシリアとの接触を阻んでいるが、セシリアのレーザー、シャルロットのアサルトカノンとショットガンの弾雨、ラウラのレールカノン、箒の攻性エネルギー波ですら、『福音』の装甲から突き出す刃によって弾かれ、ただひたすらに前進を許してしまう。

 

「こちらの攻撃が無力化されているのか…化物め!」

 

箒は憎々しげに言葉を吐き出す。発射口から発射される必要の無くなった事によって、四方八方、あらゆる方向に発射可能となった『銀の鐘』と、全身から突き出す事で攻防一体としたエネルギー刃。あれではほとんど無敵だ。その上に――

 

「箒、このままじゃ戦闘空域を離脱する! どうにかして足を止めなければ!」

 

ラウラの声が聞こえ、箒はその焦りの色をさらに深くする。そう、箒を、そして皆を焦らせている原因の一つが戦闘空域という言葉だ。

 

本来、IS条約である『アラスカ条約』に置いて、その高過ぎる性能を危険と見なし、ISを使用した戦闘(・・)行為は禁じられている。だが、何故今、箒達が『福音』と戦闘する事が許されているのか。

 

それは内陸から数十km圏内に指定された戦闘空域に置いて、「暴走したISである『福音』を撃墜する」という名目があるからだ。

 

つまり、もしこのまま『福音』が戦闘空域を抜けてしまった場合、『アラスカ条約』により箒達は絶対に『福音』に手を出す事が出来なくなってしまうのだ。

 

そしてこの先の空域を抜ければ、近隣国との接触は免れない。自体は本格的な国際問題に発展し、最悪、世界に大きな混乱を招く。故にこれ以上、『福音』を内陸から離させる訳にはいかないのだ。

 

「逃がしは…しない!」

 

箒の意志に応じる様に『展開装甲』から放出される粒子出力が上がっていく。そして『福音』の背後に喰らい付いた『紅椿』は両手に握るブレードから攻性エネルギー波を『福音』本体ではなく、光る両翼へと撃ち出し、命中させる。

 

「行かせはしない…来い、化物!」

 

『テッキ、セントう行どう、継ぞく。戦闘続コウ、ゲイ撃行どう、最ダいレベる…排ジョカいし!』

 

『紅椿』の攻撃に怯んだ『福音』から壊れた機械の音声は断続的に鳴り、聞き取り辛くも、ハッキリとした敵意を周囲に告げた。そして『福音』は迎撃目標を『ブルーティアーズ』から『紅椿』に移行。身を翻し、箒に向かって加速する。

 

「はああああ!」

 

『キィアアアァァアアッ!!』

 

正面からぶつかり合う様にして動く二機の接触は早く、そこから肉薄した接近戦がはじまる。箒は敵機の全身から出る刃の隙を縫おうと、刀を振るう線の攻撃で無く、打突による点の攻撃に重点を置いて、『福音』を攻め立てる。それに対する『福音』は周囲に近付かれまいと『銀の鐘』をばら撒きながら接近戦を行う。その両手両足から出る刃で、『紅椿』の刀を逸らし、まるで暴走しているとは思えない的確さで首や両手の関節部分、致命打になる個所を固執して狙う。

 

それは一人の剣士と一匹の獣、双方は一片の隙も見せまいと切り、突き、払い、避け、ただ打ち合う。

 

「箒さん、援護を!」

 

そこにセシリアが援護射撃を送る。『福音』は背後から飛んできたそれを難なく回避。さらに右足からの回し蹴りでこちらに迫る箒の『雨月』を弾き、バランスを崩させるとその手にパルチザンを展開し、立て直すよりも早く、一閃の突きを『紅椿』に当てる。

 

「ぐっ!?」

 

『敵性ハンのう、破壊、破カイ、ハかい、はかイ…』

 

壊れたスピーカーからの音声がなり、『福音』は全員を激しく回転させる。すると全身のヒビ割れと両翼からセカンド・シフト前とは比べ物にならない、視界を覆い尽くすほど多量の『銀の鐘』を撒き散らす。

 

「くうっ…!」

 

攻撃性を持った光の雨は各専用機のエネルギーを削って行く。広域殲滅の為に作り出された大量破壊兵器。その性能をいかんなく発揮する『福音』。『紅椿』は装甲が削られ、『リヴァイヴⅡ』の『ガーデン・カーテン』の四枚がさねのシールドは残り一枚、『シュヴァルツア・レーゲン』は片方の『ブリッツ』が破壊され、背に搭載された特殊兵装をパージした。そして『ブルーティアーズ』は――

 

『スラスター破損、機動力30%ダウン』

 

「…なっ!?」

 

セシリアの表情に恐怖の色が広がる。『福音』がばら撒いた『銀の鐘』の数発がスラスターを捉え、その三割が破壊されてしまったのだ。

 

「セシリア、前!」

 

「・・・ッ!?」

 

シャルロットの声でセシリアははっとなり、意識を正面へと向けた。その視線の先、そこに映ったのはまっすぐに突っ込んでくる『福音』だった。

 

「この・・・!」

 

機動力を失った『ブルーティアーズ』では逃げ切れない。そう考えたセシリアは向かってくる『福音』へとトリガーを引く。だが『福音』はそれを避けよともせずに正面から受けながら、両手両足に搭載されたブースターを機動する。三発目のレーザーが撃ち出される瞬間にはすでに真正面まで接近していた。

 

「そんな!? いくらなんでも早す――!?」

 

爆発的な加速、今まで経験してきた『瞬間加速』を超えるスピードにセシリアの反応は遅れ、『スターダスト・シューター』の銃身を上げることが間に合わない。

 

回避も受けることもできない。そんな彼女に光の翼が接触し、『銀の鐘』がエネルギーと共にその装甲を削り、破壊し、悲鳴を上げる間もなく、セシリアは海へと墜ちていった。

 

「セシリア…! よくもっ!」

 

撃墜されたセシリアを見て、両手に『ガルム』を展開したシャルロットは引き金を絞り、最後の一枚となったシールドで遮蔽を取りながら『福音』へと接近する。それに対して、『福音』もシャルロットへと向かって、加速する。

 

距離が零になるのはすぐだった。『ガルム』から吐き出される弾丸をまるで無視する形でまっすぐに向かう『福音』にシャルロットはすぐさま『ガルム』を『レイン・オブ・サタディ』に切り替える。至近距離での散弾ならば、刃に阻まれながらもある程度のダメージを与えられると踏んだのだろう。

 

だが至近距離から撃ち出される散弾を、光の翼を壁の様にして遮る。高密度のエネルギーの翼が飛んでくる弾丸を蒸発させ、翼から『銀の鐘』が吐き出される。それを『ガーデン・カーテン』のシールドによって阻むが、次の瞬間、『銀の鐘』とは違う衝撃がシールドに響く。

 

「これは…!?」

 

シールドの内側を見ているシャルロットは声を上げる。彼女の視界に映ったのは、シールドを貫通して、こちらに刃をのぞかせるパルチザンの切っ先だった。

 

シャルロットは内心、マズイと焦る。パルチザンは『ガーデン・カーテン』のシールドに突き刺さり、引っかかっている。スラスターの出力が相手の方が明らかに上、つまりこのパルチザンが握られているかぎり、『リヴァイヴⅡ』は『福音』から離脱することは出来ない。

 

「こ・・・のぉおおお!」

 

離脱出来ないのならば、せめて一撃でも与える。そう覚悟したシャルロットはシールドを横にずらし、正面の視界を開けると気合いの叫びと共に『福音』の顎部分に『レイン・オブ・サタディ』の銃口を突き付け、引き金を引く。それと同時に『福音』も楯にしていた翼をぶつけ、それと同時に『銀の鐘』を速射する。

 

双方の超近距離射撃が命中し、激しい着弾音が鳴ると破壊された橙色のパーツが飛び、シャルロットが墜落して行く。

 

「貴様あああ!」

 

墜落して行く友人達の姿に怒りの叫びをあげて、ラウラは『ブリッツ』から火を吹かせると同時にワイヤーブレードを発射する。しかし、放たれた砲弾もブレードも掠りもせずに軽々と『福音』に避けられてしまう。だが、回避行動した『福音』の側面から『紅椿』が強襲する。

 

「これ以上…やらせるかああああ!」

 

『展開装甲』の加速による最高速度からの打突、それは確かな必殺の一撃。回避先へと迫るそれは『福音』の即時加速可能速度を上回っている。つまり、回避不可能。だが――

 

『キイィィィィ!』

 

『福音』はその行動をあざ笑うかのように鳴く。『紅椿』の刃は『福音』の装甲を削りはしたものの貫けず、後少しの所で止まる。そして箒の眼前に最悪の警告が記された。

 

――残量エネルギー10%以下、出力低下――

 

「そんな…またエネルギーが!」

 

急激な『展開装甲』の多用によるエネルギーの大量消費。セカンド・シフトした『福音』に追い付く為には仕方なかったとはいえ、前の戦闘と同じミスをした事に悔しさと怒りで箒は表情を歪める。そして『福音』はその隙を逃すはずなどない。

 

「箒っ!」

 

ラウラの声が聞こえ、箒は真正面に立つ『福音』がその両翼を広げるのを見た。シールドエネルギーのないISの装甲に、『銀の鐘』に耐えうる耐久力は無い。

 

(すまない、皆…すまない、黒瀬さん…すまない…一夏!)

 

箒は瞳をきつく閉じた。同じミスでせっかくのチャンスを逃してしまった、その事に対して皆に、助けに行けない事に対して零司に、そして仇を取れない事に対して、一夏に心の底から謝りながら。

 

故に、彼女には見えなかった。

 

『福音』の背後に迫る、白い機影に…

 

 

Side off

 

 

Side 織斑一夏

 

「……箒?」

 

何処までも広がる雪原を振り返る。今、箒の声が聞こえた気がする。それは俺を呼ぶ声であり、俺に謝っている様に聞こえた。

 

「呼ばれたか?」

 

そう問いかけられ、俺は視線を前に戻す。そこには大樹に背を預ける人物。男性なのか女性なのか、分からない。声色が中性的な為に顔で判断しようとも思ったが、黒長髪で口元しか窺えないので諦めた。

 

「箒が…呼んでいるみたいなんだ」

 

「箒…あの少女か」

 

いつの間にか、男の傍らに腰をおろしている白狼はそう言う。確かに俺の耳に届いた呼び声は箒のものだ。だけど、なんで俺を呼んでいるんだ?

 

「さてな…ただ分かるのは彼女とその仲間達が貴様を打ち倒した悪魔と対峙している事だけだ」

 

「箒が…皆が…『福音』と?」

 

白狼の言葉で、ぼんやりしていた頭が急に冴えて来る。皆が戦っている。そして箒は俺を呼んでいる。なら、こんなところに居てはいられない。

 

「…行かなきゃ」

 

「何処へだ?」

 

「箒の所へ」

 

「行けば、またあの悪魔と戦う事になる。今度は死ぬかもしれないぞ?」

 

「それでも…いや、それならなおさら行かなくちゃならない」

 

大樹の人の言葉に短く答える。ここが何処かも分からないし、どうやって帰るのかもわからないけど、それでも俺は箒の所へ行かなくちゃならない。暴走する軍事用IS、そんな相手と戦っているという事は、それは皆も俺の様になる可能性を含んでいる。だったら、行かなくちゃならない。だって…

 

「大切な仲間が傷付くなんて…俺は嫌だ」

 

そうだ、大切な仲間。箒やセシリア、鈴にシャルロット、ラウラに…零司。皆、俺にとってかけがえの無い仲間なんだ。そんな皆が戦っている。それなのに、こんな薄暗い場所でよく知らない人と狼相手に話している場合ではない。

 

「今のお前が行ったところで、何か変わる様には思えんぞ」

 

白狼の冷たい言葉が飛んで来る。確かに俺は『福音』に負けた。事実、今のままで俺が戦いに行って、どうなるかは分からない。

 

「…実力不足で、分不相応な言葉だってのはわかってる。でもだからといって、ここで黙って縮み込んでいる臆病者にもなりたくない」

 

「無謀だ…蛮勇だな、それは勇気とは違う」

 

「そうかもしれない。でも…箒が呼んでるんだ。なら俺は…行かなきゃ」

 

白狼の言葉は的確で、その通りだと思う自分がいるのも確かだった。それに反論する言葉は無い。だがそれよりも『皆を守りたい』という意志が強かった。

 

「俺は弱い、『福音』には敵わないかもしれない。それどころか、皆の足手まといになるかもしれない。でも、それでも俺は…」

 

そこまで言って、俺は大樹までの道で聞かれた白狼の問いかけに対する答えを思い出した。ああ、何だ単純な事じゃないか。あの時、何気なく俺が思っていたこと、「願った」なんていう認識すらしていなかったこと、それが俺の願いだったんだ。

 

「俺は…皆を守りたい。皆の事を守れるだけの、力が欲しい」

 

それは破壊する為の力じゃない。誰かを打ち倒す為の力じゃない。守る為の力が欲しい。それが俺の望み。『福音』に撃墜され、泣きそうな箒の顔を見ながら、自分の弱さに悔しさを覚えながら願った、純粋な願い。

 

「…力を欲するか?」

 

目の前の人物が言葉を発し、それに俺は頷いた。するとその人は腰を上げ、手に持っていた物を俺に差し出した。

 

それは一振りの日本刀。黒くくすんでいるそれは、見た目こそ薄汚れているが、確かな力強さが感じられる。

 

「この(ちから)を手にすれば、お前はこの舞台に上がる事になる。それは辛く、苦しい戦いの幕開けだ。それでも、お前はこの(ちから)を手に取るか?」

 

俺は無言でそれを手に取った。辛く、苦しい戦い…それがこの力の先にあるのなら、俺は戦おう。戦って、その全てから仲間を守ろう。

 

「そうか…」

 

大樹の人は俺に刀を手渡すと、満足そうにほほ笑んだ。すると目の前に広がる光景がぼやけ始める。この光景は終わる、そう無意識に、それでいて確信めいた考えが頭の中によぎった。これで俺は戻り、そして戦う。

 

(待ってろよ…皆…箒)

 

戦場に待つ皆を思いながら、俺は瞼を閉じる。強い風に流される様な感覚を覚えながら、目覚めを待つ。そんな俺の耳に声が届いた。それは何処までも力強い、言葉。

 

汝は全てを切り裂く、一振りの(はがね)

 

Side off

 

 

Side 織斑一夏 篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

白い閃光、何かが弾き飛ばされる音に反応して、瞼を開いた箒が目にしたそれはまさにそれだった。

 

先ほどまで目の前で『銀の鐘』の一斉射撃を準備していた『福音』の姿は無い。『福音』は上空から現れた存在によって、海中へとはたき落とされた。一体何が起こったのか。それを理解するのに、箒は数秒の時間をかけた。

 

それもそうだろう。彼女の眼前にはあり得ない光景が…あり得ない人物がいるのだから。

 

全身を覆う白い鎧はその形状を変え、よりスマートに、全身に纏うという言葉が合うパワードスーツとしての印象を強める形となっており、背に連なるデュアルウィングはその刑所を大きく変え、四枚の翼を有し、白銀の粒子を零している。そしてその両腕、左腕には縦長の六角形のシールドが装着されており、右手には…片刃の物理ブレードが握られている。

 

箒はそのブレードが何なのか…何という名を持っているのか知っていた。何故なら、それを使い、戦う人物はたった一人だけなのだから。

 

「一夏・・・!」

 

「俺の仲間は…誰一人やらせはしねぇ!」

 

絶望の淵で箒が目にしたもの。それは白き輝きを放つ機体、白式第二形態『雪花狼』を身に纏った一夏の姿だった。

 

Side off

 

EP39 End

 




はい、EP39終了です。

ようやく一夏の新型ですよ。名前は『雪花狼』、『雪羅』じゃないよ。余談ですけど、高速近接機体のエネルギー効率を悪くして、巨大化して的を大きくするのは私どうかと思うんですよ。個人的な見解ですが。

今回も周囲の状況を書き記すのに苦戦しました。どうしても同じ様な表現or分かり辛い表現になってしまう…修行が足りぬです

次回は福音戦もクライマックスです。あ、零司君? 大丈夫です、忘れてませんよ。

感想などがありましたら、どしどし送ってください。

それでは、また(^ω^)ノシ
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