今回も投稿が遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした。本当に不甲斐ないばかりでして、すみません。
今回、スランプ気味が抜けずに描いておりますので…という逃げ文句はやめましょう。うん、これが今の私の実力でございます。こんなのでよければ、どうかお付き合いお願いします。
それではどうぞ
月光に照らされ、純白に輝く景色。闇夜に浮き出る、幻想風景。それはもはや見慣れたものであり、そこに立つ、仰向けに倒れたこちらを見下ろす人物の顔もすでに覚えている。
「最近は良く来るのだね」
「来たいと思った事は無いんだけどな」
微笑を浮かべる女性、メフィストにそう返す。こっちも笑い返そうと試みるが上手く顔に力が入らない。いや違う、顔にではない。全身に力が入らない。まるで全身麻酔をかけられた様な、気だるげなまどろみを覚える。だが強制的に意識を閉じさせようとするそれには確かな不快感も覚えていた。まるで全てを投げ捨ててしまいそうな虚脱感。それは不思議と覚えのある感覚でもあった。
「…悪い、寝転がりながら話すしかないみたいだ」
「構わんさ。むしろ、こうやって君の横になる姿を見るのも一興だ」
俺の視界で笑うメフィストに妙な趣味だな、と返す。やはり、いやに落ち着く場所だ。全身を巡る不快感があるにも関わらず、内心は全く焦りやそれに似た感情が浮かんではこない。
「…瞼を閉じない方が良い。二度と戻れなくなる」
メフィストは腰をおろして言うと、まどろみに呑み込まれ、ゆっくりと瞼を閉じようとした俺の頬に手が添えられた。二度と戻れなくなる。そんな物騒な言葉を聞いて、俺は閉じかけの瞼を無理やり広げる。
「戻れなくなるって…一体、どういう意味だ?」
浮かんだ疑問をそのままメフィストにぶつける。すると彼女は小さくかぶりを振って、答えた。
「言葉通りの意味さ、今君がその瞼を閉じようものなら、その瞳は二度とこの世の景色を映す事が無くなる」
相変わらず劇的なメフィストの言葉を聞いて、俺の頭の中に一つの単語が浮かんだ。
それは『死』である。
それは漠然とした恐怖の象徴、誰もが忌避するであろう、確かな響きと意味を持った単語。それが俺の頭には浮かんでいた。そして、俺がここに至るまでの事を思い出す。
バス車内から見えた、青い海。
皆と楽しげに遊んだ、白い砂浜。
友人の身に纏った、赤い機体。
海上を走る、銀の閃光。
崩れ落ち、視界を押し潰す…漆黒の闇。
「ああ…そうだ…そうだった」
麻酔ににぶらされ、寝ぼけた頭がようやく自分の置かれていたであろう状況を思い出した。『福音』の出現。海上での戦い。『紅椿』を手に入れた篠ノ之の慢心。一夏が操る『白式』の撃墜。オルコット達が逃げる為の時間稼ぎ…そして、俺自身の…
「ここは…さしずめ、死後の世界ってやつなのかな」
夢で出て来た、この世界はそういう世界なのだろうか。だとするならば、ちょっとへこむ。今まで俺は死後の世界にちょくちょく顔を出していた事になるのだから。
「安心したまえ、そういう場所ではない…一歩手前であるのは間違いないがね」
言いながら、メフィストはやはり笑みを崩さない。そんな平常運航な彼女の顔を見ていると、死の手前である事実を付き付けられたというのに、焦る事もなく、気持ちは驚くほど落ち着いていた。この場所にいる所為もある、のだろうか…
「それは少し違うな…君は死というものに慣れているだけだ」
不思議に思っていた事を悟られたのか、メフィストは俺にそう言い聞かせる。死に慣れる、か。そんな事、あり得ない。世の中には死を目標とする人間もいるらしいが、アレは人としてカウントするべきものではない。何故ならば死は人間にとってたった一つであり、ひたすらに平等で、誰もが恐怖するべき事だ。
そう、常人ならばそうなのだろう。
だが、メフィストの言葉に否定の意を表す中で、肯定する自分もいた。確かに俺は今まで肉体的な死を体験したことは無い。当り前だ、俺はまだ生きているのだから。だが、精神的な死を感じた事ならば…あった。
自分の守りたかった者も守れない。
自分の壊すべき者も壊せない。
自分の愛した者も愛しきれない。
俺の望んだものが尽く潰え、信じたものが次々に無くなり、小さな希望が大きな絶望に変貌した。
何も望まず、何も信じられず、明るい未来を投げ捨て、暗い絶望へと自分から飛び込もうとしていた。そして…世界との離別を望んだ。
言うなれば、心が死んでいた。
与えられた生を許容しきれずに、全てが無になる死へと逃げようとする愚かな人形。命を捨てようとした、畜生にも劣る、哀れな存在。まさに人ではない、死へと歩む何か。
死に慣れる、確かにそうなのかもしれない。俺は他人の死に触れ過ぎた。俺は自分の死に近過ぎた。
ああ、そうか。覚えがあるのも当り前だ…死へと向かう自分を、俺はよく知っている。
「……もうすぐ、死ぬのか」
口から出た言葉に安堵感は無い。だが、焦りもない。強いて言うなら、諦めの籠った言葉。二度目の死に向かう自分に直面し、避けられようの無いものとして考えるのと「ああ、こんなもんか」と感じてしまう自身への呆れによるものだった。
「そうなるだろうな…このままいけば」
そんな俺に対して、メフィストは特に苦言の言う事もなく、いつもと変わらぬ様に俺の側に居て、返事を返す。
だがその返事に俺は違和感を覚えた。このままいけば、彼女はそう言ったのだ。
まるで、
「だがその前に、君にはやるべき事がある。それを今から見せよう」
そう言って、メフィストが俺の顔面を手で遮った。すると視界が全て、ブラックアウトする。先ほどまでの美しい風景が嘘のように消え去る。
そして、数秒とかからずに俺の視界に壮絶な光景が飛びこんで来た。
「なっ…」
息を呑む、ぼんやりしていた頭が覚醒し、目を見張った。どんな手品を使ったのか、分からない。そしてそのタネを知ったところで、俺はメフィストがよりどんな存在なのか理解できなくなるのだろう。
俺が見るのは、死者が見るべき夢。そのはずなのに…
「君には…この戦いを見届ける義務がある」
そう言うメフィストが俺に見せたもの。視界に広がる光景。それは…蒼天に舞う、友の戦いだった。
・
Side 織斑一夏 篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ
「い…一夏!」
突如現れた、白い閃光に箒は声を上げた。それは驚きと歓喜の折混ざった声。自分の求め、望んだ少年がそこにいた。
「よう、待たせたな箒」
「き、傷は…一夏、傷は大丈夫なのか!?」
嬉しさに押し潰されそうな理性を保ち、つっかえながらも一夏に傷の事を問う。そんな箒に対して、一夏はいつも彼女に向けている笑みを浮かべた。
「ああ、もう大丈夫だ…大丈夫だから、泣くなよ」
「な、泣いてなど…泣いてなどいない!」
今にも零れそうな涙を押さえながら、箒は叫ぶ。一夏はそれを強がりと知っている。それほど、自分の事を心配してくれていた、幼馴染が居る事を知っているから。
「安心しろよ、今度は心配かけたりしない。絶対に負けないからさ」
「…一夏?」
「守って見せるさ、全員」
笑みを浮かべていた一夏の表情が、厳しいものとなる。そして視線は隣に居る箒から、自分の弾き飛ばした、海上に激突し、体勢を立て直してこちらを見上げる白い悪魔へと移した。
「じゃあ、行ってくる。箒は撃墜された皆を安全なところへ」
「一夏、まさか一人で…」
箒の問いかけに一夏は答えなかった。否、答えられなかった。こちらに向けられる敵意、それを感じ取ったのか、先に動いた『福音』は真正面から『雪花狼』を纏う一夏へと突っ込んで来た。
それに応じる様に、一夏も箒から離れると四枚のウィング・スラスターを起動し、爆発的な推進力で『福音』を迎え撃った。
両者が激突するまでの時間は、ほんの一瞬だった。即座に接敵した一夏は右手に握る新たな形となった『雪片弐型』を横に薙ぎ、『福音』はそれを腕に生えたエネルギーブレードで受け流す。その瞬間、一夏は『雪片弐型』の手元に取り付けられたトリガーを引いた。
『…ッ!?』
そこで『福音』が小さく音を鳴らす。おそらく、驚愕しているのだろう。受け流す為に使用したエネルギーブレードが『雪片弐型』の当たった部分から一刀の下に切断されたのだ。防御を抜けて、頭部へと向かう刃を『福音』は身体を反る様にして、掠り傷だけで回避する。その後、右方向に回転し、一夏へと蹴りを入れると弾けるようにして距離を離す。
「一撃って訳にはいかないか…」
弾き飛ばされながら体勢を立て直すと、一夏は再び『福音』を見据え、『雪片弐型』を強く握る。通常の物理ブレードならば、エネルギーブレードを切り裂く事など出来はしない。しかし、一夏の手に持つのは『雪片弐型』であり、『雪花狼』の持つ単一仕様能力は『零落白夜』なのである。
形状の変化した『雪片弐型』はシンプルな片刃の近接ブレードの形をしており、『白式』の頃の様に刃の中央が開き、エネルギーブレードを構成するといった機能は持ち合わせていない。その代わりに、持ち手の丁度人差指の掛る部分にトリガーが設けられている。これは別に、『雪片弐型』に射撃兵装としての機能が付いた訳ではない。このトリガーは『零落白夜』の起動キーとなっているのだ。
そう、この『雪片弐型』はそのトリガーを引かれた時だけ『零落白夜』を起動する仕様となっており、これによって敵機と『雪片弐型』が接触した瞬間のみ『零落白夜』を起動する。エネルギー消費を押さえ、より短い展開時間で『零落白夜』の使用をする事が可能となったのである。
『敵機ノ情ホウを更新。接キンせんとウ、キ険。遠距リ戦闘ヘンコウ』
先の一撃で接近戦の攻守の要であるエネルギーブレードが無効化されている事を知るなり、『福音』は両翼を羽ばたかせ、『雪花狼』から距離を取ると、その翼から『銀の鐘』を後方へと放つ。もはや何度となく発射され、自分と仲間を傷付けて来た凶弾。その雨が再び一夏へと襲いかかる。
「逃がすか!」
だがそんな光の雨を撒き散らす『福音』に臆することなく、追いかける一夏は左腕に搭載された六角形の楯を正面に掲げる。その瞬間、一夏の耳に機体からのアナウンスが届いた。
『『雪花』、防御形態に移行』
すると、カシュッという音と共に楯の周囲に線が入り、外側へと開くと青白いエネルギーの膜が左腕に展開される。そして発生したエネルギーの膜に触れた瞬間、『銀の鐘』は消滅し、一夏の視界にある『雪花狼』のシールドエネルギーが上昇する。
『雪花狼』左腕部搭載兵装、『雪花』。第二形態の変化と同時に搭載された兵装であるそれは使用者である一夏の意識に応じた変形を行い、各状況に対応する万能兵装。
防御形態において、発生したこれはただのエネルギーシールドではない。エネルギーを吸収するシールドなのである。飛来するエネルギーで構成された物質を膜に触れた瞬間、即座に分解し、自分のエネルギーとして変換、吸収する。『福音』の主兵装である遠距離攻撃『銀の鐘』は実弾とエネルギーを複合した射撃兵装。つまり、この防御機構がある限りは全てが一夏のプラスとして働く事となる。
『コウ撃の無効ヲ確にン、危険…キケン…きけん』
接近戦闘、遠距離戦闘共にその牙を砕かれた、それを理解したのか『福音』は双翼をより鋭角にすると速度を上げて、『雪花狼』から離れようとする。だが――
「この速度なら…!」
四枚のスラスターウィングによる爆発的な加速を行う一夏は『福音』の後方にぴったりと取り付き、それどころか徐々に距離を詰めて行く。機体の小型化と四枚のスラスターウィングを用いる事で可能となった、『白式』では絶対に出す事の出来ない『紅椿』と同等以上の加速。さらに両肩と脚部に取り付けられた計四機の小型スラスターにより、即座な方向転換を可能とした。これでもう、スピードで『福音』に後れを取る事は無い。
飛び交う『福音』に向けて、先ほどの様に左腕の『雪花』を構える。すると再びアナウンスが一夏へと届く。
『『雪花』、攻撃形態に移行』
アナウンス後、周囲のエネルギーシールド発生装置が内部に収納され、『雪花』の中心を縦に開くと先ほどのエネルギーシールドと同色の光が集まって行く。そして――
「当たれよっ!」
『雪花』内に搭載された計十二の小型砲門、そこから閃光が撃ち出される。高濃度の攻性粒子により作り出された拡散ビームが射程に捉えた『福音』に迫る。『銀の鐘』に勝るとも劣らない攻撃範囲。回避するのは至難と考えたのか、それに反応して『福音』は自身のエネルギーで出来た両翼を楯にする。だがエネルギーの相殺により、ダメージを軽減はしているものの、それでもその上からシールドエネルギーを削って行く。
「足が止まったな!」
そして防御の為に両翼を使用し、動きが止まった『福音』に向かって、一夏は『雪花狼』のスラスター出力を上げ、四枚のウィングによる『瞬間加速』により一気に接近すると、両手で『雪片弐型』を構える。今の『雪片弐型』にはエネルギーの翼など、障壁にもならい。
「これで・・・っ!?」
『雪片弐型』がエネルギー翼に向かう。だがその白刃が触れる瞬間、『福音』の繭の様に展開された両翼が勢いよく開かれ、その内からパルチザンの刃が一夏へと向けて、カウンターに突き出される。
「くそっ!」
眼前に迫る凶刃に反応して、一夏は脚部と肩の小型スラスターを点火、急激な加速により間一髪でそれを避ける。しかし、側面に避けた一夏に対し、『福音』はパルチザンを薙ぎ払い、切っ先ではなく腹の部分で一夏を弾き飛ばす。
「ぐっ…簡単には勝たせてくれないよな」
『キシャァァァァ!』
悔しげに呟く一夏の視界で絶叫、咆哮、甲高い機械音を上げながら、両翼が大きく展開され、『福音』はさらに上空へと舞上がる。それを映す『雪花狼』のモニターを見ると、『福音』の両翼となっているエネルギーの出力が上昇している事が窺えた。
「させるか!」
その事実を確認するなり、一夏は『雪花』から拡散ビームを撃ち出し、『福音』を牽制すると同時に接近を開始する。
『雪花狼』と『福音』、二機の機影は海上で衝突と離脱、斬撃と射撃を繰り返しながら、共にその身を削り合う。
そんな中で一夏は二つ不安で背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
まず一つは先ほどの『福音』の行動である。この機体、『銀の福音』はアメリカから送られてきた資料と、自分が体感した攻撃の数々、情報に間違いは無く、確かに広範囲殲滅仕様となっている。つまり、この機体と交戦すればするほど周りに被害が出る。そして今撃墜されていない機体以外は、それぞれがすでに動かせる状態ではない。巻き込まれれば、最悪死者が出かねない状況にあるという事。
そして二つ目は、自身の機体である。エネルギーの増大と共に機体の小型化によって機体を支えるPICに送るエネルギーの一部を別に回し、さらに『零落白夜』におけるエネルギー使用の効率化や外部からのレーザーやビームなどのエネルギー攻撃を自身のエネルギーとして吸収する事によって、攻撃性と機動力を『白式』以上にしながらも、エネルギーの消費を軽減したのがこの『雪花狼』。聞いただけでは明らかに『白式』よりもすぐれた機体である。だが、その性能を扱いきれていないと一夏は思っていた。側面に取り付けられた小型スラスターにより行われる、『瞬間加速』とほとんど変わりのない速度を一瞬で弾き出す緊急加速や今まで一度も射撃訓練をしていない状況で手渡された慣れない射撃兵装、自分にも明白なっていない詳細なスペックデータ。そのものが足を引っ張っている訳でないが、自分の機体を生かしきれていない状況が一夏の不安を煽り立てていた。
「機体についていけていないのか…俺は」
安定そうに見えて、不安定な機体に振り回される一夏。だがそんな心配はお構いなしに、『福音』は一夏への攻撃を止める事は無い。『銀の鐘』を降らせ、こちらが『雪花』とした瞬間にパルチザンの斬撃を織り交ぜてくる。それをどうにか『雪片弐型』で防御する。本当に暴走しているのかを疑いたくなるほどだった。
「それでも…!」
一夏はパルチザンを受ける『雪片弐型』に力を込める。それでも、ここでこの悪魔を止めなければならない。皆を守る、その為にこの力を得たのだから。
「それでも、俺は…!」
「ようやく追い付いたぞ、織斑!」
耳に届いたのは下方からの聞こえる声と砲撃音、そして目の前の『福音』が爆発と共に大きく揺れる。その瞬間、一夏は左腕の『雪花』の先で『福音』を殴り飛ばし、海面へと打ち落とした。
「ラウラ!」
「馬鹿か貴様は! 一人で勝てる相手でもないのに単身で突撃するな!」
「そ、それは…」
現場指揮官としての叱責に一夏は言葉を詰まらせた。確かに一対一で相手するには危険な相手だという事は一夏にだって理解できる。だが、傷付いた仲間を戦わせる訳にはいかない。
「今、全力で戦えるのは俺だけだ、だから…!」
「それが馬鹿だというのだ!」
『福音』の墜落した海面に向けて、『ブリッツ』を撃ち込みながら、ラウラは言う。
「私もまだ戦える。機体にダメージはあるが、貴様を援護するくらいは可能だ」
厳しい口調で一夏を一瞥すると、視線を海面へと戻す。一瞬、一夏は心配してラウラを見たが、すぐに表情を元に戻す。そうだ、ここに居る仲間は皆、戦う覚悟のある少女達だ。『福音』を撃墜し、この地で助けを待つ人、零司を救出する為に募ったのだ。ならば、動ける
「悪かった…援護を頼む、ラウラ」
「名前で呼ぶな、馴れ馴れしい…『福音』がこちらに向かってきた瞬間に射撃を再開、お前は私とは逆方向から接近して、背後から攻めろ」
自身の覚悟を口にしたラウラの指示に従い、一夏は移動を開始し、それと同時に水面から『福音』が、激しい水しぶきを上げて飛翔する。迎え撃つ為、撃ち落とす為、三機の機影は一点へと激突していった。
Side off
・
Side 篠ノ之箒
「一夏…」
一夏に助けられてから、私は撃墜されたセシリア、鈴、シャルロットの三人を浮島へと非難させると集束する三機の影をただ見詰めていた。いや、見詰めることしか出来なかった。
ラウラの加勢が加わり、一夏も大分戦いやすくなったのか、戦況は少し二人の方に有効に傾いた様に見える。だがまだ戦闘は続いている、どんな事が起こるかわからない。それなのに――
(それなのに、私は…!)
ギュッと『雨月』の柄を握りしめる。内心に渦巻く感情、それを私はハッキリと『悔しさ』だと理解していた。
一夏が助けてくれた、その嬉しさが先ほどまで確かにあった。だがそれと同時に、一夏が戦っているのに少しの手助けも出来ない自分が腹立たしく、悔しかった。
(行かなければ…!)
「待ちなさい…」
一歩踏み出したところで、後ろから静止の声がかけられる。振り返ると、傷の痛みに耐える様に顔をしかめる鈴がこちらを見ていた。
「鈴、意識が戻ったのか!」
「ええ、そうよ。だから一人の馬鹿を止められたのよ」
そう言って、鈴は私を見る。馬鹿、それはおそらく私の使用とした行動を咎める言葉なのだろう。
「あんたね、エネルギーが底尽きかけ機体であの戦いの中に首を突っ込んだら、どうなるか…一夏がどんな行動をするかぐらいわかるでしょ」
鈴の言葉に、私は口を噤んだ。今の『紅椿』に残っているエネルギー残量は5%を切っている。飛んで行っても、『展開装甲』どころか『雨月』と『空裂』による遠距離攻撃を撃った瞬間にエネルギー切れを起こして、装甲は粒子化する。足手まといもいいところだ。
そして一夏は、そんな私を全力で守ろうとするだろう。どんなに戦力にならなくても、仲間である私を、身を挺して助ける。
こんな状況では、増援どころか、味方の首を絞める事になってしまう。
「理解してるなら、ここで待機しているのが一番よ…死ぬほど悔しいのは、わかるけどさ」
そう言って、鈴は悔しげに歯軋りして目線を逸らす。本当に何も出来ないのか。そう考えれば考えるほどに、上げられる答えが否定されて行き、数秒とかからずに案は尽きた。
(ようやく、守られるだけじゃなくなったと思ったのに…ようやく、一夏を手助けできると思ったのに…)
悔しさが募る。私は…一夏の戦う姿をずっと見て来ていた。セシリアと戦った代表者決定戦。鈴と戦い、襲撃してきた無人機と戦ったクラス対抗戦。数時間前に行った最初の『福音』との戦い。
そして、ずっと昔に、自分の為に戦ってくれた一夏の姿を知っている。
ただ苛められていた、何もしなかった自分に手を差し伸べてくれた一夏の姿を知っている。
あの人…姉さんに頼んだ時に思った、『一夏の隣に居たい』という気持ち。それは学園に来てから、思った事ではなかった。そう、そんな最近の事ではないのだ。あの時…道場で苛められていた私を助けてくれた時、その時にはもう、私は一夏の助けになりたいと思った。
だからこそ…私は…
戦う三機、いや、飛び交う一機の白い機影…『雪花狼』を纏う一夏を見据えながら、私は強く願った。
(私は一夏を助けたい。隣にいて、あいつを守りたい…)
これは、私の、最も純粋な願いだから。
(一夏と共に…戦いたい!)
『なるほど、それが君の答えか』
「…ッ!?」
声が聞こえた。高いのか、低いのか、深い霧のかかった時に見る向こう側の様に不鮮明な声。だがそれは確かに美声であり、何よりも私の頭に直接語りかけて来る様な声だった。
そして、私の眼前にも変化が訪れた。
「…これは…」
視界を覆うハイパーセンサーのモニターに一つの文字が浮かび上がる。私はそれを、その文字をゆっくりと読み上げた。
「…『絢爛舞踏』」
呟いた瞬間、私の全身を包む赤い装甲が開き、黄金の粒子を吐き出し、まるで機体そのものを黄金へと染めて行くかのように、周囲を包み込む。
「『展開装甲』が…」
その光景を見た鈴は、驚きのあまりに目を見開き、小さく呟いた。全身の『展開装甲』からエネルギー刃が形成された。これが形成されるということは、答えは一つである。
「エネルギーが…回復した?」
モニターに表示される残量エネルギー値を示す場所には、『エネルギー残量:100%』と記されている事を確認すると、アナウンスが私の耳に届いた。
『
その情報、それは『紅椿』の単一仕様能力が発動した事を私に示していた。この力がどんなものかは、ハッキリと分からない。だが、これはわかる。
「私はまだ…戦える!」
目の前に記された現実に心に熱が入り、自分の身体に活力が戻るのを感じる。そう、まだ戦える。一夏と共に戦える…一夏を守る事が出来る!
「鈴、悪いが…」
「…行ってきなさいよ、こっちは自分でどうにかできるわ…一夏を助けてあげて」
小さく笑う鈴に短く頷くとPICを起動し、浮遊すると一気に三機の機影が交差する戦場へと向かう。今度こそ、私が一夏の力になる。その想いを強く、心に結びつけながら。
Side off
Side 織斑一夏 篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ
「ぜあああああっ!」
気合いの咆哮と共に振るわれる一撃は虚しく空を斬り、数ミリの間隔で『雪片弐型』を回避した『福音』は離れると同時にパルチザンの刃で『雪花狼』のシールドエネルギーを削る。
「チッ…!」
舌打ちをしたラウラが標準を合わせ、『シュヴァルツア・レーゲン』からの砲撃を行う。それに対して、『福音』は片翼の『銀の鐘』をばら撒く。すると目標へと撃ち出された徹甲弾は相殺され、それどころかラウラに向けて無数の光弾が迫る。
「ラウラ!」
叫ぶ一夏はラウラと光弾との間に入り、エネルギーシールドを展開し、全ての『銀の鐘』は消滅する。
「無事か!?」
「見ればわかるだろう…しかし、まだ動くか」
心配する一夏に短く返すとラウラは眼前に浮遊する『福音』を睨みつける。機体からは流出した粒子が電流の様に発光し、機体は限界に近い事が見て取れた。だが、『福音』からの敵意は薄れることない。
この戦闘が始まるまでに、二回。『福音』は戦闘を行い、一回は撃墜寸前まで追い込まれていたはずだ。それなのにもかかわらず、『福音』は戦闘を続行し、それどころかより凶暴に攻撃してくるほどだ。
「織斑、エネルギーはどれくらい残っている」
「…今、50%を切ったところだ」
一夏は残量エネルギーを確認して、顔をしかめる。エネルギー消費を効率化しているとはいえ、欠陥機から基準機体にまで効率が戻った様なもの。『零落白夜』と『瞬間加速』を多用する一夏にとって、やはりエネルギーの消費は多大であり、決して長い時間を運用できる訳ではない。
「こちらも30%もない」
一夏はラウラの表情から焦りを感じ取った。こちらの機体はエネルギーが半分もない。それに対して、あいてのエネルギーはまだ底が見えない。ジリジリとこちらの身を焼く様な焦燥感を覚える。
「この状況を変えるには…やはり――」
そう言うラウラの視線が一夏の手にある『雪片弐型』へと移る。一夏もラウラが何を言いたいのか、理解できていた。この状況を一撃で逆転できるであろう手札を、自分は持っている。『零落白夜』、命中すれば、相手のシールドエネルギーを根こそぎ持って行く事の出来る一撃。
「わかってる…やってみるさ」
「理解しているならいい…来るぞ!」
出来るかどうかわからない。そんな事を言っている場合ではない。全力で命中させる。
そう一夏が覚悟を決めると同時に『福音』は上空へと飛び上がり、激しく輝く両翼を大きく広げる。その動作から発射される凶悪な射撃攻撃をさせまいと接近戦闘へと持ち込もうと、一夏とラウラは接敵を開始する。その瞬間、
「一夏、ラウラ! 止まれ!」
いきなりオープンチャンネルで聞こえて来た声に二人は緊急停止をすると、眼前を帯状の赤い光が通過し、『福音』を捉える。被弾した『福音』は一瞬バランスを崩し、その後に襲ってきた二つの白刃によってその両翼を切り落とされ、海面へと墜落する。
「二人共、加勢しに来たぞ!」
『福音』の跳び上がった場所に飛んで来た、金色の粒子を纏った『紅椿』を装備した箒はそう言った。先ほどエネルギー切れを起こしていた機体が動いている。その事実に驚きを覚えたのか、一夏とラウラの二人は驚愕の声を上げる。
「篠ノ之!?」
「箒、お前、ダメージは――!」
「私は大丈夫だ。二人共、これを受け取れ」
驚愕する二人の下へと降りると、箒は一夏とラウラの手を取った。すると、『紅椿』の周囲を舞っていた金色の粒子が二人の機体を、温かな光を発しながら包み込む。そして視界が一瞬、大きくブレる。
「これは…」
「エネルギーが…回復!?」
あまりに唐突に起きた、あり得ない現象に一夏とラウラは目を丸くする。そんな二人に箒の声が飛んだ。
「説明は後でする。それよりも!」
「分かっている。織斑、行けるな?」
「ああ、今度こそ当てて見せる!」
ラウラの呼びかけに返事を返す一夏は再び両翼を形成し、海面からこちらに向かってくる『福音』に向かって、加速する。それを援護する為に箒が続き、二人の背後からラウラの遠距離射撃が開始される。
「はぁ!」
「でえぃ!」
世界でもトップクラスの加速度を持つ三機のISは一瞬の内に隣接し、戦闘を再開する。『紅椿』から迫る二刀の斬撃を、そして『雪花狼』の一撃必殺の一太刀を、『福音』は全身のエネルギーブレードとその手に握られた一本のパルチザンでいなし、流し、打ち払う。
防戦一方であるには変わりないが、『福音』は二機の高性能ISの攻撃を見事に耐え抜いていた。
『…ッ!? ギッ…!?』
だがそんな『福音』を見て、一夏は勝機を見出し始めていた。少しだが、確実に『福音』の動きが悪くなっている。おそらく、この様な動きをするのにも限界が近づいてきたのだろう。
「よし、このまま…!」
そう言った瞬間、『福音』はパルチザンを横薙ぎに振るう。それを防御し、弾かれた二機を確認するよりも早く驚異的な加速をする『瞬間加速』によって、上空へと跳び上がる。
『出力全開、範囲殲滅を開始する』
そして機械的な、先ほどとは違う鮮明なアナウンスが『福音』から流れ、全身の輝きが強くなっていく。
「マズイ!」
舌打ち交じりに言うとラウラはスラスターを吹かして、『福音』へと急速接近を開始する。『銀の鐘』の範囲攻撃を予測し、すぐさまAICの起動を用意していたラウラだったが、急上昇した『福音』はAICの射程距離を離脱してしまった。
「これでは間に合わん!」
『エネルギー、チャージ完了。排除開始』
追いかける一夏達も届かずに、残酷にも『福音』のアナウンスは攻撃開始を表明した。高高度からの『銀の鐘』の射撃は間違いなく、周辺の浮島に居る撃墜された三人すらも巻き込む。そして『福音』の発射タイミングに間に合う機体は無い。
「そんな事を…させるかあああああ!」
その時、叫びをあげたのは一夏だった。『雪花狼』それは守る為の力。ならば、こんなところで諦めるわけにはいかない。仲間を守れなければ意味がない。
『『雪花』、防御形態、
アナウンスが聞こえ、一夏は左腕を天へと向ける。すると『雪花』が左腕から外れ、一夏の正面へと移動する。そして周囲が『防御形態』のエネルギーシールドの様に開き、そこから先ほどのエネルギーシールドとは比べ物にならないほどの大量の白銀の粒子が吐き出される。
作り出されたのは、巨大なドーム状の白銀天蓋。振りかかるものを全て遮る様に作られたそれは降りしきる光の雨を呑み込み、消滅されて行く。
「これは…」
目の前にある光景に箒は感嘆の声を零した。今、ここは戦いの場。容赦の無い戦場。だというのに…
(…綺麗)
それが、箒の覚えた感想だった。自分を守る白銀の膜は『銀の鐘』を受けて、星空の様に輝く。そして箒は改めて理解する、どんな攻撃からも仲間を守り、分け隔てなく優しさで包み込む。『零落白夜』の様な他者を切り伏せる力ではなく、こちらの方が織斑一夏の本質である事を。
(一夏が守ってくれる。ならば、私は…)
箒は『福音』を睨みつける。ならば自分も剣となろう。一夏が皆を守る剣ならば、皆を傷付ける者を斬り伏せる剣。
天蓋が徐々に薄れ始める。そろそろこの防御も終了する。そう考えた箒は右手の『雨月』を収納し、『空裂』を両手で握ると腰だめの構えを取る。
そして『紅椿』のエネルギーを『空裂』に集める。真紅から黄金へと変色した粒子はその刃に集い、激しく光を放つ。
「一夏、それを解除した瞬間に『瞬間加速』で『福音』に近付け! 次の一撃で決めるぞ!」
「箒…分かった!」
箒の言葉に返事をして数秒と経たずに『白の天蓋』は消滅し、『雪花』は一夏の左腕に舞い戻る。それを確認すると一夏は四枚のスラスターを広げ、『瞬間加速』を起動する。そして―
「でぇああああああ!」
気迫で殺さんばかりの気合い喚声。それと同時に撃ち出されたのは黄金の剣閃。飛び出した一夏の上空を斬るそれは範囲殲滅射撃を終えて、動きが止まった『福音』へと迫り、呑み込んだ。
「一夏、今だ!」
箒の声に背中を押され、一夏は返答をする時間も惜しみ、ただまっすぐに進む。この一撃を当てなければならない。
『こ、攻撃…目標、せっき…ン。カイヒをっ!?』
箒からの一撃を受けて、大きなダメージを負った『福音』はなおも動き、回避しようと両翼を開こうとするが、途中で両翼の動きが止まる。
「捉えたぞ、逃がしはしない」
その原因、AICを起動したラウラは海面5mの位置から上空に居る『福音』へ向けて言い放つ。『福音』の第二形態となれば、全力加速すればその力場による停止結界から抜け出せる。だが、それよりも早く『雪花狼』が迫る。
『アアアアアッ!』
人間の絶叫にも似た機械音を鳴らし、『福音』は最後の力を振り絞り、向かってくる『雪花狼』に対して、亀裂から『銀の鐘』を撃ち出す。だがそれを一夏はものともせず、避けずに真っ直ぐに進む。
「これで――」
そして、ついに『福音』との距離は零になる。『福音』はパルチザンの腹を横に構えて、防御態勢を取る。それを見ながら、一夏は両手に握る『雪片弐型』を振り上げ――
「終わりだ!」
――蒼白の紫電、斬光を纏った一太刀で、斬り伏せた。
Side off
EP40 End
はい、終了です。いかがだったでしょうか? 楽しんでもらえたならば幸いです。
こんな感じで『福音』を撃墜まで持って行きました。正直、戦闘続きでただでさえ少ないボキャブラリーが枯渇しています…まあ、まだ終わらんのですが、ね。
こんな感じで今後も描いて行きます。お付き合いいただけたら幸いです
それでは、また(^ω^)ノシ