いや、本当に久しぶりでございます。もう一か月くらい投稿していませんでしたからね。読者の皆様には大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたm(_ _;)m。今後は頑張っていこうと思うので、応援よろしくお願いいたします。
では前置きはこれくらいにして、本編をどうぞ
IS EP41
Side 織斑一夏 篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ
「終わりだ!」
一閃。一夏のまとった『雪花狼』の手から振り下ろされた斬撃はパルチザンごと『福音』を叩き切った。確かな感触が両手にあり、それを裏付けるように『零落白夜』の一撃によって発動された『絶対防御』によるシールドエネルギーが枯渇した『福音』はエネルギーで構成された全身のひびから出たブレードと光の両翼を消滅させながら落下していき、海面にぶつかる前にラウラが搭乗者を回収した。
「やった…やったぞ…」
落下していった『福音』を目で追った後、肩で息をして、一夏は自分に言い聞かせるように何度も呟いた。ついに勝った。友を傷つけた、白い悪魔に勝利した。みんなを守れた。そう考えると一気に全身から力が抜ける。
「一夏、やったな!」
傍にやってきた箒に一夏は力強く頷き、海岸の方向を見て口を開いた。
「ああ、だけどまだやることがある」
「そうだ…そうだな」
箒の表情がこわばる。まだ今回の戦いの最終目的を終えてはいない。今から一夏達は探さなくてはならない。自分たちを逃してくれた恩人を。
「ラウラ、『福音』の搭乗者を小島に置いて、今から零司の捜索と救出作業に移ろう」
一夏はオープンチャネルを開き、ラウラへと告げる。正直、『福音』との戦いに時間をかけすぎた。どのような状況に零司が置かれているのかもわからない。きっとラウラは今すぐにでも捜索へと向かいたいのだろう。そう考えて、一夏は真っ先にラウラに零司捜索の再開を教えた。
だが――
「…ラウラ?」
「どうした、一…なんだ?」
眉をひそめる一夏に訝しげな表情で箒が問いかけるが、その原因が何なのか、彼女にもすぐに理解できた。耳に飛び込んでくる雑音。古いブラウン管テレビの適応チャンネルでない場所を移した時に出てくる砂嵐のような、耳障りな音。ラウラと繋がるはずの通信からはそんな音しか返ってこないのだ。
「通信ができない…コア・ネットワークにそんな不調が?」
「織斑!」
やっと聞こえてきたラウラの声はチャネルではなく、下から飛んできた声で聞こえた。
「ラウラ、通信が」
「ああ、わかっている。先ほどから教員に捜索の増援を頼もうとしたが、一向に連絡が返ってこない」
『福音』の搭乗者を避難させたラウラの言葉に一夏と箒は表情を強張らせた。コア・ネットワークが外部から遮断されている。そんな状況に直面したことは今までなかったし、近年におけるISの記録において、コア・ネットワークの通信不備の例は挙げられたことがなかったからだ。
「この調子だと、海域閉鎖している先生たちも…」
「こんなタイミングで…これでは鈴達の救助もできないぞ」
「…仕方ない、我々だけでレイジを探そう」
レイジは今でも危険な状態にあるのは確かであり、時間は一刻を争う。そう判断したラウラの言葉に一夏と箒は頷いた。
「では私はここから海岸沿いに東へと回る、織斑と箒は逆側を…」
海岸全体を見回すように一夏と箒に指示を出すラウラ。そんな時――
『…きん…たい…』
「…ッ?」
かすかに、本当にかすかにだが雑音の向こう側から小さい声のようなものが聞こえてきたのが、ラウラにはわかった。
「…? どうした?」
「シッ…静かにしろ」
訝しげに聞いて来る一夏に言うと、ラウラはオープンチャネルから聞こえてくる何かを削っているような雑音に耳を澄ました。本来ならばこのようなことをしている時間も惜しいのだが、今かすかに耳に聞こえて来たものを聞きのがしてはいけないとラウラは感じていた。
『緊急……発………ッ!』
「こちらラウラ・ボーデヴィッヒ! 今、通信を拾っている! どうした、いったい何があった!」
やはり聞こえる。音質が悪質すぎる為に女性の声だということしかわからないが、この付近の回線を開けるのは海域閉鎖を行っている教員だけだろう。その教員が緊急と叫ぶ事態にラウラはかすかな焦りを感じ、声を張り上げた。
『…ラウ……こちら、海域……すぐに………ッ!』
こちらの声が聞こえたのか、かすかにラウラの名前を口にした回線の向こう側の女性は何かを伝えるように言葉を口にするが、なかなかその真意が読み取れない。
「聞こえないぞ! いったい何があった!」
何かまずい。これはただの回線事故ではなく、何かもっとよくないことが起きている。それをただの予感ではなく、確かな事実として認識させるような焦りが大して通じていない回線の向こうから感じ取れる。
『…あ…ッ!』
「…どうした! 何があったか聞いている! 答えろ!」
そして最後に悲鳴のような声が聞こえたかと思うと、通信は完全に消え、聞き返すラウラの声だけがかすかに反響しただけだった。
「ラウラ…」
「通信途絶…一体なんだというんだ」
通信で得た焦りを抱えながら舌打ちをするとラウラは考える。この状況がどういう状況かを、考える。
(緊急…この回線事故ではなく、ほかのところでか?)
緊急事態、おそらく通信に出た教員はそう伝えたかったのだろう。この状況での緊急事態というと何かが海域内へと入ってきたのだろうか。それも教員たちが焦るような代物が。
そこで、ラウラはこの状況がどんなものか、改めて再確認した。
(疲弊した我々に切断された回線…これでは…)
冷汗が頬を伝う。ラウラは考える。もし、もしもの話だ。だがここにやってきた者が回線を切断することのできるのであれば…そしてそれが…敵なのだとすれば…敵がこの状況を作り出したのだとしたら、自分だったらどんな考えで作り出すかを。
「……織斑、箒!」
指示を待つ二人にラウラは叫ぶ。この状況はまずい、一刻も早く脱しなければならない。
「すぐにレイジを見つけ出して、ここから離脱するぞ! ここはもう隔離―――!」
「ご苦労だったな、貴様ら」
三人の動きが固まる。それは雑音しか流さなくなったオープンチャネルから、いやにクリアな音質で聞こえた。女性の声だった。まるでこちらを見透かしたような、あざ笑うかのようなハスキーボイスに背筋が凍る。
いきなり聞こえて来た声、そんな声に対して誰の声なのかという、そんな疑問は浮かんでこなかった。三人とも、その声を知っていた。ただどうしてここに、という疑問だけが浮かんでいた。
「この声は…」
ラウラは急いで周囲をセンサーで確認すると、自分の背後20mの位置に一つの機影が確認できた。振り返り、その機影を視界に移した瞬間に苦々しい表情を浮かべる。
それは紫色の異形。夕焼けに差し掛かったその橙色の陽光を背に、全身装甲の向こう側から飛んでくる視線をはっきりと感じられる。それは数日前、学園を強襲した怪物。
「アリッシア…ロシュフォード!」
一夏の怒声が響く。眼前にいきなり現れたその機影は間違いなく、学園にやってきた所属不明機体、謎の女性アリッシアの機体だった。
「ほう、名前を覚えるくらいの頭はあるのか。まあ、あれだけの無様を晒して忘れていたら、それこそ愚鈍ではあるがな」
あの時と同じ、薄ら笑い。そんな挑発の言葉を聞いて、一夏の手に力が入る。それをラウラは無言で、手で制す。
「…ふん、来ないのか。突撃するしか能のない貴様が手綱を握られては、終わりだな」
「うるせえ! なんなら今すぐにでも…!」
「織斑!」
ラウラは一夏へと声を上げた。一夏は焦っていた。今、近くの小島には傷付いた仲間達がおり、零司もいまだ行方不明であり、相手の攻撃に巻き込まれてしまう可能性もあるからだ。目の前の敵を倒し、早く安全を確保しなければならない。しかし、それがわからないラウラでもない。ラウラ自身も焦りを感じてはいたが、相手の出方がわからない以上は手が出せずにいた。
「なるほど、貴様が指揮官といったところか…」
「…何の用だ、アリッシア・ロシュフォード」
アリッシアをまっすぐに睨みつけて、ラウラは問う。するとそれに対してさもつまらなそうに言った。
「何、単なる仕事だ…退け、貴様には用がない」
「理由も聞かずに退けるとでも思っているのか?」
「話しても、退くとは思えん。わざわざ姿を晒し、警告と譲歩までしたのは私なりの善意だったのだがな…そんなに無残な骸を晒すのが好きか?」
「貴様…」
アリッシアは言うと、腰のホルスターからニードルライフルを抜き、ラウラたちも各々の武装を展開し、臨戦態勢へと入る。ラウラとしては、なるべく戦闘に持ち込みたくはなかったが、相手の対応を見るにこれ以上の会話は不要、といったところなのだろう。
「単なる回収作業かと呆れたものだが、丁度いい。戯れてやるか…こい」
空いている手で手招きをするアリッシア。それに真っ先に向かって行ったのは一夏だった。『雪花狼』のウィング・スラスターを起動し、防御形態の『雪花』を正面に構えながら接近する。
爆発的な速度で接敵した瞬間に一夏は『雪片弐型』を袈裟切りに振り、アリッシアはそれに対しウィング・ブレードを手に取って、受け止める。
「第二形態…大した速度、出力上昇ではある…だが――」
口にして即座にアリッシアは力尽くで押し切ろうとする一夏の斬撃を弾くようにして横へと流し、続いてニードルライフルの引き金を一夏へと向けて絞る。撃ち出される針は正確に『雪花狼』の背についたウィングへと命中する…はずだった。
「やらせるか!」
撃ち出された針は赤い閃光に飲み込まれ、破壊される。『赤椿』の攻性エネルギーの光波が続けて、アリッシア本体へと向かう。それを確認すると同時に紫色の機体はさらに上方へと飛び上がり、回避。だが、そこへ黒い機影が突撃する。
「はあああ!」
側面から回り込んで一気に加速、ワイヤーブレードと両腕のプラズマブレードを展開してアリッシアへと切り掛かる。それに対して、アリッシアは迫るプラズマブレードをブレードで受け止め、ニードルライフルの銃口をもう片方の二の腕に押し付けて、両腕の攻撃を止めた。
「まだ――!」
「いいや、ここまでだ」
腕を止められ、ワイヤーブレードをアリッシアに向けた瞬間、ラウラは自分の視界が大きく揺れるのと頭部に強烈な痛みを感じた。痛みの感じる方向に目をやると、そこにはアリッシアの機体の腰部分から生えたテールスタビライザがあった。
「詰めが甘い」
テールスタビライザを叩き付けられ、グラリと揺れたラウラの右二の腕に向けて、ニードルライフルが火を噴く。射撃音と同時に激痛が走り、ラウラは激しく揺れる視界の中で意識をはっきりと取戻し、急いでスラスターを逆噴射し、距離を取る。
「ぐっ……」
距離を離してすぐさま腕に刺さった針を抜き取り、海上へと放り投げると小規模な爆発を起こした。ISアーマーを貫通した針は見事に腕を貫いており、アーマーの指先から鮮血が滴り落ちる。
「ラウラ!…よくも!」
叫びとともに四時方向から赤い機影がアリッシアへと迫る。それに向かって、引き金を引かれたニードルライフルからカシュッという空気の抜けるような音が連続で鳴り、数十発の爆破針が箒に向かって降り注ぐ。
それを二本の近接ブレードと展開装甲の刃によって弾きながら、距離を詰める。完全にさばききれずに数本の被弾はあったものの、最小限のダメージでアリッシアの眼前まで迫った。
「はっ!」
箒は初手『雨月』の打突から回転する要領で『空裂』で横薙ぎにする。そんな二連の攻撃をアリッシアはブレードの刃と腹で受け止め、ニードルライフルの銃口を箒の眉間に向ける。
「速さは申し分ないが…」
「まだだ!」
何か言おうとしたアリッシアの言葉を遮る箒。彼女の瞳に映るのは、こちらへと向かってくる『雪花狼』の姿だった。
「ここだ!」
「…チッ!」
横一閃。『瞬間加速』で一気に接敵した『雪花狼』はアリッシアの反応よりも早くその手に握った『雪片弐型』を彼女の背後めがけてふるった。腰から伸びるテールスタビライザが、刃に触れた瞬間に切断された。
「届け!」
今、刃を止めるものはない。当てられる、一夏は確信した。『零落白夜』の白い雷光を纏いし『雪片弐型』はアリッシアの背へとまっすぐに向かい―――
―――停止した。
「なん…だ…」
『雪片弐型』を握る一夏の手に返ってきたのは重苦しい衝撃。それはこちらの斬撃が受け止められたことを明確にした。あの体勢、正面から箒が押さえているのになぜ、一夏はそう思いながらアリッシアの纏うISの姿を見て、目を見開いた。
腕だ。アリッシアの紫色のIS、その背、縦長なスラスターの側面から機械の腕が生えていた。紫色のフレームと赤黒い関節部分、毒を思い起こさせるような機体と同様の配色が与えられた二本の腕が残った三枚の内、二枚のウィング・ブレードを掴み、一夏の斬撃を受け止めていたのだった。
「止まるな、いち――ああっ!」
呼びかける声と、装甲に突き刺さった針による多段爆発に飲み込まれる幼馴染の悲鳴が聞こえ、一夏はハッと我に返る。その時、一夏の目の前には三枚の刃が迫ってきていた。
「クソッ…!」
「遅いな」
一太刀目を『雪片弐型』で防御し、次を『雪花』で受け止める。だが三太刀目を防御する手段を失い、『雪花狼』の右頭部から右肩にかけての装甲が切り裂き、割られる。
「恨むなら、最後のチャンスを棒にふるった貴様の甘さを恨め」
頭部への一撃を受けて怯み、そこにもう一撃が左足に入り、次は左肩。次々に繰り出される三本の刃によって、『雪花狼』は装甲ごと残り少ないシールドエネルギーが削られていく。
「ぐ…あ…」
「これで終わりだ」
何の容赦もない、冷徹な声が過度のダメージを受けて意識を失いかける一夏の耳に届き、アリッシアは右手に持ったブレードを逆手にすると、一夏の左胸部へと突き立てまいと振り下ろす。しかし、
「む?」
アリッシアの右腕は寸前のところでピタリと止まった。突然の出来事、それに対してもアリッシアは冷静に、海上へと落下していく一夏から視線をラウラへと移した。
「AIC…先に潰すのは貴様の方だったか」
撃ち抜かれていない腕を上げて、ラウラはアリッシアを捉えていた。AICによって動きを止められたのは右腕だけだったが、それでも一夏を救えただけでも行幸だったのだろう。
「お前の相手は…私だ」
「部下を守る隊長といったところか…健気なものだな」
そんなラウラを鼻で笑うと左手に持つシールドライフルを構え、トリガーを絞る。撃ち出されたニードルを回避するとラウラは『ブリッツ』をアリッシアに向けて放つ。しかし砲撃はやすやすと避けられ、こちら側へと迫って来る。
「さあ、守って見せろ。私の気が変わり、皆殺しと行く前にな」
不吉な言葉と笑いを見せるアリッシアに対して、ラウラは苦悶の表情を浮かべるしかできなかった。
Side off
・
「ラウラ!」
聞こえないのはわかっていても、叫ばずにはいられなかった。それだけ眼前に広がる光景、そこで行われている戦いは一方的になっていたからだ。
『福音』が落ちた時点で安心していた。これで勝ったと思っていた。だが、まさか乱入者。それも学園で俺達を軽く撃退したあのアリッシアだ。ラウラが一対一で戦闘して、勝てる相手だとは考え辛い。
「どうすれば…メフィスト!」
隣に佇む女性に対して、俺は声を荒げながら名前を呼んだ。彼女、メフィストはただ無言にこの光景を眺めていた。
「おい、どうにかならないのか! このままじゃラウラが…」
「見届ける、私はそう言ったのだよ」
ただ淡々とメフィストは俺に告げる。見留める、それはつまりこの状況を傍観していろというのか。
「ふざけるな! こんな状況で…大切な仲間が殺されかけているのを黙って見ていろっていうのか!」
「……」
メフィストは答えない。答えずに、こちらを見ているだけだった。腹立たしく、思った。笑みを向けるメフィストに、そして何よりこの光景を見ながら何もできない自分に激しく腹が立った。
「…なんで…こんなものを見せた」
「……」
「こんなもの見たんじゃ死んでも死に切れない! 俺はこいつらを助ける為に『福音』と戦ったんだぞ!」
辺りに怒鳴り散らしながら、悔しさと怒りで拳をきつく握る。大切な仲間を守る為に戦った。戦って、負けた。それでも皆を守れたからそれでいいと思った。もう二度と、守れないなんてことはない。守って、それが最後で終わりなら少しは納得できた。それなのに…
「こんなの…納得できるか」
頭の中で描かれる映像、過去の残滓、記憶のリフレイン。無我夢中で、不器用で、理不尽で…それでも生きたい、希望を掴みたいと戦って、結果は絶望で。それでも、また暖かい場所を見つけたから、俺は再び戦うことを決意したのに。
「ふざけるな…ふざけるなよ」
学園の皆の顔が浮かぶ。一夏、篠ノ之、オルコット、凰、シャルロット、ラウラ、青島、千冬さん、山田先生、イリア先生…それにクラスメイトの皆。
皆を守る為に、俺は再び飛んだのだ。この大空に、自分の限界を押し込めて。それなのに、その結果がこれでは…納得できない、できるはずがない。
「俺は…」
「諦め切れない、か」
ふと、メフィストの声が聞こえ、俯いていた頭を上げると夕焼けの海ではなく、銀の月と白百合咲き乱れる幻想風景へと戻っていた。
「あくまで、守りたいと。傷付き、疲れ果て、再び何かを失うことになるやもしれないのだよ?」
冷たい風が頬に当り、白百合の花弁が宙を舞う。そんな中でメフィストはこちらを見ていた。まっすぐ、優しくも物悲しい、俺に憂うような表情で。そんな彼女に対して、俺は心にあるただ一つの返答を返す。
「ああ…俺は守りたい。何もしないで後悔するくらいだったら、守って後悔する方がいい」
「零司…」
「もう…二度と」
瞳を閉じる。浮かぶはかつての戦友達と一人の少女の姿。俺の腕の中で眠る、少女の姿。覚えている、笑顔も泣き顔も、怒る顔も、照れた顔も。全部、みんな、全て覚えている。脳裏に焼き付いて、忘れようと思っても忘れられない呪いのような記憶。
最後に流した、あの涙まで全て…
「もう二度と…俺は失うわけにはいかないんだ」
あんな顔を、誰一人にもしてほしくない。決意を固めて、メフィストを正面から見詰め返す。失うわけにはいかない。この希望を、この未来を。きつく抱き締めて、離したくはない。
全てを失ったあの日から、あの日が、あの時が戻ってきてほしいと思っていた。過ぎ去った刹那は二度と戻らない。それを知っている…だからこそ…
「みんなが笑っていた、あの優しい時間を…壊すならば…」
だからこそ…俺は…
「俺は…戦う。その覚悟が…ある」
強い風が吹いた。白い花弁がまるで吹雪のように舞い、月が沈んでいく。
「なるほど…わかったよ、舞台に上がったならば裏方がでしゃばるのはよろしくないな」
強い風はまるで暴風のようだったが、包み込むような温かさがあった。そんな中で立つメフィストは俺と向き合い、小さく笑みを浮かべた。
「さあ、幕は上がった。このオペラに台本はない。主役は君だ、あとは好きに舞い、好きに歌いたまえ」
「メフィスト…」
「私はいつでも君を見ている…いつも傍にいるよ」
優しい風が周囲を巻き、立ち上がる太陽が激しい光を放つ。あまりに眩い光に視界が遮られ、メフィストが影の中へと消えていく。これは前にも見たことがある。日が昇り、新たな時間が始まる、この夢の終わり。
「前座はひとまずこれにて終了だ。最後に君に最大の敬意と賛美を持って、言葉にしよう」
メフィストの唇が動く、その言葉はどこまでも尊く、俺の望んだ世界を指すもの。そして絶対にありえてはいけない、万物の冒涜。己の痕跡、その全てを刻み付け、永劫とする魔法の言葉。
ああ、それを唱えるならば、俺も望むとしよう。俺が望むもの…それは…
「時よ止まれ、汝はかくも美しい」
それは輝ける、至高の刹那。
――周囲の粒子エネルギーを収束、自己エネルギーを3%から70%まで修復
――シールド展開 ハイパーセンサー起動 全身装甲機能良好 スラスター稼動可能
――搭乗者の『
―――リミッター解除 限界出力80%から100%へと移行
―――以上の制限解除を確認 単一仕様能力の使用を承認します。
・
Side ラウラ・ボーデヴィッヒ
降り注ぐおびただしい針の雨の中、私は全力で回避・旋回行動を繰り返していた。だが無数の着弾がシールドエネルギーとともにこちらの装甲を削り、針の爆発が衝撃となってこちらの内臓と脊髄を揺らす。
「どうした、動きが鈍いぞ」
「黙れ!」
急停止からの逆噴射。背後から迫るアレッシアはやや上空を飛び、私はその下へと回り込むと『ブリッツ』を構える。しかし敵機もそれに反応して、全身を縦に回転させるとこちらに射撃を行いながら正面を向く。
「遅い、まるで亀だ」
射撃は相手の方が早かった。撃ち出された針はこちらの右肩を貫き、命中の衝撃で軌道がズレた徹甲弾はアレッシアの側面を横切り、すれ違いざまに紫色のISがこちらに迫る。まずい、そう思った瞬間に私は左腕のプラズマブレードを起動していた。
ブレード同士がぶつかり、プラズマが相手ブレードを焼き切ろうとして出た火花と耳障りな音が鳴る。プラズマ化した大気が弾けるくらいに出力を上げるが押し切れない。既存スペックが違い過ぎる。
「く…この!」
このままでは残りの腕がこちらを切り刻む。どうにかこの場を逃れようと苦し紛れに動かした『ブリッツ』がアレッシアの左腕にぶつかり、若干機体がぶれる。そこに右手の激痛を抑え込みながら、ブレードを展開し、突きを放った。
「フン…」
それに対し、アレッシアは事もなげにこちらを蹴り飛ばし、突きを躱すとブレードを他の腕に預け、両手でホルスターから抜き放ったニードルライフルでこちらを射撃する。全て弾くことは不可能だが、それでもダメージを最小限に抑えるためにワイヤーブレードを展開し、防御態勢を取る。
「まだ…私は!」
撃ち出される、針、針、針。絶対防御を貫通する射撃はこちらのアーマーを貫き、その奥にある私の肉体に傷をつけていく。だがそれでも、痛みに怯んではいけない。声を出し、意識を正面に向けながら、必死にワイヤーを、ブレードを、攻撃を防御できる全ての機能を操作する。
「ああああっ!」
アーマーを貫いた針の一つが爆発を起こすと、他も次々に続いて炸裂していく。皮膚が熱で焼かれ、傷口が焼潰れる。激痛、痛みに対する訓練をしていない身であれば、この連続して引き起こされる熱の痛みに意識を失ったかもしれない。だが、今の私にそれは許されない。目の前に敵がいて、付近には仲間が…そして私の一番大切な人がいるのだ。引くわけにはいかない、引けるわけない。
「まだ沈まないか…案外、根性はあるようだな」
射撃の波が止んだ。針がかすった際に額からの流血と、射撃が止まったことにより防御に対する意識が少し緩んだためか、全身から感じる痛みで視界がブレる。そんな中で、アレッシアは弾切れを起こしたライフルにマガジンを装填した。
「き、貴様…に…皆を…やらせはしない…」
息も切れ切れに、自分の意志をはっきりさせるように私はアレッシアに向かって言った。そうだ、やらせはしない。ここにいる皆は私の仲間…そして、何よりもレイジが命懸けで守ろうとした者達だ。レイジが動けない今、私が守らなくてどうする。
「やらせはしない? 皆を守るか、その身体で」
「ああ…私は…」
そこまで言ったところで、両腕から全身に重い衝撃が走った。接近してきたアレッシアがブレードでこちらを吹き飛ばしたのだ。装甲のひび割れから血を流しながらも防御できたのは、もはや本能としか言いようがない。
「がっ…あっ…」
「守る? 貴様が皆を守るだと…ふざけるな、愚か者が」
弾き飛ばされ、海岸の岸壁にぶつかったところでアレッシアに髪を掴まれる。血液の流し過ぎで酸素の回らない頭が悲鳴を上げる。そんな中で私は自分の耳に届く言葉、というよりもその口調に違和感を覚えていた。
「貴様程度の力なき者が守るとほざくな!」
アレッシアの声色が激しいものになる。今までの嘲りとはまるで違う。それは昔、私が感じていたものによく似ている。
「何もできず、今こうして私に追い込まれ、死を待つことしかできない――」
そう、これは…怒りだ。激しい、身を焦がすような怒り。他者を否定し、拒絶し、葬り去ろうとさえ思うほどの、そしてどこか物悲しい、悲壮を思わせるような激情。
「――守られることしかできなかった…守ることもできなかった…この出来損ないが!」
激怒の叫びはそのまま、彼女の手に持った刃へと宿る。振り下ろされる刃は私の首へと迫り、刃が風を切る音が耳に届く。守る、その言葉を私は果たせず終わってしまうのだろう。
「すみません、レイジ…私は…」
目じりから一筋の滴が流れる。後悔、守れないことへの…そしてまたレイジと会えないことへの後悔の言葉が口端から漏れる。脳裏に浮かぶは彼との出来事。学園での戦い、そして和解。少しでも傍にいることのできた嬉しさともう終わってしまう悲しさ。
「また、あなたを…」
そして、あのときに流した…彼の涙…
「また私は…守れない…」
「いや、お前はよくやったよ…ラウラ」
「え……」
声が…聞こえた。優しく、包み込むような声音。耳元でささやかれたそれは私が一番大切に想い、今もっとも救いたいと思う人の声。その声に応えるように、私は無意識にその名を呼んだ。
「レイジ…?」
瞬間、赤い閃光が眼前に立つアレッシアを呑み込んだ。壊れかけのISから聞こえてくる、高エネルギー反応における
「何だ…!?」
閃光から逃れると、焦りの籠ったアレッシアの叫びが聞こえた。彼女の反応、それがどういうものか、それを理解するのに私は数秒の時間を有した。彼女が驚愕の声を上げた理由、それはいきなり撃ち出された閃光でもなく、周囲における粒子エネルギーの測定値でもない。
「海が…」
視界いっぱいに広がる大海。戦場としてきたその海面が、一色の色に染まっている。それは真紅。激しく輝く夏の夕日、その輝きにも勝る、異質な恐怖を掻き立てながらも、確かな美しさのある…赤。
「排出エネルギー粒子…これが全てか!?」
ISが起動する際に出る、エネルギーの排出分。それによって、この海が真紅に染め上げられている。周囲の磁場を乱し、他のISのシールドエネルギーにまで干渉をするレベルにまで引き上げられたそれが零れ出す場所へと視界を向ける。
―――そこに、いた。
真紅の粒子に包まれて佇む姿はボロボロで、欠けた漆黒のアーマーの痛々しさは今にも倒れそうも見える。だがその姿を見て、私はむしろ雄々しいとすら思った。
「ようやく姿を見せたか…」
残った片翼から吐き出される紅蓮の焔のような粒子の中で立つ彼を見て、アレッシアは言う。ああどうやら、私が見ているのが幻想ではないようだ。あのような姿だというのに、彼は私の前に駆けつけてくれた。こんな、ズルいとも思えるタイミングで。
やはりあなたは…私の…私にとっての…
「待たせたな…ラウラ」
私にとっての…最高の英雄だ。
Side off
EP41 End
はい、EP41はこれにて終了です。いかがでしたか?
ようやく零司君、戦線復帰です。いやぁ、なんか長かったイメージが…まあ、私が投稿していなかったせいなんですけどね(グフッ。零司捜索編を期待していた人は申し訳ありません、普通に戦線復帰しちゃいました。今後どんな感じに戦うか、こうご期待ということで。
それにしても、文章力の足りなさを感じて久々に唖然となりました。しばらく書いていなかったから余計に…やっぱりそれらしい本でも買って読んだ方がいいのかね? しかし財布が…うう(―ω―;)。
最後に、この作品に目を通していただいてありがとうございました。今まで続けてみてくれた読者様も、新しく読んでくださった読者様も、もし趣味に合う&「仕方ねえ、読んでやるか」という慈悲深い精神のお持ちであるならば、今後とも鈍亀作者の書くこの作品の応援をよろしくお願いいたしますm(_ _)m。
それでは、また(^ω^)ノシ