IS もう一つの翼   作:緋星

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おはようございます、こんにちは、こんばんは、緋星でございます。

ようやく零司君の出番です…といっても、結構なジェットコースター&突拍子もない感じになってしまいました。でも、今後の話で解説もするつもりですので、どうか勘弁してくださいm(_ _)m

それでは、どうぞ


EP42 英雄の唄

激しく、眩い陽光に包まれた後、一瞬どうなったのかはわからなかった。感じたのは焼焦げるような痛みとそれを感じることで、まだこの世に繋げられた自分の命を思う安堵。視界に広がっていた漆黒の闇は晴れ、今あるのは鮮やかな夕焼け。洞窟の瓦礫に潰され、悲鳴を上げている身体に鞭を打ち、何とかその場に立っていた。

 

視界に映るのは夕日に照らされた海面は真紅の色合いと血の海のような不気味さと宝石のような美しさを併せ持つ海の上に飛び交う二機の機影。片方は先ほどの砲撃に吹き飛ばされたアリッシア、そしてもう片方は…

 

「…今、そこに行く」

 

スラスターを起動する。片翼は『福音』の攻撃で半壊されたが、それでもまだ飛べる。周囲を漂っていた大量の粒子が背に集まり、地面を蹴ると同時に爆発する。背中から感じる異様な加速力に身を任せて、ただラウラのもとへとまっすぐに進んだ。

 

「ぐ…」

 

同時に激痛が腹部を襲う。そういえばあの場所に閉じ込められる際に横腹を貫かれたのを思い出した。だが、そんなことはどうでもいい。今はISスーツの圧迫機能が傷口を止血している。やつを倒すまで保てばいい。

 

「ラウラ!」

 

「レイ…ジ」

 

痛みに染まった表情を覆い隠し、苦悶の声を奥歯で噛み殺しながらラウラの隣へとついた。こちらに負けず劣らずに傷だらけの機体を纏ったラウラはこちらを見るなり、安堵した笑顔を浮かべる。

 

「よかった…やっぱり、無事だったのですね」

 

その笑みには生気がなく、弱々しい。ヒビが入り、壊れかけの『シュヴァルツア・レーゲン』の装甲から血の雫がしたたり落ちる。この傷が何にやられたものなのかを、俺は知っている。見ていたから、見ていたのに何もできなかったから。

 

「遅れて…すまない」

 

「謝らないでください…私は…信じていましたから」

 

おそらく体の傷は深く、意識を保つのもつらいのだろう。それなのに、ラウラは笑みを崩そうとしない。苦悶で歪めることもない。遅れてしまった、今の今まで助けに来ることのできなかった俺に向かって。

 

「あなたは…戻って…」

 

こちらの手を伸し、こちらに触れようとしたラウラの身を纏う『シュヴァルツア・レーゲン』は消滅し、意識を失い、崩れ落ちるようにこちらへと倒れこむ彼女を抱き留める。抱き留めた時に、支えた手が血で染まる。そこで全身に負った傷がより深いものであることを再確認させられた。

 

「よくやったな、ラウラ…あとは任せろ」

 

心からの思いを口にするとラウラを強く抱き締めながら崖から少し離れた、海岸沿いの近場にある高さのある石に寄りかからせる。

 

「敵に背を見せるとは、ずいぶんと余裕なのだな」

 

その時、背後から声が聞こえた。ハスキーな女性の声、その声の主を知っている。学園にやってきた襲撃者。そして皆を…目の前にいる、俺を信じた少女を傷つけた張本人。

 

「それとも…そんなにその娘…いや、そこらへんに転がっているやつらが大事なのか?」

 

「……」

 

アリッシアの言葉は頭に入っている。だが俺はその言葉に返答する気にはなれなかった。そんな感情よりも優先されることが、俺の中で渦巻いていた。

 

「その程度の輩に心を乱されるとは…落ちたものだな、『番犬の長』も」

 

それはまるで燃え上がる炎が風に乗り、舞い上がるように、俺の中で確かに、そして激しく俺を支配していく。理解している、冷静になるべきだと。相手は強い、確実に今の自分よりも強いだろう。ああ、それでも…

 

「私は君の過去を知っている。君がどれほど苛烈で、どれほど破壊的に、相手を打倒していったかを知っている。」

 

アリッシアの言葉は油だ。湯水のように注がれるそれを燃料に炎はどんどん大きくなっていく。それはこちらの望む望まぬ関係なし。冷静になれと考える自分の意識そのものを塗りつぶしていく。

 

「あのような小娘どもは必要ない…特に――」

 

そして――

 

「そんな…粗悪品はな」

 

自分の中で何かが切れた。それがおそらく、冷静な自分をせき止めていた最後のリミッターだったのだろう。俺はその感情に流されるままに、一匹の怪物へと向かって地面を蹴った。

 

「アリッシア―――ッ!」

 

憎き敵の名を叫び、機体の出力に任せて、スラスターから赤色の粒子を放出しながら、加速する。それに対して、両手にブレードを握るとアリッシアはこちらの叫びに応じるように正面から迎え撃つ。

 

何度も起こる衝突と同時に大きな、そして断続的な金属音と火花が散った。右手に『展開』された『Victor』はブレードとぶつかり合い、その度に激しい衝撃がこちらの肉体を軋ませる。押さえつけられた横腹の傷から出た血液がスーツにシミを作っていた。

 

だがその痛みも怒りで麻痺していく。それごときで、この怒りを冷ませはしない。昂ぶりに身を任せる。目の前にいる相手に憎しみをぶつけるように、近づいては離れを繰り返し、一太刀一太刀を振るう。

 

「アアアアアッ!」

 

「…チィ!」

 

咆哮と共に繰り出された上段からの一撃、それを受けたアリッシアが後方へと弾かれ、それを追うと同時に左手に『Bella』を『展開』し、引き金を絞る。速射される実弾をアリッシアはブレードの腹で防御すると空いている二本のサブアームを起動させ、ニードルライフルをこちらに向けた。

 

「遅い!」

 

普通ならば回避に移るのだろうが、俺は逆に『瞬間加速』を行った。眼前にいるアリッシアとの距離を詰め、発射された針が左肩を貫いた。それに目をくれるよりも早く、右手に持った『Victor』でライフルを前後で二分した。

 

「やるな…だが!」

 

アリッシアは声を上げると防御に使用していた右手ではなく、左手に握ったブレードをこちらに突き出してきた。『瞬間加速』を使用した為に即座な反応が遅れた俺の右肩の装甲を破壊し、こちらのバランスが大きくずれた。

 

「まだだ!」

 

崩れた体勢のままで、すれ違いざまに『Bella』の引き金を引くと高速で発生するマズルフラッシュの後に発射された毎分900発以上の発射速度で打ち出される弾丸は的確にサブアームの一本をとらえ、被弾とほぼ同時に爆破させた。

 

「…これで…一本!」

 

針で貫かれた左肩の装甲を無理やり外して、海に投げ捨てる。もはや機体も肉体もボロボロ、搭乗時間のタイムリミットは振り切れているのか、ぼんやりと赤く染まり始めている。時間はかけられない。そう考えている――

 

「ハッ…やはり予想通りだ」

 

――アリッシアの喜色の滲んだ言葉が飛ぶ。サブアームの破壊に対して、アリッシアの浮かべた表情は破壊されたことによる苛立ちや嫌悪ではなく、それは歓喜に近いものだった。

 

「やはり、私の思った通りだ! その姿、私の知っている君そのものだ!」

 

「……ッ!」

 

素早くその身をこちらに向けると、アリッシアはこちらに向かって加速する。相手の遠距離武器を破壊したこちらは距離を離した遠距離戦を行おうとした瞬間、圧倒的なスピードで距離を詰められる。

 

「クッ!?」

 

とっさに反応して、どうにか振るわれるブレードを受ける。だがその瞬間、腹部に強烈な痛みが走る。手の空いたサブアームが傷口に向かって拳を突き出していたのだ。

 

「グッ!…クソ…!」

 

一瞬、ブレードを抑える力が緩んだその瞬間を、アリッシアが見逃すはずもなかった。二振り目のブレードをさらに『Victor』にぶつけると、そのまま力任せに振り下ろす。それに耐えられない俺は海面へと思い切りたたき落される。

 

激しく海面に叩き付けられた衝撃は、俺の体を襲った。本来ならばPICがある程度の衝撃を緩和してくれるところなのだが、おそらく機体ダメージが大き過ぎる為に不調を起こしているのだろう。やはりこれ以上の長期戦はまずい。

 

「もっと見せてくれ…戦う君の姿を」

 

海面近くまで降りてくると、アリッシアはそう言った。それはどこか艶やかであり、高圧的な口調ではない、今までよりもずっと女性らしい声色。そんな声に俺は歯向かうように、アリッシアを睨みつける。そして――

 

 

「そうでなければ…私がここに来たことも、こんな事件を引き起こしたことも、まるで意味がないのだから」

 

 

――そう告げられた言葉に、俺の頭の熱が一瞬冷めた。

 

「どういう…意味だ?」

 

怖気が走る。この女、今なんて言いやがった? 事件を…引き起こしただと?

 

「言葉通りの意味だ…聞き返すことでもないだろう?」

 

そんな俺に対して、アリッシアはさもつまらなそうに返答した。

 

「私がこの事件を引き起こした、つまり『福音』を暴走させたと言ったのさ」

 

「なぜ…」

 

「簡単だ、君と戦う為だ」

 

まるで当然という風に語るアリッシアの言葉を聞いて、冷めた熱が戻って来る。まるで血液が沸騰したように、身体と頭が熱くなる。

 

「四年前に引き起こされた『東アジアIS紛争』において、その事態を解決まで導いた英雄にして、私の知る最高の戦士。そんな君と戦う、そのためにこの舞台を用意した」

 

目の前の女、アリッシアは言った。自分が『福音』を暴走させた、と。そして、その理由が俺と戦う為だとも。

 

何だ、それ?

 

俺と戦う? そんな…たったそんなことのためだけに…俺の大切な仲間を傷つけたというのか…

 

「だから、こんなところで止まっている時間すら惜しい。だから早く――」

 

「…黙れ」

 

「……何?」

 

「ギャーギャーほざくな、耳障りなんだよ」

 

嬉々として話を続けようとするアリッシアの言葉を遮る。聞きたくない…否、言わせるものか。その怖気が走りそうな言葉はもういらない。

 

「さっきからまるで俺の全てを知っているみたいな、物知り顔で言うのが気に食わない。お前に俺の何がわかる。俺の過去を知っている? 勝手言ってんじゃねえよ、ふざけるな」

 

アリッシアに対して内にある言葉をぶちまける。まるでこちらを見透かすようなセリフにイラッと来る。何が過去を知っているだ、何が昔の俺の方がよかったみたいなことを言ってやがる。昔の俺なんていいはずねえんだよ、クソ野郎以外に当てはまる言葉が見つからない。そんな俺を求めるなんて奴はイカレてるんだよ、それくらい理解しやがれ。

 

「俺が最悪だと思っているのに、てめえらは勝手に俺の過去を覗き込みやがって…英雄だなんだなんて吐き気がする。最高の戦士だとか、馬鹿の戯言だ。俺はただ単純に死をばらまいていただけなのに…勝手に持ち上げて、勝手に称えて…頭おかしいんじゃねえか、てめえら」

 

そう、俺はただ単純に戦って、殺していただけだ。仲間を引き摺り回し、敵を駆逐し、終いには自分の仲間と…そして自分そのものにすら死を与えようとしていた。

 

「そんな記憶にズケズケと入り込んできて、周囲を巻き込んでまで俺の目の前に現れて、勝手な感想をのたまってんじゃねえよ。デリカシーってものがねえのか、この阿保が」

 

俺はそんなものじゃないし、そんな風に見られるのだってあり得ない。そんな高尚な存在でもないし、そんな存在になりたいとも思ったことはない。だが俺はそういうものと見られ、そのような存在になってしまった。俺の望まぬ、最悪の存在に。

 

「お前たちがどういう理由で俺を狙っているのかなんて…正直どうでもいい。勝手に暴れればいいし、喧嘩吹っかけるのだってかまわない。お前が誰だか俺は知らないし、お前がどんな思考で俺と戦うなんて暇人じみたことをするのかは知らねえ。でもな――」

 

だが、もう俺は昔の俺じゃない。優しい場所と、仲間。失うことばかりだった俺がやっとの思いで手に入れた…大切なものが確かにあるんだ。それを奪おうというのであれば…俺は…

 

「――俺の居場所を壊すことがあるならば…俺はお前を絶対に許しはしない」

 

「…ほう、許さないとはな…どうするつもりだ?」

 

一方的に話す俺の言葉を黙って聞いていたアリッシアが短く返し、それに対して俺は即座、そしてはっきりと言い切るように返答する。

 

「お前を…殺す」

 

その時、視界が揺れた。

 

赤い、まるで血に染まったような視界が心臓の鼓動に同調するように揺れる。

 

それは初めての感覚のように思えたが…

 

この感覚には…覚えがあった。

 

いつもの発作によく似た現象。

 

頭をよぎるのは、最悪とも思える戦場の記憶。

 

その中で…俺は何を見ていたか

 

俺は…どんな景色を見て、戦っていたか

 

ようやく……思い出したんだ…

 

 

 

――起動承認、『境界の瞳:タイプⅠ』起動

 

 

 

「…ッ!?」

 

聞こえて来たアナウンス。それを聞いた瞬間、一気に視界がクリアになる。いつもの覆い尽くすような赤は消え、視界に広がったのは海と空。だが、全ての色が失われている。自分の色以外は認知できない。昔の写真のような白と黒の世界。

 

「これは…まさか…」

 

突然変わった視界。普通の人間ならば、それに驚きパニックを引き起こすのかもしれない。だが俺は自分でもいやになるほど冷静だった。なぜなら…俺はこの視界を知っている(・・・・・・・・・・・・)

 

「『境界の瞳』…が…」

 

『境界に瞳』。これはかつて俺に勝利へと導いた、今の俺が望まぬ力。過去に置き去りにしてきたそれが今、自分の瞳に舞い戻って来た。

 

 

――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)英雄の唄(ヴォルスング・サガ)』起動

 

そして続けて聞こえて来たアナウンス。そして、自分の機体から放出されていた粒子が周囲に纏まってきていたことに気付いた。まるで包み込むような粒子の動き。それを見て、一瞬で理解した。

 

「これは…俺の――」

 

浮かび上がる記憶。戦いの記憶。見ていた視界も、この全身にまとう光も。自分の中ではとうに記憶の片隅に追いやったものであり、同時に記憶の奥底で消えずに残っていたものだった。ああ、そうだ…これは――

 

 

      ――共に戦場を駆け抜けた、機体(戦友)の輝き。

 

 

爆発的な量に増えた粒子が『黒天』を包み込む。すると、まるでその粒子に反応するように、装甲が真紅の色に輝く。そして半壊した両翼のスラスター部分から光の翼が形成され、包み込んだ粒子は『黒天』の手元へと集まっていく。明らかに異常な量の粒子は凝縮し、一つの形を作り出していく。

 

「これは…」

 

作り出されたもの、それは一本の剣だった。

 

『黒天』と同じ、黒い装甲で作られたそれは分厚く巨大、物々しい片刃の両手剣(トゥーハンド・ソード)。機械的ではあるものの、ISの武装というには異様なまでにシンプルであり、相手を切るためだけに作られたという印象を受ける剣だった。

 

――広範囲殲滅機能搭載近接兵装 名称『Lævateinn(レーヴァテイン)

 

壊れかけのハイパーセンサーから入手した情報には、そう記載されていた。これが…この機体の単一仕様能力。他者では絶対に存在させることができない、俺だけの武器。

 

「君の切り札は…それか」

 

俺を見下ろすアリッシアはそういうと、両手に握ったブレードを構えなおす。どうやら、俺が戦う準備ができるまで待っていたようだ。不意打ちをしないあたりを見ると、本気で俺と正面から戦うことだけを考えているらしい。

 

「それで、私を打倒すると?」

 

「ああ…やってやるさ」

 

アリッシアの言葉に対して、きっぱりと言い切った。握る柄から、力を感じる。それは熱となって、俺の心を動かす。メフィストの言葉を使わせてもらうならば、俺はこの舞台の主役だ。こんなところで立ち止まっていることなんてできない。進まなければ、物語は進まない。

 

「ここからは主役の出番だ…脇役はご退場願おうか」

 

言うが早いか、『黒天』から伸びる光の両翼が広がり、羽ばたくと同時に膨大な粒子をまき散らし、加速すると構えた大剣『Lævateinn』を横薙ぎにふるう。

 

「重鈍だな…そんな動きで――!」

 

その一撃を軽々と上方に回避すると、アリッシアは俺の脳天めがけてブレードを振り下ろす。回避からの流れるような動き、タイミングも完璧で、一直線に進む俺に対するカウンターの一撃は人間の反応速度では避けようのないものだ。

 

しかし――

 

「…何?」

 

アリッシアはすれ違い、再び向き合った時に訝しげな声を発した。その一撃、的確なそれは俺の突き上げた拳を当てられ、ずらされた為に掠りはしたものの、頭をたたき割るまではしていなかった。

 

回避されるはずがない一撃。ましてや、傷だらけの体で反応できるものではない。そんな表情を浮かべるアリッシアを見ながら、小さく呟く。

 

「ようやく戻ってきた…か」

 

「戻った?…まさか」

 

バイザーの向こう側で、おそらくアリッシアは俺の目を見ているのだろう。俺の過去を知っているというのはどの辺までかは知らないが、今の反応を見るに俺の目のことは知っているようだからな。

 

「…『境界の瞳』か」

 

アリッシアは苦々しく言い放つ。

 

『境界の瞳』、それはドイツが開発した『網膜移植型疑似ハイパーセンサー』。俺の両目に移植されているのはその初期型と呼ばれる部類のものだ。

 

だが今現在存在するラウラの左目に移植された『境界の瞳』と俺のものはだいぶ用途の違うものとなっている。ラウラの左目は『反応速度の上昇』と『視覚感知距離の強化』が効果として見受けられる。だが、俺の『境界の瞳』はそれに追加して、あと一つ効果が追加される。

 

それは『視覚による粒子解析』というものだ。

 

ISは起動から停止まで、全ての行動に粒子エネルギーを用いている。コア・ネットワークへと自分の動きを送り、それを解析したコアからの情報をもとに粒子エネルギーが装甲を動かす。そうやって、ISは機能している。

 

俺の目に搭載された『視覚による粒子解析』というのは、視界に移したISのコアから放出される粒子エネルギーを解析し、次にどう行動するかを情報として得る。つまり、簡易的なIS限定に使える未来予知といっても過言ではない。

 

「お前の先を見させてもらおう…アリッシア・アシュフォード!」

 

叫び、進む。『瞬間加速』によって接敵する。狙うはこの『Lævateinn』の一撃。それを察したようにアリッシアは二時方向へと飛び上がる。

 

だがその時、俺の目に映ったのは回避に回るアリッシア…その先の姿だった。数秒後に展開されるであろう行動、回避行動の行先。俺のそんな視界に映った動きに合わせて、大剣を袈裟がけに振り下ろす。

 

「く…!」

 

熱された鉄と同じ色をした刃の重い一撃にアリッシアの機体が軋み、防御したブレードから大量の火花を散らしながら衝撃を殺しきれずに後方へと吹き飛ばされる。その先を見ていた俺は飛んでいくアリッシアを追って、次撃をくらわせる為に距離をさらに詰める。

 

「…ッ!」

 

向かう俺に対して、アリッシアは右腕を突き出すと椀部装甲の手首部分から数本の針が発射される。仕込み針、おそらくライフルから撃ち出されたものと同じだろう。不意打ちにも近い行動だったが、その数秒前に行動が視覚化されていた俺は頭部へと飛んでくるそれに対して首を反らして避けると、上段から思い切り振り下ろす。

 

「オオオオ!」

 

力任せに大剣をふるい、近場の崖へと叩き付ける。次へ、今は完全に俺のペースだ。このまま押し切る。そう考えた時だった。

 

「…ッ!?…クソッ!」

 

急激に視界が歪むと同時に激しい頭痛が襲う。いつもの発作に似ているが、違う。これは…

 

「『境界の瞳』の副作用か」

 

動きが止まる俺に向かって、答えを口にしたのはアリッシアだった。

 

『境界の瞳』の副作用。『視覚による粒子分析』は一見すればISに対して絶対的な優位に立てるものだ。だがそんな便利なものをノーリスクで使用できるほど、世の中うまくできてはいない。

 

その事実を、この頭痛が物語っている。粒子分析そのものは使用者の脳で行われる。そのために脳に多大な負担がかかり、最悪の場合、脳死にまで至る。『境界の瞳』を使うとこれが強制的に引き起こされる為に、長期の使用は不可能となってしまっている。これこそ、『境界の瞳』の初期型であるこれが廃棄され、ラウラの移植されたそれに搭載されることのなくなった理由なのだ。

 

「肉体の負傷もある…長くは戦えまい」

 

「ああ、お前の言う通りだ」

 

おそらく体も限界だ。先ほど、横腹に受けた打撃で傷口からの出血も酷い。実を言うと、あの崩れた洞窟から出た時から左腕の感覚がほとんどない。もはや時間切れ。だからこそ――

 

「だから、次の一撃で決める」

 

そうアリッシアに告げ、『Lævateinn』を腰だめに構える。

 

――システム起動 広範囲殲滅攻撃準備開始

 

アナウンスが鳴ると、大剣の峰と呼べる部分が縦に開き、その部分から大量の炎が吐き出される。すると大剣そのものが熱された鉄の塊のように熱量が発生し、空気にカゲロウが発生する。

 

――システムに深刻な障害 規格外の熱量です

 

ハイパーセンサーに記されたシールドエネルギー残量がみるみる減っていく。立ち上がる炎はこちらの身丈よりも大きく舞い上がり、熱量そのものが機体へのダメージとなっている。

 

―――チャージ完了

 

準備は終わった。『境界の瞳』にアリッシアをとらえ――

 

「ハアアアア―――ッ!!」

 

―――横一閃。

 

振りぬいた瞬間、正面に向かって波が撃ち出された。それは灼熱の炎。触れるもの全てを例外なく燃やし尽くしてし、炎の世界を作り出す焦熱地獄。死を与える波は周囲の大地を、木々を、そしてアリッシアを巻き込んで、崖の上を紅蓮に染め上げていく。

 

「ハァ…ハァ……」

 

そんな光景を見て、俺は全身で息をしながらなんとか意識を繋ぎ止める。振りぬいた瞬間に『Lævateinn』の異質ともとれる熱量は消え去り、耳障りな警告音とエネルギーの減少は止まった。しかしそれと同時に全身の力が緩み、炎に呑まれていない海側の崖に着陸すると膝を着いた。激しい頭痛に息をすることすらも困難になる。視界の歪みは最高潮になり、もはやほとんど何があるのかが確認できないほどだ。

 

だが肉体は最悪でも、意識は痛みにさいなまれながらも少し安堵感を得ていた。今、アリッシアはあの炎の中にいる。それは確かだ。ならば、もはやこれ以上の戦闘はない。

 

「勝った…勝ったぞ…」

 

言いながら、自分の意志で『境界の瞳』の機能をオフにすると歪んだ視界に色が戻ってくる。どうにか勝った、あの化け物に。これでみんなと一緒に帰る妨げになる敵は消えた。ようやく、帰ることができる…

 

「そう…だ…皆を…」

 

そう安堵していた意識に再び緊張が走る。まだ傷付いた仲間がこの場所にはいるのだ。それも六人も。今の状態で皆を抱えて宿舎まで戻るなんてことは不可能だ。

 

「…帰ら…ないと、な…」

 

立ち上がろうとして、足元がおぼつかずに前かがみに倒れそうになる。俺の手で救出は無理でも、連絡は取れる。早く周囲の海域閉鎖を行っている先生たちに…

 

そう、考えた時だった。

 

 

「どこに行くつもりだ?」

 

 

嫌な…声がした。

 

女性にしては低い声色が、まるで地獄からの呼び声に聞こえる。

 

全身から出る冷汗はまるで俺の心理状況を自身に知らしめるように、滝のように流れ出る。

 

あり得ないという驚愕とあってはいけないという忌避。

 

精神を支配するそれを振り切るように、壊れた人形の如くゆっくりと顔を上げる。

 

「まだ…終わらんよ」

 

そこに…いた。

 

焼き焦げた紫色の装甲は高熱での破壊と溶解し、そして残った部分も黒く焦げてすすけた。しかし半壊の機体を身に纏い、切っ先のかけたブレードを持ち、俺の眼前に立っている。

 

倒したと、思い込んでいた(・・・・・・・)アリッシア・アシュフォードが。

 

「なん…で…」

 

「倒した、そう思っていたか…普通ならそうだな、あれをくらって生き残れるはずはないさ」

 

「……」

 

「まだ、やることがある…」

 

そう言うアリッシアは目を細めて、こちらへと歩き始める。足取りは遅い、はやりダメージが大きいのか、即座に攻めてくるわけではないようだ。だがそれでも、こちらはもはや立つこともままならないような状態。近付かれたら、やられる。

 

「だから…私は…ッ!?」

 

重い足取りでこちらに手を伸ばすアリッシア。そんな彼女と俺の間に黒い何かが現れ、こちらの視界を遮った。ただでさえ歪んだ景色に現れたそれが何なのか、それは理解することはできなかった。だが――

 

「これは…」

 

「そこまでだ」

 

空から聞こえてきたのは、頼もしいと思える女性の声。そしてすぐに俺の目の前に何かが着陸した。灰色の装甲と、スカートを思わせる腰当りから伸ばした薄いヴェール。そんなバトルドレスに身を包んだ人物は右手に持った三俣の槍をアリッシアに向けた。

 

「ウチの男子学生に手を出さんでもらいたいものだな、襲撃者」

 

「貴様…」

 

アリッシアの苦々しい声色が聞こえる。目の前に現れた人物、彼女のISを纏った姿を初めて見た為に一瞬、誰だかわからずに戸惑ったが、こちらを見る横顔が彫深い笑みを浮かべているのに気が付き、その正体がわかった。

 

「…イリア…先生?」

 

「ああ、私だよ」

 

「なんでここに…」

 

素直な疑問が口に出た。イリア先生は宿舎には来ておらず、本来なら学園で授業をしている身だ。それが何でここにいるのか、わからなかった。

 

だがその疑問にイリア先生はこちらを安心させるように小さく笑いながら答える。

 

「学園で暇していたところに凰から連絡があってな、それですぐさま学園から一っ跳びでここに来たんだ」

 

凰が…連絡していたのか。

 

心底有り難かった。今、俺が知る中で一番の助っ人が目の前に来てくれた。

 

「まあ、私がどうしてここになど、その他もろもろは目の前にいる女をどうにかしてからにしようか」

 

そう言うイリア先生の言葉で、安堵した頭を再び引き締める。こんなことを聞いている場合ではない、目の前にいる敵…アリッシアがまだいるのだ。

 

「邪魔をするな、ロシア人。これは私と彼の戦いだ」

 

「知らないな、そんなことは。それに傷付いた生徒がいるんだ、教員として助けに入るのは当たり前のことだろう?」

 

睨み合う両者はどちらも動こうとしない。だが形勢は完全にこちらに傾いている。いくら化け物でもISが半壊したボロボロの状態、こちらは無傷のイリア先生。これでは勝負にもならないだろう。

 

「戦闘中の無駄話は嫌いでな、本題に入るぞ」

 

そう言うとイリア先生は槍の切っ先を下に降ろすと、一息おいてからアリッシアに告げる。

 

「アリッシア・アシュフォード、お前には選択肢がある。抵抗せずにISを解除し、私に拘束されるか…それとも私に反抗して力ずくでねじ伏せられるか。さあ、選べ」

 

「どちらも同じではないか」

 

「ああ、結果は同じだ。だが後者を選べば怪我は減る、今の私はお前を相手にすれば加減など出来そうにないからな」

 

イリア先生の横顔は笑っていない。生徒に対する襲撃が先生の怒りに火をつけているのだろう。

 

「どうする?」

 

「そうだな…」

 

だがそんなイリア先生に怯みもせずにアリッシアはただ俺達を見ている。何を考えているのか、察せない。悪寒が走る。なぜ、ここまで落ち着いている。どうして落ち着ける。目の前には新しい敵がいて、絶体絶命だというのに。

 

「では――」

 

…いや、違う。見ているのは――

 

「―――逃げさせてもらうよ」

 

「イリア先生! 後ろだ!」

 

どちらの声が早かったのか、よくわからない。だが傷と疲労で意識を押し潰されそうになり、肺に入ったすべての空気を吐き出すように叫んだ。アリッシアの視線は俺達じゃない。俺たちの背後にある海に向けられていたことを。

 

「背後――!?」

 

俺の声に反応して、イリア先生が振り向くと同時に警告音が鳴り響いた。そして次の瞬間――

 

「チッ…!」

 

強烈な爆発と閃光。肉体と視界を揺さぶる衝撃が発生し、それに対してこちらを守るように先ほどのアリッシアと俺の間を遮った黒い虫の大群のような大量の粒が密集すると爆発ごと包み込んで、拡散を止める。

 

「今のは…ミサイルか」

 

「先生! アリッシアが…!」

 

いきなりの強襲に意識が外れていた俺は再び視線をアリッシアに戻す。すると俺の瞳に映ったのは横から飛んできた影が彼女をかっさらう瞬間だった。

 

「逃すか!」

 

その光景に反応して、イリア先生が声を上げると密集していた黒い粒の一部が分かれるとアリッシアを回収した相手に向かって飛んでいく。しかし、その行動はアリッシアの顔を覆うバイザーを掠りはしたが、止めることはできなかった。

 

「最後のチャンスを逃したな」

 

そういうアリッシアは崖の向こう、海上へと非難していた。そんな彼女を抱きかかえるのは、巨体。以前、襲撃してきた『人形』と同じようにフード付きのローブを身にまとい、中身がどうなっているかはわからない。だがISを装着しているにしても、既存のものよりも明らかにデカイ。ただでさえ、普通のISよりも大きめであるISを纏ったアリッシアが親に片手で抱えられる子供に見えるような体格差だった。

 

「今日のところはここまでだ、邪魔も入ったからな」

 

「黙って見逃がすと思うか?」

 

「戦うのもいいだろう。だが双方で怪我人を抱えている。お前も自分の生徒を犠牲にしたくはないだろう」

 

アリッシアの言葉に対して数秒考えたが答えず、イリア先生は手に持った槍を下ろすと俺を守るようにこちらの周囲に黒い粒を展開させる。それ見たアリッシアは小さく笑う。

 

「帰ろう、アーデルハイト。みんな、待ってる」

 

「え…」

 

巨体から漏れた声は幼い少女の声。明らかに不相応な声色に激しい違和感を覚えた。だが、そんなことに反応して声を上げたわけではない。そんなことは些細なことだ。年端のいかない少女でも、ISを操作することは不可能ではない。俺が声を上げたのは、それ以上に頭に引っかかる言葉が聞こえたからだ。

 

 

「アーデル…ハイト?」

 

 

「…? どうした、黒瀬君」

 

巨体の搭乗者から出た名前と思われる単語。それが俺の頭の中を反復する。アーデルハイト、俺のことを…俺の過去を知る人物であり、その名前の女性。

 

いる、確かにいる。俺の頭に即座に一人浮かんでくる。だが、それはあり得ないはずだ。俺と戦うはずがない。だって…あいつは…

 

「お前…」

 

「……撤退するぞ」

 

「うん」

 

そんなはずはない。そう思って、アリッシアを見る。だがそれにどんな表情を浮かべているのかは、はっきりわからない。口調からは動揺は感じられず、その声は淡々と巨体に撤退を告げた。

 

「待て!」

 

とっさに出た静止の声は届かず、アリッシアはマントを羽織った巨体と共に水平線の向こう側へとまっすぐに飛んでいき、数十秒とせずに視界から消えていった。

 

 

「待てよ! お前は…お前ッ!」

 

立ち上がろうとするが、足が言うことを聞かない。身体はガクガクと震え、声は鼓膜と脳を揺らし新たな頭痛を引き起こす。痛みに体が引きつり、息が苦しい。そう思った時には、俺は地面に倒れ伏せていた。

 

「黒瀬君!」

 

こちらに振り返ったイリア先生の、今まで聞いたこともないような必死な声がやたら遠くに聞こえる。ダメだ、意識を失うな。確かめなくてはならない。皆の安否を、『福音』のパイロットを…そして今、この場所から去って行った『アーデルハイト』と呼ばれた女性、アリッシアの正体を!

 

「待ってくれよ…ハイジ…」

 

最後にすがるような声が虚しく零れる。この呼び声は決して届くことはない。そのことを悟った瞬間、俺の意識は途切れ、視界は闇に落ちていった。

 

EP42 End




はい、EP42終了です。いかがでしたか?

なんだか零司君の過去話ばっかりな回でしたな。早く説明したいのですが、まだ話に出すには時期が早いので、後ほど。

単一仕様能力についても後ほど説明していきます。いつになるかは、不明ですが…

今回で一応、『福音』編の戦闘パートは終了です。次は一応後日談のような話になるのかな。書いてみませんとわかりませんが。

今回も読んでいただき、まことにありがとうございました。次回もよろしくお願いいたしますm(_ _)m。

それでは、また(^ω^)ノシ
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