IS もう一つの翼   作:緋星

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あー、皆さまお久しぶりです、緋星です。

亀更新を追加して、もう一か月以上…いやはや、ダメだ。投稿ペースの落ち方が酷いですね…ほんっっっとうにごめんなさい!m(_ _;)m

でも趣味ですから、あまり気を詰めないでやるつもりなので…許してほしいです。

というわけで(どういうわけだ)、今回は『福音』戦の後日談。その前編でございます。それではどうぞ。


EP43 帰還

Side イリア・ブルシロスカヤ

 

「…以上がIS学園臨海学習時に起こった襲撃の結果報告です」

 

暗い和室に不釣合いな大きめの電子ボード。それに向かって、私はつい数時間までに終了した襲撃の結果を学園の上役連中に報告していた。

 

『襲撃を行われたとは聞いたが…アメリカの最新鋭機体である『福音』が暴走とは、いったいどうなっている』

 

『そんなことよりも、もう一機の方だ。二度目の襲撃を許し、その上で撃ち漏らすとは…何たる失態』

 

『これでは学園の信用問題だ。隠ぺいする手立てはないのか?』

 

『その襲撃で起こった火災は近隣の人間のほとんどが見ている。完全に隠ぺいするのは、かなり困難だぞ』

 

私の報告を聞いた数人の上役どもは画面の向こう側で騒ぎ始める。そんな彼らを見ながら、欠伸を噛み殺す。くだらない、実にくだらない。信用問題とか、今更過ぎる。襲撃者に逃げられるのはもう何回目だ。それに隠ぺいとか、この学園にいったい何人の組織構成員が紛れ込んでいると思っている。もみ消したってどうせ見つかるのだから、変に隠さない方が煙も立たないっていうのに…。

 

『それにしても、こんな時にあの女は何をしているのだ!』

 

『そうだ! こんなことにならない為にそちらにつけたのだぞ!』

 

「…あの女とは?」

 

面倒くさい、がこちらに飛んできた質問に対して答えないわけにもいかない。だから私はなるべく「話長いので帰ってもいいですか」とか「早く休憩したいな」とか、そういう感情を表に出さないように短めに応じた。

 

『ブリュンヒルデだ! あの女もそっちにいるのだろう!』

 

「ああ…」

 

上役たちが大層な言い方するものだから、なんか紛れ込んでいると思ったら…なんだ、織斑先生のことか。

 

「彼女なら現場の指揮を執っていました」

 

『そんなことはわかっている!』

 

……じゃあ何故聞いた。

 

『問題は、なぜあの女は前線に出て戦わないのかと言っているのだ!』

 

それは機体がないからだろう。いくら『モンド・グロッソ』総合優勝者でも生身でIS倒せるわけないのだから。それくらいもわからないのか?

 

…と言いたいところだったが、それはのど奥にしまい込む。首になるのはさすがに嫌だ。

 

「量産機体は全て、会場閉鎖に使われていました。それに現状において、量産機で『福音』しいては『蠍』との戦闘はいくらブリュンヒルデといえど、不可能かと」

 

『それくらい可能してもらわなければ困る! 我々は彼女にそれほどの成果に見合う権利を渡しているのだぞ!』

 

画面に映る恰幅の良いスーツ姿の男が唾を飛ばしながら怒鳴る。画面越しでよかったと心から思った。それにしても、無理なものは無理。量産機が一瞬で鉄塊になる映像を見せたはずなんだがな。

 

『まったく、どうしてこうも使えないのだ!』

 

『所詮、名ばかりの栄光か…錆びつくにしては少し早すぎる気もするがな』

 

織斑先生が何もできなかったと知るや否や、我先にと彼女を罵倒する声が上がる。それを聞きながら、再び欠伸を噛み殺す。

 

今、この画面に映っている数名の上役。彼らはIS学園へと資金提供を行っている各企業の重役たちだ。全員が男であり、全員ISが嫌いだ。資金提供の理由だって、政府からの指令で嫌々やらされているのが半分、あとはスポンサーとしての宣伝がこちらの利益になるからが半分だろう。純粋にISについての教育を考えている人間など、一人もいない。この女尊男卑の時代、女性の上役が普通ではないのかと考える人もいるだろう。だが現実には違う。いまだに男性の重役など腐るほどいる。それが駄目だとか、そういうわけじゃない。だが、彼らは第二次世界大戦直後くらいに生まれた者達、つまり男尊女卑を地で行っていた男達だ。ゆえに女性を上に立たせ、男性を蔑ろにする。女性が光を浴びて、男性が影へと追いやられる社会というものが気に入らないのだろう。

 

時代遅れの老害…そんな言葉が似合いそうな連中。それがIS学園に資金提供する上役たちだ。

 

しかし、そんな人間がいるから学園は機能しているのは確かなことでもある。

 

『まあ、それについては後ほど本人に追及するとして…ブルシロスカヤ教員』

 

「はい」

 

『その二機を撃墜・迎撃した者達は今どうしている』

 

少し興味深そうに、画面の移す長テーブルの一番奥に座る老人がこちらに問いかける。そういえば生徒達に関してどうなったかを報告していなかった。

 

「『福音』撃墜・所属不明機体『蠍』迎撃の任務を完遂した七名。織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、黒瀬零司はそれぞれ療養中です」

 

『ほう…体調の方は?』

 

「織斑、篠ノ之、オルコット、凰、デュノアは『絶対防御』に守られていたこともあり、幸い軽傷です。ボーデヴィッヒは『蠍』との戦闘も続行したために機体、本人共に大きくダメージを負っていましたが、体内ナノマシンの効果か、異様な回復が見受けられます」

 

『…黒瀬零司は?』

 

「『福音』に撃墜、その復帰直後に『蠍』との戦闘・撃退を行ったために多大なダメージを負いました。そのために意識を失って――」

 

―――ピピピッ

 

六人の専用気持ち達と黒瀬君の現状を説明しようとしたところ、携帯とは違う、腰に掛けた防犯ブザーのような小さめの白い機械。これが鳴ったということはつまり…

 

「…あー、今起きました」

 

『ふむ…とりあえず、こちら側には損害はなし。よくやってくれた、ブルシロスカヤ教員』

 

「恐縮です」

 

よくやってくれたも何も、私は最後に駆けつけただけなのだが…とりあえず頭を下げておく。

 

『では、生徒のもとへと戻ってくれ。あまり長時間いても怪しまれるだろう』

 

「はい、それでは」

 

画面の電源は消え、それと同時に部屋の電気が点灯する。首を回し、肩を鳴らす。やっぱり上役と話すのは疲れる。気を遣うというのは、どうも慣れないものだ。

 

「…行くか」

 

扉を開いて、電気を消すと廊下に出る。軽く書類を整理したら、この荒んだ気持ちを癒すためにも黒瀬君の顔でも見に行くとしよう。それくらいの効果を彼の顔には期待できる。

 

Side off

 

 

「またかよ…」

 

木目の美しい天井を見つめて、目を覚ました俺の口か溢れた第一声はため息と一緒だった。目を覚ましてから約二、三分。視界に入ってくる光に目と頭が痛みを訴え、それに耐えながら周囲を見回して、ようやく自分の置かれている状況を理解した。

 

ああ、今回も戦闘終わってベッドに直行か。いい加減、このお決まりのパターンはどうにかならないのだろうか。そりゃ、俺が自分のキャパ以上の行動をしようとするのが悪いってのもあるんだろうが、今までの大きな出撃の終わりには確実にベッドにぶち込まれているぞ。

 

「ま、今回はいつもより酷いけど・・・」

 

そう言って、左腕に刺された点滴を見る。点滴の他にも心音計など、普通の病院にあるような器具が部屋に置かれている。おそらく腹部にも随分大きめな刺し傷があるだろう。よくよく考えてみると、本当に生きているのが不思議なくらいだ。

 

「こりゃ奏に叱られるな…ん?」

 

苦笑を浮かべて、頭を横にズラすと何かにぶつかった。見てみると病院で使うナースコールを鳴らすボタンのようなものがあった。

 

いや、普通考えたら医療用ベッドの上から伸びたボタンをナースコールと思うのは普通なんだが…これなんで周囲の色が黄色と黒の縞柄でボタンは真っ赤なんだろう。自爆装置のボタンか何かか?

 

しかしボタンの上には――

 

『目が覚めたら鳴らすこと イリア』

 

――と書かれたシールが貼られている。

 

「勝手に貼っていいのかね…病院の備品だろうに」

 

しかし、目を覚ましたことを知らせる必要はあるだろう。おそらくみんなも心配しているだろうし、『福音』がどうなったのかも気になる。

 

「…押すぞ」

 

見てくれが異質なために少し気合を入れ直して、おっかなビックリに人差し指でゆっくりとボタンを押す。すると少し遅れてピーという軽い機械音が二度だけ鳴った。どうやら爆発する恐れはないようだ。

 

「おそらくこれ塗装したのもイリア先生だろ」

 

くだらないことをするな、と思いながら枕の隣にボタンを置き直すと深く深呼吸をする。空気に体の内面を押されて全身、特に脇腹に痛みを感じる。それを確かめながら、苦い顔でゆっくりと息を吐き出す。

 

「…よし、生きてる」

 

小さく呟いた。呼吸と、体に感じる痛みを確かめる。それは昔やっていた、自分なりの生存確認。つい最近までやっていなかったそれを再発させた理由は、やっぱり一つだろう。

 

「…アーデルハイト、か」

 

ふと窓の外へと視線を送り、海を見る。そこには夕日ではなく、少し白んだ暗めの空があった。あの場所で戦った女性、俺の仲間を打倒した襲撃者。それを救いに来た人物が出した名前が…アーデルハイト。

 

名前自体はそう珍しいものでもない。アーデルハイトと呼ばれる人物は世界にはいくらでもいるだろう。だが…

 

もし、彼女が俺の知っているアーデルハイトだとしたら…

 

「そのことも話さなきゃな」

 

嫌な想像が頭痛に拍車をかけ、痛みで顔をしかめていると扉の外が何やら騒がしくなってきた。ナースコールを鳴らして一分ほどしか経っていないが…

 

「もう少し静かに来られないものかな、あいつら」

 

そんな呆れる気味に言いながらも、口元が緩む。先ほどのネガティブな思考が流され、聞こえてくる声にこれ以上にない嬉しさを感じる。どうやら、みんな無事だったらしい。

 

「零司、目が覚めたのか!?」

 

「だから鳴らしたんだろ」

 

扉が開いて、一番最初に入ってきた一夏に手を上げて言った。そして続けてやってきた篠ノ之、オルコット、凰、シャルロット、奏の五人と一緒に俺のベッドのところまでやって来る。

 

…五人?

 

「とにかく無事でよかったな、うん」

 

「黒瀬さん、お怪我の方は大丈夫なのですか?」

 

「酷い怪我だと聞いていましたけれど」

 

「とりあえず意識はしっかりしているみたいね…よかった」

 

「そうだよね…零司が無事で本当によかったよ」

 

無事でよかったと笑う一夏、こちらに向かって心配げな表情を浮かべる篠ノ之とオルコット、ホッと安堵の息を吐く凰と少し涙目で俺の手を握るシャルロットといった、四人ともそれぞれに俺の無事を喜んでくれていた。

 

「とりあえず無事だよ、あれだけのことをやって死ななかったんだ。それだけでも御の字――」

 

心配してくれたみんなに対して、笑顔で返す。だがすぐにその表情は固まった。いや、だってさ…今まで見たこともないような怖い顔をしている人物が一人いるんだもの。さっきから声を発していない人が。

 

「…か、奏?」

 

「……」

 

俺の表情が固まり、視線の先に立つのが奏だとわかったのか、凰が振り返り声をかけたが、俺と同じように固まってしまう。そんな凰にも無言で、奏は俺にゆっくり近づく。

 

「ど、どうした?」

 

「…兄さんの…」

 

「はい?」

 

「兄さんの馬鹿っ!」

 

いきなりだった。いきなり罵倒の言葉が部屋に響き、何を言うのか耳を澄ませていた俺の脳みそに対して多大なダメージを与える。

 

「い、いきなり何を――!?」

 

「兄さんは大馬鹿だから、馬鹿って言っているんです! それ以外に意味はありません!」

 

「ちょ、大声出すなよ! 頭に響く!」

 

「響くくらいで丁度いいんです! いつも私の言うことなんて聞いてくれないんですから!」

 

そういう奏は怖い顔から泣き顔に変わり、こちらを恨めしそうに睨んでくる。どうやら、俺がまた無茶をしたことに対して大層ご立腹なのだろう。うう、止めてくれよ。そういう目で俺を睨まんでくれ。

 

「だけどな奏、あれは緊急事態で――」

 

「だけどもへったくれもありません! 約束を破ったのは事実でしょう!」

 

「うぐ…ごめんなさい」

 

寝ている為に頭を下げられない俺は、その代わりにきつく目を閉じた。あの状態で無茶をするなというのも、それこそ無茶な話ではある。でも事実、約束は破っているから非があるのは俺だよな…うん、やっぱ俺が悪いな。

 

「いつも私には言うこと聞けって言って、無理にでも聞かせようとするのに…自分では破るんですか? 兄さんはそんな身勝手な人でしたか」

 

「…いや、奏だって俺の言うこと聞かないで徹夜作業したり――」

 

「言い訳禁止!」

 

「…あい」

 

あまりの気迫に口を噤む…この時のように本気で怒っている奏には逆らわない、これ豆知識な。

 

「大体兄さんは――!」

 

「あー、はいはい。奏、病人の部屋では騒がないようにね」

 

そんな風に黙り込む俺を一方的に攻め立てる奏。そんな彼女をなだめたのは凰だった。

 

「これ以上零司の怪我が酷くなっても嫌でしょ?」

 

「それは…そうですけど…」

 

「今は愛の鞭もほどほどにね。元気になってから、思いっきりぶっ叩けばいいんだから」

 

いや、焚き付けるなよ。お前、他人事だと思って…

 

「はい、元気になってからしっかり叱ります」

 

目元の涙を拭うとグッと握り拳を作って、凰の言葉に頷く。いや、そこ了承するなよ。そんなことされたら、お兄さん家に帰りたくなくなっちゃうよ。

 

「愛されてるね、零司」

 

「…まあな」

 

クスリと小さく笑うシャルロットに微妙な表情で返す。愛されている…ま、そういうことなんだろうな。怒ってくれるってことは心配してくれているってことだし…もうちょっと苛烈じゃなくてもいい気がするけどな。

 

「そうだ…俺はとりあえず無事だけど」

 

「何かな?」

 

「シャルロットも怪我しているだろ、大丈夫なのか」

 

突然の襲撃と奏に怒られて、遅れながらも怪我の状況を聞く。ISの『絶対防御』は万能ではない。『福音』との戦いでシャルロット…それに皆がそれぞれに傷を負っているはずだ。

 

「怪我はしたけど大したことはないよ。一夏や箒、それにラウラが僕達を守ってくれていたから」

 

「皆は?」

 

俺の言葉にほかの皆も大丈夫だと返した。とりあえず俺の見舞いに来てくれたメンバーに致命的な負傷があった者はいなかったようだ。

 

「じゃあ…」

 

そこから続けて、ここに来ていないもう一人の少女の安否を確認しようと口を開いた。すると――

 

「ラウラも無事だよ。ただ今は寝ているから起こさないであげようってことにしているんだ」

 

俺の内心を見抜いたのか、シャルロットは非常に優しい笑みを浮かべて、即座に返答した。

 

俺が戦いの中で見たラウラはボロボロだった。数発の針が腕を貫通し、かなりの出血が見受けられ、負傷が激しく俺が来てすぐに意識を失ってしまうほどだった。

 

下手をしたら何かしらの後遺症が残ってしまうのではないか。

 

そんな暗い結果を頭の中に浮かべていたがどうやら無事のようだ。

 

「そうか…じゃあ、全員無事帰還ってことか」

 

ホッと安堵の息をこぼし、胸を撫で下ろす。

 

本当に、本当によかった。もしこの戦いに参加した仲間が一人でもいなくなってしまうようなことになったら、俺はおそらく自分を一生許せなかっただろう。

 

作戦も人員も状況も、完璧とは言えない状況で誰一人欠けることなく、この実戦を駆け抜け、そして生き残ってくれたことに嬉しくて涙が出そうになり、目元を右手で押さえた。

 

「…零司、どうした? 傷が痛むのか?」

 

そんな俺に一夏は的外れな心配をしてくる。そんな一夏に嬉しさと気恥ずかしさを織り交ぜて、シャルロットの手を離すと軽く拳を作って下腹に向けて突き出す。

 

「違うよ、痛いんじゃない」

 

「お、おう。ならいいんだけどよ」

 

「…一夏」

 

トンと腹を軽く押され、少し戸惑う一夏。そんな、皆を…それに俺のことを守ってくれた男に対して、身体を軽く持ち上げると頭を下げた。

 

「お、おい! 起き上がって大丈夫――!?」

 

「守ってくれて、ありがとう」

 

「…え?」

 

俺が頭を下げると一夏はポカンとした表情を浮かべた。そんな彼に向けて、俺は続ける。

 

「お前がいなかったら、皆『福音』にやられていた。無論、負傷した俺も手遅れになっていただろう。皆も俺も、お前が守ってくれたから生き残れたんだ…だから、ありがとう」

 

「い、いや、仲間を助けるのは当たり前で…それにほら、零司にだって俺は助けられたわけだしさ…そんな礼を言われるようなことでも…」

 

俺は心の底から、一夏への礼を述べる。そんな俺を見て、一夏は焦ったように落ち着きなしにそわそわと体を動かし、頭を掻いた。

 

「いや、そんなことはないと思うぞ」

 

そんな照れ隠しをする一夏に声をかけたのは箒だった。

 

「一夏は皆のことを救った、それは事実でしょ」

 

「そうですわ、そこは殿方らしく胸を張るべきですわ」

 

「それは僕も賛成かな。こうやってみんなが笑っているのは、一夏のおかげだよ」

 

「織斑さん、兄を守っていただいて…本当にありがとうございました」

 

箒に続いて、凰とオルコットとシャルロット、そして奏も一夏を褒め称える。周囲からの賛美に一夏は困ったように眉をひそめた。

 

「なんか…嬉しいんだが対応に困るな…こういうの」

 

「オルコットが言っただろ、胸張っとけ。お前は俺達のヒーローなんだからさ」

 

「そうは言ってもな…なんか実感ないっていうか」

 

「それともなんだ? 俺に礼言われるってのは嫌か?」

 

「いや、そうじゃなくて…っていうか、変な酔っ払いみたいに絡むなよ」

 

そう言って困り果てる一夏を見て、プッと小さく噴き出してしまう。みんなのために強大な敵に対して勇ましく戦った男が、礼を一つ言われて年相応の少年らしく戸惑う姿が少し可笑しかった。

 

「さてと…皆、そろそろ部屋に戻った方がいいぞ」

 

まるで中年男性じみた感想を最後に俺は話を区切って、部屋の皆にそう告げた。時刻はただいま朝方の四時、まだ他の学生たちは寝ているであろう時刻だ。こんな時間に自室を抜け出しているのがバレれば、少々厄介なことになる。

 

「あの事件自体が機密事項だから…」

 

「もし目撃されたら、他の生徒にとっては『明け方に黒瀬零司の部屋から専用気持ち達が出て来た』ってことになる。それはひじょーにマズイ」

 

「そ、それは…そうですわね」

 

オルコットの口端が引きつる。ましてやこの学年にも新聞部がいる。いつぞやの時に出て来た黛薫子のような活動力ある人物と同じ部類の人間がいるとするならば、あることないこと書かれそうで怖い。

 

「だから戻りなさいな。話なら後ですればいい」

 

「そうだね、そろそろ戻ろっか。大勢で押しかけちゃってごめんね、零司」

 

「いや、皆の無事な顔が見れてよかったよ…それじゃ、またな」

 

「うん…また」

 

シャルロットの挨拶を皮切りに一夏、篠ノ之、オルコットはそれぞれ俺の部屋の扉を開くと、廊下を確認してから物音をたてないように出ていった。

 

「…ふぅ」

 

去っていく足音を耳にしながら、俺は起き上がった上半身を再びベッドへと沈める。それと同時に瞳を閉じて、その上に腕を置く。

 

「皆、無事…皆…」

 

うわごとのように呟く。今回の戦いの結果。最高の結果。それがあの状態から得られたことが信じられないくらいに嬉しく、そしてそれと同時に皆と共にこちらに来れなかったラウラのことを思うと不安が浮き上がる。

 

「無事だとは言っていたけど…やっぱり心配だな」

 

おそらく俺と同じようにベッドに寝させられているのだろう。ならば、目が覚めたこちらから出向くことにしよう。

 

「ならこのまま起きて――」

 

どうせ今寝たら変な時間に起きてしまう、眠気も少ないし、ラウラが目覚めたらすぐに会いたいからこのまま起きていよう。そう考え、腕を目から離した瞬間に…俺は固まった。

 

いやね、俺の視界に映る天井。そこは木製で出来ていて、木目が非常に美しいものなんだ。そんな天井の一か所…まあ、俺の顔の丁度真上に位置する場所なんだが…そこには正方形の形に線がついているんだ。木目に逆らったね。おそらく屋根裏に続くであろう入口なんだろうけど…そこが、さ…

 

「……」

 

ちょっとだけずれて、隙間が出来ており…

 

「……」

 

そこから…青い目がこちらを見ているんだよね…

 

「…………どちらさんです?」

 

「む…見つかったか」

 

嫌に不気味な光景から帰ってきた声は聞きなれた声であり、その声を聞いた瞬間にこんなふざけたことをしそうな人がこの旅館にはいないことを思い出した。

 

「何しているんですか…」

 

「いや、この方が普通に出るよりもインパクトがあるじゃないか。君の励ましついでに――」

 

「不気味で肝が冷えるだけなので、早く降りてきてくださいよ…イリア先生」

 

イリア先生、前は結構しっかりとした先生だと思っていたがすっかり俺の中のイメージ変わっちゃったよ。しかもそっちが正解だし…

 

そう思いながらも名を呼ぶと、イリア先生は「つまらないなぁ」とぼやきながら俺の隣に降りて来た。

 

「だからこのようなことは無駄だと言ったのだ」

 

――千冬さんと一緒に。

 

「…なんで千冬さんも?」

 

「いやそれが織斑先生も案外乗り気でな」

 

「そんなわけないでしょう」

 

愉快そうに話し始めるイリア先生をバッサリと切り捨てる。

 

「天井でガサガサと、明らかに大きなものが動く音がしたからな…天井裏をのぞいてみたら」

 

そう言って、千冬さんは鋭い視線を隣に立つイリア先生へと向ける。そんな千冬さんに対して、イリア先生は肩を竦めると小さくため息を吐いた。

 

「そんな目くじら立てることでもないだろう? そんないちいち眉間にシワ寄せていたら、ストレスで胃に穴が開いてしまうぞ?」

 

「だったら少しくらいはストレスの原因にならないようにふるまってほしいものですね」

 

「…喧嘩するためにここに来たんですか?」

 

食って掛かる千冬さんとイリア先生の二人にそういうと、俺は首だけ動かして二人を見た。

 

「横で喧嘩なんてネガティブなもの、見せないで下さいよ。これでも俺、けが人なんで」

 

「…悪かった」

 

「…すまんね、黒瀬君」

 

俺の言葉に千冬さんは顔を伏せ、イリア先はこちらに視線を移すとばつの悪い顔をして、それぞれ謝る。そんな二人を横目で見ながら、話を切り出す。

 

「で、いったい何の御用ですか?」

 

「ん? いや、普通に見舞いに来たのだが…」

 

「天井から降りてくるのが普通ですか?」

 

「まあまあ、いいじゃないか…ハッハッハ」

 

ジロリとイリア先生をねめつけるとイリア先生は乾いた笑いを浮かべていた。まったく、この先生は…

 

(まあ大方、先客が来ていたから上に回ったんでしょうけど)

 

そう思って、再び天井の穴を見る。いくら事情を知っている専用気持ちでもこんな時間に部屋から出ているのを見れば、教師として咎めないわけにはいかないだろう。

 

「それにしたって…どっかで隠れていればいいでしょうに…」

 

「…? 何か言ったかい?」

 

「いいえ、別に」

 

こちらの小言が聞こえなかったのか、イリア先生は聞き返すが俺は首を横に振るとゆっくりと体を持ち上げる。口に出すことでもない。そういう気遣いがあった。それだけのことだ。

 

「零司、起きて大丈夫なのか?」

 

「ええ、まあ…少し起き上がる程度ですけど」

 

そう苦笑すると千冬さんは表情を強張らせた。そんな彼女の顔を見て、俺は苦笑を消して小さくため息を吐く。

 

「もしかして俺が怪我をしたのは自分の所為だって思っていますか?」

 

「……」

 

黙っているところを見るに、おそらく図星なのだろう。そういえば『福音』に対する作戦が始まる直前にも、俺に謝っていた。あんなことを言っておいて、このザマだ。すまなかった、と。

 

「大体、あの作戦は千冬さんも了承したじゃないですか。それなのに蒸し返すなんて、らしくないですよ」

 

「すまない…」

 

…ここまで沈まれると、ちょっと嫌な気分になって来る。せっかくみんな帰って来て、先ほど無事だとわかって嬉しかったのに…

 

「大体、今回の怪我は俺の作戦ミスが問題…千冬さんの所為で何かあったことなんてないじゃないですか」

 

「私は…お前を…」

 

「…ああもう」

 

じれったい。俺の知っている千冬さんはそんな人じゃないはずだ。こんな沈み込んでいる姿が見たくて、生き残ったわけじゃない。

 

「いいですか、千冬さん。俺は自分から望んであの場所に出向いたんです。誰かに強要されたからじゃない。あの場所に向かう一夏と篠ノ之が心配だった。だから自分の意志で出向いたんです。だからあなたが自分を責めることは、正直お門違いですよ」

 

千冬さんは黙っているが、俺の言葉は確かに耳に届いている。厳しい言い方かもしれないが、それが事実だ。

 

「それに俺は別にこの怪我に関しては後悔なんてしていません。むしろ名誉の負傷ってくらいですよ」

 

それは本心だった。名誉の負傷、あまり好きな言葉ではないが今の状況を考えれば、その通りだと思える。皆を救うために戦い、それで負傷するならばかまわない。黙って心が傷つくよりも、進んで体が傷ついた方がよっぽどいい。

 

「俺は皆を救うための決断を…迷いたくはない。だから、これでいい」

 

そこまで言って、千冬さんに笑いかける。

 

「ですから、そんな沈んだ顔をしないで笑ってくださいよ。俺は、あなたには笑顔で迎えてほしい」

 

心からの言葉だった。皆が無事で、笑って迎えてくれる。これ以上に俺にとって最高の報酬はない。だから、俺は千冬さんにも笑っていてほしかった。

 

「……はぁ」

 

そんな俺のセリフに千冬さんは少し大きめのため息を吐く。それには少しばかりの呆れの色が伺えた。あれ? なんで呆れられているんだ、俺。

 

「傷付かぬように…どうか安全に…そう考えるのがこれほど難しいとはな。奏君がお前に対して、あそこまで心配する気持ちがわかった気がするよ…まったく」

 

「ま、まあ目の前に問題が多いから――」

 

仕方ない、そう続けようとした。だが俺は言葉の続きを口には出さず、口を噤むと身体に触れる千冬さんを感じていた。

 

「千冬さん…」

 

「お前はどうしようもない…大馬鹿者だ」

 

そう叱責する声はとても優しく、胸の奥に染み渡るように温かい。

 

「おかえり…零司」

 

おかえり、もう二度と千冬さんからは言われることのないであろうと覚悟していた。それなのに、くすぐったいくらいの優しさの籠ったそれは間違いなく俺の耳へと届いていた。

 

だから俺は包まれるような心地よさを感じながら、当たり前の挨拶を返す。

 

「ただいま…千冬さん」

 

こちらを優しく抱き締める千冬さんの肩を笑顔で抱き返す。

 

千冬さんがどんな表情をしているのかはわからないが笑ってくれているだろう。

 

そうであってほしい。じゃないとせっかく生きて帰ったのに、俺は損をすることになるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふむ…」

 

と、そこで俺の耳に非常に不服そうな声が聞こえて来た。

 

「あ…」

 

俺はギクッと頬を引きつらせ、視界を側面に移す。するとそこには目を皿のようにして、腕組みをしたまま直立不動でこちらを見ているイリア先生の姿があった。

 

「ん? いや、続けてくれたまえ。私のことは気にするな」

 

「…ッ!?」

 

俺の目線に気付いたのか、どうぞどうぞと手で催促するイリア先生。その声で千冬さんもイリア先生の存在を思い出したのか、一度ビクッと肩を震わせるとすぐさま俺から飛び退いた。

 

「ブ、ブルシロスカヤ教員…?」

 

「何かな?」

 

「これは…だな」

 

「ああ、いいよいいよ。私のことは気にするなと黒瀬君に言ったばかりだ。続き、どうぞ」

 

「つ、続きも何も…」

 

イリア先生に言われ、激しく動揺する千冬さん。うわぁ…千冬さん、みるみる顔が赤くなっていくんだが…やばい、あんなに赤面している千冬さんとか初めて見た。

 

「いやね、なんとなくわかっていたさ、織斑先生と黒瀬君を会わせたら私はきっとのけ者だろうとね」

 

「イリア先生、別にのけ者なんて――」

 

「そんな遠慮するな。覚悟はしていたんだからな…まあ、だが面はくらったよ。まさか人目があるのに抱き合い始めるとは思ってみなかったものでな」

 

「いや、これは別に深い意味があったわけじゃ――」

 

「ほう、そうかい? ならば君たちは深い理由もなく抱き合うことになるわけだ。ずいぶんと進んだ仲じゃないか」

 

こちらの言い分を聞くと見事にカウンターを入れてくるイリア先生。しかもほとんど表情を動かさないので、非常に怖い。なんだか怖い先生のイメージを持っていた女子生徒達の言葉を少し信じられた。

 

「まあ愛は性別すら乗り越える。教師と生徒なら楽勝だ。男女の愛の語らい…ハラショー、素晴らしいね」

 

「別に愛など…私は単純にこいつの帰還を喜んだだけで…」

 

「そうですよ、そんな生々しいんじゃなくてただ迎えてくれる家族みたいなものですよ」

 

焦る俺と千冬さんはただそういう関係ではないことを言い続ける。ぶっちゃけ、そんな表情で見られるのも初めてではない気もするが、それでも嫌なものは嫌だ。誰だって怖いものを目の前に置きたくはない。

 

そう思い、必死の弁明をする俺達を見ている眉一つ動かさなかったイリア先生だったが、不意に頬の端がピクリと動いた。

 

「……イリア先生?」

 

「……ぷ」

 

いきなり妙な音を口から鳴らすイリア先生は少しするとプルプルと小刻みに震え出す。そして――

 

「く、くくく…アッハッハッハ!」

 

――爆発。その言葉が非常に似合う。先ほどまで焦りに焦った俺達の声量を軽く凌駕する勢いでイリア先生は噴き出してから数秒で大爆笑を始めた。何事だ、いったい。

 

「イ、イリア先生?」

 

「す、すまん…くくく、こんな風に動揺するとは思って…なくてね、くっ」

 

笑いをこらえながら話すイリア先生。そんな態度をする彼女を見ることでようやくその大阪のおばちゃんもびっくりの大爆笑の意味を理解した。つまるところ、俺たちは…

 

「…からかわないでくださいよ」

 

「はー、はー…ああ、愉快愉快」

 

俺は思いっきりうなだれながら、大きくため息を吐くとイリア先生は息も絶え絶えに笑いで出た涙を拭う。そんなにおかしかったのか…というか、病人にこんな気疲れするような事をさせないでほしい。ましてや、面白いってだけで…

 

「……」

 

うなだれながらも隣の千冬さんが気になって、チラリと表情を伺い…後悔した。顔を赤面具合は戻っていないが、非常に怖い顔をしていらっしゃる。もし場所が場所ならすでにイリア先生に切り掛かってもおかしくないぞ。

 

「ブルシロスカヤ教員…そういうのはやめてもらえないだろうか…」

 

「だからすまなかった言っているだろう? ちょっとした茶目っ気だよ…ぷっ」

 

最後の吹き出し笑いで千冬さんの額に青筋が増えた。頼むからこれ以上挑発しないでほしい。暴れられたら被害を被るのは主に俺だ。

 

「あー、まあ元気なのはわかったでしょう? じゃあそろそろ寝ますんで、俺」

 

これ以上、この部屋にとどまられるのは危険だ。そう判断した俺は早々に二人に退出してもらう為に『寝る』という選択を選んだ…というより、もともと寝ようと思ってはいたんだが。

 

「そうか? それは残念だが…病人に無理はさせられないからな」

 

「そうですね、そう思うならこんな悪趣味なからかい方も止めて欲しかったんですけど」

 

「喧嘩のようなネガティブなものではないだろう?」

 

「ネガティブではないけど心臓に悪いのは同じです」

 

まるで悪びれずに笑うイリア先生にきっぱりと言い放つ。おかげで少し頭が痛くなってきた。怪我の痛みか、目の前にいる少々悪質なコメディアンの所為なのかは知らないが…

 

「ま、しかしこうやって黒瀬君の顔を見られたんだ。私は大満足だよ」

 

「顔くらいならいつでも見せますから、こういうのは控えてください」

 

「お、言ったな? 今の発言はしっかり聞いたぞ?」

 

「ええ、見に来るくらいならいつでもどうぞ」

 

俺の返答にそうかそうか、と何度か頷く。何を一人で納得しれているのかは知らないが、今俺は何か非常にマズイことを口走ったのではなかろうか。

 

「ああ…考えるのも面倒くさい。なんかドッと疲れた」

 

「…まったくだ」

 

「そうだな、こんなに騒いでいては休まるも休まらないからなぁ」

 

「あんたが言うな」 「あなたが言うな」

 

俺と千冬さんがツッコミを入れるがまったく笑顔を崩さない。この人は本当にもうね。

 

「それでは、そろそろお暇しないとな。さあ、帰るぞ織斑先生」

 

「帰って言いたいことが山ほどありますので、そのつもりで」

 

「おーおー、怖いね…それじゃあ黒瀬君、おやすみ」

 

背後から鋭い視線で睨まれながらヒラヒラと手を振るとイリア先生は部屋から出ていく。それに続いて、千冬さんもドアの前まで来たが、ふと足を止めた。

 

「…千冬さん?」

 

「その…なんだ…」

 

どうしたのかと思い、声をかけると何やらドアノブに手をかけたままで口ごもる。そして数秒ほどの沈黙の後、千冬さんは一言――

 

「早く傷を治せよ…馬鹿弟子」

 

小さく、聞き取り辛いくらい小さい声でそう言うとドアノブを捻り、足早に部屋を後にしていった。そんな姿に一瞬面をくらったが、体勢を戻すとベッドに横になる。

 

「まっすぐ言ってくれりゃいいのに」

 

ま、それができないからああなんだろうけどさ。俺を抱きしめたことも含めて、いろいろと恥ずかしかったのだろう。

 

「…やばいな、なんか俺も恥ずかしくなってきたぞ」

 

先ほどの出来事、数秒前にやったことを思い出して、こちらも顔に熱が上がってきた。人前でやるような事ではないよな…さすがに。

 

「でも…仕方ないよな」

 

仕方ない、そう自分の中で納得する。だって嬉しかったのだ。千冬さんに「おかえり」と言ってもらえるのが。嬉しかったら、それに身を任せたくなる。人間として当然のことだ。

 

「うん、仕方ないよな。仕方ないからとりあえず寝て、頭冷やそう」

 

誰がいるでもないのに、そう言って俺は布団にくるまると瞼を閉じる。すると、先ほど見て来た仲間達の表情が浮かんできた。皆が俺の帰還を喜んでくれていた。ラウラがいなかったのが残念だが、明日目を覚ましたら会いに行こう。

 

今夜は…いい夢を見れそうだ。

 

そう確信じみたことを思いながら、ゆっくりとまどろみへと身を任せるのだった。

 

EP43 End

 




はい、EP43終了です…いかがでしたか?

久しぶりの戦闘以外の部分でしたので非常に久しぶりに感じました。皆さまにはどう映ったのでしょうか。もし喜んでもらえたのであれば幸いです。

さて次回は後日談後編。こんなのでダラダラ長いのもどうなのかともいわれましたが、それでも書くのが私です。文章で妥協しているのに、そんなところでも妥協していられません。

それでは、また(^ω^)ノシ
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