IS もう一つの翼   作:緋星

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お久しぶりです、緋星です

いや、もう何回久しぶりと言ったのか…でも三か月投稿しないのはやり過ぎだろjk。

こんなウサギと追いかけっこしたら確実に勝てない私ですが、もし覚えていてくれる&読んでくれる海よりも深い心の持ち主の読者の皆様がいてくださるのなら、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m。

ではEP44、どうぞ


EP44 進む努力

千冬さん達が見舞いに来てから、約八時間が経過した。あれからすぐに眠気に襲われ、目を覚ますとすでに午前十一時を過ぎており、我ながら眠り過ぎだろうと思いながらも身体に残った疲れと痛みが大体は抜けていることに安堵。

 

さらにそれから一時間後、おそらくIS学園の生徒達は昨日できなかったISの広範囲における機動実習とコアネットワークの能力テストを行い、海岸沿いの休憩所で昼食を取っているだろう。

 

そんな昼時―――

 

「……」

 

「兄さん、なんでしょうか?」

 

「いや…」

 

こちらに迫って来る白米の乗ったスプーンを口内へと招き入れ、咀嚼する。うまい、ただの粥ではなく海鮮のダシを使った上等品。薄味ながらも海鮮の旨みがしっかり感じられる。

 

本来ならこの旨さを噛み締めたい・・・ところなのだが、如何せん目の前にいる最愛の妹が膨れっ面なのでそれもままならない状態にあるのだ。

 

負傷して、ベッドに横になる俺を看病すると言いだしたのは奏本人だったらしい。らしい、というのもその状況をこの目で見たわけではなく、俺のあずかり知らないところで決定されたという話だ。

 

それはいい。奏に看病させるのは、持病の関係上不安もあるが、こちらが無理をしなければ負担も少ない。むしろ目の届くところにいてくれるなら、無理しようとした時に止められるから好都合とすら思った。

 

・・・つい数時間前までは・・・

 

「・・・なあ、奏」

 

「なんでしょうか?」

 

「今日はいい天気だな」

 

「そうですね、今日は朝から快晴でしたよ」

 

「・・・うん、知ってる」

 

「そうでしたか」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

・・・これである。俺の目の前に座る奏は目に見えるほどに不機嫌だ。先ほどから食事の為に無言でスプーンをこちらに突き出してくる様は一種の恐怖を覚える。

 

まあ、その原因はわかっているんだが・・・

 

「あの・・・もしよかったら、私も―――」

 

「手伝ってもらうことなどないので、そこでジッとしていてください、篠ノ之さん」

 

奏が刺のある声色でピシャリと遮ると、立ち上がろうとした篠ノ之は力なく元の位置へと戻ると正座をし直した。

 

つい数分前、昼食を取って来てくれた際に出会ったらしく、そのままこの部屋までやってきたとのことだ。何を奏に言われたのかは知らないが、まるで借りてきた猫のように篠ノ之はチョコンと座って静かしている。

 

この状況を見て、どうも奏が不機嫌な理由、それは今俺の部屋の畳の上で正座している篠ノ之にあると俺は睨んでいる。

 

ていうか、100%そうだ。昼飯を取ってくる前には両手使う分には問題ないって言っているにも関わらず、「食事の時はあーんってしたほうがいいですか?」とか上機嫌に恥ずかしいこと聞いてきたのに、今はあーんどころか無言である。これなら恥ずかしい方がまだ愛嬌がある分マシだ。

 

「はい、これで最後です」

 

「ん? ああ・・・むぐ」

 

口の中に最後の一口を含む。うん、やっぱり旨い。旨いけど、何か辛い。胃は満たされて体は喜んでいるけど、どうしようもなく気が重い。

 

ああ、この重圧から早く解放されたい・・・!

 

「ごちそうさま」

 

「お粗末さまでした・・・で――」

 

ガラにもなく奏に頭を下げると、それに返してくる律儀な妹。そして昼食の終了と共に、今回の不機嫌の火種であろう少女に矛先が向いた。

 

「あなたは何をするためにここに来たのですか?」

 

「あ・・・えっと、私は・・・」

 

ギロリと睨めつけられ、篠ノ之は小さく縮み込む。普段、剣道やっている篠ノ之なら病弱系妹の奏に睨まれたところでヘでもないだろうが、明らかに雰囲気の違う今日の奏には両手を上げて降参のようだ。

 

「・・・私は、何ですか? しっかり言ってくれないとわかりませんよ」

 

「そ、そういえば篠ノ之、そういえば今日の実習はどうしたんだ?」

 

口ごもる篠ノ之に追い討ちをかけようとする奏の言葉を遮り、俺は篠ノ之に聞いた。このままではまるで尋問じみた事になってしまいかねない。

 

「きょ、今日の実習は私たち専用機持ちの参加は認められませんでした。なので大部屋で課題を渡されて待機、ということになっています」

 

「ふーん、まあ当たり前か。機体に負担かけるわけにもいかないし、量産型では練習にならないし・・・それで、その課題は? まさかサボって出てきたんじゃ――」

 

「そ、そんな恐ろしいことしません!」

 

「そうか、それは安心した。俺の見舞いのために千冬さんに叱られていたら、こっちも嫌だしな」

 

そう軽く笑みを浮かべると、篠ノ之も少し困ったように小さく笑う。

 

「んんッ!」

 

・・・が、そんな和らいだ雰囲気も奏の咳払い一つで消し去ってしまった。おのれ奏、手強い奴よ。

 

「・・・まあ話を聞く限り、お見舞いということでここに来たということはわかりました」

 

「それ以外ないだろ、普通」

 

横から口を挟むと奏に目で「口を出さないで」と釘を刺された。

 

「それで? お見舞いだったら、もう昨日したじゃないですか。なぜ今になって・・・それも隙を伺うように一人で来たんですか?」

 

「隙を伺うように?」

 

奏が口に出した言葉の一部を復唱すると、篠ノ之はビクッと肩を揺らした。

 

「隙を伺うって・・・どういうこった?」

 

「どうもこうも、私が昼食を取って戻ってきたとき、ドアの前でチラチラとほかの皆さんがいるであろう大部屋、”竹の間”の方を確認していましたから」

 

「あ、あれはその・・・」

 

「その・・・なんでしょうか? 事細かに説明して欲しいですね、篠ノ之さん」

 

奏と一緒に入ってきた時の話をされて、視線が忙しく動いている。ああ、なんかこの状況をどっかで見たことあると思ったけど、思い出した。昼ドラの嫁と姑の諍いに似ている気がする。どっちがどっちの立ち位置かはお察しの通りだ。

 

「実は、最近セシリア達からの監視の目が少々・・・」

 

「監視の目?」

 

ようやく篠ノ之の口から出た言葉はこちらが首をかしげる内容だった。オルコット達の監視の目って、いったいどうしたっていうんだ?

 

「はい、実は…私が黒瀬さんと密かに会っていることがバレてしまったらしく」

 

「…はぁ」

 

ため息を零しながら、一昨日の海岸でのオルコットのことを思い出した。なるほど、あれ気付いていたのはオルコットだけじゃないのか。うわぁ、とても面倒なことになった…

 

「密かに…会っていた?」

 

そして面倒になったのはオルコット達への対処だけでなく、俺の隣で静かに口端を引きつらせる妹君だ。

 

「それは一体どういうことですか? 兄さん」

 

ああ、そこで矛先がこっちに来るのか…

 

「まあ、それはいいじゃないですか奏さん」

 

「まったくもってよくないです。むしろ私の中では聞き逃すことのできない大問題です」

 

「大問題ってほどでもないような気もしますよ?」

 

「いいえ、大問題です。誰がどう言おうと大問題です」

 

愛想笑いを浮かべながら話題を回避しようとするがあまり効果はなく、奏の青い瞳が細くなり、淡々と返してくる声色が逆に恐怖を感じる。なんで俺まで不機嫌の矛先向けられねばならんのだ。

 

「別に大したことないって、俺と篠ノ之はそこそこ仲良くやっていますよってこと…それよりも、もっと聞くべきことがあるんじゃないか?」

 

「…そうですね、そのことはあとで追及するとして――」

 

これ以上、奏を不機嫌にさせておくと厄介だと思い、話を軽く切り上げると本題に移るように促すと奏は渋々ながら了承して、視線を篠ノ之へと戻した。すると篠ノ之は少し躊躇うような仕草を見せたが、それは一瞬ですぐに口を開いた。

 

「私は…謝罪をする為に来ました」

 

「謝罪ですか」

 

重苦しく答えた篠ノ之に返したのは奏だった。謝罪、その言葉が何に対してのものなのか…それはあまりにも明白だった。

 

「昨日はタイミングを見失い、それをすることができませんでした…だから、改めて」

 

そういうと、篠ノ之は俺に向けて深々と頭を下げる。

 

「私の所為で、このような大怪我をさせてしまい…本当に…すみませんでした」

 

沈黙に響いた篠ノ之の声は少し震えていた。おそらく、彼女の言う通り本当ならば昨日見舞いに来た時点で言うつもりだったのだろう。ま、あのタイミングで謝られてもこっちも困ったけどさ。

 

正直、俺はそこまでこの怪我のことに関して篠ノ之へとやかく言うつもりはなかった。

 

指揮を任されたのは自分だ、ならばそれを動かしきれなかった、言い方を変えれば手綱を完全に握れなかったというのはこちらの問題となる。新型機を手に入れて舞い上がっていたというのも少々問題ではあるが、そこらへんも考慮して作戦を立てられなかった自分が悪い。

 

責めるつもりはない、別に問題はない。そう言おうとした時だった。

 

「…何ですか、それは?」

 

俺よりも先に沈黙の口火を切ったのは奏だった。

 

「頭を一つ下げれば、許されるとでも思っているんですか?」

 

腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がる奏の表情には確かな怒りが浮き上がっており、先ほどとは比べ物にならないほど、険しいものになっていた。

 

「あなたは一人で浮かれて、一人で戦って…そのせいで兄さんは…」

 

「……」

 

「兄さんは死んでいたかもしれないんですよ?」

 

死、その単語が出た瞬間、篠ノ之の身体が強張った。

 

あの『福音』との二回目の戦いで篠ノ之達は俺を助けに来た、つまり死んでいないと考えての行動したのだろう。だがその半面で『もしかしたら俺が死んでいたかもしれない』という考えは篠ノ之の心を深く抉っているのだろう。

 

「私は…あなたを許さない」

 

篠ノ之を責める奏の声は静かで鋭く、それ故に言葉に込められた怒りがはっきりと感じられた。

 

「私の家族を奪おうとしたあなたを許さない」

 

「・・・・・・」

 

家族を奪おうとした・・・か。奏が怒るのは、理解できる。俺だって、もし研究で無理して倒れられたら、なぜ止めなかったのかと束さんを問いただすだろう。ただ一人の家族として、大切に思っているからこそ、その怒りは抑えることのできないものなのだろう。

 

理解はできる、だが――

 

「もういいよ、奏」

 

俺は奏を止めた。その怒りは理解できるが、今はもう過ぎ去った。事実として、俺は生き残り、皆は無事だった。ならば、そこに憤慨し続けても仕方がない。

 

「兄さん…」

 

「奏の言いたいことはわかるよ。でも俺は無事だったんだ、それでいいじゃないか」

 

「でもこの人の所為で兄さんは死にかけたんですよ? もし兄さんの作戦通りにしていればあんなことには…!」

 

「でも俺は生きている。それに篠ノ之達が救援に駆けつけてくれなければ、俺は本当に死んでいたかもしれない。なら、篠ノ之は俺の命の恩人の一人ってことにならないか?」

 

「それは…結果論です」

 

「でも結果は俺が生き残ったという事実、だろ?」

 

そう言うと、奏は少し俯き、黙り込んだ。そんな奏から視線を篠ノ之へと移す。

 

「まあ、ああいうのはもうやめた方がいいがな」

 

「すみません…」

 

「いや、こっちもきつく言い過ぎたよ」

 

「そんな…そんなことは…ありません」

 

激しく叱りつけたことを思い出し、苦笑しながら謝ると膝に置かれた篠ノ之の手がぎゅっと握られる。そんな姿を見ながら、俺は問いかける。

 

「篠ノ之、後悔しているか?」

 

「え・・・?」

 

「今回の事、後悔はしているか?」

 

そう聞くと篠ノ之は口には出さないが、小さく頷いた。

 

「そうか・・・ならいい」

 

篠ノ之は自分のしたことを後悔しているのだろう。だがそれも一つの成長だ。その後悔が次に繋がる。そのための代償が俺の傷だと考えれば、そこまで悪いものでもないのかもしれない。

 

「もうこんなことは二度としない・・・そう心の底から誓い、実践し続ければいい」

 

「・・・黒瀬さん」

 

「だろ?」

 

笑いかけると篠ノ之は泣きそうな表情を隠すようにまぶたをきつく閉じ、一度上げた頭を再び深く下げた。そして俺はそんな篠ノ之を見ていた奏に視線を戻す。

 

「こう言っているんだ、許してやってくれよ」

 

「・・・そんな簡単には許せません」

 

篠ノ之を許すように奏に言うとプイッとそっぽを向かれてしまった。あらら、こちらは頑固でいらっしゃる。

 

「でも」

 

「でも?」

 

「・・・・・・今後の行動で判断します」

 

そう言うと奏は篠ノ之に向き直り、まっすぐに彼女を見据えた。

 

「二度としない、そう言ったからには守ってもらいます。もし守れなかったら――」

 

「守ります」

 

遮るように言葉を口にしたのは、篠ノ之だった。自分を睨めつける奏の視線を真正面から対峙するように顔を上げた。

 

「もし次、あのような状況になったら、今度は私が黒瀬さんを守ります」

 

「あなたにそれができますか? 兄さんよりも弱いのに」

 

「強くなります」

 

奏の言葉に一瞬の迷いもなく即答する。

 

「もっと強く、そしてみんなを・・・黒瀬さんを守れるようになります」

 

先ほどまで、俯き黙り込んでいた姿が嘘のようにはっきりと奏に向けて言い放つ。そんな篠ノ之の瞳には強い意思が感じられた。そんな瞳を、奏も俺と同じように真っ直ぐに見つめ、数秒して再び目を逸らす。

 

「・・・そうですか」

 

篠ノ之にそう短く答えた瞬間、奏の白衣のポケットから小さく携帯電話の振動音が聞こえてきた。俺に目配せで出てもいいかと聞いてきたので、頷く。

 

「はい……えっ、もう?…はい…わかりました」

 

短く二言三言だけ電話先に返すと、奏は小さくため息を吐く。その表情と会話内容から、なんとなく電話先の察しがついた。

 

「仕事?」

 

「はい、ごめんなさい。迎えが来ているのですぐに戻らないと…こんなタイミングじゃなくてもいいのに…」

 

「もう戻るのか」

 

「もっと一緒にいたいですけど、わがまま言えませんから」

 

携帯電話をポケットにしまい込むと、苦笑を浮かべた。せっかく休める時なのだからしっかり休養してほしいが、奏にとっての生き甲斐の一つを取り上げることなどできるわけもない。

 

「篠ノ之さん」

 

「はい」

 

「さっき口にした言葉、忘れないようにしてくださいね」

 

目も合わせずに篠ノ之に対してそう言うと奏は出口のドアノブに手をかけた。

 

「では兄さん、また…夏休みに」

 

「ああ…それじゃあな」

 

小さく手を振って、奏は部屋から出て行った。

 

それと同時に、部屋に張りつめていた緊張の糸が切れた気がして、俺は軽く息を吐いた。ああ、ドッと疲れた。休養中の身でここまで疲労するっていうのも逆に珍しいぞ。

 

「すみません、間の悪いことをしてしまって」

 

「そりゃこっちのセリフだ、すまなかったな。でも奏のやつも悪気があるわけじゃないんだ、そこんところは知っておいてくれ」

 

「もちろんです」

 

息を吐く仕草で疲労が見て取れたのか、心配そうに声をかけてくる篠ノ之へと俺は再び苦笑を浮かべて、言葉を返した。しかし、これからは奏と篠ノ之の接触には気を使わんとな。口ではああ言っていたがあれは相当根に持っているだろうからな。

 

「やっぱり仲の良い兄妹ですね」

 

「まあな」

 

「少し…羨ましいです」

 

ポツリと溢した篠ノ之の言葉。それはおそらく、自分の姉である束さんとの関係を思い浮かべてのことだろう。先ほどの事といい、束さんの事といい、篠ノ之は恋以外でも悩み多き娘だな。

 

「ま、そこら辺は焦ることないさ」

 

だから少しくらいは贔屓したくなってしまう。頑張っているんだから、俺はそれを応援する…悪い事ではないだろ?

 

「前も言ったけど、最初から全て上手くいくわけないさ。操縦に関しても、人間関係にしても」

 

いつぞやの調理室での出来事を思い返しながら、篠ノ之へとエールを送る。すると篠ノ之は小さく笑みを浮かべると俺の言葉を続けて口にした。

 

「だから努力する…でしたね」

 

「そういうこった、努力も一歩ずつな・・・俺も言えた立場じゃないけど」

 

言いながら、頭の中に浮かんできた自分自身の人間関係を思い浮かべ、よくよく考えてみると人間関係が波乱万丈なものであると再確認した。いやはや、俺も努力が必要なようだ。

 

「さてと、じゃあ行くかな…篠ノ之」

 

「はい」

 

「悪いけど、そこに置いてある車椅子を持ってきてくれないか?」

 

「車椅子…どこかへ行くのですか?」

 

タンスの横に立てかけられた車椅子と俺を交互に見てから、きょとんとした顔でこちらに聞いて来る篠ノ之に俺は肩を竦めて、答えた。

 

「んー、俺なりに努力の第一歩を、ね」

 

 

 

 

車輪が廊下を構成する木版の上を回る。この車椅子は俺の寝ていたベッドやそれに取り付けられていた点滴器やナースコールのように病院から持ってきたものではなく、もともとこの旅館で足が悪い人や老人が使うもので、そこそこ年季の入った車輪からカラカラと気の抜ける音が鳴っている。

 

「悪いね、押してもらっちゃって」

 

「いえ、これくらいならいくらでも」

 

後ろで車椅子を押す篠ノ之はにこやかに返す。通路に出る際は先ほど奏が話したように周囲をしきりに警戒していたが、「外に出る為に呼んだってことにすればいいじゃないか」というと、納得したのかいつもと同じ足取りで動き出した。

 

「しかし、いいんですか? 外出してしまって」

 

「朝の診断では激しい行動さえしなければいいって言われたからな。いやぁ、IS様々だ」

 

どでっ腹に風穴を開けられたはずがほとんど塞がっているというのだから驚きだ。奏の話によるとISの搭乗者を生き残すための傷の修復を行ったのではないかという説が上がっていたが、そこまでできるものだとは知らなかった。

 

「俺でこれなんだ、無事ではあるんだろうけど…」

 

そこまで言ったところで車椅子が止まった。顔を上げて、横にあるドア、その上にある木製の番号札には部屋番号と『療養中』と書かれた張り紙が貼られていた。

 

「ここか…」

 

そう、ここが目的の場所。俺が昨日から気になって仕方なかった人物の部屋だ。ドアを眺めていると篠ノ之が開けてくれたので、手動で車輪を回して奥へと入っていく。するとそこにはベッドに横たわる一人の少女がいた。

 

「ラウラ…」

 

「…私は外で待っていますね」

 

篠ノ之が廊下からドアを閉めたのを確認した後、俺は車椅子を動かし、ラウラの枕元へと移動すると顔を覗き込む。寝息を立てるその姿はいつもの凛々しい風貌はなく、どこにでもいるような…むしろ年齢よりも少しばかり幼くすら見える少女だった。

 

そんなラウラの頬に手を添える。この娘のことは、いろいろと知っているつもりだった。久しぶりに学園で再会したときも、特に代わり映えしなかったから、なおさらそう思っていたが…

 

「まさか、お前に助けられることになるなんてな」

 

言いながら、昔の…出会ったばかりのことを思い出す。軍の訓練施設、その部屋の隅っこで座り込んでいた。俺が声をかけると、まるで壊れてしまいそうなクシャクシャの顔をして、こっちを見上げていた姿。俺が勝手に、前の自分と重ねてしまうほど、弱々しい表情。

 

「成長したな」

 

その全てが、この娘にはない。あの海上で戦っていた姿、俺を救いに来てくれたその意志、もはやあの場所で泣いていた娘ではない。今目の前に寝ているのは俺を助けてくれた一人の戦士であり、俺を好いてくれている一人の少女だ。

 

「ありがとう…ラウラ」

 

ちょっとの恥ずかしさと精一杯の感謝を込めて、俺は自分を救ってくれた眠り姫に礼を口にし、左人差し指の第一関節に唇を当て――

 

「ちょっとだけサービスな」

 

それをラウラの額に触れさせた。さすがに直接するのは恥ずかしすぎるから、な。

 

「…んっ」

 

「おっと」

 

そんなことをしていると、ラウラの瞼がピクリと動き、ゆっくりと開いていく。俺は急いで左手を引く。

 

「まったく、本当に眠り姫みたいだな」

 

俺が王子というには程遠い存在だが、頭の中で勝手に浮かべた言葉がそのまま過ぎたために一人ごちに笑う。そんな姿を見て、目を覚ましたラウラは目を丸くしたがすぐに安心したように微笑んだ。

 

「…レイジ」

 

「おはよう、ラウラ」

 

ラウラの小さい手が、俺の手に重なる。じんわりとした温かさが手から伝わってくるのがわかる。優しい温かさに無意識に頬が緩む。そして、自分が生きている嬉しさを、どうして嬉しいのかを再確認した。

 

「レイジ…!」

 

起き上がり、こちらに抱き着くラウラを優しく抱き締め返す。問題は山積み、新たな疑問も生まれたし、考えなきゃならないことならいくらでもある。だけど…今はこの温もりを…生きる喜びを…確かに感じよう。

 

 

 

 

Side 織斑千冬 篠ノ之束

 

「いやー、一時はどうなるかと思ったね」

 

さざ波の音が耳をくすぐる。満天の星空の下、千冬は友である束と海を眺めていた。場所は小高い丘、旅館の女将の話だと水平線がよく見えるので日ノ出を眺めるのには最適な場所らしい。

 

そんな場所の木製の柵の上、束はブラブラと足を揺らしながら、まるで他人事のようにつぶやいた。

 

「まったくアメ公のやることは本当に迷惑だよね、新型が暴走とか…まあ私の可愛いISはその程度じゃ評判落ちなんてしないけどさ。ねー、ちーちゃん」

 

フフンッと鼻を鳴らすと千冬に同意を求めてくる。いや、実際は同意なんてどうでもいいのだろう。事実として、この新型の暴走が世間に知れ渡ったとしても、世界はISを無視して進むことなどできない。

 

「思惑通り、か」

 

「んー? 何が?」

 

「IS、知らしめると言ったのはお前だろう?」

 

「そうだったっけ? そうだね、そうだった」

 

まるでひまわりのような笑顔を束は浮かべるが千冬はまるで仮面でも張り付けたように表情を一ミリも変えることはなかった。

 

「…ちーちゃん、何か聞きたいことでもあるの?」

 

「なぜそう思う」

 

「うーん、勘かな」

 

「お前がそんな不確定的なものを口にするとはな」

 

「むむ、私だってそういうの口にぐらいはするよ」

 

でも信じてないのだろ、と千冬は心の中で付け足す。しかし、実際に束の勘は当たっていた。

 

「…今回の事件、お前は何も絡んでいないのか?」

 

「…ちーちゃんにしてはずいぶんとストレートな聞き方だね」

 

「回りくどい質問は苦手でな」

 

「そうかな? よっと…」

 

束は柵から降りると千冬の正面に立つと笑みを崩さずに千冬に聞いた。

 

「私には単に余裕がないように見えるよ?」

 

千冬はその問いかけには答えなかったが…余裕がない、その通りだった。ここ数か月の学園、そして生徒へ向けての襲撃。IS学園には今までにもそういった事件はあった。だがそのほとんどは一年とかからずに解決された。しかし今回は相手の規模も襲撃理由も不明であり、そしてその襲撃者の強さも、生半可なものではない。

 

もうこれ以上、襲撃者に先を越されるだけはしてはならない。だが調べるにしても限界がある。ならば可能性があるものを可能なときに片っ端から探るしかないのだ。

 

「今まで、訊こう訊こうと考えていたみたいだね」

 

「…回りくどいのは嫌いだと言ったはずだ」

 

千冬の声色が強くなる。それを聞いた束は小さくため息を吐き、身を翻して千冬に再び背を向けると――

 

「私じゃないよ」

 

と言った。

 

「…そうか」

 

「あれれ、信じちゃうんだ」

 

「当たり前だ…お前とは親友だからな」

 

千冬の声色は変わらず、疑念の色があるのは誰が見ても明らかだった。信じたいという気持ちがあるのは嘘ではなかった。しかし、ただ単純に信じるための要素と疑う要素の差が激しすぎる。

 

「そっか…じゃあ、親友のちーちゃんに助言…というか、警告かな」

 

「警告?」

 

警告、その単語に眉をひそめる千冬。そんな彼女に飛んできたのは、いつになく真剣な束の言葉だった。

 

「れーくんから…目を離さないで」

 

その声は真剣でもありながら、どこか悲しげであり、張りつめたような必死さが含まれているのを千冬は聞き逃さなかった。

 

「零司から…」

 

「そ」

 

「なぜ?」

 

「れーくんにはちーちゃんが知らないことがいっぱいあるんだよ」

 

「お前は…知っているのか?」

 

「私じゃ…れーくんを救えなかったから」

 

千冬は訝しげに束の言葉を聞いていく。束が零司のことを知っているのは、なんら疑わしい事ではない。ISの設計者であり、そのころは唯一ISの内部構造を解析できる人間だった束が軍部に顔を出すことは少なくはなかった。千冬が訝しげに思えたのはそこではなかった。

 

「救えなかったとは…どういうことだ」

 

何故、『救えない』ではなく『救えなかった』なのか。そこが千冬の頭に引っかかった部分だった。そして確信した。

 

束はこの襲撃事件の事を・・・その理由も把握している。

 

「多分もう、私はれーくんの隣にはいられないから…ちーちゃんが支えて上げてね」

 

「束、説明しろ! 零司に何があった! この事件は一体…!」

 

問い詰めるように声を荒げた瞬間、強風が視界を遮る。そして再び視界を戻した時には、すでにそこから束の姿は消えていた。

 

「束…お前は」

 

波の音にまぎれて、千冬の声は消えていく。満天の星空は、大きな引っかかりと疑念を残した心とは真逆に、どこまでも美しく輝いていた。

 

EP44 End

 




EP44…いかがでしたか? 楽しんでいただいたのなら幸いです

ああ、ようやく臨海学校編が終わりそうです。いやはや、長かった…いや、長くしたのは私なんですがね、期間的な意味で。

文章力が落ちているというのは、前から思っていました…これはその極みですな。うーん、離れている期間が長いと落ちる一方ですな…これからはなるべく更新できるように頑張ります。

さて、次回はおそらくオリジナル回になるかと思います…そろそろ夏休み編か、冬だというのに夏休み書くっていうのはなんとも言えない気持ちになりますな。

こんな作品と作者ですが、これからも応援よろしくお願いいたします。

それでは、また(^ω^)ノシ
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