IS もう一つの翼   作:緋星

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こんにちは、緋星です。
ようやっと投稿できました。いやはや、ネット環境のない状況に追い込まれるとは思ってもみませんでしたよ。投稿遅れて申し訳ないです。

今回から夏休み編ということで、前後編の二つを送りたいと思います。

それでは、どうぞ


EP52 それぞれの夏 前篇

八月上旬、それは夏という季節の特徴がより顕著に表れている時期。突き刺さるような陽光はその温度を増し、照らされた皮膚は焼け、道路にひかれたアスファルト合材からは水分が飛び、密度の違う空気が光の屈折を生み、陽炎を発生させる。そんな時期に仕事でもない限り外に出たがる人間も少ないだろう。大多数の人間は海やプールなどの涼しげな場所を目当てに出かけるか、クーラーの効いた部屋で趣味を謳歌するか、といったところだろう。そしてそういった者達は大型の休日が約束された学生ならばその状況はより顕著に表れるだろう。それは、今は学生として生きている俺も例外ではない。

 

「…ぐぅ」

 

都市部のベッドタウンに構える二階建ての一軒家。その二階にある自室のベッドの上で首だけ寝返りをうちながら、瞼を開く。半開きとなった視界に写る、枕元に置かれたデジタル式の置き時計には『AM 06:03』と表示されている。

 

「あー…もう起きんとな」

 

いつもの起床時間を三分ほど超えていることを軽く驚きながら、寝ぼけた頭に鞭を入れて、目を覚まさせると、身体を包む白いシーツをゆっくりと退ける。適温に調整された室内温度が本来ならば寝苦しい部屋を心地よい睡眠空間へと変えていた。学園の学生寮の方もそうだが、最近の冷房機器は優秀すぎて困る。これでは眠っている人間の起きる気を失せさせること請け合いだろう。

 

「…あれ…」

 

そんなことを考えながら起き上り、ベッドの隣を確認すると、そこにあるべき姿がないことに気が付く。確かに隣付くようにある枕はまだ仄かな体温を含んでおり、ここにいたであろう人物がつい数分…いや、数秒前までここで寝ていたことがわかる。

 

「トイレか…」

 

起きたことを伝えようとも思ったが、やめた。時間になったら降りてくるだろう。その前に少しでも用意をしなければならない。朝食を抜いた状態で、あの軟禁状態の用は職場に行かせるのはあまりに酷だ。

 

頭をガシガシと書きながらベッドから這い出ると部屋のカーテンを開き、日光を全身に浴びる。

 

「…熱い…」

 

眩しさに目を擦りながら、カーテンを開けたまま、俺は自室を後にする。いつもの起こし方である。ああやっていれば、嫌でも陽光がベッドに直撃し、あの寝坊助も目を覚ますだろう。

 

部屋を出た後は洗面所まで行き、顔を洗って、完全に目を覚まさせる。その後で、二階から一階に降りて、リビングにある台所を目指す。半分寝た状態で台所に立つのは危険極まりない。

 

「卵、今日までだな」

 

冷蔵庫を開けるとひんやりとした空気が顔に当たる。その中身を確認するとプラスチックのパックに入った卵の賞味期限が目についた。この家に帰って来てから、朝昼晩と料理をしているせいか、こういう賞味期限に目敏くなった気がする…

 

「あー、なんか帰ってきたって感じだ」

 

一人でに呟きながら、卵とバターを冷蔵庫から取り出すと、通りかけに菜箸を取って、そのまま台所へと持っていく。

 

IS学園が夏休みになってから、今日で四日目。帰ってきた我が家はたった四ヶ月離れていただけなのに、無性に懐かしく感じた。立場上、学園から出る際に様々な手続きを行い、非常に面倒ではあったが、やはり骨を休めるという意味ではここ以上の場所はない。環境、隣人達、そして――

 

「……おはよう…ございます…」

 

ガチャリと二階からリビングへの扉が開かれる。栗色の長髪はボサボサで、寝癖であらぬ方向へと飛び回っているし、眼はほぼ開かれておらず、着ている白いパジャマの長めの袖でその眼を擦っている。どっからどう見ても寝起きの姿、そんな俺の最愛の家族が、途切れ途切れの朝の挨拶をしながらリビングへと入ってきた。

 

「おはよう、奏。今日も相変わらず凄い寝癖だな」

 

「んー…」

 

金属のボウルの中で卵を混ぜながら、苦笑気味に挨拶を返すと、奏はいかにも眠そうに可愛らしい声を上げる。そして、トテトテとスリッパを引きずりながらこちらに来ると――

 

「うおっ…と」

 

後ろから寄りかかるように、抱き付いてきた。おそらく、ほぼ目の覚めていない状態で俺の声を聴いたので、そちらの方へと歩いてきたのだろう。

 

「危ないぞ、まったく」

 

「…すー」

 

そう注意するもおそらく俺の背中で寝てしまったのか、寝息が返ってくるだけだ。料理中に抱き付かれるのは、ちょっと危ないかもしれないが、それぐらいなら笑って許せてしまうあたり、俺はやはり妹に甘いのだろう。

 

「こんなんで研究が務まるのかね、うちのお姫様は」

 

ボウルと菜箸を置いて、奏を背中に背負い、テレビの前にあるソファの方へと持っていくと、ゆっくり起こさないように下ろしてやる。

 

「もうちょっとだけだぞ」

 

「む…んみゅ」

 

俺の背中から下ろすと奏は一瞬、眉をひそめたが軽く頬を撫でてやると嬉しそうに頬を緩めた。そんな奏の姿に頬が自然と緩むのを感じながら、台所へと戻ろうとする。その際に、窓の外の空、そしてその空を飛ぶ飛行機が見えた。

 

(皆、実家に帰っているのか…)

 

ふとそんなことが頭に浮かんだ。改めて考えると学園の仲間たちは、当たり前ながら皆違う国の人間―― 一夏と篠ノ之は除くが ――だ。シャルロットのような帰り難い娘もいるがそれぞれが祖国へと帰り、どんな日々を過ごしているのだろうか。

 

「ちょっと気になるところだが…って、いかんいかん」

 

まあ、土産話に期待しよう。心の中でそう決めると、台所でやり残した朝食の準備を思い出し、再びそちらへと向かう。さて、今日も奏に旨い朝食を振舞うとしますか。

 

 

 

 

Side セシリア・オルコット

 

「はぁ…」

 

手に持った写真を眺め、ため息を吐くと一緒に腰かけた椅子の背もたれがキィ…と小さな音を鳴らした。

 

イギリス、首都ロンドンのテディルトンにあるノルアーティ研究所。イギリスにおけるIS研究、その大本を担うこの研究所に、私はほぼ連行されるように連れてこられていた。夏休みということで、愛すべき母国へと戻って来たのは良いのだけれど、帰って来てからという者、一夏さんに会えない寂しさと切なさで、ため息が零れるばかり。

 

(今後の予定を決める会議、機体の調整、国内で行う面会…その他の予定を考えると…)

 

ザッと計算しても、二週間以上はかかる。学園ではほぼ毎日のようにお顔を見ることができたけれど、今はお守りとして持っているこの写真を眺めることしかできない。

 

(一夏さん…お会いしたいですわ…)

 

「はぁ…」

 

胸いっぱいの思いが溢れ出るように再びため息が出る。

 

「…セシルさぁ、いい加減止めてくれないかな、そのため息。正直、結構鬱陶しい」

 

そんなため息に反応した、目の前でパソコンをいじる青年がこちらを愛称で呼ぶと呆れたように言ってくる。

 

「あなたには関係ないことですわ、エド。無視して仕事を続けてくださらないこと?」

 

「それは無理だね、僕の仕事はその立場上、完全無欠且つ正確無比なものでなくてはならない。つまりそれ相応の条件がそろわないと不可能なんだ」

 

「どんな状況でも仕事ができるのがプロフェッショナルというものではなくて?」

 

「無論、僕もプロフェッショナルさ。でも僕は天才ではなく凡人でね。100%以上の成果を出すには条件も必要なんだよ。つまり不要な要素は余すことなく取り除くべきだ。たとえば、その耳障りなため息とかね。理解した? だったらもう止めてくれよ? 呼吸するなと言ってるわけじゃないんだからさ」

 

彼はこちらを指さして、そう言い放つと再び作業へと入った。ヒクつく口はしと湧き上がる怒りをどうにか押し殺しながら、私はこの不敵で不遜で高圧的な、人を小馬鹿にした態度を取り続けるこの捻くれ者の後頭部を穴が開くくらいににらみつけた後で、わざとらしく大きなため息を吐くと共に視線を天上へと向ける。

 

見上げる天上から周囲の空間を囲う壁は銀色の耐衝撃耐火金属によって作られたものであり、ちょっとやそっとのことでは破壊どころか傷一つつけることはできないだろう。それもそのはず、この空間はISの実験的操作と機体調整を行う場所なのです。

 

そして、この目の前にいる人物が私の『ブルーティアーズ』の機体調整を一身に請け負う男性である、エドワード・アリンガムである。

 

「相変わらずあなたは英国紳士という言葉が似合うことのない男性ですわね」

 

「君は相変わらず淑女の皮をかぶった猛犬だ。ああ、猛犬はたとえだよ? 君は人だからね」

 

「…その人を小馬鹿にする態度は改めた方がよろしくてよ?」

 

「君も男性をそう挑発するのは止めておいた方がいい。いくら女性至上主義の世の中でも、襲われたら何されるかわからないぞ? むしろ追い込まれた方が人間は怖いものだ」

 

「窮鼠、猫を噛む…というやつですわね」

 

「意外に学があるじゃないか、見直したよ」

 

…本当に人を馬鹿にしている。一夏さんや黒瀬さんと同じ男性だとは思えないくらいに捩じれ曲がった性格をしているとつくづく思う。

 

「それよりも、喋っていては仕事が進まないのではなくて?」

 

「馬鹿にしないでもらいたいな、もうすぐひと段落だ」

 

喋りながらも動いていた指が最後のEnterキーを押すと、ディスプレイに動いていた文字の羅列の動きが止まる。それは我々が解析できる範囲(・・・・・・・・・・)での『ブルーティアーズ』のデータである。

 

「IS学園での『ブルーティアーズ』の蓄積データ、主に『BTシステム』の使用状況と駆動系、そしてシンクロ率の測定結果を見てみたが…」

 

そこまで言って、エドは椅子を回転させてこちらを向くと小さく肩を竦め、こちらを鼻で笑う。

 

「酷い戦績だね、セシル。これじゃ上が頭を抱えるわけだよ」

 

明らかにこちらを馬鹿にした態度ではあるが、それが事実であることは自分がよくわかっている。先ほど、この研究所の管理者と『ブルーティアーズ』と『BTシステム』の責任者、そして政府の人間との会議の場に居合わせていたけれど、誰一人として表情を濁らせていない人物はいなかった。

 

「それは私が一番理解していますわ」

 

私は苛立たしげにエドから視線を外す。そんな私を見て、エドはつまらなそうに鼻を鳴らすと――

 

「でもま、出国した時よりかは上達しているんじゃあないか?」

 

「下手な慰めなどいりませんわ」

 

「いや本当だよ、実際に『BTシステム』の機動性は向上し、君自身も『ブルーティアーズ』に慣れてきている。いい兆候じゃないか」

 

エドはこちらに向いたままで、ディスプレイのカーソルを動かし、一つのファイルデータをクリックする。すると、動画が展開される。

 

「彼らには感謝しないとな」

 

その動画は私が一夏さん達との試合を行った時、そして黒瀬さんとの連日の訓練の光景が映し出されていた。どうやらISのコアにある記憶野にあたる部分から抽出した者なのだろう。

 

「これだけ動かせるようになれば、例の新型(・・・・)、君の手元に来るかもね」

 

「…それは本当ですの?」

 

例の新型、と聞いて、一つの機体が頭の中をよぎる。それは先日の会議の議題にも出ていたもの。競技用としてはいささか能力が過剰なところもありますが、私の手に来るというのならば、嬉しくないわけがない。

 

「まあ、君の『BTシステム操作時』の判断能力の低下を見るに、ある程度違うシステムで補う必要がありそうだけど、そっちはどうにかしよう」

 

「できるの?」

 

「無論さ、何せ君の為だ。その程度のシステムの一つや二つ、作って見せよう」

 

先ほどまでの態度とは違い、真剣に、それでいて優雅にエドは言い放つ。それはおそらく、ビットの展開時に私の行動が止まる…もしくは著しく緩慢になることを指しているのだろう。もしそれが補えるというのであれば、これまで以上に成果を発揮できるに違いない。

 

「エド、なんと言ってよいのか…」

 

これまでのこちらを小馬鹿にしていたことは許せないが、私の弱点を補うためにシステムを構成してくれた相手に礼を言わないわけにはいかない。そう思って、口を開こうとした時――

 

「君は本当に一人では何もできないからね。これで君の児戯のような操作にも多少の拍が付くだろう。まあ、それでも弱いことには変わりないけど。努力が足らずに実力で補えないものは技術で補う。これで僕も上に文句を言われることもない。もしこれで成果を上げられなければ、君自身のどうしようもないヘッポコ加減の問題だからね……ん、どうしたセシル?」

 

「…なんでもありませんわ!」

 

…前言撤回。こんな男に礼を述べる必要などない。口を開けば、こちらを小馬鹿にする男などに礼を述べる舌など、私は持ち合わせていない。少しでも見直したなんて思った自分が恥ずかしくて仕方ない。

 

「どうしてあなたは一々私を小馬鹿にしますの!? 私の操作が児戯ですって!?」

 

「うん、そう言ったね」

 

「それにヘッポコと言いましたけど、私以上の『BTシステム』の適正値が高い人がこの国にいまして? いないでしょう? だから私が選ばれたんですわ!」

 

「いたらよかったんだけどね」

 

…本当に腹立たしい。一度、この男の頭を解剖してみたくなる。おそらく、皮肉とか嫌味とか罵倒とか、そこらへんの言葉しか詰まってはいないのでしょうけど。

 

「それに、児戯ではあるよ。彼の操縦に比べたらね」

 

そう言って、エドは動画を停止し、私に見せてきた。

 

「非常に良い教官ができたようじゃないか、君のような淑女をエスコートするにはぴったりだ」

 

PCのディスプレイに映される動画の一部をズームする。おそらく四月終わりの頃の、初めの休日演習の時のものだろう。そこには戦いながら、私の動きを指導する黒瀬さんが映し出されていた。

 

「彼にはエスコートするべき女性は他にいますわ」

 

「残念かい?」

 

「冗談も休み休み言いなさい」

 

エドの物言いに私は正面から否定した。確かに黒瀬さんに対して、好意はある。しかし、それは決して愛情ではない。どちらかといえば…認めたくないが敬意に似たものなのかもしてない。愛情としての心は一夏さんにしか向いてない。

 

「それにしても…妙な人物がいるものだね」

 

肩を竦めたエドはPCに向き直ると、動画に写った黒瀬さんを見ながらそんなことを呟いた。

 

「黒瀬さんのこと?」

 

「ああ…なんだ、その反応は…まさか、知らないのか?」

 

「な、何の話ですの?」

 

私の反応に驚いたように目を見開くと、エドはすぐに呆れた表情へと戻した。なんですの、その顔。まるで信じられないものを見るような顔をして…

 

「そうか…君はこの人物が誰か知らないのか…」

 

と、何やら神妙な面持ちで何度か頷く。こちらとしては、エドが何を言いたいのか、さっぱりわからない。

 

「ちょっと、私にもわかるように説明を――」

 

しなさい、と言う前にエドはPCを操作すると手早く画面を暗転させた。まるで私に何かを隠すようにするその姿勢により訝しく思い、エドを見る。

 

「君は、彼をどう思っている?」

 

「どうって…まあ、強いですし、教わることも多い。女性関係には少々だらしなくも思えるけれど、義務感もある。そして誰かを守ろうと考え、実践できるのは素晴らしいと思えます。いろいろと問題もありそうですけれど…そう、尊敬できる人物ではあると思いますわ」

 

エドの問いかけに答えると、彼はその真剣な表情を少し悲しげなものに変えた。

 

「なるほど…ならば余計に、君に説明するのは酷だな。このことを知りたいなら、本人に聞け。まあ、彼自身もそうそう口に出したい話題ではないだろうけどな」

 

「聞けって何を…」

 

「そうだな…中東内乱の事をご存知ですか…とでも聞いてみればいい。そうすれば、多分彼は顔面蒼白だろうさ」

 

そう吐き捨てるようにエドは言うと椅子から立ち上がり、倉庫の出口へと歩いていく。言いたいことだけを言って、とっとと出ていってしまったエドに軽い怒りを覚えながら、私は声を荒げる。

 

「いったい何なんですの!」

 

Side off

 

 

 

 

Side 凰 鈴音

「うるさいわね! そんなことを言われなくてもわかってるわよ! 何回も同じようなことで連絡よこさないでよね!」

 

荒々しげに携帯電話の通話を切ると、そこにあった大き目のソファに向かって投げつける。それを確認する間もなく、私は違うソファへと深々と腰を下ろした。この部屋に入った時には気に入っていたソファの柔かな感触ですら、今の私にとっては気分を落ち着かせる材料にすらならない。

 

中国、上海にある五つ星ホテルの最上階スィート。はたから見たら、こんな状況で文句を言うこと自体が間違っているなんて言われるだろうけど、私にとってこの煌びやかな夜景は遠方の光であり、白塗りの壁はまるで監獄のそれだった。

 

「あー…もうやってらんない」

 

この場所に来てから、何度も口にした言葉だが、呟いたところで何か変わることもない。だが、呟かずにはいられない。私の置かれているのは、そんな状況なのだ。夏休みが始まってまだ数日だというのに、学校が恋しくなるなんて…これは十代学生として何かが決定的に間違っている気がする。

 

「一夏…会いたいな」

 

天上についた照明に、あいつの顔が浮かぶ。中国と日本、セシリアのヨーロッパと違ってさほど離れていない国なのに、私の今の状況では連絡一つ繋ぐことができない。もどかしい。

 

「…壁でもぶっ壊して、脱走しちゃおうかな…」

 

「随分と反逆的なことを言うな、上へと報告するぞ小娘」

 

いきなりかけられた声にビクッと両肩が震える。声のした方を見ると、短髪で鋭い目をした長身の女性がドアの前に立っていた。

 

「ホ、紅花(ホンファ)さん!? いつ入ったの!?」

 

「お前が電話に向かって、怒声を発していた時からだ」

 

つまり一夏の名前を出していたところも見られていたのだろう。恥ずかしくて、顔に熱が上がる。だがそんな私を知るか知らぬか、紅花さんは上着かけると先ほど携帯を投げつけたソファの空いている場所に腰を下ろした。

 

「どうせ上の連中の小言だろう? ああいうのは真剣に取り扱う必要などない、聞き流せ」

 

「えっと…それはいいんでしょうか?」

 

「お前がそうしたいならば構わんよ。私の迷惑にならない内はな」

 

そう言って、テーブルの上に会ったウィスキーのボトルに手を出すと、器用にも片腕で(・・・・・・・)その蓋を空けて、氷の入ったグラスに琥珀色の液体を注ぎこみ、口元で傾ける。私の戦術教官兼技術担当である隻腕の女性、王 紅花(ホンファ)は満足そうに微笑を浮かべる。

 

「やはりいい酒だ。スィートとなると違うな」

 

「いいんですか? 帰りは車なんですよね?」

 

「運転手はいる。それに市場に出回っている安酒は口に合わない」

 

だから経費でってことですか。それは何ともお役所仕事をする人間としては良い御身分ですこと…

 

「で、なんて言われたんだ?」

 

テーブルの上にグラスを置くと、私の方を見た。鋭い視線に私は千冬さんを思い出して、少々委縮しながら、先ほどの話を伝える。

 

「いつも通りですよ。戦術レベルが上がらんとか、気が抜けているとか、日本人の血統がどうこうとか…」

 

「なんだ、そんなことか」

 

さもつまらなそうに言い放つと再びグラスを傾ける。そんなこと…まあ、この人にとっては上からのお小言なんて日常茶飯事なのだろうけど…私にはこの状況がある。

 

「こんなところに拘束されなければ、文句なんて出しませんよ」

 

ため息が零れる。学園での戦績やその他もろもろの上への報告が芳しくなかったのか、中国に戻るなり、空港で身柄を拘束され、一定の戦術レベルに達するまで、この部屋に半ば監禁されることになった身としては、これ以上のストレスなんて抱え込みたくはない。それが私の本音だった。

 

「この状況が不服か?」

 

「いや、不服ってわけではないんですけど…少しくらいは自由が欲しいかなって」

 

「贅沢を言ってくれる。この状況に落ち着かせるのに苦労したというのに」

 

こちらにため息を返された。なんでも紅花さんが取り合ってくれなかったら、今頃私は海辺の適当に用意された即席の宿舎のようなところに詰められる予定だったらしい。その点に関しては、感謝しているけど…

 

「何とかなりませんか?」

 

「無茶を言うな。それに元を正せば、これはお前の不足の結果だ。そこは素直に受け止めるべきだろう」

 

それを言われると、正論過ぎてグウの音も出ない。

 

「『甲龍』が本来の力ならば、こんなことはないのだろうな」

 

酒がグラスに注がれる小気味の良い音を鳴らしながら、紅花さんはそんなことを呟く。

 

「だがいくら『甲龍』に能力制御のリミッターをかけているといえ、あの結果はあんまりだ。戦術教官として頭が痛い」

 

「その点に関しては、申し訳ありません」

 

素直に頭を下げる。紅花さんが言う通り、『甲龍』にはまだ能力を完全には出させない為のリミッターがつけられている。上からの「本来の力を出さずに、他の第三世代に勝ってこそ我が国の第三世代と言える」だとかなんとか、なんとも高慢で現状の理解に乏しい指示によってこの制御はつけられたままとなっているのだ。

 

「納得いかん、という顔だが、仕方あるまい。『甲龍』の本来のスペックは競技用のものではない。引き出す時は、実戦となる時だろうな」

 

実戦、それはおそらく『銀の福音』との戦闘のように試合などではない、それこそ生き死にをかけた戦いのことを指すのだろう。それを想定して構成された『甲龍』という機体に、自分は搭乗している。

 

「なんで実戦を想定した機体である『甲龍』を機体の素性を隠してまでIS学園に送ったのか…理由はわかるな?」

 

「はい」

 

理由は単純明快、ISの経験を積ませること。実戦を想定したというのは、何も『甲龍』に限ってのことではないのだ。あの場所にある専用機、いや量産機も、少しいじれば全て兵器転用が容易に可能だ。事実として、『ラファール』はアメリカの実戦機として、国内での配備が行われている。

 

「戦闘に使わない、軍事転用しない…『アラスカ条約』なんてものは口約束の域にある。それを全うに守ろうなんて平和ボケした考えなど、どの国にもない」

 

『アラスカ条約』なんてものは、競技と名を借りて、各国が独自に新たな軍事兵器を作り出し、競技自体はテストするため場である。紅花さんは学園に来る前の私に、いつものように言っていた。

 

「学園で競い合っていた仲間の機体が、そのままこちらを殺す敵になる可能性もある。そのことは、心の片隅に置いておけ」

 

「…はい」

 

再度、頷く。先ほどまでの、不貞腐れていた自分なんて消え去り、ただ真剣に紅花さんの言葉に耳を傾けていた。学園で戦った仲間の機体が…認めたくない、けれど絶対にないとは言えない。むしろ、紅花さんの言っていることが、実戦なったら現実で十分に起こり得る。そう考えると、気が重くなってくる。

 

「…すまんな」

 

沈んだ気持ちでいると、紅花さんが隣に座り、グラスを置いて、こちらの頭を撫でてきた。

 

「辛い役を押し付けてしまった」

 

「いえ、そんなことは…」

 

正直、辛くないかと聞かれれば、辛い。技術云々もそうだが、あそこにある機体は専用機だ。つまり、その人物しか乗れない。単一使用能力を主体とするならば、なおさらそうだろう。それこそ…『零落白夜』なんてものはその最たる例だろう。

 

「大丈夫です、これが私の仕事ですから」

 

そう言いながら、私は笑顔を作り、頭の中に浮かんだ最悪のパターンを打ち消す。それに、早々実戦なんてもの、起きはしない。誰もこの戦争のない状態を崩したいとは思っていない。そう信じている。

 

「…そうか」

 

私の心情を察してか、紅花さんも微笑を浮かべると、私の頭から手を放す。そして、袖だけをだらんと伸ばしている左腕の付け根に当たる部分を押さえる。

 

「しかし『アラスカ条約』か…あの程度の決まり事では、あいつも報われんだろうに」

 

「あいつ…?」

 

私が首を傾げると、「ああ…」と少し悲しそうに返した。紅花さんの左腕を失った理由を、私は知らない。聞くのも悪いし、あまり触れるべき話題でもないと考えていたからだ。

 

「鈴音、私が元はこの国の代表だったことは知っているな?」

 

「え、ええ…当時は有名でしたから」

 

王 紅花といえば、第一回モンド・グロッソにおいて中国の代表として出場した選手として

そして中国代表にも関わらず、私と同じで日本から育ちだったということで有名になった。

 

「『アラスカ条約』締結直前という事で、その大々的なデモンストレーションだった第一回モンド・グロッソ。私は総合部門準決勝で織斑千冬に負けた」

 

あの千冬さんとの試合。第一回モンド・グロッソにて対等に最も近かったとされた紅花さんの戦いは全国で脚光を浴びていた。だが…

 

「でも紅花さんはそれからパッタリと消息を絶ってしまいましたよね」

 

「一年後、ヨーロッパの大国達と中東がまだ『アラスカ条約』に加盟していない頃。軍部による引き抜きだった私はその時期に、中東での軍事使用IS、その試験機のテストパイロットとして出撃していたんだ」

 

「えっ…」

 

初耳だった。いや、それも当たり前だ。つい一年前に、ISの軍事利用を停止すると締結した『アラスカ条約』の直前デモンストレーションとして担ぎ上げられた存在が軍事ISのテストパイロットなど、もしもバレたら批判どころの話ではない。

 

「良く受けましたね、それ」

 

「私も内心、ハラハラだったがね。だが軍部の命令に逆らうわけにもいくまい」

 

そう言って、紅花さんは苦笑する。だが、その笑みはすぐに消え去り、話を続けた。

 

「そこで、私は『アラスカ条約違反の機体を発見、直ちに撃滅せよ』という命令を受けて、一機のISであった」

 

「IS?」

 

「白銀の全身装甲と大剣、その見た目から『白騎士もどき』と称されたそれと対峙した」

 

『白騎士もどき』、まるで聞いたことのない名前だった。それらしいものがあれば、話にも上がるだろうに、それが確認されていないことから、その機体もおそらく極秘のうちにどこかの国が作り出したものだったのだろう。

 

「結果として、私は左腕を失った」

 

「負けたんですか?」

 

「ああ、機体の出力に大きな差があったのも確かだったが…すまん、これは言い訳だ。ただ負けた、それだけだ」

 

「出力差って…」

 

出力で大きな差という事実を私は信じられなかった。当時のテスト機、つまり当時の中国のできる最大限、技術の粋を詰めて作られた機体が出力で大きな負けが生じる。しかも、第一回モンド・グロッソから一年後と言えば、そろそろ第三世代の機体が見え始めてくるころだ。その時期の機体を押し切るというのは、明らかなオーバースペックだ。

 

「そして私は野垂れ死ぬところだった…だが、助かった」

 

「誰かに助けてもらったんですか?」

 

「ああ、少年だった」

 

紅花さんは懐かしそうに眼を細めると、置いてあったグラスを持ち上げて、酒を煽る。

 

「応急処置を施し、近隣の病院まで搬送してくれた。そして、ありがたいことに病院で世話までしてくれたよ」

 

「いい人だったんですね」

 

「そうでもないぞ? 世話をする理由を聞いたら「運んできた人間に死なれると後味悪い。それに休日は暇なので」なんて答えたくらいだ」

 

それは何とも、奇妙な少年ではある。しかし、好感は持てた。少年の言葉は言い方を変えれば、治るまでは世話をすると言っているようなものなのだから。

 

「そこで、その少年は言ったんだ。「『アラスカ条約』が締結したら、ここら辺も平和になるのか?」とね」

 

「…なんて答えたんですか?」

 

「…きっとそうなる、とね」

 

空になったグラスがテーブルに置かれ、ロックアイスがカランと音を立てる音だけが紅花さんの言葉を追う。

 

「だが結果は、表立って競技用が使用され、裏ではそれを利用した軍事ISが作られ続ける…争いは起こっていないにしても、『アラスカ条約』はいつ破られてもおかしくはない状態にある…まったく、我ながら残酷な受け答えをしたものだよ」

 

そう言うと、紅花さんはソファから腰を上げると上着を手に取り、右腕だけ袖を通す。

 

「さて、昔話はここまでにして…私は帰るとしよう」

 

「え、連絡とはなしですか?」

 

「一人で寂しがっているんじゃないかと寄っただけだ、特に連絡することはないさ」

 

目つきの鋭さが似ているが、千冬さんとの決定的違いはこの優しさであると私は思っている。千冬さんはこんなことを言わない…一夏や零司に対しては知らないけど…

 

「…と、そうだ紅花さん」

 

「なんだ?」

 

「その少年、名前はなんて言ったんですか?」

 

私がそう問いかけるとドアに手をかけた紅花さんの動きがピタリと止まり、こちらに振りむくと少し含んだ笑みを浮かべて、

 

「お前の知っている男だよ」

 

とだけ告げた。

 

 

Side off

 

EP52 End




はい、EP52終了です。いかがでしたか?

今回は夏休みということで、セシリアと鈴の風景を出させていただきました。うーん、二人とも忙しそうですなぁ。でも代表候補生として、休みの内もやらなければいけないことは山ほどあると私は思うのですよ。ほら、未来的には国の顔として活躍する可能性もある人物なのですし。

そしてちょっと話に出てきた、それぞれの機体のアップグレード。もうそろそろですね。特にセシリアのどんな機体なのかはまだ秘密ですが、学園祭の頃くらいには出したいなと思っています。

そして何やら零司のことで各国の人間がいろいろと教えています。この情報が後々の彼女たちにどう影響するのか、今後書いていきたいと思います。

今回も、なんだかんだで二か月くらい経ってしまいました。更新ペースが遅くて申し訳ありません。それでも応援してくれている読者様には感謝を。

次回は後編です。再び監獄へと戻されるので、六月頭頃になるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします。

それでは、また(^ω^)ノシ
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