IS もう一つの翼   作:緋星

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EP5 今を生きる

晴れ渡る空、白い雲。まさに平和そのものを体現する様に澄み切っており、咲き終えた桜がゆっくりと青い葉を見せ始めるであろう、四月下旬。

 

「ではこれより基本的飛行訓練を始める。織斑、オルコット、試しに飛んで見せろ」

 

俺達は我らが鬼教官である千冬さんの厳しい授業を真面目に受けていた。休み時間なら楽しそうに会話に花を咲かせるクラスメイトの女子達も口をつぐみ、真剣な表情で千冬さんの指示を待つ。つまり、いつも通りに一年一組の授業風景である。

 

「早くしろ。熟練したIS操縦者は展開まで一秒とかからないぞ」

 

急かされて、一夏とオルコットは意識を集中するように目を閉じると、待機状態のISが粒子化、そして再集結して、IS本体が形成された。

 

ちなみにフィッティングが終了したISはその操縦者の身体にアクセサリー状になって待機している。セシリアはイアーカスフ。一夏はガントレットなんだが、何故防具なんだろうか。あれか、一夏の中ではガントレットはアクセサリーの一つと加算されているんだろうか。だとしたら結構な趣味だな。

 

「1.4秒か・・・やはり少し遅いな。黒瀬、手本を見せろ」

 

「うっす」

 

千冬さんに言われて、俺は自分の首に着いているチョーカーに意識を集中する。黒い月に舞い散る羽のイメージ、それが俺の『黒天』の構成イメージ。それを頭に浮かべた瞬間、ほぼ一瞬で粒子化と再集結を行い、俺の全身が黒い装甲で覆われて、形成が完了する。

 

「0.7秒・・・まあまあだな」

 

「まあまあって・・・判定厳し過ぎじゃないですか?」

 

しかもさっきか1.4とか0.7とか、どうして小数点単位で正確に時間を当てる事が出来るのだろうか、ストップウォッチもないんだがね。恐ろしいわぁ。

 

「よし、飛べ」

 

鋭い号令を受けて俺とセシリアはほぼ同時に飛び、そして一歩遅れて、一夏も俺達を追って飛んだ。

 

「どうした、スペック上出力は『白式』の方が『ブルー・ティアーズ』よりも上だぞ」

 

オープンチャンネルの千冬さんの声が聞こえて来る。近距離戦闘をメインとする『白式』、接近する為にどうしても推進力が上なのはわかる、だがどうもまだ一夏は空を飛ぶという行動に慣れていない様だ。それも当り前だろう。人間とは元々地面を歩く生き物であって、自分の意志で空を飛ぶ様には身体も意識も出来ていない。

 

だが、ISを搭乗する以上はそうもいっていられない。早めに慣れなければ、今後の実戦でもその思考と感覚が足を引っ張る事になるだろう。

 

「後でそこら辺の事を教えてやろうかね・・・うん?」

 

一夏とセシリアよりも高度のところを飛んで、上から二人を見てみると何やら二人・・・特にオルコットが楽しそうに話している。

 

「おやおや・・・」

 

二人を見ながら、小さく笑みが浮かんでしまう。どうやらオルコットは先日の『クラス代表者決定戦』以来、一夏が気になるようだ。当の本人の一夏は気付いていない様だが、遠目から見てもアピールを繰り返しているのがわかった。

 

「教えるのはオルコットに任せるか・・・邪魔するのも無粋だしな」

 

「一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く下りて来い!」

 

いきなり通信回線に怒鳴り声が聞こえ、地上を見ると篠ノ之が山田先生のインカムを奪って叫んでいた。

 

あらら、今日も荒ぶってるな篠ノ之は。どうも一夏との仲が元通りになってから教室でもよく一夏に突っかかるというか、干渉してくるようになったからな。

 

「青春してるな・・・みんな」

 

って、何枯れた中年みたいな事を言ってるんだ俺は。まだ十七歳だぞ、俺は。まだまだ青春しても良い年頃なんだぞ。もっと頑張ろうぜ、俺。

 

「よし、織斑、オルコット、それに黒瀬。急降下と完全停止をやってみろ。目標は地表十センチ。黒瀬は五センチだ」

 

「五センチね・・・了解」

 

だからなんで俺だけそんなにハードル高いのさ。確かに出来ない事もないけど普通でいいじゃん。必要かい、そんなハードル。俺は必要ないと思いますよ。

 

「ではお二人とも、お先に失礼しますわ」

 

そう言うとオルコットは一気に地面へと加速し、ほぼ完璧に地表へと停止した。さすがは代表候補生、うまいもんだ。あれなら確実に合格レベルだろう。

 

「うまいもんだなぁ」

 

「感心してる場合か、お前もやるんだぞ」

 

「っとと、そうだった・・・行くぞ」

 

グッと膝を曲げて、地面へと目を向ける一夏。うん、加速するならそれでもいいけど、やり過ぎ・・・お前、まさかと思うけど停止するの忘れてないよな・・・

 

「おい、一夏。ちょっと待―――」

 

ギュンッ―――

 

「――って、言わんこっちゃない!」

 

ギュンッ―――

 

嫌な予感がしたので、制止しようとした時には一夏は俺の前から地面へと向けて急降下していく。『瞬間加速』を使って、だ。さすがに一夏の腕では止まるに止まれない。そう判断した俺はこちらも『瞬間加速』を使って一夏を追う。

 

「うおあああああああああっ!?」

 

「悲鳴上げるくらいなら最初から加速すんなよっ!」

 

情けない声を上げる一夏へとジリジリと近づき、追い付くと首根っこを掴み、一気に身体を逸らして地面ギリギリ、鼻を掠める様にして、再び上昇するとそのまま通常速度で千冬さん達の前へ降り立つ。

 

「まったく、確かに急降下しろとは言ったが誰が『瞬間加速』を使えと言った」

 

「どうせ無意識でしょう。一夏だってこの距離で自分から使う様な馬鹿じゃないですよ、さすがに」

 

千冬さんの叱責に対してフォローを入れながら一夏の首から手を離して、ISを解除する。ベシャッと地面に落ちる一夏の前に篠ノ乃が歩み寄って来る。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

腕を組んで、立ち上がる一夏を睨みつける。どうやら一夏はあの日から篠ノ乃にISについて指導を受けているらしい。本格的に友好関係が元に戻ってとてもよろしいんじゃないかと俺は思っている・・・・実力の上達はさておきだが・・・

 

「大体だな一夏、お前というやつは昔から――」

 

「大丈夫ですか、一夏さん」

 

幼馴染からの小言が来ると思ったのだろう、思いっきり顔をしかめた一夏の元にオルコットがやって来た。

 

「いや、大丈夫だけど・・・零司が止めてくれたし」

 

「つまり俺がいなければお前は地面に大激突ってわけだ・・・少しは覚えろよ? お前のISのスキルなんだからな」

 

「うう、面目ない・・・」

 

「何事も経験ですわ、失敗は成功の元とも言いますし」

 

俺の言葉にうなだれる一夏。まあ、一朝一夕で覚えられるようなもんじゃないだろうけどな、IS技術なんてものは。しっかし、嬉しそうだなオルコット。つい先日まで俺や一夏を「極東の猿」とか言っていた人物には到底思えない。

 

「まあ、篠ノ乃さんの擬音だらけの教え方では全く話にならないのでしょう。やはり私が教える方が――」

 

「だからそれは私やっている!一夏の理解が追いついてないだけだ!」

 

どんな教え方かは知らないが、一夏の顔を見るととても微妙な顔をしていた。どんな教え方をしているんだろうか・・・擬音だらけとか言っている時点であまり良い教え方ではない様な気もするが。

 

スパァンッ!スパァンッ!

 

「おい、馬鹿者共。いい加減にしろ、授業が進まん」

 

篠ノ之とオルコットの頭に背後から出席簿チョップが投下。激痛に耐えているのか、プルプルと震えながら頭を押さえる。だからそれは女子に撃ち込むもんじゃないですよ、千冬さん。

 

「では次に武装展開。織斑、立て。そしてそこの馬鹿娘二人、いつまでうずくまってる。早く定位置に着け」

 

千冬さんの号令で皆が位置に戻って行く。一夏が失敗し、それに篠ノ之とオルコットが関わり、千冬さんが叱責する。いつもと変わらない授業風景。これを見て、一つわかる事が在る。

 

ああ、今日も平和だな。

 

 

 

 

「織斑君クラス代表決定おめでと~!」

 

「「「おめでと~!」」」

 

パンッ、パンパンパーンッ

 

軽快な音が食堂に響き渡り、クラッカーが乱射される。紙テープが一夏の頭の上にのしかかり、それをクラスメイト達が拍手で祝う。夕食後の自由時間。寮の食堂で一組のメンバーがそろい、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』がとり行われていた。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるね」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

何故か二組の女子が相づちを打っている。まあ、二組といわず他のクラスの女子達も来ているようだ。目に見える頭数だけでも三十人は軽く超えている。だがここ数日の視線で大分慣れてきたので、一夏も前よりは気を張ってはいないようだ。

 

「人気もんだな、一夏」

 

「・・・押し付けてきたお前に言われると悪意がある様にしか聞こえない」

 

「んなわけないだろうが」

 

「ほんとほんと」

 

「・・・ふん」

 

二組女子、君はなんでも相づち打つな。それはそうと一夏の隣に座っている篠ノ乃が明らかに不機嫌そうなんだが・・・どうかしたのか?

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生にしてクラス代表者、織斑一夏君。そして黒瀬零司さんに特別インタビューをしに来ました~!」

 

オー!

 

一同盛り上がって声を上げた。突撃インタビューか、行動力あるねぇ、さすが新聞部・・・って、待て。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

「待て待て。なんで俺にもインタビュー?」

 

「そりゃあ、IS使える男子ですし・・・それ以上に代表候補生に勝ったって話じゃないですか、こんなスクープな話を見過ごすわけにはいきませんからね!それに年上の一年ってのも妙な情報ですし、そっちの方も」

 

名刺を受取った俺にそう言いながらビシッと親指を立てる黛。ていうか、二年ってことはまだ年下か。考えてみれば、俺ってこの学園の最上級生と同じ年齢なんだよな。確かに妙ではある。

 

「ではではズバリ織斑君!クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

「えーと・・・なんというか、頑張ります」

 

「えー。もっといいコメントちょうだいよ~」

 

「自分、不器用ですから」

 

「うわっ、前時代的!」

 

そのセリフは俺も好きだが、何故そのセリフを選んだ、一夏。

 

「はい、じゃあ次は黒瀬さん」

 

「俺はクラス代表じゃないんだけどな」

 

「いいじゃないですか~。パンチが効いたのお願いしますよ」

 

そんな事を言われてもな・・・なんかあるかね・・・

 

「・・・俺は面倒が嫌いなんだよ」

 

「う~ん、なんだかパンチは無い気がするけどまあいいか」

 

あれ? 今のは別にそれに対して言った一言じゃないんだけど。ちなみに俺はアビスに誰かを招待したり、団地妻を乗り回したりしないぞ。

 

「じゃあ次にセシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

「でも私はコメントする事なんてありませんわ」

 

「お前もなんかコメントしろよ、オルコット。元を正せばお前がクラス代表者決定戦自体の発端だろ」

 

「そうだぞ、セシリア」

 

「・・・まあ、お二人がそう言うのでしたら」

 

・・・とか言いつつも満更じゃなさそうだな、オルコット。髪のセットもなんだか気合入ってるし、新聞部来るのわかってただろ、お前。

 

「コホン。では、まず何故クラス代表者決定戦が始まったか、事の発端を語りますと――」

 

「ああ、長そうだからいいや。写真だけで」

 

「そ、そちらからコメントしろとおっしゃったのに!」

 

「ねつ造しとくから良いよ。よし、じゃあ織斑君に惚れたからってことで」

 

「なっ・・・ななっ!?」

 

おお、顔が赤いなオルコット。図星を付かれたからってそんなに見え見えの反応してたら一夏に感づかれるぞ。

 

「何を馬鹿な事を」

 

――――あれ、一夏?

 

「え、そうかなー」

 

「そ、そうですわ!何を持ってそんな馬鹿な事を言っているのかしら!?」

 

言いながらオルコットが一夏を睨む。おいおい、そりゃあ無いぜ一夏。まんまだったじゃん。明らかだったじゃん。なんで気付かないんだよ。

 

「な、なんだよ零司・・・」

 

「いや・・・ちょっとな」

 

お前の鈍さにちょっとした眩暈を覚えただけだ。この男は・・・いつか唐変木・オブ・唐変木ズとか裏で言われる様になるんではなかろうか。リアルに想像できるぞ・・・

 

「はいはい、取り合えず三人で並んでね。写真撮るから」

 

黛はそう言って、肩掛けのバックからカメラを取り出す。一眼レフか、今時デジタルを使わないなんて良い趣味してるじゃないか。

 

「注目の専用機持ちだからねー。しっかり写真に収めないと」

 

「あー、黛」

 

ノリノリでカメラを準備し始める黛に声をかける。俺は頭を掻きながら、少し控えめに言った。

 

「俺は後でいい。一夏とオルコットで先に写真撮って」

 

「どうしてで―――ああ」

 

どうやら黛は俺の意図を察してくれたらしい。オルコットの青春の一ページだ。どうせなら好きな人とのツーショット写真でも残してやりたい。そんな年長者としての要らぬ世話心ってやつだった。

 

「まあ、そっちの方がねつ造情報と照らし合わせても面白いかもしれませんしね。わかりました。じゃあ織斑君とセシリアちゃんは並んで、握手とかしてくれるといいかもね」

 

「おい、俺は別にそう言うつもりで言ったわけじゃ―――」

 

「さあさあ、握手して握手」

 

「そ、そうですか・・・そう、ですわね」

 

モジモジとし始めるオルコット。いいね、初々しくて。こういうの見てるとちょっと面白くてニヤけてしまう。

 

「・・・・・」

 

だが篠ノ之からの攻撃的な視線がこちらに向くってのは誤算だった。そう睨むな、篠ノ之。並みの不良なら一瞬で黙らせられるような睨みをこちらに向けるな。怖いじゃないか、若干。

 

「・・・・・」

 

「?なんだよ?」

 

「な、なんでもありませんわ」

 

オルコットはきっと心の中では嬉しいんだろう。さっきから挙動が不審だ(いい意味で)。

 

「・・・・・」

 

「・・・なんだよ、箒」

 

「なんでもない」

 

睨みを一夏に向け直す篠ノ之。ところで一夏はあの視線を見てどう思うんだろうな。怖いのかね、やっぱり。

 

「じゃあ撮るよ・・・35×51÷24は~?」

 

「え?えっと・・・2?」

 

「・・・74.375・・・じゃね?」

 

「黒瀬さん、正解」

 

パシャッ

 

俺が答えを口にするとカメラのシャッターが切られて、フィルムに焼きつけられる。

 

「で、なんで全員入ってるんだ?」

 

だがそこに映されているのはきっと一夏とオルコットのツーショットではなく、俺を除いた一組メンバーが集結した映像だろう。早いね、君達。篠ノ之も一夏の前にいるし。恐るべし、うら若き十代の行動力。

 

「あ、あなた達!」

 

「まーまー、いいじゃないセシリア」

 

「セシリアだけ抜け駆けは無いでしょー」

 

「クラスの思い出になっていいじゃん」

 

「ねー」

 

クラスメイトからの言葉でオルコットは徐々に丸めこまれて行く。うーむ、本当に要らぬ世話だったようだ。

 

「う、ぐ・・・」

 

「まあ、そう落ち込むなよ。違う機会があるって」

 

「・・・そ、そう信じましょう」

 

苦虫をかみつぶしたような顔のオルコットはそう言うとため息を一つ吐いた。そうだな、ツーショットってのもいいかと思ったが、やっぱり写真は皆で映った方が見栄えいいか。それにこれもクラスの仲が良いって証拠だし。

 

「じゃあ次は黒瀬さんだけど・・・一人で映るのはちょっと寂しいわね」

 

「そうだな・・・さっきと同じでいいんじゃないのか?」

 

どうせ俺一人で映っても、味気ない十七歳がポツンと立っているだけの写真になってしまう。なんて写真だ。学校で撮る様なものじゃない。身分証明の顔写真じゃないんだぞ。想像しただけで泣けて来る。主に心が。

 

「よーし、じゃあ私が黒瀬さんの隣に――」

 

「ちょっと、さっき抜け駆け云々って言ったでしょ」

 

「公平に行きましょうよ、公平に」

 

言い争いを始める女子達。オルコットはヘコみ、一夏は苦笑し、篠ノ乃は一夏を睨んでいる。そんな中で俺は笑いながら並びが決まるのを待つしかできなかった。

 

こうして、『織斑一夏クラス代表就任パーティー』は続いて行ったのだった。

 

 

 

 

「え~、先に戻っちゃうんですか?」

 

「ああ、この賑わいは年寄りにはちょっとつらいからな」

 

「年寄りって・・・二歳しか違わないじゃないですか」

 

「二歳でも肉体は老化してるんだよ・・・てなわけで一夏、後は頼んだぞ」

 

「頼むって何をだよ・・・」

 

只今の時刻はもうすぐ九時半といったところ。俺は食堂から抜け出して、通路を歩き出していた。やばいやばい、女子のエネルギーは半端じゃない。年寄りには辛いってのは冗談だが、かなり疲れていたのは本音だった。

 

「元気だな、本当に・・・」

 

だけど、年頃の女子・・・いや、女子に問わずあの年代の少年少女はあれくらいのパワーがあるものなのだろう。

 

「十五歳か・・・」

 

十五歳、つまり俺からすれば大体三年前に当たる世代。その頃の俺はあんな誰かとワイワイ騒いだり、ふざけ合ったりしていただろうか・・・

 

「・・・愚問だね」

 

少し卑屈な笑いがこぼれた。そんなこと、しているはずがなかった。

 

頭の底にしっかりと焼き付いている。忘れる事のない・・・忘れる事が出来ない記憶。

 

三年前の俺はずっとISに付きっきりだった。

 

『特殊媒体開発実験所』、それが俺の三年前に居た場所の名前だ。ドイツの郊外、街から丁度雑木林を挟んで視界の通らない、隔離された実験場。銀色の壁と、白い蛍光灯、何に使用されるかもわからない機械。そして、機械なんかよりよっぽど無機質な研究員達。

 

それらに囲まれた状況で行われた、生活という名の実験。世界最初の男性操縦者と騒がれる事もなければ、賛美される事もない。誰にも知られぬままにただひたすらISに乗り続けた。

 

起動して、実験を行い、ノルマが終わったら解除し、休みと同じ事を繰り返す。まるで日が毎日上るのが当たり前の様に、俺の実験生活は俺の中で当り前のものと化していた

 

「思えば思うほど、殺風景で思い出の欠片もなんだな・・・俺って」

 

そして最終ノルマが達成され、実験が終わり、地獄から解放された。だがしばらくして、俺は駆り出された。砂塵が吹き荒れるあの地へ。

 

視界が闇に包まれる。耳の奥にあの音がリフレインする。思い出すな、意識はそう告げているにも関わらず、頭の中では次々とあの景色が浮かび上がってくる。

 

「は、はは・・・本当に・・・本当に・・・」

 

苦しい、息が詰まる。脳に酸素が回って来ない。嫌な汗が背中にわき出て来る。ザワザワと心が落ち着かない。警戒を怠るな。隙を見せるな。その手に握る物を絶対に手放すな。

 

「どうしようもない・・・」

 

進め進め進め、足を止めるな。立ち止まるな。どれも怠るな、怠れば―――

 

 

―――死ぬぞ

 

 

「黒瀬っ!」

 

「・・・っ!?」

 

声を聞いて、ハッと我に返る。すると目の前には俺の肩を掴んだ千冬さんの姿が合った。辺りを見ると、そこには黒い空間はなく、あの音も耳には聞こえない。それと同時に―――

 

「うっ・・・ぐ」

 

激しい吐き気と頭痛を感じる。おそらくそこそこ長い間の過呼吸と意識の混濁のせいだろう。胃袋の物をぶちまけそうになるのを必死に抑え、バランスの取れない身体を支えている千冬さんに預ける。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・はい」

 

俺が短く答えると千冬さんは小さく頷き、厳しい表情のまま俺の身体を支え続ける。幻視に幻聴・・・こりゃ酷いな。ISにすら乗っていないのに・・・

 

「・・・症状が出たのか?」

 

「もう、大丈夫ですから」

 

少し無理をして笑って見せる。だが千冬さんは厳しい表情を崩さないまま、俺を見ていた。

 

「本当に大丈夫ですから・・・そんな顔しないでくださいよ」

 

「お前の嘘が今まで私に通用した事があったか?」

 

・・・なかったような気がする。何をしても、嘘はバレれて叱られてきた。今も、どうやら無理して強がっているのもバレているようだな。こんな状況じゃ当り前か。

 

「・・・零司」

 

「・・・は、はい」

 

「ちょっと屋上まで出るぞ・・・」

 

「は?」

 

「教師に対する答えは『はい』だ」

 

「・・はい」

 

「よし、行くぞ」

 

そう言ってカツカツと歩き始める千冬さんに支えられながら、少し楽になって来た俺は歩を合わせる。付き合えって・・・何処に連れて行くつもりだろうか。

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

千冬さんに連れて来られたのは、寮の屋上だった。開けたその場所からは雲一つない空と煌々と輝く星と月がこれでもかというほどにはっきりと見えていた。

 

「・・・うわ」

 

千冬さんの隣から無意識に歩き出し、フェンスへと向かう。闇夜に散らばる星々は家に居た時にはこうもハッキリは見えなかっただろう。

 

「零司・・・ほれ」

 

「――っと」

 

振り返るといきなり千冬さんが何かを投げ、それをキャッチする。投げ渡されたのは缶コーヒーだった。

 

「帰りがけに買ったものだ。無糖と間違えてな」

 

確かに缶コーヒーには微糖と描かれている。確か千冬さんはブラックしか飲まないんだよな。俺もブラックの方が好きだが、微糖も飲まないわけじゃない。丁度、口の中に嫌な味が残っていたのでありがたく頂戴しておく。

 

「・・・あれは聞いていない症状だがな」

 

胃酸の残りを洗い流す様に缶コーヒーを口にしていると、千冬さんは少し責める様に言い放つ。あれというのは、さっきの廊下での出来事だろう。俺は表情を歪めながら、応える。

 

「あれも疾患の一つというか・・・疲れが出ると時々・・・本当に時々ですけど」

 

「・・・そうか」

 

プシッ

 

隣に移動して千冬さんは短く応えると、缶コーヒーのプルタブを開ける音が無音の夜に響く。

 

「・・・情けないですよね」

 

「何がだ」

 

「ISに乗らなくちゃ、ほとんど意味のない人間なのに。ISに乗れば暴走する・・・なんて」

 

皮肉った笑みを浮かべてしまう。実験や訓練。今までの人生で積み重ねたものが全て意味を無くす。俺の病気はそういうものだった。一年前に俺はドイツからこちらの日本へと帰国したのはそのせいでもある。

 

もはや使えはしないパーツ。利用価値のない非力な人間。使えたとしても、周りに被害を出すだけの欠陥品・・・

 

「まさに欠陥品ですよ・・・今の俺は」

 

「疲れの所為でブルーになっているのか」

 

「元々思っていた事ですよ」

 

素直に応える。日本に戻ってから、最初の方は地獄だった。日本政府から姿を隠し、家族であり、自分を匿ってくれている妹に害を加えまいと自分を封じ、悪夢で眠れない夜を過ごす。

 

ISが俺の手元から消えた事で、全てが変わってしまった。そう言っても過言ではないのだ。

 

「この学園に来て、本当に良かったのかって思ってもいるんです。俺にISに乗る資格なんてあるのかって・・・それに」

 

「・・・・」

 

「あなたの前に立つ資格があるのかって・・・」

 

缶を持つ手が震える。最初にこの学園に来いと千冬さんから電話が来たときは、嬉しかった。だが嬉しさの半面、後になって怖くなってきたのだ。今の俺を知って、千冬さんは俺の事を・・・嘗ての弟子をどう思うのだろうと。

 

「失望させてしまったのならすみません・・・俺は――」

 

「もういい、黙れ」

 

鋭い声が飛んだ。俺は口を噤み、隣の千冬さんを見た。

 

「泣き言なら大好きな妹にでも言え、甘える様に私に向けるな。反吐が出る」

 

「・・・すいません」

 

「・・・何故、立ち止まる」

 

今度は千冬さんがこちらを向いて、睨みつけてきた。その瞳は嘗ての俺の師匠、『ブリュンヒルデ』の織斑千冬の目をしていた。

 

「お前の足は飾りか、その眼球はガラス玉か。歩みを止めた足、見る事を止めた瞳。それらは何の意味もなさない」

 

「・・・千冬さん」

 

「私は言ったはずだ。過去に囚われるな、今を見ろと・・・私の言うことも聞けない弟子だったのか、お前は」

 

千冬さんの目を直視できなくなり、俺は目を逸らす。だが――

 

「目を逸らすな。教えたはずだ、私の話を聞く時は目を逸らすなと」

 

――そう言われ、視線を元に戻す。

 

「何よりも、お前はあの時、答えた筈だ」

 

「え・・・」

 

「IS乗りたい・・・そう言ったはずだ」

 

それは三月下旬のあの時に俺が電話で答えた事。そうだ、俺は確かに言った。ISに乗りたいと・・・言ったんだ。

 

「私はな、あの時のお前の答えを訊いた時に決めたんだ」

 

「決めたって・・・何をですか」

 

「お前を意地でもISに乗らせると・・・そしてその精神疾患を治し、一流のIS乗りにする、とな」

 

「なんで・・・」

 

なんでそんな・・・そこまでしてくれるんだ。もう俺とあなたは・・・違うはずだ。()()()()()()()から、全部違うはずだ。なのに・・・どうして・・・

 

「なんで、だと?」

 

俺の問いかけを復唱し、瞳を閉じて千冬さんは呆れたようにため息を吐くと、俺に微笑みかけた。

 

「ここはIS学園で、私は教師、そしてお前は生徒だろうが。そんな単純な事も理解できんのか、馬鹿弟子が」

 

言いながら千冬さんは一歩前に出ると、俺の頭に手を置いてクシャッと優しく撫でた。嬉しさと懐かしさで感情が押し潰されそうなるのをこらえながら、千冬さんの言葉に耳を傾ける。

 

「お前は私の生徒で、私はお前の教師だ。形は違えど、ここだけは三年前と同じだ」

 

「何もかも・・・違いますよ」

 

「そんなことはない・・・根本的な事は変わっていないさ」

 

そう言う千冬さんに俺は笑みを返す。どこまでも優しい、俺の心を洗う様な、そんな微笑を浮かべる憧れの人。その存在が、今目の前に居てくれる事の嬉しさに涙を流しそうになる自分を隠す様に。

 

「ここには私が居て、そしてお前が居るという事だ」

 

スッと頭から手を離し、千冬さんは冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干し、出口へと歩いて行く。そんな後ろ姿を見詰めるしか、呆けて立つ俺には出来なかった。

 

「毎週、火曜と木曜、午後九時から十一時の間、第三アリーナを借りる事に成功した」

 

「第三アリーナ・・・」

 

「そこでお前の治療を行う・・・一つのショック療法だ」

 

何処までも厳しく、何処までも優しかった。織斑千冬、師であった頃のこの人はそういう人間だった。そしてそれは今でも変わってはいない様だ。

 

「確実な効果があるかわからん。だが手は尽くす・・・いいか、午後九時からだ。絶対に来い」

 

「・・・は・・・はいっ!」

 

震える全身を押さえ、声を絞り出し、俺は返事をする。その返事が満足したのか、千冬さんは何も言わずに屋上を後にして行った。

 

「・・・・今を見ろ・・・・か」

 

空を見上げる。満点の星空に浮かぶ月。そう言えば昔も、千冬さんと一緒にこんな月を見た事が合った。剣を交え、言葉を交え、支えてくれた大切な・・・何よりも大切な師匠と共に。

 

だけど、この月は確実にあの時の月ではない。あれから三年が経って、今現在俺を照らしつけている月なのだ。

 

「苦労は・・・あるだろうな」

 

今すぐに前を向けるかといったら、わからない。何度も、過去に足を囚われるかもしれない。でも・・・それでも・・・・

 

「今を・・・歩いて行こう」

 

そう、決めたから。

 

「ありがとう・・・千冬さん」

 

俺は過去の師であり、今の師でもある女性に礼を言って、受け取った缶コーヒーを開けて、一気に飲む。冷め切っているはずのコーヒーは、何故か温かさを感じる味だった。

 

 

 

 

「ふぅん、ここがそうなんだ」

 

星空が照らすIS学園正面ゲート前。小柄な身体にボストンバックを抱えた少女が一人、立っていた。

 

「ずいぶん遅くなっちゃったわね・・・・で、受付って何処にあるのよ・・・」

 

くしゃくしゃの紙切れを手に歩き出す少女の左右に結ってある髪を夜風が揺らす。その足取りは何処か苛立ちを含んでおり、ズンズンと学園内へと進んで行く。

 

「もう少しまともな地図とか渡してくれればいいのに・・・気が利かないんだからも~」

 

文句を言っても始まらない。とにかく進む、それが彼女の判断だった。活動的な少女に取って小難しく考える事はなるべく避けたかった。

 

「こんな時間だっていうのに出迎え一つないんだから・・・・ん?」

 

きょろきょろと辺りを見渡すとふと少女の視線に人影が移った。学園の人間かもしれない、そう思い、少女は人影に駆け寄ろうと足を動かすが・・・途中で足を止めてしまう。

 

「・・・・・」

 

空から降り注ぐ月の光が人影を照らし出すと、それが女性だということが分かった。深いブロンド色のロングヘアーに真っ白な白衣を着た、少女が足を止めるほどの美女だった。見た限り年齢は十八から二十くらいだろう。優しそうな顔は学園を見ながら、小さく微笑んでいた。

 

「・・・・あ」

 

女性はこちらに気付いたのか、小さく声を上げて少女を見るとこちらに歩み寄って来た。

 

「こんにちは」

 

「こ、こんにちは」

 

大概の事ではもの動じない少女だったが、少々上ずった声になってしまった。それだけ綺麗な女性なのであると言えよう。

 

「あなたはここの生徒なんですか?」

 

「あ、えっと・・・あたしはまだ転入したばっかりで」

 

「あ、そうなんですか・・・じゃあ校舎内の事とかわからない・・・ですよね?」

 

「うん、まあ・・・そうなるわね」

 

「そうなんですか・・・はぁ」

 

女性は肩を落として、ため息を吐いた。どうやらこの女性は学園関係者ではないようだ。だけどだったらなんでこの場所にいるのだろう。見たところ科学者の様に見えるが・・・

 

「本校舎一階総事務受付・・・何処なんでしょうか・・・」

 

女性は「う~ん」と顎に手を当てて、呟いていた。本校舎一階総事務受付・・・それは丁度少女が向かっているところと同じところだった。

 

―――どうせなら一緒に探したほうが手間省けるし、良いかもね。

 

「あの・・・あたしも受付探してるんだけど」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「そう、だから一緒に探さない?もしよかったらだけど・・・」

 

「もちろんです!一緒に探しましょう・・・えっと」

 

女性はこちらの呼び名に困っているのか、少し戸惑う。それに気付いた少女は自分の名前を口にする。

 

(ファン)鈴音(リンイン)よ、鈴でいいわ・・・あんたは?」

 

「はい、私は――」

 

ヒュウゥゥ―――

 

突風が吹き付け、ふわりと髪が揺れる。再び嫉妬するよりも早く目が奪われる様な美しい笑みを少女に向けて浮かべると、女性はこう続けた。

 

「―――黒瀬奏と言います・・・よろしくお願いしますね、鈴さん」

 

EP5 End

 

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