IS もう一つの翼   作:緋星

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EP6 来客者

「黒瀬さん、転校生の噂聞いてますか?」

 

「転校生?」

 

朝。席に着くなり青嶋が話しかけてきた。初対面から十日経った今ではもはや青嶋に最初のびくついた様な様子はなく、気兼ねなくこちらに話しかけて来るようになっていた。オルコットを抜けば、クラスメイト女子の中で一番最初に友達となってくれた女子でもある。

 

「いや、そんな話は聞いてないな・・・一夏、お前は何か聞いてるか?」

 

「俺も初耳だ・・・というか、こんな時期に転校生かよ」

 

首をかしげる一夏の言う通りだ。今は四月。この時期ならば普通、入学式にまとめてやるものだろう。それなのに何故転入なのだろうか。

 

「どうやらその娘、中国の代表候補生みたいなんですよ」

 

「中国の・・・代表候補生ねぇ」

 

代表候補生といえば、うちのオルコットもイギリスの代表候補生だが・・・ああいう娘は一人でお腹いっぱいというか・・・これ以上増えられても五月蠅いというか・・・

 

「あら、何か失礼な事を考えてなくて?」

 

「なんでも・・・そう言えばお前も代表候補生だよなって思っただけだ」

 

ひょっこり現れたオルコットに無難な答えを返し、鞄から一時間目の用意を取り出す。

 

「やっぱり強いのか?」

 

「ま、だろうな。仮にも代表候補生だ、生半可な奴ではなれんよ」

 

オルコットだって、年の割にはかなりの技術を持っている。しかも代表候補生となるにはISの操縦技術だけではなく、知識や姿勢もしっかりしなくてはならない。その点、オルコットは感情的ではあるが、変に突かなければちゃんとした姿勢で物事にのぞんでいる。

 

「・・・今のお前は他の女子を気にしている暇なんてないと思うがな、一夏」

 

一番窓際の席にいた篠ノ之がこちらにやって来て、一夏に言う。

 

「来月にはクラス対抗戦だ、それなのにそんなことで浮かれてる場合か」

 

「う、浮かれてなんてないだろ」

 

妙に刺々しい篠ノ之に苦い顔をしながら反論する一夏を見ながら、そういえばと俺はクラス対抗戦の事を思い出した。

 

クラス対抗戦、その名の通りクラス同士で戦うリーグマッチ。なんでも本格的なIS学習が始まる前に、現段階での実力指標を作る為の簡単なテストのようなものらしい。出るのは篠ノ之の話しに出ている様に無論の事ながら、クラス代表である一夏だ。

 

「いきなり大役だな、一夏」

 

「だから押し付けた本人が言うなよ・・・」

 

「自信はどんなもんだ?」

 

「・・・まあ、やれるだけはやるつもりだよ」

 

「やれるだけでは困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」

 

「そうだぞ。男たるものそんな弱気でどうする」

 

「織斑君が勝てばクラス皆が幸せだよ。ね、黒瀬さん」

 

「そうだな、俺達の幸せを勝ち取ってくれよ」

 

俺、篠ノ之、オルコット、そしてクラスメイトに好き放題言われて、一夏の顔がどんどん苦々しいものへと変化していく。どうも顔を見る限り、一夏のIS操縦はどうも上手くいっていないらしい。

 

だが、俺はその事に関してはちょっと信じ難かった。

 

俺が見た、一夏の動き。クラス代表者決定戦の時に見せた動き。俺の背後から近付き、すれ違いざまに『Dalia』を叩き切って、空中でターン、俺に向けて構えを直した。

 

なんというか、動きに無駄が少なかった。オルコットを護ろうと必死だったのかもしれないが、それでも俺は一夏にIS乗りとしてのセンスを感じ取っていた。

 

「織斑君、頑張って」

 

「フリーパスの為にも」

 

やいのやいのと楽しそうな女子一同。ちなみにフリーパスとはクラス対抗戦の優勝賞品である学食デザートの半年フリーパスだ。俺からすれば食べ物で釣るのかって思うが・・・女の子は甘いもの大好きだからな、仕方ない。

 

「お、おう・・・」

 

「そんな自信無さそうに返事するなよ・・・お前なら出来るさ」

 

そう笑いかけてやると、一夏はポリポリと頭を掻いて、小さく息を吐いた後に言った。

 

「ま、まあ・・・零司がそう言うならな、やってみるさ」

 

「そうだ、それでいい」

 

ポンと肩に手を置くと、一夏は少し自信なさげに、しかし先ほどよりはマシな表情で頷く。最初から気が滅入っていたら、何をやっても駄目だ。メンタル面でもしっかりしていくこと。それはISに関わらず、他のスポーツや勉強にだって関わってくる。病は気から、とも言う。

 

「それにそんな気を張らなくてもいいって。今のところ専用気持ちのクラス代表は一組と四組だけだから、楽勝だよ」

 

「―――その情報、古いよ」

 

励ます様なクラスの女子の言葉に応じる様に扉の方から声がした。何事かとクラスの女子と俺、そして一夏がそちらを向く。

 

そこには腕を組んで、片膝立てながらドアにもたれかかる女子生徒・・・誰だ?

 

「二組も専用気持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝させないよ」

 

「鈴・・・?お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告にきたってわけ」

 

小さく笑みを漏らす少女。なるほど、この娘が中国の・・・なんだかオルコットと違った意味で面倒くさそうなのが来たぞ。というか一夏、お前はその娘と知り合いなのか?

 

「何カッコつけてるんだ?全然似合わないぞ」

 

「んなっ・・・!?なんて事を言うのよ、アンタは!」

 

「おい」

 

「何よ!」

 

バァンッ!

 

もはや聞きなれた出席簿と頭蓋骨がぶつかり合う音。少女の後ろに佇むはスーツ姿の鬼。どうやら千冬さんの登場らしい。てか、ちょっと音が大きい気がするんですけど・・・返事が乱暴だったからかね。ご愁傷様です。

 

「もうSHRの時間なのだが・・・お前は何をやっている」

 

「ち、千冬さん・・・」

 

「織斑先生だ・・・まったく、どいつもこいつも。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「は、はい・・・すみません」

 

さっきまでの威勢の良い態度は何処へやら、まるで蛇に睨まれた蛙の如く、ビクビクと震えて道を開ける。怖いよね、千冬さん。そうなるのが普通だよね。

 

「ま、また後で来るからね!一夏、逃げない事!」

 

「何故俺が逃げる」

 

「それと・・・黒瀬って奴いる?」

 

「俺だが?」

 

小さく手を上げて、アピールするとこちらに気付いた・・・ええと、凰はビシッとこちらを指差してきた。

 

「あんた、今日の昼休み学食に来なさい!絶対よ!」

 

「それでお前はいつまでここにいるつもりだ・・・さっさと戻れ、それとももう一発くらいたいのか?」

 

「い、いえ!すぐに戻りますっ!」

 

ドスの聞いた千冬さんに言われ、凰は二組へと猛ダッシュで駆け抜けて行った。おーい、代表候補生、廊下は走っちゃいけませんよ~。

 

「っていうかあいつ、IS操縦者だったのか。初めて知った」

 

「・・・一夏、今のは誰だ?知り合いか?偉く親しそうだったな?」

 

「い、一夏さん!?あの子とはどういう関係で―――」

 

篠ノ之&オルコットの質問によって一夏に対する集中砲火の口火が切られそうになる。女子諸君、今はいかん、そいつに手を出すな!

 

スパパパァンッ!

 

「お前らは私の言う事が聞こえないのか、それとも聞こうとしていないのか?」

 

「「せ、席に着きます・・・」」

 

流れる様な出席簿チョップが彼女達の頭上に撃ち込まれた。ああ、言わんこっちゃない。

 

 

 

 

「お前のせいだ!」「あなたのせいですわ!」

 

「なんでだよ・・・」

 

昼休みに入って、開口一番に聞こえてきた文句に一夏はため息を吐いて応えていた。そういえば午前中の授業、篠ノ之とオルコットはやたら出席簿チョップの餌食になっていたな。だがそれで一夏に当たるのはちょっとばかし理不尽の様な気もするが・・・

 

「二人とも、理由も言わずにそりゃないぞ。とりあえず飯でも食いながらゆっくりと文句を言え・・・一夏、行くぞ」

 

「おう。二人とも、行こうぜ」

 

他にも何か言いたげだったが、二人はブスッとした表情のまま、クラスの女子数名と一緒になって一夏の後ろについて来ている。なんか後ろに女子連れて飯に行くっていうのが日常風景と化してるよな・・・

 

「・・・おや、ずいぶんと賑やかだな」

 

学食に着くと何やら人だかりができていた、いや、昼休みだから人が集まるってのは当たり前なんだけど、なんかやたら一つの席に集まっていて・・・あれだ、まるで芸能人を喫茶店とかで見かけて、一般ピーポーが集まってる感じ、アレに近い。

 

「誰か著名人でも来てるのかね」

 

「さあ、そんな話は聞いてないぞ・・・箒とセシリアはなんか知ってるか?」

 

「いや」

 

「さあ、知りませんわ」

 

後ろの女子生徒達も首をかしげる。まあ、とりあえず人だかりのおかげで食堂のおばちゃんの前が空いてる。今のうちに食事を―――

 

「あ、黒瀬さんだ!」

 

「本当だ、黒瀬君グットタイミング!」

 

券売機へと進んで、金を入れていると人だかりの中から声が上がり、数人の女子がこちらに寄ってくる。は? いきなりなんだ?

 

「黒瀬君、こっちこっち!」

 

「あの、意味がよくわからないぞ三年生」

 

「いいからこっち来てください!」

 

人混みからやって来た二人の女子、学証を見る限りではどうやら二年生と三年生の二人組の様だ。二人はこちらの意見を聞かずに、俺に詰め寄ってきた。

 

「わ、わかったわかった・・・一夏、飯買っといてくれ。金はもう入れてあるから」

 

「何買うんだ?」

 

「任せる・・・だからそんな引っ張んないでくれ二年生」

 

一夏へと食券を任せて、三年生と二年生に腕を引かれながら人混みへと入って行く。むおう、女子の匂いで充満しとる・・・ちょっときついな・・・

 

「はいはいどいて!主役のお通りだよっ!」

 

「どいてくださ~い!」

 

人混みを割って、前へ前へと進んで行く。そんな中で、俺の耳にとある声が聞こえた。

 

「いえ、だから私は本当に・・・姉じゃないんですって」

 

混雑した人混みの中でもわかる、ずいぶんと聞き慣れた声。でもまさか、こんなところにいるはずがない。いや、いるかもしれないけどなんで・・・

 

「・・・プハッ・・・はい到着」

 

「つ、連れてきましたよ~」

 

完全に人ごみから抜け切ると、この波の中心となっているテーブルに行き着いた。そしてそこには、俺の予想していた人物が白衣姿で控えめに座っていた。ブラウンの長髪に俺と同じ青い目、ドイツ人の祖母から受け継いだ瞳の輝きは俺と同じものを宿しており、一目見た瞬間、驚きのあまり少し息を飲んでしまった。

 

「あ・・・兄さん・・・」

 

「か・・・奏?」

 

そこにいた俺の事を兄と呼ぶ少女を見て言葉を失い、固まった。

 

黒瀬(くろせ)(かなで)。そこにいたのは俺のこの世界で最も大切に思う存在。俺の唯一無二の妹だった。

 

「ど、どうしてお前がここに?」

 

「えっと・・・その、ちょっと理由があるんだけどね」

 

何処か困った様にえへへと笑いながらに頬を掻く。理由ってなんだろうか、奏がこの場所に自分の足で来るなんてよっぽどの事だ。

 

「理由って・・・一体なん――」

 

「へぇ、本当に妹さんだったんだ・・・てっきりお姉さんだと思ってた」

 

ピシッと俺の身体が動きを止める。その言葉は人混みの中から出た言葉であり、何気ない感じで出た一言だった。

 

「本当だよね。見た目、完全に私達よりも年上だもんね」

 

グサッ

 

「なんだか弟を待ってる姉って感じだったもんね・・・見た感じ」

 

グサグサッ

 

「う~ん・・・やっぱり黒瀬さんが弟にしか見えないな~」

 

グサグサグサッ!

 

「ぐ、グフッ!」

 

「に、兄さん!?」

 

心の痛みに耐えかねた俺は奇妙な声を上げて、その場に跪いた。正直、周りの人間がそう見てしまうのもわからないではない。何せ奏ではどっからどう見ても、成人した女性に見えるほど身体が成長している。身長も俺とそう違いないし、落ち着いた風貌が在るから・・・ああでも痛い、痛いよ、心がさ。年下に見られるほど情けない兄に見えるのかね、俺って。

 

「い、いや・・・大丈夫だ・・・ドミナントの力、こんなものではない」

 

何処ぞの隊長式に気合いを注入し、立ち上がる。こんな心の傷なんざ痛くねえさ。若干塩塗り込まれて、のた打ち回って苦しんでるくらいだし。

 

「お~い、零司。飯取って来たんだが・・・」

 

「あ、織斑君だ!」

 

人混みの向こうが側から一夏の声が聞こえる。それに注意が引かれたのを見計らって、奏が声を上げる。

 

「じゃ、じゃあ皆さん。ありがとうございました、おかげで兄に会えました」

 

「ああ、そんなこと良いよ。それよりも、黒瀬奏先生に会えただけで私達は光栄だし」

 

「そうそう、本当にびっくりしちゃったんだから」

 

「よぅし、じゃあ後は兄妹二人で話させてあげましょ・・・はい、これ・・・じゃあね、黒瀬君」

 

「お、おう・・・・ありがとう」

 

俺の腕を引いていた三年生は一夏から受け取った飯をバケツリレー式にして俺に渡すと、ウィンクしてひらひらと手を振ると人混みは一夏へと向かって行った。ありがたい。正直、奏にとっては人混みも少し避けて欲しいくらいだからな。

 

「奏・・・」

 

「えっと・・・来ちゃいました」

 

ワイワイガヤガヤと一夏の周りへと向かって集まって行く中でちょっと控えめの笑みを浮かべる。俺は机にきつねうどんの乗ったお盆を置いて、そんな奏の隣に腰を下ろし、ため息を吐いた。

 

「お前なぁ・・・こっち来る時は連絡くらい入れてくれよ。驚くだろ?」

 

「ごめんなさい、急に来る事になったから・・・」

 

「次からはちゃんと連絡するように」

 

「そ、それを言うなら兄さんだって・・・ちゃんと連絡くれなかったじゃないですか」

 

むぅと頬を膨らませる奏。連絡? はて、何の事だろうか。特に何か連絡するような事あったか?

 

「兄さん、IS学園に入る時に連絡なんて一言だけで・・・もっとちゃんと話して欲しかったです」

 

「あ、ああ・・・あれか・・・あれはほら、急いでいたし――」

 

「そんなのいい訳ですよ・・・織斑教官さんからの連絡でちゃんと聞いたんですから」

 

本音を言うと連絡する事でもないかなって思ったんだけどね。我が妹はしっかり者だし。しかし千冬さんめ、余計な事を・・・

 

「あれから『黒天』を作るのだって大変だったんですからね。急ピッチで進めて・・・束さんに進言した時にもからかわれたり・・・」

 

そう言ってさらにムクれる奏。おいおい、拗ねるなよ。ちょっと連絡しなかっただけじゃないか。そりゃ、奏は結構心配症だから機嫌損ねるかな、なんて事も思ったが・・・うん?

 

「・・・『黒天』を・・・作る?」

 

「はい。急ピッチで。束さんからコアもらってから一週間で作りましたよ」

 

奏は言うと肩を竦めて、その横で俺は顔をしかめる。さすがは天才。やる事が違う。

 

自分で言うのもなんだが、俺の妹、黒瀬奏は天才である。どれくらい天才かというと、IS制作者である篠ノ乃束のISについての無茶苦茶理論を理解し、それに対して反論、そこで束さんに認められ、齢十五歳で彼女と同じくIS作成に関わっているくらいの天才だ。そして何よりも現段階のISの花形ともいえる第三世代ISの作成に大きく貢献した人物でもある。さっきの女子の黒瀬奏先生とはこういうことなのである。

 

だが、俺が驚いたのはそこではない。

 

「お前、自分で指揮とったのか?」

 

「ちょっとだけだよ・・・ほんのちょっとだけ」

 

そう訊くと曖昧に笑いながら、目を逸らして奏は言う。そんな彼女に少し詰め寄り、俺は口を開いた。

 

「奏」

 

「な、なに?」

 

「俺の目を見ろ」

 

「うっ・・・」

 

俺が今度は真剣に訊くと、奏は言葉に詰まった様に声を上げた。そんな反応を見て、俺は眉を顰める。この反応、嘘を付いているな。

 

「・・・無茶しちゃダメだって言ってるだろ?」

 

「ご・・・ごめんなさい」

 

俺がちょっと怒った風にため息混じりで言うと、シュンとなって素直に謝った。まったく、少しは俺に対する心配症を自分の方へと向けて欲しいものだ。

 

「お前は身体が弱いんだから・・・な」

 

「ごめんなさい・・・」

 

「わかればよろしい」

 

うなだれる奏の頭の上に手を置いて、優しく撫でてやる。奏では生まれつき、身体が極端に弱いのだ。だからあまり無理して欲しくはないのだが・・・俺は奏での落ち込んだ表情に非常に弱い。どうもこんな顔されると、許してしまいたくなってしまうのだ・・・このシスコンめが。

 

「・・・で、ここにはどんな用事で来たんだ?」

 

「えっと、『黒天』の整備と・・・あと最終調整ですね」

 

「最終調整ね・・・ってことは俺もその場に居合わせた方がいいのか?」

 

「はい、その事を言う為にここで待ってたんです」

 

顔を上げて、奏はそう言った。なるほどね。確かに一週間やそこらで注文された機体を作るなんて事はそうそうな事で合ない。ましてや訓練機ではなく専用機だとすれば余計そうだろう。その上ISは並みの兵器なんかよりも整備が難しい。

 

「鈴さんが昼頃にここに来れば会えると連絡してくれて・・・」

 

「鈴?・・・・ああ、あの五月蠅い奴か」

 

「誰が五月蠅いのよ! 誰がっ!」

 

背後から突然声をかけられ、少し驚きながらも声のした方へと首を動かすとそこには中国の代表候補生殿が腰に手を当てて、立っていた。

 

「あ、鈴さん」

 

「やっほ、奏。あんたの兄貴、ちょっと失礼じゃない」

 

俺に向かってそう言うと奏での隣に腰をかける凰。そういえばこいつは教室に来た時に食堂に来いとか言っていたが、奏の事だったのか。

 

「なんか凰と親しそうだが、なんで?」

 

「昨日、こっちに来た時に一緒に受付を探したんですよ」

 

「結構かかっちゃったけどね」

 

「そうだったのか・・・凰が一緒にね」

 

苦笑する二人の話を聞き、俺は凰に向けて頭を下げる。

 

「な、何よ、急に・・・」

 

「妹が世話になった、ありがとう」

 

「・・・あ~、そういうのいいから。むしろあたしの方が助かったんだしさ」

 

「しかしな・・・」

 

「いいったらいいの。私は奏に助けられた方なんだから、頭下げられる事なんて一つもないの。だから頭上げてよ」

 

「そうか・・・ありがとう」

 

少し恥ずかしそうにする凰に言われた通り、俺は頭を上げた。ただ騒がしい娘かと思ったが、結構さっぱりとした良い娘だな。いい知り合いじゃないか、一夏。

 

「まあそれよりさ・・・あの話、本当なの?」

 

「話?」

 

そんな事を俺が考えていると、凰は俺に問いかけてきた。先ほどまでの表情が少し好戦的なものに変わっていた。

 

「本来、クラス代表者になるはずだったのって、あんただったって」

 

おそらく、言ったのはプライドの高いオルコットではなく、一夏だろう。なんかあいつ、未だにクラス代表者に持ち上げたのを少なからず文句を言っていたからなぁ。

 

「まあ・・・な。だけど俺はそんな器じゃないしな」

 

「イギリスの代表候補の腕前がどんなもんか知らないけど、やるじゃん、素人で勝つなんて」

 

「・・・素人?」

 

「ん、まあな」

 

ちょっと首をかしげそうになった奏にアイコンタクトで理由を告げると、理解したのか慌てて口を噤んで、小さく頷いた。ただでさえ注目される立場なのに、下手に口を滑らせたらそれこそ大変な事になる。

 

「まっ、あたしはそこまで甘くないけどね」

 

幸い、凰は今の仕草で気付く事はなかったようで、話を続けている。

 

「もしあたしと対戦する時はコテンパンにのしてやるから、覚悟しなさい」

 

「俺にも宣戦布告か・・・血気盛んだね」

 

「それに、そう簡単にはいかなくてよ」

 

凰の宣戦布告に俺が肩をすくめていると、向こうの席から一夏達と一緒にオルコットが現れると、そう言った。

 

「少なくとも、私が見る限りでは黒瀬さんの腕前は確かですわ。悔しいですけど、それは認められます」

 

「負けた人に言われてもねぇ」

 

「わ、私だっていつかは勝ちますわ!」

 

オルコットは一瞬、言葉に詰まったが、すぐに言い返した。しかしここまでオルコットに実力を認められているとは思わなかったな。ちょっとくすぐったいな、こりゃ。

 

「でも本当に零司は強いぜ、鈴。絶対に甘い相手じゃない」

 

「ふぅん・・・一夏までそう言うんだ。なんかちょっと対戦してみたくなってきた」

 

「だけど、その前にクラス対抗戦があるだろ、お前さんは」

 

「そうね。じゃあ、軽く優勝して、とっととあんたと対戦しようかな」

 

「えらく余裕だな」

 

「そりゃあね、あたし強いし」

 

「それはそれは・・・対戦、楽しみしてるよ」

 

「そうね、その時は思いっきりやらせてもらうわ・・・・悪いわね、奏」

 

奏に向かって余裕の笑みで言うと、ちょっとムキになっているのか、硬い表情で凰に対して力強く答えた。

 

「大丈夫です、兄さんは負けませんから」

 

「あはは、そっかそっか・・・ま、冗談抜きで楽しみしておくわ、それじゃね」

 

凰はそう言い残し、食堂から去って行った。ふむ、中国代表候補生、凰鈴音ね。戦うかどうかはわからんが・・・どんなものかね。いざという時の為にもクラス対抗戦を見てみて、対策でも考えるかな。

 

「どれほどの腕前なんかね・・・ん?どうしたオルコット?」

 

「・・・・絶対に!」

 

両手の拳を握りしめて、オルコットは急に声を上げた。おお、いきなりどうしたというんだ。何を荒ぶっているんだ、お前は。

 

「絶対に負けてはいけませんわ! いいですか、一夏さん!?」

 

「へ?」

 

「一夏さん!」

 

「は、はいっ!」

 

どうやらオルコット的には自分があの凰に軽く見られた事が気に食わなかったんだろう。よ~し、頑張れ一夏。クラス対抗戦、楽しみにしてるぞ。

 

「それに・・・黒瀬さんも!」

 

「・・・は?俺も?」

 

急にこちらに向けたられた矛先に驚いて、気の抜けた返事を返すとオルコットはこちらに詰め寄って来た。

 

「宣戦布告されたんですのよ!? 絶対に、絶対に負ける事は許されませんわ! わかっていますわよね!」

 

「わ、わかってますわよねって・・・・俺は別に・・・」

 

「わ・か・っ・て・ま・す・わ・よ・ね・!」

 

「りょ、了解した・・・了解したから離れてくれ、顔が近い」

 

オルコットの気迫に少し気押されて、俺は苦笑を浮かべながら頷くと彼女のおでこに人差指を立てて、後ろに下げる。食いつくなら俺じゃなくて一夏にしなさいよ・・・先にクラス対抗戦で戦うのは一夏だろうに。まあ、オルコットもなんだかんだで心配してくれているんだろう。そう考えるとやっぱり嬉しいものがある。

 

「・・・? 何を笑っていますの?」

 

「いやいや、頑張らんとなってね」

 

「今更そんな事を・・・まったく、そんな調子では先が思いやられますわ。一夏さん、今日の放課後に私がみっちり訓練して差し上げますわ」

 

「一夏、放課後は『私と』訓練するんだ。そう決めていただろう」

 

一夏の後ろから現れた篠ノ乃がオルコットと睨み合う。本当にこの二人は張り合うな・・・まぁ、若い時は切磋琢磨していくことが大事だよ、うん。

 

「・・・じゃあ兄さん、私は『黒天』の整備をやらなくちゃいけないから」

 

そう言って腰を上げる奏。俺が授業を終えるまでに整備を終えておかないと、最終調整へと移れないらしい。

 

「わかった・・・でも無理だけはするなよ」

 

「わかってます・・・そんなに心配しなくても大丈夫なのに」

 

「俺の大切な妹に何かあったら困るからな」

 

「そ、そういうことはそんなサラッと言わないでくださいよ、もう・・・そ、それでは皆さん」

 

一夏達に頭を下げると恥ずかしそうに頬を染めながら速足で食堂を出て行く奏を見ながら俺は笑んでいた。まったく、相変わらず可愛らしいな奏は。

 

「今のって・・・お前の妹か?」

 

「ああ、黒瀬奏・・・俺の大事な妹だ」

 

「そうか・・・綺麗な人だな」

 

「だろう?」

 

だけどお前にはやらんぞ、絶対にな。だってお前にはほら・・・

 

「・・・一夏、早く教室に行くぞ」

 

「・・・一夏さん、早く教室に戻りましょう」

 

「え?・・・え?」

 

両腕を掴まれて学食から強制連行されて行く一夏。お前には二人の鬼が居るじゃないか、それで満足しろ。お前に女神はもったいない。

 

「千冬さんといい、言葉に気を付けた方がいいぞ」

 

「ちょっと言ってる意味がわからない・・・って、二人ともなんでそんな怖い顔して俺を引っ張るんだ。止めてくれ、変な汗が止まらな――」

 

「頑張れよ~・・・さてと」

 

消えて行った一夏に手を振って見送った後、俺は目の前に置き去りにされていたうどんを摘むと口へと運ぶ。

 

「・・・・・・マズッ」

 

当り前というか、俺のきつねうどんはこれでもかというほど伸びきっていた。結果だけ言えば、俺は昼飯を食いそびれてしまったのだった。

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「あ~、終わった~・・・」

 

本日の授業終了のチャイムが鳴り、千冬さんが去った後に一夏の声が聞こえてきた。あいつ、今日も授業全然分かんなかったみたいだな。昨日は予習として内容を教えた筈なんだがな。

 

「一夏さん、第三アリーナへ行って訓練しましょう。絶対に負けらせんもの」

 

「あ、ああ・・・わかったよ・・・ただちょっと部屋に戻る用事があるんだ、先に行っててくれ、セシリア」

 

その上にオルコットと共に教室を出て行く。頭の疲労と身体の疲労が同時に与えられる・・・一夏、お前はこの学園に来て正解だったのか? なんだか自分で自分を追い込んでいる様な気がするんだが・・・まあ、お前の意志を言ったところでどうしようもないんだがな。

 

「・・・俺も行くか」

 

二人が出て行って少しした後、俺も椅子から立ち上がり、教室を出て『黒天』のある場所、第二アリーナへと向かう。二人の行動を止めるにしてもタイミングを失ってしまったのだから仕方ない。別に面倒くさかったとかそういうわけじゃない・・・・本当だぞ?

 

「しっかし・・・本当にIS関係の施設しかないんだよな、ここ」

 

校舎を出て、アリーナへと向かう道を歩きながら呟く。ここはIS学園、だから仕方ないんだろうけど・・・

 

「IS以外の施設っていうと部活動の施設だけだからな・・・」

 

言いながら、道の途中にある横道を見る。それは部活動の施設へとつながる道であり、一夏と軽い訓練まがいの剣道を行った剣道場もこの道の先にある。

 

「確かこっちの道からもアリーナへ行けるよな」

 

こっちの道でどんな部活動があるのかを眺めながら行くってのもいいかもしれない。別段、遠回りになるルートでもない。なんだかんだで学園の道は理解したけど、この先の道でどんな部活動があるのかは理解していない。これを期に何処かの部活に入部とか考えてもいいかもしれない

 

「そうとなれば、行動あるのみだな・・・奏を待たすのも悪いし」

 

決断して、横道を進んで行く。すると、様々な部活動の施設が見えてきた。射撃場やテニスコート。ラクロスコートもあれば、ハンドボールやサッカーもある・・・向こうに見えるやたら和風の建物は茶道部か?

 

「かなり色々あるな・・・」

 

思った以上の数に驚きながらも進んでいく。これだけの数があるなら部活動では事欠かないだろうな・・・うん?

 

「剣道場・・・開いてるな」

 

そこはクラス代表者決定の時に俺と一夏が特訓に使っていた剣道場。普段ならしっかりと鍵がかかっているはずなのに、ガラス張りの扉に隙間が開いている。確か今日、剣道部は休みだったはずだ。使用した時に剣道部の部長に話を聞いたから良く覚えている。

 

「閉め忘れか・・・戸締りはしっかりしないと駄目だろうに」

 

確か道場内に予備のカギがあったはずだ。それを使って締めた後、顧問の先生に渡そう。そう思って、俺は扉に近付くと―――

 

「―――まったく、一夏め」

 

「うん?」

 

その時、中から声が聞こえた。凛とした声色に乗って聞こえてきた『一夏』という名前。学園でその呼び方をしており、剣道部に用が在る人間は俺の知っている範疇じゃあ俺を除いて一人しかいない。

 

「・・・・篠ノ之?」

 

予想通り、道場の中にいたのは篠ノ之箒だった。まるで精神を統一するかのように、目を閉じて正座をしている。窓から差し込む陽光に照らされるその姿は声をかけるのも躊躇われるような何処か神秘的なモノを帯びていた。

 

「でも・・・なんで篠ノ乃が――」

 

「あんなのだから訓練でも駄目なんだ」

 

訓練・・・おそらく放課後に行っている訓練の事だろう。なんかオルコットの話だとあんまり有意義な訓練ではない様だが・・・・というか、訓練ならもうオルコットが向かったが行かなくていいのか、お前。

 

「・・・幼馴染というのは、私の事だろうが」

 

・・・うん、お前は一夏の幼馴染だろうよ、篠ノ之。だがそれがどうしたというんだ・・・

 

「・・・・・」

 

口を閉ざして何か考えている篠ノ乃の表情からは苛立ちの感情がひしひしと感じられる。これは予想だが、凰の事で何かあったのだろう。

 

「ま、何かってのはわからないがね・・・」

 

パァンッ!

 

「・・・・うおっ!?」

 

少し視線を外している間に篠ノ之は竹刀を持ち、打ち込み台へと憤りをぶつけるかのように叩き込んでいた。確か篠ノ乃は剣道全国大会の優勝者だったんだよな、やたら綺麗な太刀筋だ。

 

「横から出て来てっ! 何を偉そうにっ!」

 

パァンッ!パァン!

 

篠ノ之が声を上げるにつれて、竹刀を打ち込む音が大きくなっていく。あんなに怒らせるとは・・・凰の奴は何をしでかしたんだか・・・

 

「私の方がっ! 昔からっ! 昔から一緒だったんだっ!」

 

パァンッ!パァンッ!パァンッ!

 

「・・・篠ノ乃」

 

怒りと一緒に何処か痛々しさを感じさせるその行動。そして感情が爆発したかのように、大きく竹刀が振り上げられ―――

 

 

「私の方が・・・昔から好きだったんだっ!」

 

バキッ!

 

絶叫と共に竹刀の一部が痛々しい音を立てて、ひび割れた。そんな光景と篠ノ之の叫びを聞いて、俺は身を硬直させていた。

 

「篠ノ之も・・・か」

 

オルコットと張り合ったり、一夏に時折刺々しい態度を取っていたのはこのせいだったのか。確かに篠ノ之が一夏に突っかかる時は一夏が女子の話題に食いついたり、あいつ自信が他の女子の話をする時だった。

 

「・・・幼馴染で、昔から好きだったんだろうな」

 

だとしたら、結構つらいかもしれない。せっかく数年ぶりに再会したっていうのに、自分を気に止めてもらえない。学園に女子しかいないから、そういう話題が多いのもわかるが・・・嫉妬心も出したくなるだろう。

 

「一夏の奴も・・・まったく」

 

幼馴染なんだから、もっと気を使ってやればいいのに。あいつが鈍感である事はわかっていたが、もうちょっと気付いてやってもいいんではなかろうか。

 

「・・・・・くっ」

 

「・・・・・」

 

壊れた竹刀を片手に立ち尽くす篠ノ之。その後ろ姿はここに来たばかりの時とは違い、何処か寂しげで、励ましの一言でも行ってやりたいくらいだった。だが、ここで俺が出て行っても話がこじれるだけだ。結果的には篠ノ之が解決する事であって、俺が正面から出る幕ではない。そう思い、きび返そうとした、その時だった。

 

「あ・・・黒瀬さ~ん」

 

「・・・っ!?」

 

近くのテニスコートからユニフォームを着た女子・・・というか青嶋が俺に向かって手を振りながら名前を叫ぶ。いきなりの出来事、不意打ちに起きたそれに俺は驚きのあまり数歩後ろに下がってしまい――

 

ガシャッ!

 

背中を剣道場の扉にぶつけてしまった。

 

「・・・っ!? 誰だ!?」

 

驚き、こちらを振り向く篠ノ之と勢いで振り向いてしまった俺。ばっちり、目が合ってしまった。

 

「なっ・・・」

 

「は、ははっ・・・・やあ、篠ノ之」

 

乾いた笑いを浮かべながら、俺は小さく手を振った。それからの行動は早かった。

 

「・・・くっ!」

 

まるで弾ける様に近場にあったもう一本の竹刀を手に掴むと俺へと一気に接近して、篠ノ之はその手に持った竹刀を俺に向けて振り下ろしてきた。

 

「うおっ!?」

 

俺はそれを前に、道場へと入る形に紙一重で回避してやり過ごす。おお、怖い。耳元で風切り音がしたぞ。

 

「あ、あな・・・あなたは・・・!」

 

「いや、待て篠ノ之!落ち着いてくれ!俺は別に・・・決して盗み聞きしたわけじゃない!たまたま通り掛ったら道場のドアが開いていて、気になったから近づいてみたら篠ノ之がいて!そして何だろうと思ったらお前の独り言がたまたま耳に入って来て・・・」

 

「はあああああっ!」

 

「おうっ!?」

 

弁解も虚しく・・・というか、途中から弁解にすらなっていなかった気もするが・・・篠ノ之は竹刀を俺に向かって振り下ろす。駄目だ、怒りで完全に我を忘れている。だけどこの篠ノ乃は閃光弾と蟲笛じゃおさまらんぞ。

 

「だから落ち着けっての!」

 

「死ねえええええええええええええ!!」

 

うわ、この娘、今俺に死ねって言ったよ。確かに気迫だけでも人を殺せそうな雰囲気だけどさ。死ねは不味いでしょ、死ねは。

 

「この・・・このっ!」

 

「ああ、もう・・・仕方ねえな!」

 

このまま篠ノ之とこんな事をしていても埒が明かん。有効に話合う為にも少しこの娘には落ち着いてもらわないとな。

 

「悪いな、痛けりゃ恨め」

 

篠ノ之に小さく謝罪してから、後ろに飛ぶのを止めて、前に出て篠ノ之と距離を詰める。その後、振り下ろされる上段からの一撃を左の袖部分に手を当てて止める。

 

「なっ!?」

 

いきなり前に出てきた事と自分の一撃が止められた事、双方に驚きを感じたのだろう。一瞬、篠ノ之の動きが止まった。その隙に道着の襟袖の部分を空いている手で掴み、足払いを掛ける。すると篠ノ之の身体は空中にコンマ数秒浮かんだ後、背中から床へと落下した。

 

「ぐっ・・・」

 

「落ち着けっての」

 

掴んでいた左袖を離して言う俺を篠ノ之は未だに驚きの視線で見ていた。おそらく彼女には何が起こったのか、いまいち理解できてないんだろう。まあ、それはいい。

 

「お前な、篠ノ之。竹刀持って人を追い回すなんてこと、しちゃダメだろ。俺だから良かったものの・・・当たったら結構危ないって事くらい、お前だってわかっているだろ?」

 

「・・・くっ」

 

俺の言葉にバツが悪そうに眼を逸らす。そんな反応するってことは、わかってるってことか・・・

 

「理解しているならいいさ。大切なのは今後、同じ事を繰り返さないってことだ・・・立てるか?」

 

手を差し伸べるが、篠ノ之はその手を取る事は無く立ち上がり、小さく頭を下げた。

 

「・・・すみません、頭に血が上ってしまって」

 

「いや、むしろ謝らなきゃならないのに偉そう何言ってるんだって感じだけどな・・・・・こっちこそ、盗み聞きみたいなことしちゃってすまない」

 

そう言って、こっちも篠ノ之に頭を下げる。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

なんだか気まずい沈黙が流れる。篠ノ之、結構気にしているみたいだな。根っからの剣道娘、一夏曰く「女武士」って感じの性格らしいから、自分の失態を恥じているんだろう・・・って、俺がやっといてそりゃないか・・・

 

「その・・・黒瀬さん」

 

「おう、なんだ」

 

少しして、沈黙を先に破ったのは篠ノ之だった。しかも、顔を真っ赤にして。

 

「・・・ど、何処まで訊いていましたか?」

 

「え~・・・正座してて、そこから竹刀ぶっ壊すまで・・・かな」

 

「ぜ、全部ではないですか・・・・ああ」

 

正直に話すとまるで世界が終ったみたいな声を出しながら、篠ノ之は恥ずかしいのかさらに頬を赤くしてうつむいた。まあ、あんな事訊かれたなんてなったら恥ずかしいわな。

 

「すまんな、本当に盗み聞きするつもりはなかったんだが・・・」

 

「もういいです・・・あなたの記憶をどうできるわけでもありませんし」

 

「・・・・・本当にすまん」

 

再度、頭を下げる。結果的には完全に盗み聞きだよなぁ・・・・俺って結構最悪かもしれん。

 

「はぁ・・・今日はなんだか酷い一日だ。これも全て、一夏が悪い」

 

ため息混じりにそう言う篠ノ之。ちょっと理不尽な感じもするが、確かに一夏にも非はあるよな。うん、そう言う事にしておこう。

 

「・・・篠ノ乃と一夏って幼馴染なんだよな」

 

「え・・・は、はい・・・そうですが」

 

俺の質問に照れている様な微妙な表情を浮かべて、篠ノ之は応えた。

 

「そうか・・・昔から好きだったんだよな、一夏の事」

 

「す、好きというか・・・なんというか・・・」

 

「聞いちゃったんだし、隠さなくてもいいよ・・・って、偉そうに言える立場でもないけどさ」

 

もごもごと言葉を濁す篠ノ之に対して、苦笑を浮かべて頭を掻く。数年前からの想い、か。どれほど大きなものなのか、ちょっと俺の想像できる範疇のものではないんだろう。おそらく何度も胸焦がれ、願い続けたものなんだろう。それに対して、本当に失礼な事をしてしまったと今更ながら思った。

 

「本当に悪かったな」

 

「・・・そんなに謝るのでしたら、最初からしないでください」

 

「・・・そうだな」

 

「・・・他の皆に黙っていてくれれば、許します」

 

「ありがとう・・・」

 

慈悲の一言に俺は礼を言う。だが、どうも釈然としない。俺が悪いんだから、何かお詫びとして返したい。そういう思いが、俺の心にはあった。いやだってよ、好きな人を盗み聞きして、それで何もしない。それどころかブン投げて、そのまま帰るなんて行動、出来ると思うか?否、出来まい。反語。

 

「な、なあ篠ノ之」

 

「はい」

 

「何か・・・お詫びしたいんだが・・・俺にやってほしい事とかあるか?」

 

「やってほしい事といっても・・・特にはありま―――」

 

おそらく、「ありません」と言おうとしたんだろう。言葉を区切って、篠ノ之は何か考える様に口に手を当てた。そして二十秒くらいして、篠ノ之は口を開いた。

 

「そ、その・・・でしたら」

 

「お、おう! なんでも言ってくれ!」

 

「い、一夏の事を・・・ちょっと」

 

「一夏の事・・・っていうとアレか、色々な一夏の情報とか、部屋で何してるとかか?」

 

「は、はい・・・」

 

ふむ、つまり篠ノ之の恋愛サポートに回れってことか。おそらく篠ノ之は久しぶりに再会して、色々と一夏の事で知らない事が増えたのが心配なんだろう。凰の件もあるしな。

 

「・・・よし、わかった。今後、俺は篠ノ之のサポートをする事にするよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「なんで聞き返すんだよ、お詫びなんだから当然だろ?」

 

そう言うとちょっとだけ、篠ノ之の顔に喜びの色が出た・・・この娘もレベル高いよな、不意にも可愛いと思ってしまった。

 

「じゃあさっそくサポートしますか」

 

そんな事を篠ノ之に悟られない様に、言葉を口に出す。

 

「一夏とオルコット、なんか二人で訓練するらしいぞ」

 

「なっ・・・今回の訓練は無しと訊いたが・・・セシリアめ、謀ったな!」

 

謀ったな・・・なんか凄い久しぶりに訊いた単語だよ。今の日本でもそうは訊かないぞ。

 

「だから追いかけた方がいいんじゃないか? 道着は制服持って行けばアリーナでも着替えられるし」

 

「で、ですが・・・私はまだ訓練機の使用許可が下りていません。今、アリーナに行っても訓練は・・・」

 

「ふむ・・・」

 

俺は顎に手を当てて少し考えた後、ポケットから携帯電話を取り出して、ここ数日で記された連絡先が三倍以上に膨れ上がった電話帳から一つの連絡先を呼び出す。

 

「・・・あ、受付の方ですか? はい、黒瀬です・・・はい、黒瀬奏がこの学園にいるのは・・・ご存じですか。ではちょっと彼女が実験に訓練機を使いたいと言っているんです、至急一機こちらに回していただけないでしょうか?・・・・受け取りには一年一組の篠ノ之箒を行かせますので」

 

「えっ・・・!?」

 

驚いてこちらを見る篠ノ之に人差指を唇に当てながら小さくウィンクをして、電話越しの受付との話を続ける。

 

「・・・はい・・・はい、わかりました。使用用途については極秘ですので・・・はい・・・あ、訓練機の使用者も篠ノ之でお願いします・・・はい、では」

 

「い、いいのですか?」

 

電話を切ると同時に篠ノ之が訊いて来た。それに対して、俺は笑って返す。

 

「俺は単純に実験だと思って、訓練機を篠ノ之に渡した。そしたら、奏の実験とは訓練機相手にどれだけ『白式』が動けるかのテストだった・・・ただそれだけだよ」

 

「・・・し、しかしその・・・」

 

「ほらほら、迷ってる暇あったらとっとと受付に行きなさいって・・・そうこうしている間にオルコットに先を越されるぞ」

 

「は、はい」

 

「場所は第三アリーナだ、間違えるなよ」

 

「はい!」

 

先を越される、その言葉が決め手になったのか、道場の中にある着衣所から制服を取ってくると、その足で篠ノ之はアリーナへと向かって走って行った。一夏は一旦部屋に戻ってからとか言っていたから、たぶん間に合うだろう。

 

「恋愛・・・か」

 

篠ノ之の後ろ姿を見送ってから、ポツリと呟いた。なんだかとても学園というこの場所に似合った言葉だと、心底思った。

 

「恋愛感動青春万歳、ってね。頑張れよ、篠ノ之」

 

俺にどれだけのサポートができるか、わからない。だけど決まった以上、篠ノ乃には全力でサポートをするつもりだ。長年育ててきた淡い想い、成就させてやろうじゃないの。

 

「俺もここで恋愛とかしたりして・・・・」

 

そんな事を想像して、少し笑ってみる。そりゃいい、少し遅れた青春をここで満喫するっていうのも悪くはない。

 

「千冬さんにも言われたばっかりだしな」

 

前を見ろ、過去に囚われるな。今を生きる事を考えろ。そう、今この場所で生きている事。IS学園という場所で生きている事を考えろ。そして、未来へと目を向けろ。

 

「・・・行くか」

 

まずは目の前の事をこなそう。そう思い、俺も奏の待つアリーナへと向かう為に剣道場を後にしたのだった。

 

EP6 End

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