IS もう一つの翼   作:緋星

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EP7 兄と妹

第二アリーナ、Aピットへと続く無機質な金属製の通路に俺の足音が高く響く。作りはほとんど第三アリーナと同じだが、ところどころに違いが見られる。第二アリーナの方が少し基盤が痛んでいる様だ。こちらの方が旧式なのだろうか。

 

「・・・っと、いたいた」

 

そうこうしている間にAピットに付いていしまった。自動ドアが開いて、足を踏み入れる。そこには乗り主が居ない為に待機状態の量産機の様にコクピットが開いた状態の『黒天』と、おそらく粒子化して持ってきたのであろう機械でできたデスクに座り、そこから出たコードに接続された『黒天』のデータを八つの電子画面で見ながらキーボードを打つ奏の姿が合った。

 

「・・・・・・」

 

どうやら奏は俺がピットに入って来た事に気付いていない様だ。一心不乱にキーボードを打っている。凄まじいスピードだ。一秒も打つ速度を休めない。これを最初に見た人間は大半が唖然となるだろう。だが奏曰く――

 

「これくらい早く打てないと束さんに追いつけないから」

 

――だそうだ。いや、あの人に追いつくという思考からしておかしいんだがな。

 

「それに・・・無理するなと言ってるのに・・・」

 

俺はため息を吐きながら頭を掻いて、奏に近づいて行く。

 

「おい、奏」

 

「・・・・・・」

 

「おーい・・・奏よい」

 

「・・・・・・」

 

後ろから声を掛けているんだが・・・駄目だ、聞こえていない。研究所の人からも言われてるんだよな、これ。どうにか直して欲しいって・・・

 

「仕方ないな・・・」

 

そんな真面目に頑張る奏の事を邪魔するのは悪いがこれだと時間がかかりそうだ。ちょっと気付かせてやるか・・・

 

俺は少し意地悪な笑いを浮かべて、足音を殺してゆっくりと画面に集中する奏の背後に近付くと・・・

 

「よっと」

 

「ひゃわっ!?」

 

手がキーボードから離れた瞬間に勢いよく、後ろから抱きついてやった。ようやく俺の存在に気付いたのか、奏は可愛らしい悲鳴を上げて首だけで後ろを向いた。

 

「兄さん!? ど、どうして・・・!?」

 

「お前が呼んだんだろ? 忘れるなんて酷いぞ」

 

「ご、ごめんなさい・・・って、そういうことじゃなくてっ! なんで抱きついてなんて・・・」

 

「お前が気付かないからだろ?」

 

「だ、だからって・・・抱き付かなくても――」

 

「嫌か?」

 

「い、いやじゃ・・・・ないけど・・・」

 

恥ずかしそうに頬を赤らめて言う奏。そんな妹の顔にちょっと胸に来るものがあった俺はたぶんシスコンなんだと思う。いや、前々からわかってたけどさ・・・・この可愛さは卑怯過ぎるぞ。

 

「可愛いな、奏は」

 

「兄さん・・・」

 

「お前は可愛いよ」

 

微笑みながら俺が耳に囁きかけるとすぐそこにある奏の顔がさっきよりもさらに紅く染まった。そんな頬に触れると耳元の髪に指にかかり、それを払うようにして奏は俺の手に自分の手を重ねた。

 

「兄さんだって・・・その・・・カッコイイ・・・です」

 

「ありがとう、嬉しいよ」

 

「はい・・・」

 

青い瞳に同色である俺の瞳が映る。軽い催眠術にでもかかってしまうんじゃないかと思うほどの綺麗な瞳は確かに俺の顔を捉えており、それが確認できるくらいに俺達の距離は近い。そう、数センチ先に行けばキスで来てしまうくらいに・・・

 

「あー・・・ンンッ!」

 

俺と奏が見詰め合っていると、横の方から咳払いが聞こえてきた。そちらを見ると、壁に背を預けている千冬さんと真っ赤な顔で泡を食っている山田先生の姿がそこにはあった。

 

「千冬さん、それに山田先生まで・・・いつからそこに?」

 

「お前が入ってくる前からここにいた・・・私は声をかけたんだがな」

 

そんな馬鹿な。まったく聞こえなかったぞ、千冬さんの声なんて。

 

「おおよそ、お前は奏君の事しか見えていなかったのだろう・・・まったく、シスコンもここまで来ると呆れる」

 

「く、黒瀬君! 駄目ですよ、兄妹で・・・そんな・・・・禁断の関係なんて!」

 

頭を抱える千冬さんの隣で山田先生が慌てたように何か言っている。

 

「ところでいつまでそうしているつもりだ、お前は」

 

「ああ、そうでした」

 

奏に気付いてもらえた事だし、俺も離れるか。これ以上は作業の邪魔になるだろう。無理してもらうのは避けて欲しいが、別に作業を中断させたいわけではない。奏にはやりたい事をやってもらいたい。

 

「あ・・・」

 

「・・・ん?なんだ?」

 

「い、いえっ! なんでもないですっ!」

 

俺が身体を離すと、奏はすぐさま作業に戻った。今ちょっと残念そうな顔しなかったか?・・・まあ、いいか。本当に何かあるなら本人から言ってくれるだろう。それよりも――

 

「ところで、何故千冬さんと山田先生がここにいるんですか?」

 

「『黒天』の最終調整だと聞いて、見に来た。それとお前の病状もある。暴走したお前を乗せた『黒天』を止める的確な方法などを奏君と相談しに来たんだ」

 

「力ずくで止めるという手段も手元にISが無いと正直難しいですからね。ましてや織斑先生のお弟子さんなんて、教員でも抑えられるかどうか」

 

俺の質問に二人はそう答えた。なるほど、さすがに毎回『クラス代表決定戦』の時の様に千冬さんに止めてもらうわけにもいかないだろう。まあ、先に暴走するまで乗るなという事なのだが。

 

「というか、俺が弟子だったって事を話したんですか?」

 

「ああ、さすがに山田先生にはな。彼女はお前の副担任だ、知っておく必要はあるだろう」

 

「はぁ・・・」

 

俺は生返事を返しながら、頬を掻いた。あんまりおおっぴらにしなければ構わないかもしれないが・・・だがそれでももうちょっと俺に了承とか取って欲しかった。いきなり「話した」といわれて「ああそう」で返せるようなものでもないだろう。

 

「あー・・・念のために訊きますけど、山田先生。これを他の人には――」

 

「言ってませんよ。そんなこと、絶対にしません。だから安心してください」

 

「・・・わかりました」

 

ニコッと笑って山田先生はそう言った。嘘を言ってるようにも見えないし、千冬さんも信じて話したんだ。俺が信じないでどうする。

 

「話がそれてしまったな」

 

「そうですね・・・・俺を止める手立てを訊きに来たんでしたっけ?」

 

「そうだ。お前の実力は折り紙つきだ。私にだって簡単には止められるかわからん。最終調整が終わった『黒天』がどの程度のレベルかは知らないが、少なくとも量産機で止められるものではなくなるだろう」

 

「さすがに千冬さんが止められないってことはないんじゃないですか?」

 

さすがに量産機でも、たかだか俺ごときで千冬さんに勝つ事なんてないだろう。嘗ての『モンド・グロッソ』の『ブリュンヒルデ』を倒せるほど、俺の腕は立たない。

 

「そうですよ、織斑先生。いくら専用機持ちといっていも――」

 

「誰も機体の性能差で負けるとは言っていないよ、山田先生・・・むしろ問題は搭乗者だ」

 

そう言うと千冬さんは俺を見た。それは贔屓をするようなものではなく、れっきとした戦士の目をしていた。

 

「この馬鹿は強い。危険なほどにな。おそらく本気でやれば殺し合いになるだろう」

 

「殺し合いって・・・そんな冗談を――」

 

「それはわかっているだろう、零司」

 

山田先生は千冬さんの言葉を否定しようと引き攣った笑いを浮かべるが、言葉を切る様にして言った言葉に俺が応えずに千冬さんの目を見据えていたところを見て、笑みを浮かべるのを止めた。おそらく、千冬さんが言っている事は実際にあり得る事なのだろう。俺の疾患による錯乱は、相手を敵と見てしまう。あの時のオルコットを見ている時の光景を思い出す。

 

目の前の全てが真紅に染まり、見えるのはISと操縦者。それは紛れもなくオルコットだが、俺は破壊する敵と認識した。戦わなくてはならない。壊さなくてはならない。そう思う様になってしまうのだ。

 

「それは・・・嫌ですね」

 

「ああ、そうなっては困る。私も自分の弟子を殺したくはない」

 

そう言うと千冬さんは瞳を閉じて、再び開ける時には教師の瞳に戻っていた。俺だってあなたの手を汚させるのも嫌だ。

 

「そこで奏君に頼んでな、お前を止める為の装置を作ってもらったんだ」

 

「俺を止める?」

 

「はい、その通りです」

 

返事が聞こえ、奏での方を見る。バシュンという音と共にさっきまで奏が座っていたデスクが粒子化して、消滅する。それを見てから俺の隣へと歩いて来た。

 

「織斑教官さん、これをどうぞ」

 

そう言って奏が渡したのはボールペンクラスの大きさのものにボタンが付いたシンプルなものだった。

 

「奏、これは?」

 

「『黒天』のあらゆる機能にリミッターを付けるスイッチです。コア・ネットワークを利用した粒子回線を通じて『黒天』の武装からスラスターまで、戦闘機能として使われるものを全てシャットダウンし、残りエネルギーを生命維持に変える事が出来ます」

 

つまり俺に強制的に戦闘をさせない様にして暴走を防ぐってわけか。加えて搭乗者である俺を死なせない様に防御面への機能は残してくれる。こいつはありがたい。

 

「最初はISの強制解除も考えたんですけど、戦っている最中にそれをすると危ないですからね」

 

「さすがだな、奏君」

 

「いえ、それほどでもないですよ」

 

おうおう、優しいです事。千冬さんってなんか俺や一夏に対してはやたら厳しいよな。そのクセ、山田先生や奏には優しいんだから・・・・もしかして千冬さんは――

 

スパァンッ!

 

「そういう馬鹿な想像をするから叩かれるのだ」

 

「・・・・なるほど、よくわかりました」

 

どうやらそう言うことらしい。一夏、お前も千冬さんの前では変な想像するなよ。お兄さんとの約束だ。

 

「に、兄さん・・・大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。いつもの事だからもう慣れたよ」

 

「いつもって・・・お、織斑教官さん」

 

奏はこちらに寄り添う様にして、腕にしがみつくと少し非難を込めた視線を千冬さんに向ける。それを見て、少し厄介そうに頭を掻く。

 

「あのな、奏君。ドイツの時も言ったかもしれんが、体罰を受けるには理由があるんだ」

 

「それはそうかもしれませんが、だからってそんな思いっきり叩かなくてもいいじゃないですか」

 

千冬さんはおそらくそこまで全力で俺の頭は叩いていないだろう。もし全力ならば、頭に出席簿がはまってM78星雲の元惑星観測者であるバトルサイボーグの様になってしまうだろう。

 

「ともかく、あまり叩かないでください。兄さんがボケちゃいますよ」

 

「・・・・善処しよう。あと教官というのは止めてくれ。私はここでは一般教師だ」

 

頭を押さえながら、千冬さんは言うと奏は満足げに頷いた。

 

「まったく・・・シスコンに加えてこちらもブラコンだから困る」

 

「いや、すいませんね」

 

「そう思うなら、馬鹿な事をして私の手を上げさせるな」

 

「・・・・口で注意すればいいんじゃないでしょうか」

 

やっぱり教官の方が向いているよ、千冬さん。アメリカとかでフルメタルな鬼軍曹クラスにはやっていけるんじゃないか?

 

「・・・ところで奏、最終調整は終わったのか?」

 

「あ、はい。じゃあ兄さんはちょっと『黒天』に乗ってみてください。先生達はどうぞこちらに」

 

先導され、千冬さんと山田先生は『黒天』の背後に回る。俺は奏に腕を引かれて『黒天』へと乗り込み、瞬時に展開され、俺の身体を包み込む装甲に身を任せる。

 

「どうですか、兄さん」

 

「・・・ああ、悪くはない」

 

最初乗った時よりも少し身体への重量感の様なものが抜けている気がする。だが、その他には別段変ったところが見られない。

 

「最終調整でどの辺が変わったんだ?」

 

「そうですね・・・では『拡張領域』を見てください」

 

奏に言われて、俺は視界の端に『拡張領域』の見取り図を表示した。そこには前の戦闘で使ったアサルトライフル『Anna』、ショットガン『Dalia』、ハンドガン『Lisa』の名前が記載されている。前はこれだけで『拡張領域』は完全に埋まっていたが、範囲が広がり、あと八つか九つは武器を入れられるだけのスペースが拡張されていた。

 

「・・・凄いな、ここまで広げるなんて」

 

「『拡張領域』の多さが売りのリヴァイブ以上の『拡張領域』・・・」

 

「専用機のスペックにこれでは量産機はお手上げですね」

 

「しかも、『拡張領域』を増やしただけではないんです。兄さん、その見取り図の下の方に何かありませんか?」

 

見取り図の下の方、そこには用途不明の四角い領域があった。そう言えば前の時にはこんなものはなかったな。

 

「四角いのがあるが・・・これがなんだ?」

 

「それは武装の粒子変換技術を利用して作った『改良領域(カスタマイズ・スロット)』です」

 

「『改良領域』?」

 

始めて訊く名前だ。少なくとも現存するISの内でそんな機能を兼ね備えた機体を俺は知らない。

 

「『改良領域』とは、その四角い領域に粒子コードの改造データを組み込む事によって『拡張領域』内の武装の威力や連射力、命中精度を上げたり、『黒天』自体のスペックを向上させたりすることができます。あとその中に武装データを入れることによって、『拡張領域』とは別に武装を入れる事が出来ます。大量に武装が必要な時などに使う時にでも、どうぞ」

 

つまり後付け強化がデータ状で可能になっているわけか。普通なら専用機ってのは機体の強化に『換装装備(パッケージ)』だったり、『専用換装装備(オートクチュール)』などを使用するが、それ以外でも機体能力の底上げが可能ってことになる。

 

「実はこの機能は前からあったんですが、こちら側からロックさせてもらっていました」

 

「つまり今回の最終調整ってのはこの機能のアンロックが目的か」

 

「そうですね・・・後はコアの点検といったところでしょうか」

 

「コアの点検?」

 

奏の言葉に俺は首を傾げる。この『黒天』はまだ作られて一ヶ月も経っていない。そんな作ったばかりの機体なのに点検が必要なんだろうか。心配性な奏が点検もしないでこちらに専用機の受け渡しをするとは思えないし・・・

 

「大丈夫、念の為ですよ。兄さんの疾患を考えれば、念に念を入れる事が入れ過ぎる事になりませんから」

 

よほど不安そうな顔をしていたのだろうか、奏は優しく笑みを浮かべて俺を安心させる様に言った。そうか、奏がそう言うのなら信じよう。だが一点だけ、俺の不安を煽るものが合った。

 

「・・・・・」

 

「・・・どうかしましたか、千冬さん」

 

「・・・・・いや」

 

千冬さんは俺の機体を鋭い目で見ていた。何か思い当たる節でもあるのだろうか、何か思案するようにただ『黒天』を睨みつけていた。

 

 

 

 

「じゃあ、基本的な説明はこれで終わりですね」

 

最終調整の説明も終わる頃、すでに日は傾いて、若干暗くなってきていた。黙って話を聞いていた千冬さんの隣にいる山田先生はさっきまで必死に奏の話を書き記していたメモをしまうと、腕時計を確認する。

 

「そうだな、時間もいい頃だ・・・それと奏君、二、三訊きたい事があるんだが」

 

「もうすぐ六時半ですね。黒瀬君もそろそろ寮の方に戻らないといけませんよ。寄り道とかしちゃダメですからね?」

 

「わかってますよ、山田先生・・・俺ってそんな不良生徒に見えますか?」

 

「あっ! い、いえ、そんなことはないんですっ!」

 

「・・・冗談ですよ。そんなに間に受けないで下さい」

 

「あ、冗談・・ですか・・・はぁ」

 

安心したのか、肩を落として安堵の息を吐く。本当に気真面目だな、この人。小さい外見といい・・・ちょっと意地悪したくなる。

 

「・・・な、なんで笑うんですか黒瀬君・・・」

 

「いえ、ちょっと・・・それよりも奏」

 

こぼれてしまった笑いを誤魔化す様に言って、何やら千冬さんと話していた奏を呼んだ。すると話は終わったのか、こちらに寄って来た。

 

「なんですか?」

 

「お前、部屋はどうしたんだ? 昨日からこの学園にいたらしいが」

 

「ああ、それなら鈴さんと相部屋にしてもらったんです。そっちの方がいいだろうって受付の人が」

 

「なるほど、本当に仲良くなったんだな」

 

「はい。鈴さん、とっても優しくて親切にしてくれ―――」

 

――と、そこまで言って言葉を区切ると奏は少し苦しそうな顔をして口元を押さえた。

 

「奏?」

 

「ケホッ・・ケホッケホッ」

 

咳き込み始める奏。俺は慌てて、奏の背中に手を回す。

 

「奏、大丈夫か」

 

「う、うん・・・大丈夫・・だよ」

 

奏の肩を持ち、こちらに引き寄せて背中を撫でる。笑顔を浮かべているが、無理やりなのが目に見えてわかる。

 

「部屋に戻ろう、奏。俺が付いて行くから」

 

「は、はい・・・ケホッ」

 

「千冬さん、山田先生。俺達はこれで」

 

「ああ・・・安静にしていろよ、奏君」

 

「無理しないでくださいね、奏さん」

 

「それでは」

 

奏の代わりに頭を下げると彼女の肩を抱いて、二人を置いてゆっくりとAピットを出る。

 

「ごめんなさい・・・私・・・」

 

「落ち着くまで喋るな」

 

「でも・・・」

 

咳混じりながら何か言いたそうにする奏だが、歩きながらではどうも話辛そうだ。そう思った俺は奏から手を離し、目の前に膝を着く。

 

「奏、乗れ」

 

「で、でも・・・恥ずかしいですよ」

 

「駄目、言う事を訊きなさい」

 

「・・・あう~」

 

困った様な声を出したかと思うと、背中に重量感と柔かい感触を感じるのと同時に俺の首に腕が回される。

 

「お、重くないですか?」

 

「そんなわけないだろ、むしろこの立場は役得だ」

 

「や、役得・・・ですか?」

 

「この柔かな感触は男にとって至高だ」

 

「・・・・あっ! に、兄さん、エッチです!」

 

「こらこら、あまり興奮するな。咳が出るぞ」

 

「誰が怒らせているんですか・・・もう・・・」

 

背中に乗せた奏が顔を真っ赤にして怒ると俺は笑いながら歩き出す。ラッキーな事に時間も時間なので、あまり生徒の姿も見えなかった。

 

「・・・ごめんなさい、兄さん」

 

一頻り俺に怒った後、再び謝る奏。奏はいつもこうだ。自分の発作が始まると俺に向かって謝り続けている。決して、この娘が悪いわけじゃないのに。

 

「私、身体が弱いから・・・迷惑掛けて、いますよね」

 

「・・・気にしてないって言ってるだろ、いつも」

 

黒瀬奏は極端に身体が弱い。何が弱いかと訊かれれば、医学的過ぎて説明する事は難しい。俺がちゃんと理解しているのは『免疫力が極端に低い』と『肺と心臓に持病を抱えている』という事だけだ。だがこれだけでも、奏がどれだけか弱い存在かは理解できる。医者曰く、「本来ならベッドの上での生活を余儀なくされる」と言う。

 

現在、彼女がこうしてベッドの上にいないのかというのは、IS関係で培った知識を使って出来上がった医療型ナノマシンのおかげだ。

 

本来ならば投与された人間の病気を尽く治療することのできるナノマシンだが、それでも奏の病気は完治できなかった。普通の人として生活するには至らなかった。医者はさじを投げ、もはや治療の目途は立っていない。

 

「でも私の所為で――」

 

「お前の所為で何か悪かった事があったか?」

 

その病気にかかった妹を俺はずっと見守って来た。否、見守る事が出来るのは俺しかいなかった。

俺の両親はいない。研究者であった両親は俺が八歳の頃に死亡した。原因はその研究所の技術を奪おうとしたテロ集団の爆破テロによって。

 

だが俺の胸には悲しみというものが無かった。研究に没頭するあまり、育児を放棄した両親に俺は悲しみの念を抱けず、ただ怒りだけが残っていた。何故、奏を一人にするんだ。どうして、一度でも奏の側にいてくれなかったんだ、と。

 

「お父さんやお母さんが居れば・・・」

 

「その話はするな」

 

あんなもの、親とは呼ばない。人生を研究に捧げるなんてカッコつけたこと言っていたが、あいつらが何をした。お前らは親だろう。自分の子供を放っておいて、何が研究だ。

 

俺の事はどうだっていい。ただ奏はあの時、まだベッドの上にいたんだ。それなのに、あいつらは奏を見捨てた。そして研究していたものは爆散し、本人達も死亡。まったく、どうしようもないとはまさにこの事だ。

 

「安心しろよ、俺がお前を護るから」

 

「私を護って・・・そしてまた前の様に自分を犠牲にするんですか?」

 

前の様に、という言葉を訊いて、俺は少し言葉に詰まった。この言葉の意味は見当が付いている。だがらこそ、答えられない。否、どう答えていいのかわからない。未だ俺の中の答えを出せていない、一つの問題。それを指摘されてしまった。

 

「私は嫌です・・・兄さんがまた傷付くのは」

 

ギュッと俺の首に回された腕に力が入った。おそらく奏は俺の背中で泣きそうな顔をしているのだろう。傷付いて欲しくない、か。何度も何度も、奏には言われたな、昔っから。

 

「大丈夫だよ、奏」

 

俺は安心させるように優しい声色で奏に語りかける。

 

「ここはIS学園だ。ドイツにいた時の様な事にはならないさ」

 

「・・・絶対にそうだって、言えますか?」

 

「絶対じゃないかもしれないけど、ほとんど大丈夫だろ」

 

「それじゃ・・・安心できませんよ」

 

「でも、安心してもらわなきゃな」

 

「・・・無茶苦茶です」

 

奏のちょっと拗ねたような声を訊いて、小さく笑って続ける。

 

「だけど、お前は信じてるんだろ?」

 

「え?」

 

「俺は負けない。どんな障害でも打ち破る。どんな確率でも乗り越える、例外(イレギュラー)だってこと」

 

そう言って、背におぶった奏の顔を見る。ちょっと呆け顔になっていた奏は目が合うと、表情を隠す様にして俺の背中に顔をうずめた。

 

「・・・はい」

 

「じゃあ、これからも俺を信じてくれよ。私の兄貴は強いんだって・・・絶対に傷付かないんだって、さ」

 

返事はない。ただ俺の背中で動きが合った。奏が小さく頷いたのが俺には分かった。

 

「それにお前が病気でも、俺は全然構わないぞ」

 

「・・・構わない、ですか」

 

「ああ、似た者同士でいいじゃないか。かたやIS専用精神疾患持ち、かたや身体が極端に弱い奇病持ち・・・欠陥兄妹の誕生だよ」

 

「なんだか嫌です、それ」

 

「そう言うなって・・・俺はちょっと嬉しいんだぜ?」

 

「何がですか?」

 

顔を上げて、首をかしげる奏に笑いかけながら俺は堂々と口を開いた。

 

「愛している人と、共通点があるってことは嬉しいと思うんだがね」

 

「・・・・っ!?」

 

カーッとこれでもかというほどに顔を真っ赤にしたかと思うと、奏は再び俺の背中に顔を隠した。そんな照れた仕草に俺の笑みは深くなる。そうだ、両親なんていなくても構わない。だって今、俺達二人はこんなにも・・・・

 

「・・・・愛してるよ、奏」

 

「・・・はい、私も・・・です」

 

小さく、本当に小さく呟くようにして返って来た返事を訊き、一層強くなる腕の力を感じる。夕陽の景色は美しく、全てを洗い流す様に澄み切っている。そんな今の俺の心境の様な陽光に照らされながら、寮へと向かう足取りを早くした。

 

EP7 End

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