「真っ直ぐ行って・・・・そう、そこの部屋」
「あそこか」
学生寮の一年部屋通路。寮前で少し落ち着いた奏を下ろし、肩を抱いたままで進んで奏のお世話になっている凰の部屋の前まで来ていた。部屋は俺が全く脚を踏み入れない方向にあったが、奏の案内のおかげでスムーズに発見する事が出来た。
「鈴さん、私です」
奏が軽くノックをすると、ほどなくしてドアが開き凰が顔を出した。
「奏、お帰り」
「はい、ただいまです」
戻って来た奏に対して、凰は笑顔で出迎える。同室が凰で本当に良かった。こんな風に出迎えてくれるくらい仲が良いなら俺も安心できる。
「あ、それに黒瀬じゃん、丁度良かった」
「丁度良かった?」
隣の俺に見るなり、凰はそう言ったので俺は首をかしげる。何が丁度いいのだろうか。俺が彼女の役に立つ様な状況など思いつかないんだが。
「あのさ、奏。ちょっと部屋で休んでてくれない?」
「え、何処か行くんですか?」
「まあ、ちょっと用ができちゃってね」
あははと笑いながら頭を掻く。どうやら用事の内容とやらはあまり話したくないようで、そこで俺は凰が何をしたいのかが薄々ながら理解できた。
「奏、ここは凰の言う事を訊いておけ。ちゃんと休めって千冬さんにも言われただろ?」
「は、はい、わかりました・・・じゃあ、鈴さん」
「うん、しっかり休んでおいてね。じゃ、私はちょっと行ってくるから」
俺が奏に一言加えると奏は納得したようでゆっくりとドアを閉じた。そしてその後、凰は俺の事を見てニヤリと笑った。
「本当に丁度良かったわ・・・ねえ、黒瀬――」
「一夏のところへ案内しろ・・・・だろ?」
「な、なんでわかったの?」
ちょっと驚いて訊いてくる凰。いや、なんとなくわかるよ。ほぼ関わりのない俺に対して、お前が丁度いいなんて事言うとしたら、選択肢は限られてくるし。
「別に良いよ、俺と同室だし・・・ついて来い」
「あ・・うん」
返事を返すと凰は歩き出す俺の隣に並んで俺と一夏の部屋に向けて進む。その途中で、ふと疑問に思った事を凰に問う。
「凰は一夏とどんな関係なんだ?なんか親しそうだったが」
「まあ、簡単に言うと幼馴染ね」
「幼馴染?一夏の幼馴染は篠ノ之だろ?」
少なくとも、俺が記憶している一夏の幼馴染は篠ノ之だけだ。もしその頃から一夏に友達が居るとしたら、俺が話として知っていてもいいはずなんだが。
「ああ、なんか一夏が言うには私はセカンド幼馴染なんだって」
セカンド幼馴染?なんだそりゃ、新手のルー語か?
「詳しい説明をプリーズ」
「まあ簡単に言うと、あの篠ノ之とかいうのが転校した後、入れ違いに友達になったのが私で中二の頃まで一緒の学校に通ってたの。だからセカンド幼馴染なんだってさ」
なるほど、そういうことか。確か篠ノ之が小学五年くらいの時に学校から転校したってのは一夏から訊いた事がある。それと入れ違いだったのか。
「で、一年ぶりの再会ってわけだ」
「そういう事ね」
「その間に付き合ってたりしたのか?」
「つ、付き合う!?」
凰は俺から一歩引いて、やけに驚いた感じで答えた。何気なく訊いたんだが、予想以上の反応が返って来たぞ。
「べ、別にあたしはあいつと付き合ってなんか・・・そ、それに私は一夏の事なんて・・・」
なにやらゴニョゴニョと言っているが・・・・この反応・・・・おそらくこの娘も一夏の事を・・・・
「はぁ・・・」
「・・・・ど、どうしたの?急にデカイため息履いて」
「なんでもない・・・・気にしないでくれ」
あいつはどうしてこう、モテるのだろうか。いや、顔が良いのはわかってる。しかも性格もやたら鈍感なところを除けば悪いところなんてそうそう無いだろう。だが、いくらなんでもフラグが多過ぎるんじゃなかろうか。
「ライバルがここにもか・・・篠ノ之のサポートは思ったよりきついな」
「・・・?さっきから何一人でぼそぼそ言ってんのよ」
「気にするな、気にしたら負けだ。諦めたらそこでゲームセットだ」
最後の一言は自分に向けての言葉の様な気がした。頑張ろうぜ、篠ノ乃。お兄さんも頑張るから。
そんな事をやっていると、俺達の部屋が見えてきた。
「・・・まあ、到着だな」
「ここが一夏の部屋・・・ね」
俺と一夏の部屋、『1032号室』のドアを睨む。まるで魔王の居城を見詰める勇者の様に・・・いや、実際には勇者がどんな目で見てるかなんてのはわかんないけどよ。
「睨んでても扉は開かないぞ」
「わ、わかってるわよ!・・・・一夏、入るわよ」
ノックもせずに凰はそう告げるとドアを問答無用で開いて、入って行く。思いっきりの良いのは感心するがノックくらいはしようぜ?
「鈴、それに零司もか」
「おう、一夏。遅くなった」
「別にかまわないけどよ・・・シャワー、先に使わせてもらったぞ」
「ああ、構わないよ。どうせお前も訓練で汗だくだっただろうしな」
「・・・なんでお前が訓練の事を知ってるんだ?」
「ちょっと!私の事無視すんな!」
「ま、俺はシャワー浴びるからさ・・・お二人はごゆっくり話していてくださいな」
ここにいても俺は二人の邪魔だろうし、バスルームへと非難する事にした。篠ノ之をサポートはすると言ったが、他の女子の邪魔をするとは言っていない。みんなそれぞれの青春を謳歌してるんだから、妨害ってのはちょっとしたくない。
「よっと」
サー・・・・
衣服を脱衣籠へと放りこむと、ジャグジーを捻ってシャワーを浴びるながら今日の出来事を思い返してみた。奏がやって来た事、『黒天』の最終調整、そして篠ノ之との協力関係。
「協力関係ねぇ・・・」
篠ノ之の事を思い返してみる。凛として、見方を変えれば何処か近寄りがたい雰囲気を醸し出している和風少女。そんな彼女と結んだ、一夏との関係を取り計らうという協力関係。
「恋愛の教授なんて俺に出来るのかね」
今更ながら、ちょっと不安になって来た。あの時はすまないと思う謝罪の気持ちの所為で安請け合いしてしまったが、これは結構大変な事である事に気付いた。第一、俺は今までそんな事をした事はない。
「別に後悔してるとかじゃないが・・・・」
難しい。非常に難しいだろう。恋愛の観点なんて人それぞれだろうし、何せ相手はあの一夏だ。ちょっとやそっとじゃ篠ノ之の気持ちを理解することは不可能だろう。本来なら某落とし神のご教授をもらいたいところだ
「だけど・・・やるしかないな」
だが、約束は約束だ。篠ノ乃だって、それなりに信頼してくれているからあんな頼み事をしてくれたんだろう。だとしたら、そんな気持ちを無碍にする事は出来ない。約束は守る、それは万国共通な気持ちだ
「やるだけやってみるか・・・・」
気合いを入れる様にシャンプーで髪をグシャグシャと洗い、一気に洗い流す。よし、可愛い年下クラスメイトの為だ、一肌でも二肌でも脱いでやるぞ。後輩に優しくできるのは先輩の特権だ。
「よし、だったらまず一夏の現在の趣味とかを――」
「最っっっ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!犬に噛まれて死ね!」
バスルームを出て身体を拭いていると何やら凰の大声が聞こえて、乱暴にドアが閉められる音が聞こえた。なんだなんだ?なんかやらかしたのか、一夏
「・・・・まずい、怒らせちまった」
「何やらかしたんだ、一夏」
とりあえずパンツだけ履いて、バスタオルを肩に掛けたまま部屋に出ると一夏が頬を押さえていた。その下は何やら赤みを帯びて、紅葉が出来上がっていた。
「いや、ちょっとな・・・」
「声しか訊いていないが・・・凰の怒りはちょっとで済まされる様なもんじゃな気がするんだが?」
バスルームから聞こえた声。あれはおそらく、本気で怒っている声だった。それに若干声が震えていたのも鑑みるに、泣いていたのだろう。
「俺は会って間もないが、凰は気の強い子だと思う。そんな娘が泣くってことは、よっぽどの事だったんだろ?」
「・・・実はさ、あいつと昔した約束の事なんだが」
昔した約束、ね。こりゃあ乙女心には効果絶大だな。でも一夏の性格を考えると、約束を忘れたってわけじゃないだろうし・・・
「その約束がどうしたんだ?」
「ああ、その約束ってのが鈴が中国に帰る前にした約束なんだけどさ。あいつの料理の腕が上がったら毎日俺に酢豚喰わせてくれるってやつなんだ」
「毎日酢豚を?」
なんだ?あいつは一夏を酢豚依存症という新種の奇病にでもするつもりなのか?ちなみに酢豚にパイナップルは入れないでほしいと思う。あれは食えん。
「あいつの家が中華料理店でさ、俺はてっきり『毎日俺に酢豚おごってくやる』って言ってるもんだと思ってたんだ」
「それで?」
「・・・・そう言ったらキレた」
一夏はため息を吐く。ええと、ちょっと情報を整理しよう。凰は一夏と古い友人でもう一人の幼馴染と呼べるほど仲が良かった。そんでもって中国に帰るという重大な時に一夏と『毎日酢豚を食べさせる』と約束した。それは凰の態度からするにとても大事な約束だったのだろう。それはもう、一世一代の覚悟でした告白の様な・・・・・・告白?
「・・・・・ああ、そういうことか」
「な、なんかわかったのか?」
なるほどなるほど、そういう事ですか。このロジックから紡ぎ出された答えは間違いではないだろう。酢豚喰わせるってのは『毎日私の作った食事を食べさせる』ってことだったのね。ということはつまり・・・・・マジモンの告白だったのだろう
「・・・それを・・・」
乙女の告白をこのノータリンの大馬鹿野郎は『飯奢る』って事でまとめやがったってわけだ・・・・そりゃあキレて泣くはな。
「一夏、ちょっと来い」
「あ、ああ・・・」
アホ面ひっさげてのこのこと俺の手招きに呼ばれて、一夏は近づいてくる。そして射程距離に入った瞬間―――
ズパァンッ!
「イッ!?」
思いっきりぶん殴った。ええ、そりゃあもう思いっきり。千冬さんの出席簿チョップに引けを取らない程度にはね。
「な・・・何すんだよ!?」
「一夏」
「な、なん――」
「風雲再起に回し蹴り喰らって頭蓋骨粉砕骨折しろ、この大馬鹿野郎」
「はぁ!?」
「もしくは黒王号でもいい、ともかく馬に死ぬくらいまで蹴られろ。そんぐらいしないと凰が可哀想でならん」
そう言い残し、俺は着替える為にバスルームへと戻って行く。その途中で「訳がわからん・・・」とかいう一夏の声が聞こえた気がしたが・・・・自分で考えろ、馬鹿野郎が。俺が言えるわけねえだろ。
そしてこの日、俺は一夏と口を訊く事はなかった。
・
「・・・・・・・・」
見上げる空は雲で覆い隠されていて、星おろか月すらも見えない。夜、時刻は八時五十五分。俺は自室ではなく、第三アリーナの会場にいた。服装は全身を覆うダイバースーツの様な特殊ISスーツ、そして首には『黒天』の待機状態である黒いチョーカーが巻かれていた。
アリーナは無論のことながら、俺をのぞいたら無人だ。観客席は無音を保ち、クラス代表決定戦の時の騒がしさを感じた後だからか、ちょっとした不気味さを覚えるほどだった。
「なるほど、五分前集合は出来る様だな・・・良い生徒だ」
ふと声の聞こえる方、Bピットへと視線を移す。そこにはいつもの黒いスーツ姿ではなく、水着の様なISスーツと、量産型第二世代IS『打鉄』に身を包んだ我らが担任教師、織斑千冬先生がこちらに向かって歩いて来ていた。
「女性との待ち合わせで遅れた事はありませんから」
「そうか?私は何かと待たされた気がしたがな」
「そりゃ気の所為でしょ・・・毎回遅れたのはあなたの方ですよ、千冬さん」
「そうだったか」
「そうですよ」
軽口を叩く俺に微笑を返す。そう、今日は訓練日だ。九時から千冬さんとの、俺の疾患の荒治療。それが今日から始まるのだ。
「・・・言っておくが、手加減はあまり出来んぞ」
「今まであなたが訓練で手加減する事なんてあったんですか?」
「していたさ、毎回な」
「そりゃ怖い・・・じゃあ、手加減でも本気で当たらなきゃいけませんね」
スッと千冬さんの目が細くなり、空気が少し肌に刺さる様な感覚を覚える。あの眼だ。ドイツにいた時、俺を訓練していた時の眼。戦いのなんたるかを知り、理解し、それを理解させようとする戦士の眼。見慣れていない人間なら、直視することで彼女に畏怖の念を覚えるであろうその瞳。
その瞳を見ながら、俺は思った。
・・・相変わらず綺麗だな、と
場違いの様な言葉。だが、俺は千冬さんを見た時に最初に思った事がそれだった。顔立ちも、四肢も、女性としてのスペックは高水準である千冬さんだったが、ISに乗った時の彼女が一番美しいと思えた。
鋼鉄の装甲に包まれ、鋭利で輝く刃を持ち、鋭き眼光を放つ。その姿はまさに
「『暮桜』じゃないのが残念です」
「心配するな、機体のスペック差でお前に負ける様な私ではない」
「どうですかね・・・案外、勝っちゃうかもしれませんよ?」
「ほう、それは・・・・楽しみだ」
今のは無論、軽口であって本心ではない。一度だって、俺はこの人に勝った事はない。弟子は師を超えるものだと誰かが言ったが、俺は未だに師を超えられないでいる。そう、彼女を超えられるのはやはり・・・・
「・・・では『黒天』を出せ」
鋭い一言で俺の思考はシャットダウンされた。意識してはやっていない。昔の訓練の時からそうだった。千冬さんが「始める」と言ったら、余計な思考は全て止める。そうでなければ、この人について行く事なんて不可能だった。
「『黒天』・・・」
黒い粒子が舞い、『黒天』を装着する。手にはブレードの『Victor』を握る。『打鉄』は遠距離装備が無い。だが千冬さんの乗った『打鉄』に遠距離戦を挑もうなどとは考えていない。すぐに接近されて、ブレードを出す前に切り刻まれるのがオチだからだ
「・・・・準備完了です」
「そうか・・・・」
ゆっくりと空が晴れ始める。雲が無くなり、月が顔を出し、俺と千冬さんを夜闇の中から照らし出す。まるでそれはスポットライト。アリーナという劇場にいる、二人を照らし出す様にして、満月が現れる。そして―――
「では・・・・行くぞっ!」
疾走。千冬さんは日本刀型のブレードを『展開』するとあっという間に間合いを詰めて、下段からの切り上げをくらわせてくる。
ヒュンッ!
「くっ!」
それを『Victor』で受け流すが続けて二連、回転を利用した横斬撃が俺に襲いかかる。早い、やはりオルコットなんかとは話が違い過ぎる。スペックで上回っているなんて事を忘れさせる様な、そんな連撃。だが、このまま相手のペースに呑まれるわけにはいかない。
「フッ!」
「・・・させるかっ!」
ぶつかり合う金属音で空気が揺れる。流れる様な斬撃を途中で受け止め、馬力で上回る事を利用して弾き返すと、そこにできたわずかな隙に最小限の動きで斬りかかる。
「甘いっ!」
「なっ!」
だがその斬撃は背後に飛ばされた勢いを利用して、千冬さんに受け流される。そして――
「はっ!」
ガガガッ!
「このっ!」
背中から斬撃を三発ほどもらい、すぐさま体勢を立て直すと同時に『Victor』を振るうが、受け止められる。すれ違いざま、ほんの一瞬だった。普通のIS乗りなら一撃だって与えられる様な時間もない。そんな中で、千冬さんは俺の『黒天』に三発の斬撃を撃ち込んできたのだ。
「早過ぎる!」
「お前が遅い!」
三発を喰らってから、剣劇が続いた。空気の振動が肌と鼓膜を揺らす。これが『打鉄』の動きなのかと、疑いたくなるような高速斬撃。それはまるで芸術の様にすらも見える。美しくも荒々しい、剣の波。その波に押されながら、俺は昔の・・・・千冬さんとの訓練時代の感覚を取り戻し始めていた。
「フッ・・・・ハッ!」
「そうだっ!それでいい!」
斬撃を捌く。弾き、受け流し、回避し、どうにか現状をキープする。徐々に、自分の中の感覚が研ぎ澄まされて行く。まるで、千冬さんという刀鍛冶が剣(俺)を鍛え直す様に。
だが――
「ハァッ!」
「その程度ではっ!」
ギュンッ!
俺の全身装甲で護られた胸の辺りが下から左斜め上へと削られる。攻撃に転じようとした瞬間、これだ。捌き始めてはいるが、どうしても反撃に回れない。威力は問題ない。問題なのは―――
「あんた、本当に人間かよっ!」
「生憎とそうらしい!」
声と同時に次の攻撃が飛んでくる。問題なのは千冬さんの圧倒的反射神経。そして行動に移す速さだ。機体のスペックは上回っても、ハイパーセンサーを駆使しても、人間としてスペックが上ならば、これだけは付いていけない。
「なら・・・これで!」
俺は『Victor』の持ち手の部分から二分し、大小二刀流へと変形させた。威力は無い、必要なのは速度・・・・手数で間に合わせる!
「二刀流か・・・お前は両手利きだったな」
「弟子の利き腕の事なんて良く覚えてますね」
「今まで育ててきた弟子の中で両手利きはお前だけだったからな!」
ガギィッ!
斜め上から流れる様にして横一閃。激しい金属音が二割増しぐらいになって、俺の鼓膜を刺激する。だが、そんな事は気にならない。否、気にしていられない。そんな事に気を回すくらいなら、目の前の攻撃に集中しろ。
「そこだっ!」
ヒュンッ!
右手のブレードで向かってくる刃を抑え、がら空きになった脇へと短い左手のブレードで斬りかかる。その動作は一秒とかからない、瞬間の動作。だが――
「だから甘いと言っている!」
「・・・っ!?くっ!」
瞬間、千冬さんは右側のスラスターを機動し、上へと飛び上がると俺の斬撃を回避、背後に回ると同時に一太刀、ウィングに当てて来る。衝撃と共にシールドエネルギーが減少する。なんだかんだでもうその数値は半分に差し掛かろうとしていた。これ以上の被弾はまずい。
「くっ・・・・そぉ!」
ガキィンッ!
「腕が鈍ってるな、零司」
「いやぁ、元々こんなもんですよ」
クイックターンで後ろに旋回、千冬さんは縦に、俺は双剣をクロスさせ、双方のブレードがぶつかり、鍔迫り合いになる。ギギギと耳触りな金属音と火花が散り、そんな物騒な状況で俺と千冬さんは言葉を交わし、俺達は小さく笑っていた。
「何笑ってるんですか」
「いや、柄にもなくな・・・・少々、楽しいとすら思ってる」
「年甲斐もなくこんなことではしゃいじゃって、俺の知ってる織斑千冬さんはもっとスマートな大人の女性だった気がしますが?」
「さて、どうだろうな」
ガッ!
再び刃は離れ、新たな剣劇が始まる。強い、おそらく一撃をくらわせるのも難しいだろう。だが、そんな絶望的な状況でも、俺は千冬さんと同じ様な心境だった。
楽しい。楽しいのだ。今こうやってISに乗って、師匠と剣を交えながら過ぎて行く時間が心地よい。今、この瞬間一つ一つを愛おしくすら思う。
「そこだっ!」
俺は・・・ISに乗っている。ISに乗れている。
「まだまだっ!」
オルコット戦では必死になって味わえなかったものを今ここで再確認させられる様な、そんな感じだった。
「千冬さん、俺は・・・」
「なんだ!」
今、俺の視界には紅い景色は無い。
「今、あなたに向かっていけるのが嬉しい!」
あるのは平和な学園で行われる、師とのぶつかり合い。
「今、この機体に乗れて、嬉しい!」
そして、大切な妹から受け取ったIS。
この状況を、喜びと讃えずしてなんとする。
「今、この瞬間が猛烈に・・・楽しい!」
再び、剣がぶつかり止まる。その瞬間に俺の視界に入った、千冬さんの顔は―――
「・・・・そうか」
確かに・・・はっきりと・・・微笑んでいた。
・
「あー・・・・・・」
数時間後、休憩をはさみながらの訓練を終えた俺はアリーナのど真ん中で大の字になっていた。全身には汗がこびりついていたが、そこまで嫌な感じはない。むしろスポーツやり切った時のさわやかな感じがする。
「あー・・・・負けた」
あれから十一時までの三時間。約十回ほどの戦いに分けてやったのだが、結果は惨敗だった。
「当り前だ、私に勝とうなど百年早い」
俺の頭の上に立つ、ISスーツ姿の千冬さんが言う。百年、つまり俺が千冬さんに勝つには人間を止めなければならないらしい。師に対しての勝利か、人間としての一生か・・・・考えるまでもない。
「じゃあ、俺は千冬さんに負けっぱなしですかね」
「少なくとも、オルコットの試合の時よりはマシになった様だな」
「みたいですね」
あの時よりも昔の勘を取り戻せた。そして何よりも・・・・
「それに制限時間も伸びた・・・・案外、この方法はお前には効果覿面なのかもしれんな」
そうなのだ。約五分から七分程度だった俺の時間が、今や十五分にまで伸びた。この訓練、どうやら劇的過ぎるくらいに効果抜群だったようだ。
「ISの試合時間を考えるとまだまだですけどね」
「そうだな・・・だが、これで訓練効率は上がる」
「ですね」
訓練効率もあがれば、さらに俺の時間も伸びるかもしれない。そうすれば、俺はもっと・・・もっと・・・この場所で・・・
「俺さ、オルコットに約束させられたんだ。望む時に戦う様にって」
急に俺の口から飛び出した言葉は、それがどうしたといった感じの、どうでもいい私事だった。だかほとんど無意識というか、勝手に舌が回ってると言った感じにぽろりといった感じに口走っていた。
「そうか」
「あと今日も・・・篠ノ之と仲良くなってさ」
「そうか」
「クラスメイトでしっかりとした友達は、一夏合わせて四人目なんだ」
「そうか」
まるで子供が親に学校での友好関係を話す様な、そんな取るに足らない話。だが千冬さんは頷いて、返事をしてくれていた。それが、なんだかとても嬉しかった。
「・・・千冬さん」
「なんだ?」
「俺は・・・・この場所が好きだ」
「・・・・そうか」
逃れられない、過去もある。そう思っていた。今も、そう思っている。過去の出来事は代えられないし、忘れろといっても無理な話だ。人は過去を忘れずに、生きて行く。その過去に囚われる事もある。でも・・・・それでも・・・・
「だから、ここで生きて行こうと思う」
過去があるから、今がある。そして俺は今を生きているんだ。思い悩んで、立ち止まることもある。でも、そこからまた一歩、次へと進んで行く。それが大事なんだ。
「・・・俺は・・・今を見ます」
「・・・それでいい」
スッと俺の目の前に手が差し伸べられる。俺よりも少し小さい、それなのに俺よりも何倍も強い手。厳しくも優しく、冷たくも温かい。そんな手を掴むと、千冬さんが俺を一気に持ち上げる。
「さあ、夜間訓練は終わりだ。すぐに戻って休め。夜遅くまで訓練していた・・・なんて言い訳で遅刻を免れる事は出来んぞ」
「はぁ・・・こりゃ毎週水曜と金曜は地獄だな・・・」
「そう思うならとっとと戻って休むことだ」
「了解・・・・」
「・・・零司」
返事を返し、俺はAピットまで戻ろうと千冬さんに呼び止められる。俺は返事をするでもなく、振り返る。
「・・・着替え終わったら、正面口で待っていろ。送っていく」
「・・・子供じゃないんですよ?」
「疲れで症状が出られても困る。いいな」
そう言い残すと千冬さんはBピットへと姿を消した。そんな後ろ姿は何処か足早だった。
「・・・優しい先生ですこと」
教官・・・いや、先生の不器用な優しさに苦笑しながら、俺もAピットへと戻って行く。こうして、俺と千冬さんの夜間訓練初日目は終了したのだった。
EP8 End