艦隊これくしょん -とある鎮守府の伝説- 作:小説はどうでしょう
「失礼しまし」
ダン! と言葉を遮るように扉が閉じられた。
「…………提督」
「……さ、次に行こう」
「……はい」
竹早と大淀がこの会話を交わすのはもう何度目だろう。
近くの基地や泊地に赴き物資を分けてくれるように頼んだ結果は、全て空振りに終わっていた。
艦娘である長門や陸奥が頼んでいた時とは違い、鎮守府提督たる竹早自らが出向いているのである。大尉としての竹早にはたいした権限は無いが提督である立場上、大佐以下の軍人には有る程度の配慮をして貰える。その為に何とか直接提督や司令官に面会するところまではこぎつける事が出来る。
だがそこから先が上手くはいかない。
――そうゆう事は軍令部を通して貰わないと――
――うちは無理だな。余裕は無いよ――
――我々に頼むよりも元帥に頼んではどうかな――
――そこらじゅう回ってるそうじゃないか。提督の誇りもないとは、所詮は大尉ということかね――
――伊佐名少将への当て付けかね。すまんが巻き添えは御免だ――
――どれだけ頭を下げられても困るよ。帰りたまえ――
無理だ。無い。帰れ。
皆、竹早に対して協力をしようとは思って居ない。
軍令部を通すのが本来の筋道であり、それを通さずに分けて貰おうとしている竹早達には確かに非があるのだろう。それは認めている。
だがここまで彼の要望が拒まれる理由の中には、提督達の竹早に対する反感も多分に含まれている事も、また認めている竹早だ。
彼は元帥と懇意であり、本来は少将や中将が着任するであろう鎮守府提督の椅子に大尉の身分で座った。
彼と提督の椅子の間には多くの将兵が居て、その誰もが竹早よりも階級は上であったことだろう。
実情とは異なるが世間から見て竹早は【元帥とのコネで提督の椅子を手に入れた男】として知れ渡っているのは事実であり、それは着任する前から竹早も覚悟していた事だ。皆が協力的な姿勢を見せない事も致し方ないとは思っている。
だが、今は差し迫った問題があるのだ。
どれだけ向こうに正当性と必然性があろうと、自分はなんとしても物資を手に入れなければならない。
その決意を胸に竹早は次に向かおうと車に向かうが、不意に気が付けば大淀の足が止まっていた。
「大淀君?」
「…………」
「どうかし」
「もう、無理ですよ、提督」
「……」
俯き立ち止まる大淀にはこれから先、どの場所に行こうとも何を言おうとも、良い結末を迎える事など出来はしないと思えた。
「今までもなんとかなったんです……あと二週間くらい私達は」
「大淀君」
耐える。それしか道が無いのだとする大淀の考えを呼びかけを持って制止する。その道は、どう考えても犠牲有りきの無謀な道だ。
竹早にはそれを容認は出来ない。それでは自分がこの鎮守府に来た意味が無い様に感じられた。
「その結論はまだ早いぞ」
「しかし」
「私達はまだ全部回ったわけじゃない。まだまだ他にも幾らでも頼める場所はあるんだ、そうだろう?」
「場所があったって……私達には」
「大淀君」
屈み、俯いた大淀と目が合う様に見上げ見詰める。
「行こう。諦めるのはまだ早い」
「提督……」
「さ、乗って。鎮守府で皆が頑張ってる。私達は私達に出来る頑張りをしないと、な」
「……はい!」
二人は再び各所を回った。
そして三度の扉を開いた時、とうとう一つ目の言葉を聞けた。それは大淀の目を見開かせるに充分だ。
「私の耳にも竹早提督の話は届いているよ。苦労、しているようだね」
「……いえ。自分は苦労とは思ってはおりませんので」
「うむ。よい答えだと私は思うよ」
「ありがとう御座います」
提督よりも些か歳上の泊地司令官である少将は、竹早の労を労い、竹早と大淀に対して若干の物資と提供を示した。その中には一回分とはいえ高速修復材も含まれていた事は竹早と大淀の表情に喜びを浮かび上がらせるに十分だった。
「少将、なんとお礼を言えばよろしいのか」
「ありがとうございます!」
笑顔を見せる竹早と大淀だったが、眼前に差し出された筈の書類が引き戻される。
? と見れば――
「私は伊佐名君とは防衛学校の同期でね」
「……え?」
「もっとも、彼は僕らの中でも出世頭では有るんだけれどもな。しかしなんだ、今回の君の行動はその彼の心胆を随分と駆らしめているようでね。私の所にも連絡がきていたよ」
「それは」
だから提示してくれているのかとも思ったが
「彼は君らに手を貸すなと言う」
「…………ぇ……」
呟いたのは大淀だった。
原因を作った本人の言葉とは思えない。思えなかった。だが先の提督の人柄を思い浮かべてみて残念な事に理解出来てしまった。
自分の失点は困る……それだけの為に、彼は物資の手配ミスを補わずに姿を消したのだから。
少将の言葉で大淀は今回の空振りを確信したが、竹早は物資の獲得を確信した。残念な事に、彼等は
「だから私はこれを渡そう。彼は少し出過ぎたからね、ちょっと足踏みしていて貰いたい。あぁ、この書類は軍令部にも話を通そうと思っているのでその積もりで頼むよ」
「……自分に出来る事があるとは思えませんが、至らぬ点がありましたらご指導ください」
「あぁ、そうだな」
表情に出したわけでは無い。筈だ。
くだらない出世争いの足の引っ張り合い。
同じ軍に身を置く者同士の権力闘争など興味は無いのだから。だがそこに価値を見出している者も居るのだ。
書類に手を伸ばした時に、言葉に棘が生まれる。
「それにしても流石は提督だな、大尉」
「っ! 自分はなにか、失礼でも」
「いやなに、失礼という程の事も無いよ大尉。ただ私の頃は、なぁ」
「あの」
目を見れば、(……あぁ)と悟る。
戦場で生きる艦娘の大淀には分からないが、軍部内で生きる自分には、分かる。
「大尉が少将に横流し的な物資の要求なんて出来るものじゃ無かったのでな。いや、言っても君はもう提督なのだから、これは寧ろ私が君に敬意を払うべきなのだろうか」
その目が雄弁に物語っている。
要するに――――
「……お願い致します。自分に物資を提供しては頂けないでしょうか。少将閣下」
――――頭が高い。という事だ。
「ていと、く……」
「……ふん」
呆然とする大淀の前で土下座をした竹早を見下し、書類の束を竹早の眼前に落とす。
「ありがとう御座っ…………います」
拾おうとした書類諸共に手を踏まれる。
本気で体重を乗せたわけではない。対した痛みなど与えられないのに、と静かに感想を持った自分が竹早は少し可笑しかった。
「忙しいのでね。私はこれで失礼するよ……竹早
「お時間をとらせ申し訳ありませんでした」
バタンと扉を閉め彼が居なくなった部屋には竹早と大淀が残される。
「とりあえずは一件目だな」
「…………」
書類を手に取り立ち上がる竹早に答える声は無く。だが突然に「っ!」と振り返り扉に向かう大淀を「大淀君っ!」と腕を掴み引き止める。
「っ!! どうしてっ!!」
振り返った大淀の瞳には涙が浮かんでいた。
「どうして何も言い返さないんですかっ!
「…………ほら」
掴み掛かり声を張り上げる大淀に微笑みながら、竹早は書類を見せる。
靴で踏まれ汚れてはいるが、確かに物資移送の手配書類だ。
「少なくともこれで
「……提督……でも」
見詰める竹早の視線はどこまでも穏やかだった。怒りも悔しさも、映してはいない。
「これで報いることが出来るならなんて事は無い」
「…………」
「こんな事で、戦う
「……提督」
「私は平気だ……君が悔しがる事なんてなにもないんだよ。いいね、大淀君」
「……はぃ」
自分に縋り涙を流す大淀を少しの間だけ宥めると、身体を離して視線を合わせる。
気恥ずかしそうなのは泣いているところを見られたからだろう。
「それじゃあ、次にいこうか」
「はい!」
二人は並んで部屋を出るのだった。
それからも幾つもの場所を巡り、部屋を訪れ頭を下げた。
結果は変わらず、得る物はなかった。だが違った事と言えば
「お願いします」
「お願いします!」
竹早と共に頭を下げる大淀の姿が見られるようになった事だろう。
無論、全ての者が冷たくあしらったわけでもない。中には
「少なくて申し訳ないが、私から渡せる物は差し上げよう」
「君には世話になったしな。表立っては無理だが、少しは融通を付けられると思う」
「工廠に行ってくれ。話しは通してある。が、その……すまんな。期待するほどは回せんが」
竹早を知る者や元帥と懇意にしていた者等、一部の基地等からは物資を調達する事は出来た。
肝心の弾薬や艦載機、なにより高速修復材などは中々手に入る事は無かったが、それでも物資や燃料など鎮守府や艦娘にとって必要かつ重要な物資や資材を、僅かとはいえ都合してくれた者達に、二人は感謝の念を抱いたものだ。
車に戻ると「ふう」と大淀の溜め息が聞こえる。
もう何度目になるか数えるのも止めて久しい拒絶を受け戻ってきた。まったく堪えないといえば嘘になるだろう。
そして時間はもう昼を越え夕方を迎えようかという時間だ。
ふ、と自分達が今まで手に入れた物資のリストを見てみると、やはり「はぁ」と溜め息が漏れた。
「……ぜんぜん足りませんね」
「他はともかく武器弾薬や修復材はな。いつ必要になってもおかしくない物だし、中々に、な」
「それは分かりますけど、それなら私達だって……」
「……」
自分達にだっていつ必要になるのか分からない。否、既に現時点で必要に迫られているのだ、と。言葉には出てこない大淀の言葉を竹早は聞き取ってしまう。
もっとも、それは始めから分かりきっていたことだ。と気持ちを切り替える。
「さ、次に行きましょう提督。ここで止まっていても手に入る物なんてないんですから」
「…………」
「? 提督?」
車を動かそうとせずに無言で座る竹早に疑問を持っていると、どこか困ったように頭を掻いた竹早は、大きく息を吐き出して諦めたように背もたれによしかかる。
「実はなぁ……当てがまったく無い訳じゃあないんだけどなぁ」
「え? 当てって、それは物資補給の心当たりって意味ですか?」
「まぁ、そうなんだけどさ」
そんな話は初耳だと目を見開く。
「どうして今まで言って下さらないんですか! そんな心当たりがあるのでしたらなにも」こんな苦労をする必要が無い。だが
「私に巻き込みたくは無かっただけなんだが」
「巻き込むって、そんな、補給をお願いしただけで」
「君も今日同行して分かったと思うが、その」
少しだけ苦笑い。
「私は軍部の連中には嫌われているからね」
「それは……」
思わず言葉に詰まる。
土下座の一件だけではない、明らかな拒絶や侮蔑を確かに目にした。
階級を無視しての大出世を妬む軍人は多いのだろうし、元帥と距離を取る軍人にとっては彼と親しい竹早はいかにも煙たい存在には違いない。
協力してくれた者達も一様に「内密に」との注釈が付いているのは、つまりは
自分に協力する事でこの人物に不利益が発生する。発生する可能性がある。だからこそ巻き込みたくは無いなどという言葉が彼の口から出てきたのだろう。大淀は竹早の心中を察して黙してしまう。
だが竹早もまた黙する。
巻き込みたくない――だけだろうかと自問自答するが、割とすんなり回答も出た。
(違うだろ。俺は……断られるのが怖いだけだろうに)
誰に断られても構わない。
誰に罵られても構わない。
だが自分が信頼している者にそれを無下にされる事は……構えてしまう。
視線を移せば自分の心中を、おそらくは誤って察しただろう大淀の沈んだ姿。
相手の事を思っている、とでも考えているのだろうと申し訳ない気持ちがある。自分が怖いだけなんだとは思ってもいないのだろう。
(そんなに高尚なもんじゃないんだけどな、俺って奴は……いかんな、こんな事では)
目を瞑り自嘲して、頭を切り替える。
自分はもう、竹早
「すまない。今はそんな事を言っている場合ではなかったな」
「……提督」
「行こう。そこが駄目なら、ちょっと後が無いからな」
「分かりました。でもどちらに?」
車のエンジンを掛けてアクセルを踏む竹早は、決意を持って口を開いた。
「横須賀鎮守府。私の古巣だよ」
車は走り出す。一路、竹早の前任地へ向けて。
◇ ◇ ◇
到着し車を降りた大淀が目にしたのは、自分達の鎮守府よりも遥かに大きい建物や敷地を持つ横須賀鎮守府の姿だった。
「さすがに横須賀ですね」
「まぁ現時点では海軍最大規模と言ってもいいからな。と! こいつは」
「提督?」
若干驚いた様な竹早の声にそちらを向いたとき、彼は敬礼をしている。なにかと思えば
「竹早じゃないか。っと、今はもう竹早提督だったな。こいつは失礼した」
おどけて笑いながら一人の軍人が近付く。
「いじめないで下さいよ大佐。流石に泣きそうです」
「はは、すまんすまん」
笑いながら握手を交わす二人。
「たったの数日でまた会えるとは思わなかったからな。どう挨拶したもんだがよく分からん」
「自分もであります。その、実は今日は」
「あぁ、それよりも」
話を打ち切る様に視線を動かせば、軍人は自分の方を見、ついで竹早もこちらを見てくる。
あぁ、と至り。
「彼女は
「大淀型一番艦 軽巡洋艦・大淀です」
「大淀君。こちらは麻生大佐だ。横須賀時代の私の上官だな」
「は! よろしくお願い致します」
「まぁ直属のではなかったがな。麻生だ。よろしく大淀君」
「は!」
二人の挨拶が終わったのを見て、竹早は早速と話を切り出す
「つきましては大佐」
「なんだ?」
「本日、室瀬提督はこちらに」
「あぁ居るぞ。っていうより、お待ちかねだ」
「はは」
少しだけバツが悪い。
行こう、と先行する麻生大佐に並ぶ形で竹早は歩き、二人の後を付いていく形で大淀が歩く。
しかし、と竹早は頭を抑えたくなる。室瀬が自分を待っているという事は
「自分達の事はこちらの耳にも入っている、という事ですか」
「そりゃあそうだろう」
楽しそうに麻生が笑う。
「軍令部なんてのはご婦人の井戸端会議よりもその手の噂話が大好物だからな。元帥のお気に入りがあちこちで物乞いしてるともっぱらの評判だ。お前が元帥の命令で各所の指令官室の絨毯を調べて回っていると言ってな。中にはそれじゃあ絨毯を新調しようかと笑い話になってる有様だよ。相変わらずお前は人気があるよなぁ」
「うらやましい様でしたら代わって差し上げますが。どこに行っても自分が知られているというのは人気者になったみたいで悪くは無いですよ」
「ははは。私の趣味ではないよ」
「それは残念です。大佐にはぜひ一度味わって頂きたかったのですが」
「っと、不味い不味い。あまり軽口を叩いているとお前の
「え?」
竹早が振り返ると少しだけ頬を膨らませている大淀と目が合った。
振り返りもせずによく分かったものだと麻生に感心しながら「大佐は冗談がお好きなんだよ」と笑顔を見せた。
俯いた大淀に笑みを見せ前を向く。
「まぁしかしここに入ってくる噂の七割くらいはそんなものだ。二割が同情、お前に好意的なのは一割がいいとこだろう」
「一割も居てくれた事が嬉しい限りです」
「嫌味に聞こえるな」
「心外です。結構本気で言ってます」
「はは。まぁお前はそういう奴だからな」
話をしているうちに提督室の前に立つと
「麻生大佐であります。竹早提督をお連れ致しました」
『入れ』
「失礼します」
扉を開けると、そこには厳とした風貌の壮年の提督である室瀬が席に座り真っ直ぐに視線を飛ばしていた。
麻生はそのまま室瀬の側面に立ち手を後ろ手に組む。
竹早と、一歩下がって大淀が部屋の中ほどまで進み敬礼をすれば
「竹早須央大尉、本日は提督にお聞き頂きたき事が」
「遅いっ!!」
「え? え?」
竹早の言葉を遮る怒声に大淀は目を白黒させてしまう。
あまりの怒声にというのも有るが。見れば麻生はこっそりと耳を指で押さえていた。
「貴様の鎮守府からここまでいったい何時間掛ければ済むんだ! 理由があるなら言ってみろっ!」
「はっ! それは我が鎮守府の事で提と」
「言い訳は聞かんぞぉっ!!」
「…………(初めて見ました。これが体育会系というも」
「貴様わっ!」
「ひっ! ひゃい!」
まさかの自分に飛び上がりそうになる。
「わ、わた、いえ、自分はその、大淀型一番艦 軽」
「一番艦ならば大淀だなっ!」
「じゅ、は?」
「大淀だなっ!」
「は、はい! よろしくお願いし」
「わかったぁ!」
「……ます」
最大規模の横須賀鎮守府の提督は、大淀の想像を遥かに超える、提督だった。
この時点で大淀の意識は浮世離れしてしまったと言って良い。もうどこか上の空だ。
無論、下界ではすでに場の主役の位置にドン! と居座った室瀬提督が鼻息を粗くしている。
「提督。あまり
「ぬ!? どこがだ! 私は友好的に」
麻生が溜め息交じりで割って入れば
「提督。それは一般的には威圧的と言うんです」
「私はいつも気を使って接しておる!」
「大佐。今週に入って泣かされた艦娘は何艦になりますか?」
「確か十二艦ほどになるな」
「なっ、私は泣かせてなどおらんぞ!」
「提督、近いです」
目鼻先にヌオッと顔が近付いてくるのを冷静に指摘する麻生だったが、若干引いていた。でなければぶつかってしまう。
「あ~、そういえば駆逐艦の
「提督……
「あ、大佐。そういえば引き篭りになった軽巡洋艦の娘はどうなりましたか」
「提督のあまりに必死な説得に酸素魚雷で自沈しようとしたのでな、南海の泊地で静養を取らせる事にした。まぁそろそろ機嫌を直すころだろう」
「しかし入渠ドックに押し入っておいて損傷が心配だったで済むと言って説得が可能と考えるとは」
「言うな大尉。裁判では負けるだろうが、言ってやるな」
「黙らんか貴様らーーっ!」
「「はっ!」」
しれっと敬礼をし何食わぬ顔でたつ竹早と麻生を苦々しく見詰める室瀬だ。
思えばほんの数日前までは、連日の様にこんなやり取りがなされていたのだと含み笑いを見せる竹早と麻生だったが、それはどこか室瀬もなのだろう。その笑みには言及はなかった。
代わりに
「ふん」
と右手を差し出す。
? と思わないでも無いが「はい」と握手をした竹早だったが
「たわけが!」
「だっ!」
握り潰さんとばかりに握られた右手もそのままに頭突きを喰らう。
頭を抑えてうずくまると
「誰がのん気に握手など求めるか馬鹿者。私は出すものを出せと言っておる」
「言ってませんでした提督」
「お前は黙っておれ」
「はっ」
涙目で立ち上がる竹早と視線を合わせれば
「どうせ持って来ておるんだろうが」
「はぁ、まぁ、それは」
「持って来ておるんだろうがっ!」
「ふぅ……敵いませんねぇ、提督には」
「当然だっ!」
竹早は数枚の書類を室瀬の右手に渡す。
それは今まで手に入れた物資を除き、残りに必要とする物資の一覧を書いたものだ。ここに来る前に大淀と共にまとめておいた。
「いらぬ手間を取らせおって」
鼻息も荒いままに乱暴に書類に目を通したかと思えば「麻生」と書類を無造作に渡す。
「準備は出来ているか」
「既に海路輸送艦隊・陸路輸送部隊、双方での輸送手続きは完了しております。積み込み次第出発、明け
「あの、大佐? 提督?」
流石についていけない竹早をいっそいい気味だと含み笑い、室瀬は麻生に向かう。
「そのリストに一割り増しだ。どうせこの愚か者はこちらの財布を心配して少なめに書いてるんだろうからな」
「了解です。すぐに取り掛かります」
「うむ。急げよ」
「はっ! 失礼します」
竹早に笑顔を見せ、麻生は足早に退室して行った。
確かに遅いと怒鳴られても仕方が無いと苦笑いをするしかない。
室瀬提督とこの鎮守府は――自分が来るのをここまで用意して待っていてくれたのだから。
自分に関わると迷惑をかける。
断られたら自分が傷付く。
そんな自分勝手な考えを持っていた事を恥じるしかない。そんな竹早だ。
自分が想う。以上の信頼を、この鎮守府の人間や艦娘から与えられているのだと、どうして自分は思えなかったのだろう。ただただ情けなく、恥じ入るしかない。
「竹早」
「…………はい」
静かで、深い瞳が自分を見詰めていた。
「この程度の物資でどうこうなる
「はい」
「誰に何を言われた所で私がどうこうなると思うなよ。私の見えない所で
「さすがにそれは問題かと思いますが」
「構わん。つまり貴様はあまり海軍大将を見くびるなという事だ。分かったな」
「…………」
「分かったかと聞いているっ!」
「はっ! 了解致しましたっ!」
「ならばよしっ!」
笑顔を向け合う二人だったが、ふ、と大淀が呆然としている事に気が付く。
「あぁ、大淀君。その……平気かい?」
「……ぁ、はぁ」
「どうかしたかい?」
覗きこむ竹早と目が合うと次第に焦点も合ってくる。
頭の中で先ほどから目の前で繰り広げられた会話を精査しているが、どうやら思考が導き出した結論は
「あの……提督」
「ん? なんだい?」
「私達への……物資補給は……その……」
「あぁ」
どこか満足そうに、竹早は大淀の両手を自分の両手で包み込む。
「横須賀鎮守府が全て賄ってくれた。明日の朝一番で、必要な物資は全て届く」
「…………すべて……明日の朝、に……」
「あぁそうだ。よく付き合ってくれたな、礼を言う。ありがとう大淀君」
「……あ…………ぁ、や」
一瞬俯き、次の瞬間
「やったーーーー!」
「っと!」
飛び上がる様に竹早に抱き付いたかと思えば、竹早の両手を掴んでぶんぶんと振り回していた。
「やりましたよ提督! やった! やりましたよーー!」
「あぁ! 君のおかげだ。 よくやった」
「あはははは――――――……ぁ」
漸く、ここが横須賀鎮守府の提督室で、自分が手を繋いでいるのが自分の提督で、その様子を見ているのが横須賀鎮守府提督である海軍大将であることを思い出した。
「し、失礼しましたああ!」
「へ? いや、私は別に」
「あ、その、私はすぐに鎮守府にこの情報を伝えに行きたいのですが、席を外しても宜しいでしょうかっ!」
真っ赤な顔には多分に照れ隠しの要素も見て取れるのだが、竹早はその事には言及せずに了承の意だけを伝えると、大淀は再度の敬礼をして提督室を後にしたのだった。
「良い
「彼女だけじゃありませんよ」
彼女の去ったドアから視線を戻せば、室瀬と穏やかに向かい合う。
「この苦しい状況下で、それでも戦線を維持してくれた艦娘達です。正直、私には彼女達に報いる術が分かりません」
「充分だ」
「提督?」
笑顔を見せるのは室瀬だ。
「大淀君はお前と一緒に喜んでくれたではないか」
「出来れば私は喜ばせてあげたいのですが、なかなか」
「だからお前はたわけなのだ」
傍に歩み寄る。
「私もお前も
「……」
「誰かに頼る事を知らない上官は、誰かに頼ることしか知らない部下よりも
「……提督」
「お前は優秀だな。そして強い。お前に救われた者も多かったことだろう。だがそんなお前だからこそ、頼って欲しいと願う思いも汲んでやれ。そうすれば、共に喜ぶ事も出来る。喜んでいる姿を見るだけでも良いのだろうが、これはこれで」
肩に置かれた手は暖かい。
「良いものだったろう?」
「……はい!」
どこか遠い視線を送る。
遅かれ早かれ竹早がどこかの鎮守府の提督になるであろう事は室瀬にも分かっていた。
だからこそ
「お前にはもっと、私の下で学んで貰いたい事が沢山あったのだがなぁ」
「……これからもご指導、お願い致します。提督」
「そんな必要は無い。そう思えている状況が一番良いのだという事を忘れるなよ、竹早
「はっ!」
姿勢をただし敬礼をする。
自分が尊敬するこの大将に恥ずかしくない敬礼を、見せたいと願ったのだった。
二人の顔に笑顔が見えた時、竹早の背後のドアが断りもなくバン! と開いた。
何事かと素早く振り返ると、そこには血相を変えた大淀がドアに手を掛けたままの状態で立っていた。
「て、提督っ! 緊急ですっ!」
「どうした!」
その様子に竹早も頭を切り替えるが、事態はより深刻で――
「哨戒線を警戒中の機より入電っ! ヲ級二隻を含む敵深海棲艦多数! 哨戒線を越え鎮守府接続海域に進行中です!」
――最悪を告げていたのだった。