艦隊これくしょん -とある鎮守府の伝説-   作:小説はどうでしょう

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第5話 とある鎮守府の駆逐艦・島風

 提督室の扉を一番始めに訪れるのは決まっている。

 

「長門です」

『どうぞ』

「失礼します」

 

 秘書艦の長門が礼をしてから提督室の扉を開けた。

 

「おはようございます。提督」

「おはよう、長門君」

 

 竹早が提督としてこの鎮守府に来てから、3日ほどが経過していたのだった。

 初日に激動の日を向かえ、二日目はその後処理に追われ、ようやく提督としての仕事が始まろうとしているのだ。

 竹早の表情にも自然と緩みが出てしまう。

 

「さて、明後日には大本営に行って会議に出席しなければならないわけだが、それまでは差し当たりの急務はない。出来ればこの鎮守府の現状把握をもっとしておきたいところなんだがね。私自身思い知ったが、どうやらこの鎮守府においては事前に貰っていた資料と現状に可也の乖離があるようだ。出来ればそれは早めに埋めたいと思っている」

「申し訳ありません」

「いやいや、それは君達の所為ではないだろう」

 いきなり謝罪されて思わず焦る。別に竹早としても

「謝罪してもらう必要は無いよ。それは一日や二日でどうとでもなる事だ。そんなに構える事も無いさ」

「しかし……わかりました。ありがとう御座います」

 礼をいい、互いに笑みを浮かべた。

 

 

「本日は提督に鎮守府内の施設をご案内させて頂こうと思っておりますが、それで宜しいでしょうか」

「うん。まぁそれはそれでお願いしたい所なんだがね……」

「他になにか?」

 頭をカリカリと掻く竹早に不思議な表情を見せる長門に、竹早は視線を送ると

「陸奥君から貰った資料に目を通していて、いくつか気になった事があったんでね。私としては先に解消しておきたいと思ってるのだが」

「問題と思われる点が御座いましたら、私としても異論はありません。私としては一番の懸念であった物資不足の改善をすでにして頂いておりますので、急を要するものは無いかと思っておりました。見逃した点などが御座いましたなら申し訳ありませんでした」

「いや、見逃したって程でもないぃ……う~ん、どうにもいかんな」

「提督?」

 一度、竹早は間を取る。

 どうにも自分のペースじゃない。

「すまないな。私はどうにもまだ自分が提督で在るという状況下での会話に不慣れでね」

「はぁ?」

「どうだろう? 私は威圧的に過ぎるのだろうか?」

「提督が、ですか?」

「ああ」

 竹早としては自分の考えを軽く口に出しているのだが対する長門の返答はどうにも謝罪に行き着いてしまう。

 対等に話そうとまでは彼も考えてはいないのだが、自分の言葉が絶対だと言い切るつもりも毛頭無い。

 要するに、一切の反抗も無く全て受け入れられ詫びられる事が居心地が悪いのだ。

 そんな思いを言ってしまった訳だが、流石に長門も呆れた様に息を漏らすと

「私も別に提督のお言葉に絶対恭順を示している訳ではありません。本日の会話の流れでは提督の言葉に相応の理が有りましたのでそれに相応しい応対をしたまでです。提督が気になさる事でもありません」

「まぁ、そう言って貰えると私としても助かるんだが」

「私としては逆にもう少し威厳をもって接して頂けると嬉しいのですが。それが提督と艦娘の正しい関係だと認識しております」

 戦場に送り出す者と出される者の関係は、多少はドライの方がいい。お互いの為に。

「正しい関係というのは主観の相違だね。私はそれが()()()な関係だとは考えているが()()()関係だとは思っていない。君達は兵学校を出た下士官ではないのだからね。上下関係ではなく共闘関係に近い物だと考えている。まぁもっとも、これは私の主観であって君に強要するものではないんだが」

「その、提督のお考えが正しいか誤っているかは別として、珍しいものだとは思います」

 戸惑う長門の答えだったが、どうやら竹早はようやく安心した笑顔を見せる事が出来た。なにしろようやく

 

「うん。その点において君と私の思考は同じ回答を出せた。確かに私は変わっているのかもしれない」

「自覚がおありなら改めてみても宜しいのでは?」

「問題ないさ。君と私は違う思考を持ってはいても同じ回答に行き着いたじゃないか。道順はどうあれそれがより良い結果にさえ繋がれば私は他には頓着しない性質でね。まぁのんびりやっていこう」

「了解しました。これからは提督が()()()()であるという前提でお付き合いさせて頂きます」

「なんか硬いよ」

「これが私ですので」

 無言で見詰めあったが、笑みを向け合う事で幕を引いたのだった。

 

「それで、提督が気になることとはなんでしょうか?」

「あぁ。実はこれなんだが」

「失礼します」

 差し出された一枚の種類に目を通した長門に

「その艦娘なんだが」

「島風が、なにか?」

 島風型一番艦 駆逐艦・島風の書類だった。

「この数ヶ月、随分と処分を受けている様だね。理由は鎮守府内における規律違反となっているんだが……懲罰房にも何度か入っている様子だし」

「はい。間違いありません」

「うん。しかしこの規律違反なんだが、これは具体的にどういったモノなのかな」

 問題のある艦娘であるのならば早急に対処をしなければならない。

 艦隊行動において致命的な事態を招く前に、である。

「鎮守府内における艤装の使用制限です」

「ふむ」

 少し、考えるが

「他の鎮守府や泊地においてもそれは明言化はされずとも暗黙のルールとなってるね。わざわざ規律化する事も無いとは思うんだが、それは演習場や工廠も含まれる訳では無いんだろう?」

「無論です。処罰の対象となるのは演習場や工廠といった艤装の必要に迫られない場所での艤装に対してのものです」

 艤装はそれ自体が兵器であり危険な物だ。

 抜き身の刀を振り回しながら一般道を歩くな、と言っているようなもので、それ自体は厳しい令とも言えないだろう。寧ろ、わざわざ明言化しなければならない事態の方が危険と言わざるを得ない。

「つまりこの島風君は鎮守府内を艤装して歩いていたという事か」

「完全武装ではありませんが、ほぼ常時、彼女は連装砲を装備して生活しております。」

「それはなんとも」

 物騒な話だ。

「当初、当鎮守府にもこの様な令はありませんでしたが、前提督の令により制令の対象となりました」

「だが彼女は止めなかった」

「はい」

「しかしそもそもなんで突然」

 何かを始めるには理由があるはずだ。

「彼女の連装砲が前提督の足にぶつかり前提督が軽傷を負いました。以降、鎮守府内の不必要な艤装は全面禁止になり制令の発令となります」

「う~ん……」

 また頭を掻いてしまう。

(若干ヒステリックに過ぎると思うんだが理は向こうにあるのか……)

 資材物資の件もあり前任の提督に対する竹早の印象は良くは無い。むしろ悪い。

 だがそれを差し引いたとしてもこの件に関する限りは前提督を責める気にはならない。寧ろ負傷者が出ている以上はそれなりの対応をしなければならないだろうし、与えた者には少なからぬ処罰も必要だろう。

 彼の行動には非が無い様にも思える以上は、と手元の書類にもう一度目を向ける。

「……むしろ島風(こちら)側に非がある事にはなるんだが……」

「提督?」

 考え込んだ竹早を待つこと少し。

 不意に顔を上げた彼は

「島風君を呼んでくれないか」

「ここに、ですね」

「あぁ。彼女からも話を聞きたいんでね」

「畏まりました。それではさっそく」

「頼むよ」

 言って長門が部屋を出ると、少ししてから大淀の声が鎮守府内のスピーカーから流れ、島風に出頭する旨の内容が告げられていた。

 

 部屋をノックされると『長門です』と聞こえ「どうぞ」と応えると「失礼します」と彼女が入室してきた。

「提督。明日以降の哨戒任務の編成とスケジュールをお持ちしました」

「ありがとう。っ! どうぞ」

 長門から書類を受け取っているとまたノックが聞こえ、それは陸奥の声だった。

 入室を促され入ってきた陸奥と軽く頷き合うと、長門は竹早の横に立つ位置を取る。提督室に提督と秘書艦が居る場合の立ち位置だ。

 横須賀では麻生が副官として任官していたので秘書艦が居なかった事を思い出しながら、陸奥を迎える。

「次回の補充物資の要請書をお持ちしました」

「早いね、助かるよ」

「いえ」

 二週間に一度の大本営での会議の際に各所の責任者が手続きを済ませるのが物資補給の通例となっていた。

 先の補充はあくまでも滞っていた補給物資の補充であり、今回のそれが通常の補給業務に当たるだろう。その量も昨日の量とは比べるべくも無く少ないものだ。

「コーヒーでもお入れしましょうか?」

「いいのかい? 嬉しいね」

「いえ。長門も飲むでしょ」

「提督室で私が休憩する訳にはいかんだろう」

「ははは。良いじゃないか。一人で飲むのも味気ないものだよ。出来れば付き合ってくれると助かる」

「提督がそう仰るのでしたら私に異存はありません」

「と、いう事だ陸奥君」

「畏まりました」

「あっ」

 思わず声を漏らす長門に振り返ると陸奥はウインクをしてみせる。

「甘めに、でしょ?」

「いや、私は別に、その」

「じゃあ提督と一緒のブラックを」

「甘めで頼む」

「ふふ。畏まりました」

 

 竹早は自ら応接用のソファーへと移り長門にも、コーヒーを持ってきた陸奥にも座る様に促した。

 多少の世間話や以後の哨戒線の変更などの話をしていると、新たに来客を報せる音が扉から聞こえ、促して入ってきたのは大淀だ。

「失礼しま?」

「すまん。こっちだ大淀君」

「っ提督。長門秘書艦に陸奥さんもこちらでしたか」

 提督の机に向かって礼をした大淀が無人の机に戸惑っていると横合いから声を掛けられ多少驚いた風だった。

 少しの申し訳なさを顔に浮かべた竹早が「なにか用かな」と笑顔を見せると

「はい。それが先ほど呼び出しを掛けました島風さんなのですが」

「あぁ、来てくれたか」

 立ち上がると

「いえ、それがその」

「大淀君?」

「……またか」

「ふぅ。まったく困った子ねぇ」

「ん? 二人とも?」

 竹早に続いて立ち上がった長門が顔をしかめる。陸奥の方は言葉とは裏腹なあまり困った風ではない笑顔を見せているが。

 不審に思う竹早ではあったが、大淀の背後にもどこにも、誰の姿も見えない事に気が付くと、視線に気が付いた大淀が教えてくれた。要するに

 

「彼女が出頭しないもので、その……いかが致しましょうか」

「ほえ?」

 まさか呼び出しに応じないとは思わなかった。

「参ったなぁ。別に咎めるつもりで呼び出している訳でもないんだが」

「あ、いえ。多分彼女もそんな積もりで呼び出しに応じないというのではなく」

「ん? 分からないな。だったらなぜ?」

「提督」

「長門君?」

 大淀に変わる形を取った長門に向き合うと

「おそらく島風は呼び出された事を忘れているのです」

「…………はい?」

「もしかしたら、提督が自分を呼んでいるんだな~、位の認識は持っていたと思いますよ」

「認識って」

 横合いからの陸奥の言葉にも驚きを禁じえないが

「それが分かってて来ては貰えないのかな?」

「島風は奔放な艦娘ですので」

「申し訳ありませんでした。大淀」

「はっ!」

「すぐにもう一度呼び出しを」

「はい」

「あと、誰か手の空いている者にも彼女を提督室まで連れてくる様に言っておいてくれ」

「それは私が手配してくるわ。駆逐艦の子達にでも頼みましょう」

「そうしてく」

「ちょっと待って貰ってもいいかな」

「っ! 提督?」

 動き出した三人を制したのは立ち上がった竹早である。

 自分の帽子をかぶるとドアに向かって歩き出す。

「どうせ今日は鎮守府を案内してもらおうと思ってたんだ。見学しがてら彼女も探すとしようか」

「提督がそう仰るのでしたら」

「それじゃあ長門。私は発令所に行っているから」

「私は通信室へ戻ります」

「頼む」

「よろしく頼むよ」

「「はっ!」」

 敬礼をし、陸奥と大淀は提督室を出て行く。

 残されたのは長門と竹早の二人だったが「それじゃあ私達も行くとしようか、長門君」との言葉を持って、二人も提督室を出て行くのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 外に出てあちこちの施設の場所を教えてもらっていると「ん?」と竹早の耳に砲撃の音が聞こえる。 

「あれは?」

「は?」

 竹早の視線を追って「あぁ」と思い当たる長門。

「誰かが演習場で砲撃の訓練でもしているのでしょう。訓練は基本的に個人の裁量に任せておりますので」

「なるほど。だがそれにしても」

 足を少しだけ向け、その海上を視線の内に捉えるが

「精度に随分と問題があるようだね。あれは確か駆逐艦の吹雪君、だったかな」

「ご存知でしたか」

「自分の鎮守府(ところ)の艦娘だよ? 知ってて当然だとは思うけどね。もっとも、話した事はないんだけど」

「それはおいおい」

 長門もまた視線を海上へと向ける。

吹雪(かのじょ)はまだ海に出て間もないですから。練度が上がれば幾分かはましになるかと」

「彼女は……実践に?」

「無論であります」

「…………」

 視線の先では自分が撃った砲撃の反動で海の上を転がる吹雪の姿が在る。

 それを近くで応援している艦娘が見えるが、長門に確かめるとそこに島風は居ないとの事。

「まだまだ実践には使えないと思うんだけどなぁ。あの外し方、あれって教本か何かを鵜呑みだよ。よく勉強したとは思うんだけどねぇ」

 理論と現実は違う。

 頭で理解した事がそのまま実現出来るのならば労はない。

 ()()()()は違う。その事を彼女は履き違えているとしか思えない。

「彼女があの様に練習をしだしたのは最近の事ですので、まだ無理はないかと」

「ふむ。あまり練習熱心な子じゃ無かったか。そうは見えなかったんだがねぇ」

 思ったのと違う。と頭を掻く。

「前提督の監督下では射撃訓練は制限が厳しかったものですから、彼女の様な連度の者は弾と時間の浪費だと禁止されておりました」

「おいおい、何を言ってるんだ。連度が低いからこそ練習させるんじゃないか。あの腕前の吹雪君を出撃させ(だし)たところで」

「実戦において敵と遭遇した場合には撃ちまくれという指示は出ておりました。下手な者が狙って撃っても当たらないのだから狙いなど付けずに撃ちまくれ、と」

「……それも前任の少将に、か」

「はい」

「ふぅ」

 帽子の上から頭を掻く竹早の目の前で、また吹雪が転がっていった。

 埠頭で並んで声を上げ応援する睦月と夕立を微笑ましく思いながら瀬を向ける。

(狙って当たらないものが、どうして狙わないで当たるというんだよ。資材や物資の中で武器弾薬が過剰に運び込まれたのはそれだったかのか。それにしても……)

「殴りてぇなぁ……」

「は? 提督、今何か」

「失礼。何でもないよ。さて、次にいこうか」

「はい……?」

 伊佐名への苛立ちを見せない様にしようとはしているのだが、どうにも漏れてしまったと反省。

【提督】に反抗する事の無い艦娘である彼女達に竹早なりに配慮をしたいとは思っているのだが、どうにも上手くいかないものである。

 

 あちこち歩きながら二人は数人の艦娘に島風の居場所を知らないかと聞いてみたのだが

 

――昨日は港に居ましたが――

――金剛のとこで紅茶でも飲んどるのではないか? ――

――さっき走っている影を見たと思いましたが――

――先ほど提督室に呼び出しが掛かってましたが、行ってないんでしょうか? ――

 

 要するに

 

「……なんだか実在しないんじゃないかと思えてくるな」

「……申し訳ありません」

 

 一向に島風の姿が見えないのだった。

 若干、足が重たく感じてしまう流れの中で、まだ行っていないと所という事で工廠へと足を向けた。

 中では一度面識を持った明石が忙しなく動いている。

「やってるな、明石君」

「っ! 提督? 長門秘書艦も」

 手を休めて敬礼をする彼女に解く様に示しす。

「先日は乱暴な対応をして申し訳なかった。このとおり」

「いいえ」

 頭を下げる竹早に慌てて頭を上げるように返す。

「忙しそうだね」

「はい」

 汗を見せながら、それでも嬉しそうに笑うと

「今までは忙しくしたくても出来ませんでしたからね。そっちの方が何倍も辛いですから。今はとっても気分が良いんですよ」

「お前には苦労をさせたな」

「そんな。長門秘書艦ほどじゃ」

 労いあう二人に申し訳ない気持ちもあるが、あまりそこに執着するのも不味いだろう。

 今、鎮守府は新たな方向に向かって動き出したばかりなのだから。

「ひとつ聞きたいんだが」

「あ、はい。なんでしょうか」

「あぁ、島風君を見なかったかと思ってね」

 何を聞かれるかと思いきや島風の名前が出てくるとは思わなかった明石だったが、そういえば、と何かを閃く。

 見てとった長門が

「何か知っているのか?」

「あ、いえ。何か知っているのは私じゃなくて夕張さん」

「夕張が?」

「はい」

 意外な名前に戸惑った長門だったが、そのまま明石に「すまないが夕張を呼んできてくれ」と言い渡し竹早と共に待つ事に。

「夕張君は確か軽巡洋艦だったか」

「はい。夕張型一番艦です」

「ふむ。ここには修復にでも来ているのか?」

「いえ、彼女は」

「提督、長門秘書艦。連れて来ました」

「……なるほど」

 言葉を遮るタイミングで現れた夕張の姿を見て納得した。

 

「夕張型一番艦 軽巡洋艦・夕張です」

 作業服に溶接面を装着した姿の彼女は見るからに工廠に訪れる者ではなく、工廠を()()()()()()()()()()()だ。

「あの、私に何か?」

「あぁ。すまんが島風君をしらないかと思ってね」

「島風ちゃん、ですか?」

「そうだ。提督室に来るように放送したのでが来ないのだ。夕張、心当たりは無いか」

「はぁ。島風ちゃんでしたら」

 キョトンとした顔を見せる夕張はそのまま答えた。

「さっきまで工廠(ここ)に居ましたけど」

「「ここ……って! 工廠に!?」」

「は、はいっ!」

 竹早と長門が思わず食い入る様に乗り出してきたので思わず引いてしまった夕張だ。

 二人としてはさっきまで居たという事に驚いた。

 聞けば島風は連装砲を修理に来たという。

「物資の補充もありましたし提督のっ! すいません。前任の提督も鎮守府を去られましたのでもう、その、修復しても良いかと思って私が……やっぱりいけませんでしたでしょうか」

「? いや修復自体は無論構わないんだが? すまんが私には言ってる意味が」

「それは私が」

「長門君?」

 いまひとつ理解出来ない竹早に長門が説明したのは、前提督が島風の連装砲にぶつかり軽傷を負った後に禁止令が発令された。その後、島風が連装砲を装備したまま歩いているのを見つけた彼が彼女を営倉に入れた。

 その後の戦闘で島風は被弾し連装砲を破損するが連装砲の修復を前提督が認めなかった為にずっと破損したままだったそうだ。

「あの頃は物資の枯渇が大問題でしたので、その、提督の目を盗んで修復とか出来ませんでしたし。今ならと私から声を掛けまして」

「……そうか」

「あの……出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした。処罰でしたら私が」

「よくやってくれた」

「…………は?」

 

 無断で前任とはいえ提督の命令を無視した事を咎められる覚悟をした夕張はよもや労いの言葉が聞けるとは思っていなかった。

 竹早はそのまま夕張に向き合う。 

「それで今島風君は」

「そうだ島風はどこに行った!」

「え、と確か……」

「「確か!?」

 

「…………昼寝しに行くとかいって、どこに行ったかは……」

 

「……昼寝……」

「島風……」

 

 がっくりと肩を落とす二人。

 

 

 ◇ ◇ ◇

  

 

 竹早と長門の二人は「すこし遅くなってしまったが昼食でもとろうか」と言って間宮に来た。

 好きなものを頼んでくれ、と言ったは良いが、戦艦の注文量を忘れていた自分を呪った竹早だ。

 自分達のテーブルに運ばれてきた食事を取りながら竹早はさっき夕張に聞かされたことをぼんやりを思い出す。

 工廠を出て行く自分に「あの、提督」と呼び止められた聞かされたのは島風の事だ。

 

 彼女が連装砲を装備し続ける理由。

 

「あの子に姉妹艦が居ないのはご存知でしたか?」

「確か……うん。そうだったね。彼女は少しばかり特殊な艦娘だと記憶しているな」

 それが? と首を傾げる竹早は、ふ、と思い当たる。

「それじゃあ彼女が艤装を外さないのは」

「はい。あの子にとっての連装砲はただの艤装じゃないんです。多分、一人の自分が独りではない事の……たった一つの家族なんだと思います」

 夕張は自分も姉妹艦が無いから気持ちが分かると寂しげに微笑んだ。

「姉妹艦って、羨ましいんですよ……私達には」

「……そうか」

「……そいいえば」と長門はあごに指を当てて記憶を呼び起こす。

「羽黒が以前に言ってました」

「羽黒君が?」先ほど会った重巡洋艦だ。

「島風が書初めに、姉妹艦募集と書いてそのまま捨てていたと」

「……募集、か」

「あのっ!」

 見れば夕張が真剣に見詰めていた。

「以前にもお願いしたんですけど駄目で……でももう一度チャンスを頂けませんか! 島風ちゃんの艤装、なんとか認めてやっては頂けないでしょうかっ! お願いしますっ」

「……」

「お願いしますっ!」

 深く、深く頭を下げた夕張の姿を、忘れられない竹早だった。

 

 

 

「…………島風君、か」

「? 提督?」

 呟きの中に疲れた雰囲気を察した長門に笑みを見せると

「すまん。ちょっと、な」

「もう一度放送で島風を呼び出しましょうか?」

「いや。そこまでする必要も無いよ……なぁ長」

「御二方は島風さんをお探しなんですか?」

「「っ!」」

 二人の会話に割ってはいる形になったのは間宮だ。

 既に挨拶は済ませているが、どうやら島風の名前に思うところでもあったのだろう。

「間宮、お前は島風の居所を知ってるのか?」

「いいえぇ。私は知りませんけど」

「ん? だったら」

 何が言いたかったのだろうと怪訝な二人に向けたのは、楽しそうな間宮の笑顔と言葉だった。

 

 

「島風さんの居場所は、分かると思いますよ♪」

「「知らないのに?」」

「はい♪」

 

 

 

 鎮守府のはずれにある僅かな林の中、緑の芝生に寝転んでいるのは島風。

 綺麗に直された連装砲と共に気持ち良さそうに眠っていると、不意に島風の頭に影が差す。

 

「…………ん…………ん?」

「…………やぁ」

 静かに掛けられた声は自分を急かすでも起こすでもない。

(…………風……みたい……)

 ゆっくりと、意識が覚醒する。

 

「…………だれー?」

「私は竹早と云う。今度この鎮守府に赴任してきた提督だよ。よろしくな」

「ていとく…………提督っ!」

 

 慌てて立ち上がる島風は「あ! その!」と連装砲を背後に回そうとするがそれで隠せるわけも無い。

 

「これは、その直したとかではなくて、その」

「うん?」

「か、勝手に直ってたっていうか」

「ほぉ。それはすごい」

 楽しそうな竹早に一層焦る島風。

「別に連れて歩いてないよ! 始めからここに」

「島風君」

「は、はいっ!」

 

 頭に手を置く。

 

「私が提督だ」

「? はい……?」

 それはさっきも聞いた。

 

「実弾を装填しないと約束出来るなら、鎮守府内を艤装したまま行動しても構わないよ」

「ぇ…………しないよ! 絶対しないっ!!」

「ふふ、約束できるのかな?」

「するっ!」

 背伸びする様に見上げる島風の姿に竹早の笑みが零れる。

 

「だったらよし。鎮守府内艤装禁止の令は現時刻を持って破棄とする。で、いいかな? 長門君」

「……提督がそうお望みなら、それで宜しいかと」

「あぁ、お望みなんだ」

「ならば私から言う事はなにもありません」

 

 頭を下げた長門の顔に僅かな笑みが浮かんでいる。

 どうやら問題は無さそうだと島風を見やり

 

「と、いう訳だか」

「ありがとー提督ー! 行くよっ連装砲ちゃん!」

 

 自分の話をどこまで聞いているのか定かではないが、連装砲と一緒に駆け出していく島風の姿を眩しそうに眺める。 

 

 

「なぁ……長門君」

「はい、提督」

 並んで島風の後姿を見詰める。

 

「もし私が伊佐名少将と出会う様な事になったら私を羽交い絞めしてでも止めてくれ。殴りたい衝動を止められる自信が無い」

「殴っていただける前に止める自信はありませんが、努力はします」

「ははは。まぁ、努力程度で結構だよ」

「ふふ、そういう事でしたら……はい」

 

 楽しそうに穏やかに、二人はまた視線を移す。

 笑い声を響かせながら草原を跳ねる様に走る島風を、静かに眺めるのだった。

 

 

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