艦隊これくしょん -とある鎮守府の伝説- 作:小説はどうでしょう
大本営の前に立った竹早の背に「よう! 来たな提督」と声が掛けられた。
振り返ればそこには
「麻生大佐」
「提督としてはお初だな」
「お手柔らかにお願いしますよ」
横須賀時代に何度も来ているとはいえ提督となってからは初めての大本営だ。
幾分の緊張をしていたのを見取っての声掛けだと思えば感謝の念しか持ち得ない竹早だった。
並んで建物の中に入っていく。
「今日はなにやら提督級の会議らしいじゃないか」
「軍省の声掛けみたいなんですが、どうにも」
「キナ臭いのか?」
「戦線が拮抗してるこの時期にですからね。自分にはこのタイミングがどうにも」
「打って出たがる奴も居ると?」
「じゃなければ良いとは思いますけど、っと」
大きな会談に差し掛かれば
「申し訳ありません。自分は先に物資の手配を済ませなければなりませんので」
「あぁ。流石に毎月来られたんじゃウチも笑ってられんからな」
「了解です」
笑顔で麻生と別れ、かつては馴染みの受付に顔を出す事に。
「まいどです! 荒田さんっ」
「っ! 竹早君」
馴染みの顔を見付けて話し掛けた竹早に笑顔で応えた女性仕官は物資の申請書を受領する係りの一人だ。
竹早とは結構な付き合いになっている。もっとも、数日前までは横須賀の使いとしてだが今は
「あ、今は提督だっけ。君付けじゃまずいか」
「よしてくださいよ。荒田さんに敬語使わせたら自分が大佐に殺されます」
「あら? まるで麻生さんが私に気があるみたいじゃない?」
「…………大佐には言わないであげてくださいね、それ。死ぬからあのひと」
「?」
まさか気づいてすら貰えてなかったのか……と嘗ての上官を不憫に思う竹早だった。
「それで? 今日は要請に来たんでしょ」
「はい。これ」
渡された要請書を読み進めていく。
非常識な量や物資を要求しない限りは大抵は現場の要望通りの物が貰えるのが現状だ。物資不足はまだ喉下までは迫ってはいない。そう遠くないうちにそんな日が来るだろう、というのはこの課に関わる者の共通の認識ではあるが
「まぁ、問題は無さそうね……うん、なかなか良い出来よ」
「うちの艦娘は優秀ですから」
「身内贔屓ねぇ」
笑いながら【可】の判を押して次の手続きへ書類を送ると
「でも竹早君の新しい鎮守府、この間まで大変だったって聞いたけど」
「ここにも噂が来てますか」
「そりゃくるでしょ」
物資の不足と大淀を伴っての各所行脚の一件は軍部内では知らない人は居ないほどだ。当然と言えば当然だった。
頭を掻く竹早は苦笑いを浮かべるしかなく、荒田もまた苦笑で見てやる。
「私もねぇ、随分と要請が来ないから変だなとは思っては居たんだけどね、流石にこっちから切り出せる類の話じゃないから」
「いえ。それはもちろんです。こちらの不手際ですので荒田さんには気に止めてくれてただけでも嬉しいですよ」
「ま、お互い室瀬提督には感謝しましょ」
「自分は多分一生頭が上がらない気がしますよ」
「それは元からでしょう」
「そんなぁ」
あはは、と二人で笑いあう。笑い合えるのだから、いまはもう良しとしよう。
二人は会議が始まるまでの少しの間、穏やかな時間を過ごしたのだった。
◇ ◇ ◇
鎮守府。駆逐級の中では
「ふみゅ~~~なのです~~」
「しっかりしなさい
「もう! なんでこんなに多いのよ」
「…………無理かも」
第六駆逐隊が足柄に出された課題の山に悪戦苦闘しているなか、横では
「ぽい~ぽい~~」
「大丈夫だよ夕立ちゃん、もう一度始めから」
「あ、吹雪ちゃん」
「なに? 睦月ちゃん」
「島風ちゃんが寝てる」
「っ! もう! 島風ちゃんっ!」
「…………ん……おやすみ」
「だめーー! おやすみ駄目だってばー」
こちらもこちらで悪戦苦闘の様子だ。
どうやら知識という面に関しては吹雪や睦月に長がある様だが、それでも基礎知識程度でしかない。
駆逐級の先行きはまだまだ暗いと言ってもいいだろう。
もっとも、外は外で一向に予備の減らない的に模擬弾を消費し続ける者やグランドでへたばってる者も少なくない。
「足柄姉さん」
「羽黒」
廊下で姉に追いつき揃って歩く姉妹は胸元に教本を抱えている。
「どうですか? 駆逐艦の子達は」
「まぁ予想通りね。自分の魚雷の射程も分かってないんだもん」
「そうですか」
教える事は山積みだと実感してしまう。でも
「教練、復活して良かったですね。少しでもあの子達に力を付けてあげられます」
「そうね」
不意に外で声を張り上げてる利根を見掛けるが、その表情は生き生きとしていた。
きっと彼女も今この瞬間が嬉しいのだろうと笑みを浮かべる。
「案外……」
「え?」
足柄の声に引かれてみれば
「……良い提督なのかもね。今度の提督は」
「……はい、私もそう思います」
沈める為ではなく
彼はきっと駆逐艦だけじゃなく、自分達に向けても言っていたのだと分かるから。
あの子達を沈ませるな。お前達も沈むな、と。
「いきましょ、
「はい!」
二人の表情もまた利根と同様に生き生きとしていることに、本人達は気が付いてはいないのだろう。
◇ ◇ ◇
大本営の広い会議室の中。
竹早は末席へと座り他の席へは次々に鎮守府や泊地、基地などの提督、司令官が着席していた。
「聞いてますか? 今回の議題」
「新しい作戦だろ?」
「海軍省からの提案だってよ」
「
「嫌がらせだろ? 藤崎
様々な話があちらこちらで小声でなされている中、無言で座る竹早の耳に最前の扉が開く音が聞こえれる。
見れば室瀬大将が入室した。
一斉に立ち上がり敬礼をする室内の者を一瞥し自分の席に着席すると、他の者も座る。
会議の始まりが、暗に示さるのだった。
「本日、お忙しい中皆様にお集まりいただいたのは他でもない。敵、深海棲艦に対する新たな作戦行動についての会議であります。資料を」
進行役の言葉を受け、皆の下に資料が配られる。
竹早の下にも配られ、見れば【棲地MO 攻略作戦要綱】とある。
「MOとは」「他にもあるだろうに」「大丈夫かね」
ざわざわと騒がしくなる会議場だ。
棲地MOはつい三ヶ月前に軍令部指揮の下で一大攻略作戦を敢行し大敗を喫した場所であった。
海上航路の重要な起点でありまた豊富な資源を有した重要拠点。なんとしても押さえたい場所でもあるが敵にとってもそれは同じらしく、飛行場姫が棲息し多数の護衛艦隊を有している難攻不落の敵拠点だ。
その一点にのみ戦線が収束されるのであれば再攻撃も可能だろうが、現在は各地において散発的に深海棲艦との戦闘行為が続いている状態だ。それほどの大戦力を割ける状況ではない。
流石に疑問の声もちらちらと聞こえてくると
「それでは、今回の作戦立案者に作戦の概要を詳しく説明してもうことにする。入りたまえ」
『失礼致します』
言って扉を開け入ってきたのは
「海軍省 情報作戦本部 伊佐名少将であります」
皆の前で悠然と敬礼してみせたのは竹早の前任、伊佐名少将であった。
「…………(伊佐名……あいつが」
自然と厳しくなってしまう竹早の視線の先で涼しい顔で一同に敬礼をする伊佐名。
その表情には余裕と自信が漲っていると言っても過言ではない。
「この度、我々情報作戦本部の立てた棲地MOの攻略作戦をご説明させて頂きます」
手元の資料を補足する形で説明を始めた。
「まず各陣営より抜錨した十個艦隊を主力艦隊とし棲地MOに向けます」
「しかし十個艦隊とは」
「前回の六割にも満たない戦力で」
前回攻略戦時にはより大艦隊で挑んで敗れたのだ。
流石に疑問の声も漏れる。
ざわめく一同を制し伊佐名は続けた。
「この主力艦隊の任務はMO攻略ではありません」
「というと?」
「主力艦隊の任務は迎撃に出撃してくる敵艦隊の誘導であります。主力艦隊は敵艦隊をここ――」
正面に張られた地図の一点に印をつける。
「ポイント
「……ふむ」
「そして護衛艦隊不在の棲地MOに対して北方の岩礁地帯を通り抜けた奇襲部隊二個艦隊をもって飛行場姫を叩きます!」
おお、とどよめく一同に笑みを浮かべる。
「この奇襲部隊には鹿屋基地より精鋭艦隊を送り出していただきます」
「我が基地より天龍と龍田を旗艦とした二個艦隊を出撃させます」
基地指令が同意を示すと伊佐名は満足げに頷く。
だが一同には、そんな程度でほんとに落とせるのか? との不信が見て取れるがそれすらも伊佐名には織り込み済みだ。
「そして飛行場姫を失い浮き足立つ敵艦隊に止めを刺すのは、我が空軍の新型爆撃機による技術研究所が開発した新型特殊大型爆弾の高高度爆撃です」
新型爆弾の資料が張り出されるが一同のざわめきは納まらない。
無理も無い。
通常兵器では深海棲艦の張る結界は破れないのは身に染みているのだ。
破れるのはただひとつ。艦娘の兵装しかありえないのだから。
無論、それは伊佐名も充分に承知しているはずだと見れば
「皆さんの懸念はもっともです。ですがこの新型爆弾の威力は41センチ砲の20倍です」
「それは」
「我が技研の計算上、ヲ級の結界を完全に無効化出来る数値です」
会議室がどよめく。
それが本当なら、MO海域に存在する全ての深海棲艦に有効という事になる。あの海域で一番に厄介とされているのが多数配備されているヲ級なのだから。
「敵艦隊中心に爆弾を投下し敵艦隊の大半を撃破します。そして残った敵艦に対し主力艦隊、そして飛行場姫を討った奇襲部隊をもって挟撃! 敵残存艦隊を殲滅し棲地MOを……奪還しますっ!」
おおおお、と会議室にどよめきが起こるが、それは伊佐名の案を歓迎するムードとなっていた。
室瀬などの一部を除き、どこか勝利を確信した言葉があちらこちらから聞こえ伊佐名の表情にも自信の笑みが浮かんでいる。
「それでは、とくに質問などが無いご様子でしたら、皆様から出撃していただくことになる艦隊の振り分けに取り掛かりたいと思いますが、っ! …………ご質問がおありなのでしょうか? え、と」
「竹早須央大尉であります」
戦勝ムードの会議室にあって、スッ! と手を挙げた竹早に視線が集まる。
「貴様、大尉の分際で! 場をわきまえ!」
「まあ良いではありませんか。彼は大尉としてではなく一提督として列席しているのですから、発言の資格は充分にあるではありませんか」
「ぅ、君がそういうのなら」
いきり立った者を押さえ、伊佐名は余裕の笑みを浮かべ竹早に視線を送った。
「それで? 竹早大尉。疑問の点などあればなんなりと聞いてくれたまえ」
「それでは」
余裕の伊佐名を前に席を立った竹早は
「この作戦ですと成否を分けるのは新型爆弾に掛かっているという事になります」
「無論、そうだね」
「しかし
「その点は充分に考慮し検討を重ねたのだよ。だが今回の新型爆弾はその懸念すらも吹き飛ばす事の出来る代物だ。唯一の問題はあまりの超重巨体の為に輸送に足る爆撃機が存在しなかった点だった。それを今回は新型爆撃機が実現してくれたのだ。この作戦が成功すれば今後の深海棲艦との戦いは大きく我が方にその天秤を傾けるだろう。艦娘だけが頼りなどという不甲斐無い状況からの脱却は、我々帝国軍人にとっても念願でありましょう」
頷く者が多くいた。
「主力艦隊が敵艦隊を誘き出すとなっていますが、敵艦隊を全て誘き出せるという保障もありますまい。もし棲地に護衛艦隊の一部が残留してしまえば奇襲部隊が二個艦隊のみでは飛行場姫の攻略は困難を極めるでしょう」
「敵の戦力は既に把握済みだよ。だからこその十個艦隊だ。それ以上で攻め込んでしまえば敵は棲地防衛に専守してしまうだろう」
「しかし資料を見たところこのデータは三ヶ月前の会戦を下に製作されています。敵勢力がこのままでいるとは思えません」
「補充の分は考慮している。兵力という物は湧いて出てくる物でもあるまい。まあ
「奇襲部隊の攻撃が成功しない場合、主力艦隊は制空権を失う事になります。そしてそれは爆撃機の作戦行動にも支障を来たすでしょう。そうなったら」
「爆撃機の高度は一万メートルだ。敵の艦載機はこの高度には到達できない」
「しかし」
「もういい大尉」
言葉を切られる。
「君の懸念はよく分かった。その上でだ。どうでしょう皆さん。ここはひとつこの作戦について決を採ってみては」
周囲の者からもそれが良いという声が上がると
「それでは……今回の棲地MO攻略作戦に賛成の方は挙手をお願い致します」
伊佐名の言葉で皆が手を挙げる。
立ち尽くす竹早の他にもう一人、手を挙げていないのは室瀬だったが
「……室瀬大将は反対ですか?」
問いかける伊佐名の言葉には余裕が見られ、静かに一同を見渡した室瀬は
「…………」
す、と手を挙げた。
「君は?」
「自分は反対です」
「そうか」
最後まで手を挙げないのは竹早一人だったが、それでも決は取られたのだ。
「だが賛成多数でこの作戦は決行となった。君は帝国軍人として、いや提督として、この作戦に参加する義務があるのだが……それにも承服はしないという事かな?」
それはもう反対ではない。ただの反逆でしかない。
「……いえ。それが軍としての決定であれば自分はそれに従う所存です」
「ふむ、それでこそ提督だよ。私も君の様な理知的な人間が後任の提督であった事を嬉しく思うよ」
「……ありがとう御座います」
苦渋の中、竹早は席に座る。
伊佐名が意を得たりと快活に進める会議の中、ただ静かに拳を握り締める竹早であった。
◇ ◇ ◇
会議が終わり皆が部屋を出て行く。
座ったまま席を立とうとしない室瀬に竹早が駆け寄ると
「なぜです提督っ! この作戦はあまりに」
「言うな」
「っ!」
竹早の言いたい事は無論、室瀬にも分かってはいるのだ。だがその立場は微妙なものだった。
「あの場で私が強行に作戦に反対すればあるいは作戦の延期くらいには持っていけたのかもしれん」
「でしたら」
「しかし遺恨は残る。それもあの場にいる全員だけじゃない、海軍省や技術研にも広がる程にな。私に従う者も多い以上、それは避けねばならん」
自分の持つ影響力は自分自身が一番良く理解している。だからこそ、大多数が賛成する作戦を自分の思いのままに反対する事は出来ない。
あるいは竹早以外の者が反対を唱えているのであれば話は違ったのだろう。
だがあの場で反対しているのは竹早一人であり、彼が自分の嘗ての副官であり、先日の物資の譲渡も皆の知るところとなっている以上、室瀬が竹早に肩入れする訳には行かないのだ。それでは作戦に反対する理が損なわれてしまう。
そして最大の問題もある。だいたいにして
「あの作戦がうまくいかないと決まった訳でもないのだ。例が無い、データが不足している、確かに失敗の要因を数え上げていけばキリが無いのかも知れんが、それでは作戦の立て様も無い。そうだろう」
「それは……しかし今回に限っては」
「必ず成功する作戦など存在しない。ならば成功させるために全力を尽くす。今はこれしかあるまい」
「提督…………失礼します」
敬礼をし竹早は会議室を後にした。
「……まったく」
部屋の残されたのは忌々しげに作戦要綱の束を睨みつける室瀬だけだった。
数人の取り巻きと共に大本営の中を歩く伊佐名に「待ってください! 少将っ!」と声が掛けられた。
振り返れば走ってきた竹早が自分達の背後に走り寄って来る。
苛立つ周囲の者を制し笑顔を見せると
「まだ何か? 大尉」
「不躾に申し訳ありません」
敬礼をする竹早に「構わないさ」と余裕を見せる。
「先の作戦についてです」
「その話はもう済んだろう」
「はい。それは自分も分かっております。ですから作戦の参加に関して自分に思うところはありません」
「それは助かるね」
また反対してくるのだと思っていたが幾分肩透かしをくらった。
存外骨が無いと笑みを浮かべもしたが、つづく竹早の言葉は予想と離れる。
「せめて作戦前に今一度、敵棲地への偵察を行って頂けないでしょうか」
「だから敵戦力は充分に」
蒸し返された話に苛立つ。
「分かっております。情報部の分析を信頼するに些かの疑問もありません。ですが念には念をと言うではありませんか。艦隊規模でなくても構いません。せめて偵察機による簡易な索敵でも良いので検討しては頂けませんか。敵艦隊の情報が僅かでも掴めれば」
「見つかればこちらが攻略に打って出ようとしている事が敵に知れてしまうだろう。それくらいは分かってくれていると思っていたんだが。私は君を買いかぶって居た様だな」
呆れた風の伊佐名に同調するかの様に取り巻きが笑うが、竹早にそれらに頓着する気は無い。
「無論危険はありましょう! しかしここで得られる情報には危険を冒すだけの価値がある筈です! どうか今一度、検討を」
「くどいっ!」
伊佐名の怒声が周囲に響いた。
辺りがざわつき何事かと視線が集まる。
「大尉の意見は充分に聞いたし検討もした。その上で私は不要と判断し私の決定を上層部は採択した。これ以上は君の権限と職務を逸脱した行為だ。少しは自重したまえ」
それでも、止まれない。
「お怒りは分かります。お叱りもごもっともです。ですがどうかっ! 今作戦において決定打が決定打足りえるかどうかも不確定なのです。せめて少しでも、ひとつでも確定した情報を得る事が出来れば戦局を優位に運べるかも知れません。ですから」
「不確定だと? ふん。だから、新型爆弾は深海棲艦に有効だと何度言わせれば気が済むんだ君は」
「ですがあくまでそれは机上の論理であって」
「既に実証済みという事だ」
「……実証、とは」
聞いていない事だ。
「それは……既に新型爆弾を使って深海棲艦を撃沈した、という事ですか?」
「無論だ。それ以外に何がある」
伊佐名の自信が理解できた。
既に実験を終えていたのであれば確かにあの作戦も成り立つのかもしれない。
竹早の中で爆弾が有効と考えて作戦をもう一度検討してみようという考えが生まれだした――――時。
「既に敵駆逐イ級に対して爆弾を投下、直撃させたよ。結界諸共に吹き飛んだ。確実に有効なんだよ、新型爆弾はな」
「………………ぇ……」
伊佐名はそう言って、笑顔を見せていた。
彼は言った。
イ級に爆弾を投下したと。
それを――直撃させた、と。
「……どう……やって……」
「ん?」
小さな声に一瞬聞き取れなかった伊佐名が「何か言ったかね?」と聞き返せば
「どうやって……爆撃機から投下した大型爆弾を、イ級に直撃させる事が出来たのですか?」
艦娘の艦載機とは訳が違う。
有人飛行の爆撃機からの爆弾投下で動き回るイ級に直撃させるなど不可能に近い。
絨毯爆撃ならまぐれもあるだろうが、有効無効を知るための実験には正確性を求めなくてはならないはずだ。
そして伊佐名は、当たり前の様に、答えた。
「駆逐艦を一隻捕り付かせて動きを止めただけだ」
「なっ!」
「ん? どちらかというと捕りつかれていたと言った方が確かか?」
どっちの言い様が正しいのだろうか? と頭をひねる伊佐名に、どこか呆然と立つ竹早は
「それは……どう、い」
「うん? ちょっとした策だよ。イ級の出没する海域に駆逐艦を張り付かせて置いただけだ。まぁ、釣りだな。向こうを探して追うのでは命中は難しいからな。こちらの意図した海域で餌に喰い付いてくれれば狙いは外さんよ。こちらの用意した
「……その……駆逐艦は……」
「ん? あぁその事なら心配無用だ。そうだろ? 秋田」
「あぁ」
呼ばれたのは先の会議室でも発言した鹿屋基地の司令官だった。
「航行も砲撃も満足に出来ない配属したての駆逐艦だ。戦力的には数える事の出来ない艦娘だからな。本作戦になんら影響は与えんよ」
「と、いう事だよ大尉。君が心配する様な作戦に影響を来たす様な戦力減反は無いさ」
「…………」
ただ、無言。
「それにしても一隻失った事には変わりないからな。失点は響いてるんだぞ伊佐名」
「分かってるさ。この作戦が成功すれば俺も中将だ。その時はお前も
「出来れば迎えの車と美人秘書も付けてくれよな」
「贅沢抜かすなよ」
楽しげに語らう二人と、それに追随して笑い合う取り巻きを前にして、小さく、それでも聞こえる様に、問う。
「……貴方達にとって……」
「ん?」
「なにか?」
静かに、問う。
「貴方達にとって…………艦娘ってなんなんですか……」
それが聞きたい。せめて、聞きたい。
だが、聞かされるのは、望んではいない言葉。
「決まってる。化け物だろう」
伊佐名は当たり前の様に口にした。
「人類の兵器が通用しない深海棲艦。そんな化け物と戦える存在の艦娘。それが化け物でなくてなんなんだ?」
「竹早大尉と云ったか? 君には深海棲艦と艦娘の区別が付くのかね。正直俺には区別が付かんね。まぁ、話せて使える分だけ艦娘がマシってだけだ」
彼らにとってはそれが当たり前なのだろう。
その言葉に些かの迷いも無い。
「仮にこのまま深海棲艦との戦いに勝利したとして、今度は艦娘が人類の敵にならないと誰に言えるんだい? そうなった時、艦娘に対して我々が勝てる見込みはあるのか?」
「正直、鎮守府や基地など化け物の巣窟だよ。俺は夜もおちおち寝てられないな」
「俺もそうだったよ。まぁだからこそ、そう言った意味でも今回の実験は有意義だったよ」
「あぁ。我々にも艦娘を討てる事が分かった訳だしな」
「まったくだ」
無言の竹早に用は無いと察したのだろう。
笑いながら立ち去る一同をただ見送り
「はははっ、ん?」
不意に、秋田の肩に手が置かれる。
「いい加減にしろよ竹早大尉っ! あまりしつこいと俺達ぅぼぉぎゃっ!」
振り返った――――その口に拳が埋まれば、そのまま悲鳴を上げる間も無く吹き飛んだ。
「なっ!」
ぴくぴくと痙攣をしている秋田を呆然と眺める伊佐名が視線を移せば
「おおおおおおおおおっ!!!!」
「待ぎゃひ!」
竹早の雄叫びと共に、伊佐名の鼻に拳がめり込んだ。
「がああああ! 鼻は! 鼻はーーーっ」
倒れ込む伊佐名の胸倉を掴み無造作に引き起こす。
「……知ってるか……」
「ひ、ひさま! ぴょっ!」
ガンっ! ともう一発入る。
胸倉から放さない左手が伊佐名の身体を固定する。
「怖くて、脅えて、それでも戦いに出る艦娘が居ること貴様知ってるかっ!」
「はなか! はなぎぇふ!」
また、入った。
それでも身体は放さない。
「仲間が沈んでも戦って! 仲間の為に沈むまで戦った艦娘が居たの貴様知ってるかっ!」
「……やめ、も、やぶひゅっ!」
ぐったりとしても入れられた。
脱力したからだを左手だけで引き寄せられる。
「大事な者を失って! 自分が残されて苦しんでっ! 大切な者を理不尽に奪われてっ! 泣いてっ! 哭いてっ! それでもまだ戦い続ける艦娘が居るのっ!! 貴様知ろうとした事があるかっ!!!」
「…………た、たす、けっぶ」
既に変わってしまった顔に、それでも拳が入れられた。
握り掴む左手が食い込む自分の指で血に染まる。
「…………も……や、め……」
「貴様が! 貴っ様ごときがあああああっ!!!」
大きく振りかぶった拳を思い切り振るう――――が
「そこまでだっ!」
割って入った麻生が拳を止めた。
そのまま身体を捻じ込み竹早から伊佐名を解放すれば、そのまま壁に竹早を押し込む。
「放せっ! 邪魔するな!」
「もういい竹早! もういいっ!」
「どけええええっ!」
「やめるんだっ! 貴様死にたいのかっ!!」
「っ! ぅうああああっ!」
「ここまでだっ!」
荒い息の竹早と麻生が睨み合い、暴れる竹早を強引に押さえ付ける麻生の周りでは、一斉に数丁の銃が竹早に向けられていた。
「撃つなっ! 撃ってはいかんっ! これは命令だっ!」
「しかしっ!」
「俺は麻生大佐だっ! 横須賀の室瀬提督の副官だっ! 責任は全て提督が負うっ!」
「っ!」
海軍大将の名前が出た事で周囲を取り囲んだ銃口から殺意が消えた。
やがて現れた憲兵隊に
「こいつを営倉に入れておけ。あと少将達を直ぐに医務室に!」
「はっ! おい!」
「はっ!」
呆然としている竹早はそのまま手錠を掛けられ連行されていく。
竹早に手錠がされた事で意気を取り戻した伊佐名の取り巻きは「大尉の分際で少将を二人も襲うとは!」「反逆罪だ! そいつを殺せ!」と息巻く。
「我が軍規は私刑を禁じているっ!」
「相手は少将だぞっ!」
「たとえ少将が大将でも同じ事だ。罪があるのなら軍事法廷で裁かれるのが法であり理屈である。そうだな憲兵」
「はっ! その通りであります」
憲兵は取り巻きに向き合うと
「竹早大尉の身柄は軍規により我々が拘束致します。では、失礼っ!」
整然と去る憲兵隊と竹早と苦々しく睨みながら、そのまま伊佐名や秋田の下へと急ぐ取り巻き。
当事者達が居なくなっても周囲は騒然としている。
突然の暴力騒ぎで浮き足立つなか、麻生の下に荒田が駆け寄る。
「麻生さん」
「荒田さん」
近付いてくる荒田を待つと、その表情に不安が浮かんでいるのが容易に見て取れた。
騒ぎに気付き麻生を呼びに走ったのは荒田だったのだが、それが遅かったのか間に合ったのかは自分にも分からない。
「もっと早くに気付いていたら……私」
「貴女の所為ではありませんよ。むしろ助かりました。もし少将に死なれでもしていたら流石にどうにもできませんでしたから」
なんとかこの場での最悪は防ぐことが出来た。だが、あくまでもこの場での、との言葉が有りきだ。
「竹早君……いったいどうしてこんな事」
「私にもまだなんとも。すいません、私はすぐに提督の下に行かなければ! この御礼はいつか必ずっ!」
「そんな事はいいから! 早く行ってください!」
「失礼しますっ」
そのまま駆け出す麻生を見送り、荒田は竹早が連れて行かれた廊下の先を眺めるのだった。
「竹早君…………貴方どうするのよ……」
お読みいただきありがとうございます。
作中の【棲地MO】は思いっきり適当につけましたので何処でもありませんw