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――拝啓、あなたへ。
あなたがいつか受け取る事を信じて、このメッセージを送るわ。
……メッセージを送ると意気込んでみたけれど、どんなことをあなたに話せばいいのか。そんな事すら考えてなかった。
とりあえず、わたし達の近況を知らせなきゃね。
お父様のデビルガンダムを打ち倒して、あなたがこの世界に居ないと分かって。そこから先の事は、多分あなたは知らないと思う。
コロニー連合軍において、お父様は地球攻略の司令官だったの。その司令官が戦死したことで、コロニーの地球への攻撃は一時頓挫。その間に地球軍は宇宙方面軍の再建に努めたことで、コロニー軍との宇宙における戦力的拮抗状態が回復、地上にあった戦線が宇宙にまで押し上げられたわ。
でも、戦線はそこで膠着した。コロニー軍の戦力が予想以上に存在したことに加えて、地球軍も宇宙に部隊を上げる手段を制限されていたからよ。
宇宙に部隊を上げる方法は、いまのところ二つに一つ。
一つ目は機動エレベータを使う方法。けれどアフリカタワーは、あなたも見たとおり損傷を受けて使えない状態。今も復旧がいつになるかは分からないし、他の機動エレベータターミナルは未だにコロニー軍に占領されていて、使えなかったの。
だから残るもう一つの方法、パナマ基地のマスドライバーを使う方法しか残されていなかったのだけれど、マスドライバーのキャパシティ以上のものをいきなり空に上げることはできないから、宇宙への部隊の展開は遅々として進んでいなかった。
コロニー軍の残党がゲリラ戦を展開していたのも、地球軍の宇宙進出が遅れた原因でもあるわね。
ともかく、戦力的拮抗状態によって戦線が泥沼化しようとしていたのだけれど、ここで地球軍側コロニー側双方から停戦の申し入れが示されたの。
いまだかなりの戦力が残るとはいえ、司令官を失って指揮系統が混乱しはじめていたコロニー軍地球攻略部隊の消耗を避け、余力を残したいコロニー側と、戦力の逐次投入によるジリ貧のような消耗戦を嫌った地球側の思惑が一致した形だと、マドック副長が仰っていたわ。その一役を担ったのは、実はわたし達アークエンジェル隊なの。
ルル・ルティエンス艦長は勇気と覚悟と信念を持って、あの人のお父様にコロニー側との平和交渉を直談判したそうよ。
あの人なりに現在の戦況を分析して、その先に繰り広げられる惨劇を予想した。そして世論や軍事的政治的な反論も踏まえた上で、ルルは敢えて自分を守ってくれる権威を頼ることにしたの。
マドック副長によると、ルルのお父様も地球軍が一息つける機会を測っていたそうよ。そして「軍人としてはまだ甘いが、人間として立派になったな」とこぼしたとか。
そしてルルのお父様は、タカ派の人間もハト派の人間も巻き込んで、地球側の休戦要請を取り付けた。
この手際は、ただの地球軍高官には収まらない凄まじい政治的手腕だったと、今にして思うわ。
地球軍の方はルティエンス艦長のおかげでまとまったけれど、大変だったのはコロニーの方。
盛り返してきたとはいえ、地球軍は今なおパナマのマスドライバーに依存している状態で、状況としては綱渡りもいいところ。対してコロニー軍は機動エレベーターを二基も抑えている。司令官が不在とはいえ、戦況は有利といえば有利だったのよ。もちろん地球軍も地球への増援投入を阻むために全力を尽くしていたから、言うほど有利だったわけでもないけれどね。
でも、コロニー側も余裕があるわけじゃなかった。強硬派で実際に戦果を挙げていたお父様が継戦を訴えていたからこそ、コロニーも戦争を続けていた状態だったの。戦場が宇宙に押し上げられてからは、穏健派の声が日に日に強くなっていたそうよ。
そして強硬派の筆頭だったお父様がいなくなって、いよいよ和平への動きも大きくなる……はずだったのだけれど、そうもいかなかった。
戦争に対する姿勢の対立が、コロニー同士の対立にすり替わり始めていたのよ。
対立はまだ、上層部での間でしか起きていなかったのが幸いだったわ。
だから私がまだ家にいた頃の、エイナルがコロニー軍にいた頃の、それぞれの伝手を辿って、戦いを終わらせるための戦いを始めたの。
エイナルには、和平派の団結と静観していた中立派の取り込みに動いてもらったわ。彼は高潔な人柄だから、そんな人が和平を呼びかければ『平和の守護騎士』からの提案として賛同を得やすいと思ったのよ。
そして強硬派の相手をしたのは、私。
というのも、コロニーの継戦派の主立った面々は、最高司令官であったお父様の思想を受け継ごうとしていた人たちばかりだったから。
だから私が、私ならお父様が、本当は何を望んでいたかを伝えられると思ったの。
……お父様が本当に望んでいたものは、姉さんが教えてくれたわ。
あなたの乗っていた機体のハッチを開けたとき。あなたが乗っていないと分かって言葉を失った私の耳元で、姉さんの声が聞こえたの。
――私“たち”の願いが叶う。がんばって――って。
その時に、気付いたの。お父様も、こんな悲しい争いを終わらせる方法を探していたんだって。でも、その想いは歪んでしまって、私たちが止めなければならなくなった。
……お父様は、あなたに討たれる瞬間まで理想を追い続けていたわ。その終結点が、多くの人々の亡骸の上にあると知っていて、それも承知で。
私たちは、あの人の理想を否定した。否定したのなら、私たちの描く“正解”を示さなければならないわ。
だから私は、一度離れたハイゼンベルクの家に戻ることにしたの。そして、お父様の知人や協力者と向かい合って、和平のために協力してほしいと訴えた。
……賛同してくれたのは、お父様の古い知人だったわずか数人の和平派の人々だったわ。それでも、足がかりだけは出来た。
大変だったのは足がかりを作るまでね。なにせ、家を捨てていた私には、何もなかったのだから。
でも、そこから先は、順調とはいえなかったけれど、困難でもなかったわ。
協力してくれる和平派のコネをたどって継戦派の主立った面々に会談を申し込み、会合を開いたの。
そこでコロニー側の戦力、国力の現状と先の展望――そして、お父様の理想を話して、地球側との戦闘の中止を訴えたわ。
そこからは喧々囂々の大討論になってしまったから、伝わったかどうか不安しかなかったけれど、数日後にコロニー側の議会で『休戦協定』の地球側への提出が決定されたから、私はお父様の遺志をちゃんと示すことが出来たみたい。
でも、結ばれたのは『休戦協定』なの。つまり、直接的な戦闘は無くなったものの、戦争自体は続いてるってこと。
戦闘が無くなったと言っても、この争いはまだ終わっていない。これじゃ、お父様や姉さんの理想の成就どころか、争いの一つすら解決できてないことになる。
だから私は、お父様たちの本来の理想の世界を目指すことにしたわ。
歪まず、諦めず。悲しい争いの無い世界を、作る。
具体的な方法はまだ分からないけれど、まずはお父様の背中を追ってみようかしら。軍人としての、ではなくて、政治家としての、ね。
でもその道が、私たちの求める世界に繋がる気がしないのは何故かしらね……。
――あぁ、そうそう。他のみんなの消息も伝えないとね。
ルルは、引き続きアークエンジェルの艦長として指揮を執ってるそうよ。もちろんマドック少佐が副長で。
近々、別の大型艦の艦長職も打診されそうだって。最初はあんなに頼りなかったのに、本当に頼もしくなったわね。
エイナルは、コロニー側に戻って和平側を説得した後、休戦協定が締結するとすぐに退役して、フロンティア1でジャンク屋を開業したわ。
名前は確か……ブッホ・コンツェルン、だったかしら。フロンティア1でバグが投入された時に戦死した、部隊一の部下だった人の名前を貰ったそうよ。
ショウマは、地球に降りて修行の旅に出たわ。目標は『MSを素手で倒すこと』。みんなして笑ったら「師匠がやれたんだ、俺もできるようにならなきゃ!」って。
その話の真偽を確かめたら「俺の乗ってたMSを布一枚だけで倒したんだ」といって、みんな絶句よ。……あなたは、信じる?
――みんな、やりたいことを見つけて邁進してるわ。確実に、実現したいことに向けて前に進んでる。
私は……どうかしら。目指すものは設定できたけれど、何をすればいいか分からないから足踏みしてる感じね……。
正直、みんなが羨ましいわ。やりたいことを見つけられて、向かっていくことが出来るのだから。
前に進んでいないのは、私だけ。
……ねぇ。もしあなたが、今も私の傍にいてくれたら。
そうしたら私も、前に歩き出せていたのかしら。
あなたとは一言も言葉を交わさなかったし、姿さえ一度たりとも目にすることが出来ずに別れてしまったのだけれど、あの戦いで私たちを支え続けてくれたのは間違いなく、あなただった。
あなたに話しかけても何の答えも返ってこなかったけれど、でもあなたが居たから、私は戦ってこれた。私をデビルガンダムから救い出して、姉さんたちの想いに気づかせてくれた。だから今の私がいるの。本当に感謝してる。
けれど、今の私にも、あなたが必要なのかもしれない。
――おかしいね。こんなに弱気になって、人に頼ってしまうなんて。これからは私が考えて動かなきゃならないのに、あなたに全てを背負わせようとしているなんて、フェアじゃないわ。
それでも、ふと思うの。私の隣に、まだあなたが居てくれたら、私の抱えている問題全てを解決できる力が、私の中から湧いてくるのに……って。
――ねぇ。
あなたは、このメッセージを見られるのかしら。
……無理かもしれないわね。あなたの乗っていた機体のデータバンクに、雑多なデータの一つとして置いてあるだけなのだから。
この機体が勝手に通信してる形跡もないし、ひとりでに動いて誰かがデータバンクを覗いてる、なんてことも無いみたい。
だったらこのメッセージは私の自己満足以外の何物でもなくなってしまうから、あなたにだけは見ていてもらいたいのだけれど……でも、そもそもこの世界にあなたが居ないとなれば、このメッセージを届けることさえ難しいわね。
……結局、私の願望でしかないのかもしれない。
『あなたに傍にいてほしい』。『あなたが幻ではなく、現実の存在であってほしい』。『あなたがこの世界に存在してほしい』。
そんな願望を、メッセージ、なんてモノに変えて残してる。ただそれだけの、自己満足なのかもしれない。
それでもあなたは、この世界に存在していた。それだけは、私たちの世界の、変えようのない真実。
だったなら、もう一度くらいは会えるかもって奇跡、信じても良いわよね。
だから、このメッセージは残しておくわ。あなたが見てくれる可能性も、ゼロではないのだし。
――そろそろ時間ね。
あなたの機体を動態保存したいって話があって、わたしが運搬のパイロットを務めていたの。今は全行程が終わって、特別にあなたの機体に触れる時間を取ってもらってるのよ。
……もちろん、このメッセージの事は、クルーのみんなは知らないわ。わたしが勝手にやってること。秘密にしててよね、恥ずかしいから。
いつ会えるともわからないけれど、わたしは再会を信じてる。
出来れば今度は生身が良いのだけれど、そこまで言ってしまうのは贅沢よね。
だから、どんな形でもいいわ、また会いましょう。ただ、それだけを願ってる。
それじゃあ、またね。
――レーア・ハイゼンベルクより。
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DataNo.000001 rec stop.
starting.
All system start up.complete.
Pilot approve.[Lea Heisenberg].
Automatic pilot,wake up.
Target coordinate.Target,[].
... Let's go to pick up.