吸血姫絶唱シンフォキバに登場する『ヴラド・ドラキュラ』。
彼がいかにして魔界を統一せし王となったのかを題材にした吸血姫絶唱
シンフォキバの外伝小説を描きたくなってしまい、こうして作品として
出してみました。
これを見て、『吸血姫絶唱シンフォキバ』に興味を持った方はぜひ。
薄暗い。そこはとても薄暗いところだった。
かろうじて視界はぼんやりと見える程度で、まるで死の世界を連想させるかのような場所だ。
その場所の名は『魔界』。
人類が繁栄せし地球が浮かぶ、宇宙空間とは異なる次元と法則にある異空間世界。
その世界の住人である存在ら『ダークフリークス』は日夜闘争に明け暮れていた。ただ種族の
繁栄のため、あるいは自ら個の力を高めるために。様々な理由が蠢き毎日のように弱肉強食の
光景が見られる異常を極めた世界。
そんな地獄のような世界に1人、生まれて間もないダークフリークスが聳え立つ崖の上で胡坐
をかいた状態で腰を降ろし、眼下の光景をじっと見つめていた。
名前は特にない。姿形は人間のそれと瓜二つで、外見から感じ取れる年齢は10歳前半。少し
長めの銀髪を後ろで一本に束ねて前髪をオールバックにし整え、その身をボロボロの布で覆っ
ている。
布の下は半裸状態で、下半身には何らかの生物の毛皮を使ったズボンを履いていた。
「……暇だな」
ふと漏らした言葉は何になるわけでもなく、ただ空虚に消える。
名無しのダークフリークスは、生まれたばかりなのか別段目標としているものなどなく、ただ
漠然に悠々と生きているに過ぎなかった。
この魔界に生きるダークフリークスたちの目的は決まって『種族繁栄』か『自身の血を受け継
ぐ眷属の創造』、または『血を血で洗うような闘争』か『他種族の支配下』など。
基本的にはこの四つに尽きる。
『種族の繁栄』は、曲りなりにも生き物であれば当然だろう。自分が属する種をより一層増や
し強化させ、文明を発達させようとする動きだ。
『眷属作り』は自分が生き残るため、または自分が死んでも自分の遺伝子を未来永遠へ残そう
と言う単一種のみに見られる行為だ。しかし、それはあまり簡単なことではない。自らの種族
を持たない単一種が己が眷属を創造するには時間と労力と才が必要になる。なので、それらが
揃っている者は非常に少なく、実際に眷族を作ろうという者はあまりいない。
『闘争』に関しては、これはダークフリークスの本質と言えるだろう。彼等は、常に恐れられ
る存在だ。人だろうと同じ魔であろうと、相手から恐れられるということは自身の強大さを示
すことと同意義であり、何であれ正当化させてしまう。それが人間とは違う観点から成り立つ
ダークフリークス特有の価値観だろう。
最後に『他種族の支配下』だが、これは竜のドラン族や巨人のギガント族、人狼のウルフェン
族が筆頭となって行っている。他種族を滅ぼさず、隷属化するという形で支配下に置いておく
と言う理由は自種の生存率を高め、より生活圏を安定したものにすると同時にその支配域を拡
大させようとする意図から成るものだ。
そうやって今、力の強い種の勢力が着実に拡大しつつあった。そんな状況下において名無しは
特に興味など示すことも無かった。今がそこそこ良ければそれでいい。それが彼なりの考えだ
ったからだ。
「やっぱりここにいたのね、名無し」
ふと背後から聞こえる少女の声。振り向いてみれば、そこに立っていたのは1人の赤い髪をし
た小さなツインテールをした少女だった。翡翠色のワンピースに似た服を着た彼女は、傍から
見れば美少女の類に入るだろう。
しかし、その下半身は人間のそれではなかった。
硬質な足の蹄に白い毛皮で覆われた尻部、腿、脹脛などを含めた下半身全体。それは人間世界
で言うところの『山羊』という生物に似通ったものだった。
「アルリスか。どうしたの?」
「……もう時間だよ。いつまで待たせる気なの!」
「……ごめん、忘れてた」
少女の言葉に名無しの少年ダークフリークスは思わず冷や汗を流してしまう。
名無しは数週間前から『アイギウヌス(山羊精霊)』のパン一族の世話になっていた。パン一族
はそれほど力の強い種族ではないが、それでも共存可能な単一種や一部の魔族らを受け入れ、
彼らと共にそこそこの規模で安定した共栄生活を得ていた。
かく言う名無しも、その単一種の1人だ。
「今日のメニューは?」
「火炎蜥蜴(フレイムリザード)の丸焼きに食虫霊草のサンダルカを使ったサラダと、あと内で
取れた色々な穀物のオンパレードってところかな?」
「また随分と豪勢な食事だよね」
「だって、昨日は『土竜(ランドワイバーン)』の侵攻から村を守れたんだよ?! それはもう
一挙に祝なきゃ損でしょっ!」
変に盛り上がるパン一族の少女『アルリス』の様子を見て、名無しは少し困ったような表情を
顔に顕しながらも、そのまま彼女と共にパン一族の集落へと向かう道程に歩を進める。
「それにしてもまさか、ランドワイバーンが私達の集落を襲うなんてね」
「仕方ないよ。ここ最近になってドラン族は他種族の支配下を目的に勢力を拡大して来てる。
他の種族もいくつかはドラン族と同じようなことしてるけど、ドランは豪族の中でも突出して
るし、何より徹底的な暴力的戦略で他種族へ侵攻してる。それこそ、節操もなくね」
ドラン族は魔界でも名の知れた豪族のダークフリークスであり、その性質は時として慈悲深く
信念に厚い…が、それに相反するかのような凶暴性も併せ持つ。
種族全体の知性度は高く、中には当たり前のように言語を介する者もいる。そんな彼等が今、
圧倒的な暴力と破壊をもって魔界全土へ侵攻を仕掛けている。
とは言え、今はそれ以上に他種族への侵攻を勃興させている種族がいた。
その名は『ゴブリン族』。
非常に好戦的で残虐な種族として名を馳せており、種族内でも争いが絶えないほどの戦闘狂。
殺した相手の死体や骨をコレクションとして飾る習慣を持ち、女子供関係なく他種族の者を根
絶やしにするその非情ぶりは、他のダークフリークスたちに精神の根底から恐怖を植え付けさ
せるに十分な所業だろう。
「まっ、僕達は僕達で自衛に徹していればいい。好き好んで争いごとに首を突っ込む気なんて
ないし」
「うん。私も争うのは嫌だな。例えそれが私達の本質であったとしても、ね」
アルリスもそうだが、パン一族は争いを好まない。それは他のアイギウヌスにも言えたことだ
が、中には例外として、自ら骨肉踊る激しい戦いを求める部族もいる。
パン一族と共存している単一種たちも、それに通じるところがある。
だが、なるべく平穏が良いという理由もあってか早々他種族の勢力にちょっかいをかけ、戦い
の火種を生むようなマネは今のところしてはいない。
しかし、その気になれば一斉蜂起し、争いの火種を蒔くことなど有り得ない話ではない。
ましてや単一種の大半は血の気の荒い連中。今は平穏が良いという思考がストッパーの役割を
果たしてくれているが、それがいつまで持つかなど分からない。
いや、可能性を考慮するのであれば……決して長くは続かない。
パン一族と共存している単一種をどのようにして巧く統制するか。それが現在の課題となって
いるが、問題はまだある。
昨日において、パン一族の集落を攻め落とそうとした10匹から成るサンドワイバーンの群れ
。あれは単なる群れの一つなどではない。ドラン族が他種族へ攻撃を仕掛ける際、事前に情報
収集のために送り込んだ偵察部隊だ。
そして偵察部隊は同日、名無しを含めた単一種の精鋭たちが各個苦戦を強いられながらも撃破
。今は集落の地下牢で厳重に監禁している。
何故殺さなかったのかと問えば、パン一族が防衛のためとは言え殺傷を好まず許可しなかった
からだ。それにドラン族は仲間意識が非常に強い。
偵察と言う下っ端だったとしても、大切な同胞を殺されては彼らは黙ってなどいない。
必ず偵察部隊など比にもならないほどの精鋭をもってして排除に臨んで来るだろう。
そうなったら……完全に詰んだも同然だ。
「おっ来た来た! 族長! 名無しの奴が来ましたよ!」
パン一族と単一種が暮らす平穏な集落。その地へと帰って来た2人は祭りごとが開かれている
集落中央の大広場へと足を運んだ。
大半はアルリスと同じアイギウヌスのパン一族だが、その中には様々な単一種も含まれていた
。3mの巨躯に鋼のような外骨格を有する大ムカデの者や一角馬のユニコーン。身長が大人で
も人間の赤ん坊ほどしかない小人のホビット族。一つ目の猿に似た姿で気性の荒い性質を持つ
狒々族に、人の顔を持ち動く樹木など。
その多種多様さは目を見張る者だと言えた。
「はっはっは! 遅いぞ名無しよ! 今日は昨日より下っ端とは言え、あのドランの侵攻から
この集落を無事に守り通せた、その祝杯なのだぞ!」
そう豪胆に笑いながら語りかけるのは、サンタクロースを彷彿とさせるような長く白い髭と髪
が特徴的な老年齢の男性アイギウヌス『カシカ』。
彼はパン一族の族長であり、同時にアルリスの爺に当たる人物だ。
「……あのさ、祝いを上げるのは自由だよ? でも、もうちょっと警戒した方がいいんじゃな
いのかな。ドランが来襲してくる可能性はゼロじゃないんだから」
「はーーーはっはっはっは!! 確かにお主の意見は尤もじゃな。しかし、こうして心に『ゆ
とり』というものを持つことも必要なこと。まぁ早い話細かいことなど捨て置いて、今は思う
ままに馳走を喰らい、酒でも何でも飲めってことじゃよ!」
族長の言葉に周囲の者達がそーだそーだと騒ぎ立てる。
これ以上は何を言っても無駄かと。そう判断した名無しはアルリスと共に事前に空いてある二
席分の座へと腰を下ろす。
まぁ、こう言う催しは苦手だが嫌いじゃない。
そう思いながらヴラドは手元に置いてあった火炎蜥蜴の輪切り肉を手に取り、ゆっくりと味わ
うように食いついた。
少し補足を入れますと、本編で『魔界には魔皇力が満ち溢れているから食事を
摂る必要はない』とありますが、弱小種族などはより大きな力をつけるために
食事を摂ったりします。
また、豪族でも一種の儀式だとか士気を高めるためと言った理由で食事の習慣
がごく平然と行われています。
後付けみたいですみません(汗)