フーと散歩   作:水霧

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第一話:はやいとこ

[海が見えるレストラン、どうぞご覧あれ]

 そんな看板が立てられていたのは森々(しんしん)とした山の中だった。看板を過ぎて森を抜けた先に、(ほとり)がある。そこにレストランがあった。看板の(うた)い文句の通り、(なだ)らかに続く(ふもと)と、その奥に広がる広大な青海が見えていた。空から光をいただいて、ゆらゆら波打っている。

 レストランはというと、木々の日傘を受けることなく、ひっそりと(たたず)んでいた。丸太で組まれている簡素な造りで、客足がいいとは言えなそうなくらいに古ぼけている。

 入り口へ続く階段を登って中に入ると、

「……美味しいなぁ……」

 唯一のお客である青年が一人座って食べていた。

 中もそんなに広くない。入ってすぐ右手にカウンターがあり、左手がお手洗いになっていて、一番奥にある窓に二人席が三つあるだけだ。ただ、窓の奥には先ほどの海が迫ってくるように広がっている。

 青年はその三つのうち、真ん中の席に座っていた。フード付きのだぼだぼの黒いセーターにぴっしりとした黒いジーンズ、履きならした黒いスニーカーという格好だ。向い席に黒いリュックサックとポーチ二つがいる。

「うんうん……」

 テーブルにはミートスパゲティとコップがあり、最後の一口を、

「ん」

 青年が静かに味わった。

 口まわりを(ぬぐ)い、水をこくりと飲む。

「ふぅ……」

 そして再び口を()いた。

「美味しかったですか?」

 青年に話しかける“声”。若くて凛々(りり)しかった。しかし周りには青年以外に誰もいない。

「こんな絶景で食べるランチは……うん……最高、だよ」

 特に違和感なく話し続ける青年。

 そこへ、ウェイトレスの格好をした女がせかせかやってきた。

「いかがでしたか?」

「こんな絶景で食べるランチは最高だよ」

「ありがとうございます」

 “可愛い声だな”、と青年は漏らした。

 その女は可愛らしくお礼を言うと、速やかに食器を運んでいった。

「鼻の下を伸ばしていますね、ダメ男?」

 “声”が“ダメ男”と呼ぶ青年は、外を眺めた。

「フーにも見せてやるよ」

 そう言って首飾りを外してテーブルに置いた。水色の四角い蝶番(ちょうつがい)で、黒くて丸い“眼”があった。

「素敵ですね」

 蝶番“フー”は味気なく呟いた。

「不満?」

「いえ、あまりにも綺麗な景色で驚いてしまいました」

「驚いてるように聞こえないんだけど」

「すみませんね、可愛くなくて」

「あぁ……ヤキモチやいてんのか」

「ち、違います」

 にやにやとダメ男はフーを見ている。

「それで、もちろんこの風景残すよな?」

「ぜひお願いします」

 ダメ男はフーを開いて、ボタンをかちかち押していく。そして、

「はい、チーズ」

 パシャリ、とカメラのシャッター音を鳴らした。

「お客様!」

 先ほどのウェイトレスが血相変えてやってきた。

「当店での撮影は禁止されております!」

「え?」

「今すぐに退出するか、写真を消去してください!」

「どうする? フー?」

「退出しましょうか」

「……申し訳なかった。すぐに出るよ」

 ダメ男は代金を置いて、そそくさとレストランを後にした。

 

 

「ダメ男、すみませんでした」

「気にするなよ。……にしても、店自慢の絶景なら写真撮ったっていいと思うんだけどな」

「もしかして、隠れ家的なレストランではないでしょうか? あまり有名になりたくない店もあるらしいですし」

「誰かに紹介するわけじゃないのになぁ……」

「とにかく、謝罪はすべきだと思います」

「フーのせいだとは言わないけど、なんか納得いかない」

「一緒に謝罪してあげますから、ほら、あと少しで着きますよ」

「わかって、……! あれ?」

「変ですね。先ほどまでは営業していたのに、もう閉店しています」

「まだ、出て行ってから十二分も経ってないぞ」

「妙ですね。何かあるのでしょうか」

「あ、キミキミー」

「……あんたは?」

「私はここら辺を取り締まっている者だ。もしかして、この空き家に何かあったのか?」

「はい。“海が見えるレストラン”として、ここに看板が立てられていました」

「! こ、声っ?」

「今の声はこいつ、相棒のフー」

「どうもこんにちは」

「どうもどうも」

「それで、レストランについて何か知ってるの?」

「空き家については知らないが、悪行については知っている」

「悪行?」

「最近、主に食材を取り扱う店で多発しているんだが、客にイタズラする輩がいてな。何かと決まって店から追い出して、あっという間に跡形もなく失踪するんだが、捕まらなくて……」

「そうですか。しかも被害が出ているのですね?」

「あぁ……超強力な下剤を食材や料理に盛るという、何とも卑劣なイタズラだ」

「……」

「ダメ男? どうしましたか? やけに汗をかいていますよ?」

「……お世辞で美味しいって言ったんだけど、ここのスパゲティ……な~んか変な味がするなって……」

「ま、まさか、ダメ男、」

「効力はきっかり十五分という……どんな下剤だよって最初は笑ってたんだけど……、脱水症状で死亡者も出てしまってね……」

「あ、あと一分です、ダメ男!」

「なにいぃぃぃっ? ち、近くにと、トイレはっ?」

「急ごう! トイレはこの山を下るしかない! どんなに頑張っても……五分はかか、」

「ノオオオォオォォォォォォッ!」

「おじ様! 救護隊を要請してください! 大量のスポーツドリンクとトイレットペーパーも一緒にお願いします!」

「分かった! ……おい! 被害者が出た! 急いでこっちに来い!」

「ば、ばか、フー! お前、ここでしろってのかあぁぁっ!」

「それしかありません! 荷物を置いて紙と飲み物を持って木陰へ行くのです!」

「お、オレのプライドが許さんっ!」

「そんなものは、あ! あ、あと十、九、八、」

「くそおおぉぉぉぉ! やればいいんだろ、やれば! うぐっ?」

「だ、ダメ男! 急いで、」

「あ」

 

 

 

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