フーと散歩   作:水霧

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第六話:まもるとこ・a

 青々と晴れ渡っていた。ギラギラと主張する太陽の下、サバンナが広がっていた。イネ科の長草の土色と大地の土色が微妙な色合いを見せ、ところどころに低木が点在していた。

 肌寒い。

 様々な動物たちが食物連鎖の争いを繰り広げている。

 そこに全身黒づくめの格好をした男がいた。フード付きの黒いセーターに黒いジーンズ、履きならした黒いスニーカーという服装で、中には黒い長袖のシャツを着ている。

 登山用の黒いリュックを背負っていた。両腰にはそれぞれウェストポーチをかけてセーターの中にしまい、外見からだと少し太っているように見える。

 セーターには内ポケットが右胸にだけにあり、お気に入りの仕込み式ナイフを忍ばせていた。

 首元には黒い紐が見える。辿っていくとセーターの中にある首飾りに終着した。それは水色と緑色の中間色で、四角い“何か”だった。折りたためてあるようで、まるで蝶番(ちょうつがい)のようだ。

「んー……」

 男は困惑していた。とても深刻そうに考え込んでいる。

「狙われてる……よな……?」

 長草をかき分けて、そろそろと歩いている男の背後には何もいない。

「ダメ男、自然の摂理です」

 男、“ダメ男”とは違う女の“声”がした。凛々しく落ち着きのある妙齢の女の声だった。

「食物連鎖の頂点は人間ではないということです」

「……オレ、後ろ見れないからさ、フーが見てくれないか?」

 ダメ男は首飾りの水色の蝶番を取り出し、肩ごしに持っていった。

「あー、非常にまずいですね」

 軽い口調の重い発言だった。

「フー……まじ?」

「まじです」

 四角い物体が“フー”のようだ。

 フーの視線の先をよく見てみると、長草に何かが紛れていた。……黄色と黒の斑点(はんてん)を持つ恐ろしい肉食動物がいた。

「うっひょう」

「違います。チーターです」

「うっチーター?」

「ダメ男、現実逃避しないでください。というより動かないでください」

「どうすればいいんだよ……」

「とにかくじっとするのです」

 チーターはダメ男のずっと後方でじっと待っている。ダメ男の様子を見ているようだ。

 動く気配はない。

「おいおい……持久戦か……? オレ死ぬぞ……」

「静かにっ」

 すると、すっと動いてきた。標的が急に動かなくなったので近寄ってきたのだ。

 そろりそろりと近づいてくる。生々しい動きと重々しい足音。大きくなるにつれて心臓が急冷されていく。

 ついに、

「っ……」

 ダメ男の真ん前に現れた。一頭だけ……? と思いたいが、動けない。

 猛獣がダメ男の周りを旋回する。品定めをしているようだ。

 ところが突如、明後日の方向に顔を向けた。

「!」

 声がする。そちらから声がしたのだ。

「だいじょーぶー?」

 誰かがダメ男を呼んでいる。しかも声からして男の子のようだ。

 チーターは標準を素早く切り替えた。が、あっけなく転がっていった。足がもつれたのか、まぜか上手く立てない。そして、そのまま動かなくなってしまった。

「……はぁ。生き残った……」

 ガサガサ、と長草をかき分けて男の子がやって来た。というより、顔だけ覗かせていた。

「あっ!」

 と声を上げると、心配そうに駆け寄った。

「大丈夫っ?」

 男の子はチーターを抱きかかえた。

「そっちかいっ」

 きりっとダメ男を(にら)む。

「あなたがやったんだね?」

「仕方なかった。こっちが殺されるんだからな」

「ヒドイ人っ」

 首周りを探り、何かを引き抜いた。赤く(まみ)れたナイフだ。ちょうど掌に収まるくらいのサイズで、血とは別の何かが塗られている。

「それも猛毒……」

「一目で分かるのか」

「密猟者っ?」

 ダメ男に拳銃が向けられた。

 驚く暇もなく、

「うあぁっ!」

 肩を撃ち抜かれた。地で(うずくま)った。

「いきなりなんてことをするのですかっ!」

「大丈夫だよっ。実銃じゃない」

「え?」

 むしろ男の子がさらに驚いていた。違う声を二つ持っていたからだ。

 さらにさらにパニックになる。

「ゴム弾だよ」

 ダメ男の手には先端がゴムの弾があった。

「ご、ごめんなさい! あぁでもこの子の手当もしないとっ……! でもでもあぁえぇうぅあぁ!」

「あんたも落ち着けっ! とりあえずそいつは眠ってるだけだっ。麻酔薬だからな。死にはしないよっ」

「そ、そうですか……なら一安心だぁ」

「オレの心配もしてくれっ」

 とりあえず、ダメ男の手当も施し、ようやく事態が収まった。そしてダメ男は諸々の事情を説明した。

「なんだ旅人さんだったのかぁ。ダメ男にフーね。失礼しました」

 サファリジャケットに短パン、小さめのリュックと軽装だった。チリチリしたような茶髪をゴムで後ろに束ねている。

「全くです。本当ならあなたの首をナイフで(えぐ)っているところです」

「それするのオレだからな。……ところで、この辺りに街ってないか?」

「あははは……あるよ。あっちの方」

 無邪気に笑う。

 指差す方向には何もなかった。

「もっと先に国があるよ」

「ありがとう。君はどうするんだ?」

「私はまだ用事があるから……」

「……そっか。猛獣がたくさんいるから気を付けろよ」

「いずれ会いましょう」

「うん。じゃあね」

 ダメ男たちは男の子と別れて、先を急いだ。

 見送っている最中、

「あ」

 チーターが目を開けた。

「大丈夫?」

 チーターはまるで子猫のように男の子に顔を()り合わせる。

「刺さってたけど、傷は浅くて良かったね。……もしかして、加減してくれてたのかな……? いい人たちだね」

 低く甘えた声で抱きついてくる。

「さて、他の子たちも見ないと……」

 チーターと一緒に長草の中へ入り込んでいった。

 

 

 男の子の言う通り、国を見つけた。土色の中に高々と立つ城壁、頑丈で強固な門を構え、難攻不落なイメージを強調している。おまけに城壁から見える大砲その他の武器が見え、(いか)つさを前面に押し出していた。

 その門前の監視小屋でダメ男は入国審査を受けていた。よく見ると顔つきに疲労の色が見える。どうやらあれからも難を乗り越えてきたようだ。

 入国審査は厳重だった。身体検査はもちろん荷物チェックも細かく調べられ、その用途説明を逐一(ちくいち)要求された。下心はなく、ただ危険因子の除去のみを追及しているようだ。

「すまない。我々もここまでしたくはないのだが、監視レベルを最大にしろとのご命令なのだ」

「どこもそんな感じだから気にすることないよ。……何か良くないみたいだけど」

「ふむ……旅人の、特にダメ男に話しても害はないようだから話すが、くれぐれも内密にしてほしい」

「そうしとく」

 二つ返事だった。

 門番は牛のような体格に厳つい顔つきをしている。その上ごつい鎧も来ているのでボリュームが二回りくらい増えている。腰には斧のようなぶっとい剣を携えていた。

「実は、王女暗殺の話が挙がっていてな」

「そら大変だ」

「不気味な話ですね。しかし王女様を出禁にすればいい話ではありませんか?」

「そうともいかない。明日、王女様の誕生祭があるのだ」

「そら大変だ。主役が出ない演劇なんて観る価値もないしな……」

「できれば旅人も迎えたくないんだが、これもできない相談だ」

「えぇ。経済的、情報的に大きな損失しかありませんからね。国をアピールする意味でも得な話ではないでしょう。それが王女様のお祝いなら尚更のことですね」

「それもあるが、こんなところで追い出すのは心が痛むんだ」

 何か動物の遠吠えが聞こえた。

「確かに」「確かに」

 声が揃う。

「うーん、今王様に会える?」

「? どうしてだ?」

「そんな忙しい時期なら手伝おっかなってね」

「お人好しモード発動ですね」

「人をカードバトルのように言うなっ」

 門番は少し考える。

「いきなりもあれだろうから、私から提案してみよう」

「無理だったらいいから。ちょっとした気持ちだし」

「戦力はいくらあっても足りないものだ……っと、これが案内状だ。これで城に入れるはずだ。城は入って真っ直ぐにある。よく見えるから迷いはしないだろう」

 門番から案内状をもらった。

「ありがとう」

 門が開けられ、ようやく入国した。

 城下町という感じだった。石畳の道に石材を積んで建てられた家、綺麗に装飾された屋敷、甲冑を着て見回りをする兵士がいたり、盛んに商売する商人がいたりと、とても活気あふれる街だった。誕生祭ということもあってか、動物や花のマークの旗を連ねたり出店が多かったりとお祭りムードのようだ。もちろん、射的もある。

 入ってすぐ左右には弧を描いて道が伸びている。城壁に道を作るように家が並んでいた。見た感じでは、この道を歩いていけば国を一周できるようだ。そして正面には、

「うはぁ……」

 城が見えていた。真っ白のお城で薄汚れた街並みに比べ、尚一掃輝いているように見えた。まるで童話に出てくるお城のようだ。

 ダメ男はその城に行く前に、街の散策に出た。

「うーん、こうなってるのか」

 まずは正面から。左右に石材の家が整列する。お店が多いようだ。

「街自体は特に変なところはないな」

「そうですね。あ、あれ綺麗ですね」

「宝石系に目がないな、相変わらず」

「綺麗なサファイアです」

「言っとくけど買わないからね」

「分かっていますよ、見るだけはタダですから」

 ダメ男は買い物した。必要なもの“だけ”を買い、そうでないものは様々なものに物々交換したり売り払ったりした。

 今回は特にここに来たかったようだ。

「ここか」

 中に入ると、いろんな武器や道具が置いてあった。武具を取り扱う店だ。

「ごめんくださーい」

 店主を呼ぶ。来る間に掌サイズのナイフとメモを用意した。

「ん? 旅人さんかい?」

「うん。あの、オーダーメイドってできる?」

「もちろん」

「明日の早朝までにこれって作ってもらえる? 五十個ほど」

 店主にナイフとメモを渡した。メモに目を通すと、少し驚いていた。

「ずいぶんと細かいんだな」

「企業秘密で頼む」

「了解。明日の夜明け前に来てくれ」

「ありがとう。お礼はその時に」

 一礼してお店を出た。

「全身凶器人間になるのですね?」

「超重要任務だから、本腰入れないとな」

 その後も街全体を歩き回った。

「?」

 カタカタカタ、と馬車が走ってきた。カタカタカタからガタガタガタと聞こえてきて、近づいてくる。

「馬車ですか」

「この方向……お城じゃないか?」

「言われてみればそうですね」

 ダメ男の横を通り過ぎ、そのまま走っていった。かと思った。

「あら?」

 馬車はスピードを緩め、やがてダメ男の少し先で止まった。

 ドアが開き、中から誰かが降りてきた。しかもこちらに歩いてくる。

「姫様! 一体何をっ?」

「ひっ姫様だって?」

 ダメ男は内心どきりとした。

 老人の声を振り払い、姫様と思われる人物がやって来た。茶髪にパーマをかけたようなふわふわな髪型で、ピンクのふわふわドレスを身につけていた。首には白いバンドのチョーカーをつけていた。

「……」

 すごい仏頂面。不機嫌なのだろうか。

「……お姫……さま?」

「……」

 じっと見つめてくる。というより睨みつけてくる。

 何か変なことしたっけか? そう思わずにはいられなかった。

「そなた、姫様の知り合いか?」

 脇からスーツ姿の老紳士が尋ねてきた。どうやらお姫様の付き人のようだ。

「いや……初対面だよ」

「そうか。姫様に異性のお知り合いがおられたのかと……」

「……まぁここでこうなったのも何かの縁だし……。オレは、」

「ダメ男。今話している女性の声はダメ男の主、フーと申します。以後、お見知りおきをお姫様」

「!」

 ダメ男の声とは全く違うフーの声に付き人は驚愕した。あたりを

「おいフーっ。いくらなんでもそんな紹介はない、」

「ふふふふふ……うっふふふ……」

 お姫様が……笑っている。あの仏頂面が嘘のように溶け、年相応の可愛らしい笑顔を見せていた。

 それを見た付き人がさらに驚く。

「姫様がこんなに笑うなんて……なんてお久しい……」

「え?」

 がしっとダメ男の両手を握った。

「悪いが一緒に来てもらえんかっ!」

「ちょ、ちょっとおじいさん!」

 強引に馬車に乗せられた。しかも、

「行ってくれい!」

 付き人は乗らずに馬車を走らせた。

「えぇぇ! 待ってく、おわっ!」

 ガタン、と言葉を遮るように揺れる。

 馬車の中はお姫様とただの旅人の二人だけ。さすがのダメ男も呆れていた。

「強引だなぁ……。ごめんなお姫様。すぐ降りるよ」

「いい。あなたもうちに用があったんでしょ?」

「? 何で知ってるんだ?」

「やっぱりそうなんだ」

「……あ」

 巧く乗せられてしまった。意外に口が立つなぁ……。ダメ男は少し困った。

「何ていうか……ちょっとお困りのようだから、お手伝いさせてもらおうかなってな。そしたら門番の人からこれもらって」

 すっと案内状を差し出した。お姫様はそれを見せてもらう。

「あぁ、ウッシーか」

「“ウッシー”っていうのかあの人」

「すごく堅物でめんどくさい人」

「ふふ。確かにそのような印象を受けました」

 フーが笑いを漏らす。

「……」

 しかし、少し前の可愛らしかった笑顔は再び凍りついてしまった。

「え、えっと、明日、誕生日なんだって?」

「えぇ」

「国を挙げてのパレードってのはすごいな。もしかして人気者なのか?」

「え?」

 きょとんとする。

「だって人気者だから壮大なパレードをするんだろ?」

「どっどうだろう。あんまり興味ないし……」

「ダメ男の誕生祭では、ネズミ一匹も祝ってくれなさそうですからね」

「お願いだからそういうこと言わないで。めっちゃ悲しくなるから、うん」

「友達いないの?」

「はい」

「お前が答えるなしっ」

 くすくす、とまた笑みが零れる。

「じゃあフーとはどういう関係なの?」

 ニヤニヤしながら言い放った。

「主従関係です」

「わおっ。ダメ男も中々の好き物ね」

「変な方向に行くなっ。それとフー、今度変なこと言ったら馬車に()いてもらうからな」

「はーい」

「ふふふふ……おもしろい……」

 おかしい雰囲気とともに、馬車は城を目指していく。

 

 

「……」

 とてつもなく大きい城。その山のような城の麓に広がる庭園。庭園は真ん中を走る道を境に、左右対称で緑のブロックや地面に描かれた絵などがあった。サッカーができてしまうんじゃないか、と思ってしまうほどに広い景色。“景色”というのは厳重なガードマンが出店のようにずらりと並び、中に踏み入ることを許さないからだ。

 門にも波のような美しい装飾が施されている。

「アレがお姫様の城かぁ。すごいな……」

 馬車から顔を出すダメ男。終始、圧倒されっぱなしだった。

「姫様、この者は……?」

「知り合いだよ」

「かなり怪しいのですが……」

「この私を疑うの?」

「いえ、決してっ。しかし……」

 中々引き下がらないガードマン。

「そうですよね。こんなバカでアホでクズでゴミでカスで何の取り柄もない性格破綻者のサイコパスの最低最悪の負の権化を疑わない人はいないです」

「せめて人間でいさせてください……」

 二人だけでこそこそ話す。

「おい、そこの者、こっちに来い」

 ダメ男はせかせかと馬車を下ろした。

「何者だっ?」

「何者って……旅人だよ」

 何だか可笑しくて笑ってしまう。

 それが鼻についたのか、

「貴様、舐めているのか?」

 いきなり剣を(のど)に突き立てた。切っ先が喉にピタリと触れる。

「ここでその端正な顔を真っ二つに叩き割ってもいいんだぞ?」

「こんなところで斬り合いするつもりっ? 血の気が多いよ」

「“合う”のではない。一方的だ」

 ぐっ、と切っ先から力が加わる。

「それならとりあえずこれを見てちょ」

 さっとガードマンにあのメモを渡した。一目見た直後、目を見開いた。

「隊長のサインっ? なぜそなたのような輩がっ?」

「えっと……」

 ダメ男は門番をしていた隊長“ウッシー”との話を説明した。

「隊長直々の推薦人であったかっ。失礼した旅人さん。ここは国王が座する城。くれぐれも粗相(そそう)のないように」

「うん」

 城の門を開けてもらい、庭と呼ぶには広すぎる空間に入った。

 城は真っ白く、入口まで階段になっていた。左右には石柱が規則正しく建てられ、城を支えている。その奥の壁に、木で拵えた扉があった。両開きで見上げてしまうほどに大きい。

 扉の脇に輪っかを見つけた。これで叩けば、中の人が来てくれる。いわゆる呼び鈴だ。例にならって、輪っかで叩いてみた。かつんかつん、と甲高く、でも耳に障らない透き通った音。何回も叩きそうになる衝動を抑え込んで、耳を澄ますに留まる。

「お」

 門の見た目とは裏腹に、まるで軽いドアを開けたように、軽々と開いた。それも一人の女性の力で。

「お帰りなさいませお姫様。……と、そちらの方は?」

「私の知り合い」

「あらあら、そうでしたか。ご友人もどうぞ中へ」

「どうも」

 招いてくれた。入る前に、ダメ男も動かしてみたが、恐ろしく軽い。力を少し加えるだけで開いてしまう。とても複雑な心境になった。

 しかし、それもすぐに吹き飛ぶ。

「うわぁ……」

 中は広いだけでなく天井が高かった。壁際にあの石柱があり、絵画や銅像、壁絵などの芸術品がいくつも並べられていた。石柱に立てかけるように、甲冑の像が立てられている。銀色に輝き、突き立てた燭台が明かりを灯す。

 床には包み込むように赤い絨毯が敷き詰められている。それもフロアのみならず、前にある二階への階段やその上までもずっと敷かれていた。土足ではもったいないくらいにもふもふしている。

 部屋数もきっと指だけでは足りないくらいにあるだろう。一階だけでもズラズラと扉があった。

 正面の階段は左右へと分かれ、それぞれで別のフロアに上がれるみたいだ。

「こあそごいな……」

「ダメ男、カミまくりです」

「父さんは二階の仕事部屋にいると思うよ」

「仕事部屋?」

「うん。こっち来て」

 姫様の後に付いていく。

 正面右の階段から上がると、広い廊下がずっと伸びていた。左手は煌びやかで豪華な窓が、右手には厳重な扉がいくつもある。

 床は相変わらずの赤絨毯だった。

「王族クラスだと、こんなんだもんな」

「他の国でもそうなの?」

「うーん……この国もすごいよな、フー」

「はい。僅かなスペースですら彫刻を施し一切無駄のないきめ細やかな装飾。さしづめ、歴史を綴った壁絵といったところでしょうか」

「へぇ……そうなんだ」

 あまり興味を示さなかった。

 廊下を渡りきると、王の玉座の間があるという。しかしそこに行く直前の部屋で、

「ここ」

 足を止めた。ダメ男がちらっと玉座の間を目にした。

「うお、すっごっ! ひっろっ!」

「ダメ男、こちらですよ」

「え? あぁ」

 そそくさと(きびす)を返した。

 コンコン、とノックをして、

「入るよー」

 間髪入れずに中に入った。

「ぐっ」

 ダメ男はたじろいだ。というのも、強烈な臭いがしたからだ。俗に言う“動物臭”を極限にまで濃縮させたような。ヒトとは違う生き物の臭いだった。

 しかしあからさまに嫌な顔をしては、と無意識に顔面に力が入った。

「ダメ男、この世のものとは思えないくらいに気持ち悪いですよ。そんな気持ち悪い顔を王様に見せるのは失礼ですよ」

「う、うむ……分かってるっ」

 小さく十字を切って、意を決した。

 中は想像通りごちゃごちゃしていた。電灯があるものの、えげつない白色光を照らし、散乱した書類や本、服などを見せつける。窓もないので空気が循環していないし、先ほどの臭いとは別に異臭がするしで、衛生的に悪い環境だった。

 といっても、両側には本棚がずらりと並んでいるし、本の内容もとても難解なものだ。散らかった服もよく見れば、滑らかな革を使った高級なジャケットやスーツ。国王らしい王冠やマントはないが、とても紳士な洋服を好む人柄のようだ。

 ところが、

「ちょっと待っててな」

 デスクに向かっている男がいた。それも、とても王様とは言えない格好だ。度があっていなさそうな丸眼鏡に髪がボサボサ、無精ひげは生えっぱなしだった。白衣の中に汚れたシャツを着て、クリーム色のパンツを履いている。靴も泥だらけだ。

 右手て何かの書類を書き込み、左手で戯れている。そちらにいるのは、

「ち、ちたー?」

「チーター」

 だった。サイズは小さいので子供だと見受けられる。親から受け継いだ鋭い牙と堂々とした模様、獰猛な性格は見事に現れているようだ。

「よし終わった。あっやぁやぁ、君がダメ男クンだね?」

 男とは思えないほどに高く細い声。

「っ」

 びくりと後ずさってしまう。臭いの原因はこの人か……、ダメ男は確信した。が、態度に表さないように、気を紛らわせるために手を差し伸べた。

「改めてオレはダメ男、こいつが相棒のフーです」

 胸の中から取り出したのは首飾りだった。水色とエメラレルドグリーンを混ぜたような色で、四角い物体だった。開閉も可能で蝶番のような構造になっていた。

 男は固く握手を交わした。

「私がこの国の王、そして動物学者のチタオ十二世だ。よろしくな」

 とても低く太い声。さっきのカトンボのような声と同一人物と思えないほどだ。

 すっ、と丸眼鏡を外した。

「おぉ」

 いわゆる“イケメン”に属する顔つきだった。ムードたっぷりな雰囲気なのに若々しい。

「えっと、チタオ様。この部屋は一体その……なんですか……?」

 普段使わない敬語でたどたどしいダメ男。それを察してか、

「よいよい。いつも通りに話せ。堅苦しいのは私も苦手だ」

「いやしかし、国王に向かってタメ口っていうのも失礼すぎますし……」

「なんだ? この国王の気遣いを無下に致すと?」

「あぁいや……そんな凄まれたら断れないよ……」

 この親子似てるな……、そう感じた。

 ダメ男は渋々了解するしかなかった。こちらも“チタオ”とさせていただこう。

 チタオは隣の部屋に連れて行ってくれた。先ほどの部屋よりも断然綺麗で本や服も整理整頓されている。中自体は先ほどと同じように書物がずらりと並べられ、奥に机と箱型の機械がある。フーは馴染み深いですねぇ、となぜか共感していた。

 そこでメイドに軽食を持ってこさせた。パンを肉や野菜でサンドしたもので、ダメ男は初めて食べる。とてもボリュームがあって、そこまで大きくなくてもお腹がいっぱいになった。

「大味だけど、なかなかだろう? 新鮮な野菜や肉を使ってるんだ。そこら辺のより栄養価は豊富だ。しかも簡単に作れるし」

「うん……パンがけっこう厚い。新感覚」

「父さん、たまにはしっかりとしたもの食べてよね」

「! あ、あぁ……わかったよ」

「?」

 予想以上に驚いていた。

 こくりと喉を鳴らし、食休み。

「そういえば、あのチーターの子供はどうされたのですか?」

「あの子は私が保護しているんだ」

「保護?」

「親を亡くしてしまってね。人の手で育てるのもどうかと思うが、そうも言ってられない状態だった」

「そりゃ、仕方ないな。ほっとくのが自然の成り行きだけ、」

「ごめん、チタチタと遊んでくるねっ」

「あっあぁ、そうか。また後でな」

「うん」

 お姫様はささっと部屋を出ていった。

「チタチタ?」

「さっきの部屋にいた子だよ」

「遊んでも大丈夫なのですか?」

「大丈夫。あの子にはある才能があるんだ」

「?」

 チタオは立ち上がり、本を取り出した。ささっとページを開いて見せる。

「これは……?」

「ワニだよ。見たことあるか?」

「……写真でしかない」

「そうか。これは一般的なワニのサイズ。数メートルといったところか。……で、こっちが別のワニ」

「……えええぇぇっ?」

 その写真に言葉をぶつけた。

 そこに写っているのは二倍くらいあるサイズのワニだった。しかしそれよりも驚くことが隣に写っていた。というより、その状況に肝を潰した。

「姫様……? それに何してるんだ……?」

 それはワニに食べられかけている幼いお姫様の写真だった。それも笑いながら。

「それは……遊んでるんだ」

「遊びっ? おもいっきし食われてるしっ!」

「この子はどんな動物とも仲良くできる力があるんだ。現にその巨大ワニは何十人も襲われた凶暴なワニでね。その討伐に出かけた時だった」

 

 

「ここか」

「はい」

「もし誰かが食われそうになっても救出しようと思うな。あくまで討伐を優先だ。それが私でもだ」

「……ぎょ、御意……」

「……! 来たぞ」

「! な、なんと大きい……!」

「王! 危険です! ここは我々にっ」

「ぐあぁあっ!」

「! いかん! 早く殺せっ!」

「ぐぅ、剣が通らないだとっ? あぁっ!」

「これほどとは……!」

「王! ここは引き返しましょう!」

「そ、そう、……! ハイル!」

「姫!」

「あぅ?」

「いかん!」

「王!」

「……! こ、これは……!」

「どうして……みんなたべちゃったの……? だめだよ、おとうさんのたいせつなひとなの……」

「……」

「……急に大人しくなりおった……」

 

 

「ハイル、か……」

 小さく呟く。お姫様は“ハイル”という名前らしい。

「そう、ハイルは逃げ遅れたのではない。自分からワニに近づいたのだ。まだ五歳だぞ?」

「ワニは……どうなったんだ?」

「今もいるよ。ハイルのペット、いや仲間になっている。しかし今でもハイル以外には凶暴なのだ」

「……で、これが遊んでる最中の写真か……」

 ごくりと飲み込む。

「信じられません。ワニにはそのような知能はないはず、本能のままに生きるはずですよね?」

「これは仮説だが、ワニがハイルと一緒にいることが自然だと感じているのではないだろうか。腹が減れば食べる、寒いから温まる、それと同じようにハイルがいるから一緒にいる、そう捉えているのでは、と」

「……」

 納得できるはずがない。しかし写真や話の真剣さからして、とてもデタラメには聞こえない。ダメ男は認める他なかった。

「すごいな、あの姫様……あぁ、そうだそうだ」

 何かを悟ったようだ。

 ところで、とダメ男が切り出した。

「隊長から聞いたんだけど、とても危ない状態にあるとか」

「あぁ、健康状態のことだな?」

「? 健康状態?」

 チタオもくふっ、と一休みする。

「最近、笑わなくなってしまってね。まるで氷の仮面をつけているような冷めた表情しか見せてくれないんだ。(きさき)にも同じように……」

「何か原因でも? 動物と仲良くできなくなったとか?」

「それではないと思うが、分からない。……一国の王である前に、一人の親として娘の気持ちも分からないなんて……惨めだと思わないか?」

「そう簡単に分かったら苦労しないと思いますよ。女性特有の悩みではないでしょうか?」

「どうだろう……私には分からないのだ。何かもっと別なことのような気がするのだが……」

 ダメ男はこくっ、と水を飲む。

「こっちに来る間はあんなバカ笑いしてたのにな」

「! そうなのかっ?」

「はい。とても楽しそうでしたよ」

「そうか……」

「あのさ、付き人もそうだったんだけど、そんなに感情が乏しいのか、ハイルって?」

「……もう二年は笑っていなかった」

「にねんっ?」

 身を乗り出してしまう。

「しかし、よく覚えていますねチタオ様」

「覚えているとも。あの子の親が病死した時からだったんだから」

「え? ハイルの……?」

「あぁ失礼。チーターの方だよ」

「あぁ、そうだよなうん」

「話の流れからして、分かるでしょう? これだから低能は駄目なのです」

「思いっきり殴らせてくれ」

 とても真面目な顔つきだった。もちろん無視されて、ダメ男はいじけた。

「そんなことより病死の原因は何なのですか?」

「……原因、不明だよ。まぁそうなることもあるだろう」

 その時を思い出しているのか、言い切りづらそうに話す。

「しかし、二年も笑わぬお姫様が、ダメ男と出会って笑い出したというのは確かに驚きますよね。きっとそれほどにおかしい顔だったのでしょう」

「頼む。思いっきり殴らせてくれ」

「そこで、こちらに任せてもらえないでしょうか? 例の暗殺の件でも、少しでも気が和らげばいいですし、護衛となればハイル様も安心されるでしょう」

「私もそう思っていたところだ。……礼ははずもう」

「特に要りませんよ。あぁ、もしよろしければ、ここに宿泊させてもらえないでしょうか? 宿をまだ探していないのです」

「そんなことでいいのか。実に無欲な旅人だ」

「しくしくしく……」

 当の旅人はいじけていた。部屋の隅っこで。

 

 

「フー。ハイルに失礼なこと言うなよ」

「そういうダメ男こそ、チタオ様に粗相のないようにしてくださいね」

 ダメ男はメイドにフーを手渡した。ぺこりと頭を下げ、退出した。

「いいのか?」

「いつもオレが傍にってわけにもいかないだろうからな。フーにいてもらった方が何かと都合がいいと思う」

「そうか。では、誕生祭の説明をする。……入れ」

 タイミングよく入ってきたのは、

「ダメ男、また会ったな」

 隊長ウッシーだった。

「案内状、ありがとな」

「いやいや。それより、誕生祭の段取りについて説明する。しっかり聞いてくれ」

 ホワイトボードや地図を使って説明してくれた。

 誕生祭はパレード行進で行われる。フロート車と呼ばれる豪華な飾りつけをした台車を五台ほど走らせ、城を抜けて街を一周し、そして再び戻ってくる。時間にしておよそ一時間半の予定だ。チタオは一番先頭に、ハイルは三台目のフロート車に乗る。

 ダメ男の護衛はパレードの前後と最中だ。ハイルと一緒に乗ってもらい、周囲、特に側方の警戒にあたる。もし不穏分子が来た場合、真っ先に姫様の護衛をし、ガードマンに反撃させつつ脱出を図る。そのルートは地図で示してくれた。

「……不穏分子、というのは?」

「サン・シャーク環境保護団だよ」

「? なにそれ?」

「通称“SS”と言ってね。我々動物学者は決して危害を加えるようなことはしない。だが、連中は二年ほど前から動物を実験体扱いするな、動物の命を奪うなと抗議しているんだ。我々は“エコテロリスト”と呼んでいる」

 ウッシーの表情から、今までも苦労させられたことが(うかが)える。

「その第一標的として娘が狙われている」

「暗殺っていうのはそいつらから?」

「その通り。しかしそう簡単に弾圧もできないから困っている。実質、そういうこともしなかったわけじゃないからな」

「……くだらない……」

 ぼそっ、と呟く。

「とにかく、オレはハイルを守るよ。その他の問題はこの国の問題だ。オレが関われるような問題じゃない。もっとも、その“SS”ってやつを潰してくれっていうのなら話は別だけどね」

「……そうだな。失礼した」

 こほん、と咳き込む。

「今何時だ?」

「もう夕方になる頃です」

「そうか。なら夕飯の支度をさせよう」

「仰せのままに……」

 ウッシーは急いで駆け出していった。

「……ダメ男」

「なに?」

 チタオは一層真面目な顔になる。

「さっき“くだらない”と言ってたな? あれはどういう意味だ?」

「え?」

 まさか、と思ったようで面食らっている。

「場合によっては……怒るぞ」

「あぁ、別にそういう意味じゃないんだ」

「ではどう言う意味だ?」

「……」

 一息入れる。

「そんなことが言えない状況にさせれば、価値観が百八十度変わるよ。そういう連中は」

「?」

「同感だ」

 誰かが入っていた。こちらも“イケメン”だ。まるで騎士のようなとても男らしい顔つきをしている。西洋風の服装にマントを付け、ブーツを履いていた。

「そちらは?」

「あぁ、この国の大臣であり私の親友、ワニヒコだ。二年ほど前に大臣に就任してもらったんだ」

「よろしくな、ダメ男。話は聞いてるよ。なんでも奇妙な物を引き連れてるとか、幽霊が苦手とか、実は(ののし)られるのが好きだとか」

「あぁ、その情報は全くのデタラメだから気にしなくていいよ、うん」

 ごく自然に握手をした。しかしワニヒコは違和感を覚え、そしてすぐに感心した。

「さすがだな、旅人というのは」

「?」

「掌の厚みや硬さが違う。皮が何度も擦れ、マメが潰れ、まるで鋼のような手をしている。日頃の研鑽(けんさん)賜物(たまもの)だろう」

「いや、まぁ……ええっと……」

 久しぶりに()められたので、照れてしまっている。

「ワニヒコは動物生理学の専門なんだ」

「そうなんだ。というか、この国の人って頭良さそうな人ばっかだなぁ」

「環境が環境なだけにね」

「あぁ……納得……」

 入国前のことを思い出す。

「良かったら旅のことを話してもらえないか?」

「あぁ、それはいい。夕飯もまだかかるからな」

「え? あぁそれじゃあ……」

 

 

 ダメ男がメイドにフーを預けた。すぐにメイドは退出し、ハイルのいる部屋へ案内する。

「本当に不思議ねー、あなた」

 開口一番、当然の一言が出てきた。

「好きな男とかいるの?」

「えぇっ? そんなはっきり言うものなのですか?」

「ンもう、当たり前でしょう? 女同士じゃないっ。(ちまた)じゃ有名人なのよ、あなた」

「女“同士”、というのもあれですけどね」

 フーらしくない苦笑い。

 すると、

「ん? やぁ」

「こ、これは……ワニヒコ様……」

 サバサバしていたのが一転、うっとりと頬を赤らめる。

「ん? それはなんだい?」

「あ、これは王様と謁見していらっしゃる旅人様の私物でして……」

「私物……へぇ。初めて見る」

 ちょっといい? と断ってから触ってみた。

「こんにちは、ワニヒコ様」

「うわぁっ!」

 予想通りのリアクション。尻餅をついてしまうほどだった。

 フーは面白くて仕方なかった。

「ったく、イタズラもほどほどにしてほしいなあ」

 ささっと身なりを整える。

「失礼しました。“フー”と申します。先ほどメイド様が仰っていた旅人というのは“ダメ男”です」

「フーか……美しい声をお持ちのようだ」

 ぼん、とフーから爆発音が聞こえた。

「そ、そんな……いや……」

「このような形だが、さぞかし美人なのだろう。一目お会いしたいところだ」

「残念ながらこの形がフーなのです、ワニヒコ様……」

 機械的な口調が、跡形もなくなっている。照れ照れなのは明らかだ。

「照れ屋さんなのかな?」

「い、いえ、普段あまりそういうことを言われないものですから……」

「何という罪な男だ。こんな美声の持ち主が近くにいたら気が狂いそうになるだろうに」

「あ、あのちょっと……その……」

 言いくるめられている。

 ワニヒコはうむ、と頷いた。

「興味が湧いてきた。ちょっと会って来よう。それではな」

「は、はひ……」

 ワニヒコは整然と別れていった。

「やっぱり憧れるわねえ……」

「同感です。スマートでかっこよくて品が良くて気品溢れて高貴で……それに文句なしの爽やかイケメン……! これは誰でも落ちてしまいますね……」

 表情はないが、さぞかしうっとりしているだろう。

 あっ、とメイドは思い出し、急いで目的地に向かった。

「……ふぅ……失礼します」

 メイドがある部屋に入った。

「どうしたの? うれしそうだけど?」

 中にはハイルがいた。ぬいぐるみを抱えつつ、メイドを突き刺すように見据える。

「あっあの、実はこれを……」

「?」

 怯えながら見せたのはフーだった。

「あぁ、ありがと。もういいよ」

 冷めた口調で追い返した。

「女の子らしい部屋ですね、ハイル様」

 お姫様のお部屋らしかった。フリフリのついた可愛らしいベッドに数多くのぬいぐるみ、巨大な窓の奥には一部屋分の広いテラスがある。カーテンやカーペットは赤を基調としていて、とても豪華だった。

 フーの口調がいつものに戻っている。

「いつもそんな態度なのですか?」

「……うん」

「いけませんよ。いくら上下関係があろうとも、してもらったことに礼を言うものです」

「説教はもういい……」

「そうですか。そのような当たり前のこともできないとは人間として終わっていますね。この国も終末に近いというわけですか」

「っ! なによ、一体何しに来たわけっ? ぶん投げるわよっ!」

「言い返せなければ今度は暴力ですか。相手が弱ければ、立場が下であれば何をしてもいいという危険な思考です。つくづくゴミ人間、穏やかな父親とは正反対ですね」

「……」

 ベッドにぶん投げ、ぷいっと顔を背ける。

「こちらに来たのはハイル様の護衛のためです。ダメ男の指示ですけどね」

「……」

 フーに背を向けてベッドに腰掛ける。

「私……兄弟もいない、父さんは仕事で忙しいし母さんは遊びほうけてる。……だからいつも一人なんだ」

「ならば、余計にメイドさんと仲良くすべきです。敵を作ってもいいことなんて一つもありません」

「……うん。でも寂しくないの。私には動物たちがいるから」

「? 動物?」

 ぼとっ、と何かが落ちた。トコトコトコとフーの目の前に来る。

「この生物は何でしょう?」

「ハムスターっていうの。名前はクーロよ」

「とても可愛いです。もふもふして気持ちよさそうです」

 綺麗な灰色の毛並みのハムスターだった。

 ? と可愛らしく首を傾げる。

「とても癒されますね。あぁ、かわいい」

「フーがデレたっ」

 一転して、笑い出す。

「これもあのサバンナに生息しているのですか?」

「まさか。あっという間に餌食にされちゃうよ」

「確かに」

「父さんがね、他の国から譲ってくれて、それを私にって」

「何を食べるのです?」

「ひまわりの種とか、基本なんでもかな」

「た、食べられたりしないでしょうか?」

「フーを食べはしないよ。かじるけど」

「それはほんとうに、あっ言ったそばからかじっちゃダメですっ」

「あははは。面白いなぁっ」

 ごろりと寝そべった。

「私、悪いことしたのにね」

「何かしたのですか?」

「うん。……あのチーターの親……私が殺したの」

「え?」

「表向きは病死ってなってるけどね」

 

 

「わーい、きょうもいっぱいあそぶからねー」

 小さい時のハイル。大きいチーターとその子供と戯れていた。

 おもちゃのキッチンや包丁、まな板がある。これはおままごとだ。まな板の上にはチーターの餌や彩りよくするための草が置かれている。

「きょうのごはんだよー。いっぱいたべてね」

 もくもくと、まるで犬のように大人しく食べる。

「うんうん。いっぱいたべるんだよー」

 ところが、

「? どうしたの?」

 ごふごふ、と異常に息が荒くなる。

「ねぇ、だいじょうぶ? なんで、え?」

 子供のハイルには何が起こっているのか分からなかった。

 そして、悲痛な鳴き声を上げ、やがて動きが止まった。

「……」

 ハイルが動かしても何もしてこない。だんだんと冷たくなっていくような気がした。

「ぱぱ……ぱぱあぁぁっ! チタコが、チタコがぁぁっ!」

 

 

「……あの時どうしてか全然分からなかったんだ」

「餌はお父様が作られていたのですか?」

「うん」

「この国の動物学者の第一人者が、そんなヘマをするわけはないですし。そうすると本当に病死でしょうかね」

「ううん。まな板に敷いてた草、あれに毒が入ってたみたいなの。それを一緒に食べたみたいで……」

「なるほど」

「それを知ったのは何年か前。本で同じような草を見つけて……。……父さんが大切に保護してたチーターを私が殺した。……私のせいだった」

「そんな、それは事故ですよ。それにわざとではありません。知らなかったわけですから」

「知らないことほど恐ろしいものはないんだよ」

「それはそうですね。でもわざとじゃないのだから仕方ないではないですか」

 フーの口調が強くなる。

「ご、ごめんなさい……」

「あ、いや、別にハイル様を責めていたわけではないのです」

「……でも、すっきりした。ずっと誰にも話せなくて……ずっと覚えてて……夢に何回も出てくるし、突然思い出しちゃうし……」

「フラッシュバックですね。嫌な記憶を何回も思い出してしまう症状です。相当なトラウマなのでしょう」

「どうしてなんだろうね。忘れたいような忘れたくないような」

 シュンと瞳を伏せる。

「! あっそうか、やっと分かりました」

「何が?」

「ハイル様と話している時から、やけにムキになっているなと我ながら思っていたのです。それがどうしてなのか分かりました」

「?」

「ハイル様は誰かさんと似ているからですよ」

「だ、誰のこと?」

「誰かさんです。誰かさんもずっと自分のせいだって思っていることがあります。誰が何を言おうと自分のせい自分の責任、自分が悪い。まるで女のねちっこい(ねた)みのようです」

「……だって……」

「チタオ様には話していないのでしょう? 謝って済む問題ではありませんが、すべきことがあるはずなのです」

「……うん……」

 カツンカツン、と外から聞こえた。窓を突っつくような音。

「あっ」

 ハイルはそちらへ向かった。テラスへ続く窓だった。

「ピーコごめんねっ。ちょっと待ってて」

 慌てて奥の部屋へ走っていき、そして急いで戻ってきた。オケのようなものを持ってきていた。それをテラスの方に置く。

「クーロっ、フーを持ってきてっ」

 御意、と頷くと、

「だめですっ、それもかじっちゃ、いだだだだだ」

 フーを繋ぐ紐をしっかり噛んで、引きずりながらハイルの方へ持ってきた。

「えらいえらい。ひまわりの種あげる」

「ひどい扱いです」

 服の中から一粒だけ出した。クーロは嬉しそうにかじりついた。

「ぴ、ピーコというのはなんです?」

「あぁ、鷹だよ」

「え?」

 ハイルの足元には迫力のある鷹がいた。オケに入れた水を飲んでいる。

「この鷹はどうしてこちらに来たのですか?」

「遊びにきたんだよ。この子はね、私がいじめられてた時に助けてくれたの。だから私の命の恩人、いや恩鷹かな? あはは」

 嬉しそうだった。

 

 

 ダメ男は客人用の個室を案内してもらった。やはり豪華な部屋だった。カーペットやベッドはふかふか、テーブルやイスはきらきらと金色の装飾がされ、窓から見える夕日がとても綺麗に見える。

 夕日は地平線に隠れる途中だった。反対側から夜空が迫り、半分以上を占めている。

「ダメ男様、ごゆっくりお休みください」

「ありがとな」

 メイドは笑いかけて、ゆっくりドアを閉めた。

 背負っていたリュックやウェストポーチを下ろし、椅子に腰掛けた。デザインとは裏腹に頑丈に作られているようだ。

「夕食はどうでしたか?」

 テーブルには綺麗なハンカチで包まれたフーがいた。ダメ男はさして驚かなかった。

「すごかったぞ。とても野性的というか原始的というか……」

「優雅で豪華な食事ではなかったのですか?」

「あんな骨付き肉を食ったのは初めてだったなぁ……と、それより、変な噂流しただろ?」

「変な噂とは何です?」

「ワニヒコから聞いたぞ。幽霊が苦手とか馬鹿にされるのが好きだとか、デタラメ言うなよなっ」

 フーを肩にあてがうと、

「ブブブブブブ」

 振動し始めた。

(あなが)出鱈目(でたらめ)ではないでしょう?」

「あぁぁぁ……これほんっときくなぁ……あぁっだめフー……あぁ」

「話を逸らさないでください。それと気持ち悪い声を出さないでください。吐き気を催します」

「ワニヒコとはいつ会ったんだよぉ?」

「こちらに来る間です。メイドさんを口説いていたので、その話の骨を折ったら、とても興味深そうにお話しました」

「へぇ」

「すごく魅力的ですよね。どこかの誰かさんと違って男らしいですし、頼りになりそうです」

「あっそーですかいへーへー」

「それに一国の大臣で武術も優秀だと聞きました。“才色兼備”ですね」

「女ったらしじゃねーか」

「“英雄色を好む”ですよ」

「……ったく最近のわか、あぁ、そこいいなぁっちょっと待って、鳥肌立ったっ!」

 ところどころで身をよじるダメ男。普段から肩が凝っているらしい。

「そう言えば、ハイルの方どうだったぁ?」

「何となく原因が分かりました。ハイル様、寂しいみたいです」

「だろうな。父親は国の仕事に動物学者、母親は城にいないみたいだし、大方どっかふらついてるんだろう」

「まさにその通りです」

「うーん……でもさ、それだと笑わなくなった説明がつかないじゃん」

「それですね」

 フーはチーターの病死の件を一字一句間違えずに伝えた。

「へぇ、なるほどな。フーにそんな秘密があったなんて」

「予想していましたが、ボケが古すぎですよ。もっと今を生きてください」

「“温故知新”という言葉を知らないのか?」

「“古田を(たず)ねて代打、俺”ですよね」

「……最近、荒くない? カスってもいないんだけど。そもそも何のことだしっ」

「知る人ぞ知る名台詞ですよ」

「ワケが分からん」

「話を戻して、どうやらチーターの件で気持ちが沈んでいるようです」

「それならもっと小さい頃から笑わなくなるだろ」

「話を聞いていないですね。二年前に真相を知って、自分のせいだと思い込んでいるのですよ」

「なんで知ったの?」

「ほんっとうにダメ男は駄目ですね。とある本、大方植物の本でも読んで気付いたのだと言ったでしょう?」

「ならどうしてそんな本を読もうとしたんだ? それも二年前にさ?」

「本人に聞けばいいではないですか」

「どうしてそれを聞かなかったんだ? ってことだよ」

「すみませんね。気付きませんでした。こちらのミスですよっ」

「素直でよろしい」

「珍しく言い負かされました」

「同感」

 一(しき)り話した後、ダメ男はお風呂に入ることにした。歩き詰めに話し詰めでかなり疲れているようだ。

「あいつ……取り(つくろ)ってるよな」

「え?」

 思わず声が出る。

「どうしてですか?」

「んなもん、誰が見たって分かるだろ……」

「それはそうですが、あの性格破綻者のダメ男が勘付くとは、何か良からぬことが、」

「起こるだろうな。良からぬこと」

「頑張ってくださいね。今日くらいは(ねぎら)ってあげます」

「誰のせいで、とは言わないでおくか。……フーも少し休めよ」

「はい」

 そういうダメ男もダメ男だった。

 着替えを持って浴室へ行く。

「さて、ん?」

 勝手にドアが開く。ゆっくりと。

「誰です?」

 しかし人の姿はいなかった。

「まさか、ポルターガイストですか? まさかまさか目の前で体験するなんて、とても感激ですねぇ。ダメ男に後で話してみましょう。ふふふふ」

 幽霊より(おぞ)ましい不気味笑い。ところが、

「助けてくれ」

「!」

 なんと誰かが話しかけてきた!

 フーとは違う女性の声だった。ハスキーで声に(つや)がある。

「だ、誰ですっ? まさかまさかまさか、本当に幽霊なのですかっ? とっても感激ですっ! ぜひお話を、」

「落ち着け。私は幽霊ではない」

「え、じゃあ一体誰です?」

「こちらだ」

 フーのすぐ後ろに、もふもふした可愛い動物がいた。灰色の毛並みのハムスターだった。

「あれ、これはハイル様のペットのクーロですか?」

「いかにも。私はハイル嬢のペット、“クーロ”だ。ちなみにメスだ」

「動物がしゃべってる!」

「それはこちらの台詞だ。生物でないのに話せるとは、一体何者だ?」

「それこそこちらの台詞です。いったいどういう、と、それよりも何かあったのですか?」

 予想外すぎるが、クーロの発言の方が重要だった。

「ハイル嬢がついに私に話してくれたのだ」

「何をです?」

「なぜ二年もの間、心を閉ざしていたのか。やはり何か隠し事をしていたのだ」

「? それはチーターの病死のことではないのですか?」

「私もそうだと思っていた。だが違ったんだ。本当は、」

「あ、いた」

 ハイルが入ってきた。涙目だった。

「ハイル様、どうされました? 泣いていたのですか?」

「泣いてない」

 鼻声で答えていなくともバレバレだ。

「クーロ、こんなところまで逃げ出して……ごめんね」

 まずい……、クーロがそう呟く。逃げられない、そう悟ったのか、

「チタオ王が危ない、助けてくれ……!」

 捕獲される間際、そう呟いた。それはしっかりとフーに伝わった。

「あ、その……いや、っ……じゃあね」

 バタン、と力強く閉めた。

「とても言いたそうな顔だった。きっとクーロの言っていたことに関係して……」

 その頃、タイミングよくダメ男が上がってきた。

「あぁーここの風呂はすごいなっ! 泡が全身マッサージしてくれたんだっ。ごおおおぉっ! ってさっ! こりゃ病みつきになるよっ!」

「本当に緊迫感のない男ですね」

「あ? いつまでも緊張してたら疲れるだろ。それに見ろよこれ! 牛乳だっ!」

 じゃじゃーん! とフーに見せつけた。透明なビンに牛乳が入っている。少し湯気が立っていることからも、キンキンに冷えているようだ。

「とにかく、身体を拭いて着替えたらどうです?」

 ダメ男はバスローブを着て、偉そうにしていた。

「ダメ男、ちょっといいですか? 真面目な話です」

「うぅんと、どうした? 電池切れ?」

「それもそうですが、先ほど伝言をもらったのですが、変なことになっているようです」

「うーん……とりあえず言ってみ?」

 ビンのフタを開け、こくこくと飲み始める。

「はい。“チタオ様が危ない”の一言です」

「……んぅ、そらそうだ。パレードに出るんだ、少し位は危ないだろうよ」

 コトリ、とひとまずテーブルに置いた。

 ダメ男はリュックと仕込み式のナイフを持って、テーブルに座った。お手入れの時間だ。仕込み式ナイフの柄は黒い骨組みに透明の膜を貼って構成されている。そのお尻には黒い毛玉が鎖で繋がれており、先端には黒いポッチが付いていた。それを押すことで、勢いよく刃で出てくる仕組みだ。全長は拳六つほど。刃と柄同じくらいの長さだ。ナイフにしてはかなり大きい。

「そういうことでなくて、もしかしたら狙っているのはハイル様ではなく、チタオ様なのかもしれません」

「誰が言ってた?」

「それはハムスターですっ」

「……」

 お手入れしていた両手を止め、リュックから別の袋を取り出した。

「回路がショートしたかな? ちょっと待ってろ。すぐに診てやるから」

「違いますからっ」

 再びお手入れを始める。

「違うのです。ハイル様のペットにクーロというハムスターがいるのですが、クーロがハイル様から伺ったと言っていました」

「ハムスターってあれだろ? ふわふわして可愛いネズミ……それがしゃべったってのか?」

「信じがたいとは思いますが、それどころではありません。すぐにチタオ様に話を聞きましょうっ」

「フー……お姫様の護衛だからって緊張するのは分かるけど、わざと不安を(あお)るようなことするなよ」

「あ、煽っているわけじゃ、」

「それにチタオはもう寝てるよ。明日のために早めに寝るんだって。いくら仲良くたって相手は王様。そんな無礼はさすがに許されないよ」

「一時の無礼のためにチタオ様やハイル様が死んでもいいというのですかっ?」

 怒鳴りつける。

「もう休もう。険悪な雰囲気じゃ、護衛は務まらない。大丈夫だって。明日言ってみるし」

 まだ物足りなさを感じてはいるものの、ダメ男はお手入れを終わらせた。そして床に寝っころがり、

「充電しとくから、騒がないでな」

「ダメ男の分からず屋っ。いくじなしっ! そんでもって白ひげマン!」

「ん? ………………あぁっ!」

 就寝する前に鏡を見にいった。綺麗な白ひげが唇の周りに生えていた。

 

 

「……明日だぞ」

「あぁ、待ちに待った盛大なパーティーだ。ど派手にぶちかまそうぜ」

「それなんだが新しい情報だ」

「なんだよ……まだ参加者がいるのか」

「新たに護衛をつけることになったんだ。そこらへんの旅人なんだが、“ダメ男”という男だ」

「変な名前だな」

「偽名なのは間違いなかろう。パートナーに“フー”という奇妙な機械もいる。ダメ男の武器はナイフのみ。いくら達人だろうと、こちらの火力には対応し切れまい」

「そいつに気をつければ良いんだな」

「まぁ手は打ってある。どんな男にも弱点はあるものだよ。ただ問題は一つ、お姫様が喋らないかだけ。そちらも釘を刺しているから大丈夫だとは思うが……」

「……んじゃあ明日の準備でもしてくらあ」

「謝礼はきっちり払っているんだからな。頼むぞ」

「わかってるよぉ。まさか、ここまでの切れ者とはね。いつから読んでた?」

「やつの荷物を見てからさ。絶対ここに立ち寄ると思ってね」

「なるほど」

「さて、俺も×ってくるかな」

「ったく、趣味悪いぜ。寝取り好きってのは」

「ふふふ……それじゃ、お互いに楽しい時間を過ごそうじゃないか」

 

 

 

 

 翌朝、いやまだ夜明けになっていない。しかしうっすらと空が青みを取り戻してきた。

 街は伝統でいくらか明るいが、それが逆に気味悪い。余計に暗さを強調してしまう。

 ダメ男は注文していたものを取りに行っていた。いつもの黒いセーターではなく、黒いジャケットを羽織っていた。

「やぁ、これが例の品だよ」

「……よくできてる。ありがとう」

 代金を支払って、店を出た。

「ったく、一人で行けなんて……かなり不機嫌だな、……?」

 ピタッと足を止めた。

「だれ?」

 辺りを見回すが、誰もいない。しかし何か気になるようだ。

 気のせいか……、ダメ男は戻ることにした。

「……っ」

 気にかかる。まるで影のようにべったりとついてくる何か。おそらく人の気配だと察しているが、不気味で嫌な気分だ。

 フーを無理矢理連れてくれば良かった、そう後悔する。

「なんなんだ一体……」

 確実にいる、そう悟る。しかし襲ってくることはない。結局、何も起こらずに城に帰ることができた。

「……監視……か?」

 ダメ男は中に入っていった。

 城門前の家の陰。影がいた。

「恐ろしい感性だ……まるで獣……。しかし、あんなところで何をしていたんだ……?」

 

 

 ダメ男は部屋に戻っても眠ることができなかった。何か不自然な、突っかかっている感じがしてならない。

「……」

「どうしました? ぎりぎりまで眠ってはどうです?」

「あぁいや……オレは平気。フーが休みな。今日はきつくなるよ」

「では、お言葉に甘えます。ぷちっ」

 しばらくずっと考え込んだ。夜が明けるまで、明けてからも何かを探ろうと。しかし思いつかなかった。

 コンコン、と突如ノックがした。ゆっくりドアを開ける。

「朝早くから失礼。国王がお呼びだ」

 メイドではなく、兵士だった。

「? 分かった」

 太陽が昇ってから一時間ほどだった。

 日の出を拝むことを許されず、ダメ男はフーを静かに持って、兵士に付いていった。

 玉座の間。何百人も入るくらい広いが意外に殺風景だった。白を基調とした壁や床に赤絨毯を敷き、チタオ……、国王と王妃の玉座を置いておしまい。ただし、国王の前には兵士たちが整列し、その間に道を作っている。兵士たちはピンと直立し、手持ちの剣を高く持ち上げていた。

 恐る恐る道を通り、国王を目の前にする。昨日のような薄汚い格好ではなく、ピシッとキメたスーツにさっぱりとした顔や髪型になっていた。とてもダンディだった。

 国王は歓迎、という雰囲気ではなかった。

「どういうことか説明してもらおうかダメ男」

 昨日の穏やかな顔付きから、一転して険しくなっている。

「なにが?」

「とぼけるな」

 怒りに震えていた。

 ダメ男は気まずそうに頭を掻く。

「心当たりがないんだけど……」

「先ほど、何か買い物をしていたな?」

「あぁ、武器の調達だよ。今日のために使い込みそうだったから補充したんだ。……これだよ」

 ダメ男は素直に武器を見せた。掌サイズのナイフで、とても鋭利だ。

「問題は物ではない。店だ」

「どういうこと?」

「俺が説明する」

「!」

 ダメ男の後ろからワニヒコが来た。

「結論から言うと、ダメ男はチタオをハメようとする“SS”の雇われかもしれぬ」

「なんだって?」

「俺の部下が目撃しているんだよ。我らがマークしていた“SS”の人間と密会をしていたというのをな」

「何言ってんだよ。オレは武器屋にしか行ってないぞ」

「その武器屋なんだがな……“SS”が営んでいる店だそうだぞ。その店主が吐いたんだ。組織が貴様を雇ったのだとなっ」

「ちょっと待てよ! そんなの知らないっ! たまたま通りかかった店なんだよっ」

「誰がそんなことを信じる? ただでさえ誕生祭があるというのに、怪しい人間を信用できるかっ!」

「……」

 絶句だった。ここで何かを言っても言い訳にしか聞こえない。いわゆる“ハメられた”状態だった。

 国王は額に手をつく。

「……ハイルの護衛の任を解く」

「! チタオ!」

「今すぐこの国を去れ。牢屋にぶち込まれないだけでもありがたく思え」

「ふざけんな! オレ以外に適任はいるのかっ? ハイルを守れるやつはいるのかよ!」

「貴様、王の御前で失礼だぞ! 旅人風情がっ!」

 兵士たちに床に押さえつけられた。ダメ男が全力で抵抗してもビクともしない。

「ぐぐぅ……! うっ」

 ワニヒコがダメ男のアゴを持ち上げる。

「やはり怪しい輩を外から入れるべきじゃなかったな。我が親友を陥れようとする薄汚い旅人め……!」

「この女ったらしが、ぐうっ……!」

 気に触れたのか、髪を引っ張り上げ、耳元で(ささや)いてきた。

「フーとやらは声が美しいな……。お前にはもったいないくらいだ。あと少しで落とせたものだが、まぁいい。あのような形こそあれ、ぜひ手元に置いておきたい女だ」

 ぷっちん。

「てめぇ……いい加減にしろっ! ぶん殴って、」

「おい、さっさと放り出せ!」

「はっ」

 ひょいとダメ男を持ち上げる。

「くっ……どうせなら……おいチタオ! ハイルが心配してたぞ! 自分よりも父親の方が危ないってな!」

「!」

「っ! この無礼者があっ!」

 ワニヒコが顔を思い切り殴った。角度が良かったのか、呆気なく意識を失った。

「……王に二度も無礼を働くとは……。牢屋にブチ込め! 今日は姫の誕生祭だ。処刑は明日だ! いいな!」

「は、はっ!」

 兵士もビクついていた。

 ダメ男はどこかに連れていかれた。

「……チタオ、気にするな。俺が命に代えてもハイルを守ろう」

「……」

 チタオはそれを見送っていた。

 

 

 

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