フーと散歩   作:水霧

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第一話:へいわなとこ

 層の薄い緑が遮られることなく、どこまでも生え渡る。白みがかった青空に燦然(さんぜん)と照らす太陽に向かって背筋を伸ばしていた。さやさやと(ささや)いている。

 少し走ると汗が(にじ)むくらいの温かさで、満点に近い景色と気候だった。

 そこを踏み締めて突き進む者がいた。

「……まぶし」

 かなりの好青年で背が高く、裾がお尻まで覆う黒のセーターを着ている。つんつんのファーが付いたフードが背中に垂れ下がっていた。袖も掌の半分を喰らい、前のチャックは首元まで上げている。下は藍色のジーンズでセーターのせいでポケットが隠れている。代わりにセーターの腹ポケットを使っているみたいだ。それと薄汚れた黒のスニーカーを履いている。首には細い黒紐が首飾りのように掛けてあった。

 大容量の黒のリュックを右肩に背負って歩いていた。黒く包まれた傘が横から突き刺さっている。

「はぁ……寝たいな……」

 暇だった左手で腹ポケットを(まさぐ)ると、使い込まれたハンドタオルを首にかける。

「先ほど睡眠をとったはずです」

 突如、“声”がした。青年以外にはいないはずなのだが、

「それでも眠い」

 青年は慌てる様子も無く返事をした。落ち着いていて気品が感じられる女の声だった。

「前方を見てください」

「……あ、見えてきた」

 地平線からひょっこりと現れた“鉄柵”。だんだんと近付いてきて、青年の前を横切る仕切となった。鉄柵というには見栄えがなく、せいぜい家畜を逃がさない程度の高さしかない。だから柵の外からでも中の様子が丸わかりだった。

 その柵の真下あたりから、はげて黄色い道が奥まで貫いている。そこの脇にぽつりぽつりと屋根に藁の載った家が置かれていた。しかも家の足から草が生えている。まさしく、この大草原の上に家を置いたようだった。

 それらとは違い、鉄柵の外にあるのは木の板を張り合わせた簡素な小屋だ。見張り小屋らしく、外が見れるように窓の無い窓があった。

「農村……?」

「とりあえず、お隣の小屋に話をつけてきたらどうですか?」

「誰かいたらいいんだけど……」

 どこからともない“声”に従う青年。小屋に行くと、

「ほいほいっと」

 窓から麦藁(むぎわら)帽子を被ったおじいさんが顔を出してきた。白のTシャツに黒の半ズボンと軽装で、ぴかぴかの(くわ)を大切に担いでいる。部屋の奥にも同じように鍬や(すき)が綺麗に並べられていた。ここは農具を管理する小屋でもあるようだ。

「どちらさんで?」

「うーんっと……」

 青年はリュックを足元に置いた。

「あぁ~、旅人さんかぃ」

「うん。入国できる?」

「もちろんで。門開けんのメンドイから、テキトーに乗り越えてけろ」

「……」

 釈然としないまま荷物を持って、呆気なく乗り越えて行った。怪訝そうに鉄柵を見て、すぐに歩き出す。とりあえず真ん中の道を突っ切るが、

「……」

 やはり農村としか言えなかった。

「長閑な村って感じだな」

 この道を中心として、広くない村に枝別れしている。その中の一本は村の端っこに繋がっていて、小さい川を隔てて大きめの木造の家があった。そこに風車が設けられている。円錐の先っぽに風車をくっ付けた、またもや簡単なものだった。

 打ってつけは牛や豚などの家畜が平然と出歩いていることだ。背中ではしゃぎ回る子供たち。それを笑いながら家畜の世話をする人たち。しかし、なぜか動物臭くない。

 青年は道の中心で村の全てを見つくした気分に浸り、少し緩んだ顔で、

「……いいところだ」

 一言、純粋に呟いた。

「こんな無防備で大丈夫ですかね? 目をつけられるのは時間の問題ですよ」

「そういう連中がいないから心配ないんだろ?」

「そうですかね」

 それから少し出歩くと、案の定、あらかた歩き尽くしてしまった。最初に見た鉄柵がこの村を囲うように立てられていた。家畜を逃さないというのもあるが、村であることを強調しているようにも見える。

 微笑ましい限りの光景が夕日に染まり、ついには藍色も出てきた。村の景色もそれに染まりつつ、住民たちは自分の家へと帰っていく。田舎の一風景に心休まる。

 青年は、

「いいところだ。……つくづく」

 鉄柵に寄りかかって眺めていた。

「ここにちょっと住みたいな」

「駄目ですよ。別に安住の地を探しているわけではありませんし」

「でもなぁ、久々なんだよ。時間を忘れてこんなに見てたのは……」

 そして、何事もなかったかのようにまた歩き出す。

「さて、宿でも借りて寝るか……」

「さすがですね」

「……そりゃどうも、って何がさすが?」

「頭の軽さです」

 ズルッと滑った。

「……」

 いつかシメてやる……、と独り言を吐き、足取りを立て直す。

 もう人気が無くなっても、まだ温かさが滲んでいるようだった。青年は草を食べている牛に吸い込まれるように近寄っては、腹回りや頭を撫でまわす。牛は首を横に振って拒んだ。それには少々苦笑いを零す。

 ふとして、足元に黒い影が差し込んだ。

「……こんにちは」

「……」

 幼い女の子の声がそちらからした。青年は振り向いて、

「こんにちは」

 三つ編みの少女を見下ろした。

「旅人さんでしょ?」

「そう、だよ。たぶん」

 自信なさげに答える。

「どうしてここに来たの?」

 少女はニィッと歯を見せて笑う。

「……ただ通りすがっただけ」

「そうなんだ。おつかれ様ね」

「お疲れ様でーす。って、君は家に帰らないの?」

「……まだあそびたい」

 そしてしゅん……と萎れた。

 青年は微笑して、

「それなら明日、また遊べばいい。時間はたくさんあるからな」

 気取りながら言った。

「……そうだね!」

 ニコニコしながら、少女は別れを告げて帰っていった。

 

 

 青年は風車のあった木造の家に泊まることができた。ここが宿だった。

「すごい……。タダだって」

 青年は興奮気味に言った。

 案内されたのはすごく年季の入った木の香りがする部屋だった。しかし腐敗など微塵にもなく、ある種のアンティークを感じる。こげ茶の木の壁やら床やらで、ベッドやテーブルなども一色に揃えられている。ベッドの左手側には浴室に続く通路があった。

「田舎だからなのですかね」

 それでも“声”は冷静だった。

 リュックと二つのポーチをテーブルに置いて、椅子に深く座った。背中を背もたれに反らすと、木のしなる乾いた音がした。

「ところで、いい加減出してくれませんか? 気持ち悪いです」

「わかったよ」

 セーターの中に左手を突っ込み、

「ほら」

 四角い物体を出した。水色ともエメラルドグリーンともとれる色合いで、手に収まるくらいの大きさだ。開閉式になっているのか、蝶番(ちょうつがい)がついていた。裏面には小さいレンズがあった。その物体には首に掛けられるように黒い紐に通してある。ネックレスにしてはごつい。

 慎重にテーブルに置いた。

 リュックは邪魔だったので、テーブルの脚に傾けた。

「ありがとうございます」

「……やっぱり服の中は窮屈?」

「正直に言うとそうですね。でも“ダメ()”のためなら大丈夫です」

「平然と気持ち悪いって言ってたクセに」

 “ダメ男”と呼ばれた青年は頭をコリコリ掻いて、笑う。“声”の主はこの四角い物体らしい。女の声がそこから出ていた。

「ところで、この後はどうしますか?」

「そうだな……、日が落ちて大分暗くなっちゃったし……のんびりしてるよ。お手入れもしてあげなきゃな」

「それは明日でいいです。のんびりするのなら、お風呂に入ってみてはどうでしょう?」

「だな」

 四角い物体はダメ男を見送った。なぜか奥から悲鳴がしたが、どうしようもできなかった。

 

 

 日の出が照り出す頃、ダメ男は既に起きていた。

 床に寝そべって、一本のナイフをじぃっと見ていた。柄が物差しくらいはあり、ナイフより短刀に近い。格子状に入り組まれた鉄の柄の中に、刃が収納される仕組みで、格子の隙間に透明な膜が貼られている。

 刃先を確認する。わずかな刃こぼれを見つけると、専用の薬剤に浸した綺麗な布で拭き上げる。その顔つきは昼間の緩んだものとはうってかわって、締まっていた。

 胡坐(あぐら)になると、今度は別のナイフを持ってきた。柄を開くことができ、刃だけを交換できる、言わば組み立て式のナイフだった。柄の中はグラつかないように凸凹した形にゴムが敷かれ、刃の(なかご)(注・刃の部位で、柄の中に収まる部分)がはまるようになっている。

 ベッドの枕に転がっていた四角い物体が、

「おはようございます、ダメ男」

 起きた。ダメ男は、

「随分ときりりとした顔ですね」

「……」

「目が充血していますよ」

「……」

「顔が気持ち悪いですよ」

「……」

 無視し続けた。

 そしてため息をついて、

「おはよう……ふぅ……」

 返事をした。

 散らかっていた道具をテーブルに置き、仕込みナイフと組み立て式ナイフは椅子に置いた。

 黒い寝間着から昼間のセーター姿に着替え、二つのナイフをウェストポーチと内ポケットにそれぞれしまう。

 窓を開けると、肌寒い空気が中へ吸い込まれていく。その割に朝日が温かく感じた。

「ちょっと早すぎたか……」

「“早起きは三分の得”と言いますからね」

「もはや誤差だろっ」

「その三分のありがたみも分からないとは、さすが脳味噌出来損ないですね」

「三分で何ができるんだよ」

「人間の主食が作れますし、約六百メートル進めますし、どこかの星を守ることもできます」

「まじか。意外とできることあるなぁ……」

「うわ、この人本当に信じましたよ」

「ウソかっ!」

 四角い物体を拾って、適当に寛ぎ始める。

「そういえば昨日、お風呂で何があったのですか?」

「……」

 ダメ男はころんと横になって、

「黒いのが……」

 震えながら時を待った。

 

 

 とりあえず二度寝したダメ男は必要最低限のものだけ持って民宿から出た。

 憎いほどに晴れ渡り、容赦なく陽が照っている。朝の気温はぐんぐん温められていく。風はなく、穏やかな天気だった。相変わらず緑が視界のほとんどを占めていた。

 入口の看板には、

[サラミ]

 と書いてある。ダメ男はあえて何も言わず、そこを後にした。

「いい天気だ」

 空を眺めていると、

「おはよー」

「ん?」

 三つ編みの少女がやって来た。

「どう? ここは……」

 ダメ男は頬をカリカリ掻く。

「長閑で気が休まるよ」

「ふ~ん……」

 どこか味気なさげだった。

「……んっと、いろんなところ見てきたから言えることだけど、いいところだよ。間違いなく」

「へんに言わなくてもだいじょうぶだよ。別にほめてほしいわけじゃないから」

「いや、こういうところが平和なんだって本気で思うよ」

 少女と目線を合わせるためにしゃがんだ。少女は、う~っ、と(うな)って、

「まじまじと言われるとはずかしいな……」

 照れくさく答えた。

「でも旅人さんにはそう見えても、わたしたちはどうなのかな……?」

「? どういうこと?」

 少女はダメ男の手を取り、

「わたしがガイドさんしてあげるよ! あははっ!」

 無理やり引っ張っていく。

「おっおい……!」

 引きはがそうとしたが、少女の無垢(むく)な笑顔を見て、まあいいか……、と呟いた。

 二人は歩きながらここの話に花を咲かせた。ここは村で一番美味しいパン屋さんで、あっちは村長さんの家で、そっちはなんたらで、こっちはうんたらで、といった具合に。覚えきれそうにないな、と言いかけたが、小さなガイドさんが頑張っているのを見て、

「へぇ……」

 顔が(ほころ)んだ。

 途中で会う住人たちも活気溢れていて明るい。老若男女関係なく談笑していて、(なご)やかだった。誰もが想像する“平和な”ワンシーンだった。

 あっという間に夕方になり、二人は“サラミ”の前にいた。

「あらためて、どうだった?」

「いいところだ。皆楽しそうで、心温まるよ」

「あはは。そうかなぁ」

 照れながら笑う。

「“ふぅ”はどうだった?」

「? ふぅ?」

 呼び掛けて出したのは、ダメ男の首飾りのあの四角い水色の物体だった。

「普通でしたね」

「えっ!」

 少女はぺたんと尻餅をついた。

「しゃ、しゃべった……!」

「リアクションいいな」

「ダメ男が喋ったので、びっくりしたのでしょう」

「オレは銅像か何かか」

木偶(でく)の坊です」

「どっちもヤだからやめれ」

 四角い物体改め“フー”はダメ男のセーターの前にぶら下げられた。

「おもしろーい」

「改めて初めまして。フーと申します。ダメ男の主です」

「誰が主だ。叩きつけて粉々にすんぞ」

「あなたのお名前は何ですか?」

「あ、わたし? わたしはミミィ」

「ミミィ様ですね。ダメ男」

「わかってる」

 フーの側面に蝶番がついていたのは開くためであり、ダメ男は開ききる。カチリと鳴って中が見えるようになった。手前のボードには丸だったり四角だったりする“でっぱり”があり、ボードの奥には“モニター”がついていた。

 モニターを見ながらカチカチとでっぱりを押す。そしてミミィを呼び寄せると、

「ミミィ、笑って」

「え? えっ?」

「はい、チーズっ」

 シャッター音と共に一瞬光った。

 ミミィには理解不能のようで、なになに? と、聞くことしかできなかった。

「……よし。この村もミミィも忘れないよ」

「……うん、あり……がとう……?」

 モニターには口角を少し上げて笑うダメ男と、戸惑いつつ笑顔のミミィが写っていた。

 

 

「ダメ男」

「何だ?」

「いい加減、ベッドで寝たらどうです?」

「ヤダ」

 もう夜になり、ダメ男は床で寝転がっていた。

「風邪を引きますよ」

「ベッドじゃ寝れない」

 ベッドでは代わりに荷物たちが占領していた。

「気持ち悪いです」

 木造の宿ではあるが、電気は通っているようで、ベッドの隣にある棚にコンセントが縦に二つ設置されている。上のコンセントに薄い箱型のモデムがついたプラグが差し込んであり、そのコードの先端がフーの側面に刺さっていた。

「我慢しろ」

「ダメ男の顔が気持ち悪くて我慢が、」

「我慢しろ」

 乱暴にフーを閉じた。痛いです、と訴えたが、それを無視して、

「風呂入ってくる」

 ダメ男は風呂場に向かった。

「生物反応があるようですから、気をつけてくださいね」

「余計なこと言わんでいいっ!」

 約一時間後、戻ってきた。

「気持ち良かった……」

「よかったですね。ところで、それを駆除したのですか?」

「………………」

 無言で身体中を拭いて、服を着替えた。洗濯しておいた黒い寝間着だった。

「じゃあお休み」

 そのまま床に倒れ込む。

「駄目です」

「なんで?」

 再びフーを開いて中を見る。しかし何もなかったようで、ゆっくり閉じた。

「お手入れを忘れています」

「どうしよっかな~でももう心がボロボロで疲れちゃったしな~でも、」

「戯言はいいので、さっさとお手入れしてください」

 プチッ、と、コードを外した。

 ダメ男はベッドにある荷物を整理してリュックとウェストポーチとに分けて入れた。それを終わらせてから、脇にある窓から月のない空を見つつ、フーを磨く。

 薄手の白い布で表面と中を適当に拭くと、

「ちゃんとお願いします」

 と、お(しか)りの言葉が飛んできた。ねじ切ってやろうか……、と密かに(すご)んでみても、やはり逆らえなかった。

「明日にはここを()つのですね」

「そうだな。いい所だったのに、なんだか勿体ない気がするよ。……でも、久々にゆっくりできた」

「それは良かったです」

「……フーは?」

「気が張りっぱなしで大変です」

「……? なんで? こんなところに危ないやつがいるわけないじゃん」

「確かにこの村にはいません」

「……惜しい村だけど、どうにかなるでしょ。でなきゃもっと前に滅んでるわけだし」

「そうですか」

「そんな残念そうに言うなよ。心が痛むから」

 綺麗になったフーを枕に置く。

 ダメ男は床に滑り落ちるようにベッドから降りて、そのまま眠りについた。

 

 

 日が昇りかける時に起きた。スエットを素早く脱いでリュックに詰める。パンツとアンダーシャツのみとなった。

 細身な見た目とは裏腹にがっちりとした体つきで、生身の部分には銃創や切創などの傷痕がかなりある。

 その姿のまま黒のセーターの内ポケットから、仕込み式ナイフを取り出した。

「……」

 しかし、それを眺めるだけだった。胡坐(あぐら)をかいて。

「訓練はしないのですか?」

「お? 起きてた……?」

「ここ一週間の練習時間の平均は十二分、最長は一時間、最短は二十四秒です」

「……嫌なやつ」

「それほどでも」

 ニタリと笑う。

 ということで、短剣を適当に振り回して訓練とした。

「そんな手抜きの訓練で、よく生き延びてこられましたね」

 納得のいく一言だった。結局、三十五秒くらいしかやらなかった。

 あとはフーと喋りながら夜明けを待つ。しばらくすると、

「鶏」

 あの甲高い声で“朝”を迎えたのだった。と同時に、

「おやすみ」

 ダメ男は床で寝た。あの格好のままで。

「本当にダメ男ですね」

 ただ悪態をつくしかなかった。

 

 

「ここのパン屋は本当に美味い……。しかもタダ……」

「今日までどうやって経営してきたかわかりませんね」

 ダメ男は朝食と昼食を一緒に食べていた。

 ミミィの言っていた村の右端にあるパン屋。そこは外でも食べられるようにテーブルやら椅子やらがちょこんと準備されている。その店の一番近いところに座っていた。

 フード付きの黒いセーターに藍色のジーンズといつもの格好でいた。

「えっと……悪いんだけど、お持ち帰りってできる?」

「どうぞどうぞ! いろんなところでも宣伝してくれると助かるよ」

「むしろ評判にならないほうがおかしい」

 ダメ男は紙袋二つ分を抱えて、出歩いていった。

「そんなに食べると太りますよ」

「大丈夫。カロリーオフしてるらしいから」

胡散(うさん)臭いですね。しかもリュックに収まりきらないと思いますよ」

 やはりフーは疑っていた。

 今度は、

「いらっしゃい! なかなかのイケメンが来たな!」

「……うんっと……ここって雑貨屋? 看板無いからわからなかったんけど……」

「おう、そうだよ」

「ここにこの紙に書いてあるやつある? 代金はもちろん払うから」

「……あるぜ。あんた、見た目とは裏腹に腕利きの旅人だな。ちょいっと待ってな」

「は、い」

「否定してくださいよ。だから気持ち悪いのです」

「黙っとけ。それよりどうしてこんな長閑で平和な街に、モノがあるんだ……? 城下街並みにあるぞ」

 待っていると、両腕に抱えて品を持ってきてくれた。

「……ほれ。これだろ?」

「……正しく」

 道具を買い漁った。ついでに荷物を入れるためのカートまで貸してくれた。

「さすがにタダじゃなかったけど、めちゃめちゃ安い」

「出ていくのが(つら)いですね」

「うーん……あと二日、」

「駄目です。今日の夜には出立する予定のはずです」

「もっといたいなぁ……」

 昼から夕方にかけてショッピングを楽しんだ後、宿に戻り、身支度をした。買い過ぎたために入りきらない物が溢れ返った。特に医療品が余った。

「パンを別の袋に入れて、医療品をポーチに入れることを推奨(すいしょう)します」

「……もうリュックとポーチには結構入ってるんだけど」

「情けない傷で命を落とすつもりですか」

「……」

 ご指示通り、荷物を詰め替えていく。

「ここは楽園であり、地獄でもある村かもしれませんね」

「……なんで? いたって普通の村じゃん。きっとここは自給自足の村なんだ。だから争う必要もないし自然に恵まれる。自然があるところは人情深い人たちがたくさんいるもんだ」

「ダメ男にしては、まともなことを言いますね」

 身支度を完全に済ませた。二つのウェストポーチをジーンズのベルトにくっつけて、リュックをぐっと持ち上げた。

「……行こうか」

 フーに付いた黒紐を首に掛けようとしたその時、

「……どうぞ」

 ノックがした。フーを床に置いて、念のために左手を服の中に入れる。そしてテーブルの陰に隠れた。

 入ってきたのは、

「……だ、……だめおさん……」

 ミミィだった。

「!」

 しかもぼろぼろだった。目や頬には青い(あざ)が、いたるところにある服の破れ目からは擦り傷や切り傷が残されている。そこから周囲に赤く染まっている。トレードマークの三つ編みは刃物で切られたようで、綺麗に揃えられていた。

 (うつ)ろな表情で、震えていて、ほろほろと涙を落としていた。

「どうしたんだ……その傷……!」

 すぐにベッドにゆっくり寝かせ、容態をみる。ちょうど余った医療品で手当を施した。

「待ってろ! 今すぐ医者を、」

「ダメ男」

「!」

 いつの間にか部屋の入口に男が三人いた。どれもガタイのいい、熊のような連中だ。ニヤニヤと悪人面を見せ付けていた。

「あんたら、ここら辺の人間じゃないな?」

「そこのガキに道を聞こうとしただけなのに風穴開けられちまってなぁ……。ほら、見ろよ」

 男のおでこから血が流れていた。しかし、ちょろっとしか出ていなかった。

「そんなので仕打ちするのか? あんたのなんか、かすり傷にも値しない。この子は下手をすれば……」

「それでも痛かったんだがな。それとも、あんたがこの痛みを立て替えてくれるのかよ?」

 険しい顔でギリッ、と歯軋(はぎし)りする。ダメ男の左手は服の中へと徐々に忍び込んでいく。しかしそれを見越してか、

「ダメ男」

 フーは小さな赤いランプで制止させた。両端にいる男二人が拳銃を向けていたからだった。

「ほう。珍しいもん持ってんな。あんたの代わりにそいつでもいいんだぜ?」

 真ん中の男が部屋に入り、フーを手に持った。フーは黙り込む。

「っ! 触るなっ!」

「おぅっと。あんたのおでこにも風穴開けてやろうか?」

「そんなに大切なもんなら交渉成立だな」

「……」

 ダメ男はただただ睨みつけている。しかし、行動に移さないのは、

「だめお……さん……」

 少女の小さい手が背中をつかんでいたからだった。

「……」

 男たちはのそのそと去っていった。

 

 

 囁く声すらも聞こえないほどの静寂な夜を迎えた。しかも村の明かりが無ければ、ほぼ暗闇と化すほどに見えなかった。

 部屋は明かりに満たされ、陰が色濃く差し込んでいる。

 ダメ男に呼ばれてやって来た医者はかなりの名医らしく、わずか数十分でミミィの怪我に対応し尽くし、残りは自然回復を待つこととなった。

 ダメ男は安堵のため息をついて、ベッドで休むミミィを見遣る。

「……大丈夫か?」

「ごめんなさい……」

「気にするなよ。取り返せるし……。それより、どうしてこんなことに?」

「友だちと村の外であそんでて……へんな人がきたからにげたら……」

「でもあの男の額の傷は何だ? 石でも投げて抵抗したのか? しかもあんな時間まで?」

「……」

 小さく頷く。

「……平和すぎるのも問題だな」

「ふぇぇ……っ……ぅぅ……」

「それで、親には言ったのか?」

 泣きながら首を横に振る。

「しかも、怒られたくないからオレのところに頼りに来たってことか」

 そして頷く。

「事情はわかったよ。とりあえず、一旦家まで送ろう。それで親に正直に全てを話すんだ」

 何回か頷いた。

「そうしたら一件落着だ」

 ダメ男はミミィの頭を優しく撫でてあげた。

「で、でもフーちゃんが……」

「言ったろ? 取り返せるって。それにあそこにはミミィとの思い出も詰まってるんだ。死んでも取り返すよ」

「……うん!」

 ようやく落ち着きを取り戻したようで、にこやかに笑った。

 二人は宿を出た。ダメ男はリュックを背負い、ミミィを抱えあげている。そのまま家まで送り事情を話すと、案の定こっぴどく怒られた。

「ありがとうございます! 娘を助けてくださって!」

「いやいや……。でも叱るよりも、まずはよくしてあげて。かなり怖がってたし……」

「えぇ、そうしますとも。本当にありがとうございます!」

「ありがと……」

「それにしても怒ってくれる親がいてくれてミミィも幸せだな」

「……だめおさん、お父さんとお母さんいるんでしょ?」

「そりゃな。でも旅してるから……、」

 そう言いかけて、止めた。

 散々もてなしてくれたお礼にと、ダメ男が高価そうな指輪二つを渡した。そして一言お礼を告げると、飛び出すかのように走り去っていった。

「……いい人ね」

「うん! 優しくて、カッコよくて……」

「……そう……」

 ミミィの母親はミミィの髪をすうように優しく撫でる。そして抱きとめた。

 

 

 フーが取り上げられた後、男たちは森の中で野宿していた。()き火を囲っていた。

「こいつは良い値で売れるぜ。初モノだからな」

「あぁ。でも、一体どこで作られたんだ?」

「それはお答えできません。というより、分かりません。いつの間にかこうしているのですから」

「なるほど」

 フーはなぜか男たちと仲良くなっていた。

「お前、怖かったり心配したりしないのか?」

「もう慣れっこです。あなた方のように考える(やから)はたくさんいましたからね」

「へぇ。そいつはご愁傷様(しゅうしょうさま)だな」

「! ちょっと待て。お前、慣れっこって言ったよな?」

「そうですが」

「……」

 一人の男が青ざめた顔をしている。

「どうしたんだよ?」

「よく考えてみろ。こいつが盗まれ慣れてるってことは、必ず手元に戻ってきてるってことだぞ」

「! ちょっと待てよ……。あのひょろひょろなやつが……今まで取り返してるってのかよっ?」

「そう考えるしかないだろ」

「……やべぇ……今すぐ返そうぜ……」

「お前はだから腰抜けなんだよ。逆に言えば、躍起になって取り返すほどに価値があるってことだろうがっ!」

「あっそうか」

「だからお、」

 話していた男の頭が身体ごと吹っ飛んでいった。

「……」

「……え?」

 残りの二人はあっけからんとする。あまりに唐突過ぎてリアクションが取れなかった。と、思えば、

「ぎゃぁぁぁっ!」

 今度は別の男に何かが刺さった。鋭利で硬い“それ”は(くわ)だった。それも左脚の太ももに深くねじ込んでいる。そこから発する電撃痛と流れ出る血が留まらない。

「くそやろうがぁっ!」

 もう一人の男は拳銃を引き抜き、デタラメに撃ちまくった。恐怖に駆られてパニックを起こしている。ところが、

「っ!」

 不運なことに、弾詰(たまづ)まりを起こしてしまった。

 それでも銃口を四方八方へ向け、辺りを警戒する。

「誰だ! 出てこいっ!」

 ふっと焚き火の奥から黒い何かが、

「! があぁぁぁっ!」

 男の左目に突き刺さった。いや、刺さったように感じただけだ。何か硬いものが凄い速さで目を直撃したのだった。

「……!」

「いたっぺよぉ。こいつらだっぺかぁ?」

「ちげぇね。オラだちの村荒らしたのはこいつだがや」

「あ、これ旅人さんのだべ? ってことはオラだちの村荒らしただけじゃなくて盗みもやってたってごどだがや」

「まったく、何度言えばわかるっちゃね。お仕置きが必要っちね」

 (なま)りのきつい人たちがぞろぞろ……ぞろぞろと男たちを囲っていく。鍬やスコップを持っていたり、機械を走らせていたり、先ほどの吹っ飛んでいった男を片手で引きずってきたりと。戦慄どころか死神が身体にへばりつくような恐怖で、動けない。

 あえなく尻餅をついて失禁してしまった。

「た、たすけて……たすけて……ぎぃぃやあぁぁぁぁっ!」

 夜の森に生々しい音だけが震わせる。

 

 

「…………!」

 ダメ男が駆けつけた時には既に終わっていた。

「……はぁ……はぁ……」

「遅かったですね」

「……どういうことだ? ……おぃ! 大丈夫か!」

「だ、だじげで……、むねが……ぐるじ…………」

「後でお手入れお願いしますね」

「後でな。今は……」

「ひゅ……ひゅぅ……」

「無駄ですよ。その方は右の胸に風穴が開いています。あと数分の命でしょう」

「た……す……け……」

「誰にやられたんだ! ……くっ、出血が酷すぎる……」

「……や……つ……ら、」

「……」

 無い目を開いたまま絶命した。

「死んでしまいましたね」

「! ……これって……」

「真実を知ったようですね。木に吊り上げられた男は殴られたり切り付けられたりして、四肢が切り取られ、潰されています。そして左目が(えぐ)られています。まるでダルマです。そして地べたにいる男はもっと酷いです。生きたまま腹を裂かれ、内臓を切り刻み、死してなお、死体に凶器を突き立て続けられていました。既に何がどの臓器なのかも判別ができないほどにミンチにされています」

「とてもそうするように見えないのに……どうして?」

「それは直に聞いた方が良さそうですよ」

「え?」

「こんばんは」

 ダメ男は振り返った。誰もいない闇の方を。しかしその方向からミミィの声がした。

 洞窟から出るように、ぬるりと姿を表した。敵でないのに、傷だらけの身体なのに、こちらが追い詰められているように覚えてしまう。少女らしかぬ威圧感に左手を動かせなかった。

「フーちゃん、とりもどせたね」

「どうしてこんなところにいる? 休んでたんじゃないのか?」

 こくりと固唾(かたず)を呑む。

「うん。でももうだいじょうぶ。それよりもおんがえししたかったの」

「“恩返し”?」

「うん。いっしょにあそんでくれたおんがえし」

「……」

 動かす必要がないことを悟る。いや、動かした後のことを考えてしまった。囲まれている。肌身で感じた。

「だいじょうぶ。敵にならなきゃおそわないから」

「……これが君の言っていたことか?」

「うん。……平和に見える?」

「でもそれは、……」

 何か言いかけて止めた。別の言葉を探して唸る。

「それじゃ、気をつけてねダメ男さん。ばいばい」

「あ、ちょっ、」

 その直後、ぞろぞろと足音が聞こえ始めた。暗闇の森で、不穏でおぞましい行進の足音。言いかけるタイミングを失ってしまった。

 ダメ男は呆気にとられて、開いた口が塞がらなかった。

 

 

「なんだ、隣の国のもんじゃなかったんだべか。もちっと手加減ばしたればなぁ……」

「間違いなか。手足切っても違う言ってたんべ」

「不可侵条約結んだんだから、襲ってくることない思うてたんだ」

「そうだんたんか~。いんや~悪いことしたんな~」

「気にすることないわ。わるもんなのは変わらんと」

「ちょっと待つと。ってことは、他に村を荒らした人間がいるってわけ?」

「! まさか、あの旅人さん?」

「それはないない。あの気弱そうな人ができるわけないべよ」

「じゃあ尋問するのが早いっぺ。さっそく、」

「待ってよ。わたしの命の恩人だって言ったでしょ? ひどいことはしないで」

「……しかたなか。今日は疲れたし、早く帰って寝るか」

「そーしよそしよ」

「ところで、荒らされたってどこを荒らされたんだぃ?」

「確かパン屋と雑貨屋って聞いたけど……。慌てて出動したからよぅ話聞いてなかったべな」

「お前さんの悪い癖だがや。きっと勘違いに決まっとよ」

「そ、そうだよ、きっとそうに違いないわ、うんうん。あはは……うん……」

 

 

 

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