フーと散歩   作:水霧

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第三話:ゆるさないとこ

「初めて見るのか?」

「うん。これが砂漠なのか……」

「それよりも無謀だぜ。そのままだったらさようなら、だぞ?」

「……ありがとう」

 一台の車が走っていた。フロントガラスはついているが、屋根がないオープンな作りをしている。馬力のありそうなエンジン音を轟かせ、突っ切っていく。四人席で、前列には運転席に一人と助手席に一人座っている。後列は誰も座っていない代わりに、ダンボールやクーラーボックスが大量に積んであった。さらに後ろには、車輪の付いた倉庫のような荷物が連結されている。

 運転手は男で、Tシャツに短パンと涼しげな格好をしている。肌黒く日焼けしていて、ダンディにサングラスをキメていた。

「でも、あんちゃんもなかなかラッキーだな! ここで会うのも何かの吉兆かぁ?」

「そうなるように頑張るよ」

「あっはっはっは!」

 運転手は豪快に笑った。

 助手席にいる男は、黒くだぼついたセーターに黒のパンツ、黒いスニーカーと全身黒づくめな格好だ。セーターにはフードが付いていて、もこもこしたファーがそこに装着されている。(そで)は掌を半分覆い、(すそ)はパンツのポケットを完全に隠すほどに長い。

 男の足元には丸く太った黒いリュックサックが置いてあり、膝の上にはウェストポーチが二個置いてあった。

「そういや、あんちゃんは何か用事でもあんのか?」

「特にはない。でも、世界中を旅して、いろんな所を散策してるとこ」

「へぇ~、こんなに若いのになぁ……。なら、俺の用事に付き合うかい? 時間があれば、だけど」

 男は服の中を(まさぐ)って、何かを胸の前に出した。ネックレスのようで、水色のようなエメラルドグリーンのような色をした謎の物体だった。それに黒い紐が(つな)がれている。服の中は暑いようで、謎の物体は少し湿っていた。

「お礼になれば、手伝うよ」

「そりゃ助かる! んじゃ、全速前進!」

 車はさらに(うな)りを上げて、砂漠の中を爆走していった。

 

 

 岩石が多く存在している岩石砂漠がこの地帯の特徴となっている。淡い茶色の砂地に岩石が所々に転がっていて、ちょっとやそっとでは崩せないくらいの硬度がある。

 お昼を過ぎて、日が傾いてきた。それでも日光が大地を焼きつけ、地上は灼熱と化している。乾燥した気候と燃え盛る気温のせいか、植物は存在しなかった。岩石もじりじりと日光を受けて、食べ物を乗せれば、自然のフライパンができそうだ。

 そんな岩石を避けるように、一本の道がくねくねと曲がりつつも伸びていた。先ほどの車はこの道を道なりに、たまにショートカットしながら走っている。

 車に乗っている助手席の男は、

「……すぅ……すぅ……」

 眠っていた。

「しっかし、こんな格好でよく寝れるな……」

 運転手の男が(つぶや)く。

「許してあげてください。ダメ男はかなりの疲労を蓄積しているのです」

 二人の声とは明らかに違う“声”。清涼で冷淡な女の“声”だった。運転手の男は、

「許すも何も、最初から怒ってたり迷惑がってたりしてねーよ」

 平然と受け応えしている。

 “ダメ男”と呼ばれた助手席の男は、

「すぅ……んぅ……」

 気持ち良さそうに眠っている。

「ありがとうです、ドライバー様」

「様づけとか敬語とかじゃなくていいぜ。気軽に“シャン”で」

「シャン様ですね?」

「……人の話聞いてた?」

「もちろんです。しかし、これがスタンダードなのでご勘弁ください」

「それならしゃーねーな」

 運転手の肌黒い男“シャン”は大きく笑った。

「それと、ダメ男のセーターは特殊な素材でできています。気温によって通気性が変化し、いつでも快適に着ることができるようになっています。それでも厳しい時は着替えますが」

「へぇ~。すごいな。でも、実在するとは思えねー素材だ」

「そうですね。作った本人も奇跡だと思ったみたいです」

 ちなみに、この時の気温は三十五度を超えているらしい。

 今度は“声”が(たず)ねた。

「シャン様は何をなさっているのですか?」

「俺か? 俺はここら辺で支援活動をしてるんだ」

「支援活動?」

「まぁ、詳細は来てからのお楽しみだ」

 シャンはニコリと口角を上げる。

 しばらく車を走らせると、シャンが前方に指差した。

「ほら、見えたぞ」

「あ、あれって」

「村だ」

 そこは家という物が破壊し尽くされている。煙が立ち、(くすぶ)っているところもあり、まだ火の手が止んでいない。灰で鼠色(ねずみいろ)が多かった。

「十分程度で到着だ。“ブラックマン”はそっとしとくかい?」

「お願いします。ついでに、私も連れていってください。詳細は後ほど言います」

「わぁった」

 シャンは少しアクセルを緩めた。“声”はそれに疑問に感じたのか、

「あ、あの」

 聞いてみる。

「ここら辺は紛争が多いんだ。だからああいうところがあっても不思議じゃないのさ。むしろ、失望感が大きいかな」

「失望感、ですか?」

「あぁ。犠牲になるのは、いつも子供たちだ……。大人が守ってやれないなんて、何のために生きてるのか分かんねぇよな」

 シャンはアクセルを踏み直した。エンジンが轟音を立てて、道なりに走っていく。

 二人はそれ以上話さなかった。

 

 

「えっと、君はどこにいるんだい?」

 一行の乗る車は、村の門付近に駐車した。とは言うものの、何も書いていない木の看板が立てられているだけだ。

 近くに来ると、現状が生々しく見える。中が露出している家、焼き焦げている木材や食料を詰める木箱と樽、焦げ臭さに生臭さ、そして血の痕。とても人が生存できるような場所ではない。

 シャンたちは車から降りていなかった。“声”の正体を探している。

「ダメ男のネックレスです。水色の四角い物が付いています」

 シャンは失礼して、ダメ男の首元をチェックした。黒い紐がかけられていて、それを慎重に手繰り寄せる。

「こんにちは、“フー”です」

 水色のようなエメラルドグリーンのような色をした四角い蝶番。これが“声”の正体、“フー”だ。

「一人でにしゃべるのか。どんな原理?」

「それは秘密です」

「そうか。にしても、ブラックマンもこんなかわい子ちゃんの声を毎日聞けるなんて、幸せもんだぜ」

「だ、ダメ男はバカでクズでゴミでカスでおっちょこちょいで性格破綻者で怠け者で愚か者でダメ人間で気持ち悪くて、」

「おいおい、そこまで嫌がらなくてもいいだろ」

 まともなツッコミを入れた。

「まぁ好意の裏返しってのもあるしな」

 フーはガミガミとダメ男の悪態をついていた。

 シャンは車に大きなパラソルを立てた。車全体を覆い、その下に日陰を作る。

 ダメ男が心地良さげに、静かに寝息を立てていた。たらりと(よだれ)が垂れているのを、シャンが()きとってくれた。

「行こうか。ブラックマン、ちょっとだけ相棒を借りるぜ」

「借りられます」

 シャンは村の中へ入っていった。

 村を見回るように歩いていくシャン。すると、崩れた家の中からたくさんの人が出てきた。そして、村人たちが火を消す作業に取り掛かった。その表情は不思議と笑顔に満ちている。

「この方々は住民ですか?」

「あぁ。村が襲われると分かって、事前に避難させていたんだ。隠れてたのは、エンジン音が聞こえたからだな」

「すごい聴力ですね」

「オレがわざと吹かしたんだよ。ここの人たちは穏やかで平和的な気質の人が多くてな」

「平和ボケしている、ということですね」

 シャンは、話が分かるな、と言いたげに頷いた。

「で、今はオレだってことを皆に知らせてると同時に、仲間を探してる」

「既にシャン様の仲間が支援活動を開始しているのですね」

 村人はこの風土に似合わないくらいに、綺麗でオシャレな服装だった。ロゴの入ったTシャツやワンピース、麦わら帽子など、現地では作り出せないような衣服が多い。靴もスニーカーやサンダル、中にはハイヒールを履いている村人もいた。

 フーはすぐに理解したが、それは聞かなかった。

 しばらく歩き回っても、仲間らしき集団に出会えなかった。なので、シャンが、

「よぉ、元気かい?」

 後ろから、少し太った女に声をかけた。女はゴミの分別をしていた。

 振り返ると、驚いた顔を見せる。

「あら! シャンじゃないっ! 二日ぶりねぇ!」

 シャンにハグして、二人して笑いあった。

「いやぁ、元気も何も、こうして生きてられるのもあんたのおかげよっ」

「それは何よりだよ、マム」

「えぇえぇ、あれのおかげで、子供たちもすっかり元気になったのよっ。私も食べすぎて太っちゃったわ! あはははっ」

 シャンは軽く肩を(はた)く。

「確かにボリュームが増したんじゃないか? マムの身体には効果抜群だな」

「そうね。二日ぐらい食べなくても生きていける自信があるわ。あっはっはっは」

 また、笑い合った。

「ところでさ、マム?」

「あぁ、デリカシーのないあんたの仲間なら、オアシスで働いてくれてるわ」

 マムはにやにやして言う。

「皆に配っちゃったからな。下着姿は勘弁してくれ」

「あんたのも子供たちが欲しがるわよ?」

「そんな心配はいらんぜ、マム?」

 豪快に笑って、二人は別れた。

 軽い足取りで歩いていく。

「仲が良いのですね」

「あぁ、これでも最初は冷たかったんだぜ? 何せわけの分からん連中が押し寄せてきたんだ。誰でも警戒するわな。それでも粘り強くやってったことが、今に結びついてる」

「ものすごく感動します」

「よしてくれよ。俺より、あんたの相棒の方がすごいと思うぜ?」

「え?」

 フーがなぜかを聞こうとした時、

「あ、いたいた」

 仲間を見つけたようだった。大人の周りに子供たちがわいわいと騒いでいる。そこには山積みになったダンボールが見えた。そして、背後には、

「おぉ」

 フーは思わず声が漏れる。

 綺麗な湖があった。青々と水底が見えるくらいに澄んでいて、飲んでもまず問題なさそうだ。しかも、木々や緑が見事に生き生きと育っている。

「オアシスを見たことないか」

「写真でしかないです」

「珍しく、この村はオアシスがあるんだ。それを狙ってくる(やから)も少なくない」

「では今回の紛争もそうなのですか?」

「そうだな。ここは味方の軍隊が守ってるから、すぐに駆けつけてくれる。その隙に住人は避難って寸法だ」

 シャンは集団の前に着いて、大きい声で呼びかけた。すると、そのうちの一人が子供たちを()き分けてやって来た。

「おつかれさん、リーダー」

 がっしりと握手を交わす。

「車に積んであるから、何人か連れてこちらに運んできてくれ」

「了解」

 男は村人と他の仲間を五人ほど連れて、走っていった。その前に、

「あぁ、それと!」

 シャンが叫んだ。

「ブラックマンが寝てるから、起こさないでくれ。疲弊(ひへい)してたから、乗せてやってるんだ」

「了解」

 改めて、車に向かっていった。

「さて、俺もやるかな。フーちゃんはどうする?」

「どうもこうも、このナリではどうすることもできません」

「なら、皆とお話しようか。ブラックマンとの旅の話は面白そうだからな」

「お役に立てられればいいのですが」

 

 

「ん……」

 ダメ男はまだ眠っていた。一度起きたのか寝ながらなのか、シートを水平にして、横になっている。気持ち良さそうに日陰で眠っている。

 そこに、先ほどの男たちがやってきた。見つけるや、走るのを止めて歩いてくる。

「確かに、ブラックマンだな」

 “ブラックマン”はダメ男のことらしい。全身黒づくめの格好をしているからだろうか。

 男たちは後部座席に積んであるダンボールやクーラーボックスなどの荷物と、連結されていた車輪付きの倉庫を運んで行く。

「君は付き添ってくれないかな? シャンの大事なお客さんだ。寝込みを襲われるかもしれない」

「……」

 無言で頼みを受けた。

 男たちは一人だけその場に残し、オアシスへと向かった。

 人は手で顔をぱたぱた仰ぎながら、ダメ男の隣、つまり運転席に座った。日陰と日向の気温差があるのか、涼しげな表情を見せる。そして、ダメ男の顔をじっと見た。じーっと見た。

 ぅん……、とダメ男が寝言を言うと、人はびくりと過敏に反応した。しかも顔を赤くして、さらにダメ男の観察に取り掛かる。

 試しにお腹の辺りを触ってみた。セーターの柔らかい感触とその下の硬い感触がした。痩せ細っているというより、筋肉が硬く凝縮されている。なんと、服の下にまで手を入れてきた。

「ん」

 ダメ男がぴくりとする。人の顔は真っ赤だった。

 そして、恐ろしい展開に移行した。

「……」

 人がダメ男を組み伏した。興奮しているのか、大きく肩で息をしている。顔が近づいて、近づいて、近づいて……、ダメ男が左に寝返りして左手が服の中に入った瞬間、

「!」

 ダメ男は素早く身体を入れ替え、

「お前、何者だ。五秒以内に答えろ」

 人の首元に突き付けた。いつの間にか手にしたナイフで。

 表情からは寝ぼけた様子はなく、禍々(まがまが)しい殺意を向けている。

「……?」

 しかし、ダメ男は寝起きで視界がぼやけている。右手で軽く目を(こす)って、目の前をよく見てみた。

「え?」

「……」

 人は少女だった。褐色の肌に灰色の瞳を持っている。眠たそうな(まぶた)をさらに伏せ、がちがちと身体が震えていた。しかも、ダメ男の膝下を見てみると、

「……あぁ、その、……ごめん」

 失禁(しっきん)していた。座席が汚れてしまっていた。

 ダメ男は車から降りて、後始末をした。シャンに連絡することも考えたが、迷子になる可能性といろいろと疑われる可能性を考慮した。その間に少女にはダメ男の衣服を着てもらった。

 ダメ男はペンキで赤く塗られたように、顔が真っ赤になっていた。一方の少女はダメ男の衣服の着心地の良さに喜んでいる。ちなみにセーターを貸していて、ダメ男は黒のタンクトップになっている。

 確信犯じゃ……、と(うたぐ)ったが、自分の責任の方が大きいと自覚して言えなかった。ただし、

「なんでオレの寝込みを襲った?」

 そこだけは気になり、聞いてみた。

「……」

 運転席に座っている少女はダメ男の顔を見るや、赤くして顔を背けた。

「……(しゃべ)れないのか?」

「!」

 ダメ男を瞠目(どうもく)する。

「聞こえるみたいだな。この村の様子じゃ……戦争か何か起こったことくらいは予想できる。そのショックによるものか、先天的なものか……そこまでは分からないけどな」

 ダメ男は後始末を終えて、少女にいろいろと物を返した。その時に、ダメ男は間近で少女の眼をじっと見た。じーっと見た。

「……まだオレが怖いみたいだな。そりゃそうか……。悪かったな、怖がらせて」

「……」

 ダメ男は頭を()でてやった。

 少女じっと見る。

「何かトラウマがあるのか?」

「……」

 頭を勢い良く横に振った。

「嘘だな。動揺してる。……何でか分かるか?」

 今度は小さく横に振る。

「目の奥の瞳が小さくなったからだよ。興奮したり動揺したりすると小さくなるんだ」

「……」

 少女はしゅんと肩を落とした。その肩をぱんぱんと(たた)く。

「心配すんな。もう怖いことしないから」

 そして、ダメ男は助手席に座った。いや、寝転がった。

「オレはちょっと疲れが抜けてないんだ。悪いけど、仮眠する。そのセーター貸すけど、破いたり燃やしたりしないでくれよ。大切な物だからな」

 こくりと(うなず)く。

「それと、また変な気起こすなよ。ああいうのはもう嫌だろう?」

 うんうん、と強く頷く。

「じゃあ、おやすみ」

 少女は“おやすみ”と口を動かした。ダメ男は微笑んで、眠りについた。

 

 

 ダメ男が起きたのは夜中だった。

「っ、さむい……」

 ダメ男は鳥肌が立った。

 昼間は灼熱地獄だった気温も、夜にはすっかり冷え込んでいた。

 ダメ男は車から降りて身体をぐんと伸ばす。そのついでに空を見た。

「……すごい」

 漆黒の空一面に星が点々と輝いている。しかも、まるで宇宙に向かうように、星が集合して並んでいるようだ。そこは一段と輝きを放ち目映(まばゆ)い。

 ダメ男は完全に言葉を失っていた。呆然と空を眺め、地球以外の惑星に降り立っているかのように錯覚した。それは大地も空と同じくらいに薄暗かったからだ。

 ダメ男の意識を()らしたのは、

「そうだ、撮らないと……! ってフー?」

 フーだった。ネックレスを調べてもフーはいなかった。

「やばい……! 早くフーを探して景色を撮らなきゃ! ……さむい」

 セーターを返してもらおうと女を探したが、既にいなかった。仕方なくリュックから、

「暗くてわかりづら……、あった」

 黒いジャケットを取り出して、羽織(はお)った。

 ポーチから懐中電灯を取り出して、村に入った。しかし、

「ひどいなこれは……。復興は進んでるようだけど、家が破壊されまくってるし……」

 フーは見つからなかった。そして、別な事にも気付いた。

「このシチュエーションって、まさか……」

 暗い夜道、懐中電灯を片手に一人で探検。

「……まじかよ……しまった」

 ダメ男は急に悪寒が走った。

「うわぁ……こえぇよ……」

 ぞくぞくと背筋が(こお)る。

「……帰ろう」

 ところが、お約束の状況になっていた。

「……道が分かんない」

 迷子になっていた。

「まじか、まじか……! どうするオレ? 朝まで……いや、こんなところで寝れるか……! でも、下手に歩いて襲われたら……あ、逆に立ち止まってたら襲われるのか? いやでも、歩いてさらに仲間を呼ばれたらもっと危険だし、かといって付いてきていたら確実に襲われる。……しまったなぁ……。せめてニンニクか銀の十字架か持ってくれば良かった……。それならまだ話が違ったのに……ってそうか! “フーレーダー”を使えば……!」

 ブツブツと独り言。

 ダメ男はポーチを漁り、“フーレーダー”なる四角く黒い箱を取り出した。画面には同心円がいくつか表示され、その中に現在位置とフーのいる位置を示している。

 さっそく電源を入れてみた。

「……なるほどな」

 ダメ男はレーダーを見て、にやりと笑う。

「まさか、車にいたとはな……」

 結局、ダメ男はどこかもよく分からない所の家の残骸で一夜を過ごした。

 

 

「寝心地の方はどうでしたか?」

「あぁ、最高だったよ」

 早朝。太陽の日光によって、大地に光を当て、一瞬にして景色と色が網膜に映る。日光を(さえぎ)られた所は影が忍び寄る。

 その光に助けられたダメ男はすぐに駐車地点に戻ることができた。ちなみにダメ男がいた地点はそこから五メートル離れたところだった。かなりパニックになっていたようで、冷静な判断ができなかったらしい。

 フーは、

「ふふふ」

 不気味な笑いが止まらなかった。

「ダメ男のヘタレっぷりは折り紙つきですね」

「本気でぶん殴るぞ」

「すみません、ふふふ」

 ダメ男はナイフを持って練習していた。

 ナイフは掌に収まるサイズだが、切れ味は良く手術用のメスに匹敵する。

「くそ」

 ちなみに本人(いわ)く、薬を仕込むことがあるらしい。

 それを両手に持っていた。

「それは置いておくとして、いろいろと分かりましたよ」

「この村のこと?」

「それもですが、シャン様の支援活動です」

「シャン? 誰それ?」

「ダメ男を拾ってくれた運転手です」

「あぁ……」

 ダメ男はナイフを振り回す。しかし、闇雲に振るわけではなく、敵を想定した動きだった。無駄や隙がないその動きは舞っているようだ。

「この村の復興支援が主な活動でした。貧窮した住民への物資の配給、治療、住宅の復興も手伝っていましたね」

「まぁその辺が妥当だろうな。この村の有り様を見れば……」

 練習を止めて、ダメ男は村を眺めた。昨日より綺麗になり、道に残骸が散らばっていないが、まだ家に住めるとまでは言い難い。

「特にメンタルケアに重点を置いているようです」

「やっぱ戦争?」

「紛争みたいです」

「……」

 ダメ男の脳裏に、あの少女が()ぎる。

「軍隊が来て戦いになる前に住民が避難するそうですが、逃げ遅れた方が一名いたそうです」

「……!」

「その方は女性らしく、敵軍に壮絶な(はずかし)めを受けたそうです」

「……」

 ダメ男は練習をやめた。ナイフのお手入れをした後、水に浸したタオルで身体を(ぬぐ)う。かなりの汗をかいていた。

「それでも、命辛々(からがら)助かったみたいですから、本当に良かったです」

「……そうか、なんか分かった気がする」

「え?」

 ダメ男は黒いジャケットにダークブルーのジーンズ、黒いスニーカーに着替えた。

「あの娘、オレを殺そうとしたのか……」

 ダメ男の呟きはフーに届かなかった。

 

 

 フーと適当に雑談するうちに、村が活気づいてきた。住民が起きてきたようだ。

 ダメ男はパラソルの下でじっと考えていた。シートを水平より少し高く傾け、パラソルの裏側を眺めながら。

「ダメ男」

「なんだ?」

「その、エグイですね」

「そうだな。(うつ)になる」

「ごめんなさい」

 珍しくフーが謝る。

「気にすんな。そういうもんだ」

 ダメ男は優しく言う。

「吐き気がします」

「! おい、大丈夫か? 無理すんなよ」

「で、ですが、」

「“そういうこと”に関しては、フーにとってはキツイからな。今日は休めよ」

「ダメ男の顔が気持ち悪いのです」

「……」

 ダメ男は鼻で笑う。

「人が心配してやったのによ……」

「他人のことを心配するよりも、自分のことを心配してください。特に顔面中心です」

「蟻地獄に埋めてやろうか?」

「やってしまったら、ダメ男も取りに行けませんよ?」

「……く……」

「その前に、迷子になると思いますが、ふふふ」

 フーはまた怪しく笑う。

「……ぬぅ……」

 すると、

「……ん?」

 フーが何かに気を取られた。

「どうしっ、……あ」

 車より少し離れた所から、ダメ男を見つめている。

「ダメ男のセーター?」

 フーはそちらが気になるようだ。

「また来たのか。っていうか、いい加減そのセーターを返してくれないか?」

 ぎゅっ、とダメ男のセーターを固く握る。

「それはあげたわけじゃなくて、貸しただけなんだよ」

 ダメ男は少女に近づき、セーターを引っ張る。しかし、それでも脱いで返そうとしない。

 車に置き去りにされたフーは、

「ダメ男、事情聴取を求めます。三文字以内で答えてください」

「無理だろ!」

「五文字なので、ダメ男を軽蔑(けいべつ)します」

「ビックリマークもカウントすんのっ?」

 ダメ男は無理やり脱がせようと、

「ダメ男、最低ですね。女性の衣服をひっぺ()がそうとするなんて、まさに下等生物で下劣(げれつ)でカスの極みです」

「だってこうするしか、」

 したが、ダメ男はすぐにやめた。

「どうしました、カス男?」

「やめてくんない? それ。それにこの娘……」

 ダメ男はフーを取ってきて少女に手渡した。

「なるほど、そういうことですか。これではセーターはしばらく返してくれそうにないですね」

「せめて、短パンか何かを着てくれ……」

 つまり、“そういうこと”だった。

 

 

 お昼頃、またあの暑さが戻ってきた。じりじりと焼き付ける日光、大地から放出される熱。最早、会話の最初は“暑い”から始まりそうなくらいに暑い。

 ダメ男は必要最低限の荷物を持って、だらだらと汗をかいていた。しかし、少女を含む村人たちは汗をほとんどかいていない。かいていたとしても、復興作業で身体をフル活動している方々くらいだ。

 少女はダメ男を置いていこうと、先に歩く。しかし、ダメ男は歩いて追いつく。それを村の中でずっと繰り返していた。まるで、

「村を案内しているようだな」

「ただ、かけっこをしているのではないですか?」

 二人が言っていることをしているかのようだった。どちらが正しいかは少女にしか分らない。ただ、楽しそうだった。

「なぁ、そろそろ着替えないか?」

 その一言にはむっとした。ひどく気に入ったようだ。

「だめか……」

「いえ、あれは違いますよ」

 ダメ男はフーにちょっと感心した。

「さすがだな。で、どういうことだ?」

「あれはダメ男の、」

「違うから。悪いけどそれは読んでたよ」

「さすがにワンパターンでは駄目みたいですね」

 少女はいきなり近づいてきた。そして上目(づか)いでじっと見つめる。ちなみに、ダメ男より身長は低い。ちょうどダメ男のアゴら辺に少女の脳天がくる高さだ。

「……」

 無言で微笑む。

「な、なんだよ急に……」

 ダメ男は赤くなって照れた。

「可愛らしいですね。この女性がダメ男に汚されたのですか」

「受け取り方によっては誤解されるからやめれ」

 内心、どきりとしたダメ男であった。

 ダメ男が、

「そういや、今何時?」

「もうとっくにお昼を過ぎましたよ」

「じゃあ飯食うか」

 立ち止まろうとした時、少女はいきなり背中に隠れた。

「ん? おいおいどうしたんだよ、急に」

 そしてフードを深くかぶった。

 ダメ男が疑問に抱くや、前から誰かがやって来た。

「お? ブラックマンじゃねーかよ!」

 シャンだった。まるで運動着のような格好で首にタオルを巻いている。肌黒いのが、汗で黒光りしている。

「どっちがブラックマンだよっ」

「あっはっはっは! こりゃいっぱい食わされたな。そういや、まともに話したこともなかったな」

「そうだな。昨日は悪かった」

「いやいや、あんたもなかなか大変な旅なのは相棒から聞いたよ」

 シャンはフーをつんつん突っつく。

「一日中寝てても不思議じゃないくらいの活動量だ」

「そっそうかな?」

「そこで、底なしの体力の持ち主であるあんたに頼みがある」

「なんだ?」

 ダメ男に笑いかけた。

「俺たちと一緒に仕事しないか?」

「悪いな。それには賛成できない」

「あらら、即答だな」

 残念そうだった。

「フーから聞いてるから分かってると思うが、オレにはやらなきゃいけないことがたくさんある。お礼は別にして返すよ」

「……そうか。なら仕方ないな」

 無理やり笑う。

「あ、そういえば相談したいことがあるんだ。この娘、オレのセーター貸したら返してくれなくって困ってるんだ。なんとかならないか?」

 ダメ男は女を強引に前に出した。少女の表情は明らかに嫌がっている。一方のシャンは笑いながら、う~ん、と少女を見ながら考えている。ダメ男は一瞬で判断した。

 シャンは少女の肩を掴み、

「ほら、ブラックマンに返してやんな、な?」

 びくっと身体を強張(こわば)らせた。少女は、

「!」

 ダメ男の腕にしがみ付き、小刻みに震えている。そして、セーターのファスナーをゆっくり、

「ちょい待ちぃぃ! い、いきなりはダメだろ! 時と場所と場合を考えろよっ?」

 ダメ男が阻止した。

「確かにそうだな、あっはっはっは!」

 三人はオアシスに寄り、衣服を揃えてからダメ男にセーターを返した。

 ダメ男はため息をついた。

「ありがとう。……もう置いていくしかないと思ってたよ」

「そんな大げさなっ。旅立つ時には返してくれるだろ」

「……あぁ」

 ダメ男はぽんと手を叩く。

「ま、外見は生真面目そうだけど、案外話しやすい天然クンでよかった」

「違います。ただの単純馬鹿です」

「あぁ、そうだな」

「二対一は卑怯だぞ」

「……それじゃ、また何かあったら相談してくれ」

 シャンは颯爽(さっそう)と去っていった。

「彼は支援活動のリーダーらしいですよ」

「どうりで“アニキ”を感じたわけだ」

「どういうことですか?」

「聞かんでいい。あるジャンルのリーダー的存在だと分かればいい」

「?」

 フーにはちょっと意味が分からなかった。ちなみに少女は、

「……」

 無言で笑っていた。

 

 

 橙色に哀愁を感じさせる太陽が、水平線に沈んでいく。黄色い大地も、岩石も、村も青々としたオアシスも橙色に染まる。離れていくにつれて夜の藍色が太陽に追いかけていくように、空を移し変えていく。その移ろいは夜の肌寒さも付いていく。

 結局、一日中一緒だった。しかも、昼食を食べ忘れている。それほどに少女にとっては楽しい一日だったのかもしれない。ダメ男はそう思った。

 二人は今、車で食事を取っている。ダメ男がシャンに頼み、二人分を用意した。明かりとして、懐中電灯をパラソルにくくり付け、下に向けて代用している。

「……」

 ダメ男を見ながら食べている。

「食べづらいんだけど……」

「……」

 少女は相変わらず話さないし離さない。

 ダメ男は不意に言った。

「そういや、名前なんだ?」

「ダメ男、知らなかったのですか?」

「どうやって聞くんだよ?」

「会話だって筆談でできたではないですか」

「……」

 ダメ男は手をぽんと叩いた。

 早速紙と鉛筆を用意して、持たせてみた。しかし、鉛筆の持ち方が分からないようで、真っ二つに折ってしまう。

「どうやら書けないようですね」

「筆談はレベルが高いな……」

 それらをリュックにしまった。

「名前はあるのか?」

「……」

 横に振った。

「ならば、“ダメ男”の名付け親である私が命名しましょう」

「お前、“クズ子”とか“アホ子”とか変な名前にするなよ?」

「私は見たままを文字に現しただけです」

「思いっきり誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)だからな……ちくしょう……」

 ダメ男は先を見越して言い返せなかった。

 フーはどこにあるのか分からない“眼”で少女を見続けた。そしてひたすらに考えた。

「……」

 二人にも緊張感が走る。そして、

「決まりました」

 ついにその時が来た。ダメ男は何気に心臓がばくばくだ。

「第二回! ネーミング大賞2013を発表しますっ!」

「……?」

 女が首を(かし)げた。ダメ男は気にすんな、と耳元で(ささや)く。なぜか女は顔を赤くした。

「今年のネーミング大賞は……! ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル……」

「前置きがリアルすぎだから」

 意外にダメ男は冷静だった。

「じゃじゃーん! ナンバー二十三万五千二百十七番! “ハナ”に決定でーすっ! おめでとうございまーす!」

「おぉぉぉ」

 二人して拍手を送った。

「いいじゃん。いい名前だ」

「どうですか? お気に召してくれましたか?」

「……」

 少女はぶんぶんと首を縦に振る。快く受け入れてくれたようだ。

「笑顔がとても素敵で、綺麗に咲く花のよう感じたので、“ハナ”と選出しました」

「いろいろツッコミたいところだが、一つだけ聞きたい」

「何ですか?」

「オレの時さ、ナンバー一番だったろう? なのにハナは六桁ぐらいだったよな? なぜだ?」

「単純に人気と顔面の違いだけです」

「ちなみにオレの時は“ダメ男”以外に何かあったか?」

「ちょっと待っていてください」

 フーは少しの間話さず、そしてすぐに終わった。

「えっとですね、“ダメ男”以外には、ダメロウ、ダメカズ、ダメサダ、ダメノブ、ダメヨシ、ダメハル、ダメサク、ダメダメ、ダメージ、ダメージング、ダメージドゥ、」

「とりあえず、ダメが頭に来るのは分かった。そしてオレを傷つけすぎだ……」

「他にはですね、ダメノリ、ダメアキ、ダメ、」

「誰だ! こんな名前考えたの!」

「私です」

「あ、そっか、じゃなくてっ!」

 少女“ハナ”は腹を抱えていた。

「笑うなよ!」

 

 

「……」

「な、なぁ、やめろよ、な?」

「……」

「そんなぶっそうなもん、捨てろよ……! なんにもなんえぞ、えぞ、ええ、えっと、なんねえぞ……!」

「……」

「や、やめ、やめぎゃうっ?」

「……」

 

 

 そして、三日目の朝を迎えた。

 ダメ男はいつも通り、太陽が登り始める頃に起きた。セーターを着て寝たおかげて、心地好く眠れた。

 隣には女はいなかった。ただ、食べ終えた食器がなかった。ダメ男は帰宅したのだと悟った。

「そろそろ出発しますか?」

「そうだな。ハナの見送りがないのは少し寂しいが、行かなきゃな」

 ダメ男はウェストポーチやリュックの荷物を点検する。忘れ物はない。食料や水はシャンに頼んで、少し分けてもらっている。他の物も問題無い。着替えも薬も爆薬類も衣服もそして、

「……」

「どうしました?」

「ない」

 何かがなかった。

「何がないのですか?」

「……」

 ダメ男は何もしていないのに、冷や汗をかいていた。フーは危惧(きぐ)した。

「ダメ男、まさか、」

「そのまさかだ……!」

 ダメ男は荷物を全て持って、村の中を走った。全速力で駆け抜ける。すると、オアシスに人だかりができていた。こんな朝早くから、しかも多くの村人やそれ以外の連中も集まっている。そちらに目的地を変更した。

「!」

 赤かった。

「……」

 ダメ男の(あご)から、大量の冷や汗が(こぼ)れ落ちる。心臓がひどく痛み、頭が痛くなってくる。

「ばかやろう……」

 オアシスにシャンが浮いていた。いや、シャンの“パーツ”が浮かんでいた。どろどろとしたものがオアシスを赤く汚し、赤々と自身をも汚す。

 その所業に、ダメ男は背筋が凍った。夜中に村に迷い込んだ時のものなどチンケなものだ。冷や汗どころか血液や内臓までも冷めていき、頭が朦朧(もうろう)としてくる。目がどこを向いているか分からなくなりそうで、平衡感覚が崩れていく。音は耳鳴りと砂嵐が混じったようなエコーとざわめきが頭の中を打ち鳴らす。ダメ男は立っているだけで精一杯だった。

 ダメ男は深呼吸して落ち着きを取り戻した後、周りを見渡した。誰もその凄惨(せいさん)な出来事に息を呑み、動けずにいた。もう一度オアシスに戻してみると、ある部分に目がいった。

「……!」

 (ひたい)に、深く、突き刺さっている。

「ダメ男、この村を、出ましょう?」

 フーの一言がダメ男を迷わせた。しかしそれは長くなかった。

「!」

「あいつ……!」

 ダメ男はオアシスに入っていった。衣服や荷物を村人に預け、トランクス一丁で肉塊の回収に取り掛かった。それを見た人々は、

「シャン」

「シャンさん!」

「アニキぃぃ!」

 こぞってオアシスに足を踏み入れ、ダメ男を手伝ってくれた。

「シャン! しゃあぁぁぁぁぁんっ!」

 そのおかげで、時間はかからなかった。

 ダメ男は一足早く、上がり、人々に感謝されながら身体を清めてもらった。ダメ男の表情は沈鬱(ちんうつ)なものだった。

 出発の準備を済ませていたダメ男は、肉塊を置いた場所へ向けった。そちらにも多くの人々が取り囲むように集まっていた。ざわつきは収まらない。村中にも、ダメ男の中にも。

 ダメ男は人々を掻き分け、中心に辿り着くと、

「え?」

 ダメ男は額に()じ込まれたナイフを抜き取った。ぬめぬめと赤く怪しく光る刃。エグイほどに鋭く、拳三つほどの長さがある。ナイフの()は黒い格子(こうし)が頑丈に組まれていて、その隙間を透明な膜がカバーする。その長さは刃と同じくらいだ。

 人々は愕然(がくぜん)とした面持ちで、ダメ男がナイフを綺麗なタオルで拭き取るのを眺めた。そして、ダメ男が去ろうとして、道を開ける。荷物を受け取って、立ち去っていった。

 かと思われた。

 小さな男の子が小石を一つ投げた。標的のこめかみに当たり、すぐに血が(あふ)れ出し、頬骨(ほおぼね)(ほほ)、顎へと血が伝っていく。

 今度は別の女が使い道のない木材を胴体に投げてぶつけた。標的は脇腹を痛めて苦しみながらも歩いていく。

 そこから、一気に爆発した。石、釘、刃物、木材、煉瓦(れんが)、靴、生卵、投げられそうな物を全て標的に向けて投げる。全ては当たらなかったものの、標的は深手を負ったに違いない。人々はさらに標的を追い込んだ。しかし、標的は車を強奪し、広大な岩石砂漠へと逃亡していった。人々は歓喜の声を盛大に、豪快にあげた。

 近くに紙が落ちていた。それを見た人々は落胆の色を隠せなかった。

 

 

「だいじょうぶですかっ?」

「はぁ……はぁ……」

「しっかりしてください! ダメ男!」

「う、うるさいぞ、フー……」

「で、でも、なぜあの人たちはダメ男を責めるのですか! 真犯人は、」

「そろそろ出てこいよ、ハナ」

「え?」

 ダメ男が座っている運転席の真後ろに、ハナがひょっこり出てきた。

「あ、ありが、とう……」

 覚束無(おぼつかな)い声でダメ男に言う。

「あ、あなた、話せる、」

「その前に少し休もうか、な……」

 ダメ男は砂漠の中心で車を停めた。幸いなことに、パラソルは意外と頑丈で壊れていない。

 酷かった。顔にいくつも傷が付き、身体を(かば)ったために両腕、特に右腕が青く腫れあがっていた。その手当てをハナがしてくれた。

「もうちょっとゆるめて、いったた」

「ご、めん……」

「どういうことですかっ? 納得のいく説明をしてください!」

 ハナは右腕に巻いた包帯をハサミで切り落とした。

「ただの、復讐……だろう? ハナ」

 瞳を伏せて、肯定する。

「オレにセーターを返したくない理由、それはナイフを()ったことを悟られたくなかった。シャンに復讐するために……そうだろう?」

「うっん」

 強く頷く。

「ハナ、お前はおそらく村八分にされていた。……つつっ、しかも、シャンに酷いこともされていた。この二つを解決するためにオレを犯人に押し付け、なおかつ自分が人質になる必要があったんだ。オレのナイフを使えば、ほぼ間違いなくオレが疑われるからな……」

「……」

 申し訳なさそうに(うつむ)いた。

「そう落ち込むな。ついでに書置きもしてきたから、村に帰れれば、以前のように酷いことはされないよ」

 ダメ男は傷だらけの顔で笑った。

「ダメ男、ハナの計画を見抜いていたのに、なぜ協力したのですか?」

「……なんとなく」

「なんとなくって、」

 ダメ男は唾を吐いた。砂漠の砂にくっついた。赤く(にじ)んでいる。

「オレはもう大丈夫。車、運転できるだろう?」

「うん」

 ダメ男はジーンズを脱いで、手を突っ込んだ。中から分厚い鉄板が出てきた。そして、改めて履いた。

「よし、軽くなったな。足には被害はない。歩ければ大丈夫だしな。あとこれやるよ。オレには必要ないしな」

 ダメ男はハナに指輪を手渡した。銀色の指輪は太陽の光を浴びて、一段と輝きを増す。

「ど、うしって……?」

「お前は十分不幸な目に遭った。だからちょっとくらいイイコトがあってもいいだろ?」

「……うん」

 ハナは泣いていた。ぽろぽろと涙を落としている。

「じゃあ、げんっつぅ、……げんきでな」

「うん! ダメ男だいすき!」

 車はダメ男を置いて走り去っていった。ダメ男は砂漠のど真ん中で、その車の行く末を見送った。ずっと見送って、見送って……豆粒くらいになっても立ったまま。やっと消えたところで、ダメ男は歩き出した。

「あついな」

「そうですね」

「やっぱセーターはキツイ……」

「当たり前です」

「涼しいところに行きたいな。あと、涼しそうな服を買おう。しぬ」

「当然です。ところで、どうしてダメ男はハナに協力したのですか?」

「……ハナの声を聞いてみたかったから、かな」

「っぷぷぷ」

「えっ? なにその笑い方? 初めて聞いたんだけど」

「その台詞(せりふ)、くさすぎます。こちらまで赤くなってしまいます。とても痛くて恥ずかしくて、あぁ気持ち悪いですねぇ」

「なんだよ! 笑うな! 真面目に答えたんだよっ!」

「まぁ、ダメ男らしいと言えばダメ男らしいですね、ふふふふふ」

「……ばかにしやがって……」

「素直でいいですね」

「素直に喜べないから」

「ふふふふふ」

「泣くぞ! オレ泣くぞ!」

「どうぞお好きに、干からびるまで泣けばいいですよ、ふふふふ」

「……く……」

「ふふふ」

「でも、そう簡単にいくかね……」

「え? どういうことです?」

「人を殺した上での幸せは絶対にありえないってこと。なぜなら殺された奴同様に、そいつも地獄行きだから」

「どこかで聞いたことのある台詞ですね」

「そう? ちなみにこれって何て言うか知ってるか?」

「“イ○を唱えれば敵爆発”ですよね」

「違うから。“人を呪わば穴二つ”だ」

「ダメ男に二十五のダメージ、ダメロウに二十三のダメージ、ダメカズに三十四のダメージ、ダメサダに、」

「もうやめてください。しかもそれ全部オレにダメージじゃねーか」

 

 

 村は復興に力を注いでいる。破壊され尽くした家は見事に(よみがえ)り、食料や水は畑や井戸のおかげで再生し、子供たちは(すこ)やかに育っている。村人たちは協力しあい、助け合い、信頼しあい、笑いあい、愛し合い、一致団結して結束力を高めていた。

「あと少しだな」

「あぁ。たくさん支援も来たし、今は亡きシャンさんのおかげだな」

 オアシスは青さを取り戻していた。その横には、石碑が建てられている。つらつらと書き(つづ)ってあるが、最後の行はこう記してあった。

[敬愛すべき恩人、シャンへ送る]

 一方、村の入り口には看板が立てられていた。何も書いてないように見えていたが、最後の行だけ(うっす)らと見える。

[××××領地、攻めるべからず]

 そこら辺である男が(ほうき)()いていた。

「おい、これ片付けていいかあ?」

「かまわねえから、早くしてくれ!」

「オッケー」

 男はどでかいチリトリにゴミを中へ入れていく。ゴミや砂と混じって、銀色の指輪が中へ入っていった。

 

 

 

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