私の名はクーロ。灰色の毛並みのハムスターである。
そして一緒にいるのがハイル嬢だ。ふわふわした茶髪に優しい目つきをしている。首元まで伸びたこげ茶のセーターにカーキ色のコート、茶色のブーツを着用している。
今何をしているかというと、
「姫! 脇が甘いですぞ!」
ウッシー殿に
場所は国の外、サバンナだ。猛獣がいるものの、ハイル嬢がいるおかげで決して襲われることはない。むしろ私と同様に見守っているのだ。
「そらっ!」
「うわぁ!」
その私はというと、
〔ハイルはどこか行くのかい?〕
バッファローのゲンタの背中に乗っている。ゲンタにはハイル嬢の荷物が置かれている。
〔うむ。ハイル嬢は旅の準備をしておられるのだ〕
〔そうかい。ここらも少し寂しくなるねえ〕
〔二度と帰ってこないわけではない。その時は土産話を持ってこようぞ〕
〔クーロも気を付けるんだよ〕
〔うむ。チタオ王からハイル嬢の援助を頼まれている。命に代えてもお守りしなければ、〕
「よし、今日はこの辺にしましょう」
「はっはい。ありがとーございましたー」
どうやら稽古が終わったようだ。
すぐにこちらへ来て、汗を拭う。顔や首、手足の先まで汗をかいており、よたよたと歩くほどに疲れておられる。今回も相当
荷物から水を取り出される。
「んぐっんぅっ……はぁーっ。もうヘトヘトだよぉ……」
ゲンタに寄りかかるハイル嬢。
〔はぁー! ハイルのニオイんはんはっ!〕
悦に浸るゲンタ。
〔これゲンタっ! 何をけしからんことをっ!〕
〔動物でもこんないい匂いするのは滅多にいないよっ〕
〔このたわけ、〕
「それじゃあ帰るよクー」
私を手に取り、セーターの胸ポケットに入れていただく。ここが私の定位置なのだ。
〔……ふふふ……ゲンタの反応が面白いな〕
私も精進せねば……。
「……クー、変なこと考えてる」
〔え? いやいやそんなことはありませんぞっ〕
「……まぁいっか」
ハイル嬢はとても不思議な力をお持ちだ。動物と対話、とまではいかないものの、それに匹敵する“融和”の感性があるようだ。言葉を話せない動物の気持ちを探ったり、獰猛な獣さえも仲良くなったりと動物の専門家も唸るほど。私は例外ではあるが。
「あ、そうそう、ウッシー!」
「何でしょう?」
突然、ウッシー殿を呼び寄せた。
「そろそろ武器の練習したいなぁ」
「そうですな。でも、十人抜きを終えてからでないと……」
「あんなの無理だよー! 二人で限界!」
「し、しかし……旅というのは下手をすると百人抜きを強要される状況もあります。過酷な訓練を乗り越えねば命を落とすことになりかねません」
「むー……いいもん。そうなったらサイでもゾウでもハイエナでもコモドドラゴンでも呼んでやるんだからっ」
「いっ! そ、それは……」
「だーかーらーね? いいでしょ?」
「……ならば、条件を変えましょう」
「?」
ウッシー殿はストレッチを始めた。
「私を倒したら、考えてもいいですよ」
「ほんとっ?」
「ただし、私も本気でやります。骨の一本や二本は覚悟してください」
「いいよー! じゃあ今やろうよ」
へっ? とウッシー殿はキョトンとした。アテが外れたどころではない。良からぬ予感がしてならないのだ。こういう時のハイル嬢は恐ろしくえげつない。それはウッシー殿も百も承知なのだ。だからこそ、
「……分かりました」
真剣にならざるをえない。
その表情はさも戦場にいるかのような、少しの緊張感と多くの高揚。そして背後で渦巻く悪寒。
一方のハイル嬢は、
「ふふふ」
人が変わったように妖しく笑う。
ハイル嬢はクスクス笑いながら、私をゲンタに戻してくださった。
〔これはまずい。嫌な予感しかないよ〕
〔同感だ〕
想像はつく。おそらく“立場”を利用してウッシー殿を倒してしまおうという算段だろう。本気とはいえウッシー殿も配慮をせねばならない立場である。万が一の事態は避けなければ、自分の首が飛ぶ。あくまでもハイル嬢はチタオ王の娘、そして姫なのだ。
お互いに準備を整えた。
合図はない。向き合った瞬間、二人して身構える。ウッシー殿は足を肩幅に広げ、両手を胸の前に、開手で構える。ハイル嬢も同じような構えになるが、経験の差からか落ち着かない気もする。
両者、六歩ほどの間合いを詰めていく。ウッシー殿は小さめにジグザクに、ハイル嬢は一直線に詰め寄る。
「!」
先に動いたのはハイル嬢だった。
「……?」
にやりと笑う。直後、
「!」
すーっと構えを解いた。両腕を体側にぶらぶらさせ、いわばノーガードになる。
一体何を考えているんだ? そう言いたくなる。しかしやはり“立場”を考慮しているのが窺える。突っ込めるか? この私に攻撃できるのか? そういう挑発に似た恐喝をしているのだ。
思わず唾を飲み込む。
ところが、
「行きます」
ウッシー殿は退かなかった。足でドン、と地面を踏みつける。
「……! うわぁっ!」
すると、なぜかハイル嬢が飛び出してきた。フェイントだ。ウッシー殿はハイル嬢の心理状態を読んでいた。まるで幼子が怖くて飛び出したかのようだ。ハイル嬢は恐れていたのだ。
中途半端に距離を詰めたために、
「隙あり!」
右正拳突きがハイル嬢の左胸部に突き刺さった。カウンターの要領で受けてしまい、一、二回転してしまう。狙いすました一発だった。
地面で踞るハイル嬢。激痛で身震いしている。
〔ハイル嬢!〕
私は急いで駆け寄った。幸い、近くだったためにすぐに着いた。
左胸部を押さえている。脂汗がひどく、地面に滴っていた。
「う……うぅ……」
もう勝負は決していた。それどころか、命の危険に……!
「姫!」
ウッシー殿も駆けつける。ダメージを知るのはウッシー殿をおいて他にはない。事の
「姫! 大丈夫ですか!」
「う、うぅ……」
「動いてはなりません! すぐに医者を、」
身体に触れていたウッシー殿の右手を握る。
「へ、へいき……」
ハイル嬢の悲痛な表情。私も胸が痛んだ。と思いきや、
「え?」
素早く立ち上がり、そのまま後ろを取った。そして後ろから押し倒す。
「……!」
「へへーん。甘いよウッシー!」
右腕を真っ直ぐ空へ伸ばし、左側へ体重をかけている。ちょうどレバーを身体全体で引くような体勢だった。これ以上体重がかかってしまうと、右肩が壊れてしまう。
「ぐっ……!」
見事なまでの関節技だった。
「降参しないと腕折っちゃうよー」
ウッシー殿は苦悶していた。してやられた! そう顔に書いてあるかのようだ。
木の枝を折るような嫌な音がする。
「つっ……こ、降参します」
「へへ、やったぁー!」
「し、しかしお怪我は……?」
「ないよー。だってわざと自分から転がったんだもん」
「……衝撃を殺していたと?」
「うん!」
「……」
もはや認めざるをえないが、余計に頭を抱えるウッシー殿であった。
結局、“騙し討ち”によって敗北したウッシー殿は武器の取り扱いの訓練に取り掛かった。不本意ながらも従うしかない。大の大人がハイル嬢に本気で敗北してしまった弱みを握られているからだ。
「それでは、何の武器がいいでしょう?」
「うーんと……ナイフがいいー」
「分かりました。ナイフ術からいきましょうか……はぁ……」
「うん、りょーかいしましたっ」
それでも、ハイル嬢はとても楽しそうだ。もしかしたら、旅に出るのもそう遠くないかもしれない。
本章もお楽しみいただけたでしょうか。水霧です。改訂済みです。
“空・海・大地”とカッコよく三つの章を終わらせることができました……すみません、カッコよくないですね(笑)
いかがでしたか? けっこう自信ありましたよ?(笑)
もっと水霧を褒めてもいいんですよっ? たまには調子に乗っちゃっても……すみません(泣)
本章では“ハイル”に続く新キャラ“ナナ&ディン”が登場しました。彼女たちも今後登場しますので、乞うご期待です!
また、“もりのなかで”でついに“主人公”も登場しましたね。第二章第二話“きびしいとこ”の続編であります。どちらが強いか? と考えてみましたが、どう考えても勝てるわけがありません。この人チートですもん(笑)
でもそのまま負けちゃうのもなぁと思い、ちょっと抵抗させました。結果は変わりませんけどね(笑)
さて、実はこの章には“仕掛け”を打っておきました。皆さんお気づきですか? そんなもん知るか! とか興味なし、という方は……うん。まぁ……水霧悲しいです。もっと頑張ろうと思います。
その逆の方は水霧嬉しいです。もし気になる方がいれば、その“仕掛け”の内容を書きしましたので、探したいという方はちょっと挑戦してみてください。……そこまででもないか(笑)
ということで本章“あとがき”はこのへんで。次章もお楽しみあれ! ありがとございました!
――ネタバレはここからです。嫌な方はスルーをお願いします――
実は本章の話は繋がっている話なのです(スペシャルストーリーは除く)。そんなのウソだ? いえいえ、ちゃんと“大地は繋がっている”とありますしね(笑)
ただし、そのまま繋がっているわけではありません。バラバラに並べてあります。つまり、物語のアナグラムというやつです。地形であったり会話の内容であったりをよく読むと、その片鱗が見られます。順番は“わかいとこ”→“ゆるさないとこ”→“さむいとこ”→“かたいとこ”→“なつかしいとこ”→“ひろいとこ”。話数で言えば、五→三→二→四→一→六です。……こんなん分かんねーしつまんねーよ! という方……すみません。
これからももっと挑戦して、もっと面白くしていきたいです。
――ネタバレ終わります――