「まぁ、中に入れば理由が分かるってもんだ」
運良くヒッチハイクに成功したある男と“声”は街まで乗せてもらうことになった。向かう先は運転手が口にした“一生遊んで暮らせる楽園”。名称はとてつもなく素晴らしいが……? お人好しな男と辛辣(しんらつ)な“声”が送る変わった世界の短編物語、八話+おまけ収録。『キノの旅』二次創作。
はじめ:くろいあさ
曇り空だった。雨は降りそうにはないが、分厚くて太陽の光を通さない。
そんな空の下には“元”街があった。城壁はぼろぼろに崩れ、石材や木材で建てられた家や道、何かの銅像やモニュメントが破壊し尽くされている。
街の一番奥、門から真っ直ぐ進んだ突き当たりに大きな建造物があった。一階建てだが天井が高く、真正面に十字架が立てられている。十字架が見下ろした所に木製の長椅子が左右に十列並んでいた。もちろん荒らされている。天井には大きな穴があるし、椅子はへし折られていたり真っ二つにされていたりしている。
「ひどいなこれは」
その建造物に男がいた。黒のセーターとパンツに、履き慣らしたシューズという格好だった。大きいリュックを背負い、左右の腰にそれぞれポーチを携えている。
「一体何があったんだ……?」
壁や床を見るも、ただ事ではないことは明らかだ。
黒い男は外に出て、歩き出した。歩いても歩いても、見えてくるのは荒れ果てた街並みと微かに立ち上る煙だった。
「不気味だ」
「そうですね。あなたの頭並みに不気味です」
突然“声”がした。その女の“声”も不気味だった。黒い男の周りに相当する人物がいないからだった。ちなみに口調は冷淡で見下しているような雰囲気だ。
「オレの気紛れで叩き壊されないようにな」
「一人ぼっちで旅することを考えれば、気紛れはないと思っていますので」
「信頼されているのか調子付かれているのか……」
街中を見回りした後、廃墟も確認したが何もなかった。結局、十字架があった建造物で野宿をすることになった。
「……ん……ふぅ……す……す……」
床に敷いたシートに身体を丸めて眠っている。しかし、
「……ん」
すくっと起き上がった。
「急にどうしましたか?」
“声”がぽつりと言う。
「……トイレ」
男は起き上がると、中から出てきた。
外は月明かりも人工的な明かりもない。鳥の呻く声しか聞こえない。
ぱっ、と明かりが付けられる。男は携帯電灯を手に持っていた。手を伸ばし、進む方向だけを照らそうとする。その
ゆったりとした黒いパンツに何かの破片や瓦礫が残る地面。その地面は鏡のような綺麗なタイルで占められているが、残念なことに断層かと思うくらいに亀裂が走っていた。
地面……床はもう一つの明かりと脚を映し出している。
ゴムを滑らせたような摩擦音が止まる。
「……?」
男は“外”に出た。先ほどよりは幾分か暗さが和らいでいる気がする。
「……そこにいるんだろ? ふあぁ……」
見回しながら声をかけた。
「そんなに荒く息を立ててるんじゃ、隠れても意味ないよ。ましてやこんな静かな夜なのに。……いや、もう“未明”かな」
虚空に話しかけているようだった。
「出てこないんなら力づくで引っ張りだすけど」
ふっと誰かが照らされた。
「……子供?」
ちょうど明かりと同じくらいの背丈。少女が現れた。
「……」
見る限り、穏やかな心持ちではなさそうだ。顔は傷だらけ、衣服はぼろぼろ、切れ目に素肌が露出している。そこも傷だらけだ。
「大丈夫か? 何かあったのか?」
ふるふる、と横に小さく振る。
「まいったな。連れ出しちゃうといろいろ問題になりそうなんだけど……」
「……す……けて……」
「そうも言ってられないよなぁ」
男は抱きかかえて帰る。少女がきゅっと首元に手をかける。耳元で、
「すー……すぅ……」
「あらら……? 薬……?」
静かに寝息を立てる。
男が眠っていたところに下ろし、掛けものをかけてあげた。男が着ていたセーターだった。
「その子はどなたですか? まさか、買ったのですか?」
「なんてこと言うんだ。……生き残りだろうから保護したんだよ」
「物は言いようですね。しかし、えらい懐きようです」
「依り代がないだろうからな。……とにかく、この街の事情を知ってそうだ。起きたら聞いてみよう」
「では変なことを仕出かさないように、例によって監視しましょうかね」
「よろしく、ってオレの方かよっ」
「静かにしてください。うるさいです」
「ぐっ……」
少女はもそもそと何かを探し、それに頭を乗せた。男の膝だった。お気に入りのぬいぐるみを放さないように。
朝は照らし出す。あなたの眼に光を届けようと……。