フーと散歩   作:水霧

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第二話:かくすとこ

 かつん……。

「ひぃっ」

 かつん……。

「ば、ばか! 押すんじゃねえよ!」

 ひた……。

「ひっひっふぅー……ひっひっふー!」

 ひた……。

「だ、だから押すなって!」

 暗い暗い、長い長い廊下。足元に点滅する赤ランプ。左手には窓があるが、墨で塗ったように真っ暗だ。右手にはところどころにドアがある。

 ここは廃病院。経済的、信用的、そして霊的な理由で潰れてしまった病院。そんなとても怖くてとても不気味なところに、

「な、なんでこんな目に……」

 男が四人いた。三人はそれぞれラフな私服で楽しんでいる。だが、残りの一人は涙目だった。黒いセーターに黒いジーンズ、新調した黒いスニーカーという服装だ。荷物はどこかに預けたようで持っていなかったが、ウェストポーチ二つだけは腰につけている。必要最低限、といったところか。そして首飾りを下げていた。水色とエメラルドグリーンを混ぜたような色合いの物体だ。しかしこの暗さのために黒みが強い。

 黒い男はびくびくしていた。

「“ダメ男”、どんだけ怖がりなのですか? さすがはダメ男です」

 男たちとは全く違う性質の“声”がした。妙齢の女の声で、冷淡で尖った語調をしている。

 そちらの方が明らかに不気味なのに、

「だ、だってよ……」

 平然と話す黒い男“ダメ男”。

「ひーっひっひっひっひ」

「うわぁぁっぁあぁっ!」

 今度は魔女のような怪しい笑い声。ダメ男はビビりすぎて尻餅をついてしまった。

「面白いですね」

「こんどや、やったらブン殴っかんなっ! フー!」

「ふふふふ」

 今にも泣き出しそうな表情。“声”の“フー”はとても面白そうに笑う。

「だから肝試しはやめようと言ったのです」

「あんな風に言われたらやるしっ、しかないじゃんっ!」

 

 

 それはとある街に入った時だった。近代的な街に入ったダメ男はある噂を耳にした。

「最近幽霊見かけるよね」

「うんうん。以前にも増して見る見る」

「やっぱあそこなのかな……」

 と、どこに行ってもその話で持ちきりだった。

 完全スルーのダメ男は足早に宿に泊まり、足早に出立するつもりだったのだが、

「お願いです。何とか原因を突き止めていただけませんか?」

「い、いや、でもでもうーん……」

 散策していたところを呼び止められ、依頼されてしまった。

「町長さんに頼んで報酬も弾むようにしますからっ」

「いやぁ報酬はいらないんだけどねっ、その何て言うか、」

「悪さをする幽霊みたいなんです。体調を崩したり、重病にかかったり、私のお父さんも不治の病で……うぅ……っ!」

「ダメ男はこんな幼気(いたいけ)な女性の頼みを反故(ほご)にするのですか?」

「今すぐ病院連れてけっ!」

「もう……お父さんは、お父さんは……うわぁぁぁぁんっ! しんじゃいやあぁぁっ!」

「ダメ男っ! お父さんが亡くなってもいいのですかっ!」

「いやだからそれはオレの管轄外だろっ! 医者にたのめっ、」

「うわぁぁぁんっ! いやぁぁぁっ!」

「ああああぁぁっ! 分かったよ! 行けばいいんだろ行けばっ!」

 ピタッ、と泣き止んだ。

「ありがとうございますっ。屈強な男性もお供につけますのでよろしくっ!」

「……」

 

 

「かんっぜんに騙されたよな……」

「いいではないですか。それに本当に困っていたみたいですし」

「……はぁっ……」

 ため息をつく。

 ここの廃病院は街から離れた山中にある。昔、あらゆる患者を受け入れていたのだが、院内感染が発生。その責任と賠償から廃業になってしまったらしい。付近の住民も利用していたのだが、近年、幽霊の目撃情報が寄せられ、次々と不幸な事故が相次ぐようになった。

 その調査と原因排除がダメ男たちに課された依頼だ。

「そんなの無理に決まってるよなぁ……。幽霊と戦えとか、逆立ちで世界一周しろっていうのと同じだからな、オレにとって」

「なら余裕ですね」

「いつからそんなに(たくま)しくなったっけかっ」

「逆に言えば、幽霊に勝てば逆立ちで世界一周できるということです」

「だから無理だって言ってんだろうがっ」

 周知の事実だが、ダメ男は幽霊が苦手である。

「ダメ男、今日はこれくらいにしよう」

「ま、まじっ? 急いで家に帰ろうっ!」

「何言ってんだ。ここで一泊するんだよ」

「なんでだよっ! こんな場所で休んだら呪われるわっ!」

「俺らが原因を追求するんだろっ? ……それともビビってんのか? 男のくせに?」

「あぁ、ビビってるよ!」

「正直だなおいっ」

「とにかく、元を突きとめないと、街の皆も困ったままだ。それは俺らも嫌だしダメ男も嫌だろ?」

「……そうだけど……」

「大丈夫だよ。死んだりしないさ」

「……うん」

 とても気弱なダメ男。

「なんだかかわいいですね」

 フーはニヤニヤしているところだろう。

 病院の一室で泊まることになった四人。だが、熟睡するのはまずいということで、仮眠を取り合うことにした。ちょうど四人なので、部屋の四隅にそれぞれ配置し、一人が監視役になると決めた。監視といっても部屋の中は既に調べてあるので、不穏な音や人を確認するだけ。それに視界はとても暗くて、人影すら見えない。とすれば、必然的に耳に頼る他ない。

「よし最初は俺が起きてるから、皆寝てくれ」

 ジャンケンの結果、ダメ男が起こすのは最後、つまり四番目となった。監視は十分なので、ダメ男の番になるまでに三十分の仮眠が取れる。

「フー、念の為にお前も起きてて」

「怖いのですか?」

「お願いだから起きててよ……」

「こうなっては仕方ありませんね。ふふふ……」

 完全に楽しんでいるフー。

 

 

 三十分後、

「ダメ男、お前の番だぞ」

「……んに?」

 仲間の男に起こされた。

「……そういえば、十分の監視ってどこでするの……?」

「あぁ、俺は仲間と駄弁ってたよ。監視っていっても、むしろ暴漢から守るためのもんだよ。俺らみたいな探索隊を襲う輩がいるんだ。まさか、本当に幽霊がいるって思ったのか?」

「……そう、だよな。そうだよな、うん」

 なんだか励まされたような気がしたダメ男。

 緊張の糸が急に切れたからなのか、ダメ男は起こしてくれた男と談笑した。他愛のない、くだらない話題だが、それだけでもダメ男は安心できた。よく考えれば、皆同じ状況下にあるんだ。一人で怖がる必要もない。ダメ男はそう思った。

 夢中で談笑していたのか、あっという間に十分過ぎてしまった。

「あ、次の人起こしに行かなきゃ」

「あぁそうか。じゃ、またな」

「うん」

 ダメ男は壁伝いに歩いていく。意外に距離が短いようで、あっという間に着いた。

「おーい、起きてー」

 膝を抱えて眠っている。ダメ男が声をかけると、むくりと起き、そそくさと歩いていった。

「さて、また頼むぞフー」

 そうやって何回も繰り返し、一夜を過ごしたのだった。

 

 

「特に何もなかったよ」

「そ、そうですか。ありがとうございました!」

「お父さんはどう?」

「不幸中の幸いで命だけは何とか……」

「良かったな。原因は分からなかったけど、それは後の人に託すよ。旅してる間に幽霊関係に詳しい人を見かけたら、ここに来るように頼んでみるよ」

「ありがとうございますっ」

 翌日、瞬足で廃病院を出たダメ男は依頼主である女に報告した。特に違和感はない。そう伝えると、宿泊先を用意してくれていたようで、

「お礼ですけど、一泊ほど宿を準備しておきました。どうぞそちらで泊まってください」

「……じゃあお言葉に甘えて……」

 ダメ男は報酬を受け取ることにした。

 宿は高級旅館を想像させるかのように、とても優雅で気品があった。部屋はもう、一室の広さではない。一家庭が住み込んでも何ら不自由ない設備と広さだった。

「……なんだこれ」

「すごいですね」

「昨日の今日でさらに豪華に見えるよ……」

「貧相な面構えもマシになるというものです」

「……今回だけは無礼講だ」

「あらら、珍しいです」

 早速荷物をベッドに投げ込み、ごろごろと寝転がった。ふわふわの絨毯で、そのままベッドに敷いても気持ちいいくらいだ。

「あぁ……贅沢ってのはいいもんだなぁ……」

「ご褒美ですね」

「幽霊もいなかったし、よく考えれば病院で一夜過ごすだけだったし、それでこの宿は破格すぎるっ」

「えぇ、そうですね」

「?」

 フーのとっかかりが気にかかった。

「何かあったのか?」

「何もありませんでしたよ」

「……」

 首飾りである四角い物体を外す。それにしらーっと視線を送る。

「何もありませんって」

 “それ”からフーの声がしていた。

「あからさますぎるぞっ。正直に話してくれ」

「いっいいのですか?」

「……幽霊系?」

「はい」

 即答だった。

「では言いますね」

 ごくり。

「前夜、あの部屋では不可解なことが起こっていました」

「不可解なこと?」

「よく思い出してください。人数はダメ男を含めて四人、その四人が部屋の四隅にいたのです。そして十分間監視したら次の人を起こしに行くというルールだったのです」

「……それが?」

「分かりませんか? では全員をそれぞれ1、2、3、4さんと仮定して話をします」

「なるべく簡単に頼む」

「何か置くものを用意した方がいいでしょう」

「うーん……ナイフでいい?」

 ダメ男はポーチから掌サイズのナイフを四つ取り出した。部屋にあった紙とテープで1から4を書き、ナイフに貼り付けていく。フーの指示でそれらを四角の頂点に置いた。分かりづらい方は実演してみましょう。

「まず1さんが十分間監視しています。次の人を起こしに行ってください」

「ん」

 “1”を一つ、次のところへ動かした。“1”と“2”が同じ場所にある。

「それで?」

「同じく十分間の監視です。次へ動かしてください」

 今度は“2”を動かす。次のところで“3”合流した。

「で?」

「またです。同じようにしてください」

 同様に“3”次へ移す。

「……!」

「気付きましたか?」

 ダメ男は“4”を持ち、次の場所へ……。

「……誰も……いない……」

 次の場所、つまり部屋の隅には……誰もいない。

「な、なんで? え?え……?」

「少し前に調べたのですが、これは“スクエア”といって、このルールだと五人いないと成立しない話なのです」

「でも……普通にできてたじゃん……」

「だから、そういうことなのです」

「……! ま、まさか……」

「ゆぅれぇいぃがいたぁんですよぉ」

 女の低い呻き声。もちろんフーの作り声なのだが、

「うわぁぁぁっ! やぁぁっ!」

 ダメ男には効果バツグンだった。

 全速力でベッドに駆け込み、キルトに(くる)まるダメ男。まるで雷に怯えている少女のようだった。それでも、

「そぉいぅことぉでぇすよぉ」

「やめろよフーっ!」

 しっかりとフーを握っていた。

「さらにですね、順番で考えると、幽霊を起こしに行ったのはダメ男なのです」

「え……?」

「だって、ダメ男は四番目、つまり“4”さんだったのですから」

「……」

「やっとぉあえぇたぁ~」

 フーを思い切り叩きつけた。

「いだっ!」

 そして深くベッドにうずくまる。

「ダメ男、なんてこと……ダメ男?」

 ぶるぶると震えている。

「……うぅ……ずっ、うっぅ……」

 嗚咽(おえつ)が聞こえる。

「ダメ男、情けないですね。泣いたのですか?」

「うぅ……っ、う……」

「本気泣きですね。困りましたねー困りました、ふふっ」

 困ったように聞こえない。むしろ笑みが零れている。

「話を聞いてください」

「……もうや……」

「大丈夫です。怖い話ではありませんから」

「……」

 それでも出てこなかった。

 仕方なく、フーはそのまま話すことにした。

「実は内緒で熱探知をしていました」

「!」

 びくり。

「ダメ男が起こしたのは幽霊ではありませんよ。実体のある人間です」

「ど、どうして……?」

「先ほどの話はあくまでも一つずつ移動した場合です。4さん、つまりダメ男が1さんを起こしに行く時に、誰もいないから怖い話になるのです」

「……?」

「分かりませんか? では、こちらに来てください。実際にやった方がいいでしょう?」

「……」

 ぐしぐし、と顔を拭いて、フーを拾いに行く。

「つまりこういうことです。一回りすると最初の位置から一つずつずれます。この“ズレ”が怖い話のネタになるわけです。よって1さんは2さんがいた場所に、2さんは3さんがいた場所、ということになります。ここまではいいですか?」

「うん」

「それで本題のダメ男ですが、ダメ男に起こされるのは本来は存在しない5さんです。そこで1さんが2さんのいた場所から、1さんが最初にいた場所に戻ったのです」

 フーの言う通りに、“1”を空いた所に戻した。

「……あぁっ! じゃあなにか、オレが起こしたのは1のヤローってわけっ?」

「そうです」

 “4”は“1”と合流できた。

「つまり、“1”さんが行き戻りを繰り返していただけなのです。ダメ男が話し終えたと同時に戻っていくのを、熱探知でも確認できました」

「話し終え……おい、まさか……」

「あの“四”人はグルだったのですよ」

「……あっぁぁぁぁっ! なんだそういうことかっ! でもなんか騙されたっ! ムカツク! 腹立たしいっ!」

「ははは。でも良かったですね」

「むかつくむかつく! とても許すまじっ!」

「ほんとにかわいい人です。ほんとに素直で単純で馬鹿正直ですね……ふぅ」

 

 

「見事に成功だな」

「あそこまで分かりやすいと、仕掛ける方にも(りき)が入るってもんだ」

「素直な旅人だったからな」

「今頃、宿で安心してるだろうよ、わっはっは」

「むしろムカついてると思う」

「でも高い宿取ったんだ。それで相殺してもらおうぜ」

「だな」

「……」

「どうした?」

「聞いてくれ」

「なんだ?」

「……お前が起こしたのって……誰だ?」

「はぁ?」

「最初の俺が旅人に起こされる時は場所を一つ戻すって約束だろ」

「だから、俺もちゃんと戻ったよ。現に俺は……って分かりづらいから番号な。“1”のお前に“2”の俺は起こされたぜ」

「問題は“3”のお前だ。お前は誰を起こした?」

「そりゃたびび、……!」

「どうしたんだよ? お前はそのまま旅人を起こしに行ったんだろ?」

「……俺、一つしか移動してないんだ……」

「えっ? じゃあ“3”が行ったところは……誰もいない……?」

「嘘ついてんなよ! 俺らまで驚かそうってのかっ?」

「ち、ちげーよっ! マジだってっ! だって旅人は俺らがグルだってこと知らないんだぜっ? ってことはヤツが一旦戻るなんてことしないだろっ」

「……」

「……」

「幽霊……?」

「……なのか?」

 

 

 

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