フーと散歩   作:水霧

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第四話:あべこべなとこ

 近代都市とも言うべく、巨大なビル群が迫るように建ち並んでいる。その(ふもと)にはたくさんの豆粒大のモノがゆっくり動いている。ビル群に沿うように道路が敷かれ、太陽の光を(さえぎ)られて薄暗い。

 あるビルの、とある一室。

「おはようございます」

 そこはホテルだった。

 目付きの鋭いボーイが訪ねてきた。

「は、はい……」

 ボーイの見る先に、女が一人ベッドに腰掛けていた。少し(りん)とした面持ちで黒髪がやたらと長く、不似合いな真っ黒のセーターと黒いジーンズを着ていた。

「初めていらしたとのことで……。何か不都合なことがありましたら、コールをお願いいたします」

 ボーイは退出した。と同時にため息をつく女。やれやれ、と(つぶや)いた。

「体調の方はどうです?」

 今度はどこからともなく別の女の声がする。口調がきつく、妙齢の女の声だ。

「かたこる」

 肩を上げ下げする。こきこきと骨が鳴ったような音。

「初体験ばかりでしょう?」

「まぁ……」

 実在している女は見た目と裏腹に、幼い声だった。

 

 

 いい天気だった。雲が空の三割ほどを占めるくらいの晴れで、のほほんと浮かんでいる。

 その下にはコンクリートジャングルがあった。灰色に彩る道、建物、橋、川の岸。ヒビや凸凹(でこぼこ)の一つなく、完璧に舗装されている。そこに人工的に等間隔に植えられた木々やその他緑。()け反って見上げるほどの高いビル群。今にも倒れてきそうな迫力があった。

 そんな都市に訪れた一人の男。男はたっぷりと肥えたリュックを背負っていた。フードの付いた黒いセーターに黒いジーンズ、薄汚れた黒いスニーカーという格好だった。セーターの(そで)は手の半分ほどを覆い、(すそ)はジーンズのポケットを隠してしまうほどに長い。

 男が都市の入口に差し掛かる。踏み切りのような簡素なゲートで、先に道が続いている。傍らに小さい小屋があった。そちらに向かい、

「どうも」

 無愛想に尋ねる。すると、

「お、どうもどうも。入国かい?」

 四十代の女がいた。警備員の格好をしている。

「できれば二日……いや三日間滞在希望なんだけど……」

「うーむ……申し訳ないんだが、この街では最低でも一ヶ月は住んでもらわないといけない規則なんだ」

「へ?」

 声が抜ける。

「ひとつきっ? さすがにそこまで留まれないな……。なんとかできない?」

「でも、その間は全て無料で贅沢し放題だ。というか、それが目的でやって来たんじゃないの?」

「いや、たまたま通りかかっただけで……。どちらにしても、少し骨休めができればいいんだ。なんとかしていただけないか?」

「……ちょっと待ってな」

 女は手元にある電話を取り、ボタンを押さず、いきなり話しかけた。ボソボソと、ちらっと男を見つつ。

 そして、

「ありがとうございました」

 電話を切った。

「特別許可が下りたんで、希望通りになるよ」

「ありがとう。……でも、すんなり通ったってことは条件付きなんだろう?」

「なかなか鋭いね。こっち来て」

 女が小屋に招き入れてくれた。入口とは別にドアがあり、ついて行くと、着替え室のような部屋に黄緑の液体で満たされたカプセルがあった。ちょうど人一人分の大きさで、怪しげに置かれていた。

「これに入ってもらうわ」

「えっと……何これ?」

 呆気(あっけ)にとられながら聴いた。

「大丈夫。あなたなら死なないわ」

「なにその根拠無き自信……。でも、仕方ないか。危ないって感じたらあんたを手にかけても逃げるから」

「いいよそれでも。さ、服を脱いでこの中に入って」

「えっ? 全部?」

「もちろん」

「……さすがに抵抗があるから部屋から出てくれないか?」

「その隙に逃げられたら私の首が飛ぶの。そこの窓とかね」

「じゃあ後ろ向いててくれ、いやオレが後ろ向くよ」

 男は荷物をカプセルの側に置いて、衣服を脱いだ。細身ながらも筋肉が凝縮している。さらに、いたるところに傷跡があった。

「いいカラダしてるね。さすがは旅人さんね」

「この中に入ればいいんだな?」

 男は淡々としていた。

 カプセルを開けてもらい、すぐに中に入る。呼吸器がつけられ、頭の天辺まで浸かった。

「そのまま待っててね」

 その言葉は男に届くことはなかった。

 数時間後、

「今開ける」

 女がカプセルを開け、引き上げてくれた。

「ぶはぁ! はぁ……はぁ……え?」

「成功ね」

 男は“女”に変わっていた。

 

 

 女は必要最低限の荷物を持ち出し、ホテルから出た。灰色の街並みを眺めながら散歩をする。

「この街は自然が無いことを抜かせば特に変わった街じゃないな」

「都会でありがちな風景といったところでしょうか」

「そうだな。まー実験も兼ねてるそうだから、普通の環境で普通のことをしてもらった方が都合がいいのかも」

「確かに。でも、せっかくですからいろいろと経験したほうが良いですよ」

「うん」

 女はベンチを見つけた。そこに座る。

「それにしても“フー”もあの中に入ってたら変わったかね?」

「そうかもしれませんね」

「面白そうだったのにな」

「“ダメ子”だけでも十分面白いですよ。想像以上に美人さんですし」

 “ダメ子”と呼ばれた女は目を見開いた。

「珍しいな。“フー”がほめるなんて」

「元が世界崩壊レベルでしたから、美人さんになったのでしょうね」

「思いっきりぶん殴っていいか?」

「レディたるもの、下品な言葉を使うものではありませんよ」

「……女になると妙に口調が柔らかいな」

「気のせいですよ」

 "フー”と呼ばれた“女の声”はふふふ、と笑った。

「ところでダメ子」

「なに?」

「服を買いませんか?」

「……は?」

「いくら何でもその格好は女性の格好ではありませんよ」

「お前、オレを着せ替え人形か何かと勘違いしてないか?」

「それほどの美人さんということです」

「あ、あほ! さっきから何言ってんだよ!」

 (うつむ)いた。横顔が真っ赤になっている。

「せっかく“女の子”になっているのです。今だけでも満喫しなければもったいないと思いませんか? すごく貴重な体験ですよ」

「……そこまで言うなら……」

 ダメ子は口車に乗せられた感じを否定できずに、

「……あれか?」

「そのようですね」

 洋服屋を見つけた。ショーウィンドウには女性が着るような洋服が展示されている。マネキンが着ていた。

 そこに入ってみることにした。

「いらっしゃいませ~」

「え?」

 ダメ子はびくりとした。店員たちが一斉に言ったからだった。それにやけに声が高い。

「おいフー」

「何でしょう?」

 フーにひそひそと問いかける。

「なんだよこの雰囲気は……? 普通じゃないぞ……! 女の服いっぱいだし……!」

「当たり前ですよ。看板見ていなかったのですか? ここは“イマドキ女子のファッション店”ですよ」

「なんだそれ? いみがわか、」

「お客さまぁ、何かお困りでしょうか~?」

 思わず、ひぃっ、と悲鳴を上げてしまった。フーは、

「ふふふ」

 内心、腹を抱えて笑っているだろう。隠しきれていないが。

「お、驚かせて申しわけありません!」

「い、いやいいんだけど……」

「もしかして、“元男性”の方ですか?」

「……まぁ……」

 女の店員はにこりとした。

「でしたら、お客さまご自身でお洋服を選ぶのは不安ですよね?」

「うん」

「もしよろしければ、ご協力させていただいてもいいですか?」

「本当? むしろそっちの方が助かるよ……」

「ありがとうございます!」

 ダメ子はホッとしていた。

「早速なんですけど、お客さまは普段どのような格好でいらっしゃいます?」

「黒が多いですね。下はジーンズで上着はタンクトップやジャケットというところでしょうか」

「それはもったいない! お客さまスタイルがいいのにっ! でしたらこちらをご案内いたしますね」

 店員はダメ子を連れて行った。

「なんでフーが説明してんだよ……! しかも気付けよ店員さん!」

「まぁまぁ。とりあえず服を選ぶことからですよ」

 落ち着いてきたダメ子は店を見回してみた。様々な洋服がハンガーで掛けられていたり、棚に綺麗に折りたたまれていたり、試着室があったり、天井にプロペラ、オシャレな棚、明かりが目に優しい暖色系と、本人にとっては新鮮なようだ。無意識にキョロキョロする。店内自体がオシャレだった。そこに多くの客が服を選び、試着し、店員と話をしていた。

 ダメ子が案内されたのは、大人っぽい服のコーナーだった。

「先ほど申し上げたように、お客様は細身でスタイルがいいんですよ。胸も大きいですし。なのでこちらの方がなじむかなと思いました。下着のほうはあとで選びますね」

「し、したぎっ? いいよそんな! つーかむり!」

 真っ赤にして手をぶんぶん振るダメ子。

「女性にとって身体にフィットしたものを選ぶのは重要なんですよ。カップの合わないブラをつけていると形が悪くなったり疲れやすかったりするんですから。恥ずかしいと思うより、身体を守る大切な作業だと思ってくださいね」

「そうなのフー……?」

「まさしく」

「う、うん、わかった……」

「それでは試着していきましょう」

 あれやこれやと服を選んでは試着を繰り返していく。

「けっこう疲れるな……」

 

 

「ありがとうございました~」

 ダメ子が店から出てきた。片手には袋がある。

 げっそりしていた。

「つ、つかれた……」

「ああいうものですよ」

「今日はもう休みたい……」

「どうしたのですか? 珍しいですね」

「肉体的にもそうだけど、精神的に疲れたわ……」

「でも良かったでしょう? 女性らしい服装になりましたし」

「これ変な感じするよ」

 青と白のボーターシャツに白いスカートだった。シャツは首元が少し見えているくらいに開いている。靴は茶系のハイヒールだが、足をバンドで巻くようなタイプで、網目のようになっている。素肌が見えていて、まるでサンダルとハイヒールが融合したようだった。

 ダメ子さんはお洋服をお買い上げしていた。袋に入ってるのは、買う前の服だった。

「クールというより、おしとやかな女性っぽい服装になりましたね」

「う、うん……」

「さて、これからどうします?」

「帰る……ちょっとトイレにも行ってくるわ」

「え?」

 ダメ子は歩き出したが、少し歩き辛そうだった。

 

 

 夕方を経て、夜になっていた。ダメ子は、

「この身体も服も環境も慣れないな……どうにも……」

 へばっていた。ベッドに寝転がっている。

「仕方ないですよ」

「これで襲われたら自己防衛できるかどうか……」

「そうですね。今のダメ子では(かな)わない可能性はありますからね。ダメ男では皆無ですが」

「非力だからな……」

「いえ、人間的な問題です」

「あ~、そっちか」

 ダメ子は、

「やめてください」

 ナイフを取り出した。

「何を勘違いしてるんだ? いつものお手入れタイムだろ?」

「確実に仕留めるためのお手入れですよね?」

「……そんなことないよー」

 ダメ子はクスリと笑う。

「とりあえず、棒読みの台詞を信じることにします」

「そりゃどーも。でも、お手入れは明日でいいや。しすぎてもダメだろうし」

「“釘刺すは(おぼ)れ死ぬがごとし”ですね」

「どっちもショッキングだなっ」

「ダメ子の頭の中がショッキングですけど」

「黙れ」

 ベッドにダイブインした。ごろりと寝返る。

「ダメ子、出してください。苦しいです」

「ん? そうだな……仕返しとして、パフパフの刑に処す」

「イヤミですか? 私に対する侮蔑(ぶべつ)と受け取っていいのですよね?」

「そんなことはありませんわよー。ふふふ……」

「今初めて殺意を覚えました」

「よかったですわ。いいこと覚えられて」

「ダメ子に一言言ってもいいですか?」

「なに?」

「“過ぎたるは及ばざるが(ごと)し”ですよ」

「この場合は“大は小を兼ねる”な」

「……っ」

「?」

「ぅ……」

「な、なんだよ……?」

「なんですか……ダメ男のくせに……ダメ男のくせに……ダメ男のくせに……」

「ま、まさか……これはまず、」

「うわあぁぁぁぁん! ダメ男のばかあぁぁっ! ばかぁぁぁ! ヘンタイ顔面崩壊○○○ン性犯罪者! うえぇぇぇん!」

 ダメ子の身体からサイレンの音が鳴り響く。鼓膜を突き破るかと思うくらいにうるさく、ダメ子は耳を手で(ふさ)いだ。それでも十分うるさい。

「おいおい、なくなよ! わるかったって! オレが悪かったから泣くな!」

「もう知らない! ばかばかばかあぁぁ!」

「オレがバカだったからフーおちつけぇぇぇ! 頼むから静かにしてぇぇぇ!」

 その後、ホテルの従業員や他の客に平謝りしてきたそうな……。

 

 

 二日目の朝。ダメ子は少し早めに起きて、いつものように早朝ストレッチとトレーニングを始めた。いつものようにパンツ一丁……は何かとマズイので、短パンにシャツの姿でいた。

「おはようございます」

 フーが起きた。

「おはよう」

「だ、ダメ子! あなたという人は、なんという格好でいるのですか!」

「別に誰かいるわけでもないんだし……」

「今は女性なのですから、少しは恥じらいというものを持ってくださいっ」

「いつもに増して口うるさいなぁ……」

「それとも、また、」

「あぁぁ、わかった! わかったから着替えてくるから待ってろ!」

 ダメ子は練習を早く切り上げ、シャワーを浴びた。昨日買ってきた服に着替えた。

「さて……髪乾かす、ん?」

 ノック音がした。

 タオルで髪をわしゃわしゃしながら、そちらに向かうと、

「少しよろしいですか?」

 覗き穴から、ドアの前に女が立っているのが見えた。教会のシスターのような格好をしている。

「何か用?」

「ここを開けていただけませんか?」

「……」

 ダメ子は頭をカリカリかいた。

「髪乾かしてからでいいならちょっと待ってて」

「分かりました」

 ダメ子は戻っていった。

「どうしました?」

 フーは声を掛ける。

「なんかシスターがいた」

「シスターですか?」

「あぁ。怪しいよな」

 ベッドから離れ、お風呂の方で髪を乾かしていく。

「髪長すぎ……。いったい何センチあるんだよこれ……」

「キレイな髪ですよね。まるで聖女のようにつやつやでいい匂いです」

「それはいいす、……ぎ?」

 頭が急に軽くなったような感じがした。振り向いてみると、

「ああいい匂い……クンクンすーはーすーはー」

 シスターがいた。

「なんじゃべればぎゃああぁおうああぁぁ!」

 悲鳴を上げて振りほどいた。

「な、なんでここに、っていうかどうやってドア開けて、ってかフーは! フー!」

 急いで戻ると、特に誰もいなかった。しかし、ベッドの枕元に手を伸ばした。水色の物体が置いてあった。

「どうしました?」

 それが“フー”のようだ。

「いや、なんでそんなのんびりさんなのっ? 勝手にあのシスターがオレの髪、ヘンタイであのえと、」

「ダメ子、落ち着いてください。あのシスターはここのホテルの支配人ですよ」

「……え?」

 背後にシスターがいた。ダメ子はすぐにリュックからナイフを取り出し、

「きゃぁ!」

 とりあえずシスターを拘束した。

「ダメ子サイテーです」

「うるさい」

 声が恐ろしく低かった。

「お前は誰だ? 嘘を言ったら首を切るから」

 切っ先が首に触れる。しかし、シスターは、

「フーさんの言うとおりです。私はここの支配人です」

 普通に答えた。

「どうやってここに入った?」

「マスターキーがあるんです。それを使いました」

「オレに何の用があってここに来た?」

「体調報告です」

「? 何だそれ?」

「あなたは性転換を受けられ、成功しました。なのでその様子を見に来たんです」

「……それならそうと早く言ってくれ」

 ダメ子はシスターを解放した。

「すっかり忘れてたよ。あくまでも実験だったんだよな」

「はい。これからいくつか質問するので、嘘偽りなくお答えください」

「……うん」

 シスターはボードを取り出した。そして矢継ぎ早に質問していく。体温、身体測定、食欲、睡眠欲、

「性欲はありますか?」

「え、えぇぇ……えっと……」

「きちんとお答えください」

「……はい」

「女性機能は維持されていますか?」

「……なにそれ?」

「つまり生理やそれに付随する体調のことですね」

「分かるわけないだろ」

「ダメ子、たとえばだるかったり腹痛がしたり、機嫌が悪かったりしませんでしたか?」

「機嫌を悪くさせるやつはいるけどな」

「あぁ、そういえば“ダメ男”とかいうバカでクズでゴミカスでどうしようもないほどの人格破綻者がいましたね」

「……あぁ、そういえば少しお腹が痛かったなー。でもいつものとは少し違ったから……なーんかおかしいと思ってたんだけどー」

「ダメ子かわいいです」

(すさ)まじい男女差別を感じた」

「まぁ、それで……今もですか?」

「……多少は……」

「なるほど、分かりました」

 ……と、とにかく、ありとあらゆることを質問や計測していった。

 ダメ子は赤面していた。

「……順調のようで助かりました」

「順調……なのか自覚ないな」

「無理もありません。男性から女性に完璧に性転換しましたからね」

「はぁ……」

「ご協力ありがとうございました」

「分かった」

 シスターはお辞儀をして、部屋を立ち去った。

「……フー」

「なんですか?」

「……女って大変なんだな」

「そうですね」

 

 

 ダメ子はまた街を探索した。道なりに歩いていったり、橋を渡ったり、川に沿ってみたり、細かく歩いた。しかし、特に目を引くものはなかった。レストランや雑貨屋、ビルや家など、日常生活にありがちなものばかりだ。ついでにお店で不必要なものを売り、必要なものを買っていく。

 ボトルを持って、こくこくと飲んでいた。

「ところでダメ子、伺いたいことがあります」

「なに?」

「性欲についてです」

「ぶはぁぁっ!」

 思いっきり吹き出した。真っ赤っかだった。

「な、なにいきなりっ?」

「今朝、“性欲はある”と答えたではないですか」

「そ、そうだけど、なんでこんなとこで聞くんだよっ?」

「単純な好奇心ですので、深い意味はありません」

「いや、下手したら十八禁に移る話題だろっ」

「大丈夫です。抽象的に言いますので」

「それでもダメだと思うぞ」

「ダメ子は、」

 ただ今、不適切な表現がありますので、少々お待ちください。

「――――――――」

「……今のは聞かなかったことにするから」

「なぜですか? 人として重要なことですよ」

「確かにそうだけどさ、時と場合を考えてくれ」

「そうですか。こちらとしても知りたいことだったので、すみません」

「今の言葉、すごく危ないぞ。いろんな意味で。聞いてる人がいないからよかったけどさ」

「え?」

「とりあえず、街を歩くか」

「は、はい」

 

 

 そのままぐるりと街を歩いてホテルに戻った。

「ごく普通でしたね。一日が終わるまで散歩で過ごすダメ子もダメ子ですが」

「んだな。……しっかし、よく男から女に体が変化する話ってあるけど……シビアだな……」

 ベッドでぐったりとしていた。長い髪が無造作にバラまかれる。

「女性は大変なのですよ? 自覚してくださいね」

「……」

 ごろごろと寝転がる。

「調子悪い……」

「あらま。それは大変ですね。すぐに身体を見せてください」

「なんでだよっ。セクハラだセクハラ!」

「女性同士ではセクハラにはなりませんよ?」

「相手が嫌だと思ったらセクハラになるだろっ」

「ですが、気になるのです」

「その話はいいだろっ。もう寝るわ」

「あ、待ってください、ダメ子、ダメ子!」

 そのままふて寝してしまった。

 

 

 三日目の朝。出発の日だ。

「ふあぁぁ……」

 ダメ子はいつものように起きた。ベッドで眠っていたはずなのに、なぜか床にいた。

 ストレッチと朝練習を済ませ、シャワーを浴びる。そして長くなった髪を乾かしていた。

「フー! もう出るぞ。おきてっ」

 ダメ子は着替えて、出発の支度をした。

「フー?」

「起きられません。ダメ子が来てくれないと起きられません」

「ガキかっ」

 ウェストポーチとリュックをテーブルに置いた。忘れ物の点検だ。

「……よし」

 無事なようだ。

 ダメ子はベッドに寄った。

「ほら、フー起きて」

 フーを拾い上げ、首にかけた。フーは黒い紐で繋がれている。

「こういう風に起こしてもらうのが夢でした」

「よかったな、夢が叶って」

「とてつもなく感動しています」

「どんだけだよっ」

 ウェストポーチを両腰に付けて、リュックを背負った。

「よし。出るぞ」

「えー。まだやり残しが、」

「しぶるなっ」

 

 

 街の出口に当たる踏み切りのゲート。近くの小屋の中に、

「なにぃぃっ?」

 ダメ子はいた。カプセルのあった部屋にいるが、警備員の女は困っていた。

「それ、本当なのかっ?」

「どうやらね……」

「なんでなんだっ?」

「あなたは“女性”に順応しすぎたようで、身体の構造からホルモンバランスから何から何まで完璧な女性になってしまったの。それはうちとしては喜ばしいことなんだけど……」

「もう戻れないのかよっ!」

「そうね……」

「まじかあぁぁぁぁっ」

 落ち込むダメ子。

「いいではないですか。これからは“ダメ子”として旅をすれば、いつもと違った視点になると思いますよ」

「女一人旅なんて危険すぎるだろっ!」

「それはそれで美味しい展開になりそうです」

「今回どうしたのっ? いつもとテンション違うんだけどっ。……とにかく、この身体じゃあいろいろと問題ありすぎる」

「たとえば?」

「言わせんなしっ!」

 はぁ、とため息をつく。

「……方法はなくはないよ」

 ぽそりと言った。

「え?」

 ダメ子は女に詰め寄った。

「なにかあるのかっ?」

「いや、むしろこれは賭けだけどね。……一応聞く?」

「もちろん!」

 女はダメ子にひそひそと耳打ちした。

「……」

「……これしかないわ」

「……」

 目が点になった。

「……うん、で、理由は?」

「詳しくは言えないんだけど、この試薬はホルモンバランスの乱れを利用して性転換を行うの。でもそれはあくまでも“仕向ける”だけで、そこから成熟していくようにするってわけ」

「つまり、実験を受けた段階では成功したわけではないのですね?」

「えぇ。ならもう一度性転換すればいいだけの話になるんだけど、さっき言った通りダメ子さんは“女性”に順応しすぎたの。通常より格段に早いペースで生理が発生したし、思考や性格まで女性らしくなってしまっている。つまり、男性に戻すには難しいわけね」

「でも、オレ男から女になれたじゃん」

「だから“試薬”なのよ。もちろん失敗だってたくさんあったわ。いえ、むしろ成功したことが奇跡に近いくらいよ」

「……じゃあオレは奇跡的に女になれたわけで、男に戻る確率も“奇跡的”ってこと?」

「そうね。そこでさっき言ったことに繋がるのよ」

「?」

「この試薬はホルモンバランスを崩してから性転換をするように作ってあるんだけど、最初からホルモンバランスを崩してカプセルに入ってもらうわけ。そうすればファーストステップはいらなくなるわけだから、成功確率が上がるんじゃないかって考えたの」

 カプセルをこつこつと(たた)く。

「あの、警備員さん? “最初からホルモンバランスを崩して”と(おっしゃ)いましたが、その方法ってまさか」

「ご想像の通り、――――――――よ」

「なるほど。納得です」

 ダメ子はがくがくと震えていた。

「どうするの? 男に戻りたいんでしょう? なら、あらゆることに挑戦するしかないわ」

「完璧に十八禁じゃねぇかよ……頼むからそういうの抜きでできないのか? その“ほるもん”ってやつを注射か何かで入れるとかさ……」

「もちろん可能よ。ただ、あなたの身体は元が男。下手にホルモンや薬剤投与したら、どんな副作用が起こるか……。それを考えたらオススメできないわ」

「……オレはやらないぞ……絶対にな! そしてみんなのために!」

「誰のためですか。まぁ、こちらとしては別に強制しませんよ。ダメ子はダメ子で新鮮ですしね」

「……ちくしょう……ちくしょおぉぉぉっ!」

 この後のことは想像しないでください。お願いですから。

「旅始まって以来の大ピンチですね」

 

 

 立派に晴れ渡っていた。草原の緑と道路の灰色で綺麗な彩りを飾る。

 その道路に一人の、

「……あぁ……」

「元気ないですね」

「そらな。本当にごめんなさい……」

「誰に謝っているのですか?」

「どっかの誰か」

「さすがはダメ“男”です」

 “男”が歩いていた。とぼとぼと。まるで元気を吸い尽くされたかのようだった。

「貴重な体験が出来たのですから、いいではありませんか」

「本当にやめてくれ。ミスリードだから」

「変な意味で言ったわけではありません。“女性”の気持ちが分かるということは、共感を得やすいということです。決して悪いことではありません」

「……元に戻れただけでもよしとしよう……うん」

「落ち込んでいるダメ男はダメ男ではありませんよ」

「……ありがと」

「いえいえ」

 うんっと背中を伸ばした。

「はぁっ! よし、次のとこ行くぞ!」

「さすが単純馬鹿ですね。次は楽しそうな場所なら良いですね」

「そうだな。ところでさ」

「何でしょう?」

「“大は小を兼ねる”」

「! ぅ、うぅ……」

「あっははははっ!」

「また泣かせる気ですかあぁぁっ! ダメ男なんて死ねばいいですっ! うわああぁぁんっ!」

「そ、そう落ち込むなよ。そんなやつでも好きなやつはいると思うよ」

「……え?」

 あっ、として、ダメ男は駆け抜けた。

「どういう意味ですかっ! このヘンタイ顔面崩壊○○○ン性犯罪者! 規制の渦に巻き込まれるがいいですっ」

「そういうことじゃないからっ! ったく!」

 

 

 

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