青く澄んだ空に燦々と太陽が浮かぶ。ぽかぽかとしており、身体が疼いて動きたくなる、そんな良い日だった。
とある森の中。とある一本の木にもたれかかる物。それは岩石だった。ごつごつとした灰色の表皮を纏う無生物。しかし、ただの無生物ではない。おそらく切断されたであろう面が鏡のように綺麗に研磨されている。文字が彫り込まれていること以外は何の変哲もない岩石。
そこにはこう記されていた。
[←この先、嘘つきがいる村あり! 注意されたし!]
なるほど、注意喚起の道石だったか。と、呟くのは一人の旅人。全身黒づくめという出で立ちで、傍らに置かれたリュックも黒というこだわりっぷり。フード付きのもこもこセーター、ジーンズ、薄汚れたスニーカーだった。
随分と親切なものですね。と、きつく言い放つのは……誰もいない。妙年の女の“声”で、冷静で冷淡な口調だ。
旅人は適当に返事をして、石の看板が示す矢印へ向かった。しかしすぐに立ち止まった。それは“声”が呼び止めたからだった。少し慌てた口ぶりである。
言われるままに振り向いた。一本の木。そしてそれに立て掛ける岩石。先ほどの石の看板……? 予想通り、
[←この先、正直者がいる村あり! 注意されたし!]
と、注意喚起の文章が刻まれていた。先ほどの道石と同様に切断面と思しき面が綺麗に研磨されている。それ以外の部分には一切手をつけていない。切断面がほぼ同じことから、この二つは一つの岩石であったようだ。
面白いなぁ。旅人はどことなく感じた面白さに唸った。一方の“声”は明確に理解した不可解さに唸った。
嘘つきの村に注意させるのは分かる。しかし正直者の村に注意せよ、とはどういうことなのか。“声”は旅人に尋ねてみた。うーん、と唸って……分からん。これには“声”も落胆……はしなかった。むしろ想定内のようで悪態をつくだけに留まった。旅人も特に気に障られた様子もない。平然としている。
“声”が気になりながらも、旅人は出発した。森の中を堪能するように、葉っぱ一枚一枚を眺めるように、朗らかに楽しむ。暢気とでも言うべきか。
半時ほど歩いていると、進んでいた方向から男がやってきた。三十代後半くらいで無地のシャツにジーンズと春っぽい服装だった。
こんにちは、とお互いに挨拶を交わし、お互いに自己紹介した。そこで“声”が先ほどの石の看板について聞いてみた。すると、その看板のとおり村があるだけさ、と軽く伝え、颯爽と立ち去っていった。
難しく考えすぎだよ、と“声”を
しばらく二人(?)は雑談しながら進む。あの時この時そんな時の話、しりとりしたりじゃんけんしたり、時に休憩して景色を楽しんだり。真新しいものや街を探す間の、言わば“繋ぎ”の光景だった。
およそ一時間後、ふぅ……というため息で足が止まった。一向に到達できないでいるのだ。念の為に方角を確認するが、誤ってはいないようである。能天気な旅人もこれにはさすがに疑念を抱く。
あぁっ、と声を上げたのは“声”だった。んおぉっ! と、びくりとする旅人。少し怒りながら聞くと、“声”はこう言った。あの男性はどちらの村があるかを言っていなかった、と。どっちの村があったって大した問題じゃないだろう? と言い返すと、“声”が続けてこう言った。正直者の村があれば男性は正直村出身であろう。しかし嘘つきの村があるのだとしたら、男性は嘘つき村出身であろう、と。
村があるってことは確かじゃないか。旅人がくってかかる。しかし“声”は反発する。正直村出身なら、村があるというのは間違いない。しかし嘘つき村出身だと、村があることが嘘になってしまう。つまり村はない、ということになる。
旅人はこう切り返した。男は村人ではなく、旅人なんだろう。あの看板を見て村に行ってきたから、自然と教えてくれたのだ。男が嘘をついているようには見えなかったし感じなかった。第一、正直村か嘘つき村かは実際に行ってみればすぐに分かる。だから、どちらの村かを言う必要性はそんなにないし、旅人の心情としてネタばらしは御法度であるから言わなかった。
この恐ろしいほどのプラス思考に“声”は呆れて笑いを漏らしてしまった。そして、珍しく説得力があることを付け足した。馬鹿にされたような気分がしたが、反抗はできなかった。
旅人は再び歩き始めた。歩き続けて熱くなったようで、セーターをリュックにしまっていた。黒いシャツにウェストポーチが二つあった。
ん? 何かを見つけた。立札だ。旅人はそれを読んだ。正確には“声”に読んでもらった。
なるほど、と理解したようで、旅人が何かをした後、踵を返して行ってしまった。
立札にはこう書いてあった。
[ここまで来れたあなたはとても正直な人です。他人の言うことを素直に信じ、迷いながらもたどり着くことができました。その証を立札の裏につけて行ってください。なお、戻る間に誰かに会ったら、必ずここの事を尋ねてきますので、“村がある”とだけお伝えください]
立札の裏側を見ると、一本だけ線が刻まれていた。
ちなみに、その先にあったのは廃村だったという。