フーと散歩   作:水霧

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第三話:しぜんなとこ

 灰色だった。

「……寒い……」

 “土”というものは存在しない。地面という言い方も拒否するかのように、一面がコンクリートで固められていた。辛うじて、人工的に植えられた木々がある。しかも車が悠々とすれ違いのできる間隔を空けて、道を作っていた。この他にもいくつか同じ“道”があり、中心地へと導いているようだ。

 空は生憎の曇りだった。やや黒みを帯びた雲は速さをもって流れていく。陽射しがほとんど当たらないために気温が上がらない。どことなく気が抜けなかった。

 この殺風景な土地で、

「長い……はぁ……」

 青年は息を吐いた。人造のモヤが揺らめいて消えていく。

 太股まで届きそうな黒くて長いセーターを着ていて、袖は手の半分を隠している。毛の付いたフードを頭に覆い、前にあるファスナーは首まで上げていた。

 また、シワの無い藍色のジーパンに泥の付いた黒のスニーカーを履いている。

 足元に青年の荷物であろうリュックとポーチがあった。リュックは登山用で、容量の大きいものだった。黒い包みのされた傘型のテントが斜めに突き刺さっている。ポーチは物差しが入るくらいの深みがあり、ジーパンのベルトにフックを引っ掛けて吊るすタイプが二つあった。ファスナーはなく、取り出しやすいチャックになっている。どちらも十分に太り、なぜか黒かった。

「……コンクリート固い」

 愚痴を漏らしていると、

「さすがはダメ男です」

 “声”が返ってきた。年上の落ち着いた女性の声だった。

 “ダメ男”と呼ばれた優男はまたため息をつく。さらに背中を伸ばした。

「最近、肩コリが酷いんだ」

 ついでに肩も回す。骨の鳴るような音がした。

「リュックのせいですかね」

 ポーチをベルトに、ちょうどポケットの位置に引っ掛け、ぐっとリュックを持ち上げた。

「今まで思っていたのですが、」

「何?」

「リュックの中には何が入っているのですか?」

「……」

 ダメ男は“道”をひたすらに歩いていった。

 

 

 道の果てに着くと、数字の“4”と書かれたシャッターが立ちはだかる。決して手の届く高さではなかった。しかし、横幅は大したことはない。道に沿って、車二台分だ。

 ここが中心地。ドームのような形状で丸みを帯びていた。

「こんにちは」

 誰からも返事はない。

 シャッターのすぐ右脇に窓口があった。しかし、

「!」

 中は明らかに異様な光景だった。

「ダメ男、ここの奥の壁に触ってください」

「……隠し扉?」

 ダメ男は無愛想に言う。

 おそるおそる触ると、ドアの形に壁が上に吸い込まれるようにシュンッと開いた。そこを入って、ダメ男は改めて目を見張った。

「……臭い」

「血生臭いですね」

 中には普通の家庭の生活空間があった。戸棚やテレビ、キッチン、ソファなどが調っている。人がいるはずもないが、暖色系の明かりがつけっぱなしだ。

 壁やら調度品やらにはべったりと血がこびりついていた。しかしその持ち主はいない。残骸すらなかった。

「ここは誰かが住んでいたようですね。さしずめ、強盗にでも襲われたと言ったところでしょうか」

 “声”は平然として言う。

 ダメ男は聞き流して血痕に触った。カリッと剥がれ落ち、指と爪の間に血がついた。

「そんなに日は経ってない……」

「そうですか。とりあえずこの部屋をお借りしたらどうですか? 疲れがあるのでしょう?」

「すごく物騒なところだけど、」

 辺りを見回す。

「そうするしかないね」

 ダメ男はリュックとポーチを下ろし、首に手を回す。そこに黒い紐が掛かっていて、それを引っ張り出す。水色の太い蝶番が繋がっていた。首飾りにしては(いか)つかった。

 幸いにも血のついていないソファに腰掛ける。もふっとしていて弾力があった。

 ポーチからコードの付いた薄べったくて小さいモデムを取り出した。それに折りたたみのプラグがぴょこっと出ている。

「コンセントもついでに借りよう」

「充電するのですか?」

 きょろきょろとコンセントを探すと、ちょうどよくダメ男の足元の床にあった。そこにプラグを差し込んだ。コードの先端はごつい蝶番に突き刺す。

「そう落ち込むなよ。電池が切れたらオレがヤバいんだから、フー」

「気持ち悪いですね。死んでください」

 “フー”と呼ばれた蝶番が喋った。

「充電すると相変わらず口が悪いな。どうにかならない?」

「こちらに文句を言う前に、ダメ男のひねくれた性格を直して、気持ち悪い顔を整形してください」

「うーん、今日は一層荒れてるな」

「慣れない環境にいるからですね。“スズメ親子”です」

「よく言うよ、……?」

「どうしましたか?」

「何だよ、スズメ親子って。ちょっと酷すぎじゃないか?」

「たまには頭を使わないと、もともと駄目なのにさらに駄目になってしまいますよ」

「ごめん。今回は本気で分からん」

 ダメ男は明かりをつけたまま、ソファにうずくまるようにして眠り込んだ。

 

 

「ダメ男」

 起こしたのはフーだった。

「なに?」

「壁が開きました」

「?」

 奥の壁が勝手に横にスライドして開いた。ダメ男は仕度を済ませてそちらに行くと、

「何なんだ? ここ」

 そこにはジャングルが広がっていた。木が生え渡り、それに(つる)やら芽やらが纏わり付く。根本は枯れ葉が覆い、地面が見えないほどになっていた。

「自然公園でしょうか?」

「んー」

 ダメ男は葉っぱを掻き分け、地面を見つける。そこに人差し指を突き刺した。それを何回か繰り返す。

「公園というより飼育場所って感じ。色んな動物を飼ってるんじゃないかな。そういう感じがする」

「ダメ男のずば抜けた感性だけは認めますよ。良からぬものがいそうですね」

「多分ね。風もちっとも吹いてないし過ごしやすい気温だし」

 ダメ男はしゃがんだ。

「他に誰かいるかも」

 ボソッと呟く。

「電波は?」

「圏外です。気温は十七度、湿度は五十六パーセント、電池は九十五パーセント残っています」

「サバイバルだな。イヤホンするよ」

「わかりました。音声をスピーカーからイヤホンに切り替えます」

 ダメ男はポーチから片耳専用のイヤホンを取り出し、フーに取り付けて耳にかけた。

 その体勢のままゆっくりと移動する。そして太い木に近付いた。ダメ男はリュックを下ろし、双眼鏡を出した。

〈誰かいますか?〉

「今のところは。それよりも木の枝とか枝葉とかが複雑に絡まって層を作ってる。あれが丈夫なら、上に行ける。……行かないけど」

 なるべく声を殺していた。

 フードに着いていた毛を取り、セーターの中のポーチに仕舞った。さらにフードを被り、首まであげられていたファスナーを胸の辺りまで下ろす。黒のアンダーシャツが見えた。

〈油断大敵です。一週間は乗り切る覚悟でいきましょう〉

「そうだな」

 ダメ男はとりあえず木に身を隠しながら歩いた。ふとして、この空間に入ってきた最初の壁に目がいった。その模様はなぜか青空に雲を書いた絵だった。しかも幼稚だ。二人は一瞬考えたが、前進することを優先した。

 歩き慣れているおかげで、体力的に問題はない。軽い足取りで、しかし状況を確認しながら進む。

「……これ、」

 途中で、

「ヘラクレスじゃない?」

 見つけた。低い木の枝にいた。虫さながらに足を巧みに使い、キシキシと上へ歩いていく。

〈駄目ですよ。拾おうなんて余裕はないはずです。食べられませんし〉

「で、でも……」

〈撮影も駄目です。敵にばれて殺されてしまいますよ〉

 ダメ男は肩を落として、立ち去っていった。

 その後もダメ男の眼が光る昆虫や動物と遭遇した。

〈まるで動物園ですね〉

 そう思った矢先、

「……!」

 何かを見つけた。

〈死体ですね〉

「……」

 先ほどまで人であったろうモノが転がっていた。よく見ると、小さい何かが顔やら体の中やらにいる。

「! グンタイアリか……!」

〈それはまた危ないですね〉

「どうしてこんなところに……? っていうか、これ本物か?」

 アリたちは死骸を無数に千切り取り、隊列を組んで巣へと持ち運んでいた。あっという間に“口”という空間は外界から露になった。

 とにかくその場を離れた。早すぎず遅すぎず、音をできるだけ殺して、避難する。周りへの警戒を(おこた)ることもなかった。

〈もうここから出ませんか? 暗くなる頃ですし〉

「出口らしきところも見当たらない。さっきのは開く気配もない。本当に物騒で怖くなってきた」

〈どういうことですか?〉

 ふぅ、とため息をついた。

〈つまり、真のサバイバル合戦ですか?〉

「うん」

〈人為的な環境、なのに成立している食物連鎖、消える出口、そして脱出不可能な状況、なるほどです。では、あの血まみれの部屋は偶然にも、その猛獣が逃げ出したものということですかね?〉

「……とにかく、ここから出る方法を考えなきゃな」

 そう吐き捨てると、木の幹に寄り掛かった。 そしてリュックを探り出した。

〈爆弾でも作るのですか?〉

「できれば壊さない方法で出たいな。こんな貴重な場所、壊すのはもったいない」

〈どうするのですか?〉

「とりあえず……」

 出てきたのは、黄色っぽい箱だった。

「食べる」

 中から土を固めたような棒の携帯食料を出して、もぐもぐと食べはじめた。

「いつか出られるよ」

〈何とも暢気ですね。観光気分だと死にますよ?〉

「ここの関係者がいればなぁ……」

 一つ目を食べ尽くし、二つ目に噛り付いた時、近くで茂みを掻き分ける音がした。ダメ男は一気に食べて木の陰に隠れ、音のした方向に耳を傾ける。

 慎重に、木陰からフーを軽く放った。イヤホンのコードの長さ分までだが、偵察するには十分な距離だった。

 フーはどこにあるのかわからない“眼”で観察した。

〈あれは何でしょう?〉

 分からない。ダメ男は口をぱくぱくと大げさに動かした。フーは続けて言う。

〈動物と表現するにはちょっとエグイですね。化け物と言った方が適切でしょうか〉

 ダメ男の隠れる木の背景に、確かに生物がいた。ライオンのように四足歩行だが、全身が焼け(ただ)れ、毛はない。色はちょうど火傷を負った皮膚のようで、前足が酷く赤みを帯びていた。顔はまるで人の苦悶の表情のようだ。

 化け物はだんだんと二人のもとに近づいてくる。

〈物珍しさでこちらに来ますね。ダメ男、戦闘の準備をしてください〉

 フーの興奮気味の声でダメ男は気を引き締める。ゆっくりと左手を首からセーターの中に入れた。さらにリュックもすぐ傍に、音を立てないように置いた。

 フーは見定めて、

〈返り血は浴びないでください。首を狙って、今です〉

 ダメ男は振り返り、飛び出し様にセーターから抜いた。

 化け物は目の前の餌を探知するも、雄叫びを上げる暇もなく、震えだした。

 ちょうど喉仏に位置するところにクレバスを作り上げた。ぐじゅぐじゅ、と肉の裂ける感触を確かめた後、勢いをつけて右へ斬り捨てる。クレバスから止め()ない赤い液体が溢れ出し、枯れ葉の積もる地面を新たに色付けした。

 ダメ男はフーにそれが付く前に首に掛け、急いで化け物から離れた。暴れながらも辺りに赤を撒き散らす。そのせいでいたるところに染みを作った。塊は痙攣をしながら倒れた。やがて痙攣さえもなくなった。

 念のため、頭と見受けられる部位に三回突き刺す。きちんと確認した上で、再び木の影に隠れた。リュックから水の入った水筒と真っ白なタオルを取り出し、ナイフに付いた血を綺麗に洗い流した。

 この化物を仕留めたナイフは仕込み式で、黒い骨組みで(こしら)えた柄に透明な膜を貼ってある。先端にあるボタンを押すことで刃が飛び出す仕組みだ。

 赤く汚れたタオルは亡骸の顔にかけてあげた。

「……ごめんな」

 そして十秒程度の黙祷を捧げた。

〈これはどこの記録にも該当しない生物ですね。見たことがありません〉

「オレもだ。新種……なのか?」

〈とにかく、これは食べられないですね。早く行きましょう? 死肉を漁りに来る猛獣どもが、〉

「ちょっと待て」

 左のウェストポーチからゴム手袋を取り出して装着する。巨大な亡骸を何とか動かして、腹の部分をさらけ出す。

〈“Ⅱ”と書いてありますね。しかも、ぼっこりと膨らんでいます。子供を身籠っていたのでしょうか?〉

「それになんだろ、この縫い目。この文字を円で囲むように……。何か隠してる?」

 今度は右のポーチから、掌に収まるサイズのナイフを取り出した。

 なるべく浅く切っ先を縫い目に引っ掛け、皮膚を剥ぐように切る。すると、真っ白な薄い膜覆われて、赤い円がある。

 ダメ男の額はうっすらと汗でてかっていた。

〈隠し物はこれみたいですね。見た目から判断するに、ボタンのようですが〉

「発射ボタン?」

 それ以上は手を加えずに、顔にかけて上げたタオルでナイフを拭き取り、セーターの腹ポケットにしまった。

 いくぞ……、小さく震えた声で意気込む。人差し指をそちらに差し出し、

〈ぽちっとな、です〉

 赤い部分を押し込んだ。同時に小さいナイフを取り出して身構えた。

「………………」

 身構えた。

「…………」

 まだ身構えている。

「……」

 まだまだ気を抜かない。

「……」

 数分間じっと構えて、

「……ふぅ」

 諦めた。

 結局何も起こらなかった。

〈ドキドキ体験ができてよかったですね〉

「いや、」

 いつの間にか、白い膜に赤い字で“4”と記されていた。

「なんだこりゃ? “Ⅱ”と“4”ってどういうこと?」

〈わかりません。とりあえず、撮りますか?〉

「バレるかもしれないけど、ナイス判断」

 フーを開いて、タオルをどかし、写真を撮った。全体像と二つの文字、赤い前足を記録として残した。

 ダメ男はその場から離れていった。

 

 

 フーの時計で中に入ってから、およそ三時間が経過した。もう外は静かで真っ暗な夜を迎えているはずだ。しかし、ドームらしき中は太陽の光に似せたライトが点灯し続けている。地上との間に木の枝が密に絡まりあった緑の層があるため、差し込む光は少なくなっているが、それでも朝昼の状況は出来上がっている。

 ダメ男は別の木の影で、一箱に入っていた携帯食料の残りを食べていた。ほのかにチョコレートの風味があった。しかし、それで空腹を満たすには辛く、痩せこけているようにも見える。

〈ろくに休むことができない、食料も満足でなく、張り詰めた空気が長時間続いている、まさしくサバイバルですね〉

「おまけにここから出れないし、バケモンまでいるし、そのバケモンに付いてるボタン押しても何も起こらないし……。長い夜になりそうだ」

〈少し仮眠をとりませんか? 見張っていますけど?〉

「いいよ。終わったらたっぷり寝るから」

〈果たして、いつ終わるのやら〉

「電池は大丈夫?」

〈残りは三時間分です。しかし、予備がありますから心配はないでしょう。それよりもダメ男のバッテリーの方が気になります〉

「眠いけど頑張る」

〈その意気ですね。ふぁいとー〉

「ふふっ」

 それ以降は口を閉ざした。適度に移動と休憩、仮眠を取りながら、ここの状況をさらに把握する。その繰り返しは深夜にまで及んだ。とはいうものの、深夜の暗さは微塵にもない。

 わかったことはいくつかあった。ドームの広さは歩幅で測って、例えるならば東京ドーム三個分くらい。高さはそれと同等。中間層を形成する枝と緑の層を上ると巨大な電球があり、太陽の代役を務めている。中間層はドームの隅々にまで及び、やはりどこの壁にも空をモチーフにした子供っぽい風景画があった。

 そして人間が七人いた。男三人と女四人だ。何人かで組んでいるところもあり、仲間意識が既に深い。彼ら全員この中間層については気づいているものの、上り立つことができることに気づいていない。何より、会話の中に“ボタン”というワードは一切出てこなかった。

「あとは……」

〈お腹が減っていること、体力的にきついこと、へたれなこと、顔が気持ち悪いこと、調子に乗って、〉

「あのさ、ツッコミするのも辛いんだけど」

〈すみません〉

 ダメ男が今までになく真面目になっていることだ。

 総合的に考えた結果、しばらくは一人で行動し続けることに決めた。

「それに、オレには頼りになる相棒がいるしな」

〈照れますね〉

 ダメ男は注意深く周りを見渡し、誰もいないことを確かめてから、近くの木をよじ登っていく。そして中間層に隔てられている“上”の空間に出た。背中側には壁があった。

「ここなら敵が一目で分かる」

〈最初からすればよかったのではありませんか?〉

「ところが、下から見ると微妙に見えるんだよ。しかも、下からの攻撃に対応しにくいし、馬鹿でかい電球のせいで陰るし。案外安全じゃないんだ」

〈なるほどです。だから、ばれにくくするために端っこに出たのですね?〉

 ダメ男は頷いた。

「悪いんだけど、ちょっと寝る。電池切れそうになったら起こして……」

 そして、壁に体を預けるように座り込んだ。ダメ男の影は壁にでき、わかりづらくなっている。

〈わかりました。異常があればすぐに無理やり起こします。それ以外の機能は全て停止し、スリープ状態に移ります〉

「ありがと……。おやすぃ……」

〈お休みなさいませ〉

 ダメ男は泥のように眠りに入った。本当に死んでしまったのではと疑ってしまうくらいに寝息がなかった。

 相変わらず、エセ太陽の光はぶれることなく、燦々と輝いている。温度も常に一定、風も雨も何もない。完全なシステムでここの環境を保っていた。

 フーの電池が切れるまでの約二時間は特には起こらなかった。突如、悲鳴が聞こえたり、どすの利いた怒声がしたり、草を踏む足音、鳥や虫の鳴き声、ジャングルにありそうな効果音が奏でられている。その発生源は遠かったり近かったりしたが、ダメ男を起こしてはならないと、フーは無視した。というより、後で報告することにした。

 そして、

〈ダメ男、電池が切れる五分前です。すみませんが、起きてください。今は朝の、〉

 ダメ男、起床。そして、

「あと五分……」

 再び就寝。

 

 

「ホントに生き残れるんでしょうね?」

「死にたくなければ、嫌でも生き抜くことだ」

 ライフル銃で草を掻き分けて進む二人。男女一人ずついた。男は歴戦の戦士っぽく、黒ずんだ顔に迷彩を施し、ライフル銃の弾が両肩からバッテンを描くように持っていて、本格的な格好をしていた。女はハンドガンを腰に付け、ひらひらのついた服にショートパンツと逆に軽装だった。

 男は半世紀を迎えたくらい、女はその半分にも満たなそうな年齢だった。

「うんざりしてるけど、仕方ないわね。あんな化け物見ちゃったら……」

「……」

 ため息しか出なかった。

 女は黙って男に付いていく。広すぎるこの空間を歩き回っていた。男は、

「お前、意外に体力があるな」

 感心していた。

「そう? あなたの方がすごいわよ。戦争しに行くかのような格好だしね」

 女は鼻にかけず、素直に言った。

「そうだ。私は兵士なのだ」

「え……?」

「愛する国のために戦争に送り出されたのだが、いつの間にか本隊と逸れてしまい、このドームに行き着いたのだ。そしたらこのような状況に……」

「……」

 何とも言えない顔で男を見つめた。

「仲間は、隊長は、皆は無事なのか? 勝ったのか、負けたのか? ……心配ばかりが頭を占めてるよ」

「……」

 女は男の手をそっと握った。あっ、と男は少し驚き、すぐに手を引っ込める。それをまた優しく握った。

「大丈夫なんて軽く言えないけど……そう祈りましょ?」

 泥だらけの顔で笑った。

「……すまないな。無駄な気を遣わせてしまって、……!」

 その時、男の目つきが変わった。女もそれに気づいた。素早くハンドガンを抜き、両手で握り締める。

 二人は物音に気づいた。やけに大きい足音。それはお互いに経験したものだった。

 手で合図を取りながら近付いてくることを伝え合う。そしてその方向を読み取り、ちょうど挟み撃ちになるように女が移動した。男もタイミングを合わせるために同時並行で後ずさりする。敵は木陰に身を隠しながら移動しているらしく、見晴らしがよくない。だが、それを計算して女と男はお互いに見える位置に、敵には死角となる位置を保つ。

「……」

「……」

 息を潜め、タイミングを見計らう。そして、

「!」

 親指を下に向けた合図が出された。

「……!」

 悲鳴が聞こえた。相方の男の声と、別の男の声。相方が制したようだ。

 女が男のもとに向かう。

「ちょっと待てっ。あんたら、何もんだ。痛いから手を離して、いたたたたたた……!」

 別の男が腕を捻られ、拘束されていた。黒のフード付きの長いセーターに藍色のジーパンの格好をしていた。つまり、

「それが獲物? なかなかイケてるじゃない」

「怪しいやつだ」

「なんでオレをおそ、いたたっ!」

 ダメ男だった。

 静かにしろ、と言わんばかりに、地べたに突き飛ばし、後ろからライフル銃を突きつけた。

「今からお前に質問する。暴れたりしたら……わかってるな?」

「大人しくする、する!」

「それじゃあ……」

 男は一呼吸置いて、言った。

「……お前は何番ゲートから入った?」

「“4”だけどどうして、」

 後頭部に硬い物が当たる。

「ここで得た情報を全て洗いざらい話せ」

 ダメ男はここで得た情報を全て伝える。女と男は顔を見合った。驚きを隠せないみたいだった。

「お前、あのバケモノを殺したのか?」

「不意打ちでさ、首に一突き。見てくれはおっかないけど生き物だから、急所突けばって……」

 口だけで笑う。

「そろそろ誰かと接触しようと思ってたんだ。だから敵対しようとしないよ」

 しかし、硬い物が離れることはなかった。

「最後に一つ、右耳にかけているイヤホンは何だ? それとも、誰の指令を受けている?」

「……」

 ダメ男は急に黙りだした。

「貴様、答えられないのか?」

 その一言で場の雰囲気が殺伐としてきた。男は地面を這う草にぽつりと一滴垂らした。微動だにしない。女は木の幹に寄りかかり、周りを警戒しながら見ている。

 ライフル銃の男は地べたに伏す男の表情を読み取るべく、銃を突きつけながら様子を窺っている。しかし誰から見ても、それは運命を握られた人間の恐怖に染まったものだった。ところが、状況の有利な男は見極めていた。

「お前、こんな状況なのに声が震えてないな? しかも、慣れている」

「……」

「何者だっ!」

 男の怒気の混じった声。ジャングル全体に響きわたるくらいに大きかった。状況の不利な男は俄然手を頭の後ろで組み、無抵抗を示している。そして平然とした声で、

「ただの旅人だよ。弱っちいから、こういうことも慣れっこなんだ」

 答えた。

 しばらく沈黙が走る。喚いていた声たちはそれを見守るかのように、えらく静かになっている。ところが、それを破ったのは、

「……あっ」

 男の腹の虫の声だった。女は、

「……朝食にしましょ」

 すまし笑いで誤魔化した。しぶしぶライフル銃を背中に戻す姿がちまちましていて、可愛げがある。

 

 

「俺の名はテッド。先ほどはすまなかった」

「あたしはキャリー。よろしくね、ダメ男クン」

 三人は真ん中にある三つの金属のコップを中心に三角を描いて座る。どういう原理かはわからないが、それらの下に敷いたシートのおかげで、火がなくても温められていた。

 ライフル銃の男改め、テッドは腰に巻いていたバックパックから携帯食料を食べている。女、キャリーはそのコップの取っ手に触れて、温度を確かめている。そしてダメ男は、

「よろしく」

 挨拶を交わしてから、ナイフの点検をしていた。それにキャリーは目をつけた。

「珍しい形状だけど、それがあなたの?」

 それにつられてテッドも見た。

「え? ……ん……まぁ、半分借り物というか、なんというか」

「借り物? それじゃあ大切にしなきゃね」

「あぁ。けっこう長く使ってるけど、一回も折れたことがないんだ。それどころかヒビすら入らなくてね。呪われてるんじゃないか、って考えちゃうんだ」

「それはそうだろう。そいつで殺めたことも少なくなかろう」

「唯一の護身用だし、それこそたくさんだ。二人は?」

「まあな。これから戦争に行こうとしてたんだ。目の当たりにするし、嫌でも経験もするだろうな」

「あたしは賞金稼ぎだからねぇ……。避けられない話だわ」

 ダメ男たちはゆったりと休息を取った。そのおかげか、意気投合して、信頼関係を築くまでになった。その時点で、ダメ男は二人に包み隠さずに、得た情報を教えた。そして質問はできるだけ返答し、新たに信頼を深めていった。もちろん、

「こんにちは、キャリー様、テッド様。フーです。よろしくお願いいたします」

「いえいえこちらこそ、ご親切に」

 フーも紹介した。

「ひとりでに喋るトランシーバーなんて初めて見る。どこで売ってるんだ?」

「それは……、」

「“だいそう”です」

「? なんだそれ?」

「そんなとこにあるかっ」

「現実でなくて残念ですね」

 そして、フーに内蔵されているカメラで記念撮影をした。

「カメラまであるのか。なんて高性能なんだ。頼むから教えてくれないか?」

「まぁ……。これは……オーダーメイドってやつなんだ。ちょっとした取引で場所は言えないことになってる。悪いね」

「いや、いいんだ。この世に存在してることは確かだ」

「ほかにもカラオケとかできますよ」

「か、からおけ?」

「音でバレるからやめれっ」

 まるで友だちの家に遊びに行っているかのような雰囲気だった。二人にとっては心強いと思っているのかもしれない。

 正午を向かえ、昼食を済ませたところで、探索に出かけた。

「ボタンか……。ドアも開く様子もないしな……。意味分からん」

「そう急くな、ダメ男。一つの推理としてならある」

「?」

「“4”って文字が浮かんできたのなら、それはダメ男クンが押したっていう確認だと考えられるわね。しかも縫合されてたんでしょ? そういう仕掛けがされてても不思議じゃないわ」

「そして“Ⅱ”というのはおそらく個数を表すものだろう。ダメ男の“4”とは表記が違うし、縫合されていた所にあった。つまり、バケモノかボタンのナンバーだ。可能性としては後者が高そうだがな」

「はぁ……なるほど」

 ダメ男は感心の連続だった。

「でも何も起こらなかった。故障なのか?」

「そんなはずないですよ、ダメ男。明かりと保温、湿度設定は常に正確で正常です。なのに、どうしてそれだけが故障になるのですか?」

「それは誰かさんが乱暴にしてたからだろ?」

「いや。俺はフーの言うことの可能性が高いと思う。きっといくつか同じ種類のボタンがあって、それを全て押すと発動するんだ」

「しかも、その様子だと巧妙にカムフラージュされてるわ、きっと。バケモノがそう何匹もいるとは思えないもの。歩き回っても一回しか見つからなかったし……」

「ほ、ほぁ……」

 実際、ダメ男は二人を頼りにしていた。

 そして、壁際を歩いていたところ、

「ん? なんだこれ?」

「どうしたの、ダメ男クン?」

「あ、いや、ここの壁の絵って子供っぽいって思ってずっと眺めてたんだけど……」

「それがどうした?」

「ここの雲だけ……ほんのちょこっとだけ凹んでる気がする。二人とも触ってみてくれよ」

「……そうか? 気のせいじゃないか?」

「……! ここだけ音が違うわ」

「ちょっと離れて。こいつで突っついてみる」

「気をつけて」

「俺らは見張っていよう」

「……穴? あった」

「! 本当だわ」

 化け物に付いていたのと同じ赤いボタンが収まっている。しかもボタンには“Ⅱ”と書かれていた。

「すごいな、ダメ男。素晴らしい洞察力だ。それを押してみてくれ」

 押した瞬間、

「うわ!」

 壁が上へ開き、最初にいた部屋が現れた。

「これで出られるわけだ」

 二人はダメ男に譲るが、

「待って」

 ダメ男は動こうとしなかった。

「探し回っても化け物は見つからなかったよね? でもオレらは三人だから、誰か二人は閉じ込められちゃうことになる」

「ただ見当たらないだけだろう。根気強く探せばいいさ」

「早くしないと閉まっちゃうんじゃないの? ダメ男、早く、」

「だから、三人一緒に入ろう」

「……え?」

「万が一の保険だよ。本当に見つからなかったら、オレは死ぬほど後悔する。だから今の内に試せることは試そうよ」

「だが、人一人分の狭さをどうやって?」

「簡単だ。そのためにはテッドが人“二”倍頑張ってほしいんだ」

「?」

 

 

「……ふぅ」

 傷だらけの身体を水が伝う。ダメ男は浴室で汗を洗い流していた。べったりとひっついた気持ち悪さが温もりと爽快感で落とされていく。と同時に、全身がぐったりと重くなった。

 タオルで拭って黒い寝間着に着替える。浴室を出ると、

「次はあたしね」

 キャリーが駆け込んでいった。

 ダメ男がいた部屋とは少し違うが、部屋にある物と配置は全て同じだった。血の跡がないだけ、随分と気持ちが楽だ。

 テッドはソファで寛いでいる。

「疲れたぁ……」

「お疲れ。飲むか?」

 グラスを一杯差し出される。匂いですぐに分かったので、やんわりとテッドに戻した。

「飲めなくて」

「年齢的にか?」

「いや、気持ちの問題」

「そうか」

 くっ、と一息で飲み干した。

 ダメ男は部屋の端に寄せておいた荷物から、フーを取り出す。時間は、既に夜になっていた。

 そのまま首にぶら下げる。

「明日でお別れだ」

「……テッドの方も良ければいいんだけど」

「他人の心配をしているヒマがあるのか? 俺より若いくせに」

「……そうだね」

「心配するな。こっちはこっちで何とかなるさ。だからお前のことも心配しないぞ」

「分かった」

 

 

 ダメ男は自然に目を覚ました。少し首が痛かったが、それ以外に異常はない。体を動かして朝食を摂る。

 部屋を見回すが、既に二人の姿はなかった。

「フー、今何時?」

「今は八時二十六分五十秒を過ぎようとしています。ダメ男は十時間五十二分三十七秒眠っていました」

「爆睡しちゃったな」

 ふと、キッチンの方に目をやると、一枚の紙切れが置いてあった。それに目を通していく。

「何て書いてあります?」

「“命がけのサバイバルを楽しみませんか?” 以下省略」

「そうですか」

 ダメ男はフーを持って一旦外に出た。コンクリートジャングルに降り注ぐ太陽の光。遠くに山があり、そこの隙間から雲がぽつぽつと棚引いている。朝の光で照り返すコンクリートが、一層輝かしく映る。

 身体はぽかぽかと温まり、でも空気は冷えている。その久々の空気に触れ、思い切り深呼吸をする。肺が洗われるような爽快感があった。

「気持ちいい……」

「しかし、ダメ男も考えたものですね。まさか、テッド様に二人をおんぶしてもらうなんて発想はありませんでした」

「ああ、脱出する時ね」

「極限状態でも普段通りなのは評価できると思います」

「なんか照れるからやめれ」

 軽く準備体操を始めた。

「そう言えばあの二人は出発したの?」

「はい。とても仲が良さそうに、一緒に出ていきましたよ」

「あ~、まぁ、自然な成り行きだろうしなぁ。でも心配するなってそういう……」

「“心配はしない”とはどういう意味だったのでしょうね」

「あ~……うん、なるほど」

 ふっ、と思わず笑ってしまい、

「分からないな、全く」

 フーもつられて笑っていた。

 

 

 

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