フーと散歩   作:水霧

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第三話:はかるとこ

【報告書:ある被験者の能力について】

 試験者 ○○○

 実施日 ○月×日

 実験テーマ:「顕在能力と潜在能力」

 

1.緒言

 我が研究所では老若男女の能力を数値化し、それらを今後の研究に活かしてきた。その一環として顕在能力と潜在能力の関係は多くの科学者がテーマにしてきたものではないだろうか。そこで今回はそのテーマと強く関係した一例を紹介したいと思う。

 

2.方法

1)対象数と属性

 年齢××歳(本人の意向により非公表。見た目は十代中頃)を対象とした。平均身長は171.2±1.2cm、平均体重は50.3±0.3kgであった。この研究は三日間協力していただいた。

2)測定項目

 知能テスト三教科(外国語、数学、IQ)や一般的に行われる体力測定(握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、1500m走、50m走、立ち幅跳び、ハンドボール投げ)及び実戦。

3)測定方法

①使用機器:巻尺、ストップウォッチ、ビニールテープ、ボール、握力計、テスト用紙。

②実験手順

 まず知能テストを60分間実施し、後に体力測定を表記順に行った。詳細は本研究所の方法と同様なので省略する。そして実戦へと移る。被験者と同格の男性を起用した。武器は刀剣である。まず武器無しで五分間戦っていただき、次に武器有りでお互い殺傷する程度に戦っていただく。

4)データ集計

①処理方法

 専用ソフトに集計した。

②解析方法

 本研究所の判定シートを元に、A~Eとランク付けした。

 

3.結果

 下記の表のような結果になった。

外国語……99点

数学………28点

IQ…………188

表1 三教科の点数

 

握力………………58kg 10点

上体起こし………27回 7点

長座体前屈………68cm 10点

反復横跳び………58回 8点

1500m走……4分50秒 10点

50m走…………7.1秒 7点

立ち幅跳び……258cm 9点

ハンドボール投げ…67m 10点

合計……71点 ランクA

表2 体力測定の点数と合計点

 

4.考察

 まず知能テストでは外国語99点、数学28点、IQ188という極端な結果となった。外国語に関して被験者の話に尋ねると、文書を読むことが多く、読書も好みだということで、文章を扱う問題は得意なのだと考えられる。それに付随し、多種多様な国々に訪れるということで、言葉に関して多くの知識を持っているのだと思われる。その例として、ある国の“(ことわざ)”をほぼ網羅しているとのこと。筆者も多くの国の被験者に協力をいただいたが、そのような国名を聞くのは初めてであったし、また他の試験者も同様だった。それほど言葉に精通していたのであろう。

 数学に関して、簡単な計算が出来れば十分だ、と仰っていた。日常生活レベルでは難しい計算は使われづらい。耳にするのは最高でも方程式くらいかもしれない。そういう意味で、それほど拘っていないのかもしれない。また、年齢的にも難問が多かったのかもしれない。後半の量子力学については言葉が通じなかったそうだ。

 IQテストでは、こんな感じかな? という具合に解答していたらしい。完全に理解はしていないものの、ある種の法則性を直感的に見抜き、解答していたのではないだろうか。ここの兼ね合いは後述する。

 体力測定では握力58kg、上体起こし27回、長座体前屈68cm、反復横跳び58回、1500m走4分50秒、50m走7.1秒、立ち幅跳び258cm、ハンドボール投げ67m、合計すると71点、ランクAという結果になった。握力について、リュックサックや武器であるナイフ、木登り等、握るという行動がとても多いために、握力が強化されたのだと考えられる。上体起こしについて、鍛えているものの得意ではないそうだ。おそらく、上体起こしを求められる機会が少ないために苦手なのではないだろうか。長座体前屈について、毎日(?)ストレッチをしているそうなので、点数が良かったのだろう。反復横跳びは戦闘中に何度も反射神経と“キレ”が要求されるので、自然に鍛えられたのだと考えられる。1500m走は移動手段として徒歩を選択していること、また50m走は逃走することが多いため、点数が良かったのだろう。立ち幅跳びでは移動中や逃走中の障害物を避けることにより、またハンドボールでは投擲(とうてき)系の武器をよく使うため鍛えられたのだと考えられる。

 これらを統括して、実戦における能力を考察していく。

 武器無しと武器有りで共通することは、被験者は常に回避を主眼として戦闘しているということだ。左腕と左脚を軽く突き出し、右拳を右頬の付近に、右足はいつでも蹴り出せるように軽く爪先を立てる。身体を少し(はす)にしたこの構えを基本にしている。武器ありの場合は左手にナイフを握る。この構えは異国の戦闘方法に酷似していた。

 基本は受け手に回り、攻撃を回避・防御しながら相手の隙を突く、いわゆるカウンター系の戦闘を好む。決して無理攻めをせず、相手をよく観察していた。そして何よりも戦略の幅・深さに舌を巻く。攻める機会があるのに攻めず、疲れた演技をし、相手を困惑させる。身体能力もさることながら、恐ろしく機微な心理戦を強いてくる。対戦者は終始、曇った表情を隠すことができていなかった。

 武器無しでは人間の身体の構造を良く理解した戦闘だった。例えば、(あご)やこめかみ、眼球、首周り(特に後頭部)、心臓、胃、肝臓、横隔膜、金的(女性なら下腹部)等、人体の急所と言われている部位を正確に見極めている。対戦者が男性ということもあり、主に金的を利用していた(実戦ではフェイントのみ)。常に急所を狙われているという恐怖感と、それを利用したフェイントは対戦者を(もてあそ)んでいるかのようにも見えた。

 武器有りでは基本からやや外れ、受け手よりも攻め手が多い。それはリーチ差で圧倒的に不利である状況が多いためであろう。本実験でも対戦者が刀剣使いということもあり、接近戦気味に戦っている。しかしこの戦術がそのリーチ差を逆手に取っていた。まるで蛇のようにグネグネした攻撃と格闘戦に近い近接攻撃で手数を圧倒した。対戦者が距離を置いて迎え撃てば、測ったように距離を取り、対戦者のリーチ外に身を置く。そこは鼻先を(かす)めそうなくらいにギリギリであり、急に強く弾いて懐に潜り込む。

 筆者が印象的なのは、被験者が避けがたいはずの初見の攻撃を軽々と避けていることだった。特に想定外のカウンターは誰でも受けてしまうものだ。油断や見逃し、焦りというものがないのだろうか。

 このような戦術を可能とする要因は身体能力、知能だけでは説明が付かない。被験者の年齢を考えても、経験値としては豊富な方ではないだろうし、初対面の敵と遭遇した時、看破されてしまうことがあるだろう。旅人として看破される場合というのはほぼ死亡する場合であるらしい。つまり、今日まで生存できたのはもっと別の要因が強く絡んでいるためだ。

 筆者は結論として、被験者の第六感が潜在能力なのではないかと考えた。第六感というのは直感や予感といった動物的な能力を指すが、普段はそういう人柄でなく、温厚な性格だ。戦闘という場面にだけ被験者の第六感が強烈に目覚めて、想定外の状況を打破しているのだ。もしかすると、被験者は“火事場の馬鹿力”のようなものを簡単に引き出せるのかもしれない。

 

5.参考文献

1) ×××:能力の開花とその過程.△□出版,××国,XXX1.

2) ××,×××・他:第六感のメカニズム.××社,△△国,XX12.

3) ××××:対人戦術論.能力開発 22:471-476, XXX9.

 

 

 

「……ふぅ」

 部屋の左右には大量の書物。本棚というよりも倉庫のような大きい棚に敷き詰められていた。

 真ん中には木製の立派な机。そこに白衣を着た人間が二人いた。一人は肩を(すく)めて立っている二十代中頃の女、もう一人は何枚かの紙を読み耽っている五十代後半の男。

 ぱさりとその紙を机に放り投げる。

「きみ~……」

「はっはい」

「ここに勤めて何年になるかね?」

「えっえっと……三年目です……」

「ふむ……それでこの出来か……」

 ちくちくと言葉で突っつく。

「実験というのは仮説を検証するための手段だ。考察というのは実験で得られたデータを用いて仮説との関連性を考えることなのだよ」

「はい……」

「これでは小説の読書感想文だ。想像に想像を重ねてどうするのだね?」

「……では、教授はどのようにお考えになりますか?」

「まあ、それは後で言おう。今は君の評価だ。……ただ被験者の戦術やその思考過程はよく観察できている。せっかくここまでできたのだから、実験データともっと絡めてほしかった」

「……はい」

「もしかすると実験が足りなかったのかもしれない。火事場の馬鹿力、つまり生理的限界時の体力測定と心理的限界時の体力測定を行えば、もっと説得力があっただろう」

「な、なるほど」

「さて、私の考えでは……心理的限界の突破のようなものは発揮していないと思うよ」

「なぜです?」

「心理的限界を突破するには無我の境地に達するほどの集中力が必要だ。しかしこの被験者は策略家で、あらゆる戦術を頭の中で反芻(はんすう)しながら戦っているはずなのだ。つまり戦うことよりもそちらに集中しているということ。ある種の煩悩を抱きながらでは、凄まじい集中力は出せんだろう?」

「えぇ……」

「問題は被験者がどこから力を出しているか……。そこで目をつけたいのがIQと直感力だ。策略家でありながら直感が鋭いという、相反していそうな能力を持っている。その幅が常人では考えられないくらいに広いのだろう。つまり、対策を考えつつも直感を信じる経験が多いということ。直感が働くのは悪い場合と良い場合。そしてその対案を即座に導き出すことができる。だからカウンター系の戦術を取っているのだろう」

「……」

「ぐだぐだ言ってしまったが、私が言いたいのは、この被験者の場合の潜在能力とは恐ろしく柔軟な対応力だということだ」

「なるほどです」

「今度は直感であったり心理的限界であったり、それらを検証できる実験をすれば、もっといい論文になるだろう」

「分かりました」

「ふむ。ではこれからも頑張ってくれ」

「ありがとうございました」

 

 

 翌日。私は協力者をお見送りすることとなった。

「別にここまでしなくてもいいのに……」

「そういうわけにもいきません。協力していただいたのですから、むしろお礼が足りないかと思うくらいです」

 今回、協力していただいたのは、たまたまこの研究所に立ち寄ってくれた旅人だった。意識してここにいらしたわけではないらしい。

「いっいやぁ、あんだけ贅沢させてもらったのに、こっちが申し訳ないよ。まるで王様になったかのような“おもてなし”だった」

 笑いながら話す。とても笑顔の似合う男性だった。

「で、論文とやらはどうなったの?」

「……」

 ……あまりの不出来であまり話したくなかった。

「あぁ、気を悪くしたらごめんな」

「いえ。自分の力不足ですから……」

「まぁこの次に活かせばいい。ってエラソーなこと言ってるけど、オレは全くできないからな。尊敬するよ」

「ありがとうございます」

 ん、と手を伸ばすと、私は握手に応じた。ゴツゴツとしているのにとても肉厚な手だった。

 じゃあな、と一言残して、旅人は去っていく。黒いセーターをふわふわと揺らしながら。

 

 

 

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