フーと散歩   作:水霧

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第四話:つながっていたとこ

 そこには一本の道が細長く伸びていた。不完全な舗装で、ところどころに亀裂が走り、その隙間から雑草が生えていた。おまけに凸凹(でこぼこ)としている。

 右手には勾配の急な坂が道に沿ってできている。坂を下っていくと、河原があった。左手には鬱蒼とした雑木林が、やはり道に沿っていた。いわゆる土手だった。

 周囲は闇に閉ざし、半分に欠けた月が見下している。道が見える程度に照らしてくれていた。

 そして、

「……ん?」

 人影があった。

 その人影を横目に、河原の方で橙色の光が鈍く動いていく。

 

 

 生憎の曇りだった。空一面に白と薄い灰色しかない。今にも雨が降り出しそうだった。そして寒い。

 あの河原に汚れた三角錐のテントがあった。河原は丸い石が所狭しと詰められている。そのわずかな隙間に通すようにテントの留め金が刺さっていた。

 いきなり、

「起きてください。朝です。朝です。朝です」

 声がした。警報のような知らせに、

「起きる、起きるから音やめてっ」

 嫌気がさしたのか、テントから青年が慌てて飛び出した。

 やや背の高い顔立ちがいい男で、髪全体は長くて黒かった。上下に黒のスエットを着ていた。

 青年は頭を掻きながら、テントへと戻っていく。中ですぐに着替えを済ませ、荷物と寝袋と共に外へ出た。荷物は登山用のリュックサックとウェストポーチ二つのみだった。

 袖と裾の長いフード付きの黒いセーターと黒いジーパン、黒いスニーカーを履いていた。セーターのファスナーは首元まで上げている。

 青年はテントの解体作業に入ると、

「どうも、こんにちはぁ」

 別の男がやってきた。防寒具を厚く身にまとっている。まるで相撲取りのような体型のいい年した男だが、大木のような腕の太さに、ただらなぬものを感じさせる。

 ひとまずテントを解体し終え、黒い包みに入れた。

「ここら辺の方ではなさそうですねえ」

 青年は無言で頷いた後、

「たまたま通りすがった者で」

 落ち着いた面持ちで認めた。男は(おもむろ)に胸ポケットから箱を取り出し、煙草をくわえた。そしてライターで火をつける。

「この先に国があると聞いて来たんだ」

「なるほどね」

 煙草を吸って、煙を吐いた。ニカッと頬を上げて笑う。

「そこはどんなだって聞いてる?」

「えっと、幻想的な光景が見れる国だと」

「なっはっはっは……!」

 今度は声を上げて盛大に笑った。

「確かに、普通の人が見たら幻想的に見えるわな」

「?」

 男は急に険しい顔になり、青年を睨み付けた。

「……あんた、首突っ込むと死ぬよ」

 

 

 青年は道をずっと進んでいく。

「ダメ男」

 突如、声がした。青年は、

「何?」

 と、ごく自然に返事をした。この青年は“ダメ男”というらしい。一方の無人の“声”はというと、妙齢そうで気品ある落ち着いた声だった。

「気になりますね」

「ん? あぁ。さっきの話か?」

 まるで興味などないように素っ気なかった。

「何だっけ? 年一回に人が死んだり、いなくなったりするっていう……。しかも事故だの病気だの殺人だの、幻想的どころか危ないとこになっちゃうな」

 ダメ男は少し残念そうに言った。

 道から見える景色は変わらない。河原に雑木林、曇った空しかない。その変わらなさにもダメ男は肩を落とす。

「最近は死んだり殺したりするとこばっか……。一週間ぐらい休みたいなぁ……」

「そうですね。前回は二日目に爆弾テロ、前々回は戦争、前々々回は国王の暗殺を企む輩からの護衛と、少々ハードでしたからね」

「どんな悪人でも、殺したら精神的にまいるもんだなぁ……」

 ダメ男はよろよろと足取りを崩すが、

「せめて、次のところがのんびりできるところであることを祈ります」

「……オレもそう祈る」

 何とか立ち直す。

 同じ景色を進んでいくと、ようやく分かれ道についた。左は雑木林の中を突き進む道、右は河を渡る橋があった。対岸を見ると、さらに二つに道が分かれ、山道を登るか降るかの選択が強いられる。一方の雑木林への道は上り坂となっていた。どちらに行っても山の中には行けるようだ。

 ダメ男は持っていた黒い傘の先端を突き立てた。これは先ほどのテントが折りたたみ式となっていて、見た目が傘のようになる。ダメ男はなぜかこれを“テントさん”と親しみを込めて名づけている。

 テントを支えている手を、

「頼むよ、テントさん」

「だから違います。“テント(がさ)”です。しかもそんなもので行き先を決めるのですか?」

 ぱっと離した。

 すると、

「……」

「力を入れすぎです。傘ではなく杖になっていますよ」

「なるほど。なら、ここにいようか」

 テント傘は見事に直立不動を保っていた。思わず拍手をしてしまった。

「早く行きますよ。右にしませんか?」

「左行く」

 テント傘をリュックに突き刺して、雑木林へと入る道を歩いていった。意外に光が差し込まず、薄暗い。

 しかし、一歩踏み入れた途端に、

「……」

 ダメ男は足を止めた。

「どうかしましたか?」

 “声”はなるたけ声を殺して言う。そしてダメ男は少し開いていた胸元に左手を入れた。顔に疲労困憊の色が隠せず、それでも気持ちを張り詰め、神経を尖らせる。

 そのまま、手持ち無沙汰だった右手でセーターの裾をまくり、腰にぶら下げてあるウェストポーチを漁る。中から黒いイヤホンが出てきた。しかも片方しかない。それを左手に経由して胸の辺りをごそごそと弄る。そしてイヤホンを右耳につけた。

「何だろう? 変な空気」

 ダメ男の飛び抜けた感性で捉えたものは、自分に向けられている“何か”だった。ピシッと鋭く突かれるようだが、正体が何か分からない。

 左手は依然として定位置にして、かかとからゆっくりと歩く。土を固めてならした道なので、足音はほぼ消えている。

 道の奥は曲がっていて、そこから先は木が邪魔でよく見えないし暗いしで、視界は悪い。

 黙ったまま、曲がり道に到達した。周りを警戒しながら、さらに山を登る坂道を進む。その半分にさしかかったところで、

「……っ」

 ダメ男の表情が強張る。

〈ダメ男、大丈夫ですか? まさかとは思いますが、体調が優れないのではありませんか?〉

 ぐらりとよろめく。それが答えとなった。

〈引き返して、休みませんか?〉

「……却下(きゃっか)

 意固地になって踏みしめる。それでも足元が不安定だった。ダメ男はリュックからテント傘を出して、それを杖代わりに支えながら歩く。

「こんなところで倒れたら危ない。上に国があることを願ってる」

 しかし、あっさりと、

「あら?」

 倒れた。

〈ダメ男、しっかりしてください! だから言ったではありませんか!〉

「…………」

〈ダメ男、返事してください〉

「……」

〈駄目ですよ? 誰かに襲われてしまいます……ダメ男、ダメ男! だめお! ×××!〉

 返事はなくなっていった。

 機械的な音声に生気が戻ったかのように、“声”が叫ぶ。同一の単語をただ叫んだ。それはイヤホンを通じて発射されているはずだが、相手はすでにモノと化していた。

 その頃、木の陰から人と思われる影が現れた。一つや二つでなく、何十もある。近づいてくる。

 その間にもダメ男は荒い息を立てながら悶え苦しんでいた。

 

 

 すっと意識が戻ると、

「……」

 既に夜だった。四隅に置かれた蝋燭(ろうそく)が部屋をほのかに照らし、生ぬるい隙間風で影が揺れる。空気に流れがあるのがわかる。外はホーホーと鳴く声しかなかった。かえって寂しくなる。

 古い社の中だった。どこも朽ちていて、像もない。ダメ男ただ一人、布団で寝かされていた。荷物は頭の方にあり、手の届く範囲だった。

 おでこを触ると、濡れたタオルが敷かれていた。火照っていて役目を果たしている。それを脇に置いて、上体を起こす。セーターがなく、黒のシャツにジーパン姿だった。イヤホンも外されていた。

「……! ふぅ……? ふぅ!」

 誰かを呼びながら、首を当てる。

「いますよ。中に」

 ダメ男は首に掛けてある黒い紐を手繰り寄せると、長方形の水色系の物体が出てきた。汗ばんでいたのか、曇っていた。

「よかった。“ふぅ”が無事で」

「こちらの台詞です。……まったく……」

 それは“フー”と呼ぶらしい。

「ところで、ここはどこ?」

「話によると、ここがダメ男の目指していた幻想的な国みたいですよ」

「そうなんか。って、誰の話だよ?」

「命の恩人です」

「後でお礼を言わなきゃな」

 ダメ男は立ち上がると、リュックを持ってきて、黒い寝間着を出した。シャツを脱ぎ、おでこに当てていたタオルで上半身を拭う。風が湿った体を撫でて、身震いをさせた。

「どのくらい寝てたんだ?」

 ジーパンも脱いだ。

「およそ一日と六時間十六分三十八秒間、眠っていました」

「めちゃめちゃ正確」

「指摘するところが違います」

「わかってる。そんなに寝てたのか……」

 フーの話によると、通りすがった住民が倒れたダメ男をここまで背負ってくれたとのこと。身体を診てみると、背中に細い針が数本刺さっていて、先端に毒が塗られていたという。

 ダメ男は下半身もできる限り拭いてから、スエットを着た。

「それもそうですが、極度の疲労に栄養失調、軽度の睡眠不足にもなれば泥のように寝ますよ。最近、食事も簡単に済ませていましたからね」

「確かに。……んで、オレのセーターは?」

「あそこには武器を入れてあったので、この国を出るまで没収ということになっています」

「それはまずい。絶対に返してもらわないと」

 ダメ男はもう一度、

「……まるで供物にでもされるようだな、ここ」

 床に就いた。

 

 

 朝になり、壁の隙間から光が差し込む。蝋燭たちはいつのまにか燃え尽きていた。

 そこに二人の男の子と女の子がすっと引き戸を開けて入ってくる。ダメ男はそれにも気づかず、包まって眠っていた。

「ダメ男、起きてください」

 二人はその声にびっくりして、入り口まで逃げだした。顔だけ覗かせている。

 その騒ぎようで、

「……ん」

 目を覚まして体を起こす。しかしまだ寝ぼけているようで、

「……お腹減った」

 再び布団に埋もれた。

 その状態が何分か続き、むくりと起き上がる。

「あ、おはよう、フー」

「おはようございます」

 ずっと眺めていた子供たちは、

「へ、変な人だぁぁぁぁ!」

「逃げるぞ!」

 脱兎のごとく逃げ去った。

 ダメ男は目をぱちくりさせて、

「……あれが命の恩人か?」

「一応そうです」

 ほっと一息ついた。

 ひとまず引き戸を閉めに行くと、外の情景が目に映った。目の前には太い木が待っていた。幹には縄が縛られていて、それにお札のようなものが吊るされている。境内の中はそれ以外に背の低い木が神社を囲むように立ち並び、無いところは下に行く石段があった。どうやら神社と御神木らしい。

 ダメ男は置かれていたスニーカーを履いて、左手にあるその石段に向かった。下手(しもて)には国というより集落に近いのが広がっていた。ところどころに田んぼがあり、畑があり、家があり、それ以外は特に目につかなかった。国の全てでないにしろ、ダメ男は、

「一日以上寝るわけだ」

 一人納得して、神社に戻った。

「あ」

 神社の渡りに笹で包んだ何かがあった。スニーカーを脱いでそれを中に持ち込む。

 帰りを待っていたフーは、

「おにぎりですね」

 嬉しそうに呟いた。

 朝食を美味しそうに食べてゆっくりした後に、ダメ男は外に出る仕度をした。セーターがないので、仕方なく裾が太ももまで覆い尽くす黒のジャケットを羽織る。やけにポケットが多かった。下は黒のパンツを履き、ポーチを引っ掛けた。フーを首に掛けて、

「それを着るなんて珍しいですね」

「確かに久しぶりかも」

「全身凶器男に変身しましたね」

「そういうこと言わない!」

 どこかのおばちゃんのように言った。

 早速、集落の中を歩いていくと、

「あんちゃん、大丈夫かい? ここに来る途中でぶっ倒れたんだってねぇ!」

 畑仕事をしていたおじいさんが話しかけてきたり、

「しっかり食べてくんだよ!」

 道行くおばちゃんがなぜかサンドイッチをくれたり、

「ねえお兄ちゃん、学校まで一緒に行かない?」

「いいよね? お兄ちゃん?」

 登校していたらしい姉弟に連れ去られたりと、妙に馴れ馴れしかった。しかも、

「あら、旅人さんですね? ちょうどよかったです。今日は学校に旅人さんを招いて、体験談を伺おうと考えてたところなんですよ。差し支えなければ……」

 なぜか学校の来客として、もてなされた。

 ところがダメ男は、

「うん、誰かに攻撃されたけど、今は大丈夫だよ。ありがとう」

「お、サンドイッチ大好き! ありがとおばさん!」

「いいよ。時間はあるし」

「ちょっと恥ずかしいけどいいよ。あんまりグロテスクじゃない方がいいかな」

 警戒を一切せずにあっさり受け入れ、もう馴染んでいた。

「あなたは天井知らずのお人好しですか? それともとんでもないほどの大馬鹿ですか?」

 フーが感心する半面、呆れ果てていた。それでもどことなく安心していた。

 

 

 時間はあっという間に過ぎ、夕方になった。ここは山の谷間に位置するみたいで、夕日をもろに受けて、全てがその系統の色に染め上げられる。そしてその影が色濃く映し出されている。

 以前の河原あたりでは手が冷たくなるほど寒かったのに、ここは逆に暖かい。春の陽気のようで、この夕日は秋のようだった。

 昨日の夜のような生温い風がダメ男の頬を滑る。撫でられているかのように心地良かった。

 しかしダメ男はというと、一筋の汗を垂らしていた。

「え、えぇっと……」

 困っていた。何に困っているかというと、

「どうしてここから出たんですか!」

 巫女服を着た少女に困っていた。

「だからさっきから言ってるだろ? この国を見たくて、」

「ここからでも見れるじゃないですか!」

「それもさっきから、間近で見たいからって言ってるじゃん!」

「あぁ~っ! んもうっ! 話になりませんね!」

「いやだからさ? オレは、」

「とにかくあなたは生贄(いけにえ)なんですから、勝手に出てはダメですよ! いいですかっ?」

「だからいいわけないだろっ! どうしてオレが生贄なんだよ! 第一、何に捧げるつもりだ!」

「あなたに知る権利はありません! 尊い生贄なんですから!」

「尊いなら教えて、」

 ぴしゃりと戸を締め切られ、外からがちゃりと鍵が閉められた。ダメ男は神社に閉じ込められたのだった。不幸中の幸い、荷物は盗まれていない。

 まだ夕方なのに中は薄暗い。四隅の蝋燭はダメ男の情けない顔を照らしている。

「何なんだよ……生贄って……」

「それにしても、ここの神様はしょうもないものを受け取ることになるとは可哀相ですね」

「即返品願いたいね」

「受取拒否します」

「うへ」

 はぁ、と短いため息が聞こえた。

「前日のあの方が言っていたことはもしや、このことではないでしょうか?」

「……なるほどな。これじゃあ確かに殺されたり消えたりするわけだ。まさしく神隠しだな。でも、幻想的っていうのは?」

「その光景が幻想的ということではないでしょうか? つまり、あの旅人は“見る側”だったということです」

「嫌だなぁ。でも、あのセーターと武器を取られたままじゃ駄目だ。何とか取り返さないと……」

「では、血祭りにあげてしまいますか?」

「命の恩人だし、それはできないよ」

「ならば待つしかありませんね。儀式は明日のお昼ごろにすると聞きました」

「仇で返すわけにはいかないし、説得するか」

「決まりですね。それじゃあ、おやすみなさい」

「あぁ。おやすみ」

 とりあえず布団に潜った。

 

 

 明け方。日も昇らぬうちに、ダメ男は起きていた。そして準備も完了していた。昨日と同じジャケットとパンツを履き、スニーカーも履いている。耳にイヤホンをして、準備体操をしていた。

 そろそろ明るくなるが、明かりは消していた。

〈そろそろですよ〉

 イヤホンから伝わるフーの声の直後、神社の渡りに乗り上がる音がした。そして錠が解かれ、引き戸が開いた瞬間、

「動くな」

 人影の首にナイフが突きつけられていた。人影は昨日の巫女だった。事態を汲み取ったのか、顔面蒼白で、ダメ男を“尊い生贄”から“敵”と見なした目で睨み付ける。

 ダメ男は微妙な表情を読み取り、巫女を中に連れ込み、引き戸を静かに閉めた。

「まだ動くなよ」

 ボディチェックはできない。仕方なくポーチから拘束用の紐を出し、手足を縛った。その表情は苦虫を噛み潰したようだった。

「ごめんな。オレもまだ死にたくないんだ」

「くっ……。ケダモノ! 私をおか、」

「そんな気は毛頭ない。ただ、オレの服と武器がどこにあるか教えてくれ。命は助けるから」

 ダメ男は手のひらサイズのナイフを巫女の首に切れる寸前まで押し付ける。無言の圧力も加えた。彼女はすっかり怯えてしまい、目を逸らす。自分の歯まで折れてしまうくらいに口を閉じていた。しかし、がちがちと震えている。

〈逆効果ですか。震えて声が出せそうにないです〉

「うーん……」

 少し考えた後、

「わかった。じゃあどうしてオレを生贄にするか教えてくれ。納得したら、生贄になるよ」

「!」

「だ、ダメ男、本気ですかっ?」

 ひぃっ、と巫女が怯える。

「そういえばフーのこと知らないままか」

 フーのことを紹介して、話を戻す。

「助けてもらった恩があるし、協力できることはするよ」

「あっ呆れました。自分を殺そうとする人間に協力するなんて、正気ではありませんね。好きにしてください、もうっ」

 ぷちっ、と何かが切れる音がしてから、フーは一切喋らなくなった。

「怒らせちゃったか……」

「あ、あの……」

 巫女はあっけらかんとして、

「まずは名前、教えて」

「……ノキ」

 答えた。

「ノキか。……ノキ、オレはどうすればいいんだ? 死ねばいいのか?」

「……」

 ノキは目を伏せて、無表情になった。言葉にならない声を小さく紡ぎながら、さらに俯いた。

「……そうです。死んでしまった大切な人に会えるんです。具体的なことは言えないんですが……」

 ようやくダメ男と目を合わせた。しかし、瞳は子供が見せるようなものではなかった。空ろで哀れみに満ちている。

 

 

「私の両親は生まれてすぐ死にました。ここの巫女は私のように両親がいない子供が務めます。巫女が人を生贄に祭り上げることで、死んでしまった方々と何日か会えるんです。期間は亡くなった方それぞれで、場合によってはすで転生しているので、必ずしもとは言えないですが……」

「なるほど。……小さい頃から、辛い思いしたんだな」

「……」

 ノキは不安げに、ダメ男に迫る。睨み付けている。

「なぜ、受け入れるんですか? 嘘かもしれない話なのにっ」

「どうしてって……とても嘘言う顔つきに見えないよ」

「っ……?」

「オレ、こう見えても色んな国に行ったことあるんだ。生まれる前に母親と死んだり、酷い目に遭わされて虐殺されたり、人に爆弾をくくりつけて特攻させたり。そういうのが当たり前な国と、最近多く鉢合わせしてさ。その、身が擦り切れる思いだった。死んでもいいかなって思ったこともあったよ。でもどうせ死ぬなら、誰かのために死ぬ方がいいじゃん? ……もし、死にたいって思った時、こういう国を知っておいた方がいいかなって」

「……」

 ノキは絶句だった。掛ける言葉が全く見つけられない。

「そんな状態で、この国に来れてすごく助かった。だから嘘だとしても協力した……ってオレの話は関係ないなっ。ごめんごめん」

 カラカラと笑った。

「それで、実際に成功するものなのか?」

「あ、……はい。儀式が成功すれば必ず。でも私の両親には会えなかった。私を育ててくれた村長さんは、もう死んでるって言ってたのに……」

「……」

 ダメ男は、

「ちょっとさ、時間もらっていい? 三十分くらいなんだけど」

「……逃げませんか?」

「逃げない。でも、もしノキの願いが叶ったら、巫女を降りるって約束してくれないか?」

「願い?」

「両親に出会えたらってこと。あ、担保でこいつ置いていくか」

 神社を出た。振り返らずに歩いていく。その後姿をノキは見つめている。ずっと涙を流していた。ぽろぽろと。ぽろぽろと。

「全く、女の子を泣かせるとは、罪作りな男ですね」

「わあっ!」

 ひっくり返るほどに驚いた。

「でも、あんなことを言うということは、何か手があるのでしょうね」

「?」

「協力してあげたいという気持ちは本当だということです」

 

 

 一時間後、ダメ男は戻らなかった。

「どこで油を売っているのでしょうね」

「もう、時間が……」

 すっかり日は昇り、真っ青な空が広がっていた。

 昼までは時間はあるが、準備のために早めに取り掛からなければならない。今の時間はぎりぎりの時間だった。

「仕方ありません。このフーの命を使ってください」

「えっ! で、でも、」

「こんな物の命では、神様仏様はお(ゆる)しをいただけませんか?」

「そんなことはないです! でも……」

「ダメ男も人の子。やはり死にたくはなかったのでしょう。なら担保として肩代わりされた物が責任を取る他ありません」

「フー、さん……」

「私の心臓をえぐり取ってください。方法は教えます。まず、フーを裏返しにして……」

 フーの言う通り、まず裏側にして、カバーのロックボタンをスライドして外す。するとパカリと蓋が取れ、薄く四角い物が現れた。

「それが心臓、言わば本体です。引き抜かれた瞬間、死にます。抜け殻はここに捨て置いても、差し支えありません」

「わかった」

 ぱちん、と取り出して、フーは言葉を発することはなかった。

 ノキは心臓だけを手にして、急いで石段を駆け下りていった。

 

 

 お昼、太陽の日差しが降り注ぐ中、言っていた通りに儀式が行われた。その場所となっていた境内の御神木には集落中の人が御神木を囲うように集まっていた。

 中心には巫女であるノキが剣を持って、木で拵えた円テーブルの前いた。そこにはフーの“心臓”が置いてあった。

 その剣は短刀で、木製の柄のお尻に丸い円が付いている。柄には黒い文字がびっしりと施され、刃も同様の文字があった。

 儀式は始まった。ノキはフィギュアスケート選手ばりに跳ねては回り、ナイフをくるくると回転させる。一回もミスすることなく、最終局面となった。テーブルの前に立ち、奥にある御神木に一礼する。そして念仏のようなダメ男には理解できない言葉を唱える。そして、

「はっ!」

 テーブルごと一刀両断した。フーの“心臓”からは謎の液体がとろとろと流れ出した。あたかも血を思わせるかのように。

 これで儀式は終了した。集落の皆はその場から戻っていった。

 ノキは一度、御神木を見上げた。

 まるで翼のように大きく厚く広がる緑。そこから木漏れ日が透き抜けて、地上に差し込む。その背景には白い綿を散りばめた青い空が広がっていた。吸い込まれそうで、ずっと見ていたくなる空。その絵の主人公は巫女の服を着たノキ。

 ノキが振り向くと、神社の方から男と女がいた。二人はノキに気づいて、少し驚いた表情を見せた。まるで我が子の成長ぶりに感嘆するかのように。目から涙が零れそうになったが、頑張って堪えた。

「お父さん、お母さん……?」

 ノキは地面を蹴った。その瞬間に、やはり我慢できなかったのか、涙が溢れてきてしまった。二人のもとへ駆け抜けて、駆け抜けて、そして飛びついた。二人の温もりを初めて感じたかったから。

 ノキをぎゅっと抱きしめた。温かい。

 

 

「これで一件落着だな」

「ここまでが作戦だなんて、誰も想像できないでしょうね。少女を騙した気分はどうです?」

「まぁ、気分は良くないね」

「それにしても、良く両親を捜し出せましたね。どういう手口ですか?」

「……あの二人は、ノキを大切にしたいって夫婦だよ」

「つまり、血の繋がりのない、養子縁組ですか?」

「うん。運悪く子どもに恵まれなかった夫婦なんだよ。村長と話したら、やはりノキを娘にしたいって組がいくつかあった。だからオレが直接面接して、あの夫婦にしたわけ。ノキの小さい頃の写真も見せてもらって、背格好も近かったこともあったしな」

「なるほど。ノキは写真でしか両親を知らないし、約十年過ぎていれば人相も多少は変わります。正式な手続きは後回しにして、先にノキとご面会というわけですか」

「きっとお互いに肉親じゃないって気付いてると思う。でも、人の繋がりってそれだけじゃないって信じたい」

「そうですね。血縁と同じくらい、別の何かで繋げていけたら……」

 

 

 

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