フーと散歩   作:水霧

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第八話:――まで・a -root of C・a-

 漆黒の闇が広がる森の中。鳥の低い鳴き声が不気味さを増し、ぞわぞわとした怖さを覚えさせる。天気も曇りのせいか、月明かりがなく、より一層暗さが増していた。

 寒い。はぁっ、と息を吐くと、煙草をふかしたように白い息が出てしまう。辺りは冷気が立ち込めていた。

 固めの大地を踏み進む一人の女の子がいた。ふっくらとしたパーマの茶髪に丸い目付き。枯草色のコートに焦げ茶色のタートルネックセーターを着ている。濃紺色のデニムに茶色のブーツを履いていた。

 軍隊用のリュックサックを背負い、小さめのショルダーバッグを左肩から右側に提げている。左腰にはポーチをかけていた。

 両脚の太ももにはそれぞれホルスターがついており、自動式拳銃二丁が銀色に魅せる。

「今日はここで休もうか」

 女の子は誰かに問いかける。しかし誰も返答しなかった。

 女の子は荷物を下ろし、野宿の準備に取り掛かる。その途中で、

「あっと危ないっ」

 何かを落としてしまった。ちょうど両手で包むように受け止め、難を逃れる。

「大丈夫?」

 両手でもぞもぞと何かが動いていた。

 女の子は荷物から携帯電灯を取り出し、灯りを点けた。辺りは優しい暖色系の灯りで包まれ、ぼうっと晒し出す。

 女の子の手には灰色の毛玉が乗っかっていた。

「“クーロ”、ケガはない?」

 そう、この毛玉こそが、

〔心配は要りませぬ、“ハイル嬢”〕

 私だ。くりっとした目に控えめのヒゲを生やし、手触りの良い体毛はもふもふと心地よい。

 改めてご紹介に預からせていただこう。私はペットの“クーロ”。そして目の前にいる女の子こそが、とある国のお姫様“ハイル嬢”であられる。とある都合で旅をすることとなり、私もお供することとなった。ハイル嬢のお父様、つまり国王より命を受け、ご一緒させていただいている。

 さて、今日も一日、歩きづめでヘトヘトである。ハイル嬢は、

「そろそろ寝るね」

〔ご夕食を召し上がらないのですか?〕

「うーん……なんか食欲ないんだ……」

 ご夕食を召し上がらず、就寝の準備を進められる。ここのところ、ずっと少食で健康状態がとても気になってしまう。節約なさっているのかどうかは分からぬが、悩みの種はすくすくと芽を生やしつつあるようだ。

 ハイル嬢は掌を外に向け、小指で指笛を吹かれた。ピィッ! と、とても甲高い音が森を突き抜け、空へと響いていく。すると、

「こっちこっち!」

 空から黒い何かが猛烈な勢いで飛び込んで、ハイル嬢の目の前で着地した。

「ピーコ。お疲れ様」

 ぴーぴー、と可愛らしく鳴いている。こやつは“ピーコ”。ハイル嬢の恩人(?)であり、私と同じく旅のお供をしている鷹だ。ピーコは主に空からの監視を担当し、特殊な鳴き声で危険を知らせてくれる。ほぼ一日中飛び回っているため、休憩を挟みながら仕事をしてくれているのだ。

 ハイル嬢はピーコに専用の餌を与えられている。そして、残した餌をもくっとご自身の口に運ばれた。毎回思うのだが、大丈夫なのだろうか。

 わしわし、となでなでされた後、

「お休み」

 携帯寝具であっという間にご就寝なさった。……ふむ。今日は三秒であったか。密かに記録をしているが、最高記録は一秒である。

 野宿の場合は、私とピーコ交代で見張りをしている。

〔今日もハイルちゃん、食べなかったのかしら?〕

〔ふむ……。ここのところ少食が酷いのだ。何か心当たりはないか?〕

〔うーん……さすがに私のエサを食べてるのは感心しないわ。栄養価は高いけど、人間用じゃないもの。あなたこそ心当たりはないの?〕

〔及ばずながら……〕

 私たちはこうしていつも相談している。最近はやはり、ハイル嬢の少食の件で持ちきりだ。

 何回も話して申し訳ないのだが、本当に少食なのだ。酷い時は一日の食事がピーコの餌を先ほどのようにして食べる時のみ。つまり夜一回ということもある。

 私は、

〔皆の者、ちょっと来てくれ。相談があるのだ〕

 集合をかけた。すると、

〔なんだよこんな時間にさあ〕

〔そんなこと言わずにさっさとくるのっ!〕

〔いかがしたザマス?〕

 ぞろぞろと私たちのところへ来てくれた。リスやらフクロウやらウサギやらコウモリやら何やらと。

 こやつらは野生の動物たち。また、ハイル嬢の追っかけファンもいる。追っかけファンというのは、小さい頃からハイル嬢を陰ながら応援している者たちだ。色々と手助けをしてくれて心強い。ちなみに当の本人は全くご存知ない。

〔いくら時間稼ぎのためとはいえ、ここで尺とっていいのかあ?〕

〔細かいことは気にしちゃダメっ〕

〔話は聞いてたザマス。追っかけファン代表として、一つ、心当たりがあるザマス〕

〔おぉ、リー殿、ぜひお聞きしたい〕

 自称追っかけファン代表のリスのリー殿だ。最古参の一人で、ハイル嬢の情報なら私に負けないほどのハイル嬢通である。好きなドングリの種類はカシの木である。

〔最近思ってたんザマス。ハイルさんはピーコ氏の餌や食べられる木の実雑草、携帯食料しか口にしていないザマス〕

〔言われてみれば確かに〕

〔もしかすると、動物を食べるのに抵抗があるのでは?〕

〔!〕

 リー殿の意見は説得力があった。他の者たちもさわさわと話し合っている。

〔でも、牛肉とか豚肉食べてんじゃん〕

〔それは国で食事をするときザマしょ? こうしている間は一口も召し上がってないザマス〕

〔すると、何かの原因で我らを食さなくなったということか?〕

 恐らくそれはハイル嬢の不思議な力が強く関係している。ハイル嬢は私たち動物の気持ちが分かるという力をお持ちである。言葉は介さずとも見るなり触るなりで感じてしまうのだとか。

 食べようとしても感情が分かってしまうために、……遠慮なさっている?

〔馬鹿な。ハイル様は誰よりも自然をご理解なさっている。それなのに僕たちを食べないということは、自然を舐めているということになるのだぞ〕

〔ハイルさんはあくまでも自然との共存を目指しているザマス。私たちを食べることすら、過度に自然を侵害していると思っているのかもしれんザマス〕

 もはや水掛け論状態で、議論場は荒れた。しかし、

〔! みんな! 散って!〕

 叫んだのはコウモリのジョー殿だった。全員が音もなく蜘蛛の子を散らすように散っていった。

 残っているのは私とピーコ、そしてジョー殿だ。

〔いかがなさった?〕

〔ここから北西三百十二メートル、何か物音がする。男と女の声だ。……まずい! こちらに近づいてくる!〕

〔ピーコ、お主は木陰で休んでおれ。夜目の利かぬお主では分が悪い。私とジョー殿でハイル嬢を護衛するっ〕

〔その方が良さそうね。任せたわよっ〕

 ピーコはひょこひょこと跳ねながら森の奥へと消えていった。ピーコの羽ばたきでこちらの存在が気付かれるのを恐れたためだ。

 さて、私はハイル嬢のほっぺたへ上り詰めた。

 かじかじ。

「……ん……がら……ほいほい……」

〔ハイル嬢、起きてくだされ……〕

「ふ……ぇ? どうしたの……?」

 不穏な気配に、ハイル嬢は静かに起床なさった。

〔大変申し訳ありませぬが、北西から賊がこちらへやってくると、ジョー殿からの情報が〕

「……うん、わかったぁ……」

 本当に申し訳ない。しかし、眠りを妨げなければさらに危険度が増してしまう。

 ハイル嬢は荷物を静かにまとめ、出発された。

「ほくせいってどっち……? こっち……?」

 あ。し、しまったあああっ!

〔そっちではありませぬっ! 逆! 逆!〕

 緊迫した状況なだけにまた忘れてしまっていた! ハイル嬢は究極の方向音痴であられた! しかも向かった方向は北西ではないか! よりによって!

〔ハイルー! こっちだよー!〕

 後頭部を翼でぱんぱんと叩く。ジョー殿ナイス!

「うるさいなぁ、あっちいって!」

 バシンとはたき落とされてしまった。は、ハイル嬢……なんてことを……! しかし、寝ぼけてしまっているから悪気はないと……思いたい……!

〔すまぬジョー殿!〕

〔ま、待ってっ……!て、きが止まった……!〕

 一撃で瀕死状態になっているというのに……すまぬ……!

 敵が止まった?

〔ハイル嬢、お止まりくだされ!〕

「? くーろ……さっきからうるさい……ま……てやるよ?」

 日頃からお疲れであるから心が痛むが、こればっかりは……失礼!

 ハイル嬢の右肩に素早く駆け上がり、

〔クーロアタック!〕

 首に程よく体当たりをした!

「いった」

 ちなみに、命名はハイル嬢である。

「……あ、クーロ、どうしたの?」

 なぜかこれをやると、目覚めがすっきりするのだという……はぁ……はぁ……。

〔ハイルちゃん、近くに誰かいるよ!〕

 はぁ……はぁ……ふぅ……。

「え? ジョーくんもいる……ってどうしたのっ? 誰かに叩かれたっ?」

 はぁ…………よし。

 その原因はハイル嬢であるというのは内緒にしておこう。

 ともかく、ハイル嬢は完全に覚醒された。ジョー殿の手当を施されながら、

「一応確認しておこうね」

 一気に気を引き締められる。

 腰に付けたホルスターから銀銃を一丁引き抜き、ナイフをグリップと一緒に握りしめる。中腰に、忍び足で音のした方へ向かわれる。音はしない。

 ジョー殿を静かに肩に乗せられた。何とか一命は取り留めたようで、よじよじとハイル嬢の首筋に掴まっている。

 すると、

「……っ……あ……」

「ふ…………ふ…………」

 声が聞こえてきた。何かしているのか?

「……」

 ハイル嬢の足がピタリと止まった。そしてまた動き出す。

〔えっと、ハイルちゃん〕

「なに……?」

 蚊の鳴くくらいに小さく呟く。これだけでもジョー殿には聞こえる。

〔これ以上は行かなくても大丈夫だよ。敵意はないみたい〕

「どうしてそんなことが分かるの……?」

〔いや、あのね、その……なんていうか……〕

 歯切れが悪い。とても言いづらそうだった。

「このまま無視して、悪いことになったら、それこそ最悪でしょ……?」

〔その通りなんだけど……〕

〔はっきり仰ってくれ!〕

 そう話している間にも、ハイル嬢は足を進められている。

「あ」

 しかし、何かを気付かれた。

〔…………〕

「…………」

 …………。

〔ね?〕

 なるほど。これはそのつまり……。

「……」

 ハイル嬢は顔を真っ赤にされている。我らは別段、恥ずかしくもないのだが、人間にとっては恥ずかしいらしい。

 要するに、我らで言う……“交尾”をしていた。

 ちなみに声はかなり聞こえているが、色んな都合上、カットしている。

「……行こっか」

 帰りの道中、一言も話すことはなかった。

 

 

 野宿していた場所へ戻り、ハイル嬢はそそくさと片付けをなさった。

「その、ここだと邪魔になりそうだから……移動するね」

〔ジョイ、あっ間違えた、御意〕

 いかん。私まで動揺している。…………この話は止めよう。

 しかし、

「あ」

 手が滑ってしまい、騒音を出してしまった。

 ささっと荷物をしまわれる。

〔……! 二人がこっちに気付いたみたい!〕

 ここから聞こえるのなら、最初から状況を教えてもらいたかった! しかしジョー殿を責めることはできぬ。明言しづらいのは仕方なかった!

〔男が来るってええっ!〕

〔どうした!〕

〔あわあわあわっ〕

 ジョー殿が焦っている! 何かまずいことが起こっているに違いない。

 ハイル嬢もそれを察してか、準備完了と同時に、本気で走りだした。

〔……あの……〕

 私を置いて。

〔うおおおおおおぉぉぉっ〕

 全力でハイル嬢に追いつき、何とか飛び移った! そこから全力でよじ登り! ハイル嬢に拾っていただいた!

 はぁ……はぁ……はぁ……じゅ、寿命が三日縮んだ……はぁ……はぁ……。

 しかし、状況は最悪だ。

〔すごくはやい! このままじゃ追いつかれちゃう!〕

 ハイル嬢は本気で走られているため、足音がもろに出てしまっている。それでも余計な情報を明かさぬために、声を出されない。こういう場合は私が代わりに指示をする。

〔ジョー殿はひとまず退散されよ! 後はこちらで何とかするっ!〕

〔分かった! ピーコちゃん呼んでくる!〕

〔御意!〕

 ジョー殿はあっという間に突き抜けていった。

「待て! 止まれ!」

 とうとう男が呼び止めてきた。

 ハイル嬢も遂に諦められてしまった。足を運ぶのを止めなさる。

 丸い光が背後から照らされる。懐中電灯をあてているようだ。

「さっきから物音がすると思ったんだ。お前は誰だ?」

 こちらからでは見えないが、恐らく武器を持っている。それを察知されているようで、ゆっくりと、

「ぼくは……、」

 振り向かれた。

「たびの……たびの…………たび……た……」

 …………。

「なんだよ、はっきり言え!」

「…………」

 ……。

「何固まってんだっ!」

「……」

 ば、ばか、もの……。

「うわあああぁぁぁっ!」

 うおっ!

 ハイル嬢は力の限り駆け出された。相手は予想通り拳銃を所持している。しかし、あまりの唐突さに男は面食らっていた。

 今更構えても遅い。

「うわぁっ!」

 まず左脚上段蹴り。男の右のこめかみに直撃し、

「いやあぁぁっ!」

 吹っ飛んだ方向に(かぎ)打ち。これは左の脇腹に突き刺さる。

「ひいぃぃっ!」

 再び左脚で相手の右脚を引っ掛けて倒し、

「うわあぁぁぁぁっ!」

 相手の顔面へ下段突きを食らわせた。

 これまでの所要時間、僅かに数秒である。

 男は声を上げる暇もなく気絶した。いや、下手をすると死んで……?

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 ハイル嬢が逆上したのも無理は無い。この男……衣服を着ていないのだ。恐らく男たちも焦っていたのだろう。武器だけはしっかり持つも、肝心の服を忘れてしまった。

 普通の男なら普通に挨拶して終わるはずだったのに、服を着なかったばかりに暴漢と勘違いされ……この有り様となる。敵ながら同情してしまう。不幸中の幸いは、あまりの動揺で金的攻撃をされなかったことである。いろいろと本当に危なかった。女性なら身が凍る体験であろう……。実際私もだ。

「……ん?」

 ふと、ハイル嬢が何かを発見された。

「なんだろう、これ」

 灯りを当てると、メダルのようなものだった。

〔この男のものではないかと思われます〕

「そうだよね。多分、吹っ飛んじゃったんだ。いきなり殴っちゃったのはまずいから、これは置いていき、」

「何してるのかしら?」

「え?」

 木陰から女がやって来た。よかった、きちんと服を着ている。急いだためか多少ははだけているが。

「あら、あなた可愛いわね。ちょっとお姉さんに付き合わない?」

 ぼっと顔を()で上げられる。

「ご、ごめんなさあぁぃっ! しつれいしましたあああぁっ!」

 脱兎のごとく逃げることとなった。

「あの男の子、市民権持ってるのね。……ちょっと参加してみようかしら」

 

 

 翌朝。体温を上げてくれる太陽が昇り始めていた。森の木々の隙間にその光が差し込み、森全体を照らしてくれる。

「……」

 ハイル嬢は惨憺(さんたん)たるお姿だった。あまりの動揺で走りっぱなし。お顔や髪の毛が荒れに荒れまくっておられる。

「……つかれた……」

 とりあえず、髪の毛を直され、携帯食料と水を勢い良く食された。さすがにお腹が空いたご様子。

「も~、あれ、トラウマになりそう……」

〔しかし、あの早業はお見事でした。一切の隙もない、まるで流れるかのような連撃に、思わず見惚れてしまいました。これなら多少の困難も突破できると確信します〕

「……」

 にへ、と微笑む。

「そんなに褒めたって何にも出ないよ、クーロっ。えへへ」

 少しは元気になられただろうか。

 しかし、現在位置が分からなくなってしまった。もともと迷子になっていたのに、さらに迷い込んでしまう。

 ハイル嬢は指笛でピーコを再び召集された。

〔ハイルちゃん、また迷子?〕

「そういうこと言わないでよ……」

 しゅん、と落ち込まれてしまった。せっかく気分を上げたのにっ。

〔これピーコ! せっかくハイル嬢のご気分を良くしたのにっ〕

〔なら、いい情報があるわよ?〕

「なに?」

〔このまま真っ直ぐ進んでいくと、大きい国が見えるわ〕

「ほんとう?」

〔えぇ〕

 ピーコはまた空へと飛び立った。

 ピーコの言う通り進んでいくと、

「あったっ」

 確かに国が見えてきた。森の中に(そび)える灰色の城壁。中へ入る門の奥では街が広がっていた。さらに奥にはドーム状の建物が見えている。

 門を抜けていくと、街が目の前に迫った。

「……」

 随分と薄汚れた街だ。掃除という行為を知らないのか、ゴミは放置され建物は汚れ、道はゴミクズだらけだった。それと比例するように、住民たちも汚れており、まるで生気を感じられない。恐らくまともな国政を執っていないため、劣悪になってしまったのだろう。つまり浮浪者ということだ。元気なのはゴミを漁る痩せ細った犬とカラスくらいだった。

 街中は悪臭が立ち込めている。食べ物や“何か”が腐ったような臭いと、カビ臭さが凝縮したようだ。今すぐに疫病が発生してもおかしくない、最悪な環境だった。

 ふとして、ハイル嬢が横に向かれた。中年の兵士が欠伸をかいて、こちらを見ている。

「こんにちは」

「やあ、こんにちは旅人さん」

 こんな街とは裏腹に、とても優しそうな兵士だった。

「おや、坊やも出るのかい?」

「? 出るって……何に?」

「知らずにここに来たのかっ」

「うん」

「はぁ……」

 溜め息を吐かれた。何かあるのだろうか。

「いいかい坊や。ここはこの国に住む権利を得るためにトーナメント制で戦う場所なんだ。優勝者にはその権利をもらえると同時に、一つだけ規則を作っていいことになってる」

「市民権を懸けて戦うんだね?」

「よく知ってるね。その市民権の証としてこいつが授与されるのさ」

 ポケットからキラキラと光るメダルを見せてもらった。

「あ、それ知ってる」

「え? 持ってるのかい?」

「うぅん。ぼくは持ってないけど、旅の途中でおじさんが持ってたよ。これでしょ?」

「そうそうこれこれ、ってあれ? 持ってるじゃない」

「……あれ? どうして……あ」

 昨晩、男を打ちのめした時にメダルを拾われていた。返そうとしたタイミングで女が現れたため、そのまま持ち出してしまったのだ。

 しかしこの兵士の話が本当なら、ハイル嬢は市民権とやらを持つことになるのだろうか。

 事情を説明されたハイル嬢は、

「ちょっと待ってな」

 兵士に待機するように言われた。兵士は走ってどこかへ行ってしまった。

 数十分後、兵士が帰ってきた。

「仲間に聞いてみたんだが、もしかすると直接王様と会わなきゃいけなくなるかもしれん。覚悟はしといてくれ」

「構わないけど……むしろぼくみたいなのが謁見(えっけん)してもいいの?」

「前代未聞の市民権強奪騒ぎだからな。王様が直接確かめられる事案かもしれないとか」

「そっか。ごめんなさい、迷惑かけちゃって」

「いいよいいよ。気になさんな」

 笑いかけてくれた。

「俺も君くらいの息子がいてね。君が出場すると、子供が出てるようで気分が悪いのさ。ここの観客、頭おかしいの多いから、そういう“趣味”のやつも多いのよ」

「そうなんだ」

「ここで市民権が認められれば、そんなこともなくなるからな。俺にとっちゃありがたいのよ」

「おじさんは優しいんだね」

「おじ……まあ、な。あははは」

 とても悲しい笑いだった。“お兄さん”と呼んであげるのが礼の形、ということだろう。

 しばらく待っていると、上司らしき兵士がやって来て、相談が始まる。その結果、やはり由々しき事態とのことで、ハイル嬢は国の王様と謁見されることとなった。

 兵士二人はハイル嬢を丁重に案内した。どうやら国王から丁重に扱われよ、とのことだ。

 国王の住む場所は意外にもドームの外側にあった。そのドームの奥へ回り、そのまま真っ直ぐ向かう。すると、王族が住みそうな豪華絢爛(ごうかけんらん)な屋敷が見えてきた。まるでお伽話に出てくるかのような美しい屋敷だ。ただ、場所が場所だけに淀んで見えてしまうのが残念だ。

 中に入ると、

「え?」

 ハイル嬢が驚かれた。

 左手に二階へ上がる階段、正面は待合室、右手はどこかへ通じている通路があった。内装も黄色と橙色を中心に豪華さを演出していた。待合室には大きな古時計とソファ、挟むようにテーブルが置かれている。ここのどこに驚かれたのだろう。

「どうした?」

「ここ……臭いがしない……」

 そ、そう言えば、外の悪臭がほとんどなかった。私は鼻がそこそこ利くので、まだ臭いがするが。

 すると兵士は入り口を閉め、もう一人がその場にしゃがんだ。

「!」

 床をがっと上げた。隠し階段だ。ここから風が漏れだしている。なるほど。この風が臭いを吹き飛ばしていたのか。

 兵士たちはその隠し階段を降りていった。ハイル嬢も付いていく。

 真っ暗で何も見えなかった。仕方がなかったので携帯電灯を持って進んだ。歩いていくと、遠くで灯りがぼんやりと見えてくる。

「こ、ここって……」

 そこには兵士たちが屯していた。木製のテーブルに何人も座り、雑談を交わしている。そこには料理や酒が振る舞われており、食事をしていた。ここが兵士の食堂である、とハイル嬢は理解された。

 兵士二人がそのまま突っ切って行くのを、ハイル嬢は慌てて追いつかれる。誰もハイル嬢に興味を抱かなかった。

 そこからも複雑に進んでいく。まるで牢屋のような部屋があったり、地上へ出る階段があったり、何かを捨てている場所があったり。

 そして、ようやくそれらしい部屋の前に辿り着いた。他の場所と違い、そこだけはとても綺麗で、木製の扉も上質なものだった。

 コンコン、と乾いた良い音を鳴らす。入れ、の声に兵士は扉を開けてくれた。促されるまま、ハイル嬢は入室された。

「ようこそ我が国へ! 小さき旅人よ」

 国王自ら出迎えてくれた。国王らしい派手なマントと衣装を身に纏っている。ちらりと頭を見ると、少し地味な王冠を被っていた。五、六十代の男で、両手に若い女を置いている。性格もそれらしい、か。

 部屋は王室と言ってもよいくらいにきらびやかだった。最高級の赤い絨毯に白い壁紙、金の装飾、宝石と、光をあてるとどこも輝きそうだ。右手の端に隣室が設けられ、国王はそちらで睡眠を取っていることが窺える。

「……!」

 じっとハイル嬢は国王を見つめられた。何か驚かれているようだ。

〔どうされたのです?〕

「ううん」

 気を取り直し、挨拶をされた。

 真っ白のテーブルクロスを引いたテーブルに、

「こんにちは、王様。この度はお招きいただき、ありがとうございます」

「こんにちは旅人さん。まずは座ってくれ。固くならなくていい」

「はい。失礼します」

 ひょこっと着いた。

 国王は女たちを帰らせた。あっちでね、と下品に笑いかけると、手で返事する。

「ふむ。何か食べるかい?」

「いえ。先に済ませてきましたので」

「じゃあ、飲み物は?」

「うーん……アイスココアってありますか?」

「あいすここあ? 聞いたことがないな」

「ではオレンジジュースはどうでしょう?」

「それならある。至急用意させよう。おい、すぐに持って来い。私は紅茶を」

「はっ」

 兵士に伝えると、すすすっと退室した。

「申し遅れました。ぼくはハイルと申します。こっちはペットのクーロです。この度はご迷惑をおかけしました」

 ハイル嬢は私をテーブルへ降ろしてくださった。

「おお、なかなか礼儀正しいな。育ちが良い。それにそのペットはハムスターだろ? 中々綺麗に手入れしているな」

「はい、ありがとうございます」

 さすがに一国の王との謁見では、かなり固くなられている。

「確か……ハムスターも貴族の中で流行っている動物。もしやどこかの王族かな?」

「え、えっと……その……」

「今、ここには二人しかいない。世間話くらいに受け取ってくれ」

 これがカマかけであることは分かっている。しかし、ハイル嬢は、

「……分かりました。ぼくは異国の王子でして、世界中の動物を見たくて旅をしております」

 なぜか素直に打ち明けられたのだった。ぎりぎりまで身元を明かされた。

 嘘かどうか分かっているのに、どうして嘘を突き通さないのか、私には分からなかった。しかし、この国王が恐ろしく鋭いことは確かだ。流石に一国を治めるだけのことはある。

「それは大変立派なことだ。動物に詳しいといえば……ああ、あのサバンナに構える国であられるか」

「! そこまで分かるんですか?」

「こう見えても顔は広くてな。えーっと……“イタチ”国王だったか……?」

「……!」

 ハイル嬢は小さく“チタオ”国王であることをお伝えした。

 ここまで見破られたのは初めてだ(お名前は惜しいものの)。しかもハイル嬢の出身国はとても外れにある。そこまで認識されているとは、並大抵のものではない。この国王は間違いなく本物だ。

 しかしこんなに聡明で頭の切れる国王なのに、なぜこんな国にしてしまったのか。まだ政権交代したばかりなのか、それほどに劣悪なのか……。

「さて、本題に移りましょうか。“アイレ”殿の市民権について」

「は、はい」

 どうやら名前を覚えることが苦手なようだ。今回は訂正をされなかった。

「市民権授与については問題無いと考える。この国にとって市民権は命と同価値。それを奪われるということは、命を奪われると同じ。逆に言えば、奪い取った者こそ市民権を有するに値する」

「は、はぁ」

「しかしそれが一国の王子となると、話が変わる」

「え?」

「ここの市民権を得るということは、亡命する、ということになるのでは? 自国民であることを捨て、我が国の市民になるということだから」

「あっ、あぁっ! た、確かにっ」

「こっちとしては一向に構わないのだけど、少々まずい。よって、可能ではあるが推奨はしない、と結論付けた」

 確かに国王の仰る通りだ。私も軽く考えていたが、突き詰めればそういうことになる。論理的であり親切な応対にハイル嬢も安心した。

 考える間もなく、

「ごめんなさい。ぼく、軽く考えてました。申し訳ないけど、市民権は放棄します」

 丁重にお断りした。

 国王も特に無理強いされることなく、これを承諾してくださった。

 ハイル嬢はメダルを返還された。

「……! このメダルは……」

「? なんでしょう? ちゃんと本物のはずですっ」

「いや、そうではない。これを見てくれ。歯型が付いているだろう?」

「? ……はい。ぼく、噛んでもないですよ?」

「これはな、第二代のメダルなのだ。つまり二人目の市民権所有者だ」

「よくご存知なんですね」

「こいつは今まででとても印象深くてな。武術の達人で、あっという間に優勝してしまった実力者なんだ」

「へぇ……う……」

 嫌なものを思い出してしまった……。あの者が……信じられん。

「これをどこで?」

「昨日、野宿してたら襲われそうになって……。無我夢中で戦ってたら……」

「なんと! 戦って獲得したというのかっ」

 は、はい……、と言葉が突っかかってしまう。心臓が飛び出るかと思った……。しかし、(あなが)ち間違いでもないのが怖い。

「あの男に勝利した一国の王子……。ぜひトーナメントに参加してもらって戦いぶりを見てみたいもんだ」

「……あはは、照れるなぁ」

 ハイル嬢は照れ屋さんなのである。

 トントン、と小さくノックがした。入れ、の言葉に兵士が静かに入室してきた。銀のトレイに載っているカップとガラスコップ。コップにはオレンジジュースが並々と注がれていた。それをゆっくりハイル嬢に差し出す。紙の包みに入ったストローも添えて。

 国王のカップは金色の装飾が施されており、とても高級そうだった。できたてなのか、ふわっと湯気が立ち上っている。ふむ、と紅茶の色を確かめられた後、ぐいっと口に含まれたのだった。

 良い、という一言と一緒に笑みを零された。

 ハイル嬢が素朴に質問された。

「王様はどうしてこのような国に? 今話してみると、この国の惨状をすぐにでも打開できると思うんですが」

「ん? ああ、楽しいだろ?」

「楽しい?」

「刺激のない生活なんてひどくつまらないものだ。全身の血が抜かれているような感じがするんだ」

「でも道端で人が死んでいたり、飢えていたりしていますよ? 内戦が起こったみたいです」

「いいんじゃないか? それで」

「いいって……人が死んでもってことですか?」

「弱肉強食、死んだならそれまで。それも刺激の一つに過ぎない。面白ければなんだっていいさ」

「……」

 言葉に詰まるハイル嬢。頭が切れるだけに思考がぶっ飛んでいる。国王自身が無秩序や快感、自堕落を欲するなんて……。

 ハイル嬢が珍しく、

「……なら、メダルや大会参加を放棄したぼくを処刑した方がもっと面白いのでは? 醜くさえずって死ねますよ?」

 カマをかけられた。

「ありきたりでつまらん。君には生きてもらった方が面白くなりそうだからな」

「? どういうことです?」

 国王はなんと、先ほどのメダルをハイル嬢に手渡された。

「これを私の息子に渡してきてほしい」

「王様にも息子さんがいらっしゃるんですか?」

「才能はあるのだがね、恐ろしく甘ちゃんだ」

「その息子さんは今どこに?」

「さあな。私が国王になったと同時に飛び出してしまったよ。だから未だに市民権を持っていないのだ」

「そうなんですか。……そっそうだ。なら、いつか国王になるんだから、トーナメントとは別に、メダルの授与式を正式に開いてはどうでしょう?」

「おー、名案だな。さすがは一国の王子。若いながらもとても賢い」

「それほどでもないです……」

「それに比べてあの甘ちゃんときたら……つまらん男よ」

 先ほどから何か違和感を覚える。

 私はハイル嬢のお手元へ擦り寄る。指をかじかじした。ちらりと見やってくださったハイル嬢は、

「なんでもないよ」

 と、私の鼻先を撫でてくださった。その笑顔はどこか強張っておられた。そうか、極度に緊張されているのだ。でもどうして……?

 もう一度国王へ顔を向かれる。

「それは分からないです。成長して、すっごく頼れる人になってるかもしれません」

「想像もできないな。大方、自分の甘さが(あだ)となり、どこかの賊にでも追われているだろうよ」

「わからないじゃないですかっ! 会ってみなきゃ!」

「……」

 珍しく怒鳴られた。この予想外に、国王も驚かれている。

 ごめんなさい、とハイル嬢は謝罪された。

「ふむ……」

 ご自身の顎に手を添えて、考えられる。

 ハイル嬢が怒鳴られることはほとんどない。それは相手の気持ちを理解しており、怒鳴らずともどんな言葉をかければいいのか把握されているからだ。天真爛漫ながらも、言葉に気を付けられているはずなのだ。

 そうすると……あれ……?

「では、君が奴を捜している間に、私は式典の準備をしておこうか。頼んでおいてなんだが、一週間ほどしか期限がない」

「……え?」

「大会が一週間後なんだ。これはきっちりやりたい。もし見事成し遂げてくれたら来賓者として、特別に招待したい」

「……招待、ですか」

「そして奴の授与式の際に、君を紹介したいんだ。国王の依頼を成し遂げてくれた功績として」

「……」

 大会やトーナメントというのは言葉に過ぎぬだろう。中身はただの殺し合い。刺激や面白さだけを追求した国王なら、“試合”なんてつまらないと考えるだろうから。

 正直、国王直々の申し出とはいえ、そこまで出席する義務はあまりない。それに、ハイル嬢を一国の“王子”として扱われている。

「一つ、お願いがあります」

「なんだろう?」

「ぼくを“王子”として招待するなら、お断りします。ぼくは王子じゃなくて、ただの旅人なんです。しかも時間がないかもしれないから、出席できるかも分かりません」

「ああ、出席はそちらの都合に合わせよう。依頼を達成さえしてくれればいい」

「ありがとうございます。なら安心してください。五日あれば余裕です」

 にこりと微笑まれた。

「はっはっは。頼もしいな」

 

 

 かくして、王子捜索を依頼され、我々は早速捜索を開始した。

 国の出入りを許可されたハイル嬢は、まずは国周辺の捜索から開始された。こんな所にはいないとは分かっているが、念のためである。“灯台下暗し”となっては馬鹿げてしまう。

「やっぱりいないね」

〔ハイル嬢、少々気になることがあります〕

「なぁに?」

〔この依頼、ハイル嬢を足蹴(あしげ)にするためではないでしょう。あの国王は中々のやり手と思われます〕

「うぅん、違うよ。その息子さんと私を……婚約させたいんじゃないかな」

〔え?〕

「多分、私のこと見抜いてると思う。私の国やお父さんのことを知っていれば、王子なんていないのも知ってるだろうし」

〔では依頼は、その取っ掛かりに過ぎないということですか?〕

「うん、きっとね」

 普通に考えて、行方不明の王子の存在を明かしただけではなく、捜索の依頼を出すのはありえない。下手をすれば誘拐や暗殺され、大騒ぎになってしまう。それをハイル嬢に教えられたということは、自分の身を削ってまでお近づきになりたいということだ。

 ハイル嬢はおそらく、あの話の流れからしてお気付きになったのだ。いくら身分を捨てたとは言え、正当な王族の血統に間違いはない。

 ハイル嬢がなぜそれらをご理解されても、依頼を承諾されたのか。私にははっきりとは分からぬが、ハイル嬢なりのお考えがあってのこと。私はただ、ハイル嬢の意に沿うだけのこと。

〔それともう一つ、ハイル嬢はどうして普段以上にかしこまられたのです?〕

「……」

 ハイル嬢は沈黙され、王子捜索に集中された。何か都合が悪かったのだろうか、どんどん奥へと進まれた。そして、口を開かれたのは数分後のことであった。

「……初めてだったんだ」

〔え?〕

 国王との謁見のこと?

「違うよ。……ぼくは今まで、探ろうと思えば、どんな人の気持ちだって探ることができたんだ。でも、あの人は違った。まるで頭の中にジャミングでも張ったみたいに、いろんな“声”が入り混じってた。何を言ってるのか全然分からない……」

 ということは、ハイル嬢でも気持ちが読めない相手ということ?

 なるほど、普段以上に緊張されたのはそのためなのか。ある程度、丁寧に応接されることはあっても、もう少しフランクに、そしてもう少し柔らかかった。あんなに狂った国王とはいえ、威圧感や雰囲気は本物だ。

「どうしてこんな力を持ったんだろうって悩んで引きこもったこともあったのに……。今じゃ相手が分からないと怖くなるなんて、ちょっと複雑だよね」

 ふふ、と少し暗い笑み。自嘲されているかのようだった。

 私はその話は……しかし、それ以上深入りしないようにした。誰にでも話したくないことはあるものだ。

 さて、とハイル嬢は気を取り直された。

「クーロ、どうしよっか? みんな呼ぶ?」

〔少し心配です。そこまで大事になってしまうと、さすがに気付かれてしまうのでは? 王子もペットとご一緒だと仰っておりましたし〕

「うーん」

 王子の情報は王様直属の部下から既にいただいている。身丈や体格、服装、武器その他といったところまで。もちろん、国王がご存知の限りではあるが。

 捜索は我らの専門とするところ。皆の者に召集をかければ、ものの二日三日で捜し当てることが可能だ。ところが王子はペットを飼っていらっしゃる。もし数で捜索すれば、追われていると誤解されてしまう。ただでさえ国王と王子は仲が悪いのに、そうなったら捜索どころではない。戦いも視野に入れなくては……。

〔どうされましょう?〕

「うーん、機嫌を損ねたら……戦うことにもなるんだよね」

〔十分にありえます〕

「いい人そうだし、そういうのはやだなぁ……。うーん……」

 さすがに宛もなく捜し回るというのは効率が悪すぎる。何か、手掛かりがあれば良いのだが……。

 私も考えていると、

「閃いた。いいこと考えたっ」

 ハイル嬢が思い付かれた。しかも“あの怖さ”はない。とても平和的な方法ということだ。とても安心した。

 すると、トテトテと国へ戻られ、何かを探されていた。途中で兵士に尋ねられる。

「あの、ここって馬って飼ってる?」

「使いたいのかい?」

「うん」

 ハイル嬢がここまで自由にされるのは、国王の計らいがあってのこと。正体は明かしてはいないだろうが、国王の客人としてまかり通ってはいるようだ。

 兵士は丁寧に案内してくれた。そこはあの屋敷の右手にあった通路だった。そちらを進むと国の外へ通じている。馬を何十頭も飼えるほどに大きい馬小屋に、踏み心地のいい芝生。灰色の城壁が見えているということは、屋敷の裏庭という表現の方が近いかもしれぬ。

 他の兵士たちがお世話している。

 じっとハイル嬢が“彼ら”を見つめると、とある一頭をお選びになった。毛並みの綺麗な灰色の(めす)馬だ。

「この子が一番速そうだね」

「! 旅人さん、この馬はちょっと気難しい馬なんだ」

「うん。知ってる」

「……え?」

 確かに気性の荒い馬だ。あのハイル嬢が触れるだけで拒絶されている。

「他にも速いのはいるぞ?」

「いいじゃないか」

 背後から声がした。

「! こ、これはっ! 国王陛下っ!」

 その一言でその場にいた兵士たちが全員平伏した。国王の御前に。

「な、なぜこのような場所へっ? こちらにいらっしゃるのでしたら、我々が護衛しましたものをっ」

「ちょっと気になったものでな」

「何をです?」

「まあ見てろ。あの旅人はただの坊やではないらしいぞ?」

「?」

 さすがに事情通なだけあって、ハイル嬢のお力もご存知か。

「……うん、うんうん……そっか。大丈夫、ぼくはヒドイことしないよ」

 ざわっ、と兵士たちがどよめきだした。

 いつもの“会話”が始まっている。馬の言葉はちょっと“(なま)り”が強いので、私には理解しづらい。それに何か興奮しているようで尚更だ。ただ、気持ちは伝わる。世話をしている者たちへの罵詈雑言をハイル嬢に話しているようだ。

 ありがと、と一旦会話を終了された。そして、ある兵士の前にだんと詰め寄られた。

「あなた、この子の出産に立ち会ったよね?」

「! な、なぜそれをっ?」

 ぶったまげていた。

「弱ってたからって殺したんでしょ? すごく怒ってるよ。それも笑いながら蹴っ飛ばして……ひどいことするよね」

「え? え? えっ?」

 青ざめるというより、なぜそんなことを知っているのか、という驚愕の表情だった。

 ハイル嬢はお怒りのようだ。

「その……だってよ、もう死にそうだったんだぜ? あのまま生かしてもよ……なあ?」

「あれは死にそうだったんじゃなくて、立とうとしてたんだよ。その子はとっても元気だった。可愛らしくてちょっと不器用なメスなだけで、ね」

「!」

「どう落とし前つけるの? 未だに怒ってるよ?」

 兵士はようやく青ざめた。ハイル嬢の仰っていることが出鱈目でないことを悟ったようだ。おそらく、子供の性別のことまでは誰にも話していなかったのだろう。

「……こ、国王陛下……これは何かの超能力なのでしょうか……?」

 国王の近くにいた兵士が言う。

「ふむ。これほどとはな。あの坊や、その手の界隈(かいわい)では有名らしくてな。あらゆる動物と会話ができるらしい」

「本当なのですか?」

「私もにわかに信じられんかったよ。でもこうして目の前で起きている。信じるしかない。思った通り、面白い坊やだよ」

「……」

 口が開いたまま塞がらない。

 さて、ハイル嬢はどうされるのだろう?

「その、悪かったよ。ごめん……」

「それだけ? 本当にそれだけでいいの?」

「すみませんでした! どうか、お許しをっ!」

 その場で土下座した。

「ぼくじゃなくて、あの子に謝ってよ」

 ハイル嬢は男の腕を強引に掴み上げ、その馬の前に連れてかれる。そして、土下座させた。

「ほ、ほんとうに……ごめんなさい……」

「……」

 ハイル嬢の目がとても冷ややかである。

「……うん、うんうん」

 そして“会話”される。

「もう十分? ……ウソは言っちゃダメだよ。気持ちは晴れてるけど、奥底でまだ憎んでる。ぼくはウソも分かるんだ」

「!」

 突如、銃声がした。あまりにも突然で誰も動けなかった。

「……」

 流石の国王も舌を巻いた。ハイル嬢は土下座していた男の頭を……吹き飛ばした。

 急すぎたので、男は土下座のまま絶命していた。細かに痙攣し、噴水のように血と謎の液体が混じりながら流れ出していく。綺麗な芝生に鮮血が滲んでいく。

 ハイル嬢の右手には銀銃が握られていた。いつの間にか抜かれていたようだ。

 兵士たちはその場を動けずにいた。時間は経っているというのに。それはあの抜き手も見せぬ早撃ちが脳裏に焼き付いていたからだった。下手に動けば自分の頭にも風穴が空く。それが現実となり、恐怖で足が(すく)んでいたのだった。

「この人もウソついてた。馬ごときに、どうして俺が謝んなきゃいけねえんだよ、って思ってた。……ぼくは君の気持ちを癒せないけど、鬱憤は晴らせたでしょ? ……うんうん、そうそう。そう正直に話せればいいんだよ。……これからは他の人たちとも仲良くね。これ以上蹴り殺しちゃダメだよ?」

「……!」

 他の兵士たちの震えが直った。槍を構えながら、一斉にハイル嬢を取り囲む。

「お前、何をしたか分かってんのかっ?」

「この子の仕返しを代わりにしただけだよ」

「馬なんかで仲間を殺しやがってっ! こっちだってそいつに殺されまくったんだ!」

「愛する我が子を殺したくせに、よく言うよ。あの子にとってはこれでようやく対等なんだ。それに、最初から謝ってればこんな事にもならなかった。そうでしょ?」

「ぐ……」

 ハイル嬢の仰ることにも反論の点はある。が、それよりもハイル嬢の雰囲気に飲み込まれていた。

「それに、この子たちがいないと遠征もできやしないくせにね」

「っ……」

 もう片方の手がもう片方の銀銃へと伸びている。あれ以上何か言えば、綺麗な芝生がまた汚されるところだった。

 王様、とそちらへ向かれた。銀銃を手にされたまま。

「ぼくはどうなるんでしょう?」

「ふむ……」

 口元に手をあてられる。国王は意外と迷われていた。

「国王陛下! すぐに処刑の命を!」

「そうです! 仲間が殺されたのに、指をくわえているのは嫌であります!」

「……」

 あの時、私は“あの怖さ”がないと言った。それはあの時点でのことだったようだ。つまり、ハイル嬢はこのような事態を望まれていなかったということ。……本気でご自分を責めていらっしゃる。だからこそ、罪を国王に委ねられたのだ。

「……今、私は旅人に重要な任務を課している」

「!」

「かつての報酬を無効とし、新たに無罪放免を報酬として授けることにする」

「重要な任務……?」

 あの旅人ごときに、国王陛下自らが? という疑問の声が飛び交う。兵士たちはざわざわとどよめいた。我々の思惑外のことを国王陛下は考えていらっしゃるようだ。

 それよりも、ここの兵士は頭がおかしいのかと思ってしまう。確かに兵士の恨みを晴らさんとハイル嬢を取り囲むまではいい。だが、今はそのことをすっかり忘れている。死んでしまった者として、もう過去の遺物にしてしまっていたのだ。

 この国は、狂っている。しかしそれ以上にハイル嬢が狂っている、そう考えているのが見え見えだ。

 そのことを、ハイル嬢はどう思われているのか分からぬが、

「ありがと。ぼくにはもったいなすぎる報酬です。あと、この子をお借りしてもいいですか?」

「よかろう」

 表情には全く表さず、話を進められた。

「よければ褒美として授けても良いぞ?」

「うぅん。それはこの子が望まないみたい」

「? なに?」

「今まで育ててくれた恩と兵士さんたちを殺してしまった罪、あとぼくのことも含めて、罪滅ぼししたいって。これからは仲良くしたいってさ」

「……」

 兵士たちは呆気に取られたようで、

「はっはっは! やはり、私の目に狂いはないようだ、あっはっは!」

 国王だけが笑われていた。

 

 

 ハイル嬢は馬の“エリー”殿と共に森の中を駆けていく。

 エリー殿も落ち着いたようで、私もようやく言葉を交わすことができるようになった。

「さすがに速いね」

 乗馬の経験はないが、エリー殿が親切に教えてくれていた。

〔さすがに上手いのね〕

「プロに教えてもらえば、それなりにできるものだねっ」

〔それで、国王陛下に依頼された任務って何なの?〕

〔実は行方不明中の王子の捜索することなのだ〕

〔ああ、シズ様ね? あのお優しい王子様の〕

「やっぱりそうなの?」

〔ええ。よく私たちに話しかけてくれたわ。答えてあげられなかったのが残念だけど……〕

「ねぇ、一体どういう人なの?」

 ハイル嬢が踏み込まれた。

〔強い者こそが正義、そして市民権を持つに相応しい。国王陛下のこのお考えに反対されてたの。さらにはその戦いを商売として、仕立てあげてしまうのには強く拒絶されていたわ〕

「確かに気持ちのいいことじゃないね」

〔そう言えば、国王は“私が国王になった時、この国を飛び出してしまった”と仰っていた。つまり、以前の国王は選挙か何かで落選した、ということか?〕

〔あの国は何年も前に革命が起こったの〕

「か、革命?」

〔要するに、国王の考えに不満を持つ民衆があらゆる方法で国政を奪還することよ〕

〔つまり、あの国は一度は滅びた……〕

〔その通り。前国王はとてもお優しい方でね。平和と愛が溢れる国を作っていたわ。それはもう誰もが憧れる理想の国だと聞くわ。ところがその理想に反対する者たちがいたの〕

「それが現王様だね?」

〔ええ。現国王陛下は刺激的な方なの。平和と愛だけでは国は栄えない。もっと面白くすべき、もっと楽しい国にすべき、と。その不満が爆発して、仲間たちと革命を成功させた。あまりに極端すぎて堕落して、国が満足に機能していないけれどね〕

〔あの(すさ)み具合では、な〕

〔まあね。そこから今に至るわけなんだけど、シズ様はどこか逃亡してしまったの〕

「そうなんだ」

 でも、確かに昔よりは栄えている、とエリー殿は付け足した。

 確かに、あの得も言えぬ独特な雰囲気と威圧感は、裏返すとカリスマ性とも思える。それが功を奏し、さらに国力を増大させていったのだろう。逆に言えば格差が増大しているともいえる、か。

「でも、エリーはどうして王子を知ってるの? エリーがここに来てまだ日は浅いよね?」

〔そうね。まだ数年くらいかしら。……実はここだけの話なんだけどね……〕

「う、うん」

 おずおずと返事される。

〔王子は年に数回、帰国されてるのよ〕

「えっ?」

〔なに?〕

〔と言っても正式な帰国じゃなくて、まるで潜入してるようだったわ。どんな用事かは知らないのだけれどね〕

「ってことは……あれ? おかしいよね?」

〔何がでしょう?〕

「だって帰ってきてるんでしょ? だったら、その時にこのメダル渡せばいいじゃん」

〔それはハイル嬢に届けてほしいということだったのでは?〕

「そうだけど、いくら婚約のためとはいえ、王子がいるって教えちゃうかな? 暗殺されるかもしれないのに」

〔それはそうですが……〕

「ぼくたちが違う形で出会うのって、何か都合が悪いのかな?」

〔とにかく会ってみないことには分からないわ〕

「そうだね」

 私は何か、悪い予感がしてならない。国王の策略……というより、何かこう、歯車がかち合わないような、すれ違っているようなそんな感じがする。

〔そう言えばハイル嬢〕

「なに?」

 そして、私も決心してお尋ねした。

〔王子を捜す作戦はどうなったのでしょう?〕

「……」

 現在、ハイル嬢は森の中をどこへともなく、エリー殿を走らせている。ここまで勇猛果敢だっただけに、お尋ねできなかったのだ。

 まさか、馬を借りれば何とかなるとお思いになったのでは……。

「ごめん。ここから何も考えてなかったっ。あはっ」

 そ、そんな可愛らしい笑顔で白状されても……困りますっ!

 そこにエリー殿が割って入った。

〔……ハイルさんは動物とお話ができるのよね?〕

「うん」

〔なら、誰かに連絡を取ってもらって、王子様のお供に面会の用を伝えればいいんじゃないかしら?〕

「…………」

 …………。

「そ、そっかあぁっ! そんなこと、ちっとも考えてなかったぁっ!」

 エリー殿頭いいっ! 私もそんなこと、微塵にも思わなかった!

「堂々と伝えればよかったんだねっ! うんうんっ!」

 その手が使えるなら、ピーコに手紙を送ってもらうという手段もあったかっ! 我ながらなんと鈍かろうかっ!

 

 

「シズ様」

「どうした陸?」

「鷹が飛んでいます」

「……! 本当だ。こんなところに珍しい……」

「こちらにやって来ます」

「そのようだね」

「……目の前まで来ました」

「……? 何か手紙があるね。言葉が通じればいいのだけれど」

〔シズ様と陸様でいらっしゃいますか?〕

〔! そうだが?〕

〔私はハイルと呼ばれる旅人のお供ピーコでございます〕

〔ふむ〕

〔唐突で申し訳ないのですが、ハイルはシズ様との面会を望まれております。ここより南東へ百二十五キロの宿泊施設に、ハイルがお待ちしております。どうか面会をお願い致します〕

「……シズ様」

「あぁ。どうやら俺に用があるみたいだな」

「どう致します? 個“犬”的には悪い輩ではない気がします」

「この文書……由緒正しき文法が使われている。何気なく書いたのだろうが、どうやら上流階級の者のようだ」

「では、面会に向かわれると? 道を大きく外れることになりますが」

「誘われたなら、出向くしか無いだろう」

〔誠に感謝申し上げます。誘導は致しましょうか?〕

〔そこまでには及ばない。自力で行ける〕

〔分かりました。では、先にお待ちしております〕

「……あの鷹、伝書鳩の代わりもできるのか」

「そのようです。見事に調教されていました」

「……行くか」

「はい」

 

 

 

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