フーと散歩   作:水霧

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おわり:あおいひる

 ――これが私のしてきた過ちだ。奴隷解放のために奴隷を使ってまで愚行を犯してきた。私は理想の狂信者だったのだ。

 最後に、今までロクに構ってやれなかった娘に言葉を贈りたい。……娘よ、お前はこの私よりもとても強くなった。現実でもがき苦しみ、悩み、苛立ち、そして打ちのめされただろう。しかし、心は挫かれていなかった。恐らくはあの娘のおかげなのだろう? 守ってやりたい、助けてやりたい。自分の非力さを呪いながらも、自分の力で何度も試みていたのだろう? 私の愚行の中で救われたのは、お前を強くさせ、大切な人ができたことくらいだった。どうか私を誇らないでほしい。過去の遺物として忘れ、これからの未来へと進んでほしい。それが過去の者としての願いだ。そして、親としての本望だ。

 ありがとう、我が娘よ。どうか末永く幸せに、そしてどうかこれからも幸福が訪れんことを……。

 

 

 戦争の残滓(ざんし)すら消えつつある頃、私たちはあの屋敷を出ました。まるで鳥かごに閉じ込められていた鳥が飛び立つような解放感。これが自由……なのでしょうか。あの時のヴィク様の表情はとても印象的で、ずっと忘れません。あの笑みはかつて、どこか陰鬱さを滲ませていたのに、毒気を全て抜き取ったようでした。私だけが知る、ヴィク様の本当の笑顔でした。

 私たちは旅人さんの手筈(てはず)で、とても遠い国へ旅をしました。馬に簡単な荷車を付け、私たちを運んでくれました。ああいうこともお手の物なんでしょうね。

 そして、旅人さんが信頼する国に移住することに決めました。とても(にぎ)やかな国で、何やら商業や農業が盛んな国だと聞きます。その手続きや家や職業やらも、全て旅人さんが仕切ってくれました。こういうことも旅人の仕事だと、彼はそう言ってのけてくれました。

 そこでヴィク様と生活し始めて一ヶ月が経とうとしていた頃です。

「はーい」

 突然、誰かがノックしてきました。それも昼食を終えて数時間後に、です。

「……ってあれ?」

 そこには誰もいませんでした。

「どうされましたか? ヴィク様?」

「ノックがしたから出たんだけど……誰もいない。イタズラかな?」

「……いえ、そういうことではないようです」

「え?」

 私はふと、下の方を見ました。ヴィク様もそちらを向かれます。

「なんだろう?」

 そこには一冊の本が置かれていました。それもとても丁寧に、表題がこちらに向くように。

 ヴィク様はそれを手にされ、ドアを閉められました。

「なんだろう、これ?」

 パッと開いてみると、

「え……?」

 そこには……誰かの告白が書いてありました。

「ヴィク様、これって……」

 さらっと読んでみると、とても見覚えのある出来事が、つらつらと記されていました。

「これって父さんの……?」

「はい。そうだと思われます」

 内容としては、ルーズ様の愚行の告白、とでも言うのでしょうか? まるで自分の罪を貶し、独白するような文調で、書かれています。

 ヴィク様は食い入るように黙読されます。

「ヴィク様?」

「……う」

「?」

「うぅ」

 嗚咽(おえつ)

「うぅ……っ、うう……」

 ヴィク様は泣かれていました。

 ぽたぽたと涙が日記に落ち、染みが丸く広がっていきます

「ううぅっ……っ、うっ、う……」

 遂には顔を手で覆われ、さらに深く泣かれます。

 ヴィク様は私に泣き付かれました。

「わたしのせいなのにっ……っ、ごめんなさい、ごめんなさいっ……ううっわぁっ……」

 とても悲しいはずなのですが、私はヴィク様のそのお姿がとても愛おしく感じていました。

 きゅっと泣きつく頭を優しく抱きしめました。湿っぽさと温かさがとても伝わります。

「ファル……」

 ぐしっぐしっ、と泣き顔を見せてくれます。ああ、何と心苦しい、はっはなぢ……。

「今晩もずっと泣いてもいいのですよ?」

 いつの間にか、私も涙が止まらなくなっていました。

「……うん……ありがと、ファル……」

 

 

 ヴィク様は泣き疲れて、眠りなさいました。お昼寝の時刻でもあります。

「……」

 寝顔もとても美しく、胸が締め付けられるように愛おしい。ただ、私は我慢しました。この寝顔を死守せねばなるまい、と。

 ヴィク様の寝顔を十分に堪能した後、内緒で日記を拝見致しました。多分叱られない……はず。

「……」

 “私の愚行”。その単語が何個も出てきています。ルーズ様はそれほど自分の行為を悔いているのだと、私は受け止めます。そして、

「?」

 はらりと一枚の紙が落ちてしまいました。それは、私への謝罪の文でした。その内容がこうです。

 

 

[そして、娘の友よ。私とは直接面識はないが、私は痛み入るほど自分が情けないと感じている。奴隷解放のために戦っていたというのに、自国民と天秤(てんびん)にかけ、そなたらを見捨ててしまったのだ。奴隷解放の思想はリーグが引き継いでくれるはずだ。リーグは私の信頼する部下だ。信用しろとは言えないが、どうか、彼を責めないでほしい。そして、本当に申し訳なかった。どうお詫びすればいいのか……私には思いつかない。……私を(ののし)ったり(さげす)んだりしてくれて構わない。恨んでくれて構わない。私の死体を蹴り飛ばし、踏み潰し、恨みを晴らしてくれても構わない。ただ、娘だけはどうか、幸せにしてほしい。それを拒まれても、私は責めることはできないが、どうか、どうか……。]

 

 

 頭の中で真っ先に浮かんだイメージは、祈りでした。私の両手を掴み、(ひざまず)き、必死に両手を合わせている将軍の姿です。そして、懇願(こんがん)している姿でした。

 不思議なことに、この一枚は余ったページに挟まっていました。裏面はそのような文章がないことから、ルーズ様はわざとこの一枚を別にして挟んだのだと思います。

 このような日記に記しておきながら、もっと奥の真実をこのような形で隠してあるのも、きっと怖がっていたからだと思います。それはヴィク様と私の幸せに深い亀裂が生じるのを危惧したため。私自身も今でもそれが恐ろしい……。

 正直、私はルーズ様やヴィク様だけでなく、この世界を、神を恨んでいました。神はどうして私の肌を白くしてくれなかったのか。その肌の色が違うだけで貶され、×され、まるでゴミのような人生を歩ませたのか。なぜ、そんな世界を作ったのか。この肌を切り刻んで死のうとしても、許してくれなかったのか。……考え尽くしても、誰も答えてくれませんでした。

 ただ、その答えの探し方を教えてくれた人が一人だけ、いや、二人だけいました。それはどこからともなくやって来た旅人さん。自分が虐げられても、強い心とちょっと下品な振る舞いで笑い飛ばしてくれる旅人さん。彼らを見ていると“そんなこと”で悩んでいた自分が、とても小さく思えてしまいます。

 

 

「あの、その身体は旅をしているとそうなるんですか?」

「なるよ。死にかけることもあるし、気が病みそうになることもある」

「もし心が見えたら、その身体と同じようにボロボロなのでしょうか?」

「……ぼろぼろだけど、強く鼓動してると思う。まだ旅がしたいって急かしてるのかも。お前はどうなんだ?」

「私のはきっと……存在感が薄くて、薄汚れていると思います」

「そっか。でも動けるのは確かなんだ」

「……え?」

「人が行動するのは欲求を満たすためだ、ってどっかの誰かが言ってた気がする。だからお前も、何かしたいことってあるはずなんだよ。“人間として”生きてる限りは、ね」

「……」

「……なんか話してみ? オレにできることなら、あの馬鹿に頼んでみるわ」

「したいこと、ですか? ……したくないことなら……」

「そら誰にでもあるわな」

「……ヴィク様に、伝えたいことがあります。それを話せる時間がほしいです……」

「控えめだなぁ。こんな屋敷出てやりたい! くらいどんと言えよっ。ま、でも最初はそのくらいがいいか。……ヴィクの調子が悪いとか言って、お前が付きっきりの看病するような流れにしとく。それとなく言っとけば、リーグも無理強いはしないだろ。今晩くらいは二人でゆっくり話せ」

「で、でも、いいのですか? こんな私のために……」

「……なぁ、一ついいか?」

「はい……?」

「自分のこと嫌いか?」

「え? ……そうですね。好きじゃないです……」

「そっか。……もし、嫌いで嫌いでしょうがなかったなら……」

「なかったら?」

「……いっそ、そんな自分を捨てることだな」

「……捨てる……?」

「ま、とにかく、オレが言いたいのは、自分の気持ちを裏切ることはするなってこと。人間にとってそれが一番つらいこと、だと思う」

「その分ダメ男は自分本位な単細胞ですからね」

「黙ってろっ」

 

 

「……っ……う、ぐすっ……」

 もし……これが神の思し召しであるならば、現金で愚かな私は初めて神“様”に感謝いたします。ありがとう、神様……そして旅人さん……。

「っ……うっうぅ……」

「……ファル?」

「ひゃっは、はい! 何でしょう?」

「どうして泣いてるの? 一緒に寝よ?」

「は、はい。分かりました。すぐに準備してきます」

 この生活を送れるのも、全てはあなた方のおかげです。本当にありがとう……。

「……ヴィク様、お願いがあります」

「なに?」

「抱きしめていいですか?」

「いいよ。でもどうしたの、急に?」

「少しくらいは、自分の気持ちに素直になろうと思って……」

「いいよいいよっ。ほら、ん~……」

「……」

 なんて愛くるしいの……。

「ん? このページ、何だろう?」

「? ぐす……どこです?」

「ほらここ……」

「何か破れた跡がありますね。どこか引っ掛けたのでしょうか?」

「うーん……わかんないね」

 

 

 そこはとある森でした。

「ぐ……くそ……足が……」

 木陰に血だらけの男がいました。どうやら足を挫いたようで、重傷でした。それに、血を流しすぎたせいで朦朧としていたのです。

 そこに、誰かがやってきました。

「……」

 敵か? 男はそう思い、さらに隠れます。ところが、血の跡が災いしたのか、この居場所まで完全に印となっていたのです。

「……」

 男は諦めました。もう自分はここで死ぬのだと悟り、脱力しました。

「ん? 大丈夫か?」

 朦朧とした景色の中で、現れたのは、

「×……××なのか……?」

 見知った男でした。しかしその男が現れたことに違和感を覚えます。自分の知っている限りだと、この周辺には来ていないからです。

 では、目の前の人間は誰なのか? そう考えた時に、ふっと目の前が真っ暗になってしまいました。

 

 

 目覚めた時、目覚めることができたのは暫くしてでした。目に写ったのは古い木の天井。ここはどこかのボロ小屋です。

 きぃ、と古い戸の音。そちらから誰かが来ます。

「う……」

 戸を開けっ放しなのか、光が漏れ続けていました。眩しくて見えません。

「大丈夫か?」

 声から察するに男。それもかなり若い声です。この時点で知り合いではないことを確信します。むしろ安心はできません。

 しかし、自分の安否を確認することから、命の危険はないと思われます。

「あんた、かなり無理してるな。半病人の身体で戦争なんかするなよ。死ぬぞ」

 “死ぬぞ”を強調させます。

「理想を実現させるなら……命は惜しくない……」

 男は振り絞ってそう言いました。

「ふざけんなっ!」

「……?」

 相手は急に怒りだしました。

「せっかく見付けたんだ。そう簡単に死なれてたまるか!」

「お前、一体……」

「ちょっと待ってろ」

「な、何をする気ですか? ま、待って! だ、だめ、」

 相手は何かそうさ、

「……よし。あんた、××って人、知ってんだろ?」

「! な、なぜそれを……?」

「気絶する前に呟いてたからだよ」

「×、××に仇なす者か……? それならば教えるわけにはいかぬ……。私の古い友人なのだ……」

「! 友人? それなら大丈夫だ」

「は?」

「なおさらあんたを死なせるわけにはいかない」

「! そうか……やっと分かった……お前が誰なのかを……」

「そっか。なら、心配しなくていい」

「そうと分かれば、ただで教えるわけにはいかんな」

「ふぇっ? あんた、意外と現金だなっ。ずるいっ」

「ふふ……。“大人”は汚くしぶとく生きるものなのだよ、×××くん」

「それで、何を依頼したい?」

「私の、奴隷解放の理想を叶えてほしい……」

「それは無理だ。どのくらい進展してるか知らないけど、戦争してるようじゃ、あと三十年はかかる。つまり、志半ばで死ぬってことだ」

「そ、それでも構わない……」

「オレが困るんだよ。“報酬”を墓まで持ってかれちゃたまったもんじゃない」

「心配するな。……死の(ふち)を悟った時、お前に話そう」

「……それは嘘じゃないだろうな?」

「あぁ、男の約束だ」

「……分かった。で、どこに行けばいい?」

「まずは私の部下の所へ行け。娘の安否を確かめてもらいたい。……ここがその地図だ……」

「うん」

「その部下は戦いは得意ではないが、軍師の専門家だ。何かキッカケがあるかもしれん。彼の指示に従っておいてくれ……」

「分かった。あんたはどうする?」

「私はしばらくここに潜伏する。この場所は道中で仲間に教えてくれ」

「了解。一週間分の食料は確保しといたから、それを食べて凌いでくれ。携帯食料は最後の方で食べてな」

「気が利くな……」

「お安いご用だ。じゃ」

 

 

 すっかりと晴れ渡った空に、真っ白な雲が棚引いています。

 その光源である太陽はぎらぎらと輝いており、下界へ恵みを届けていました。そのおかげで、ぽかぽかと、とても心地良い気候になっています。

 そこはとても遠い、遠い遠い山の森。光を全て受け取らん、と森の木々たちが背を伸ばしてせがんでいます。その零した光を、山肌に映えわたる小さな草花たちが(すく)い取っています。所々で掬い取れず、大地が露出した部分もありました。

 こんな山の中に、一軒家がありました。いや、適当な板を貼り付けたようなボロボロの小屋、という方が適切です。隙間はないようですが、ちょっとした揺れでも起これば、あるいは風でも吹けば、すぐに崩れ去ってしまいそうです。

「……っ……」

 そんなボロ小屋には人が住んでいました。灯りを付けていないので姿形は分かりづらいです。しかし、(うめ)き声に似た呼吸音から年齢と性別は判断出来ました。年齢は四十代くらいで男性です。

 うあっ、と男はどこにあるのか分からない大きい出っ張りに寝転がりました。おそらく、“そこ”がベッドなのでしょう。

 ふふふ、と時折、(しゃが)れた声で笑い出します。こんな暗闇の中で生活して、どうかしてしまったのでしょうか。

「?」

 トントン、と優しいノックがしました。これ以上強くすると、穴が空いてしまいそうです。

 男は過敏に反応し、ベッドの隅へ身を寄せました。

 返事もないのに、誰かが入ってきます。

 逆光が灯りの代わりに照らしてくれます。誰かは古ぼけた木製のテーブルに何かを置きました。

「よ」

「!」

 その一言で男は悟りました。

「元気か?」

「君には“ここ”が見えんのかね?」

「見えるよ。ばっちり」

「なら、そう安々と、ここに入らないでもらいたい」

 男は(うつむ)いていました。

「……あんた、目を潰したのか?」

 ふぅ、と溜め息をつきます。

 ふふ、と嘲ります。

「私にはもはや必要のないものだ。それに、この家の中を毎日見ていたのでは、気が滅入ってしまう。そうだろう?」

「だからって潰すことはない。もう少し自分を労りなよ。そこまで自分を壊してどうするんだ」

 咎めるように強く言います。

 壁やテーブル、男のいるベッドにまで染み渡る赤いもの。まるで殺人事件でも起こったかのような有り様です。

「それなら一旦外に出ない? 空気の入れ替えくらいしなきゃな」

「……それなら、手を貸していただけるかな? 友人よ」

「いいよ」

 男は手を取ってもらい、外へ誘導してもらいました。

 さやさやと葉っぱの擦れる音と微風が穏やかに通り過ぎていく音。男には頭が空っぽになるような気持ちになります。

 そのまま、男は語り出しました。

「なんていい気持ちだろう。ここまで晴れやかに感じるのは初めてだよ」

「森林浴した? けっこういいもんでしょ?」

「ああ。そういうのは早めに経験したかったなあ」

 男はそのまま仰向けになりました。

「なあ友人よ。私は愚かな人間だったかな?」

 ダメ男は男の隣に座り込みました。片方の膝を立てて、そこに腕を乗せます。

「分かんないな」

「その曖昧な返答は優しさゆえかね?」

「本当に分からないだけだ」

「私は愚かだったと思う。理想という光を見続け、現実という陰から逃げていた。もし、あの時、君に遭っていなかったなら、私は国を滅ぼしてでも理想を追い続けていただろう。そして、娘が死んでしまっても、心に響かなくなっていただろう」

「……」

 ダメ男は何も言えませんでした。

 そのまま沈黙が流れ、ふと、男が話しかけます。

「……娘はどうしている?」

「あぁ。ファルと一緒に生活してるよ。まだリーグのとこで世話になってるけど、近々移住する予定だ」

「そうか。……最後まで私の我が(まま)に付き合わせて済まなかった」

「いいよ。報酬はたっぷりもらったし」

「ふふふ……。君も中々甘い男だ」

「甘い?」

「ああ。リーグの報酬、巨万の富を断る旅人など、そうもいまい。彼にとっては端金だろうがね」

「そんなもん、オレよりヴィクたちに使ってもらった方がマシだよ。ただ、それを聞いた時のリーグの顔は、面白いったらありゃしないな。悔しいって表情満載だったよ。その面を拝めただけでも、十分な報酬だ」

「案外、(たち)も悪いんだな、君は」

「そうかな。あはははっ」

 カラカラと笑います。

「さて、最後にあんたから“報酬”をもらわないといけない。どこまで面倒見ればいい?」

「……心配するな。報酬は今払おう」

「もう、長くないのか? 医者の話だと、まだまだ生きれるって聞いたよ」

「思ったよりも病状が悪かったようでな……。医者には強がっていた」

「脅してた、の間違いじゃない?」

 はっはっは、と笑います。

「……一つ、いいかね?」

「なに?」

「君はどうして、ここまで私を気に掛ける? 何か思い当たる節でもあるのか? それとも怨恨か?」

「恨みなんか全くないよ。ただ、報酬のためだ」

「そんなに重要なのか? あんな話が?」

「あぁ。あんたも数少ないうちの一人だからな」

「……君の相棒はどうしている?」

「あぁ、ヴィクたちと一緒だよ。まだリーグの警護の依頼が一応終わってないからな。それまで一緒にいさせるよ」

「あまり聞かれたくないことなのか?」

「別にいいんだけどさ、ちょっとその……気恥ずかしくて」

 スリスリと頬を()きます。

「かつての将軍の話も交えながら頼むよ。ルーズ将軍」

「今はもうただの男だが……いいだろう。聞かせてやる。……中に入ろうか、×××よ」

「あぁ」

 二人は中に入っていきました。どうやら気付いていないようです。

 

 

「……」

「ダメ男?」

「なんだ?」

「とても虚しく思ってしまいます」

「……」

「今まで国に尽くした、そして理想をストイックに追及した英雄の最後がこれとは、何と言いますか、その、」

「うん。分かってる。でも……祈ってるのかもな」

「え?」

「逝って数日もないのに顔の険しさが取れてない。なのに、死後硬直が全く現れていない。それほどヴィクの幸せを必死に祈っていたのかもしれない。最後の最後まで、人体の摂理にまで(あらが)って必死な姿じゃないか。オレは英雄の最後として、とても綺麗だと思うよ」

「ダメ男は流石です。そういうことをちっとも想像できませんでした」

「ちょっと思い入れがあるだけに、な」

「?」

「…………そうか……」

「それは何ですか?」

「将軍の残した告白書だな。見るか? 内容は大体あの終戦宣言と同じだけど」

「勝手に読んでもいいのですか?」

「“死人に口なし”だ。それにこれは……しっかりと届けないといけないみたいだし、違う物を届けちゃ意味ないからな」

「これだけ有名になっても、なおこんな書物を残すなんて、よっぽどの淋しがり屋さんなのでしょうね」

「かもな」

「ところで、そろそろ話してくださいませんか? どうしてあの時、ヴィク様に手を貸さず、ギリギリになって助けたのか、その理由です」

「え? ……うーん……忘れた」

「それとも、ヴィク様のはだ、」

「オレはあいつの覚悟を見たかっただけだ。別に(いや)しい目的で見てたわけじゃない」

「覚悟、ですか?」

「あぁ。今回の一件を振り返った時、最初に違和感を覚えたのは、初めてリーグと食事したときだった」

「?」

「あの変な茶だよ。ファルも言ってたけど、兵士に出すようなものをオレらがいる時に限って、初めて出したんだ。あまりにも偶然としちゃ、できすぎてるだろ?」

「そうですね。それに、あれ以来は一回も出ることはなくなりましたしね」

「オレは、リーグは最初から、ヴィクを覚醒させたかったんだと思うんだ。あいつもあいつなりに奴隷解放の道を探っていたんだけど、どうしてもヴィクの協力が必要だったんだ」

「ルーズ様に協力すれば自国は苦しみ、無視すれば奴隷解放の道のりが遠くなる、という二重苦を抱えていたわけですか」

「あぁ。そこであいつは懸けに出た。オレらがただ者じゃない、ってのを悟ったんだろうな。わざとオレらの怒りを煽るように仕向け、運命の歯車を強引に動かした。その流れに乗じて、ヴィクに寝返るように説得を試みたんだ。で、結果、こうなったってわけ」

「今思えば、リーグ様は怒鳴りつけていたのではなく、(さと)していたのですね。奴隷のこととあの性格が(たた)って、ねじ曲がっているように聞こえました」

「そこも計算だろうな。誰にでも悟られたくないこともあるし」

「それで、ダメ男はあの時、ヴィク様の覚悟を見るために、一糸纏わぬお姿にさせたわけですか」

「あの時のヴィクは、自分を差し出そうともしてた。あの目、そこまで覚悟してる目だったよ。だけどさすがにそこまではなぁ、って思って助けたんだけどな」

「真っ暗だったのが功を奏しましたね。黒いセーターが擬態となりましたから」

「……よかった。本当に」

「そうですね。あ、そう言えば、報酬は受け取ったのですか?」

「あぁ、もう貰ってるだろ?」

「え?」

「…………フー……」

「あ、あぁ、そういうことでしたか。ごめんなさい」

「あれを見れば、オレの苦労も十分に報われるってもんだ。中々拝めないよ。それほど高貴で貴重で、崇高なものなんだ」

「はい。それに、もう一つの“報酬”をいただきましたしね」

「! お前、どうしてそれを?」

「こちらが留守番をしている間に、会ってきたのでしょう? でなければ、こんな所をピンポイントで探し当てるなんて不可能ですからね」

「……」

「まだ聞かないであげます。誰にでも悟られたくないこともありますしね」

「……ありがと」

「いえいえ。さて、次の国に行きませんか? 二週間も監禁されて、頭も鈍ってしまいそうです」

「どこに頭があんだよっ」

「それは、変形フラグと受け取っていいのですね?」

「見たいような見たくないようなっ」

「まぁ、たのしみに…………」

「きにな……する……」

 ダメ男は森の中へ消えていきました。途中、ふわりと黒いセーターの裾が浮き、お尻が見えてしまいます。デニムのポケットに一枚の紙がひょっこりと出ていました。その存在は黒いセーターによって、再び覆い隠されてしまいました。

 

 

 

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