広大な草原だった。見渡す限り黄緑色の草原が広がっていて、あるところが盛り上がって丘を形成している。その丘には大樹が生えていた。風樹としてざわめきながら、太陽の恵みを受けようと枝を長く広く伸ばしている。根元には木漏れ日がきらきらと溢れている。
そこに青年が眠っていた。幹に体を預けて、膝を抱えながら俯いている。
「……す……す……」
大分深い眠りについている。
フードの付いた真っ黒のセーターに真っ黒のジーンズ、薄汚れた黒いスニーカーを履いている。青年の傍らには登山用の黒いリュックサックが寝っ転がっていて、それに二つのウェストポーチが寄りかかっている。近くには傘のような物体が根っこの脇で地面に刺さっている。
「ん」
男はゆっくりと目を覚ました。
側面をいじると、ぱっと数字が表示された。
「……二時くらいか」
「おはようございます、ダメ男」
突如、それから声が発した。凛とした女の声だ。
“ダメ男”と呼ばれた青年は体を伸ばして、
「おはよう、フー」
“フー”と呼びかけた。
「ダメ男は六時間四十五分二十二秒の睡眠を取りました。時間は二時三十四分を切ろうとしています。気温は十八度、湿度は五十六パーセント、風向きは微風として南南西、天気は文句なしの快晴です」
「毎度ながら律儀なお仕事ありがとね……っと」
ダメ男はぐっと立ち上がった。
「“出勤、タカツキを脅せず”ですね」
「あぁ~、出勤の度にタカツキさんを脅すことが日課ってことなのかな? でも、今回はちょっととした不都合が生じて、」
「だからダメ男なのです、と言いたいところですが、今回は寝起きなので大目に見ましょうか」
「なんか優しい!」
体を思い切り伸ばす。背筋に沿って、何とも言えない心地好さが伝っていく。
「ん~」
「いい天気ですね」
「あぁ……、そうだな。この環境ならいつまでも寝れるよ、きっと。でも、体が重くなって気だるくなっちゃうな」
「そうでしょうね」
「それと……この木……」
こげ茶色でごつごつしていて、年寄りのような硬い
「どうしました?」
「……温かい気がする……」
思わず、笑顔が溢れる。
「ただの錯覚ではありませんか? あるいは今日は比較的暖かいですから、その影響も考えられます」
「……そうかもしれないけど、ほのかに感じるんだ」
「そうですか。それなら、そうかもしれないですね」
ダメ男はまた座り込んで、木にもたれ掛かる。見上げると、風で揺れる葉っぱの隙間が星のように煌めいていた。ダメ男の顔や体も陰ったり日が差したりしている。
「でも、なんでこんな大草原に、こんなでっかい木があるんだ?」
「生命の神秘ですね」
「しかも、ここだけ盛り上がってるし……」
「それを考えても答えはないと思いますよ」
「なんで?」
「自然は人間の想像を遥かに超える事を、いとも簡単に行います。いや、表現します」
「表現、か……。なるほどね」
ダメ男は二つのウェストポーチをジーンズの両腰に引っ掛け、セーターの下に隠す。そしてリュックを右腕で持ち上げた。一瞬、顔が歪む。
「そんな自然にオレらは惹かれてる。特にフーはね」
「そうですね。どんなに醜いことがあろうとも、素直に表現してくれる自然は素敵だと思います」
「……詩人だなぁ、フーは」
「誰かさんの受売りです。そうですよね、ダメ男?」
「……」
ダメ男はリュックを下ろして、仕舞い忘れていた傘を横から突き刺した。柄と先端がちょうど飛び出している。そしてもう一度持ち上げた。
「それでは、行きましょうか」
「ん~、寝起きだからか、カラダが少し重いなぁ」
「本当に夜眠れなくなっても知りませんからね」
「はいはい」
ダメ男たちは歩いていった。振り返ることなく。
ちなみに、傘が刺さっていた穴は思った以上に深く、そこには白い何かが見えていた。
ダメ男たちがいなくなった後、穴から何かが出てきた。白い……というより黄ばんだ茶色に近い。
「ふー。苦しかったぜー」
“それ”は陽気に話し始めた。
「ホントよねー。わたしらをなんだと思ってるのやら」
別のものが現れた。やはり同色だ。“二つ”は仲がいいようだ。
「呪い殺してやろうかって思ったが、ああいうやつは嫌いじゃねー」
「初めてよねー。生きて返すのって、ってまた騒ぎ始めたようね」
「あーうるせーぞてめーら。静かにしてろボケが。おめーらみてーなボケは大人しく養分吸われてろや」
「いい
それらしきものは何も聞こえない。さわさわと風で葉がなびく音だけだ。
「ま、これからの期待も込めていいもんくれてやったからよ。ありがたく思えよクソ人間」
「じゃあわたしらも眠るとしよっか……」
「あぁ。これでやっと眠れるな。何百年ぶりだかな……」
「そういえばいいものって?」
「さぁな。どっか語りグセのあるいいやつさ。……じゃあな」
「えぇ。またね……」
それって誰のこと?