フーと散歩   作:水霧

6 / 78
第五話:ねむっているとこ

 広大な草原だった。見渡す限り黄緑色の草原が広がっていて、あるところが盛り上がって丘を形成している。その丘には大樹が生えていた。風樹としてざわめきながら、太陽の恵みを受けようと枝を長く広く伸ばしている。根元には木漏れ日がきらきらと溢れている。

 そこに青年が眠っていた。幹に体を預けて、膝を抱えながら俯いている。

「……す……す……」

 大分深い眠りについている。

 フードの付いた真っ黒のセーターに真っ黒のジーンズ、薄汚れた黒いスニーカーを履いている。青年の傍らには登山用の黒いリュックサックが寝っ転がっていて、それに二つのウェストポーチが寄りかかっている。近くには傘のような物体が根っこの脇で地面に刺さっている。

「ん」

 男はゆっくりと目を覚ました。(おもむ)ろに服の中へ手をいれ、何かを取り出した。それは水色の四角い物体で、黒い紐で繋がれている。青年の首飾りになっているようだった。

 側面をいじると、ぱっと数字が表示された。

「……二時くらいか」

「おはようございます、ダメ男」

 突如、それから声が発した。凛とした女の声だ。

 “ダメ男”と呼ばれた青年は体を伸ばして、

「おはよう、フー」

 “フー”と呼びかけた。

「ダメ男は六時間四十五分二十二秒の睡眠を取りました。時間は二時三十四分を切ろうとしています。気温は十八度、湿度は五十六パーセント、風向きは微風として南南西、天気は文句なしの快晴です」

「毎度ながら律儀なお仕事ありがとね……っと」

 ダメ男はぐっと立ち上がった。

「“出勤、タカツキを脅せず”ですね」

「あぁ~、出勤の度にタカツキさんを脅すことが日課ってことなのかな? でも、今回はちょっととした不都合が生じて、」

「だからダメ男なのです、と言いたいところですが、今回は寝起きなので大目に見ましょうか」

「なんか優しい!」

 体を思い切り伸ばす。背筋に沿って、何とも言えない心地好さが伝っていく。

「ん~」

「いい天気ですね」

「あぁ……、そうだな。この環境ならいつまでも寝れるよ、きっと。でも、体が重くなって気だるくなっちゃうな」

「そうでしょうね」

「それと……この木……」

 こげ茶色でごつごつしていて、年寄りのような硬い(しわ)。ダメ男はそんな大木に触れた。

「どうしました?」

「……温かい気がする……」

 思わず、笑顔が溢れる。

「ただの錯覚ではありませんか? あるいは今日は比較的暖かいですから、その影響も考えられます」

「……そうかもしれないけど、ほのかに感じるんだ」

「そうですか。それなら、そうかもしれないですね」

 ダメ男はまた座り込んで、木にもたれ掛かる。見上げると、風で揺れる葉っぱの隙間が星のように煌めいていた。ダメ男の顔や体も陰ったり日が差したりしている。

「でも、なんでこんな大草原に、こんなでっかい木があるんだ?」

「生命の神秘ですね」

「しかも、ここだけ盛り上がってるし……」

「それを考えても答えはないと思いますよ」

「なんで?」

「自然は人間の想像を遥かに超える事を、いとも簡単に行います。いや、表現します」

「表現、か……。なるほどね」

 ダメ男は二つのウェストポーチをジーンズの両腰に引っ掛け、セーターの下に隠す。そしてリュックを右腕で持ち上げた。一瞬、顔が歪む。

「そんな自然にオレらは惹かれてる。特にフーはね」

「そうですね。どんなに醜いことがあろうとも、素直に表現してくれる自然は素敵だと思います」

「……詩人だなぁ、フーは」

「誰かさんの受売りです。そうですよね、ダメ男?」

「……」

 ダメ男はリュックを下ろして、仕舞い忘れていた傘を横から突き刺した。柄と先端がちょうど飛び出している。そしてもう一度持ち上げた。

「それでは、行きましょうか」

「ん~、寝起きだからか、カラダが少し重いなぁ」

「本当に夜眠れなくなっても知りませんからね」

「はいはい」

 ダメ男たちは歩いていった。振り返ることなく。

 ちなみに、傘が刺さっていた穴は思った以上に深く、そこには白い何かが見えていた。

 

 

 ダメ男たちがいなくなった後、穴から何かが出てきた。白い……というより黄ばんだ茶色に近い。

「ふー。苦しかったぜー」

 “それ”は陽気に話し始めた。

「ホントよねー。わたしらをなんだと思ってるのやら」

 別のものが現れた。やはり同色だ。“二つ”は仲がいいようだ。

「呪い殺してやろうかって思ったが、ああいうやつは嫌いじゃねー」

「初めてよねー。生きて返すのって、ってまた騒ぎ始めたようね」

「あーうるせーぞてめーら。静かにしてろボケが。おめーらみてーなボケは大人しく養分吸われてろや」

「いい(うめ)き声ねー」

 それらしきものは何も聞こえない。さわさわと風で葉がなびく音だけだ。

「ま、これからの期待も込めていいもんくれてやったからよ。ありがたく思えよクソ人間」

「じゃあわたしらも眠るとしよっか……」

「あぁ。これでやっと眠れるな。何百年ぶりだかな……」

「そういえばいいものって?」

「さぁな。どっか語りグセのあるいいやつさ。……じゃあな」

「えぇ。またね……」

 それって誰のこと?

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。