フーと散歩   作:水霧

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第五話:やさしくてやすらぐとこ

 昔々、あるところに男の子がいました。年齢はおそらく十代前半くらい。年不相応に背が低く、肌の白い男の子です。

 その男の子は遺跡、とでも言うのでしょうか? 石材がただ積まれたモニュメントが四方にあり、その中央に同じような石材の家が建っています。それらはとても古いようで、石材の隙間に、苔がびっしりと埋まっていました。

 男の子はその苔をにぎにぎと触り、感触を楽しみます。にこりと綻んだその表情にはどこか翳(かげ)りを呈しています。

 そこへ一人の女がやって来ました。

 ねえ。ここってなあに? 男の子が尋ねます。女は、ここは昔の人が住んでいた家ですよ。そう微笑みながら答えます。

 子供にとっては興味の薄いものかもしれません。しかし男の子はモニュメントを触りながら言います。こけの生え具合からして何百年も前じゃないよね。もっともっと昔からありそう。千年単位っぽそう。千百年くらいなのかな?

 女はとても驚いていました。女がちょうどパンフレットに目を通していたところだったのですが、そこには男の子の言った年月が記されていたのです。

 男の子は振り返ってにこりとしました。その姿はやはりどこか被っているように見えました。

 すすっ、と男の子に歩み寄る女。そして、ぽんと肩に触れました。人が素晴らしいところはどこだと思いますか? 女は尋ね返します。

 男の子が答え返します。文明を築くことができるところ。

 それは違います。女が少し溜めて言いました。じゃあ、誰かを愛するとこ? それも違いますね。じゃあじゃあ……。

 男の子の解答は全て外れでした。一体何なのさ? むくれて拗ねて言い放ちます。それを微笑ましく見つめる女は、ぽそりと言いました。

 それは……歴史を刻むことができるところ。

 男の子の頭上にハテナが浮かびます。それってすごいことなの? だって、他の動物だってそれはできるよ?

 確かに、人間以外にも感情や理性、知能を持つ動物はいるし、文化や風習に似たものもあります。でもね、と頭を撫でながら話を続けます。

 人間ほど千差万別、大小高低、濃厚淡白な歴史を持つ動物はいないのですよ。地球に影響を及ぼすほどの機械を大発明した人もいれば、ゴミのようにそこら辺で生涯を終える人もいます。これほど差のある人生、つまり各々の歴史を刻む生物は人間以外にいないのです。

 男の子は呆然と女を見つめていました。

 きゅっと抱き寄せます。遺跡や遺物は昔の人たちが刻んだ歴史の跡なのです。ですから、ぜひ、こういうところは愛でてください。優しくしてあげてください。この家の遺跡は優しい場所であったはずですから。

 うん。男の子は小さく力強く呟きました。

 

 

「男の子はもっとこういうところも見てみたい、と女にせがみました。女はしかたない、と…………っと」

 真っ暗な夜空に星が散らばっていた。あたかも、光る小石を空に蒔いたようだ。

「聞いています?」

 呼ばれた男は、

「すう……んぅ……すう……すぅ……ん」

 ぐっすり眠っていた。寝袋の中で身をもぞもぞと丸め、何かを愛おしむように。

 女の“声”は、もうっ、と呆れる。

「×××が怖くて眠れないというから、寝物語を聞かせてあげたというのにっ……」

 怒っているわりには、起こさないように声を抑えている。

「でも、眠れたのなら良しとしますか……。でもでももう少しだけ……」

 一体“声”が何をしたいのかは分からないが、それ以降は、

「誰にも邪魔されない優しい場所ですね……」

 言葉は消え、心地良さそうな寝息だけが耳に入る。

 月のいない星空満点の夜空。月がいなくとも明るい星々が地上を照らしてくれる。

 男は心地良さそうに眠っている。わずか二畳ほどのスペース、高度五百メートルはあろうかという断崖絶壁に。

 

 

 

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