赤白黄色と様々な花が一面に咲き並ぶ。海のような青色の河に面し、遠くでなだらかな稜線を描く緑の山が見えていた。
真っ白でふわふわな雲、河の色を映したように広がる空。そこに沈む太陽が優しく降り注いでいる。
花畑には大きい物体が佇んでいた。全身黒と赤白黄色の装飾が施され、左右に伸びる腕の片方がぽっきりと折れてしまっている。先端は花びらのように咲いていて、後端にも同様の部分があった。
「こんにちは」
どこからともなくやって来た女の子。白いワンピースを着て、麦わら帽子をかぶっていた。
「こんにちは、小さな客人よ」
返事がした。老年の男の声だ。
「ここの景色は格別ですね」
「そうだろうとも。私の一番のお気に入りだよ」
女の子が寄り添って座る。
「のどかでいい所です」
「キミはこういう所を好むのか?」
「楽しいのも好きですよ」
「キミの故郷はどういう雰囲気なんだい?」
「私の故郷は……無くなりました」
抱えていた膝をぎゅっと寄せる。
「どうして?」
「天災に遭ってしまって……」
「今はどうしている?」
「別の国で暮らしていました。家族も友人も誰もいませんでしたが、今はその国の人にお世話になっているんです」
「幸いだ」
「……あなたは?」
女の子が逆に尋ねる。
「私は争いで故郷を失くしたクチだ」
「争い?」
「私がまだ現役でいた頃、私の故郷は争いが絶えなかった。ある者は国を守るために、ある者は金を稼ぐために、戦いに繰り出していたのだ」
「故郷はどうなったんです?」
「滅びたよ。跡形もなく」
「……」
女の子は寂しそうに撫でた。
「国の指導者と金魚のフンが国外逃亡するというふざけた終わりだった。連中はどうなったのか分からないが、風のウワサで骨になったと聞いた」
「ひどい話ですね……」
ふぅ、と一息つき、間を空ける。
「私は仲間たちが目の前で虐殺されて、そして自分が植民地奴隷になるのが嫌になり、故郷を捨てて旅立った。当時、相棒だった“ジョージ”を乗せて、空に飛びだったのだ。ところが、燃料が尽き果ててしまい、この地に降り立つことになる」
「その、相棒は今どこにいるんです?」
「私の下で眠っているよ」
しかし、その“下”には草花が一層生い茂っているだけで、人影は無かった。
「ここは素敵な景色だが、食料となりそうな物がなかったし、道具も持ってきていなかった。逃げることだけ必死に考え、間抜けにもそこまで頭が回らなかった。……彼はここを死に場所と悟り、死期が訪れるまで眺めていた。雨の日も風の日も雪の日もずっと眺め、そして死んだ」
「それで、あなたがひとりぼっちで……」
「確かに一人ぼっちだな。だがね……」
と、力強く言う。
「不思議と悲しくないのだよ」
「どうして?」
「彼は肩の荷が下りたのか、死ぬまで、いや、死んでからも笑っていた。私と共に朽ちることを楽しんでいたようだ」
「死ぬことが楽しいんですか?」
「おそらく深すぎる絶望の前に、逆に気が楽になったのだろう。燃料も尽き食料も忘れ、もう途方に暮れるしか無い、と。そういう思考に至った途端に、人であることを諦めた。目の前の河で魚を捕るくらいはできたはずなのに」
「……」
「死を悟った動物は本能を曝け出して、感覚を超越する。飲まず食わずで十日間は持ちこたえたくらいだ……」
「……!」
女の子は、はっとした。
「……私が痛みや苦しさを感じているとしたら、私はまだ生きたいということなんでしょうか? 死ぬほど苦しくて、身を投げ出したいのに」
「ならなぜキミはここに来たんだい?」
「……」
女の子はかくかくと力なく立ち上がる。
「分かりません。ただ、自暴自棄になっているのかもしれませんね」
「何かあったのか?」
「私もあなたと同じです。目の前のことを信じたくなくて、逃げてきた“クチ”です」
女の子はありがとう、と小さく言うと、その場を後にする、
「なら!」
前に、呼び止められた。
「一緒に朽ちていかないか? 何も考えず、生きることを諦めると楽だぞ」
振り返らずに、ぴたりと足が止まる。
「……どうせ死ぬのなら、殺してから死にます」
か細いながらも、明確に答える。瞳が死んでいる。
その背後で重い物が落っこちて崩れる音がした。きひ、と奇妙な笑い声がする。
「いひ、おんな、おんなくう。おんな、××すう!」
誰もいなかったはずの場所に、太っていて気色悪い男がいた。
「×っこむ。いひっ、ころす、ひきずりだすっ! くちれっくちれっ!」
目が血走って異様に口を剥き出している。完全に目が狂っている。
男はナイフを持つ手を振り回しながら、女の子を襲う。だらだらと
しかし、
「っ?」
ごぼ、と口から血を零す。流血が止まらない。何かを喋ろうとして、言葉にならない血の音を鳴らすだけだった。
男は痛みのあまり倒れこんで
辛うじて女の子を睨むが、女の子の顔に色はなかった。
「どうしました? 私を×すのでしょう?」
両手を背後に一旦隠し、見せる。
「! や、ご、めっろっ」
全ての指の隙間に小さなナイフが握られていた。丁寧に
女の子は男目掛けて、
「あ」
投げなかった。手元のそれらを一目すると、背後に戻したのだった。
「忘れていました」
男にはその意味が分からない。しかし、すぐに身を持って知ることとなる。
「人の物だから慣れないのですね」
身体が痙攣し始め、息苦しくなっていく……。
女の子は慣れない足取りで、再び歩き出す。男の苦しむ様を見ることもなく、何かに取り憑かれたように。
生物がその場から居なくなった時、ふと声がした。
「ジョージ“だった”者よ、これでお別れだな。国外逃亡した先でこんな所に不時着しては、狂っても仕方ない」