そこはとある国の検問。一人の旅人と二人の男がいた。男の方は青い制服を身にまとい、女の子を執拗に口説いている。検問であるがゆえに立場を利用して汚らしく迫っているのだ。
旅人は困りながらも優しい口調で通してもらうように話していた。
「だから言ってるだろう? 身体検査をしないと入国できねえ決まりなのさ」
「でもさっきの人はお金払っただけだったよね? どうしてぼくだけ? ぼくも払えるだけは持ってるよ」
「お前さんのようなちっこいのを普通の旅人として入国させるのは危険なんだよ。自爆テロするんじゃねえかってな。それにちょっと調べるだけで金払うこともないんだぜ?」
「……」
旅人はゆるいパーマのかかった茶髪に可愛らしい目つきをしていた。ふわっとしている。
男たちは下卑た顔で迫る。この表情だけで何を考えているか筒抜けだ。
「おじさんたち、下心ありすぎていやだよ。変なことされそうで怖い」
「でも、ここらへんじゃ国はここしかないんだぜ? 徒歩じゃ半月はかかろうよ」
「……このままじゃ話が平行線だね。だからこうしようよ」
「?」
「ぼくとじゃんけん一発勝負して、ぼくが勝ったら身体検査を省いて入国、負けたら何でも従うよ」
「……ほう」
にやり、と下品に笑う。二人のうち一人がこの勝負を請け負うこととなった。
「最初はグーだぞ?」
「それで勝っても無効だからね?」
「……いいだろう」
こういう輩はそういう卑怯な考えを持つ。実に分かりやすい。
「最初は!」
「グー!」
「じゃんけん!」
「チョキ!」「パー!」
「!」
見事、旅人の勝利だ。
「さ、おじさんたち、通してくれるよね? それとも泣きのもう一回やる? 今度負けたら、全裸で国中を走ってもらおうかな」
「っ……仕方ねえ。通れ」
ようやく、入国することができた。
秋らしい陽気が差し込む。ほんのりと暑いが、乾燥しているおかげで辛くはない。
晴れている。青々と広がる空にふんわりと雲が流れていた。暑さと寒さの境目を予感させる気候だ。
「はぁ、疲れた。ねぇクーロ」
旅人の右肩に一匹のふわふわがいた。キュートな鼻にピンと立ったヒゲ、愛くるしくもこもこした灰色の生物。これはハムスターという生物だが、私“クーロ”のことだ。
このお方は私のご主人様であられるハイル嬢。“嬢”というくらいだから女の子だが、一人旅ということもあり、男装をなさっている。訳あって旅をすることとなり、私はお供をさせていただいている。
お供は他に鷹の“ピーコ”がいるが、今は空にて全力で警戒網を張っている。
〔しかし、あの門兵どもは下品な輩でありました〕
「ねー。カラダ目当てすぎて気持ち悪かったよ。まるで下等動物だね」
〔しかし、先ほどのじゃんけんは滑稽でした。ハイル嬢ならば、間違いなく勝てるでしょうに〕
「まぁねー。手に取るように分かったよ」
私たちの会話(?)は傍から見ると異様だろう。ハイル嬢が独り言を呟いているようにしか見えないのだから。これはハイル嬢の不思議なお力のおかげだ。ハイル嬢は対象となる生物を見たり触ったりすることで、その者の心理状況を読み取ることができる。最初の頃は嘘かどうか分かるくらいだったが、今はじゃんけんのような簡単な心理ゲームで常勝できるほどだ。
さて、我々は下品な国に入国することができた。街並みは……街並みも同様か。
〔ハイル嬢、まずは宿を探しますか?〕
「怪しい店しかないけどねー」
ネオン街というかスラム街というか。色を売る店や関連した場所がぎゅうぎゅうに並んでいる。道は土だし、脇道は狭いし、粗雑だった。
とても活気にあふれている。せっかくの心地良い天気が全て台無しになる。息苦しいというかむさ苦しいというか、蒸し暑いというか。
〔探せたら、捜しますか?〕
「そうだね。色んな子に聞いて……ここしかない。きっといるはず。もう引き返せないよ」
その表情はとても嬉しそうだった。ハイル嬢は予感されているのかもしれない。例の旅人との出会いを。
進んでいくにつれ、人混みも激しくなってきた。話し声が入り交じるほどにごった返している。祭りや集まりではなく、単純に人が多い。
入口から真っ直ぐ中心へ向かっているが、突き当りには小さな聖堂があった。こんな国にもあるのか。
ハイル嬢がそちらへ気が向かれた瞬間、
「不思議だね。より綺麗に見えるよ」
正に真横だ。
「ちょっと入ってみようか。怖いお兄さんが二人いるけど」
ハイル嬢は全く気付かれない。
「ねぇクーロ。教会って初めてだっけ?」
〔ハイル嬢〕
「!」
私を見て、すぐに私に触れて、事態を悟られた。
急いで振り返られる。黒い影が人影に埋もれていく。
「だ……め
小さい体で人をかき分け進む。押しつぶされそうになりながらも水中でもがくように、必死で突き進む。私も潰されそうでキツイ……。ハイル嬢の胸ポケットに避難だ。
幸運か。黒い影が一部見えてきた。頭だ。後ろ姿も見えて、
「だ、ダメ男!」
捉えた!
無意識に男の肩に触れた、が、
「!」
顔色ですぐに判明する。男が振り返らずも、
「……? 君は誰だい?」
分かってしまう。
「あ……ごめんなさい、人違いです」
三十代くらいの別の男だったか。服装が黒かったし背格好が似ていた。
名残惜しそうに、ハイル嬢のお姿も人波にさらわれていった。
日が傾いてきた。夕焼け空が一層に輝かしく、綺麗に見える。丸い夕日が静かに入っていく様子が愛おしいし、哀愁を覚えてしまう。
おそらく、この頃が最も栄えるのだろう。外の通路や街中が少し騒がしくなっている。景色を楽しみたいが、この国の街並みは“一色”のみ。虚しいものだ。
しばらく歩き回り、どうにかして泊まれそうな宿を見つけることができた。正直、この国の宿はどこも“専門店”ばかりだが、店長は若い女だという。しぶしぶ、そこに宿泊されることに。
「まあ仕方ないわ。他のトコはお嬢ちゃんじゃ危ないし、一応かくまってあげる。二泊三日ね。部屋は五十六番よ」
二冊あるうちの片方に記帳するように言われ、大人しく従う。
女の手に少し触れて、鍵を受け取られた。
「!」
そこで、ハイル嬢は何かを感じ取られたようだ。ほんのわずかに表情が張り詰めていらっしゃる。
指定された部屋に入る。……やはり怪しい。一人用なのにベッドは余分に広いし、浴室がガラス越しなだけで丸見えだ。ただ、それなりの代金を払っているので高級感はある。ハイル嬢お一人だけだから困ることでもないか。
とりあえず、ハイル嬢はお荷物を降ろされ、テーブルに着きながらすぐに銀銃の確認をなさった。ハイル嬢の携帯武器の一つで、両太腿にそれぞれ一丁ずつ付けておられる。
「……」
窓辺に椅子を持ち出され、ぼーっと眺められる。
あれは幻影だったのだろうか。会いたいとせがむ心の先走り……?
窓から鷹のピーコが入ってきた。ハイル嬢のお膝上に降り立つ。
「どう?」
〔見当たらないわね〕
「……そっか」
ピーコを柔らかく揉み解される。
〔もう暗くなるし、今日はこれまでね。私も限界だわ〕
「ありがとねピーコ。今晩は一緒に寝る?」
〔いえ、外にいるわ。たまには羽を伸ばしてこようかしら〕
ピーコの頭をもふもふされてから、外へ放してくださった。
「……ウソがヘタになったね、ピーコも」
ニシシ、といたずらっぽく笑われる。
ふとして、ベッド脇にあったメニュー冊子を手に取られた。料理か。ちょうどお腹も減ったし、ハイル嬢も電話でいくつか注文された。暇つぶしに、そのまま読まれたが、
「こ、これより先はやめとこっか」
赤面されて、ぽいっと投げ捨てられた。一体何が記されていたのか、良く分からなかった。
コンコン、とノックがした。ハイル嬢は銀銃を片手に、ドア付近へ歩かれる。
「だれ?」
「ルームサービスでございます」
ハイル嬢が覗き穴から見る。確かに女の従業員らしき人間がいるらしい。
私はテーブルで待機する。ドアノブを静かに捻り、ドアの陰へ逃げながらそっと内側へ開けられた。
料理を乗せた台車と制服を着た女がいる。途中見掛けた従業員と同じ服なので、まず間違いない。
ハイル嬢が私の反応を確認なさってから、
「後ろ向きでゆっくり中に入ってきて」
そちらへ銀銃を向けられた。
真正面にいたのでは銃撃に遭いやすい。私と連携しながらの方が比較的安全だ。
従業員はハイル嬢の指示に従い、後ろ歩きで台車を引きながら入ってきた。入りきったところで、ハイル嬢はすぐにドアを閉められる。
「ご夕食をお持ちいたしました」
「ありがと」
銀銃を向けられているのに、取り乱す様子はない。こやつ、どれだけ慣れているというのだ。それだけでもこの国の危険さが窺い知れる。
従業員は私のいるテーブルに料理を置いた。パンにコーンスープ、野菜の盛り合わせといったところか。不意に私に触ろうとしたので、ハイル嬢の元へ逃げた。
ずいっと銀銃を頭へ突きつけられた。
「その料理を毒味してみてよ」
「かしこまりました」
従業員は当然のようにパンを半分にして真ん中部分からむしって食べる。またスープを一口、野菜をドレッシングと適度に和えて、食べた。何の抵抗もないし違和感もない。
さすがにハイル嬢もそれを見ては、問題ないと判断されるしかない。
「よろしいでしょうか?」
「うっうん。ごめんね」
いえいえとハイル嬢に笑いかけると、従業員は失礼しますと退室していった。
ここまでやって、ようやく安心して食事にあり付ける。
「クーロ。ドレッシングがかかってないところだよ」
〔ありがとうございます〕
しゃくしゃく。
「クーロ、間違いないんだね?」
〔はい。まず間違いありません。次こそは見失わないように致しまする〕
「うん、私も頑張るね。……でもあの時、仕事中だったのかな? 気付いたら声掛けてくれると思うけど……。まぁ私の成長っぷりに気づかないかもねー」
いつになく嬉しそうに話される。
〔そういえば、再会された後はどうなさいます?〕
「まず、一緒に旅をしていいか聞くっ。良かったら旅は続行で、ダメだったら……」
〔ダメだったら?〕
「……その時考えるよ」
ハイル嬢がとてもご機嫌なことだし、深い話は止そう。
「んー? この野菜、ちょっと変な味がするね。傷んだやつかな」
〔それはやめておいた方が……〕
「ヘーキヘーキ。雑草だって食べられるんだし」
食べ終えると、ハイル嬢はベッドに腰掛けられた。
「疲れちゃったな。……ねむい」
〔明日も早々に捜索しますし、ご就寝されますか? 私と“ピーコ”で見張っていますから〕
「そう? ……シャワーは……あのシャワーじゃやだなぁ……」
コロンと横になられると、むにゃむにゃむーちょ、とうわ言をつぶやいてストンと眠られた。
私はピーコを呼んで、早速打ち合わせする。もう少し自然があれば、“例の追っかけ”たちにもお願いできるのだが、仕方ない。
〔外は物騒ねぇ。犯罪のオンパレードよ。静かな分厄介だわ〕
〔何がここまでそうさせているのか……含めて調査しないと危ないか〕
話に上げてないが、この宿に来るまでにも酷い目に遭っている。見た目と珍し物で被害に遭ってしまっているのだ。
それに……うぅ……。
〔すまぬ。私も少し眠い。……先に見張りを、頼む……〕
〔分かったわ。三時間ずつよ? 起きなかったら、目覚めは私の腹の中だからね〕
私も少し疲れていたか。ハイル嬢の隣は危ないからてーぶるに……。
「……は」
しまった。いつの間にか私も眠ってしまっ……え?
「こ、これは……?」
なぜ私の周りに鉄柵が? 檻、か? 私は捕まっている?
ハイル嬢は……まだ眠ってらっしゃる。しかし、両手が背に回されて、なぜ手錠が掛けられている?
「!」
ガチャリと誰かが入ってきた。馬鹿な。確かに鍵はちゃんと閉めていたはず。その答えはすぐに判明した。
「ご苦労」
「はい」
別の従業員の女! 奴はマスターキーなるもので開けたのか! それにゲスい顔付きの肥えた男。やはりグル……!
なんたる不覚……。しかしピーコがいない、一体どこへ……?
〔な、に〕
床に鳥の羽が散らばっていた。ところどころ赤く滲んでいる。ま、まさか……うそだ……。
「それではお楽しみくださいませ」
ピーコがこ、ころさ……。
「げひひひ……高い金払ったかいがあるぜ。上玉だあ」
醜悪な男がハイル嬢へ歩み寄る。貴様……。
「きさまあっ! よくもピーコを、ピーコをぉっ!」
「ひ、ひぃっ? な、は? しゃしゃべったったあっ?」
あまりの予想外に豆鉄砲を喰った顔をする。
「そのお方に触れてみろ! この私が貴様の喉元を食いちぎってくれるっ!」
「……く、くくくっ……」
わざわざ私の方にやって来た。
「吠えてろ。この娘が×されてる姿を見ながらなあ……」
「っ……!」
「それにお前も売り物になりそうだあ。娘と一緒に大切にしてやろうぞお……くく……」
貴様……くそ……くそっ……! 私はまたお守りできないというのか……! ならいっそのこと……。
「うごくな」
「!」
……えっ?
興奮気味だった男の表情が一瞬で青ざめる。流れ落ちていた汗も引いて、別の汗が吹き出していた。大人しく両手を挙げ、降参の意を示す。
男の背後に誰かいる。それも女だ。ハスキーなのに、幼い口調だ。
「てめえ、一体どうやって入った?」
「おまえとおなじほうほうだ。もっとも、しまつしてからうばっただけだがな」
「……邪魔しようってのか? せめて一事を終えてからにしたいんだがな」
「かべにおしつけてろ、ごみ」
壁に手をつかせて、完全に制圧した。
女は長い黒髪を後ろで束ねて、左目尻に泣き黒子があった。赤紫色のジャケットに紺色のパンツを履いている。色白で凛とした人だが、左のこめかみに酷い傷跡が……。それに、あの変わった形をした銃は……? しかも目の色が暗く暗く沈んでいる。瞳孔が判別しづらいほどに……。
「はいってこい」
入口へ呼びかけると、もうひとりの優男が入ってきた。おそらく仲間だろう。青いジーンズに白いシャツと簡単な格好だ。しかし、左腰の長く黒い棒が付けられていた。
「おや、まさかの生捕り成功ですか? てっきり殺してしまったかと」
「それが“いらい”だろう?」
「まぁそうなんですが、」
ちらりとハイル嬢を見て、
「意外だなぁと」
ぽりぽり頭をかいている。
「き、聞いてくれ! あのちっこい動物、しゃべるんだよ! 取引しないかっ? そこの娘と荷物全て譲るから見逃してくれっ! 頼む!」
この期に及んで、しかも勝手に自分の物にしているとは、往生際が悪い。誰が許すか馬鹿者。
「ほう。それはいいことをきいた」
く……同業者か……?
「じ、じじゃあ、」
「すべてをかっさらう。きゃっかだ」
「こ、この、クソアマがあっ! ×××! ××××! クソアマ死ねっ!」
「つれていけ。あらいざらいはかせろ」
「ご心配なく。内臓ごと吐かせますから」
「ひ、ひぃっ……!」
「さぁて、どうしましょうか……皮を真皮ごと剥ぐか、髪をむしって火あぶりにでも? それか試し斬りや試し撃ちの的にでも? 生解体ショーも良さそうですねぇ……」
とても爽やかな表情で悍ましい事を言っているが、男をつかむ手が真っ白くなるほどに握っている。あぁ、今ので一気にキレたか。
優男は丁重に丁重に身柄を受け取った後、頭を鷲掴みにして部屋の外へ出ていってしまった。あぁ、相当キているようだ。
とりあえず、今の所は敵ではなさそうか……? 変わった銃を持っているが、使う気はさらさらになさそうだし……。
女はハイル嬢のいるベッドにトスンと座る。
「お前、話せるのか?」
私に鋭い眼差しを向けた。ま、まるで猛獣と対しているような威圧感……。
私は沈黙を守った。あの男が処理されれば真実を覆い隠せる。幸か不幸か、ハイル嬢もお眠りのようだ。激情してしまうとは、私もまだまだ未熟……。
「……まぁ、×××のせいか、ただのいいのがれか」
翌朝。ひゅうっと寒い風が入り込む。私はそれで目覚めてしまった。
〔!〕
私の隣にはピーコがいた。あ、檻がなくなってる。
〔ピーコ、大丈夫かっ?〕
〔平気、よ〕
しかし、ぐったりとして明らかに大丈夫ではない。
〔私も全力で戦ったんだけど駄目だったわ。機を窺って逆襲しようかと思って避難したんだけど……〕
〔けがはっ?〕
〔あぁ、あの血は襲った男のよ。私は……羽を何枚かちぎられただけ。大した怪我じゃないわ〕
〔よ、よかった……ほんとによかったぁ……〕
〔あなた、素が出てるわよ〕
……こほん。
とりあえず、ピーコも無事なようで良かった。
女はベッドに座ったまま、居眠りをしていた。すごく器用なことだ。
「……へらっ」
あ、ハイル嬢が起床された。
のんびりと背を伸ばされ、
「えっ! この人だれっ?」
思い切り驚かれた。
事情も何も知らないハイル嬢には、突如現れたように思えてしまうだろう。タイミングが違えば、本当に痴漢だったかもしれない。……笑えない。
女はすっと起きた。
「……」
ハイル嬢と目が合う。
「……ど、どーも、おはようございます……」
「かんちがいしてるな?」
「え?」
「おまえにきょうみはない」
「はい……あ」
なぜか顔を真っ赤にされた。
「わ、わかってますともっ。別にそんなことは思ってはないですっ! はいっ!」
女はため息をついて、立ち上がる。
「それはそうと、おまえのようなこどもが、どうしてここへ?」
「私、色んな動物を見たくて旅をしてるんだけど、知り合いの旅人に会いたくなっちゃって……。その人の行方を追ってたら、ここにいるかもって教えてもらったんだ」
「ひとさがしか。だが、ばしょがわるすぎる。おもっているいじょうに“ちあん”がわるいぞ、このくには。いつか×されるぞ」
「……」
ちらちらと周りと私たちを窺い、昨夜の出来事をぼんやりと悟られたようだ。ひどく落ち込んでおられる。
「いまのうちにちゅうこくしておく。しゅっこくしろ。こどもがいるようなくにじゃない」
女はそのまま立ち去る、
「待って! 私が出国する前に、“ダメ男”っていう旅人に会ったら、ハイルが会いに来たって伝えてっ!」
「!」
前に、立ち止まった。
「ダメ男、だと?」
はっとして私に話し掛けてきた。ピーコだった。
〔そうだ。クーロ、後は任せたわ。ダメ男さん捜しをしないと!〕
〔ピーコ! 今日は休め! ハイル嬢に迷惑がかかるだけだっ〕
バサバサと翼を羽ばたかせ、ハイル嬢の所へ降りた。左翼が明らかに下がっている。やはり……。
「たか?」
「ペットのピーコです。あっちの子はクーロ。……私はハイルです」
わしわしと優しく撫でられる。しかしすぐに険しくされた。
「ピーコ、もう三日は動いちゃダメだよ。左が傷んでる」
荷物を取り出し、手当をしてくださった。
「“ナナ”だ」
“ナナ”と言う女はピーコのくちばしをツンツンしていた。珍しいのだろう。おっかなびっくりで触っている。
手当を終えると、ナナ殿が立ち上がる。
「……いくぞ」
「え? どこへ?」
「やつとあったばしょだ。すぐにあんないしろ」
ピーコには安全な所に避難するように言い付けた。私と違って身を持って守ったのだ。存分に休んでもらいたい……。
宿の外に出ると、優男が待機していた。のほほんとした表情で。
「おはようございます」
「ああ」
「その娘も一緒ですか?」
優男がナナ殿に細長い棒を渡す。それを左腰に据える。紫色のヒモでしっかりと結びつけた。
「じゅうようじんぶつだ」
「? お知り合い?」
「やつとあったらしい」
「何か手掛かりになればいいですが。……あぁ、“あれ”からは特段有力な情報はありませんでした。あっいや一つだけ、図書館に向かったとのことですよ」
「そうとういためつけたようだな」
「ええ。しっかりと思い知らせましたから。あ、あとこれ、頼まれたやつです」
茶色の小さい紙袋を手渡した。
「さすがに言い訳に困りましたよ」
「……わるいことをした」
「いえいえ。ではまたお昼に」
男はどこかに行ってしまった。
「……さて、いくか」
「あの、あの人は?」
「“ディン”だ」
「恋人?」
ハイル嬢がニヤリと笑っておられる。
「ちがう。そんなかんけいじゃない」
「あー、じゃあお婿さんとか?」
「ただのおと……なかまだ。それいじょうもいかもない」
「そうですかーそうですかー」
この人は意外にも表情に出やすい人なのかもしれない。話している間、明らかに緊張が緩んでいた。ハイル嬢ならなおさらだが、心を読まずとも分かるだろう。
要するに
とりあえず話はおいて、ハイル嬢はダメ男殿とすれ違った場所を案内された。こぢんまりとした聖堂を突き当たりにした道。昨日もそうだったが、ここは特に人が多い。
「ここか」
「私たちがあっちに行こうとして、すれ違ったんだよ」
「とすると、あの“きょうかい”からこっちにきたわけだ」
「方向的には……。でも、あそこと何か関係あるの?」
「……」
振り返ると……特にない。同じような道が続いているだけだ。
「このくにはふんいきがとてもにている。みまちがえるくらいに……」
「?」
似ている? 何と?
「ナナたちがいぜん、おとずれたくににている」
「たまたま、じゃ納得がいかないんだね? 同じ人が国長とか?」
「おさはそのくにといっしょにほろんだときいている。しかし、そのかいきゅうのにんげんがいきのびていると、じょうほうをつかんでいる」
口を噛み締めているように見えた。
「どんな国?」
「……ひとをよみがえらせるくにだ」
「……へ? う、うそですよね?」
「けっかてきにはな。だがそういってしまってもいいくらい、しくみができていた」
「ここも人を蘇らせる国なのかな……」
ちらりとハイル嬢を見る。
「おまえ、なにもしらずにここにはいったのか?」
「……」
国のことはそっちのけだったからなぁ……。それほどにハイル嬢は必死だったのだ。それにある種の旅人精神みたいなものもある。入ってからのお楽しみ、というやつだ。
「よくいままで死ななかったな。うんがいいのももんだいだな……」
「あっあの……うぅ……」
「とりあえず、としょかんにいきながらはなす」
ナナ殿はハイル嬢の手を繋いで、連れて行った。
「!」
はっとされて、ハイル嬢も急に歩き出される。トタトタと頼りなかったが、少しして足並みを揃えられた。なぜかナナ殿の背中をじっと見つめておられる。長く共にした私にしか分からないほどの変化だが、ほんのわずかに頬が緩んでいる。
「このくには“きおく”をかんりすることを、うりにしている」
「管理って?」
「わすれたいことやおもいだしたいこと、それらをじゆうじざいにあやつるぎじゅつがあるらしい」
「すごい……」
「うわさにすぎない。“りようしゃ”にしかくわしいことがおしえられない。だが、りようするにはばくだいな“かね”がかかる。だからこのくにはあらゆるしゅだんで“かねかせぎ”をしているんだ。……ここらへんもてぐちがおなじで、むしずがはしる」
ずっと手を握っている状態だから、ハイル嬢にはより鮮明に心が読み取れてしまう。様子は変わらないものの、深く感じ取られているだろう。
しかしなるほど、住民たちが活気づいているのはそれが原因か。金のためなら手段は選ばない、危ない国だ……。
「……ナナさんがここに来たのは、心を患っているから?」
「なぜそうおもう?」
「私、心が読めるんです。今のナナさんの心境は……その……」
「!」
ばっと手を離した。
こう言われても信じる人間はいない。だが、それにしてもナナ殿は過剰反応だった。
「ずっと前、ナナさんと同じような人を見たことがあって……。えっと、ナナさんも過去のしがらみをとりはら、……!」
ハイル嬢の眼前に銃口が広がる。あの変わった形の銃だ。
怒りとは言えなかった。
「一度たりとも
死んでいた眼が一瞬だけ輝きを取り戻す。しかし、また戻る。
とても少女に向ける眼差しではない。目が笑っているのに、それ以外は全く笑っていない。様々な感情が複雑に入り混じっているようで、不気味だった。……彼女は壊れている。
ハイル嬢は一心にその瞳を見つめられていた。
「むいみなせんさくは死をまねく。よくおぼえておけ」
国の中心から外れ、脇道を伝って隣のエリアへ進む。そのエリアも同じように下品だったが、主に生活雑貨を商売にしていた。曰く、エリア毎に商業が変わった国のようだ。
途中に図書館があった。古本屋のような見た目だが、ガラス越しに見える内装は小綺麗にしている。
入ってすぐ左手に受付と管理人の女がいた。二十代前半くらいで、オサゲをしている。
二人はすぐに受付には行かず、店内を物色した。ふむ、料理本やら女性誌やらまで置いてあるのだな。意外にこの国にありそうな本は一切ない。あ、公共施設だからか。
二人以外にいなかった。それを確認し、改めて受付に向かう。
「こんにちは。何か御用ですか?」
「ひとさがしをしている。こんな男をみなかったか?」
ナナ殿は一枚の紙を見せた。憂鬱そうなダメ男殿が写っている。
「旅人さん、この国では人捜しはご法度ですよ? 国法第四条の違反です」
「しっている」
「故意犯ですか? なら、通報しま、」
手元にある電話を取ろうとして、
「うごくな」
ゆっくりと銃口が向けられた。
「……」
管理人の女はそっと受話器を戻す。しかし、両手は挙げない。
「べつのことをきく。この男がかりていったほんをしりたい」
「どちらにしても個人情報保護法の違反です」
「あ、あの、どうして人捜しがダメなんですか?」
ハイル嬢を一目する。
「……」
なぜか押し黙る。代わりにナナ殿が説明してくれた。
「“りようしゃ”のじょうほうはぜったいにもらしてはならない、そういうほうりつがある。こうきょうきかんはすべての“りようしゃ”を、はあくしているんだ。“きおく”につながるじょうほうは、“りようしゃ”のせいしんにあくえいきょうがあるらしい」
「そっか。公開できないなら、“利用者”ってことだね。それと両手両足動かさないでね。非常用ボタンか何かあるのかな?」
「!」
「時間稼ぎをして、通報しそうだったよ」
応援を呼ぶつもりだったか。ハイル嬢も抜け目がない。
この二人、恐ろしく息が合うのか……?
「おまえのちからはほんとうのようだ。なら、このおんなからじょうほうをひきずりだせ。ていこうしたらころせ」
「そこまで探れるか分からないけど、やってみるよ」
ハイル嬢は管理人の両手両足を拘束してから、手を握られた。こうすれば、より読み取れる。
「本はどこ? 大人しくすれば殺さないから」
「嫌です」
「……」
何か分かったらしい。ふらふらと本を探され、持ってきた。冴えに冴え渡っておられる。
ナナ殿に一冊の本を手渡される。本の最後のページに小さい名簿が挟まれていた。借りた人間の名前が書かれているが、かなりの人数がいる。五枚あって、一枚裏表で十五人ずつ記名されている。
「……どれだ?」
「分かりません、聞こえません」
「……」
同じように情報を読み取られるハイル嬢。すっと示された。
「この人らしいよ」
「……“カカシノカンベエ”?」
「あ、でもこれ借りた日がずいぶん前だね。一年以上も前だよ」
「とするとべつのひにちに……」
何枚か調べ、あった。借りたのは昨日の昼過ぎ。ちょうど我々とすれ違った後くらいだ。この人物で間違いない。
「“絶・困窮旅人逃亡録”? 何の本だろう」
「たびびとであるちょしゃの、たんぺんものがたりだ。なかにはたびびとにしゅざいしたはなしもあるらしい。たびびとあるあるネタもあって、けっこうおもしろい」
「へぇー。ファンなんだ」
「……」
とにかくいくぞ、と背を向けて、図書館を出ることにした。
図書館を出ると、例によってディン殿が待ち構えていた。この男は外で見張りをするのが主な仕事なのか、趣味なのかは分からない。
お昼近くになっていたので、もう一つ隣のエリアに移ることにした。
「わぁ……」
暗い脇道を通り過ぎると、そこは白い世界だった。豪華絢爛、西洋風の建物がずらりと建ち並んでいた。剣の装飾に国旗のようなものが飾られている。道は大小様々な白い石畳、ご丁寧に木まで等間隔に並んでいる。外へ通じる門も城下町のような立派な作りで、中心へ一本道だ。
基本的な構造は他のエリアと変わらないらしい。
うってかわって、ここは平和だった。突っかかってくる人間もいないし、下品な輩もいない。入店した外食屋もお洒落だし賑わっているし。
「何にします? 注文しますよ」
ハイル嬢はサラダとドリア、紅茶にされた。
「スイーツもりあわせグレートマウンテンデラックスパフェ」
「すごい量……。五人前くらいありそう」
「これいがいたべないからいい」
「な、ナナさん、栄養をしっかり摂らないと、」
「むっ。……あとはディンとおなじでいい」
「サラダの盛り合わせとその他でいいですか?」
「う、うぅ……やさい……しかたない」
「なら注文しますね」
「よくないよくないっ! 絶対食べきれないよっ!」
ディン殿は特に気にせず、本当に注文してしまった。普段からこんな感じなのか? 痩せの大食いなのか?
さて、と場を仕切り直す。
「図書館に行ったら、ダメ男は本を借りたみたい。一年以上前と昨日の二回、借りてたよ」
「本?」
「それがこれ、……ナナさん、なんで読んでるのっ。それを見せないと、」
「ヤダ」
黒縁メガネをかけて、読書している。この女、見た目に反して自由奔放すぎる……。
「あ! それは“困窮旅人逃亡録シリーズ”! どの国でも入荷待ち返却待ちだったのに、調べるフリして借りたんですねっ! ずるい!」
「知ってるんですか?」
「すごく有名なんですよ。あまり本は読みません?」
「そんなには……」
「この本は今やベストセラーになったシリーズでしてね。著者がとある出来事で旅人になり、その実体験を
ディン殿も相当読んでいるのだろう。本について熱烈に語る。そんなに有名な本だとは知らなかった。しかもまだ旅をしているというのだからすごい。お金とか紙とかはどうやって都合つけているのだろう。
「ともかく、一介の旅人なら好んで借りても不思議ではないですね。二回も借りられたのが奇跡なくらいです」
「でも名前が“カカシノカンベエ”だったんですよ」
「偽名でしょう。本名で記す旅人は滅多にいませんからね」
「そ、そうですねー、あはっあはは……」
苦笑いされた。
「あと、やつは“りようしゃ”だった」
「やはりそうでしたか。教会から出てきたということは多分、記憶は既に引き抜かれていると考えていいでしょう。……でもどうして利用したんでしょうね。フーさんなら絶対に引き止めるのに」
「ハイル、フーを持っていたか?」
「この子に聞いてみるね。クー、どうだった?」
フー殿は……見えなかった。首ヒモもなかった。
「……フーさんは見えなかったって。フーさんの首紐もなかったって」
「……」
ふぅ、とディン殿が息をつく。ハイル嬢はナナ殿を見ていた。わずかに表情が険しい。ハイル嬢もそれを察せられた。
「こんな国で首に提げないのは変だもんね。簡単に盗まれることは自分からはやらない……」
「リュックはどうだ? くろいやつだ」
リュック……持っていなかった。
「服装は?」
……黒いジャケットに藍色のデニム、黒い靴だった。私は覚えている。
「セーターではなかったんだな?」
もこもこした服装ではない。それは確実だ。
「やつはおおかたのにもつとフーをたんぽにして、“きおく”をすてた。そうみるのがしぜんか。それでもぜんぜんたりないだろうがな」
「ダメ男がそんなことするはずないよ! 絶対にないっ!」
「ですが、機関の利用料金はバカ高いですよ。人生一生分くらいはかかるみたいですし」
「だからやつも“いらい”をこなしているんだろう」
「なるほど。後払いもいいんですね。本末転倒な気もしますが、非常に面倒ですねぇ……」
ナナ殿はハイル嬢に本を渡した。どこかのページを挟んでいる。
「よんでみろ」
七十六ページ、ページ数に丸印が付いている。ハイル嬢が読まれて、一瞬硬直された。
「こ、これって……私のこと?」
こくり、と頷いた。
「え?」
ハイル嬢はゆっくりと読み上げられた。
「“私はとある国の姫様に偶然出会った。数年間笑わないとのことだったが、話してみると年齢相応に笑いこける。姫様の執事が言うような女の子には見えなかった”……」
その後も姫様について、色々と記述されていた。クーデターが起こったこと、首謀者が王の側近で姫様が人質にされていたこと。それを旅人が助け、側近を倒したこと。二人しか知らないことまで細かに描写されている。
間違いない。具体的な国名や人物名、風景などは誤魔化されているが、紛れもなくハイル嬢のことだ。
「“ひめさま”のじんぶつぞうから、おまえにそっくりだとおもっていた」
「ハイルさんはお姫様だったんですね。失礼致しました」
「もう姫でもなんでもないからいいよ。今は一人の旅人。気遣いはなしでお願い。ちょっと恥ずかしい」
くすくすと笑われた。
最近狙われることが多い気がしていたが、まさかこの本のせいか? だが、断定するのは早計……?
「メッセージですかね」
「わからない。そもそも、きおくをなくしてからメッセージをのこすことなんて……」
「とりあえず、元依頼主に会ってきますよ。何か分かるかもしれません」
「依頼主って?」
「彼の情報を報酬に、面倒事を頼まれてたんです。もう終わったので関係を断ち切りましたが、結果的に有力な情報はありませんでした」
「……」
じっとディン殿を見られるハイル嬢。
「やめておけ。おそらくこれはナナたちいがいにはしらないことだ。しっているにんげんをふやすのはまずい」
「となると、ダメ男さんと直接会うしかないですが、これ以上アテがありませんね。それにそろそろ出国しないと期限が、」
「ディン」
「はい」
「ちゅうもんはまだ?」
「そう言えば、……!」
さっきまでいた客たちが一人もいなかった。
「構えろ」
「!」
まただ。ナナ殿の瞳に力がこもる。変わった銃を握っている。
既にディン殿は腰の黒い棒に手を伸ばしていた。
ハイル嬢も銀銃を取り出された。
「それって……」
「“ショットガン”というタイプです。散弾銃ですが、それは携帯型なんですよ」
ナナ殿の指示ですぐに外には出なかった。まず店内を探索する。トイレや厨房、裏方など、怪しそうな輩を探すも、一人もいなかった。裏口はあったが、鎖でがちがちに固められて出られそうにない。
「散らばりましょう」
各自離れて、テーブルに隠れる。
「外の様子は私が見に行くね」
「狙撃には気を付けろ」
「直接出ないから大丈夫だよ」
店の出入口はドア一枚。ガラス張りでないために、静かに行けば蜂の巣にはされないだろう。
出入口に着く。今でも撃たれるかもしれないが、堪えて呟かれる。
「クー」
〔御意〕
今こそが私の本領発揮。
ドアの装飾で付けられた穴。横に細い投入口だが、私はそこへ近づけていただいた。そっと開けると、外の景色が見える。比較的平穏なはずだった人通りに、一人だけいた。良く見えないが、黒い服装の人間だ。それ以外は人っ子一人いない……。まず敵と見ていいだろう。
住民を避難(?)させ、障害物を減らし、この店の前にいる。おそらく、我々を排除するための存在。考えてみれば我々は犯罪者だ。何の不思議もない。
獲物は……何もない。しかし持っているはずだ。
……三人が助かる可能性が一番高いのは……私が乗り込んでの陽動、スキを突いて狙撃……か? 二人ならその腕前はあるはず。
私の考えに、ハイル嬢は、
「……」
何も反応されなかった。私はハイル嬢の掌にいるために、ほぼ全ての思考がリアルタイムに伝わっている。
〔ハイル嬢〕
「! ごめん……」
こういう局面で気抜けるお人ではないのだが、何か気掛かりが……?
「ディン、どうだ?」
「裏口の鎖を壊して見ました。人がいませんが、どうも包囲されているようですね」
「兵糧攻めか」
「短期戦に見せてじっくりコトコト、ですかね」
「……」
ハイル嬢も慎重に戻り、ナナ殿に報告する。
「そうか。ならこちらから出向くしかない」
「どうやって?」
「厨房のガスを使い、爆発を起こして油断させる」
「それは確実に死にますね。死ねと?」
「あくまでも一案だ」
「私が囮になります。その隙にナナさんとハイルさんが、」
「死にたがりめ。却下だ馬鹿者。連中相手にその手は無理だ」
「しかし、」
「待って」
ハイル嬢が遮られた。
「私が行くよ」
「!」
何を考えられているのだ、ハイル嬢は。
「一番助かる可能性が高いのは私だから……」
……どういうことだ?
私を頬ずりして、ナナ殿に引き渡された。私の疑問と一緒に置き去りにするように。
「クーロ……ごめんね……」
待て! ナナ殿の呼び掛けに、掴んだ手に、足を止めずに、ドアをドアを、あっ開けて……両手を挙げて……。
一瞬、何が起こったか分からなかった。分かりたくなかった。目の前から消えるようにいなくなってしまったから。
泣き顔も怒り顔も見せない。優しく笑いかけてくださった。なんだ、なんだ? 考えが、言葉がまとまらない。ハイル嬢、ハイルちゃん、どこへ、どうして行った? 全員が助かるように考えてくれたんじゃなかったの? どうしてハイルちゃんまで行ってしまう?
ナナさん、ディンさんも固まってる。
ハイルちゃんの下僕なのに、いつも泣かせてばかりいた。何か力になりたくて頑張ってきたけど傷つけてばかりだ。私が小さくて弱くて無力な存在だから、また守れなかった。
物々しい足音がする。でも、どんどん離れていく。動いてくれたディンさんが私をドアの投入口から出してくれて、ようやく頭が働き出した。
何十人もの兵士が取り囲んでいる。何が起こっているのか想像したくない。連中はそのままぞろぞろと立ち去っていく。一人だけ残して。
最初の黒い服装の人物だった。すたすたと歩いてきて、何か話した。
「あんたたちを解放する。取引は成立した」
聞き覚えのある声、見覚えのある姿、嗅ぎ慣れた匂い……。うそだ……うそだ……。
「あの女の子に感謝するんだな。あんたたち二人分の罪を、全て被ってくれるそうだ」
待って、行かないで……。ハイルちゃんを助けて……。