フーと散歩   作:水霧

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おわり:ふりかえっていた

「もう一度言ってみろ」

 無精髭を生やした不潔な男が凄まじい剣幕で立ち迫ります。

「……」

 黒い男は尻もちをつきそうなくらいに膝が震えます。それを直隠しにするのが一杯一杯でした。

「あ、あれはオレの戦利品として貰い受ける」

 テーブルを重く叩きます。

「ふざけてるのか? ナメてるのか? 実験と商売のために仕入れてきたんだぞ」

 射殺すように睨みつけます。

「それについての明確な取り決めはなかった。国を荒らしている者たちがいる。そいつらを鎮圧してこい。今回の依頼はそれだけだった。二人は強制出国させて出禁。もう一人は睡眠薬で眠らせてる。依頼通り鎮圧した。なら戦利品はオレの好きなようにしていいだろう?」

「そりゃあお前がまさか欲しがるとは思わなかったからさ。もしその意志があるならば事前に打ち合わせするのが筋じゃないのか?」

「……衝動的にってやつだ。オレだって一人や二人、欲しい時もある」

「……はぁ……」

 不潔な男は座りました。

「……なぁ“076”、一応この国の法律や権利は機能してる。契約違反や不履行に対しては正当手段でもって処分できるんだぜ? つまりクビや厳罰だ。そんなことしたらお前……奴隷に逆戻りだぞ」

「今もだろ。旅人には人権はないって思い知らしたのは“ボス”……あんたじゃないか。依頼なんて言ったところで結局は弱みを握って奴隷扱いだ。オレ以外にもそういうのは何十人も抱えてるんだろう?」

「その全員を好待遇で迎えてるはずなんだがなぁ」

「好待遇? あれでか」

「お前は最短で情報がほしかったんだろ? ならその分の対価を支払う必要がある。だからだよ。現にほしい情報は全て受け取って、お前は依頼を引き受けている」

「……そう、だけど……」

「これ以上不平不満を言うようならこっちも出方を変えるぞ?」

「……」

 黒い男は何も言えなくなってしまいました。

 “ボス”と呼ばれた不潔な男は煙草に火をつけました。ふぅ、と煙を吐きます。

「いいだろう。お前の要望は叶えよう。ただし、その損失分をお前が補填しろ」

「損失分?」

「あの旅人にさせるはずだった“こと”を全てお前が引き受ける、そういうことだ。あと三日だったところを一年以上先延ばしになる。ぶっちゃけるとボロ雑巾の方がマシな扱いを受けるだろう。恨みつらみはたっぷりあるだろうからなぁ」

「……それでもいい」

 ゆっくりと頷きました。

「分かった。手続き関係は気にしなくていい。今日中にお前のものになる」

 黒い男が部屋を出ます。

「あの小娘のどこに惹かれたのかは知らんが、割に合わなすぎると思うがな」

「自分でもそう思うよ。あと身体が三つ四つあっても捧げるつもりだったから」

 

 

 まるで独房のような部屋に女の子が眠っています。手洗い場とトイレは別ですが、ベッドとテーブル以外は何もありません。

 黒い男が食事を持って入ってきました。野菜の盛り合わせにパン二(きん)、コーンスープです。透明コップにひたひたと水が入っています。

 食事と一緒に首飾りを置きます。

「それは?」

 首飾りから女の“声”がしました。凛としていますが人間味があります。

 水に何かの粉薬を入れ、優しくかき混ぜました。

「記憶を消す薬だ。よその国から裏取引で横流ししてもらってるらしい。この国での出来事を綺麗さっぱり忘れてもらう。覚えていると事態を知って戻ってきちゃうだろうからさ」

「そうですね。この娘は間違いなく再入国してしまいますね」

 さり気なく別の錠剤を崩しながら混ぜました。

「今の錠剤は?」

「これもだいたい同じだ。作用を促す効能がある」

 水が少し白くなっています。

「じゃ、オレは行くよ。混乱しないように落ち着かせてから作戦通りに頼むな」

「……分かりました……」

 微笑みかけて、部屋を出ていってしまいました。

 

 

 女の子が起きたのは少ししてからでした。

「ん、んぅ……」

 起き上がると食事よりも、

「フーさんっ」

 首飾りの四角い物体“フー”が目につきました。

「お久しぶりです、ハイル様」

「びっくりしたよ。フーさん、久しぶり。でももう“様”はいらないよ。姫じゃないからね」

「分かりました、“ハイル”」

「でもここどこ? 確か逮捕されてから……よく覚えてない……」

「ひとまずそこまでのことを説明してください」

「うん」

 ここに来るまでの経緯を教えてくれました。

「なるほど。ダメ男を見かけて記憶を消されたと思い、助けようとして捕まったというわけですか。一体何がしたかったのか分かりませんし、かえって迷惑な上に役に立たずですね」

「……う、うぅ……ごめん」

「でもまさか、あの二人までいるとは思いませんでした。あの気違い二人組も役立たずですねぇ」

「ん、ぬぅ……」

 ぐさぐさと容赦なく言葉を刺します。

「フーさん、ダメ男は記憶を消されてるんだよね? なのに私を生かしたのはどうして?」

「分かりません。本人に聞いても分かりませんでしたか?」

「うん。それにもうダメ男の心が読めないんだ。記憶が失くなって別人になっちゃったからかな……」

「こちらもダメ男の全てを把握しきれていません。確かなのは、この国に留まるつもりはないということです。もしかしたらハイルを利用するために生かしたのかもしれません」

「……ありがたいな」

「ありがたい?」

 微笑んでいます。

「ダメ男に助けられて、その恩返しがしたくてここに来たの」

「それで単身でここに来たのですか。案外命知らずなのですね」

「ダメ男の記憶を戻してあげないと、忘れられたままはつらいでしょ?」

「そんなことはありませんよ」

「……え?」

「ダメ男はどうなろうともダメ男です。記憶を消されようが半身もがれようがダメ男はダメ男なのですよ。なにせ単細胞生物ですからね」

「! ……」

 ちらりとフーの隣を見ました。

「じゃあ、いつでも助けられるように少しでも元気じゃないと」

 水に手をかけ、ゆっくりと、

「その水は飲まないでください」

「え?」

 戻しました。

「その水には記憶を消す薬が盛られています。ダメ男が入れました」

「消したりするのって薬でできるのっ? しかもダメ男がっ?」

「飲むだけで狙った時期や人物の記憶を消したり戻したりできるようです。ダメ男が盛った理由は分かりません。ともかく、記憶を消すのはダメ男の計画の一部ではあるようです。飲んだふりをして狸寝入りをしてください。こちらで誤魔化します」

「……分かった」

 ハイルは流し台に水を捨てて、食事を摂りました。よほど空腹だったようで、あっという間に食べ終わりました。

 フーが知らせます。

「誰か来ます」

 すぐに横になりました。

 入ってきたのは、

「やば、忘れ物した」

 黒い男でした。

 テーブルを見て、うんうんと頷いていました。

「……飲んだか」

「ええ。ですが目に見えて分かるような症状は見受けられませんでした。本当に効くものなのですか?」

「あれは“ボス”がオレ用に渡した物だ。まず効くだろうな」

「“ハイル”の記憶を消した後は出国手続きを済ませ、フーを連れて旅をさせる。あなたの計画はこうでしょうかね」

「ん……そうだな」

 じっとハイルを見ます。

 黒い男はコップに水を入れ直して、再び薬を二つ入れました。

「フー」

「はっい」

 声が張ってしまいます。

「ハイルを起こしてくれ」

「なぜです?」

「……」

 コップの縁をフーに見せました。

「唇の痕がない」

「!」

 確信を持って言い切りました。

「起きてるんだろ、ハイル」

「……」

 すくりと起き上がりました。

「記憶は消されてなかったんだね、ダメ男」

「どうしてそう思う?」

「ダメ男の記憶で一番大切なものはフーさんだもの。個人情報保護の法律なら二人はまず一緒にいられないでしょ? “利用者の情報が漏れるようなことはあっちゃいけない”から」

 黒い男“ダメ男”は頭をくしくしかきました。

 じぃっとダメ男を見つめます。

「……そっか、フーさんを人質にされてるんだね? それで仕方なくダメ男はボスの言いなりになって、脱出計画を練った。でも私たちが来たことで計画は台無しになっちゃった。だから私の記憶を消して、フーさんだけでも連れ出す計画に変えた。こんな感じだね」

「まぁそうなんだけど……フー、なんで裏切った?」

「そもそもそんなものに反対していたからですよ。あなたが最初からハイルに思い込みなんてさせずに協力を依頼していれば、」

「根本がもう違うんだよ、フー。オレらは助かるかもしれない。でもお前はどうなんだ? 既に狙われてるんだぞ。諦めることもない。オレにはフーを守るだけの力はないんだ……」

「私も協力する! だから、……」

 ダメ男が睨みます。それだけでハイルは押し黙ってしまいました。

「フーを知る人間が増えればそれだけ危険が増す。お前、父親を人質に取られてもフーを守るって誓えるのか? ペットたちとフーを天秤にかけられるのか? オレにはいないからいいけどな」

「……」

 ダメ男はハイルを、

「!」

「でもありがとな。すごく嬉しいよ」

 抱きしめました。

 ハイルはなぜか必死に拒絶していました。いくら心が読めると言っても力では勝てません。突き放そうと暴れていた両手が服を握りしめるだけに抑えられてしまいました。

「いやだよ! やめてダメ男! 助けたいんだ! 助けてもらった恩返しがしたい! ダメ男とフーさんは離れ離れになっちゃダメだよっ!」

 溜め込んでいたように、どっと溢れてきます。

「……ハイル、フーと仲良くな」

 いつの間にかコップを持っていました。ぐっと口に含んで、

「んっ! んー! んぅ!」

 口移し。口の中でも必死に抵抗しているようです。しかしもがけばもがくほどさらに激しくなってしまいます。息が続きません。

 強く抱き寄せました。びくりとしてごくりと飲まされてしまいました。

「……ふは。……ず、るい。私がっ……拒めないのを知って……くぁ、だっめお……わすれた、くない……ふーさん、ぜったいおもい、だ……さ……」

 両腕が力なく垂れて、ダメ男に寄りかかります。ひょいっとお姫様抱っこでベッドに寝かせました。

「……支度、してくる」

 ふらふらと部屋を出ていきました。

 

 

 森の中。外出手続きを済ませていたダメ男は馬車を手配していました。そこにハイルを隠して連れ出しています。またダメ男の荷物一式を持ち出していました。ボスには仕事という名目で誤魔化しているとのことです。

 見えづらい木の密集地に隠し、荷物も近くに置きます。そしてフーを首にかけてあげました。

「ハイルの思い込みがダメ男を見抜けなかったのですね。“恋は盲目”ですか」

「見えない所が見えてても分からないものなんだなぁ……」

 頬をそっと撫でます。

「ダメ男、本当にこれでいいのですか? 今がチャンスなら一緒に逃げてみてはどうです? きっと逃げおおせます。監視もしてますから」

 フーが口走ります。

「ダメだ。一時しのぎにもならないよ」

 横に振ります。

「他にやりようがないんだ。あいつが諦めることは一生ない。生きてる限り、いや死んでからだって誰かに継がせてるだろう。永遠に狙い続ける。今いる場所が一番安全なんだ。場所も何も知らないあいつには絶対見つけられない」

「×××」

 ぴちっ、とフーから聞こえます。

「いやだ……ここで別れるなんて、いやです、いやですっ。ずっと一緒に……一緒にいたい!」

「フー……」

「別れたくない……まだ一緒にいたい、ずっと一緒にいたい、これからもずっとずっと一緒に旅がしたいんです! 一人で思い出を眺めるだけなんて嫌ですっ」

 傷だらけの腕がフーへ伸び、そっと手に乗せました。力強く笑っています。

「大丈夫。……ちょっと寄り道するだけだ。また一緒に旅ができるよ。時間がかかるけど抜け出してみせるから」

「待つしか、待つしかできないのですかっ?」

「君が無事に待っていてくれるだけでオレは生きていける。どんなに辛くたってね」

 ぐっと親指を立てました。

 足取り軽く、その場を去っていきました。

 止めどなく溢れ出る不安が流れ落ちてしまいます。後ろ姿を真っ直ぐ見ることができませんでした。まるで死刑台に向かっていくような気がして……。

 なぜ心配症だなとか気にすんなとか、減らず口で言ってくれないのですか? いつものあなたなら……任せろって言ってくれるのに……。

 今回はその自信がないからでしょう? 悪い方に実現する可能性がとても高いのでしょう? ……会うどころか無事では済まないかもしれない、と。一体どれくらいあなたと付き合っていると思っているのですか。分からないとでも思っているのですか。あなたの考えてることくらいお見通しなんですから。

 どれだけ酷い目に遭っても見ることしかできない。醜くて汚くてえぐい現実でも目を逸らすことはできない。歯痒い思いをしても歯を擦り減らしても……。

 私はまたあなたを待つしかできないのですか?

 

 

 それでも、

「あなたが“フー”だね?」

 待つしかありませんでした。

「はい」

「持ち主から依頼されたんだ。フーを頼むって」

「ダメ男に会ってきたのですかっ? ダメ男はどこにっ?」

「……それがね……」

 ハイルはあの国で“起こした”ことを全て話してくれました。それは想像を絶する内容です。動物たちを率いて国を半壊状態に追い込み、脅迫しながら決闘を承諾したとのことでした。その時点であの男がフーを狙っているのも気付いたようです。

「決闘に勝てばダメ男を返してくれると? 口約束を守るとは思えません」

「だろうね。手段を選ばない感じだった。でもぼくが勝つから関係ないかな」

 ハイルは自信たっぷりに言い切ります。

「しかしなぜ急に助けようと考えたのですか? 去り際に関係ないと言っていましたよね?」

 フーを拾い上げ、首に掛けました。

「旅に出る前の自分を見てるみたいでね。力になってあげたかった。……それだけだよ」

「そのために国を滅ぼしかけ大量虐殺をするとは、思い切りが激しすぎますね」

「思い出したくないものもあったから弾みで、ね……」

 くすりと口が笑います。

「興味本位だったけど、ダメ男を見てすぐ感じたよ。親鳥を見る雛鳥みたいだって。……そんな“人”を見捨てられない。あなたも含めてね。だからぼくを頼ってよ、フー」

「ハイル……」

「心配しないで。ぼくって蛇みたいにしつこいからさ」

「……お願いです。……ダメ男を、×××を助けてください。もうあなたしか頼れません……。このままでは殺されてしまいます。そうなったら私は……」

 ぐっと親指を立てて、応えてくれました。

「任せて! 二人で一緒に助けようね!」

 

 

「死神の国?」

「うん。これからそこに行こうかと思ってる」

「死神の国とはまた物騒ですね。どういうところですか?」

「ダメ男曰く、恐ろしく強い騎士がたくさんいる国なんだって。あまりに強いから異名を取って“死神”の国なんだってさ。そこで決闘の立会、つまり保証するように頼むんだ」

「なるほど。当事者同士で話し合ったところで、どちらかが反故にするのは明白ですね。きちんとやり取りできるように第三者を交えようというわけですか。ならば軟弱な国では駄目ですね。できればあの国とは全くの無縁で強い国が良い、それで死神の国に依頼しようと考えたのですね。ダメ男なんかよりも実に聡明で素晴らしく現実的な計画です」

「わぁすごい。もう説明することなくなっちゃった」

「先ほどの話では引き渡し方法や賭けたモノの状態について、何も取り決めがありません。決闘当日にモノを用意させた方が良いです。替え玉や偽物を準備される可能性があります」

「う、うん」

「ただしフーについてはハイル一人で対応してください。フーがバレると強硬手段で誘拐拉致されてしまいます。あくまでも決闘当日まで正体は明かさないことです」

「わかった」

「死神の国に依頼したらすぐにフーを迎えに行ってください。今の内に落ち合う場所など決めておきましょう。まず場所は、」

「ちょっと待って。迎えにって、これがフーでしょ?」

「いえ、正確には“声の持ち主”の方です。面倒なのでまとめてそう言うようになっただけです」

「えぇっ? じゃあ……」

「はい。実在します」

 

 

「そろそろだな」

「はい」

「長かったぜぇ」

「はい。五年以上もの時間を費やした価値がありましたね」

「全てはオレの計画通りってわけだ。どんなやつらがもがいても、結果は同じよ」

「……はい」

「旅人の習性を利用すりゃあ、ビジネスは成り立つものよ。くくく……本当に面白いように思い通りに動きやがるよなぁ」

「それで、どうされますか?」

「引き続きだ。オレがここまで仕込んだのにお前がミスれば全てが台無しだ。まぁ、そうなってもいいように保険は掛けてある。まず損はしねぇさ。頼むぜぇ? 何のためにお前にも仕込んだのか、理解してくれよ。まだ気付かれてねぇはずだ」

「……あなたに応えるために……」

「くっくくく……笑いが止められねぇ……くくく……」

 

 

 

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