―虹の話―
山に囲まれた盆地で、むしむしする暑い時期。そこに旅人が訪れていた。
「いやー暑いなぁ」
「セーター着ていれば誰でもそうなります」
「脱ぐか」
女の“声”に促され、セーターを脱ぐ。黒いシャツから伸びる腕が傷だらけで目立つ。
リュックにしまいながら進む。関所が見えてきた。扉が二つあり、門番が見張っている。
「おい」
「なに?」
「近場で虹を見なかったか?」
「虹? 雨上がりに出る……あの?」
「そうだ。見なかったか?」
「いや。見てないよ」
門番はとても嬉しそうに頷いた。
とても気になった旅人は自己紹介した。旅人が“ダメ男”、女の声が“フー”と言う。
「ジンクスみたいなものなんだが、ここらへんは虹を見た人間は近い内に不幸な目に遭うとされてるんだ」
「そんな話、初めて聞いた」
「幸運の前兆というのはよく聞きますが、どのような目に遭うのですか?」
「例えば突然土砂降りに遭ったり足が滑って転んだりとそれはもう色々だ」
「虹とあまり関係ないように思いますね」
「まあともかく、見てないってなら良かった。足止めして悪かったな」
ダメ男とフーは門番に別れを告げて、左の扉を通った。
「さーて、次の旅人が虹を見てますように。イタズラできないじゃないか」
―冗談話―
草原の中伸びる一本の土道。道の傍らに三輪自動車を停めて、荷台で一休みしていた。
二人いる。一人は黒い旅人。もう一人は麦わら帽子のお婆さんだった。
旅人は自慢の紅茶を振る舞ってくれていた。
「引き止めて悪かったねえ、旅人さん。この老いぼれの話を聞いてくださらんか」
特に用事があるわけでなく、ただ話し相手がほしかったようだ。
「ワシはねえ、遠くの国で農家をやっておった。トマトやじゃがいも、何でもやったもんだ。これがそうだよ」
赤みの強いトマトを袋に三つくれた。しゃくりとかじる。甘みと少しの酸味が美味しい。
「最近はこういうのを食べてくれる人が少なくなって寂しいもんじゃ。旅人さんはお優しいのう」
お婆さんは嬉しそうに、薄っすらと涙目を浮かべていた。
とても美味しくて、瞬く間に三つ平らげてしまった。とても微笑ましいようで、
「毒入りトマトは美味しいかえ?」
笑いじわが歪んだ。
「馬鹿な旅人さんだのう。見ず知らずの人間が寄越した物を食べるとは」
「……婆さん」
旅人は、
「毒入り紅茶は美味しいかい?」
朗らかに笑った。
「! ……」
手元のカップを見つめた。自然な笑みが溢れる。
「旅人さんは良い人だのう。老いぼれの冗談に付きおうてくれて」
―抱きしめる話―
ぎゅっ! 急に抱きしめられた。
「旅人さん、大好きです」
後ろから、それも身体を押し付けるような抱きつきに、旅人は赤ら顔を隠せなかった。
「こんな感じですかねー?」
「まぁその……うん」
「さっきは前から“好きです”って言うだけでしたが、どうしてですかー?」
「そこまで聞く?」
「そりゃそーですよ」
「……面と見つめられながらだといいなって……」
「なるほどー。接触なしでもその気になる、と……」
「違うし変なことメモるなよーっ!」
「あと丁寧語なのは?」
「もういいだろさ! はい終わり!」
「ちぇー」
両手で顔を覆うも、耳が真っ赤になっている。
「そうでしたか。あなたはああいう状況で、ああいう風にされるのが好きなのですね」
「ち、違くてっ! その、だって……適当でもいいからって話だったじゃないかっ!」
「適当でもそれなりの好みはあるわけですよね? それとも入国審査官の胸が大きいからその状況を選出したのですか?」
「それも違うからっ!」
「ゆでダコのように真っ赤っかですよ」
「あーもう! ほら、入国審査は終わったんだから入るぞ!」
「どこにですか?」
「ばっかやろう!」
ぷいっと背けつつ入国する旅人。
「やっぱり大きい方が……ちょっと頑張らないと……」
―祝う話―
「旅人さん。ようこそいらっしゃいました」
黒いセーターを着た旅人と女の“声”が招かれる。
「ここは旅人さんが祝ってくださる国なのはご存知ですよね?」
「うっうん」
「最低一名の国民を祝う。これがしきたりとなっております。我々国民はどんな些細な祝い方でも謹んで、そして喜んでお受け入れいたします」
「こちらが祝うのですか?」
「はい。我々の国は昔から不幸な国でした。あらゆる災害や疫病に見舞われました。しかし事あるごとに様々な旅人さんに救っていただいたのです」
「そのお礼に歓迎するもんじゃない?」
「いえ、我々みたいな不幸人間が歓迎してはかえって迷惑でしょう。間違いなく不幸が移ってしまう。それを防ぐために祝っていただくのです」
「なるほど」
「その代わり、この国での代金を全て無償とさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いします」
「ふふっ、分かったよ」
周りをちらちら見て、ある夫婦に目がつく。三ヶ月目の赤ん坊を抱っこしていた。
「あの、良かったら抱っこしてもいい?」
「あら旅人さん! この子を祝ってくださるのっ?」
「うん」
手慣れた手つきで、片腕で抱っこする。空いたもう片方の手でほっぺをあやす。
「ようこそ、美しい世界へ」
どうも水霧です。投稿開始してから約五年経っていたことに驚きました。早いですねえ。まさか『キノの旅』二期が始まるなんて思いもしませんでしたし、フォトが恐ろしく可愛かった。もう今年の締めくくりはそれでよろしいのではないかと。
ということで次章で最終回ということもあり、この“あとがき”では水霧がどんな感じでこの二次創作を作っていたのかくっちゃべりたいと思います。長いですが、断末魔と思ってお付き合いしてくれる方はそのままお読み続きしてください(ほぼ強制ですがね!)。
まず、なぜ『キノの旅』の二次創作を作ったかですが、当時学生の水霧が国語の勉強をするのに作ったのが始まりでした。日本語が苦手なのに文章表現するのは自殺行為……でしたが、辞書などで調べていくうちにそこそこになれました。類語辞典とかも便利ですよ。同じような意味でも言葉が変わるだけで面白くなります。
そこに白羽の矢が立ったのが『キノの旅』。一話完結だしそもそも好きですが、実はラノベは『キノの旅』しか読んだことがありません。小説自体あまり読まないのです。でもゲームにもスポーツにもギターにもハマっていた時期に予想外にもハマりましたね。作るって楽しいんだって。
ひとまずの目標はオリジナルキャラたちを作者の分身にしないこと、作風を原作に近づけること、小論文のように文法や使い方を守ること、この三つでした。一つ目の理由は後ほど分かります。
オリキャラたちを突き詰めると似たり寄ったりの性格になってしまいます。一人の人間が作っているから難しいですよね。話し口調も似せないように、でもあからさまなキャラ付けはしないように、といろいろと苦悩していました。ちなみに作中では明かしていませんが、オリキャラたちの年齢と誕生日、血液型、得手不得手、好き嫌いまで全て設定しています。原作ではぼかしているので、それに倣っていますが。
それらを終えると、一話ごとに舞台と人を用意しなければなりません。ネタは日常生活ですね。意外とすぐ見つかります。水霧は陳腐なので舞台が草原・山が多いです。というか好き。のどかなのが好きなのです。
問題はそれらをどう『キノの旅』っぽく面白くするか。水霧自身もここらへんがまだ甘いなぁと感じています。何年もやって未だに試行錯誤中で何とも言えませんが、シュール(非現実的・超現実的)なのに現実として実在したら……と思わせることが重要な気がします。そのためにタイトルやサブタイトルはすごく大切。タイトル通りかと思ったら予想の斜め上だった、と思わせたら大成功ですね。たまにやり過ぎて破綻することもあります。
その中でも起承転結は守るように心掛けていています。特に“結”をどう持っていくか、つまりハッピー・バッド・その中間に設定するかですね。
水霧はハッピーエンドが大好きなのにバッドエンドが多くて心苦しいです。もう水霧病んでるじゃないのかってくらいですね。たまにはハッピーエンドでもーっと作ると、なぜか悪い方悪い方へと流れてしまいます。やばい、これやばいやつだ。このまま最終回を目指したら全滅エンドじゃないかっ。絶対ヤダ! ここにオリジナルキャラを作者の分身にしない理由があります。自分をいじめてるみたいでイヤじゃないかっ。ド変態にもほどがあるよっ! 分身じゃなくても気分は良くないけどね!
ちなみにその反動で第七章「おまけ」は比較的のほほんとした内容にしました。『キノの旅』っぽくないかもですがお許しを。おまけらしいおまけを作ってなかった気がしたのもあります。
そして指摘があった第七章「おもいだすとこ」ではいくらでも展開を持っていくことができた分、かなり悩みました。ダメ男の生死すらも視野に入れていたことを(こっそりと)告白しておきます。
……ともかく、こんな感じで水霧は物語を作っています。もうあと一章分しかないので今さら感マンマンですが、残りもきちんと仕上げて終わらせますよー。けど原作の雰囲気が保てない可能性大で、どうしても一話完結でなくなりそう。原作は完結してないのでどう落とし所をつけるか、水霧の手腕にかかります……。
そうそう、「にじファン」様に投稿していた結末と違うだろうと思います。何年も前なので知っている方はまずいらっしゃらないと思いますが、念のために。気になる方がいたら少し改変して“おまけ章”でも作りますか。
終わらせた後はどうしようかまだ決めてないです。続編か、オリキャラか、キノを主体とした二次創作か、最近『メイドインアビス』と『けものフレンズ』がいいなと思っているので別作品の二次創作か、そもそも読み専になるか。その時の気分で決めたいと思います。
それではこのへんで長い長い“あとがき”を終わりにします。お付き合いいただきありがとうございました。最終章をお楽しみに! では最終予告です!
「ど、どうしてここに……」
「さぁ。これも何かの運命なんだろうね」
大切な人を取り戻すために決闘に臨むが、その対戦相手に驚きを隠せない。しかし勝つと決めた意志と共にあのナイフを握る。秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)な“声”と天真爛漫な男が世界を旅する短編物語。最終章、そして完結。原作:時雨沢恵一様・著作『キノの旅 ―the Beautiful World―』