フーと散歩   作:水霧

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第一話:にげたとこ


 薄い雲がたなびき、白い息が出る頃、首飾りのフーを提げた旅人のダメ男が歩いていた。

 そこは淡い緑の大平原の中で、細い丸太で組まれた柵とその手前にある木の看板が見えてきている。柵は左右に広がっていて、地平線彼方まで設置されていた。

 早速、ダメ男とフーは木の看板を調べた。

「何て書いてあるか分かる?」

「“この先に進むのを禁ずる”と書いてありますね」

「多分ここがそうだろうな」

 興奮気味に周りを見回している。

「大枚はたいて商人から情報を買い取ったかいがありましたね」

「そうだな。何しろ、多くの旅人が探し回っても見つけられない“幻の国”だ。どういう国でどんな人がいるのかすら分からない。……楽しみだ……!」

 少し息を荒げて話す。

「そんなに楽しそうなのも久しいですね」

「思ってた以上に楽しみにしてたみたいっ」

 あどけない笑み。フーも笑みを零した。

「行こう」

「はい」

 

 

 物柔らかく太陽が輝き、陽だまりでぽかぽかする頃、灰色のハムスターのクーロを連れた旅人のハイルが歩いていた。

 そこは紅葉の森の中で、金属柱のワイヤーロープの柵とその手前にある鉄板の看板が見えてきている。柵は左右に広がっていて、森の中へ伸びていた。

 早速、ハイルとクーロは木の看板を調べた。

「“この先は立入禁止”って書いてあるみたいだね」

〔ではここが例の場所でしょうか?〕

「そうなんだろうね」

 素っ気なく見回している。

「旅人が探そうとしても見つけられない“幻の国”だったっけ」

〔同胞の話によると、そのようでありますな〕

 少し息をついて話す。

「あの子たちがどうしてもって言うから……早く先に行きたいのに……」

〔と、とにかく行くだけなら損はしませんからっ〕

 満更でもない呆れ笑い。クーロは安堵を零した。

「仕方ないなぁ。じゃあ行こっか」

〔はいっ〕

 

 

 燦々と照り付け、汗ばんでくる頃、お団子ヘアのナナと優男のディンが仲良く歩いていた。

 そこは海沿いの獣道で、石柱の金属線の柵とその手前にあるプラスチックの看板が見えてきている。柵は左右に広がっていて、海と草原の陸地を跨ぐように伸びていた。

 早速、ナナがディンに看板を調べさせた。

「姐さん、“侵入厳禁”みたい、」

「ナナおねえちゃん!」

「……ナナお姉ちゃん、とりあえずそうみたいですよ」

 じっと海の方を見ている。

「このみちのさきにあるの?」

「そうですが、無理に行く必要もないんですよ? どうせ見つけられない国ですし」

 ぎゅっとディンの袖を掴む。もぞもぞとして指をつかむ。

「おこられちゃうかな……」

「大丈夫ですよ」

 満面の笑み。ナナの手を握り返した。

「ちゃんと“お願い”すれば怒られないですから」

「そっか! たのしみにしてるねっ」

 

 

「……」

 ダメ男は絶句していた。

「あ、あれ……?」

 柵の中には……何もなかった。

 広大な緑の絨毯がそよ風でさらさら流れている心地良い空間だけだった。

「だ、ダメ男……?」

「確かにここって言ってたよな?」

「そうですね。今度の情報は信憑性が高いはずです。一国の女王が抱える一流の情報屋からのものですし、自信満々でしたし」

「騙された……?」

「き、気を取り直してください。まだ探せばあるはず、」

「でももう二日も歩き回ってるんだよ……? さすがにもう望み薄いよ……」

「……」

 フーでさえもかける言葉が見つけられなかった。

 まるで放浪するように探し彷徨うと、一人の男を見つけた。四十代前半の筋肉質の男だった。

「助けてくれ……」

「!」

 男は肩で息をして、泣いていた。とりあえず気持ちを落ち着かせる。しかし激情に駆られて、さらに涙を落としていた。

 逸る気を抑えて、ダメ男は軽く自己紹介した。

「一体何があったんだ?」

「俺は……“幻の国”の住民なんだ!」

「え、えぇっ? でもその国はここにないけど……」

「逃げてきたんだ! 遠い所から! でも国は滅ぼされてしまった! 助けてほしい! 助けてくれ!」

 男は目を見開いて、切羽詰まってダメ男に迫る。まるで何かに取り憑かれているようだった。

「ダメ男、危険です」

「……」

 男の両手をそっと寄せて、優しく握った。

「どうしたらいい?」

「復讐だ! そのために、お前の荷物を全て寄越せ!」

「!」

 すぐさまに男を蹴り飛ばし、手投げナイフを投げ飛ばした。素手で簡単に払われて大した痛手にならず、受け身を取ってすぐに立ち上がってくる。

「あの男はもうダメです。気が狂っています」

 だらだらと涎を垂らし、ダメ男を睨みつけている。

「そっか……」

 悲しそうに見つめるダメ男。

 男は走ってくる、

「ごめん」

 ことはなかった。

 最初の一歩で崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

「今回は劇毒ですか」

「……幻はこの人の妄言だったのかな」

 寂しそうにその場を立ち去った。

 

 

「……」

 ハイルは見つめていた。

〔は、ハイル嬢……〕

 柵の中には……なかった。

 紅葉の森ではらはらと落葉して、ほんのりと温かい空間だけだった。しかし、

「あ……ああ……」

 ぽつんと残された切り株に老人が座っていた。そっぽ向いて、呆然と葉が舞い落ちるのを眺めている。

〔近付くのは危険かと〕

 ふるふると顔を横に振る。

 ハイルはゆったりとした足取りで近寄った。

「こんにちは。こんなところで何をしてるの?」

「……」

 老人は横目でハイルを見た。その眼に力はない。

「……逃げてきたところじゃよ、お嬢ちゃん」

「!」

 両太腿に銀銃が収まったホルスターが付けられている。一回触れるが、そっと離れた。

「誰かに追われてるの?」

「今はもう追われているのか分からん。だからここまで逃げたのじゃ。……ま、まだやつが、」

 老人の震える声を、

「無理に話さなくていいよ。それよりも休んだ方が良いね」

 ふんわりと遮る。

 老人がずりずりとハイルと相対した。

「お主も“幻の国”を求めてきたのだろう?」

「ぼくじゃないんだけどね。この子たちが……」

 肩に乗っているクーロを撫でる。背後から小動物たちが姿を出した。

 老人は虚ろな表情で薄い笑みを浮かべる。

「そうか。……国はもう滅んでいる。俗な風説も消えていくじゃろうて……」

 ゆっくり息をついて、頷いた。

「ありがとう、おじいちゃん」

 ハイルは布袋を取り出して、そっと差し出す。やけに重みがあった。

〔ハイル嬢、それは大切な路銀では……〕

「いいんだ」

 こそっと呟く。

「ぼくはもう行くね。……お元気で……」

 老人は目を丸くして、ハイルの後ろ姿を見送った。

 

 

「どういうことです?」

 ディンは困惑していた。

 目の前には四十代前半と二十代前半の女の二人がいる。門番というには些か身軽く、簡素な衣服と槍くらいしかない。そのせいか体型が強調されて、艶かしく見えてしまう。

 その奥には村が広がっていた。クリーム色の六角形のテントでいくつも立てられている。傍には物干し竿や家畜、住民らしき人々など、生活空間ができていた。

「だから、入国は認められない」

「一体なぜ?」

「我が国は外部の人間や国と極力交流を避けているのだ。立ち去られよ」

「外の人は賊や悪人ばっかりだ。なら受け入れる必要はないよね?」

「全員が全員そうじゃないですよ。私たちは別に危害を加えたりしませんし」

「はっ、どうだか」

「信用できないね」

 三人が言い争いになっている脇で、ナナはしかめっ面でむすっとしている。じろじろと門番の方を見ては、自分を見て、ディンを見ていた。

 ぽそっと言葉が放たれて、

「どうして“まぼろしのくに”っていわれてるの?」

 三人が言い止めた。ナナに注目が集まり、

「や」

 ディンの陰に隠れた。

 ごほん、と四十代前半の女が話す。

「外部の人間はこちらの好意を盾にして、宿泊や物々交換なんかを強要したり、拒否すれば悪評を垂れ流したりする。我が物顔でな」

「それでも強硬手段で入ろうとする輩もいるんだよ。この国は自衛手段も少なくてさ。だからそういう奴らから逃げるようにしたんだよね」

「……」

 唖然と聞いているディン。ナナはまだじろじろ見ていた。

「それで物好きな連中がここを滅多に見られない国だからといって、“幻の国”なんて広めたのだ」

「ひどいもんだよ。自分らでそういう風に仕立て上げたくせにさ」

「そうでしたか。そんなじじょ、……! ナナさんっ?」

 ぐいっとディンを引っ張り下げるナナ。門番二人を真っ直ぐ見た。

「ナナたち、もうごはんとかみずとかすくないの。ここにおせわにならないと……しぬかもしれない……。だからおねがいします。にゅうこくさせてください」

 目一杯頭を下げた。

「な、ナナ……さん……」

 我が目を疑った。

 しかし、

「痛い目を見ないと分からないようだな」

 突き返された。

「ナナさん、危ない!」

 今度はディンが引っ張った。突然の槍の突きに、

「ぐぅっ」

 右腕と肩に突き刺さった。

「でぃ、でぃん!」

 深くはなかったものの、二ヶ所から赤く溢れていた。

「貴様らの事など知らん! 風穴を空けられたくなければ今すぐ立ち去れ!」

「殺しちゃうよ!」

 脂汗を流しているディン。応急的に止血をしていた。

 オロオロしつつも、そっと止血を手伝うナナ。

「ち、が……ディン、だい、丈夫……?」

「これくらいは、……っ、大丈夫……」

 ニコリと笑うが、歯を食いしばっているのが分かる。

「そう……そうか……」

 抜身が見えないほどの速さと炸裂音だった。

 片っぽの頭が爆発したように四散してなくなっていた。残りの部分は何事もなく倒れて、赤く吹き出しながら動かなくなっていった。

「“お願い”しても無駄だったようだな」

 凍てつくような言葉と一緒に、

「き、貴様あああっ!」

 炸裂音がまた放たれた。

 今度は身体が真っ二つに散っていった。赤く撒き散らしながら中身を曝け出していく。

「なっナナさん……」

 別の我が目を疑った。

 死体になっていく生者は口からごぼごぼ吐き出している。

「き、……さま……」

「ナナのディンを傷つけなければ、大人しく諦めていたものを……」

 右手にあるソウドオフ・ショットガンから煙が立ち上っていた。それを喉元に突き立てる。

「今すぐに逃してやろう。二度と戻って来れないようにな」

 

 

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