フーと散歩   作:水霧

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第七話:たすうけつのくに -Over to draw-

 生憎の曇天だった。鼠色(ねずみいろ)の怪しい雲が空を覆い、今にも機嫌を崩しそうだ。

 生暖かい微風が緑の大地を(あお)ぐ。胸騒ぎを()き立てるよう緑が波打ち、ざわつかせた。

 そこに都合良く一本の道が敷かれていた。急なアップダウンに加え、ぽつぽつと生える木々を避けるように、ぐねぐねと曲がっている。緑を刈り取って作ったような細い土の道だった。

 そんなところに一人の男がいた。フードの付いたセーターにジーンズを着ており、真新しいスニーカーを履いている。全身真っ黒だった。セーターの(そで)は掌を半分隠すくらいに、(すそ)はジーンズのポケットをすっぽりと覆うくらいに長い。荷物としてはぶっくりと太った登山用の黒いリュックに、ウェストポーチが二つだ。リュックに黒い傘が横に貫いている。ポーチはセーターの中に隠れていて、外見からでは少し盛り上がったようにしか見えない。

 セーターに付いているファスナーを胸のあたりまで下げた。

「はぁ」

 男はため息をついた。

「どうしました?」

 男に問いかける“声”。妙齢の女だが、口調が鋭く淡々としている。しかし、男の周囲には該当する人物がいない。

「……長くない?」

 額に汗をかいている。

「そうですね。ここ数日は、歩いても歩いても同じ景色のように見えます」

「しかもデコボコ道だしさ……ふぅ……」

 男は疲れ気味のようだ。

「マラソンにはいいかもしれませんね。坂道や急カーブで足腰を鍛えられますし、地面は土ですから(ひざ)にも優しいですしね」

「スポーツインストラクターか」

 男はぐっとリュックを背負い込む。そして歩き出した。

「今何時?」

「今は十時二分です。ダメ男が歩き始めてから三時間二分を経過しています」

 “ダメ男”と呼ばれた男は、

「すると、十キロくらい進んだか?」

「いえ、八.四九キロメートルです」

 微苦笑(びくしょう)した。

「そろそろ荷物を減らした方がいいかな?」

「そうですね。特に、金塊ですね。そもそも未だに盗まれていないことに奇跡を感じますが」

「金塊もこんな状況になるとダンベルと変わらないな」

「ですね。“猫に小判、豚に真珠、ダメ男に金塊”と言ったところでしょうか」

「ぶっとばすぞ」

「まだ昼間ですから、明るくて探しやすそうですね」

「……く」

 そんなやり取りを繰り返しながら歩を進めると何かが見えてきた。ダメ男は双眼鏡を取り出し、震える手付きで(のぞ)き込む。遠目からでは白い“何か”としか分からない。

 じっと確認するダメ男を尻目に、

「早く行きませんか?」

 “声”は飽き始めていた。

「フーは体験主義だったっけ?」

 “フー”と呼ばれた“声”は、

「興味ありません」

 機械的に突っぱねた。

「人間の価値観や道徳、倫理観、主義主張は千変万化するものですから」

「随分と哲学っぽいな」

「誰かさんの受け売りです。“忘れてしまいましたか”?」

 フーは、

「うーん。どうだろうね。それより、フーのご意向も兼ねて行ってみようか」

「便利な鳥頭ですね」

 ちょっとだけ呆れていた。

 

 

 何時間もかけて、ようやく辿(たど)り着いた。

 ダメ男の目の前に分厚い門があり、上を(あお)ぐとアーチ状にデザインされているのが見える。左右を見渡せば、白い城壁が遠く広く囲っている。

「開いていますね」

 鈍重な門が開かれていて、洞窟のように薄暗く長い。しかし、奥に小さな光が輝いていた。

「あーっ!」

 ダメ男が叫ぶと、声が乱反射してエコーがかかる。

「なるほど。これは歌うのに適した門ということですか。理解しました」

「誤解すんな」

「歌っていいですか?」

「オレが許すと思か?」

「お願い、歌わせて?」

「そんな子猫のような声で頼んでもダメだからな」

「うにゅ……」

 ようやく抜けると、明順応して景色が飛び込んできた。一瞬ダメ男はたじろぐ。

 石造りの家があり、中を確認するが誰もいない。

「ここは詰所といったところでしょうか。この家は休憩所でしょう」

「なんで?」

「ここだけ地面が異様にすり減っているからです。随分と“盛んに”警備していたのでしょう」

「……でも、今は人の気配なんて全くない。声どころか、生気すら感じない……いや、悪寒がしてぞくぞくする気持ち悪い感覚だ……」

 ダメ男はセーターのファスナーを上まであげた。

「さすがですね。感性が獣並みに鋭敏です。知性もですが」

「お褒めの言葉として受け取っとく」

 ダメ男は街の中へ向かっていった。

 

 

 適当に探索をしていたダメ男だが、

「廃れたのか?」

 表情が険しかった。

「見たままで言えばそうなりますね」

 車が数台行き交うくらいの幅の道がずっと伸びている。その道を(はさ)むように、石造りの家がびっしりと立ち並んでいた。四階建てのようで、生活するためというより、貴重な建造物のようにも見える。しかし、人がいない。

「もったいないな。こんな立派なものがあるのに……」

「ダメ男が住んでみますか? 良い物件ですよ?」

「今度は不動産屋ごっこか?」

「今ならなんと! 幽霊と一緒に住める温かいサービスも満載です!」

「いわゆる“ワケあり物件”だろそれっ! むしろ肝が冷えるわ!」

肝試(きもため)しのセットに使えますよ!」

「肝試すどころか心臓が潰れるわっ。しかも不謹慎なこと言うなよ!」

「ダメ男の方が不謹慎ですよ。勝手に亡くなったことにしてますし」

「ぬっ……それは言えてる」

 ダメ男は荷物を置いて、休憩することにした。

「この街は恐ろしく広いな……。徒歩で通える広さじゃないだろ……」

「おそらく、主な移動手段は車か何かでしょう」

「……いいこと考えた」

 ダメ男はそそくさと廃屋に忍び込み、何かを持ってきた。

盗人猛々(ぬすっとたけたけ)しいですね」

「ちゃんと後で返す」

「それでも窃盗罪が消えるわけではありませんけどね」

 自転車だった。しかも速そうなマウンテンバイクだ。

 ダメ男はるんるん気分でそれに(またが)り、()ぎ出した。

「はっやっ!」

 誰もいない道を颯爽(さっそう)と駆け抜けていく。

「うおぉおおおぉぉぉっ!」

「興奮しすぎです」

「オレ、風になってるっ! うっははぁぁ!」

「頭がさらにおかしくなりましたか」

「やっばぁぁ! 気持ちぃぃ風だあぁぁぁっ! ハマりそうだっ! オレっこのままなら飛べそうだぜぇぇ! ひゃっほおおおぉぅ!」

「危険な薬を乱用した方のような発言ですね。そのまま廃人になって風になって死んでください」

 

 

 ダメ男が駆けずり回っている間に、いつの間にか夕方になっていた。テンションが上がりすぎたようで、マウンテンバイクを降りてからも興奮していた。というより、まだ興奮している。

「なんかまだいける気がする! うんっ」

「いい加減に落ち着いてください。初めて乗ったにしては上手ですし、あっという間にマスターできた腕は認めます。しかし、人格及び顔面に異常が発生しているのは問題です。それと、」

「もう一回乗ろっかな~」

「人の話を聞きなさいっ!」

 小一時間の説教の後、ようやくダメ男は平静を取り戻した。

「悪かったよ……」

「本来ならば自爆していますが、久しぶりに楽しそうな表情が見られたので判定は甘々ですからねっ」

「いつそんな機能がついたんだよ! むしろ恐ろしくて落ち着けないから!」

「こっそり付けていただきました。死にはしませんが、触れている部位は吹っ飛ぶと思っていてくださいね」

「……」

 だらだらと冷や汗が滴る。

 ダメ男は早速野宿の準備に取り掛かった。リュックから黒い傘を取り出して広げると、いくつもの骨組があった。それを手際良く組み立てていく。

 その作業の合間に、周囲を垣間見ている。

「暴走して位置を把握していないようですね。ここは街のほぼ中心にあたる位置です。ダメ男は東方面を暴走していました」

「全然見れてなかった……」

「まぁ、それほど熱中して楽しんでいたのでしょう。久しぶりに楽しめたようで良かったです」

「……オレ、暗いな。……一人で遊んでるなんて……」

「こちらを無視しないでください。一人ではありませんから」

「! ……」

 ダメ男は目を丸くした。優しく微笑む。

 ダメ男たちがいる位置は、先ほどフーが言ったように街の中心部だ。先ほどの道が四方から合流して、十字路を形成している。その空いたスペースには、先ほどの家が所狭(ところせま)しと建ち並ぶ。

 ダメ男たちは十字路中心より少し外れた歩道にテントを組み立てていた。

 テントを完成させて、荷物をテントの中に置いた。

「……!」

 何かに気付く。

「どうしました?」

「このへっこみ……なんだろう?」

 綺麗に舗装された道だが、数ヶ所に異様な(へこ)みを見つけた。

「分かりません。誰かが重たい荷物を落としたのではありませんか?」

「そうか」

 空を見る。

「……少ししたら雨降る。匂いがするし風が冷たいし」

 ダメ男は焚き火の準備をしていたがやめた。代わりにロウソクを数本灯し、それをガラスケースに入れる。

「まだ雨は降りません。降るとすれば、深夜の三時あたりに降ると予想されます」

「分かった。でも、まだ外にいよう」

「しかし、ダメ男は歩いた分と暴走した分で、かなりの体力消耗と汗をかいています。テントではしっかりした休眠が取れませんし、下手をすれば体調を崩してしまいます」

「……慎重だな、フー」

「ここには医者も誰もいません。テントで(しの)ぐにはリスクが高すぎます」

「……フーがそこまでオレを心配してくれるんなら、従うしかないな」

 ダメ男はテントを片付け始めた。

「べ、別にそういうわけではありません。普通に考えれば廃屋に身を置いた方が安全だと分かるはずです。ダメ男がバカでアホで間抜けで人格崩壊の顔面破壊してて、」

 フーの悪態を平然と聞き流す。

 テントを片付け終えた後、民家を貸してもらって床に()いた。

「ありがとな」

「いえ、どういたしまして」

 

 

 翌日の早朝。ダメ男が目覚めると、

「予想通りだな」

 しとしとと雨が降っていた。

 セーターを脱いでタンクトップと下着姿になると、ストレッチを始めた。身体にはいくつもの傷痕があり、筋肉によるものではない凹凸が見られる。

 傍らにナイフが置いてある。黒い骨組みに透明の膜を貼り付けた()。その中に刃が収納されている。先端にあるボタンを押すと、刃が飛び出す仕組みだ。

 すると、

「おはようございます」

 フーが起きた。姿がないものの。

「まだ寝ててもいいんだぞ? オレに合わせなくても……」

「自然に目が覚めただけです。自意識過剰もいいところですね」

「そっか」

 特に気にすることなく、ストレッチを続行する。

「しかし、身体が柔らかいのですね」

 前屈をしていたダメ男。くにゃりと身体が折りたたまれ、額が膝に接触する。

「オレは徒歩だからな。ケガしないように気を付けてるよ。脚のケガは特にな」

「男性でここまで柔らかい方は珍しいですよね」

「わりとそうでもないと思うけどな……」

 ストレッチを終えると、今度はナイフを手に取って練習を始めた。ボタンを押してシュカッ、と刃が勢い良く飛び出した。そして敵を想定した動きを見せる。それはまるで踊っているかのようだった。

「ところで、今日はどうするつもりですか?」

「まだ行ってないとこあるだろ? そこを回ってから街を出るよ。出来れば今夜には……な」

「夜ですか?」

「うん」

 ナイフを鋭く振る。空気を裂く音が明確に聞こえる。

「予報では明日の明朝まで降るようですよ? 雨があがってからでも遅くはないと思います」

「それなら、そうした方がいいな」

 急にナイフを投げた。(すさ)まじい勢いで壁に垂直に突き刺さる。

「……」

 そちらを(にら)む。が、誰も出てこなかった。

 ナイフを回収して練習を終えた。

「珍しくきっちり練習しましたね」

「まぁな。さってと……」

 ダメ男は汗を流そうとお風呂を借りたが、水が止まっていた。仕方なく、ミネラルウォーターをタオルに浸し、それで全身を拭った。着替えは黒いパンツに黒い長袖シャツにした。セーターはリュックにしまい、代わりに黒いジャケットを出した。

 さらに、何かが入った袋を取り出した。

「フーからな」

 そう言って、手に取ったのは四角い物体だった。水色のようなエメラルドグリーンのような色をしていて、蝶番(ちょうつがい)のように開くことも可能だ。

「昨日はずっとダメ男の服の中だったので、汗で気持ち悪かったです」

「確かにな。寒いならまだしも暑いとどうしても汗かくからな。……今度から内ポケットに入れるようにするか?」

「いえ、けっこうです」

 淡々と言い放つ。ダメ男は、

「そうかい」

 少しムッとした。

「お手入れをしてもらうことが少なくなりますから」

「……」

「別に、ダメ男の気色悪い顔面を見るためではありませんから、勘違いしないでください」

「分かってるよ」

「なぜニヤついているのですか? 不気味で気持ち悪いです」

「別にニヤついてないよ」

 とか言いながらも、

「よし終わり。どうです? 心地良かったですか?」

「まあまあですね。もうちょっとキレがあっても良かったですけど」

「……あははっ」

「ふふ」

 笑っていた。

 次にナイフのお手入れに取り掛かった。先ほど取り出した袋から、白い布と丸い容器をいくつか出す。その容器を開けると、何かの液体が入っていた。それを布で浸し、ナイフに塗り付けていく。

「雨はやはりすぐには止みそうにないですね。そんなに強くはありませんが」

「そうだな。こういう日は、家で寛ぎたいもんだ」

「ダメ男は家に帰りたいですか?」

「“家があれば”ね。いや、あっても帰りたいとは思わないかも」

「一時期、ホームシックになりましたよね」

「そっその話はやめてくれよ。……恥ずかしいからさ……」

「毎晩毎晩、子供のようにシクシク泣いていましたよね。(なぐさ)めるのに苦労しましたよ」

「うっさいっ」

 顔が赤くなっている。

「おまけに立ち寄った町で一週間ほど寝込んで、住民の皆様に迷惑をかけまくりましたね。感謝してくださいね」

「……あぁぁっ! 指切った!」

「もし私がいなかったら、ダメ男は鬱になっていますね」

「オレのケガ無視っ?」

「痛そうですね。それでですね、」

「軽すぎるからっ! けっこう深く切っちゃったのにっ!」

「話題を変えたいがために身を呈した自傷行為を難なくこなすとは、ダメ男はかなりマゾヒストですね」

「急に話題が怪しくなったよっ! やめようっ? まだ朝だよっ」

「話題を振ったのはダメ男ですから、責任を取ってくださいね」

 ……とにかく、二人は駄弁(だべ)りながら午前を過ごした。

 

 

 昼食を栄養補助食品で済ませ、午後からは、探索に時間を費やした。

 雨が降りながらも、レインコートを着用して自転車を漕ぐ。しかし、同じような景色しかなかった。

 ダメ男は左耳にイヤホンをしている。

〈ところで知っていますか?〉

「? 何を?」

〈運転しながらイヤホンをするのはいけないことなのですよ?〉

「そうなの?」

〈はい〉

「初めて知ったよ」

〈無理もありません。初めて自転車に乗ったのですから〉

「でも従う必要はないな。この街に“法律が存在してないから”」

〈そうですね。“馬鹿の耳に念仏”です〉

「ビミョウに合ってるだけにムカツクなっ」

 二人が話していると、とある広場についた。

「なんだここ? 見事に放置されてるな」

〈公園にしては相当広いです〉

 公園は広大な緑の敷地に白い石畳の道が心細く伸びている。均等に生える木々や芝生(しばふ)は生い茂り、花壇の花とともに手入れされている様子は皆無だ。池は雨が降っているおかげで、溢れかえりそうだ。

「もしかして、この街って大金持ちしか住んでないのか?」

〈かもしれませんね〉

 ダメ男はしゃがみ込み、芝生に触れる。

〈どうしました?〉

「いや、なんでも……」

 道を(つた)っていくと、建物が見えてきた。

「見た感じ、王様クラスの家だよな?」

〈これが庶民の住む家なら、この街の生活水準は恐ろしいほどに高いですよ。そうでなくとも、低いとは言えませんが〉

「それは言えてる。今思えば、街中にあったやつより豪華だもんな」

〈この壁はおそらく大理石ですよ〉

「まじかっ」

 美しい装飾、高級そうな素材を惜しみなく使用した真っ白い壁、城かと思うほどの巨大なサイズ。まさに豪華絢爛(ごうかけんらん)を極めたと言うべき建造物だ。

 ダメ男は、

「じゃあ、お宅訪問といきますかっ」

〈楽しみです〉

 あっさりと中に入った。その瞬間、

「!」

 足が止まった。

〈ダメ男、どうしましたか?〉

「……」

 顔が険しくなっていた。

 自転車を入口に立て掛ける。

「外と空気が全然違う。というより、外の空気をさらに圧縮したような……少し怖いな……」

〈ダメ男が“怖い”と訴えるのはすごく珍しいです。こちらには伝わりませんが、ダメ男はひしひしと感じているのですね?〉

「うん」

 警戒しながら進む。彩り豊かなガラスを貼り合わせて創った見事な絵を飾ったホール、プールのようなお風呂に、陸上競技ができそうなくらいに長い廊下。もはや贅沢を超えてある意味芸術だった。

「?」

 しかも、(ほこり)の量も尋常ではなかった。雪が降り積もったかの(ごと)く、厚みを持っていた。

〈広いですね。ダメ男は方向音痴ですから、私がいなければ迷子になりますよ〉

「ここに限っては大丈夫そうだ」

〈そうですか〉

 ダメ男の足跡がずっと伸びていた。

〈掃除するとしたら、どの位の歳月が必要なのでしょうか〉

「一生かかると思う」

〈ダメ男と同じ答で安心しました〉

「うん。掃除してたら、別のところで埃が()まるだろ。こんな広いと……」

 歩いていくと、

「!」

 また足を止めた。

〈ダメ男、急に汗を流しましたね。どうしました?〉

 みるみる頭から汗が流れていく。

〈手も湿りだしましたね。緊張ですか?〉

 ダメ男は、

「これ以上先は進みたくない……」

〈え?〉

「怖い……」

 足が進まなくなった。そこからもう少し進むと建物の裏に通じている。

〈テラス、みたいですね。一応扉があって通れるようですが〉

「ごめん。そっちにはいけない、いきたくないんだ。頼むよ……いきたくない……」

〈ダメ男、落ち着いてください。ひとまず出ましょう。無理をする必要はありません〉

「……助かるよ、ありがとう……」

 ダメ男は憔悴(しょうすい)しきった面持ちで建物を出た。

 

 

 ダメ男はまた民家を借りて寝泊まりすることにした。

「大丈夫ですか?」

 フーはテーブルに置かれている。

「なんとか落ち着けた……」

 ダメ男は椅子に座って項垂(うなだ)れていた。

「何時?」

「十八時十二分です。今日はもうゆっくりしましょう」

「そうだな。ありがと」

「いえ」

 ダメ男はボトルと栄養補助食品を取り出し、簡単に夕食を済ませる。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫」

「ダメ男がこんなに精神的疲労を負うなんて、本当に珍しいことです。ですから、冗談抜きで心配です」

「そうだな」

 もそもそと食を進める。

「……たとえるなら、全身ぐるぐる巻きにされて渦に巻き込まれる感じがした」

「? どういうことですか?」

「否応無しに“何か”に引きずりこまれるような……強烈な引力みたいなのを感じたよ」

「文字通りの“ゴーストタウン”ということですか?」

「間違いない」

 食事を切り上げて、食料をポーチにしまった。

 ダメ男はリュックから寝袋を取り出した。

「また“悪夢”を見そうですか?」

「どうだろうな。また宇宙と交信するかもね」

「ふざけないでください。本気で心配しています」

「……ごめん。本心で言うと見ると思う」

「そうですか。こうなるならダメ男の言う通り、今夜にでも()てば良かったです」

「でも明日は晴れるんだろ? なら待った方がいい」

「ごめんなさい」

「謝るなよ」

 ダメ男は寝袋に入って、目を閉じた。

 

 

 しかし、フーは起きていた。

「また、ですね」

 泥のように眠っていたダメ男が、

「はっ……は……」

 息が荒くなっていた。寝汗が粒となって、滝のように伝い落ちていく。苦しそうだった。

「うぅ……あっ、ぐう……」

 がたがたと震えている。

「私は、あなたが苦しむ姿を見てるだけ。側にいて添い寝することも手を握ることさえできない。どんなに傷付いても見てるだけ。私の方がどうにかなってしまいそうです」

 誰にも聞こえず、そっと独り()つ。

 

 

 翌朝、

「ふあぁぁ……」

 ダメ男は何事も無かったかのように起きた。

「うっんぅ……ばくすいさくれつ……」

 いつものようにストレッチと練習をした。練習の途中で、

「おはようです」

 フーが起きた。

「気分はどうです?」

「うっはよ。もう快眠爆睡大喝采よっ!」

 異常にテンションが高かった。

「修学旅行で寝不足になって、むしろテンションハイになったパターンですね」

「よく眠れたよ」

 屈託ない笑顔だった。

「心配して損しました」

 フーは呟く。

「んぅ? 心配してくれたの?」

 一瞬で下卑(げび)た笑顔に変わった。

「一生悪夢に(うな)されて苦しみながら死ねばいいです。地獄に落ちて、鬼に肉を削がれてもがき苦しめばいいです」

「それは想像しただけでも恐ろしいな……」

「早く死んでください。そちらの方が清々します」

「そんなに怒るなよ」

「気持ち悪いので話しかけないでください」

「はいはい」

 慣れているのか、全く苦にしていなかった。

「誰かさんがずっと見ててくれたから安心して眠れたよ」

「え?」

 間抜けな声が漏れた。

「おっ起きていたのですか?」

「寝不足は乙女の肌に悪いから、ちゃんと寝ときなよ」

「誰のせいで……じゃなくて、」

「焦ってる焦ってるっ。あははっ」

「ばか」

 雨が止んでいた。

 

 

 ダメ男は準備を終えていた。忘れ物がないかチェックし、民家を後にする。

 空は東に雲を残して、綺麗な青空を見せていた。太陽が雲に隠れているが、その隙間から帯のように光が差し込んでいる。ちょうど街に差し込み、濡れている石造りの家や水たまりを(きら)びやかに()せる。

 ダメ男は澄んだ瞳でその情景を見ていた。

「綺麗だなぁ……」

「はい」

 自転車に乗り、緩やかに走っていく。惜しむように。

「今日は安全運転ですか?」

「こんな綺麗な風景なのに、爆走してたんじゃもったいないだろ?」

「そうですね。よそ見運転も危険極まりないですが、死ぬのはダメ男ですので許します」

「良い子の皆はマネしちゃダメだぞ」

「私しかいませんよ」

 ダメ男が走っていくと、街の西側に抜けた。そこは農村のように田畑が広がっていて、見事に育っていた。奥の方で何かの機械が道に置かれていた。

 ダメ男は自転車を停めて、畑の土を(すく)った。握ったり匂いを()いだりもした。

「いい土とは言えないけど、しっかりとしてる。育てるには十分だ」

「誰かいますね。足跡があります。二十六センチ、形状と深さから判断して男性で、体重は約六十キログラムだと推測します」

 機械の方へ行くと、

「お」

 三十代から四十代前半の男が、機械にもたれて休んでいた。

「おおおぉぉ! これはこれはっ!」

 男はダメ男と固い握手を交わした。

「ようこそ、我が国においでなさった! 私がこの国の王です!」

 薄汚れた帽子に土で汚れた作業着と長靴、顔や手も泥だらけだった。正直、あの大豪邸に住んでいるとはとても思えない格好だった。

「オレもやっと人に会えたよ。こっちの方にいたのか」

「第一街人発見ですね」

 男はとても嬉しそうだ。

「いろいろと聞きたいことがあるんだけど……」

「その前に、お腹は空いてないかい? もう昼頃だから一緒に腹ごしらえでもしよう。お持て成ししたい」

 そう言うと、男は両手で抱えるほどに大きいザルを持ってきた。それには野菜や果物がてんこ盛りだ。瑞々(みずみず)しくて美味しそう。

「おぉっ! これはおいしそうっ」

 ダメ男は意に介さずにもりもりと食べ始めた。シャキシャキといい音が弾ける。

 夢中で食べるダメ男を余所(よそ)に、

「この街には王様以外に誰もいませんでした。もしかして、一度滅んでしまったのですか?」

 フーが尋ねた。“自称”王様は急に表情が沈む。

「それを語るにはこの国の事情を知ってもらわなくてはいけないんだ……」

 王様はダメ男に野菜を寄せる。ぺこりと頭を下げた。

「この国は元が王制で、良い時代が多くなかった。むしろ少ないくらい。大体は傲慢(ごうまん)で身勝手な王だった。特に酷かったのは、」

「愚痴はけっこうです。簡潔にお話ください、王様」

 冷淡に言い切るフー。王様はたじたじして続ける。

「契機になったのは十一年前。重税で苦しんでいた農民たちが減税を求めて訴えた。しかし、王たちはそれを退けたばかりか農民たちを殺してしまったんだ! 虐げられてきた我々はついに怒りが爆発した! 理不尽な暴力を終結させるために理不尽な王を打ち倒すために革命が必要であると!  そう考え、早速革命の準備と計画に追われた。見つかれば反乱分子として死刑は免れない。急速にかつ慎重に秘密裏に進められた」

「即死刑ですか。凄まじいですね」

 フーの言葉からは、微塵にも感じられない。

「ちなみに、ここの死刑はどんなのか知ってるかい?」

「知りませんが、(むご)い方法であることは察します」

「この国の死刑は伝統的なものなんだ。手足を拘束して逆さに吊るし上げ、頭から道路に落として叩きつける。しかも家族も巻き添えをくらうんだ。親、妻や夫、子供、最後に死刑囚という順でね」

「惨いですね」

「あぁ。仲間たちがどんどん死刑にされたよ。ある仲間は泣きながら頭蓋骨が陥没して、またある仲間は他の仲間に吠えながら首が折られ……。私は当時、大学院で勉強していた身でね。比較的裕福だったんだが、貧しき仲間たちの悲鳴を無下にできなかった。それで革命を共に叶えようと、初めの方から参加していたのさ。だから、仲間たちがどんな想いで殺されていったか……身をもって分かる。もう、歯を食い縛っていたよ」

「王様も参加していたのですね」

「そうさ。……そして時が動いた。十年前の春、我々は複数の警備隊の武器庫を襲撃し、成功した」

「武器の確保と、警備隊の戦力低下が目的ですね? よく成功しましたね」

「その通り。我々庶民は武器となるものの所持を禁じられていた。我々を黙らせることが一番の目的だったのだろうが、まさか警備隊の中に協力者がいたとは仰天(ぎょうてん)ものだったろう」

 王様は不敵な笑みを浮かべた。

「ということは、後は王宮を襲撃して王様たちをコテンパンにのして革命達成ですか」

「そういうことになるはずだったが、計画変更を余儀なくされた」

「? 失敗したのですか?」

「いや、王たちが荷物をまとめて国外逃亡を図ったのさ」

「では、逃げられたのですか?」

「まさか。金目のものと家族を連れて、トラックの荷台に隠れていたのさ。食料と宝石がたんまり積まれたトラックなんて怪しい極まりない」

「確かに。むしろ、運転手が王様たちでないかと最初は疑いますよね」

「とにかく革命を成功したんだ! 悲願の革命をね! しかも、革命における犠牲者は最小限に留めることもできた」

「なるほど。後はハッピーエンド、とは言い難いようですね」

「まあ、ね……」

 王様は周りを見渡して、少し(うつむ)いた。

「その後は大変だった。政治や法律、国の運営をまるまる変える作業に追われた。まずは基本理念からだった。今までは王による理不尽な独占によって我々は虐げられ、窮地に立たされることばかりだった。だから、一人の権力者に国を任せるわけにはいかない。したがって、国を動かすのは愚かな一人の権力者ではなく、国民全てに平等に決定権を授けることにした。素晴らしい法律でも極悪な刑罰でもどんなアイデアでも国民に是非(ぜひ)を問い、その過多で決定する」

「つまり、“王制”から“直接民主制”への昇華(しょうか)ということですね」

「……そうなのかな? ちょっと分からないが……。とにかく基本理念は決定した。とは言っても、不安要素が完全に消えたとは断言できない。物事には例外が付き物だから。そこで、試金石の矛先となったのが、かつての愚かな王だった」

「結果はどうだったのですか?」

「九十八パーセントの賛成多数で、王は死刑となった」

「ということは、王様の関係者もですね」

 フーは濁して言う。

「だが、これで本当の意味で革命は成し遂げられた。白い道で映えた王族の血が我々の勝利の証だった。もう、誰も苦しまずに済む。……それから、あらゆることを多数決で決めていった。税制や国防、法律、規則、教育、経済……。時間は掛かったが、国民全員が議論し合い、納得したものとなった」

「確かに国民の意見が直接反映されますから、時間のデメリットを除けば、理想的な結果になりやすいですよね」

「その通り。全ては上手くいった……かに思えた」

 王様は水を一杯一気飲みした。

「何があったのですか?」

「ある者が“事案を決定するのに時間がかかりすぎる。リーダーを一人選出してリーダーに権限を与え、何年か国の運営を任せたらどうか?” と主張したのだ」

「つまり、“王政復古”ですか」

「そんなこと誰が賛成しようか! かつての愚かな歴史を忘れたのか! 弱者が虐げられ、強者が飽食の限りを(むさぼ)るあの悪魔の時代を! 冗談でも絶対に許されるものではないッ」

「その調子だと、否決のようですね」

「す、すまない……」

 王様は頭を下げた。

「まさしく、反対多数でひけ、」

「フー、トイレ行ってくる」

 突如、ダメ男はのそのそとどこかに行ってしまった。

「こちらこそすみません」

「いや、いいさ。自慢の野菜を堪能してもらえたようだからね」

 王様はにこりと笑った。そしてすぐに目付きがきつくなる。

「しかし、先ほども言ったが、冗談でも通じないことがある。かつての“悪政”を願う危険思想を抱く者が現れた。国家に反逆し得ないとも分からない」

「かつての“革命軍”の逆パターンですね」

「そう。そこで、彼らを国家反逆罪として提議した」

「半分半分くらいでしょうかね」

「いや、賛成多数を勝ち取ったよ」

「え? 結構多いのですね。ということは有罪となり、牢獄暮らしですか」

「いやいやまさか! 全員死刑に処したよ」

「しっ死刑ですかっ?」

 フーが声をあげた。

「当然さ。国家存亡に関わるというのに、悠長なことを言ってられない」

「ということは、その家族も死刑に?」

「もちろん」

 躊躇(ちゅうちょ)欠片(かけら)も感じられない発言に、フーは言葉を失った。

「その後も愚かなアイデアが続出した。ある者は“死刑制度の撤廃”を訴え、ある者は“医療費削減”を提言し、またある者は“減税”を提案し、挙句の果てには“多数決の決定を無視する”と……子供の駄々じゃないんだからさ……」

 王様は呆れ返る。

「彼らは理屈の一つも出さず、己のワガママを通さんがために騒ぎ、国に大混乱を招いた。したがって彼らも同様に死刑にした」

「“多数決の遵守”ということですね」

「そうだ」

 勝ち誇るように笑う。

「その後はどうなりましたか?」

「やはり続出したよ。国家に逆らう者たちが……。まさか、かつての仲間たちまでも手にかけるとは思いもしなかった。さすがにしばらく寝込んだよ」

「“多数決”を守りすぎなのではありませんか?」

「確かに、そう考えることもあったさ。だが、私一人の身勝手な思想で国家を滅亡に追いやるわけにはいかない。そうならないためにも、国民の期待する国家を作ろうと頑張った。だが、どうしても上手くいかない……」

「そうして、次々と死刑にしていったのですね」

「仕方がなかったのだ。国家のために……」

 二人の間にしばらく沈黙が続いた。王様は水を飲み、空を仰いだり景色を眺めたりしていた。フーは今までの話を思い返していた。

 十数分後、フーが切り出した。

「新政後に、死刑はどれくらいされたのですか?」

「一万三千六十四回だ。なりかけたのも含めると一回多くなるな」

 王様はノータイムでさらりと答えた。

「よく覚えていますね。では、その人数はどれくらいですか?」

「……あまり思い出したくないな」

「相当な人数だったのでしょうね」

「中央公園や王宮には行ったかい? あっちの方にあるんだけど……」

 王様はそれのある方に指差した。

「あの荒れ果てた公園と大豪邸のことですか?」

「あぁ。中央公園の奥に王宮があったろう? 王宮の裏庭に罪人たちの墓がある。見ていないなら見てくるといい」

「あ」

 フーは気が付いた。だが、王様には伝えなかった。

「本当は農地にするはずだったんだが、スペースが足りなくなってね。多数決で賛成されたんだ。反対者も墓に入ることになってしまったが……」

「そうでしたか。一度寄ってみますね」

 

 

 ダメ男がようやく戻ってきた。しかし、また野菜をたらふく(たい)らげる。

「食べ過ぎですよ」

「いや、美味いんだって。本当に」

 確かに、色付きや音は新鮮そうで美味しそうだ。

「気に入ってくれたかい?」

「こんだけ美味いなら遠出して商売すればいいのに。もったいないよ、うん……」

 ムシャムシャと食べて言う。

「そういえばさ、なんで王様さんは一人なんだ?」

「え?」

「え?」

 フーと王様は思わず言ってしまった。フーがすかさず、ダメ男を怒鳴(どな)る。

「ダメ男、前日も言いましたよね? 人の話を聞きなさいと!」

「そんなに怒るなって! しかもフーが想像してるのとは違うから!」

「? どういうことだい?」

 ダメ男はげほげほと()き込み、水を流し込んだ。

「“多数決”ってのは分かったよ。でも、もしそうなら最後は絶対に二人残るはずだろ? だから何で王様さんは一人なんだ、って聞いたんだ」

「なるほど。それは考えていませんでした」

 王様は深く俯いた。

「ダメ男くんの言うとおり、最後は二人になった。私と私の妻だ」

「!」

「奥様ですか」

「だが、妻は風邪で死んだ……」

「かっ風邪?」

「風邪は放っておいても普通に治るはずですが」

「私は医者じゃない! しかも医者もいない! だから……分からなかった」

「なるほど。風邪“かもしれない”ということですね」

 王様は顔を手で覆って涙を落とした。

 二人は声をかけることができなかった。

「……」

「……なぁ、ダメ男くん」

 王様は涙を払い落とした。涙目でダメ男を見る。

「頼みがあるんだ」

「なに?」

「この国の復興を、手伝ってくれないか……?」

「え?」

「私一人の力では不可能だ。だが、多くの国を渡り歩いてきて、多くの国の風習を学んできたダメ男くんやフーさんなら不可能ではないはずだ」

「スカウトというわけですか」

「そういうことになるな」

「オレらは力になれないよ。でも、王様さんはこんなに美味い野菜があるんだから、それを売りにすればいいんじゃないか?」

「そうか……」

 落胆した顔を見せる。ダメ男も申し訳なさそうだった。

「なら、こういうのはどうだろう? 復興だと長い年月を要するから、半年だけいい。ここで手伝ってほしい」

「ダメ男、どうしますか?」

 ダメ男は、

「ごめん。それもできない」

 即答した。

「そうか。じゃあ半月だけ、半月だけでいいからどう?」

「王様さん、」

「なら三日だ! 三日だけ、」

「王様さん!」

 ダメ男は叫んだ。悲しそうな顔だった。

「……オレさ……フーにも言ってないこと言うよ」

「? 何ですか?」

「オレ、こう見えて不治の病にかかってるんだ」

「え……?」

「え?」

 王様は目を丸くした。

「だから余生はいろんなところを(めぐ)りたい……。だから旅をしてるんだ」

「そ、そうだったのか……」

 フーは、

「どうしてそういうことを教えてくれないんですかっ! あんまりじゃないですかっ! ひどいですよ! ひどいですよっ!」

 鼻声で泣き叫ぶ。

「ごめん」

 短く謝った。

「なっなら、余生をここで過ごすというのはどうだろう? ここは長閑(のどか)だし、野菜だって美味しかったろう?」

「野菜? ……美味かったよ」

「じゃあ、」

「ごめん。いつ死ぬか分からない病なんだ。……オレは旅人として、最後まで旅をしたい。それと、不治の病を治せる薬が実は存在するかもしれない。だから……」

 ダメ男は今にも泣きそうだった。

「……そうか。なら最後の手段だ」

 ダメ男は驚く。

「ダメ男くんの余生はここで過ごさなければならない! 賛成は挙手っ!」

 男は意地でピンと手を上げた。

「ダメ男くん、簡易型多数決さ。投票でなく、“挙手”で意志を示さなければならない。フーさんは“挙手”ができない。だから賛成するしかないんだ」

「なるほど。確かに私がどちらに“挙手”しているかを立証することは不可能ですからね」

「では、反対は挙手!」

 

 

 王宮の裏庭。そこは膨大な数の墓があった。見渡す限り墓。緑の大地に、土を盛って、木の板を一本立てるだけの簡素な墓だった。それらが見る者に迫り来るかのような雰囲気を(かも)し出している。

 王宮の壁に一台の自転車があった。

「……」

 そこにダメ男の姿があった。一つの墓の前で目を閉じて手を合わせている。足元には花束が手向けられていた。

 そして、ゆっくりと目を開けた。

「どうしてそれだと分かったのですか?」

「ここの土は王様のところにあった土と同じ匂いがするからだよ。でも、名前もないから本当かは分からないけどな」

「ダメ男は犬ですか」

 墓は他のと同じ作りだが、王宮に一番近く、一つだけ突出して立てられている。

 ダメ男は土を手に取ってさらさらと木の板に振りかけ、また手を合わせた。

「テラスからでは丁度よく死角に位置しますね。しかし、なぜ死刑された方々と同じ場所にお墓を作ったのでしょうね」

「……」

 ダメ男は冥福を祈り終えた。

「分からない。さっきも言ったけど、そうじゃないかも」

「別の場所にもっと立派なオブジェがありましたけど、亡くなった側としてはそちらの方がいいですよね」

「当時の王様がどんな気持ちだったかは分からない。……でも……」

「何です?」

「自分に対する戒めじゃないかって思う。そうじゃなかったら、街を出てとっくに旅人になってると思うよ」

「妻を亡くした自分への戒め、ということですか。そうでしょうかね」

「自分が勝ち取った国、家族と自分が愛した国だから……そう思いたいね」

「ダメ男は優しいですね」

「そうじゃないと何のためにこの人たちが犠牲になったか……分からなくなるじゃん」

「確かに。ダメ男はたまに的を射た発言をします」

「たまにって……」

 ダメ男はまた目を閉じた。

「どうです?」

「昨日よりは苦しくない。でも、その分だけ重圧を感じるよ」

「どんな重圧ですか?」

「期待、希望、願い……そんな感じ」

「ここの方々もダメ男を歓迎しようとしたのですかね」

「それでも……ここには残れない。……みんな! ごめぇぇんっ!」

 ダメ男は地平線彼方にある墓まで届くように、叫んだ。

「今、死者も含めて“多数決”したら、ダメ男は残ることになったかもしれませんね」

 

 

 時は(さかのぼ)る。

「なるほど。確かに、私がどちらに“挙手”しているかを立証することは不可能ですからね」

「では、反対は挙手!」

 王様は反対の意志のある者に挙手を問うた。すると、

「!」

 ダメ男は普通に手を上げた。

「なっ……!」

 王様は吃驚(きっきょう)した。

「賛成と反対は同点だ。フー、これってどうなる?」

「そうですね。多数決というのは本来は同点になることを避けるために人数は奇数で行います。しかし王様は人数が偶数だと分かっていたのに強引に多数決を行いました。結果は同点、つまり是もなく非もない状態と言えるでしょう。残る一名が鍵を握ることになりますが、私は参加できませんし」

「じゃあ、どうなるんだ……」

 ごくりと(のど)を鳴らした。

「次の一名がこの国に来て、是非が出るまで“保留”というのが公平な判断だと思われます」

「オレもそれに“賛成”だな。……王様は?」

 王様は(うな)りながらも、

「……私もそれに“賛成”しよう」

 力強く(うなず)いた。

「オレだって人だ。事情は何であれ、困ってる人を見捨てるほど薄情じゃない」

「王様、もし“多数決”が決まったら、ダメ男を捜しに来てください。ダメ男は超絶なお人好しですから逃げはしません。しかし、それくらいの“苦労”はお願いします。王様が強引に決めたことですし、こちらにも都合があるのですから」

「分かった。それまでに“決”を用意しておこう」

「うん。じゃあ、その時まで」

「よろしく頼む」

 二人は固い握手を交わした。

 

 

 透き通るような晴天にキラキラと輝く太陽が天高く上がっている。

 壮大な広さの草原に地平線まで伸びる道があった。緑を()けて作ったような道だ。

 その地平線の奥で、

「ふぅ……」

 ダメ男が歩いていた。

「自転車を持って行けば良かったではないですか」

「窃盗になるって言ったのはどこのどいつだぁい?」

「私です」

「それオレが言うセリフ!」

「では、ダメ男が言ったということですね?」

「いや、そういうことじゃなくて、」

「自分で言っておいて他人のせいにするとは、何とも理不尽で気持ち悪いクズ人間ですね」

「オレ自転車持ってってないからいいだろっ? もう!」

「当たり前のことを堂々と言わないでいただけますか? “顔面破壊”もいいとこです」

「“厚顔無恥”だよっ! 思いっきり(けな)すなよ!」

 ダメ男は足を止めた。

「別れ道ですね」

 前方に別れ道が見える。

「あのさ」

「何です? “ゴミからダメ男”に?」

「“(やぶ)から棒”な。……他の旅人にも、断られたんかな?」

「一人でいるということは、そういうことなのでしょう」

「けっこう薄情だよな……」

「当然です。ダメ男がお人好しすぎるのです。ですが、今回は“それ”を利用しましたね?」

「……やっぱり分かった?」

 リュックを下ろし、草原に寝転がった。

「“あれ”が嘘であることはこちらが一番知っています」

「……」

「ですが、それが無ければここにはいませんからね」

「本当は嘘なんてつきたくなかったよ。でも、」

「何も言わずとも理解しています」

「……そっか。ありがと」

 ダメ男は起き上がり、リュックを担いだ。空を見上げた。

「あんなに綺麗な街、滅多にないのにな……」

 別れ道の真ん前まで、足を進めた。

「そういえば、誰か来てたようだな」

「ダメ男も気が付いてましたか」

「間違いない。王宮でオレが迷子にならなかったのは足跡だけじゃない。一筋に沿って埃の層が薄かったからだ」

「太い線で曲がる時に二つに分かれていましたから、形状からして自転車か自動二輪車でしょう。太さで考えるなら自動二輪車が有力ですね」

「日は浅いとみた」

 ダメ男は、

「どっちに行ったと思う?」

 フーに聞いてみた。

「せーので言おうか」

「いいですよ」

 ダメ男は大きく、せーのっ、

「左!」「右です」

 と叫んだ。

「おぉ! 見事に分かれたな」

「別にその方に興味があるわけではありません」

「じゃあ何で右?」

「ダメ男が右に行きたそうでしたから」

「……」

 ダメ男は盛大に笑った。

「……なんでフーは分かんだよ……」

「“カン”です」

「どことなくやらせを感じるけど……まあいいや。フーが行きたいってんならしょうがない。“右”行くか!」

「数秒前に言ったことをもう忘れたのですか? さすが鳥頭ですね」

 そして躊躇(ためら)うことなく右に進んでいった。

「これじゃあ“多数決”は必要ないな」

「そうですね」

 ダメ男の足跡が地平線まで伸びていった。

 

 

 

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