ジャック編に突入します。軽い食人描写と、人喰いについての個人的見解があります。
まあ、東京喰種を平気で読める人には物足りない程度のものですが一応伝えました。
亀更新、お許し下さいorz
教会からベクターを駆使して逃走したアダンは、道中人の目が無いことを確認しながら荷台の空いた軽トラックに飛び乗っていくつかの区域を越えて、頃合いを見測り信号停車した先で下車し、フードを深く被ったまま人混みに紛れて人気の無い廃ビル群の裏に回り込み、神父の鉈包丁に切り付けられた足の治癒のためにベクターを伸ばす。
未だに過呼吸のように激しく空気を取り込む肺と震える指を見て、アダンは神父という職業柄故に、アダン自身の人としては頗る異形に映る姿を見ても無意味な差別を行わない気高い人物として見ていた分ショックが大きかったのだろう。
ディクロニウス特有の気配を感知することが出来た分、無意識に幾何かの仲間意識を抱いたのも一因であった。人とは違う何者かであるという予想は、想像以上の残酷な現実によって叩き壊されたのだ。
感情の昂ぶりと共に文字通りに赤黒く変わった目の色、子供の細い手であるとはいえ指を骨ごと噛み千切る顎の咬噛力は、明らかに人類とは異なる異形の者であると誇張している様であった。
しかし、それは同時にある可能性を示唆していた。この世界は、
或いは、何らかの原因で既に死亡しているという考え方もあるだろう。
どちらにしろ、アダンにとっては最大の関門であるルーシーの不在は、希望的観測も入り混じっているものの、ルーシーの消息どころか、ディクロニウスという種族自体が過去に存在していた痕跡すら見つからないことも含めて確認する必要がある。
と同時に、新たな目の上のたんこぶとして神父のようなディクロニウスの気配を孕んだ正体不明の生物が存在がいることの確認が出来た。
もしアダンのこの『考え』が正しいものなら、どの施設に移ろうとも安心して日々の生活を送る事すら危ういことになる。
どちらにしろ、これは物的証拠を交えて確認する必要がある事実は変わらない。
一先ず、アダンは始まりの地である神奈川へ渡るための交通費の寄付を募るために夜を待つことにする。これから行う人の道を外れた所業を悔い改めるように、自嘲を含む様に唇を噛みながらこの所作を教えたドナート神父に対する皮肉を込めて十字を切った。
―――二年後
大きな河川公園の土手に、少年野球を行う高校生の姿を見ながら座り込むアダンの姿は、東京……否、この世界に文字通りに
神父の魔の手から逃れた後、先ずアダンは、ベクターの使用を完全なものとするために、人間の脳の弄り方を学んだ。それは殺すための手腕ではなく、人を飼い殺すための手技である。意識を司る前頭葉へと透過させたベクターで直接刺激し、後遺症を残さない程度に意識レベルを下げて気絶させる方法は、意外と容易に習得が出来た。東京から出るまでに十四、五人で試し、内二、三人程、呼吸が止まり二度と目が覚めなくなったが、今ではすっかり手慣れて百発百中の腕前である。
意識を奪った人々からは、財布から金銭のみ疑われない程度にベクターで拝借し、アダンの日々の生活と神奈川への旅費のために使われることとなった。指紋も残らず、目撃者もいない、被害者自身も何が起きたのかが分からない為、これらの事が事件として報道されることはなかった。
そして幼児一人が数か月生活するには十分な費用を得たアダンは、ドナート神父の正体について調べることを始めた。その方法は至ってシンプル。ドナート神父と同じ気配を持つ人物を見つけて観察するというもの。
見られるパターンは大きく分けて二つあり。神父と同様に気配を持つ人物と、気配を放つアタッシュケースを持った人物。
前者は神父と同種であると思われる”種を喰らう”と書いて『
調べ始めたアダンが最初に見つけたのは捜査官の方であり、彼らを尾行し大まかに喰種の事を知ることが出来たのはアダンにとって幸運であった。
後を尾けられていると気付かれないように、常人にとって死角となる建物の壁や屋上といった上向から観察を始めて数日を要して、彼らの行動を見守り、人間が行う喰種狩りの仕方を盗み見た。
人目の無い路地裏で行われた激戦にアダンは息を飲んで気配を殺し、捜査官側の勝利を見届け微かに聞こえてきた彼らの会話から聞き覚えのない単語を拾い上げそれらの意味を調べた時、アダンはこの世界が自分の理解を越えたものであること知った。
人の姿をした、人の肉を喰らうことでしか生きることが出来ない生物―――喰種。
彼らの存在を確認したアダンの行動は早かった。神奈川へ向かう前に喰種、人間を問わず、適正年齢範囲の範疇にある地元での職に就いている人々にベクターを透過させ、アダンの保有するであろうベクターウィルスを伝播させた。
新宿や秋葉原のように日本人だけでなく外国人も多く集まる場所を狙わずに、東京都内に在住している人々限定に感染を行ったのには確認の意味合いと将来の自身に降りかかるであろう災厄を出来る得る限り遅らせるためである。
ルーシーのベクターウィルスは男性にのみ感染し、そのレトロウィルスは染色体の情報を書き換えて感染者の子供を全員、生殖能力のない女性型のディクロニウス―――ジルペリットに変える。
ここでいう、アダンとルーシーの大きな違いというのは性差だ。上記に確認された情報は、女性であるルーシーやジルペリット達の保有するベクターウィルスの事であり、生涯を孤島の研究所で過ごしたアダンとその兄は、一度も人にベクターを向けておらず、彼女たちと同様にベクターウィルスを保有しているか如何かが不明であるということ。
性による差異は、生物学のみならず行動学、精神構造学、身体機能的にも非常に大きく、ミクロ的視点から見れば遺伝子レベルで異なり、マクロ的に見れば生殖機能や子育ての役割も多くの種が異なる。他の動物でも、極端な例では
こうしたことを踏まえ、アダンは自分の事を知ることから始めたのだ。
地区ごとに、男性のみ、女性のみ、人間のみ、喰種のみ、と各パターン分けて感染行った。喰種の場合は絶対数が少ない事と逃走や駆逐による変動を加味している為、あまり期待していないが、これによってアダンは、自分にどれ程の価値が有るかどうかを把握することが出来る。無論、ベクターを利用したウィルスの伝播本来の目的は、ディクロニウスの個体数を増やすことであり。
それが可能か不可能かがアダンの生き方そのものに大きく影響を及ぼすこととなる。
そうして、それらを確認するためのウィルスの伝播を終えて、アダンはルーシーの痕跡を探すために神奈川の聖地を始め、多くの人や情報を集め自分の眼で確かめた……そして。
甲高く響く野球バットに当たったボールが大きく飛ぶ様を見てアダンは六歳児らしくない遠いどこかを見つめるような視線でボールを目で追う。
結局、アダンの
一年と数か月掛けて空き家やアパートの空き部屋を転々としながら、時には野宿も行い調べ上げて、これからどこに行こうかと迷っているときに、東京で角の生えた新生児が続々と確認されたというニュースを聞きつけ、急いで東京に戻り病院に赴いたものの、目的の病室には何かしらの報道関係者が詰め寄っており、赤の他人同然であるアダンが近寄る余地が無く、ほとぼりが冷めるまで都内観光をすることにして、ついでに社会に出回らない喰種側の情報も集めようと他の区に比べて縄張り争いが統率されつつある13区へと足を運び、情報を集めようとし、これを機に喰種の生態について肌で調べるために接触を試みて、見事に成功
「はあ」
アダンは土手から立ち上がり、ズボンに着いた草と土埃を払うと後ろに立つ人物に向かって振り返る。
「
近所の高校の制服を身に纏った髪の長い女生徒が、『アツシ』と弾んだ声でアダンに話しかけながら手を繋いで仲睦まじい姉弟のように歩き始める。そしてアダンは、
「全然待ってないよ。
年相応の無邪気な笑顔を向けながら喰種でありながら人間の社会に学生として潜り込む
「ただいまー」
小奇麗なアパートの一室、そこは三波麗花が、人間の高校生として生活しており年頃の女の子の部屋らしくファンシーな熊の縫い包みや可愛らしい草花の小物が並べられ、テレビの前に置かれた赤いテーブルに併せた色のクッションのセンスがその部屋の主の美意識を表す。
そんな、世間一般に言う『女の子の部屋』を体現させた一室とは打って変わり、
「じゃあ。私、着替えて買い物に行ってくるから。手洗い
「はーい」
個室に向かう麗花に向かってそう返事をしたアダンは、洗面台へ向かい手洗い等の一通りを済ませてリビングに戻りテレビをつけてチャンネルを回していると、私服姿の麗花が買い物袋用の手提げを持って外へ出て扉を鍵を閉める。
三波麗花。彼女との出会いは、アダンが神奈川から東京に戻り、角の生えた新生児の家族について調べられるまで、喰種側の情報を集めようと、比較的多くの目撃談のある13区へと向かい、誰も使っていない筈の空き家で夜を明かそうと寝ていると、収穫の終えた麗花が喰種として活動している時に着けている
最初は、アダンが喰種か人間か匂いで判断が付かずに、警戒していた麗花であったが。マスクと返り血姿の自分に大して驚くこともなく、黙ったまま荷物を纏めると玄関前まで進み、行き成り『勝手に上がり込んで、ごめんなさい』と謝罪し、出て行こうとするアダンを引き留めて、自分の家に泊めたのが事の始まりだった。
明るい室内で見た、アダンの両側頭部生える突起状の角の事や、喰種の赫眼とは違う赤い瞳に驚かされたりと、アダンが見た目が幼いこともあって、警戒よりも好奇心が上回り、ペットか自分に弟が居たらという欲求もあって、アツシと名乗るアダンを同居人として自分の部屋に住まわせている。
因みに、喰種ではないことは既に認識しており、今まで人間の振りをするために買っていた食材が無駄にならないことも彼女がアダンを自分の元に置いている理由でもある。
アツシという名も偽名であることも既に承知しており、これはただ単にアダンが自己紹介に自分の名前を馬鹿正直に告げようとして言葉に詰まりながら伝えた為だ。
だが、麗花はアダンに喰種について様々な情報を与えた。と言っても喰種なら誰でも知っているような取るに足らないモノばかりで、自分の通り名である『
互いに何か事情を抱えていることのみ把握し、そのことについては互いのために関与しないことが暗黙のルールとなり、今の生活が続いている。
麗花が買い物に行きしばらく経った後、冷蔵庫の中にあった菓子パンの存在を思い出したアダンが、取り出して袋を開けて再びテレビの前に座り込みながら食べ始める。
「ただいま」
半分ほど食べ終わった頃に、麗花が帰ってきた。買い物袋の中身は食べ物の匂いがあまりしないレトルト食品やビニール製の袋に包まれたスナック菓子、缶詰などが入っていた。
アダンが菓子パンを食べている姿を見た麗花は、少し顔を歪めると鼻を押さえて買い物袋を差し出して自室へ向かう。アダンには創造など出来ないが、喰種にとって人間の食べ物は異物でしかなく匂いも触感も、とても食べられたものではないらしい。
少し食べるのが遅かったか、と麗花に対して悪いことをした気になったアダンは、残りの菓子パンを食べ終えると麗花が買ってきた食品を半分だけ自分のリュックに放り込んで、残りは台所下の棚に置いておく。
お詫びと、食べ物の匂い消しのためにアダンは、やかんを火に掛けて水を沸騰させてインスタントの粉コーヒーが入ったカップにお湯を注ぐ。コーヒーの香りが漂ったことを確認すると、アダンは麗花を呼ぶために彼女の部屋へ向かった。
「麗花お姉ちゃん、コーヒー淹れたから一緒に飲もう」
「気が利くじゃない。一人でやってくれたの? ありがとう」
大きさの違う二つの椅子が並んだテーブルに、白い湯気が、まだ立っているコーヒー入りのカップを二人が飲む。アダンにとって熱湯に近い温度のコーヒーの熱さは辛い為、息を吹きかけて冷ましながらチビチビと飲み、麗花は熱さなど介さずにカップへと口を付ける。
「……そういえば」
思い出したように麗花が、冷蔵庫に視線を向けながらアダンに話しかける。
「アツシくんは、私達が人の肉を食べることに何も感じていないの? さっきも肉が入っている同じ冷蔵庫に入れていた食べ物を食べていたけど、普通は嫌がったりするものなんじゃないの?」
冷蔵の扉には水とコーヒーしかなかったが、冷凍庫の中には氷の他に人の肉が凍らせてあることを言っているのだろう。無論当人のアダンは、血に浸されたパンを渡された訳でもなければ基本的に気にしない。拳大に切り分けられた人肉は、死体というよりも加工前の死骸くらいにしか感じられないのだ。
「ものすごく今更って感じがするね」
特段気にすることなくアダンは平静に麗花の話し相手を続ける。ドナート神父に捕食目的で追いかけ回された時とは違い、喰種に対してアダンは嫌悪も恐怖も感じていない。アダンは余程空腹でなければ喰種も人と同じようにコミュニケーションが可能な個体がいることを現地調査で知っており、その一人が目の前の三波麗花と名乗る喰種なのだ。
「出会って間もない頃に、一回だけ私のと同じ
「そもそも俺が人間なのか、そこからが微妙なところだけど。いいんじゃない、人が人を食べたって」
自嘲気味に左手で角を撫でると、アダンは両手を組んで大きく伸びをしながらそう呟き続ける。
「人間くらいだよ、共食いを禁忌する生き物は」
蟷螂や蜘蛛の雌は繁殖期に空腹になると求愛してきた雄を喰らうこともある。胎生のある鮫は、胎内で卵を孵化させ幼生同士が喰いあう。同じ種であるサンショウウオでもある程度の生息密度を越えると大きい個体は、普通に餌を食べる小さな個体を狩り。カルシウムが不足した鳥は、自分の産んだ卵を食べ。齧歯類の親が子を食い殺す例は珍しくない。
「その気になれば、人間だって同じ人間を食べることは出来るよ? 飢餓の酷かった時代や、悪趣味な権力者の戯れの被害者、遭難した時のドキュメンタリー番組でも、時々話題に上がるし……。流石に未処理の内臓は色々と不味いからすぐ吐き出したけどね」
感染などの問題もあったが、アダンの食性は人間と同じであるため、人の血が甘く感じたり、髪の毛や骨を砕く顎は持っていない。
物理的な捕食という意味では、現在殆ど行われていないが、社会的地位の関係や地域内での吊るし上げや不満の捌け口のような精神的、圧政による重税のような経済的な食い物にされるのは、いつだって同じ人間だ。
「ちゃんと処理すれば食べちゃうんだ」
いつだったかの、内臓の苦みに喘ぐアダンの顔を思い出したのか、麗花は笑顔を浮かべながらコーヒーの最後の一口を飲む。
「それしか食べるものがなければね」
まだ、半分以上残るコーヒーに息を吹きかけながら、アダンはそんな状況には陥りたくはないことを思いながらカップを傾ける。
「いいわね。そう割り切って言ってくれるところ、お姉さん好きよ」
人喰いの
互いの脆い、この薄氷のような繊細な関係が崩れるまで彼らは所狭い一室で演じ続ける。
どんなに狭く虚構に満ちた偽物であったとしても、そこが彼らの、安息の世界なのだから。
次回、アダンが対捜査官用のマスクを着ける
……かもしれない。