堕落王フェムトの仕掛けたゲーム。邪神の降臨を懸けた鬼ごっこである。あろうことか彼は、神を真っ二つに割り、それを退屈しのぎのように使用した。半身は現在、絶賛暴走中。周囲に存在するありとあらゆるモノを切り刻む、破壊の化身である。
そして、肝心のもう半身をフェムトは隠したという。邪神が先に見つけ出し、合体したならば、HLだけでなく世界中で千万単位の死人が発生するだろう。世界を救うためには、それよりも先に半身を隠したゲート、つまり、それを設置された生物を破壊しなくてはならないのだ。
金髪に上下白ジャージの青年ジェストは、世界を救う鍵となるゲートの捜索を行っていた。ゲートの居場所を示す、一定期間ごとの破壊痕をバイクで追う。
現在暴れている神の半身を滅しても事態は収束するが、ジェストの能力でそれを為すことはできない。腐っても、割れても、神である。彼に限らず、そんな芸当が可能なモノなどHLを探してどれだけ存在するか……。いない、と言い切れないところが、この街の異常性を表しているが。
「……だいぶ近づいてきたかな」
アクセルをさらに開けて、片側3車線の道路を前方の車両を追い抜きながら進む。世界の危機がそこら中にあるHLである。これしきでパニックに陥ったりはしない。住人の意識はすでに通常営業に戻っていた。騒いでいるのは野次馬と治安維持組織くらいのもの。苦笑しつつ、彼は数kmほど離れた地点で高層ビルが崩れ落ちるのを視界の端に捉える。
「こっちか……!」
十字路を右に曲がる。今回の破壊とこれまでの足跡から、進行ルートを予測。脳内で街の地図を空想し、最短距離を走る――
――走るのだが。
それから小一時間、いまだ目標にたどり着くことができていない。
理由はひとつ。
「速すぎるよね……音速猿」
街頭に流れるテレビからの断片情報を聞き取ると、ゲートの設置場所は音速猿だということ。偶然にも、先ほどの店でレオナルドからカメラを奪ったのもその生物だった。あんな目にも映らぬ超高速で移動する相手ならば、バイクであろうと追いつくのは容易でない。だが、さすがに治安維持組織の装備ならば話は別。
数分ほど前から、軍用ヘリからの絨毯爆撃が行われており、ジェストの行き先は視界一面に爆炎と黒煙である。ついでに爆発音で耳が痛い。
しかし、そんな呑気なことを彼が思えたのはそこまでだった。音速猿がいると思しき周辺に、邪神が出現。雨あられと降るミサイルの盾となる。ゲートの守護に回ったのだ。そして残念ながら神は、ミサイル程度で倒せるほど甘くない。
「マズイ……!?」
直感したジェストは即座にバイクから飛び降りる。
瞬間の内に5度、長大鋭利な触手刀が振るわれた――
4機の軍用ヘリ、建物13棟、HLの住民およそ20名が、両断された。
「いたた……まったく、これはひどいね」
コンクリートの道路に転がり落ち、その勢いが止まったあとにつぶやいた。ジェストが後方を見ると、真ん中から上下に両断されたバイク、のなれの果てが残っている。自分の両足がそうならなかったことに、ホッと安堵の溜息を吐く。
「ジェストさん……!?どうしてここに……」
振り向くと先ほど店で別れたレオナルドの姿があった。土煙に塗れており、怯えた様子で声を震わせている。ジェストは胸の前で手を組み、わざとらしく感嘆の声を上げた。
「意外だね、レオナルド君。こんな最前線まで取材だなんて、ずいぶんと熱い記者魂じゃないか」
「何を呑気なこと……!早く逃げなくちゃ!」
「ああ、やっぱり。巻き込まれたんだね」
ジェストの視線の先には、暴走する巨大な神の姿。そして、背後にゲートと思しき猿。いつの間にかだいぶ近づいていたらしい。彼らとの距離は数十メートルにまで迫っていた。完全に相手の斬撃可能圏内。瞬きの間にこの世から、自分達を容易に消し飛ばせる存在なのだ。いつ胴体が分けられてもおかしくない状況に、レオナルドは全身から汗を噴き出し、背中をびっしょりと濡らす。そんな彼の肩に軽く手を置き、余裕と共に声を掛けた。
「ボクが何とかしてあげよう」
「えっ……?ジェストさん……」
「安心して逃げるといい」
困惑するレオナルドを置いて、彼はゆっくりと足を踏み出した。向かうは人智を超えた神性存在。半身とはいえ、ただの人間の敵う相手ではない。だが、そんな逡巡など彼にはありえない。いっそ口笛でも吹きそうな平静でもって、まっすぐに歩を進ませる。
「さぁ、相手をしてあげよう」
五指をゆっくりと折り曲げ、骨を鳴らし、拳を作り上げる。意識を戦闘用に切り替える。それに呼応してなのか、邪神の方もジェストに気付いたらしい。一瞥しただけで死を予感させる神意に、対象でないレオナルドの全身までもが凍り付く。それでも彼の歩みは止まらない。
「『全局面対応型現代式我流格闘術』――使わせてもらおうか」
静かに呟くと、一息で彼は素手の間合いに入り込む。考えるのが馬鹿馬鹿しいほどの身長差。ジェストの頭が、せいぜい膝の高さまでしかないのだ。だが、そんなことは織り込み済みとばかりに、すでに両拳を軽く開き、胸の高さで前後に構えている。フッと息を吐き、狙うは人体急所のひとつである膝――
「喰らうといい……K-05『蒼天』(上段正拳突き)」
斜め下から突き上げるように刺さる右拳。素人のレオナルドから見ても、従前のタイミング。無防備な膝にジェストの拳が突き刺さった。
「ん?」
レオナルドの口から思わず声が漏れる。よどみなく、滑らかにジェストは次の技に移行した。
「続いて、B-12『櫻吹雪』(左ジャブ→左フック→右ストレート)」
高速のコンビネーションがヒット。右拳を打ち込んだ体勢のまま、生じる数秒ほどの空白。静謐が生まれ――
――何も起こらなかった。
「ちなみにレオナルド君。ひとつ尋ねたいのだが……」
後ろを振り向きもせず、ジェストは口を開いた。
「まさか、人間が神に勝てると思っていたのかい?」
「はい?」
素っ頓狂な声で答えるレオナルド。
「いや、軍用ミサイルが効かないのに……パンチが効く訳ないだろう?」
呆れた風に肩を竦めてみせる。直後、邪神が剣を振り下ろした。
「うおおおおっ……!?」
瞬間、奇声を上げて横に飛び退くジェスト。続いて2度3度と斬りつける閃光を、必死に避ける。びっしりと背中から汗を噴き出し、しゃがんだり、転げ回ったりして、命からがら逃げ延びていた。
「くおおっ……!」
「ちょっ……アンタ、マジで何しに来たんだよ!」
叫ぶレオナルドに、彼は余裕ぶった笑みを浮かべてみせる。
「決まっているだろう、親友?――キミを助けるためさ」
格好つけて、彼はみじんも思っていないことを告げた。自分の目的で来ただけで、レオナルドがいることなど知りもしなかったのに。
だが、軽い気持ちで口にした言葉は、レオナルドの琴線に触れた。先ほどまで常に起こっていた足の震えが止まり、何かを決意したような表情に変わる。パーカーのポケットに手を突っ込み、一丁の銃らしきものを取り出した。
「おおっと……なんだよ、逃げたんじゃねーのか」
そんなレオナルドの前に、頭上からひとりの男が降りてきた。浅黒い肌に白髪、ガラの悪そうな口振りの青年。
「ザップさん!」
「腰抜けかと思ったが、だいぶ良いツラになってんぜ」
ザップ・レンフロ。秘密結社ライブラの戦闘員。本日付でライブラに所属したレオナルド・ウオッチの仲間であり、――その戦闘力は絶大。
「俺がヤツを引き付けるから、てめえは突っ込んで猿を何とかしろ」
「……はい」
「いくぜ、タイミング逃がすんじゃねえぞ」
ザップが手元のジッポのライターを強く握る。血が噴き出し、生成されるのは――
「血で出来た……太刀…?」
レオナルドが驚きの声を漏らす。
「斗(ひきつぼし)流血法――刃身之壱」
脅威を感じたのか、いつの間にか姿を消したジェストから、彼らへと狙いを変更。ザップへと神速の剣撃を繰り出した。
「焔丸」
目にも止まらぬ神撃を、真紅の刀で受け止める。神懸り的な速度と威力を前にして、一歩も退かずに対応。必殺の神域にて踏みとどまる。瞬間で6度の破壊音が周囲に響く。
「ぐへっ……やっぱスゲエな。でも、見えてきちゃってんだわ、太刀筋」
その隙に猿に向かって駆け出すレオナルド。
「旦那に比べると!やっぱ浅すぎだぜ、神様よお!」
――大蛇薙
半神が斬り刻まれ、十以上に分割される。恐るべき剣技。神を打倒するなど、とても人間技ではない。
「でも……駄目だ。あっという間に再生して……」
全力で走るレオナルドが戦慄した。斬り裂かれた神が、急速に復元しつつ背後から迫り来る。その腕は数秒後には彼の身体を捕らえるだろう。
「全局面対応型現代式我流格闘術。K-07『流星』(跳びかかと落とし)」
突如現れたジェストの蹴りが、邪神の手首に当たる――
「ジェストさん……!」
ほとんど意味はなかっただろう。威力もない一撃。だが、意識を割かれた数瞬だけだが、たしかに引き付けた。
「チッ……俺を無視してどこ行ってんだ?あんま舐めてっと、承知しねえぞ」
威圧感を発しながら、ザップが咥えたタバコを吐き捨てた。ジッポの蓋を開く際の、かすかな金属音。点火させる。
紐状の何かが瞬時に燃える。
人の目には捉えられないほど細く、邪神の身体は赤い糸で全身を縛りつけられていた。これはザップ・レンフロの血液。TNT火薬を超える燃焼剤である。
ゆえに血法。
「七獄」
神の半身は轟炎と共に燃え上がる。
そして一方、レオナルドは最短距離で音速猿を確保。ゲートの破壊のため、猿を粉砕しようと銃を向け――
――『目』を見開いた。
世界は救われた。
たったの一晩で、HLは平穏な日常を取り戻した。何事も無かったかのように、人々の営みは続いていく。世界が終わる寸前で救われたことなど、すぐに皆忘れてしまうだろう。それが現世と異界(ビヨンド)を結ぶ渡航警告都市ヘルサレムズ・ロットなのだ。
大通りの人混みを、ジェストは携帯電話を耳に当てながら歩いていた。通話の音は雑踏に紛れ、誰の耳にも残らない。
「もしもし。ボクです。今回の件、失敗してしまいましたね――フェムトさん」
ジェストの口から、世界崩壊の危機を起こした元凶、稀代の怪人の名がつむがれた。通話先からは、不機嫌そうな男の声。
『まったくだよ!何故だ!何故あの少年はサルを殺さなかったんだ!』
理解できないと叫ぶ電話先の男。そう、ゲートと思しき音速猿、もしもあれを殺していれば、世界は終わっていた。本当のゲートは猿の身体に張り付いていた極小の、ノミ。
『お陰で台無しだよ……。せっかく猿を鍵にして、ノミの召喚門(ゲート)と連動させたっていうのに。召喚を阻止しようと猿を殺すと同時に、半神が合体するというシナリオが……!』
「ボクも予想外でした。まさか、レオナルド君がそれを見抜くだなんて……」
やれやれ、とジェストは首を左右に振る。つぶやいて、軽く肩を竦めた。
「まったく……知っていたら、助けたりしなかったのに」
『あれは【神々の義眼】――神の手による神工品さ。まさか、あんな普通の少年が保有しているとはね』
「そんなものを?へえ、ただの弱者かと思っていたのですが……」
『気付きたまえ。何のために君を、観察者として遣わせたと思っているんだ』
ジェストは、電話の向こうに聞こえるように溜息を吐く。
「何が出来るって言うんですか。ボクはアナタが世界を終わらせるのを見たい。アナタは、ボクの『目』を通して退屈をしのぎたい。それ以上を望まれても困りますよ」
『んふふ……まあ、いいさ。気が向いたら、また新しく遊ばせてもらおう。そのときは、君にも参加させてあげるよ』
プツリ、と電話が切れた。ジャージのポケットに携帯をしまう。
この街では、世界の危機なんてありふれたものだ。探せばいくらだってある。ジェストは辺りを見回しながら、再び街の中に埋没していった。