破滅主義者がヘルサレムズ・ロット入り   作:蛇遣い座

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BLOOD LINE FEVER―前篇―

ヘルサレムズ・ロットの朝は早い。

 

日が昇るのも待たず、この街は動き出す。今後千年の覇権を占うとも言われるだけあって、まるでドイツや日本のように勤勉に、悪党共は働き出す。もちろん、幾ばくかの善男善女たちも。

 

だが同時に、この街は夜も遅い。前述した悪党共は主に夜行性。さらに、生態的に夜行性の異形もいるため、暗くなっても人の動きは途切れない。その結果、何が起こるかというと――

 

 

 

 

「眠い……」

 

大きな欠伸と共に、レオナルド・ウオッチは目をこすった。場所はサブウェイの電車内。朝から晩まで危険な仕事に勤しみ、彼の睡眠時間は以前よりも大分減っていた。走行中の足元の揺れは、眠気を増幅させる。

 

「新しい仕事はずいぶん忙しいようだね」

 

吊り革に掴まる彼の隣では、白ジャージの青年ジェストが同情の視線を送る。

 

「ええ、まだ慣れなくて」

 

レオナルドは少しの疲れを溜息と共に吐き出した。

 

「前から聞きたかったんだけど、何をしてるんだい?」

 

「いやぁ、秘密の仕事なんですよ……。ちょっと危険系?ってやつでして」

 

「この街に危険じゃない仕事なんてあるものかよ」

 

「あはは。それもそうですね」

 

そう言って、2人で笑い合う。レオナルドも大分この街に順応してきたようだ。人口の7割が異形。渡航警告都市ヘルサレムズ・ロット。中東の紛争地帯の100倍危険な街である。

 

「まあでも、無職よりはマシだろう。おかげで今朝のモーニングも割り勘できたしね」

 

「そんなお金に余裕あるわけじゃないんですけどね。でも、お世話になった分は返しますよ」

 

「キミに奢ったのはボクの趣味も含んでるから、気にしなくていいさ。それより、これから会社の親睦会なんだって?」

 

レオナルドは眠たげだった瞳を急に輝かせる。

 

「そうなんですよー。このところ働き詰めだったし、久しぶりに朝まで飲めそうです」

 

「へえ。それは楽しみだね。飲み過ぎには注意しなよ」

 

「いやあ、その忠告は聞けませんね。今日のためにずっと断酒してたんですから」

 

ぐへへ、と彼は笑う。

 

『セントユニオンスクエア消失跡駅~。次は、セントユニオンスクエア消失跡駅~』

 

車内放送が流れ、ゆっくりと電車の速度が落ちていく。ホームに停車する。それなりに人が並んで待っていた。その様子をレオナルドは窓越しに眺め、ある一点に惹き付けられた。思わず感嘆の声が漏れる。

 

「うわあ、さすがHL……。すごい綺麗なヒトいるなぁ……」

 

「ん?お気に入りの娘でもいたかい?」

 

からかうようなジェストの声に、焦った風に首を左右に振った。

 

「いやいや、そういうのじゃありませんよ。ただ、あの女の人、すごく綺麗な、赤い羽根みたいな、オーラがあったので……」

 

「……それはどの女性?」

 

突如、ジェストの雰囲気が変わる。真剣な表情を浮かべ、早口で問いかける。

 

「え……どうしたんですか?そんなに気になります?」

 

「いいから早く答えてくれ。それと、赤っていうのはもう少し具体的にどんな感じなんだ?」

 

「あの奥に立っている、ショートカットの女の人です。オーラの色は、ええと、濃い緋色みたいな」

 

切羽詰まった声音に、レオナルドが困惑しながら返した。ホームのドアが開く。乗客が降りていく中、ジェストは窓の外を射抜くように一瞥した。

 

「悪いね。レオナルド君。ちょっと用事ができた。ここでボクは降りるよ」

 

ジェストは足早にホームへと降り立った。状況を飲み込めないまま、レオナルドは首を傾げるのだった。

 

 

緋色の羽根のごとき高貴なるオーラ。彼は知らないが、それはひとつの超常存在を表していた。只人では捉えられない、『神々の義眼』保有者であるレオナルドだけに見えるそれは――

 

 

伝説上の災厄――血界の眷属(ブラッドブリード)と呼ばれている。

 

 

 

 

 

 

 

「世界を終わらせるつもり、ありますか?」

 

乗客の移動が終わり、人気の少なくなったホームで、ジェストは誘う。レオナルドの眼が捉えた、緋色のオーラを纏う若い女性を。ショートカットで細身の女性は、いきなりの言葉にわずかに目を丸くした。

 

「あら……新手のナンパのつもり?」

 

「まあ、似たようなものです。不躾すぎたことは謝りますが」

 

「いえ、構わないわ。何の用かしら」

 

落ち着いた口調で返される声に、彼は苦笑した。これでは、たしかにナンパにしか見えない。

 

「世界を終わらせるつもり、ありますか?」

 

「……カルト宗教やテロ組織の方?悪いけど、人違いじゃないかし……」

 

「血界の眷属(ブラッドブリード)であるアナタに、言っています」

 

即座に彼女の瞳が剣呑な輝きを放つ。豹変する雰囲気に、ジェストは確信する。彼女こそが人類の大敵である超常存在であると……。

 

「場所を変えましょうか」

 

静かに発せられた声に頷く。その気になれば瞬時に二桁は殺されるであろう未曽有の災厄。しかし、彼は涼しげな顔で案内されるがまま、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

行き着いた先は、毒々しいネオンが光るホテル街。昼間でも分厚い雲に覆われたこの日のHLの通りには、目に痛いほどの蛍光色の看板が立ち並ぶ。その内のひとつ。ホテルの最上階の一室へと向かう。料金は先払いされているらしく、受付をあっさりと素通りできた。普通の客と同じ扱い。人間と吸血鬼の区別など見た目で付けられはしないのだ。

 

 

――ただひとつ、『神々の義眼』を除いては

 

 

「やあ。帰ったかい、マスターシニョリータ」

 

ある一室の扉を開けると、中にはスーツ姿の若い男が待っていた。つい最近、彼女の眷属となった吸血鬼、元マフィアのトーニオである。ソファに足を組んで座り、首だけを入り口に向ける。連れてきた見知らぬ男に気付いたようだ。

 

「そいつはどちらさんだい?」

 

「わかんない。話があるみたいだから、連れてきた」

 

「へえ。俺ら、ブラッドブリードにねえ」

 

イタリア系の伊達男は、興味深げに来訪者を見つめた。女性に促され、部屋の中のもうひとつのソファに腰を下ろす。小さなガラス製の机を挟み、向かい合うようにジェストと吸血鬼達は目を合わせた。

 

「それじゃ、話を聞かせてもらいましょうか」

 

女性は胸元で両腕を組み、静かに問い掛けた。ジェストは迷い無く答える。

 

「ボクはですね。血界の眷属(ブラッドブリード)さん。世界の終わりが見たいんですよ」

 

「はぁ?何言ってんだ、お前……」

 

理解できない、という風にトーニオは両手を広げる。

 

「……それで?」

 

しかし、女性の方は表情を変えずに続きを促す。見た目こそ、ただの妙齢の美女だが、相手は超常の怪物。気分次第で人間など、あっという間に肉塊と化すことができる。しかし、そんな強烈な重圧(プレッシャー)などまるで感じていないように、ジェストは再び口を開いた。

 

「お願いがあるのですよ。化物のお嬢さん(モンストレス)。アナタが世界を終わらせるのならば、ボクはそれを間近で見たい。そのための手伝いをしたいと思っています」

 

いかがですか?と彼は提案する。

 

「ほぅ、いいじゃねえか!」

 

トーニオが手を叩いて喝采を上げる。

 

「それは私の眷属になりたいってことかしら、人類(ヒューマー)さん?」

 

「いえいえ。それには及びません。ボクは破滅を見られればいいだけですから」

 

「世の中には奇特な人間もいるそうだけど、眷属でもないのに信用するのは難しいわねぇ。アナタ、牙狩りじゃないの?」

 

唄うように、試すように、吸血鬼は蟲惑的に囁く。彼女は愉しげに口元を歪めた。ジェストはそんな流し目から視線を外し、肩を竦めて見せる。

 

「まさか。連中はこんな姑息な罠を仕掛けたりはしないでしょう」

 

堂々と知った風な口を叩くジェスト。彼の脳内に「牙狩り」の知識など、ほとんどない。相変わらず口だけである。

 

「ふふ……そうね。古き友人達とは、出会って殺し合うだけの関係だもの」

 

どうやら、彼の予想は正しかったらしい。女性は微笑を浮かべて頷いた。

 

「なぁ、マスターシニョリータ。裏切るかもしれないヤツと組む必要なんてあるかい?」

 

トーニオがHL入りしたのは、所属していたマフィアのボスに切り捨てられたからである。人間を超えた存在になれたことには歓喜しているが、裏切りには厳しい。不確定要素を入れることは否定的だ。刺すような殺意を来訪者に叩きつける。

女性の方も特に止める気はないようだ。立ち上がった彼が一歩近付くと、その右手が鋭利な巨大鎌に変わった。人間と見分けがつかないが、まぎれもなく人外の怪物、血界の眷属(ブラッドブリード)である。

 

「敵対するつもりはありませんよ」

 

「そりゃあ、お前の死んだ後に信じてやるよ」

 

 

一閃。

 

 

ジェストの首を刈り取らんと、超高速で刃が振り抜かれる。しかし、切っ先が彼の肌を裂くことはなかった。抜群のタイミングで相手の懐に潜り込む。トーニオの気付いたときには、ジェストの右拳が顎の部分で寸止めされていた。

 

 

「全局面対応型現代式我流格闘術――B-05『紫電』(右ショートアッパー)」

 

 

互いに停止した状況で、ジェストはつぶやいた。

 

「んなっ……ただの人間に、俺が…!?」

 

驚きに目を見開くトーニオ。ジェストは、視線をソファに座ったままの女性に向ける。彼女は落ち着いた様子で背もたれに寄り掛かった。

 

「お見事。眷属に成りたてで、力の使い方に慣れていないとはいえ、そうも容易くあしらえるのね」

 

そう言って、彼女は軽く拍手を送る。

 

「ボクは、彼の頭をトマトピューレのように潰すこともできた。ですが、それをしなかった。どうでしょう。これで信用してもらえませんか?」

 

血界の眷属(ブラッドブリード)は不死者である。どれだけ破壊されようと、潰されようと、驚異の再生能力で即座に復元できる。それは低位のモノであろうと同じこと。なのだが、いかにも余裕ぶった様子で彼は提案した。まるでその気になれば消滅可能であるかのように。そもそも、ジェストが殴った程度では、人間の頭がい骨を圧搾することすらできないだろう。常識的に考えれば、当たり前のことだが……

 

「そうねぇ……」

 

彼女はゆっくりと立ち上がった。その両目が興味深そうにジェストを見据える。内心で彼は警戒を強めた。直後――

 

 

――ジェストの首筋に、異形の刃が添えられていた。

 

 

「……っ!?」

 

驚愕のあまり声を漏らすジェスト。一気に心臓の鼓動が高鳴った。彼の認識を超える速度で、凶器へと変貌した女性の左腕が突き付けられたのだ。

 

「あら、こっちは反応できないのね」

 

吸血鬼に成り立てのニュービーとは比べ物にならない。ジェストは嘆息して、両手を軽く上げて見せた。

 

「降参です」

 

緊張を解く。生殺与奪を握られた状態にも関わらず。それは諦めではなく、安堵のためだった。なぜなら、彼の身体が反射的に動かなかったのなら、それはイコールで、相手に害される危険がないということなのだから――

 

「まぁいいわ。アナタに何ができるか知らないけど、組みましょうか」

 

「感謝します」

 

「いつでも殺せる相手を警戒するのも馬鹿らしいしね」

 

ジェストの伸ばした手を、彼女は握った。血界の眷属(ブラッドブリード)と破滅主義者は手を組んだ。

 

 

人知れず、世界の危機が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

世界の均衡を守る秘密結社ライブラ。

 

武装マフィアから邪神まで、あらゆる世界の危機を救ってきた彼らも、今日は無礼講の安息日。HL中に散らばる構成員が一堂に会し、日頃の疲れを癒すのだ。幾つものテーブルの上には、つまみやドリンクが所狭しと並べられる。数十人ほどの参加者が適当な椅子に座り、騒がしく談笑する。ジェストと分かれたレオナルドも、それに参加していた。

 

「そういや、イタリアンマフィアの大物、フランチェスコ・ラゾローロが極秘裏にHL入りだろ?勘弁してもらいたいよなー」

 

「ゴルドレイクは独断で暗殺部隊を組織したって話だ。ヤバいことになったら国際間抗争を覚悟でコメカミをぶち抜く算段らしい」

 

「それは凄いな。オヤジさん、本気じゃないか。定年後のフロリダ投げ打つつもりかね」

 

「堅物のトニーが半狂乱になるのが目に見えるぜ」

 

ただし、新入りゆえに、他部署の知り合いが少なく、しかも物騒な話題ばかりで圧倒されていた。チビチビと酒を飲みながら聞き役に回る。気を使ってか、リーダーである巨漢の紳士クラウスが彼に話し掛けるが……

 

「どうだね、最近は?この街にもだいぶ慣れてきたのではないかな?」

 

「あ、はい……。そうですね」

 

真面目な顔で頷くクラウスと、緊張気味のレオナルド。飲み会の席というよりも、就職面接の場である。ガヤガヤと騒がしいホールに、微妙な緊張感が訪れた。

 

「ただでさえ異様なものばかりのこの街で、更に余計なものが見えてしまって負担はないかね?」

 

「そうすねー。やっぱり挙動不審になってるかもです」

 

心配するクラウスに、レオナルドは頷いた。運ばれてきたフライドポテトにケチャップを付けて、口に入れる。モグモグと味わいつつ、昼間の出来事を思い出した。

 

「そう言えば。さっき来るときも、物凄い真っ赤なオーラを羽根みたいに広げた人みかけて……」

 

空気が張り詰めた。何気なく言ったその言葉に、クラウスだけでなく、この場の数十人を超える人々が一斉に停止した。

 

そして直後、示し合わせたかのごとく、酒や食事から口を離し、レオナルドの元へ集まり出す。その様子に彼はキョロキョロと辺りを見回して困惑する。

 

「レオナルド君。今……緋く輝く羽のような光と言ったかね?」

 

厳かにクラウスは尋ねる。

 

緋き羽根纏いし高貴なる存在。有名な古文書の言葉である。あらゆる光学機器やセンサーの類で観測されない「吸血鬼」。それをレオナルドの「眼」は映し出した。人間と見分けの付かぬ高位の不死者の姿を――

 

 

 

秘密結社ライブラは動き出す。

 

 

この組織の構成員は、HLに来る前は「牙狩り」と呼ばれる、裏街道で化物退治に勤しんでいた者達である。主な討伐対象は不死身の怪物、吸血鬼。つまり、彼らの本来の仕事は「ヴァンパイアハンター」なのだ。

 

 

 

レオナルド・ウオッチとジェスト・アーバンクルス。別れた二つの道は、早くも交わろうとしていた。

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