作:島ハブ

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生への傷 3

 

 

 

 

 

 最初、昨日一昨日と同じように様子を見に来たのだと思った。今のところ、大将の居酒屋へやってくるのは男の弟分ぐらいなのだ。違うと気付いたのは、弟分ではなくヤクザ者の男が自らやってきたからだった。

 

「どうした?」

 

「いえね、ちょっと引っ掛かったもんがありまして」

 

 カウンターの席を勧めたが、男は首を振った。話を終えたらすぐに戻るつもりのようだ。懐からマルボロ・メンソールを取りだしながら、男の方へ延広は躰を向けた。火を点けて一本差し出す。ちょっと頭を下げて、男は受け取った。

 

「罠猟やってるっていう猟師の話なんですがね。里近くの森で小動物引っ掛けてるような連中です。そいつが言うには猟場への途中、人里の外で霧雨店の主人を見たとか」

 

「いつのことだ」

 

「話を聞いたのは今朝。霧雨を見たってのは六日前だとか」

 

「お前、人里からどこへ向かった?」

 

「旦那のお指図通りに」

 

 北、それから東。そう言ったのは確かに延広だった。情報源になりそうな知人の所在を考慮した時、一番手が回らないのが北東だったのだ。地図を思い浮かべた。人里から見て北東へ、小さな森や川を抜けてぶち当たる場所。

 

「まさか、魔法の森と言いたい訳か?」

 

 化け茸どもが、年中障気を垂れ流している森だった。特異な能力を持たない人間が隠れられるところではない。どうしても通るときには、いざという時のため清めの水や札を持ち足早に通り抜ける、そんな土地だ。

 男が頷いた。

 

「かもしれねぇと思ってます」

 

「手掛かりとしては飛躍しすぎている、という気がするな」

 

「あっしもです。ただね、きな臭いもんがあるのも確かでさあ。以前調べた時は、霧雨が魔法の森へ行ったなんて話はこれっぽっちも浮かばなかったんで。人里から出ることすら珍しい男です」

 

 以前というのは、霧雨魔理沙を探る依頼の時だろう。その時、別の理由からこの男も霧雨魔理沙を狙っていて、結果として延広と争う形になった。霧雨魔理沙はあくまで材料で本命は霧雨店にあったのだから、それなりの調査はしたはずだ。

 

「しかしな。そもそも、大将と霧雨の主人に繋がりがあるのか」

 

「わかりません。親分さんの現役バリバリの頃となると、あっしなんかまだ鼻垂れ小僧ですんでね。ただ、頭っから否定することはねぇかと」

 

「何度かあったが、いかにも無頼なんぞ認めないっていう頑固親父に見えたぜ」

 

「そら、その辺の極道かぶれの話でしょう」

 

 延広は、適当に瓶を掴みグラスに注いだ。バーボンだった。一息で飲み干す。報酬替わりのつもりだった。どのみち、あの大将が一方的に助けられることを肯んずる訳はないのだ。一日に一本。安い報酬だろう。

 

「霧雨には魔法の森への伝がある。それは確かですぜ」

 

「半妖と魔法使いか」

 

「娘さんってことはないでしょう。今の親分さんは厄介事の塊みてぇなもんだ。あの親馬鹿が寄越すわきぁねえ」

 

「森近霖之助の方だろうな、あるとすれば」

 

「霧雨店で修行した男です。霧雨の主人にはそりゃあ恩があるでしょうな」

 

 どこまでいっても仮定の話だった。ただ、考慮する価値はある。少なくとも、ここで飲んでいるよりはマシだろう。

 男が、やたら丁寧に灰皿で煙草の火を消した。

 

「旦那は霧雨を当たってくだせえ。あっしには、敷居が高いや」

 

「お前はどうする」

 

「先に森の方へ」

 

 思わず、男を凝視した。気負ったところは見当たらない。ちょっと調べものにでも行くような、そんな軽さだった。延広はカウンターに入り、もうひとつグラスを出した。

 

「旦那、あっしは」

 

「いいから飲めよ。なに、一杯だけさ」

 

 グラスに、ほんの少しだけバーボンを注ぎ、男の前に置いた。バーボンでしたたかに酔う、そんな歌があった気がする。力のない男が、バーボンを抱く歌。フォーク・ソング。

 困惑した風だった男が、延広を見、口の端だけで笑って、バーボンを放り込んだ。なんとなく、文字が走った。ペニーレインで。そんなタイトルだった。

 

「こんな時じゃなけりゃあな。旦那の奢り酒で、くらっくらに酔ってやるんだが」

 

「もういい、さっさと行け。俺もすぐ出る。馬鹿正直にまっすぐ森へ入るんじゃないぞ」

 

 男がまた、口の端で笑った。自分のグラスに延広はバーボンを注いだ。舐める程度の量だ。

 

「気弾は見逃すな。虹色のやつだ」

 

 人狼が動き出す。その時、美鈴が合図として気弾を撃つ手筈になっていた。

 美鈴は、人狼とかなり距離を取って監視していた。連中の鼻がどれほど利くのか、測りきれなかったのだ。もし気弾が上がるようなことがあれば、しばらくの間男が一人で凌ぐことになる。

 

「旦那も頼みますよ。森近のガラクタ屋ならともかく、隠れ家でもあったらあっしじゃ見つけきれませんぜ」

 

「さて、あの霧雨の堅物が素直に教えてくれるかな」

 

「隠れるだけじゃ手詰まりなのはあちらもわかってるでしょうよ」

 

 だろうな、と延広も思っていた。後は、自分が信用されるかどうかだ。

 

「そう言やね」

 

 扉を開きながら、男が振り返った。

 

「旦那の得物、ちょっと楽しみにしてるんですよ。不謹慎かもしれやせんが」

 

 逆光の中で男が言った。延広は視線を外し、追い払うように右手を振った。扉の閉まる音。

 唇を湿らせるように、バーボンを舐めた。なんの変哲もなく、バーボンの味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長屋へ寄った。朝、延広が出る時にはまだ文は寝ていた。今は誰の姿もなく、布団が隅にうずくまっている。

 おにぎりが二つ、日を避けて置かれていた。被せてあった布を払い、時間をかけずに食った。塩だけのシンプルな味付けは、やはり延広の好みだった。甕から水を掬い、そちらはゆっくりと口に含んだ。冬の水は、冷蔵庫のない世界でも強く熱を奪う。

 外の共用井戸で顔を洗った。風は冷たいが、日の光は穏やかな暖かさを持っている。昼食には少し遅いぐらいの時間だろうか。訪ねても失礼にはならないはずだ。霧雨を頑なにしてしまえば、それだけ話は面倒になる。

 再び長屋に入り、布団の傍に立て掛けてある包みを睨んだ。

 その中身を、延広はただ棒とだけ呼んでいた。手触りは木製だが、なんの木を使ったものなのかは皆目見当がつかない。模様も銘もない黒一色で、不自然なほど艶やかな光沢が時折、はっとするほど凶暴な気配を帯びる。

 強力な武器だった。硬度などではなく、もっと特異な部分で、その棒は延広にとって有益な力があった。それでも、常に携帯したりしなかったのは、その棒が勝ち取ったものではなかったからだ。そういう意味でも、この部屋で異質な存在と言っていい。

 もう一度水を飲み、それから服を着替えた。シャツの上からいくらか野暮ったいブルゾンを羽織る。生地の厚さで多少でも目測を狂わせることができれば。そう思ってのことだが、期待はしていなかった。相手のミスなど、あれば儲けもの程度で、最初から当てにするものではないのだ。

 棒を一撫でして、包みに入れたまま持った。

 特殊な力の影響を無視する。棒を渡しながら、紫はそう言った。妖力による増強を無視すれば、妖怪も皆等身大の力なのです。この棒による打撃は、筋肉が弛緩した肉体を打つようなものですわ。受けた説明の中で、延広が覚えているのはその辺りだけだった。人外に効く。何度かの実感として、それは躰が覚えている。

 長屋を出た。霧雨の店はそれほど遠くない。それでも、無意識に歩みは速くなっていた。

 大通りに面した霧雨道具店は、普段と変わったところはなかった。屋敷の方へ回るために横道に入る。若い男が二人、いかにもたむろっているという感じで塀に背を預けていた。ただ、どこか緊張を隠せていない。見覚えがある。霧雨店の丁稚だった。手がかりの存在を、延広は確信した。

 霧雨の屋敷に入ろうとした延広を、二人が挟み込んだ。

 

「おっさん、霧雨さん家に用事かい?」

 

 伝法な口調だが、どこかに品があった。

 

「そうだ、と言ったら?」

 

「人とお会いになられてるそうで、私たちも待っているんですよ。私たちの用事も時間がかかるもので、一度出直された方がよろしいかと」

 

 もう一人の方が言った。先の男より少し歳上のようで、二人並べば出世株の商人と少々口の悪い付き人に見えなくもない。延広のことは覚えていないようだった。三度、隠れるように出入りしただけなのだから無理もない。

 人と会っている、とこの男は言った。咄嗟に思い付いた言葉を、延広はそのまま口にした。

 

「俺は、その霖之助さんに頼まれてんだ。緊急だ、通してもらうぞ」

 

 二人は目を見開き、それから顔を見合わせた。

 

「その、森近さんはなんのことで?」

 

「魔法の森だ、わかるだろう?それより、通すのか通さないのか」

 

 もう一度視線を交わし、二人が頷いた。

 

「お前ら、空を見てろ。虹色の光が上がったら、構わず言いに来い。いいな」

 

 返事を待たず、屋敷に入った。三人ほど遠慮がちに遮ろうとしてきたが、延広は足を止めなかった。以前の依頼の時に、屋敷の造りは覚えている。迷わず進み、襖を開いた。

 延広の姿を見ても、霧雨はかすかに眉間の皺を深くしただけだった。森近霖之助は、状況が飲み込めないようで目を白黒させている。

 

「誰も通すな、と言いつけてあるのだがな」

 

「もう少し、機転の利く人間を雇うんですな。はったりを鵜呑みにするようでは、商人としては辛いでしょう」

 

「平時ならば優秀だ。君のような人間からすると、平時の能力などどうでもいいのだろうが」

 

「非常時に弱い人間が多いから、私のような者も飯を食える訳で」

 

 霖之助が挙手した。

 

「いいかな。霧雨さん、僕にも彼を紹介してほしいんですが」

 

「こりゃ失礼。大橋という(もん)です。霧雨さんには以前、仕事を頂きましてね」

 

「ほう、仕事」

 

「なんでも屋だよ、森近君。不逞の輩がいて、その対処を彼に頼んだのだ」

 

「おかげさまで、今年の冬は楽ができそうだったんですがね」

 

 霧雨と視線が交錯した。

 

「用件を聞こうか」

 

「ご冗談でしょう」

 

「そうだな。言うまでもないか」

 

「君は、あの人の知り合いなんだね?」

 

 霖之助の問いに、ただ頷きを返した。ほっとしたように、霖之助が笑顔を浮かべた。

 

「どの程度、事態を理解している?」

 

「人狼を殺したのが大将だということと、人狼どもがきな臭い動きをしていること」

 

「大将?」

 

「あの居酒屋は私の行きつけでしてね」

 

「なるほど。大将さん、って訳だね。それはいいな」

 

「それで大将を捜していたら、霧雨さんの動きが気になりまして。なにかあるんじゃないかと。まあ、なかば勘ですが」

 

 霧雨が鼻を鳴らした。それがこの男の癖なのだと、なんとなく解っていた。だからか、尊大な仕草の割りには不快にはならない。

 

「確かに、私が奴を匿っている。古い馴染みだよ、助けたことも助けられたこともある。奴がくだらん稼業から足を洗うと決めた時に、開業のための資金を出してやったのも私だ。居酒屋と聞いたのは、店を開く直前になってからだったが」

 

「思い出話は結構ですがね。状況は切迫してるんじゃありませんか」

 

「だからこそ、時間がほしいのだ」

 

 不意に、背中から嫌な汗が噴き出してきた。霧雨の表情は動かない。ただ、先ほどまでとぼけた穏やかさを湛えていた霖之助の顔を、緊張が覆った。まるで幕があがったように、不穏が顔を覗かせた、そんな感じだ。予想していたことでもあった。

 

「大橋君。君と奴とは、どういった間柄なのかね」

 

「居酒屋の大将と客ですよ」

 

「表面的なことを訊いているのではない」

 

「なんと言われても、大将と客としか言えませんね。言葉にすると、そういうことにしかならない」

 

「言葉にすると、か」

 

「なにかを匂わせようとかではないんです。本当に、ただそう思っているだけで」

 

 考え込むように、霧雨が顔を伏せた。それは、数秒のようでも、数時間のようでもあった。

 

「幻想郷の掟は知っているだろう、大橋君」

 

 横目で盗み見るような霖之助の視線。教師のように立てられた霧雨の指。それらの全てが瞬間、どこか遠くなった。

 

「奴は、人妖の争いが禁じられているこの人里の範囲内で人狼を襲い、殺した。死体はわざわざ里の外まで運んだそうだ。わかるな、この意味が。奴は、この幻想郷で禁を犯し、博麗の巫女を敵に回したのだ」

 

 

 

 

 

 

 






ちょっと短いですがキリがいいので
次話で終わるかあと2話かかるかは未定


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