作:島ハブ

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雑草

 

 

 

 話としては簡単で、行方知れずの息子を捜してくれということだった。それが妖怪の跋扈するこの幻想郷でどれほど難しいかは考えるまでもない。

 

「お話はわかりました。それで、報酬についてですが」

 

 悲痛な胸のうちを語りだした依頼人を止め、報酬の交渉に入る。

 基本的には経費を先、報酬を後払いでもらう形にしていた。予想外に経費が掛かると、追加で請求したりもする。依頼を達成できなかったとしても諸経費は依頼人持ちなので、時間を無駄にしたという以外にはとくにマイナスはない。逆にいえば、依頼に掛けた時間はほぼただ働きということになる。そして、行方不明者の捜索とは最も達成困難な依頼のひとつだった。

 

「経費はいいとして、報酬を、進捗状況に応じてといいますか、手がかりを見つけるごとに一定の額を頂くという形にできないでしょうか」

 

 延広は、作成した契約書を差し出した。報酬のうち六割までを、依頼の進捗に応じて貰えるようにしてある。残りが欲しければ、本人を見つけるしかない、という契約だ。

 要は、遺品探索の仕事みたいなものだ。本人が見つかるとは、延広には思えなかった。妖怪の主食を考えると遺体すらも見つかる可能性は低いと言わざるをえない。

 期限を設定し、その間でなんとか遺品を見つけて報酬のうちの何割かを貰う。これが最も現実的だろう。実際には、なにも見つからずただ働きになる公算の方が強いのだ。

 横を通りすぎようとした店員が、ちらりとこちらを見た。かれこれ半刻ほど、珈琲一杯で居座っている。依頼人はいかにも純朴そうな女性で、ここの食事代は経費で、などという気の利かせ方はできそうになかった。カップに口をつける。水滴程度にしか残っていないが、飲み物すらなく居座っていると思われたらいよいよ視線が厳しくなる。

 新しくできた喫茶店で、満員とは言わないが席の大部分が埋まっていた。新品の椅子の座り心地は少し前から格段に悪くなっている。

 契約書に目を通していた依頼人が顔を上げ小さく頷いた。契約が成立したことより、ようやくこの店を出られるということに延広は安堵した。

 

「それでは、息子さんと親しい方などがいらしたら教えていただきたいのですが」

 

 依頼人がいくつかの名前を挙げる。それを頭に刻み込んだ。メモはあまり取らないようにしていた。紙に書き出すことで頭の中から何かが抜けてしまう。生きていた情報がまるで死んだように動かなくなる、そういった感覚が延広にはあった。情報が有機的に絡み合うことで新しいなにかを掴む。それが起こるのは、紙の上ではなく頭の中でしかあり得ないのだ。延広にとって、メモとは情報の遺影でしかなかった。

 会計を済ませて店を出る。最後の店員の満面の笑みについては、できるだけ考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 趣味が悪すぎる。ほとんど悲鳴でもあげるような気分で、延広は心のなかでそう呟いた。

 捜索対象の男、その友人たちへの聞き込みはスムーズに進んだ。対象と依頼人の親子関係は良好らしく、依頼人の挙げた名前は主要な友人、知人をしっかりと押さえていた。

 それなりに善良で、勇敢とか無謀とか評されたりする、つまりは軽率なところのある男。あまり親しくない知人などは、行方不明だと言うと露骨にならない程度に納得したような表情をする。この時点で、無報酬という言葉が頭の中で踊りだしていた。

 有力と思える手掛かりが出たのは、対象の行きつけだという酒場の常連からだった。対象が懸想している女がいるという。それも、人里の外にだ。

 女の家を訪ねようとして、その道中で妖怪に襲われ帰らぬ人となる。ありそうな話ではあった。延広が考えたのは、それが行きか帰りかということだ。後者ならば、女の家になにか私物を残しているかもしれない。それを譲り受けて、依頼人に渡し報酬のいくらかをもらう。四割ぐらいまでは引き出せるか。落としどころとしては悪くないと思えた。女の住む場所を聞くまではだ。

 

「なにか、気になるものでもありまして?」

 

「いえ、色とりどりの景色に見蕩れるというか、圧倒されるような気分で。いや、お恥ずかしいところをお見せしました」

 

「あら」

 

 そう言って、クスクスと笑った。咄嗟に口から出た言葉に嘘はなかった。しかし、全てでもない。建物の周りには名もわからない色とりどりの花が、その外には広大な向日葵畑が広がっている。太陽の畑。そう呼ばれる地だった。

 部屋の真ん中に白い円形のカフェテーブルと椅子が二つあり、入り口に近い椅子に延広は腰を降ろした。部屋の中にも大小様々な鉢があり花が植えられている。恐らく光を取り入れるためだろう窓が多く、東側の窓の縁にはまだなにも植えられていない鉢が一つ置かれたりしていた。その鉢だけ、少し形が違う。

 

「なんでも屋、というのは?」

 

「まあ、読んで字のごとくです。相応のものさえ頂ければ、大概のことはやらせて頂いてますよ」

 

「大変なお仕事ね」

 

 言葉とは裏腹の光が、幽香の瞳に浮かびだしていた。蔑みの色。かっとしそうになるのを、こらえた。探偵崩れ。以前の依頼で外来人の男にそう呼ばれたこともある。その時も愛想笑いでこらえたのだ。

 金銭のためならなんでもやる、という延広の稼業を軽蔑する人間は多かった。仕事によっては依頼人にさえも冷ややかな目で見られることもある。

 そういった人物の筆頭が文だろう。

 

「今日もそんな仕事のひとつなんですよ。近頃、里の人間が一人行方不明でしてね。二十四で、百七十程の男なんですが」

 

 幽香の笑みが深まった。反射的に距離を取りそうになって止めた。下がって一歩分の距離を取ったところで、どうにかなるような相手でもない。

 幽香が姿勢を崩して、テーブルに頬杖をついた。それだけで、威圧感は倍増した。退かなかった。退かないと、決めた。

 

「もしかして、私は疑われているのかしら」

 

「まさか。活発な青年だったようでして、あちらこちらで聞いて回ってるんですよ。どこに居てもおかしくないような男らしいのでね」

 

「そう。けど、残念ながらお力にはなれないわね。こんなところに来るのは妖精かよっぽどの物好きよ」

 

 そのよっぽどの物好きの方だ、とは言わなかった。知らないと言われたのだ。わざわざ長居をしたいと思うような場所ではない。

 

「そうでしたか。今日はお邪魔しました。もしなにかありましたら一報ください」

 

「花は、好きかしら」

 

 上げかけた腰を止めた。幽香の顔を見る。変わらず笑みが浮かんでいた。どうやら気を持たせられているらしい、と延広は思った。それは延広がそう感じただけで、実際にはなにもないのかもしれない。迷った末、腰を降ろした。どのみちここ以外には現状手掛かりはないのだ。

 

「花ですか」

 

「そう、花。美しいでしょう?」

 

「あまり縁のない人生を送っております。何分、華のない男なので」

 

「そんなことはないわ」

 

「そうでしょうか」

 

「溝に咲いても、花は花よ」

 

 幽香が小さく息を吐いた。

 やはり、なにかを知っている。延広はそう確信した。あまりに挑発的な言動だった。延広からなにかを引き出し、都合よく使おうとしている。そこの駆け引きにおいては、幽香はまだ甘かった。もしくは、人間があまりに賢しいだけなのか。

 

「入門にいい花なんかがありますかね」

 

 幽香がまた息を吐いた。ただ、今度の息は露骨だ。

 

「この時期の、妖怪の山にしか咲かない花があるわ。咲くのは妖怪の山だけだけど、育てるだけなら太陽と水があればどこでもできる。白と紫の、細長い花よ」

 

 延広は立ち上がり、静かに頭を下げた。話は終わったとばかりに、幽香が顔を逸らした。妖怪の山。それが次の目的地だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里北の長屋が、延広の城だった。

 元々は十畳の部屋を一つ借りていただけだったが、文と今のような関係になったあとに大家に相談して隣の部屋も借りた。間の壁をぶち抜き、今は二部屋分の家賃を払うことで二十畳の一部屋としている。

 大家はかなり下世話な笑みを浮かべていた。それがなんなのか当時はわからなかったが、今考えるとなるほど愛人を囲う成金のように見えないこともない。文が週に二、三日しか来ないことも想像を後押ししたのだろう。実際に、文のために部屋を借りたというのも間違いではなかった。

 自分のための一部屋分を、文は喜んだ。愛人に部屋をもらった女はきっとこう喜ぶのだろうというような、教科書のような喜び方。それでいて、媚びるような気配は頑なに感じさせなかった。奇妙なものだった。文のなかでなにかがせめぎあったのだろう、ということだけは延広にもわかった。それがなんなのかを問うことはしていない。

 

「女の匂い」

 

 部屋には文がいた。いつ何日にくるというのは決まっていなかった。週に二、三というのも、平均すればそうなるという数字でしかない。

 

「女といえば女だな。とびきりの美人でもある。相手としては遠慮したい人物だがな」

 

 それ以上、文はなにも言ってこなかった。本当に嫉妬している訳ではないのは知っていた。延広も、挨拶のような気で返している。

 服を脱ぎ、甚平に袖を通した。夜の帳が降り始めている。今から妖怪の山に向かうのは自殺行為といってよかった。そこまでの危険を犯すほどの報酬ではない。

 白米に豆腐とわかめの味噌汁、焼いたスズキの切身とほうれん草の和え物、それに沢庵が添えてあった。味噌の香りが湯気とともに立ち昇っている。部屋に来る日は、文が夕飯を作る。下手に派手さを求めない献立が、逆に男を誘う様でもあった。

 

「飲む?」

 

「もらおうか」

 

 文は頷いて、竈から熱燗を持ってきた。左手では御猪口を二つ、指に挟んでいる。

 

「はい、乾杯」

 

 注がれた日本酒を一口に飲み干した。躰の中に熱が広がった。

 しばらく、無言で食べた。味噌汁を口に含む。昆布と鰹節の出汁が効いていた。味噌の量も程よく、しっかりした味のわりに後にひかない。魚の焼き加減もいい。きつね色の身に箸を入れると、そこからふわりと湯気が浮いた。裂けた中身は艶やかに白い。

 明らかに料理を学んだ跡があった。それが誰のためなのかということを延広は気にしなかった。妖怪の生は人とは違う。過去に男がいたとしても別段おかしくはない。今、自分のもとにいる。それで充分だった。

 

「ふうん、妖怪の山ねぇ」

 

 食事が終わり、ちびちびと呑みながら話していた。依頼について、特に名前は出さずにただ妖怪の山に探しにとだけ伝えた。

 

「そういえば、河童が少し騒がしかったわね。あれは人に好意的だし、行けばなにかわかるかもよ」

 

 河童。頭のなかに書き込んだ。にとりに会えばいいだろう。河童の住む川は比較的低いところにある。もしそこで見つかればわざわざ時間を掛けて登山をする必要もない。

 

「ああ、そうだ。妖怪の山にだけ咲く花、あるか?」

 

「夕嫌いね。芽が出ればあとはどこでもいいんだけど、なぜか妖怪の山でしか芽が出ないのよ」

 

「夕嫌い?」

 

「そう、夕嫌い。東側の斜面にしか咲かない花で、夕日があたることはないの。だから、夕嫌い」

 

 東側。その言葉が延広のなかで引っかかった。

 

「夕嫌いがどうかした?」

 

「対象には惚れた女がいてね。そいつが、その夕嫌いとやらが好きなんだそうだ」

 

 幽香にそう聞いた訳ではなかった。夕嫌いという花の存在を匂わされただけだ。ただ、現状唯一の手掛かりでもあった。

 それにしても、妖怪の山の斜面とは酷い話だった。夕日があたらないような斜面はそれなりの角度になる。そんな足場で戦えば退魔の人間でも生命の保証はできない。ただの人里の男にやらせるには荷が勝ちすぎていた。

 

「花のために、男を死地に追いやる女か」

 

 延広の言葉に、文は薄く笑った。

 

「ノブ、あんたの悪いところよ、それ。男と女の間って、直線で結べるようなもんじゃないわ」

 

「男と女」

 

「そう。なまじそんな稼業をしてるから、なにかとなにかをすぐに、わかりやすく結びたがる。自分は、もっと不器用な生き方をしてるくせにね」

 

「俺は不器用か」

 

「不器用よ、あんたは。楽に生きられない男。きっと、楽に死ぬことも出来ないわね」

 

 喋る文の口元には、自嘲のような歪みがあった。文の前の男は、平穏とはいえない死に方をしたのだろう。なんとなくそう思った。死に方は、生き方と言い換えてもいい。そんな男と死に別れた先で、延広のような男とこういう間柄になってしまう。文も大概、楽には生きられない女だった。

 

「飲めよ、文。今日は、飲んで寝ちまおう」

 

 文の御猪口になみなみと注いだ。今日は抱かずに寝ようと思った。沈みこむような抱き方を、してしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽香の視線ははっきりしていた。それを無視して、前と同じ椅子に座った。文の言葉がなければ、今日ここに来ることはなかっただろう。また意味のないことをしている。かすかな自己嫌悪に、延広は包まれた。

 二日振りということになる。内装にはなにも変わったところはなかった。

 

「見つかりましてね、妖怪の山で。といっても、私が行ったころには既に荼毘に付されていたんで、恐らく、というのが頭につきますが」

 

「荼毘に」

 

「ええ。運よく、ああこれはその男にとってという意味でですが、運よく河童に土左衛門を見つけられたそうで。そのまま荼毘に付されたそうですよ。服なんかも燃やされてて、私としちゃ本人か確認できなくて困りましたがね。まあ、早めに弔うのが仏さんのためと思えばなにも言えません」

 

 幽香がハーブティを口に含んだ。ここを訪ねてすぐに出されたもので、いくらか冷め始めている。そのことにも、幽香は気付かなかったようだ。

 

「それにしても、土左衛門だなんて」

 

「妖怪に襲われたんでしょうな。片腕がなかったそうです。血止めはしっかりしたようで、出血死はしなかったようですが」

 

「片腕が」

 

「おまけに、もう一本には荷物を抱えていたようでね。捨てちまえば、もう少しやりようはあったろうに」

 

 幽香の視線が、延広の手元に注がれた。透明な瓶のなかに、土と、夕嫌い。男が、死んでも離さなかったものだった。

 煙草をつけそうになった。手が、ポケットの中でなにかに当たった。ライター。それで、吸う気が失せた。ここで火を使うことがなにか大きな禁忌に思えた。左手の瓶には、一人の男が命を賭けた花が入っている。

 自分が文のために死ねるのか。束の間、そんな考えが頭をよぎった。

 

「こいつを持っていって、終わりってことになるでしょう。後味は悪いですが、これ以上捜すあてもありませんし。元々、見つからなくてもしょうがないような依頼でした」

 

 今なら。依頼人に会う前の今なら、渡してもいい。見つからなかったと報告をすればいいのだ。言外にそう伝えた。

 幽香は窓に目をやった。東側の窓。そこには一つだけ鉢が置かれている。形の違う、特別な鉢。窓から射し込む光が、室内に鉢の形の影を作っている。

 しばらく、静かな時間が流れた。向き直った幽香の顔に、笑みが浮かんでいた。それはどことなく、秋の枯れた花を思い起こさせた。

 

「きっと、遺族の方は喜ぶでしょうね」

 

 それだけを言い、幽香は奥の部屋に消えた。

 延広は残っていたハーブティを一気に煽り、外に出た。冷めきったハーブティは、口のなかに苦味だけを残した。苦味は、中々消えなかった。

 家の周りの鉢やプランター、畑の土は湿っていた。膨大な数の花たち、その全てに彼女は愛を注ぐのだろう。

 空は晴れ渡っていた。向日葵がみな東を向いている。

 東側の窓の鉢。あれに花が植えられることはないだろう。幽香が待っていたのは、花ではなかった。結局、河童が弔った遺体がほんとうに対象の男だったのかはわからない。状況証拠だけが揃っていて、決定的なものがなかった。幽香はこれからも待つのか。そんなことを思った。

 明日になれば、延広は報酬のことを考えだすだろう。いくら引き出せるか、この花の価値は、そんなことに頭を回すのだ。金の為の仕事。文が嫌いなのは、そういうところなのかも知れない。

 風が吹いた。向日葵たちが一斉に揺れる。それは美しい光景だった。美しすぎた。

 雑草のように生きれば良かったのだ。それを、向日葵に魅せられた。雑草が、雑草であることに耐えられなくなった。自分が、雑草でないことに賭けてしまった。

 男とはそういう生き物なのかもしれない。自分という存在に挑戦しながら生きている。死ぬとわかっても、挑まずにはいられない。

 しばらく、向日葵を眺めた。瓶を、顔の横まで持ち上げた。意味のない感傷。悪い癖だ。そう思っても、数分、延広は足を動かさなかった。

 

 

 

 

 




作中の花はオリジナルです。原作には登場しませんのでご注意下さい。
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