作:島ハブ

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一話以来の東方成分の薄さ。

ちょっと長くなりそうなので前後編にしました。後編はまた後日。


情(前)

 

 

 スツールではなく長椅子だった。そういうものだろうとは思う。ただ、外の世界も併せて、屋台は初めてだった。持っているイメージも、ドラマかなにかのものだけだ。

 普通に座れば四人、ぎりぎりまで詰めれば六人といったところだった。他に客はいなかったが、延広は左端いっぱいに詰めて座った。端に腰を降ろすのが習慣になっている。

 煙草を取り出すと、ミスティアが二度、指で台を叩いた。

 

「禁煙かな」

 

「申し訳ないけどね。歌も売り物のひとつなんだ。もっとも、私が勝手に出してるだけなんだけど」

 

「これは、紳士じゃなかったな。そういう店だってのは聞いてるよ。こう見えて、事前調査はするほうでね」

 

「気になるな。どんな評判?」

 

「美しい歌と、それ以上に美しい女将を楽しめる店ってね」

 

 噂の良いところだけを、延広は言った。気に入らない客を鳥目にして、八ツ目鰻を売り付ける。そういう噂もあった。多少の誇張はあるものの、それが事実であることもわかっていた。焼き鳥を頼むとそうされるのだという。自業自得だという気にしかならなかった。

 延広の言葉を聞いたミスティアの顔が、堪えきれないというように綻んだ。

 

「お客さん、口説くの下手くそだね。わざわざ歌を出すような女なんだから、歌を一番に褒めればいいのに。結局、外見だもんな」

 

「まだ、口説き始めちゃいないよ。その気になったら、凄いぜ」

 

「そうなんだ。ちょっと、楽しみになっちゃったな」

 

「熱燗、頼むよ」

 

「一合?それとも二合?」

 

「一合で」

 

「はーい」

 

 八ツ目鰻は、既に焼かれ始めていた。食べ物はそれしかないのだ。熱燗、冷や、焼酎。どれを飲むかというのが、この店で客が行う唯一の選択だった。

 ようやく、夜になったかというところだった。迷いの竹林に向かう道の途中にこの屋台はある。永遠亭に続く道でもあるのでそれなりに整備されていて、ここまで来るのに苦労はしない。ただ、人里の圏内からは僅かに外れる。そこに屋台の営業時間を考えると人間相手の商売は不可能ではないかと思えたが、里の噂やミスティアの様子を見るに意外と客足はあるようだった。いいことかどうか判断に迷うが、そのお陰で延広にも仕事がきたと考えると否定する気にはならなかった。

 ミスティアの動きには淀みがなかった。延広と話しながら時々日本酒を気にするだけで、一度も視線を落としはしない。なのに、ひっくり返した八ツ目鰻は実にいい焼き加減になっているのだ。焼き台に置いた拍子にタレが飛び、火に落ちてパチリと音をたてた。甘味を含んだ匂いが、弾けるように広がった。

 

「旨そうだな」

 

「たまに、身を乗り出してくる人もいるんだよ。全然気付いてなくて、お客さん、って声をかけると恥ずかしそうに椅子に戻るの」

 

「先に聞いといてよかったよ。恥を晒さずに済んだ」

 

「そういうお客さんを見ると、愛しくなっちゃうんだけどね」

 

 延広が肩を竦めると、ミスティアがまた笑った。夜の薄暗さのなかで、白い歯が火の光を返した。これにやられたのかもしれない、と思った。

 ミスティアと喋りながら、追加の注文をしたりして半刻ほど飲んだ。ミスティアがなにか明るい鼻唄をやっているときに、暖簾をかき分けて一人の男が入ってきた。明かりに映し出された顔は、まだ少年といった感じだった。短髪でちょっと目が垂れている。光の陰影で大人びて見えるが、それでもせいぜい見えて二十といったところだ。実際は十六である。

 少年を見たミスティアが、注文も聞かずに冷やを出した。常連なのだろう。やっと来たか。声には出さずに、延広は呟いた。

 

「そろそろ、お暇するかな。女将さん、勘定を頼むよ」

 

「はい、まいどあり」

 

 延広が立ち上がると、食器を下げながらミスティアが値段を言った。あまり高くはない。味を考えると、だいぶ安いと言っていいだろう。メニューの少なさといい、いかにも趣味でやっている店という風だ。

 財布から小銭を取り出した。受け取ろうとしたミスティアの手を、延広は掴んだ。

 

「お客さん?」

 

「今夜、暇かな?」

 

 笑おうとしたミスティアが、延広の顔を見て困惑したような表情になった。構わずに続けた。

 

「予定が聞きたいな」

 

「いきなりなにを」

 

「言ったろう、口説くって」

 

「ちょっと強引だよ、お客さん。それにあなた」

 

「その強引さが、俺流ってやつさ。それで、どうかな?」

 

「やめろよ」

 

 少年の声が、飛び込んできた。目を向けると、当の本人は少し後悔したような顔をしていた。思わず挙げた声だったのだろう。あまり気の強いタイプには見えない。

 

「大人の話だぜ、坊主。黙ってるか、それが嫌なら帰って寝な」

 

「女将さん、嫌がってるじゃないですか。そっちこそ帰ってくださいよ」

 

「お子様が、言うじゃないか」

 

「ガキなのはそっちだろ」

 

 どうやら、開き直ったようだ。切り替えが早いのは悪くない。ここで引っ込まれてもいらない手間が増えるだけだった。キスぐらいは必要かと思っていたが、それはせずに済みそうだ。

 

「喧嘩はやめてよ。うちでは御法度だよ」

 

 ミスティアが言ったが、気にしなかった。睨み合う。ただの強がりなのは見えていた。目を細める。先に視線を外したのは、少年だった。俯いて、顔を上げようとしない。

 

「水を差されちまったな。今日のところは帰るとしよう。女将さん、さっきの話、考えといてくれ」

 

 なにか言いたそうなミスティアに背を向け、人里への道を歩き出した。しばらく歩いて、屋台からある程度離れたことを確認すると、延広は木の陰に身を潜ませて煙草に火を着けた。

 つまらない依頼だった。以前、似た依頼を受けたことがあった。依頼自体はそんなに似てはいなかったが、その性質が近かったのだ。妖怪に惹かれた子どもを連れ戻す仕事。悪意のあるなしという違いはあるが、延広のやることは一緒だった。ただそのときは三対一で、ちょっとした凶器も振り回されていた。危険度でいえば今回の方がマシだろう。その分、つまらなさはこちらがひどい。

 一刻ほど待った。闇のなかで一人蹲っていると、不意に叫びだしたくなったりする。恐怖ではない。別のなにかが、躰を衝き動かそうとするのだ。孤独。一番近いのはそれだろう。それでも、正確ではない。ただ闇としか言いようがなかった。

 足音が聞こえてきた。近付き、通りすぎていく。延広は木の陰から飛び出し、足音の主に声をかけた。

 

「待ちなよ」

 

 肩を跳ねさせた少年が恐る恐る振り返った。延広の姿を認めると、安心と不安が入り混ざったような顔をした。

 

「待ってたんだよ。坊主にちょっと言いたいことがあってね」

 

「なんでしょう」

 

 少年の返事は、やはりおずおずといった感じだ。

 

「しばらく、来ないで欲しいんだよな、あの屋台に。子どもがいると女将さんも消極的になっちまうから、落とし辛いんだよ」

 

 少年の表情が変わった。恐れのなかに、少なくない怒りが混じっている。拳がぷるぷると震えだした。

 二、三発は殴らせてもいいかもしれないと、延広は思った。顔辺りで受ければ、いくらか手当てとして引き出せるのだ。極貧ではないが、そこまで裕福に暮らしてもいない。

 

「いいよな、女将さん。様子見のつもりだったが、気に入っちゃったね。特に声がいい。ベッドで、鳴かしたくなるような声だ」

 

 言葉が終わらないうちに、少年が突っ込んできた。右腕を振りかぶっている。拳。左頬で受けた。二発目のパンチは下がって避けた。腹を狙われたからだ。できるだけ引き出そうと思えば、顔に痣を作るのが一番よかった。

 二度、同じように避ける。三度目に、左のフックがきた。わざと姿勢を落として、目蓋の上を切らせた。素人のパンチでも簡単に切れて、いかにも被害者という顔になる。

 血が出てきた。あっ、という声をあげて少年の動きが止まった。小さい傷でも意外と派手に出る。

 

「やってくれたな、くそガキ。覚悟はできてんだろうな」

 

 三下のような台詞だが、効果はてきめんだった。少年が一歩引いた。蹴りを飛ばす。あっさりと倒れた。鳩尾を踏みつけた。少年の口からうめき声があがった。脇腹を抉るように、蹴りを入れた。爪先が突き刺さる。少年が空気を吐いた。吸おうとしたところを、もう一度蹴った。激しく咳き込む。構わずに蹴り続けた。五発、十発、十五発。もがいていた少年が、少しずつ動かなくなった。延広は煙草を咥えた。

 

「しばらくと言ったが、ありゃ無しだ。二度と来るんじゃねえ。次に見かけたらこんなもんじゃ済まさねえからな。わかったな」

 

 後は唾でも吐きかけて終わりだ。思ったが、できなかった。泣いていた。それがわかったのは、震えと押し殺した声からだ。

 もう少年を見ずに、延広は歩き出した。今度こそ、本当に家路につくためだ。看板が見えた。こちらからは裏側しか見えないが、表に書いてあることは知っていた。人里と外の境界までの距離。少年の倒れている場所は、きわどいが人里内だ。

 新月だった。新月でよかったと、少し思う。

 母親とはなんなのだ。歩きながら、考えていた。依頼人は少年の母親だった。妖怪の屋台に通っている息子をどうにかして欲しい。それは、よくわかる。

 この手の依頼の場合、事前に訊くことがある。禁止事項だ。対象は依頼人にとって大事な相手なのだから、扱いを気にするのは当然だった。一度訊いた。依頼人の言葉のなかに入っていなかったので、再度確認までした。暴力行為の禁止。構わない、むしろ痛めつけてやって欲しい。それがあちらの言い分だった。

 少年の押し殺した泣き声を思い出した。どうすればそのような声になるのか知っていた。唇を強く、血が出るほど強く噛み締めるのだ。男の意地。それだけが、あのような声を生み出す。

 唾など、吐ける筈がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーを着込むと、軽く柔軟をしてから歩き始めた。しばらくそうしてから、一気に全速力で走る。三百メートルほどいくとジョギングに切り替えて進み、そこからまたダッシュをした。呼吸がキツくなり、姿勢が崩れかける。一度目の山場。ここを越えると、ようやく動くための躰になるのだ。そのまま半刻ほど走った。走る道も、平坦な道ではない。ちょっとした雑木林などがあると突っ込んでみる。別に、マラソン選手になろうという訳ではないのだ。

 走り終わったとき、延広の全身は汗にまみれていた。長屋へ戻ると、筋力トレーニングをする。ダンベルなどはないので、もっぱら自重を用いた運動だ。

 太陽の位置を確認して、延広は井戸へ向かった。共用の井戸で汗を流すと、下着にジーンズとシャツを着て長屋を出た。ネクタイはしない。スーツなど、幻想郷ではなんの意味もなかった。

 待ち合わせの団子屋には、その姿はなかった。当然だろう、と延広は思った。まだ、四半刻は時間がある。

 気にしすぎていた。それほどに、珍しいことだったのだ。ポケットのメモを取り出した。時間と待ち合わせ場所、追伸のような言葉だけが、文の文字で書かれている。必要なら手を貸す。追伸をまとめると、そういうことだった。

 文が依頼を持ってくるというのは、今までにないことだった。精々、記事にできそうな事件はないかと訊いてくるだけだ。実際に記事になったこともない。

 茶を喫みながら待った。男が一人、延広の席へ近付いてきた。目が合う。弾かれたように駆け出そうとする男の右腕を、延広は掴んだ。

 

「待ちなよ、坊主」

 

 男は、二週間前に痛めつけた少年だった。掴まれた腕を振り解こうとしている。

 

「落ち着けよ」

 

「離してください」

 

「そういう訳にはいかんね」

 

「ヤクザさんなんかに用はありません」

 

「ヤクザだと」

 

 違和感があった。咄嗟に出た罵倒にしては、ヤクザは具体的すぎる。この前やったことも、チンピラ程度のことだ。

 

「とにかく、座れよ」

 

「なぜです。関係ないでしょう」

 

「そうは言うがな。こちとら、お前を待ってたんだ。四半刻も茶だけ啜って帰るのは、あまりにも間抜けだろう」

 

「僕を待っていた?」

 

「文に言われてきたんだろう?天狗の女だよ。黒髪の、胡散臭そうな奴だ」

 

「それじゃあ」

 

「大橋延広だ。なんでも屋とかよろず屋とか、まあ好きに呼べ」

 

 納得したのかしてないのか、微妙な表情を浮かべながらも少年は席についた。延広は店員を呼び、茶をひとつ頼んだ。

 運ばれてきた茶が温くなっても、少年は話を切り出さなかった。複雑な思いがあるのだろう。延広の方から声をかけた。

 

「さっき、俺をヤクザといったね」

 

「はい」

 

「ちょっと腑に落ちないな。なぜ、ヤクザなんだ?」

 

「なんでも屋って、本当になんでもなんですか?」

 

「報酬が釣り合えばな。だから、細々と暮らしてるよ。幻想郷の危険に見合う報酬なんて、中々でないからな」

 

「それじゃ、この前のも」

 

「仕事だ。クライアントは明かせないが」

 

 言わずともわかってしまうだろう、と延広は思った。常識的に考えて、ただの少年を相手にするような依頼はそうそうない。そういう依頼を持ち込んでくるのは、大抵が近親者だ。

 

「こっちの質問にも答えろよ。なぜ、ヤクザと言った」

 

「女将さんに聞いたんです。あれ以来、来てないって。だからヤクザだとばっかり」

 

 少年の説明は言葉足らずだった。おまけに、訊きたいことも増えた。

 

「お前、またあの屋台に行ったのか」

 

 それは延広にとってちょっとした驚きだった。相当痛めつけた。二、三日は起き上がるのも辛かった筈だ。

 

「一週間前に行きました。怖かったけど、女将さんが心配で」

 

 その言葉で、少し話が見えてきた。

 

「ヤクザが、屋台に来るのか?」

 

「女将さんが商売するのを嫌がる人達がいるんです。妖怪が、って。女将さんはあまり強い妖怪じゃないらしくて、そういう人達も調子づいちゃって。軽い嫌がらせは前からあったらしいですけど、最近になってヤクザまで来るようになったんです」

 

「名目は、見かじめ料か」

 

「屋台を潰すように頼まれてんだ、きっと」

 

「なるほどな」

 

 延広をヤクザと勘違いするのも無理はなかった。女将を巡っての客同士の喧嘩、というのが延広の描いた筋書きだったが、ヤクザと敵対しているとなると見え方は大きく変わる。

 そして、少年の依頼にもおおよそ見当はついた。

 

「依頼は、ヤクザを追っ払うことか」

 

 少年が、ゆっくりと頷いた。

 

「嫌がらせの方は、大して実害はないらしいんです。ヤクザさえ来なければ」

 

 延広は煙草に火を着けた。頭を回そうとすると、反射的に手が動く。マルボロ・メンソールの甘さが、口のなかに広がった。

 ヤクザ、というのが厄介だった。直接対峙する訳にはいかない。下手に敵対すると、今後の仕事にも影響がでかねないのだ。延広の稼業も、どちらかといえばそちらの世界寄りだった。延広自身が矢面に立つことなく、ヤクザを引かせる。そういう策が必要になる。

 一本を吸い終えるころ、なんとなく思い浮かんだものがあった。同時に、少しの腹立たしさが延広を包んだ。掌の上で踊らされている、という気分になったのだ。

 

「いくらだ?」

 

「えっ?」

 

「えっ、じゃないだろう。俺は、慈善事業やってるんじゃないんだぜ。貰うもんを貰って、それで動くんだよ」

 

「あっ、それは」

 

 少年の声から、明らかに力がなくなった。財布を差し出してくる。延広は財布の中に目を通した。

 

「足りんね、到底足りん。野良猫を追っ払う程度だな、これじゃ」

 

「家計は、母が管理してるんです。これでもかき集めたつもりです」

 

「お小遣いを貯めたって訳だ。それで、他人の屋台を救おうとしている。泣かせる話だが、採算の取れない仕事を受けることはできんね。世の中、お涙頂戴話なんて売るほどにあるのさ」

 

 少年の視線が下がった。足元の辺りで、なにを見ることもなくうろうろしている。

 金を置いて、延広は立ち上がった。

 

「縁がなかった、そう思うしかないな。ここの払いは俺が持とう」

 

「待ってください」

 

「もう、話すことはないよ。はやく帰って次の手を考えた方がいい」

 

「せめて、なにか。お願いします、なんでもいいんです。どんなことでも、やります」

 

「躰を張ることだよ、坊主。ヤクザだって商売さ。連中が割りに合わんと思うぐらいに、躰を張れ。どこまでも、食らいつけ。それが、男のやり方だ」

 

 煙草を一本と安物のライターを少年の方に投げて、延広は店を出た。

 行き先は決まっていて、焦るようなことはなにもなかった。それでも、延広の足は忙しなく、小走りのような感じになった。

 つい、舌打ちした。慣れないことをするからだ。なぜ、考えの中心にあの坊主を据えた。そもそも、なぜ受けてもいない依頼をやる気になっているんだ。自分に悪態をついた。なぜなのか。

 頭をよぎった泣き声を追い出すように、延広は首を振った。

 

 

 

 

 

 




後半へ~続く
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