作:島ハブ

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最終話へ向けた準備回。
一話完結型?なんのことかな?






濡れ木

 

 

 

 

 

 追いかけてくるような雨だった。振り切れず、延広は門の内側の壁伝いに走り、休憩所に飛び込んだ。

 四隅の柱に円形の屋根を乗っけたようなシンプルな造りで、横から吹き込んでくる雨を避けるために中央に身を寄せた。

 

「延広さんですか」

 

 先客がいた。元々、雨の日の門番たちのために作られたのだろう。大理石のスツールに腰掛けた美鈴は、延広の目にも馴染んで見えた。

 雨が遂に追いついてきた。間一髪だ。休憩所の中を、地面を打つ水の音が満たし始めている。決して強い雨ではなかった。紅魔館の館と門の距離はそれほどなく、突っ切ることも考えたが、すぐにやめた。水も滴るなどというが、濡れた格好で依頼主の前に立つのはいかにも無様すぎた。

 

「少し早かったですね。延広さんにしては珍しいな」

 

「どういう意味だい、そりゃ」

 

「悪いニュアンスで言ってるんじゃありませんよ。いつもちょうどに来る、って思っていたので」

 

「余裕ぐらい持たせるさ」

 

 実際は、美鈴の言う通りだった。遅れるのは論外だが、早く着くというのも延広はあまり好きではない。先に来て待っているのは、大抵はなにがしかを考え込んでいるような時だけだ。今回早かったのも、時間を読み損ねただけだった。

 

「とにかく、いいタイミングでしたね。後少し遅かったら濡れ鼠ですよ」

 

「やっぱり、まずいか?」

 

「機嫌次第ですね。悪ければ、叩き帰されるんじゃないですか」

 

 美鈴は冗談めかして言ったが、あのお嬢様ならやりかねない、という気がした。強い妖怪の尊大さと子どものわがままさを併せ持っている。それが延広は嫌いではなかったが、依頼主として見ると面倒な手合いだといわざるを得なかった。種族特性とはいえ、面会を夜に行わなければいけないこと自体、幻想郷という土地を考えると危険なことなのだ。話も出来ずに叩き帰されるなどたまったものではない。

 そんなレミリアとの関係が続いているのは、友だちである美鈴の存在もあるが何よりも報酬だった。およそ破格といっていい。貴族であるという自意識がレミリアにそうさせるのだろう、と延広は読んでいた。体面というやつに拘るところがある。

 

「しかし、物置小屋の方へ行けば雨具もあったんですがね。どうしましょうか」

 

 美鈴の呟きが終わる直前に、延広は身構えそうになった。やはり、何度見ても馴れるものではない。

 

「ああ、咲夜さん。よかった、気付いてたんですね」

 

「お客様がいらっしゃったら、雨を突っ切ってでも呼びにきなさい、美鈴。今回は偶然気付いたけれど、毎回そううまくいくとは限らないのよ。服の替えぐらい、いくらでも用意してあげるから」

 

 当然のように交わされる会話が、延広にはどこか気持ち悪い。突然、人が現れるのだ。スキマが開くという前兆がない分、咲夜の能力は紫より質が悪い。これに馴れることは一生ないだろうな、と思った。

 美鈴に小言を言い終えた咲夜が、延広に向き直った。

 

「お見苦しいところを。お嬢様がお待ちです。傘はこちらに。必要とあらば、レインコートをお持ちしますが」

 

「いえ、結構。傘をお借りします」

 

「延広さん、お気をつけて」

 

 美鈴がまた冗談めかして言うのを背中に聞きながら、延広は館の方へ歩き出した。

 最初の頃は咲夜が先導するように前を行ったものだったが、延広が紅魔館の構造をある程度把握した時から彼女は後ろを歩くようになった。もっとも、把握しているのは入り口からレミリアと面会する部屋への道筋だけだ。非常時などはこの道も複雑に変化するのだと、いつか美鈴が言っていた。これも咲夜の能力だという。後ろを歩くようになってからも、咲夜に導かれているような錯覚に度々延広は襲われた。

 扉を通ったところで咲夜に傘を返す。一瞬姿がぶれ、次の瞬間にはもう傘はなかった。こういった手品のような使い方は延広も見ていて小気味がよい。

 右側への階段を昇り、そこから廊下を真っ直ぐ歩く。二度分かれ道があるが、方角さえ気をつければいい。応接室は館の真ん中にあるのが外観から確認でき、つまりこの道筋でたどり着くのは構造上おかしいはずだが、しばらく行くと左に華美な装飾の扉が見えた。化かされてるような気分すら、最近は湧いてこない。

 

「あの、大橋様」

 

 咲夜が、後ろから声をかけてきた。ただ、歯切れが悪い。困ったように、言葉を慎重に選んでいる雰囲気がある。歳相応の部分もあるのだ。どこかずれた感想が頭に浮かんだ。

 

「あまり、今日はよろしくないようなので、その、くれぐれも」

 

 途切れ途切れの言葉でも、大体は察することができた。延広が手を振ると、咲夜は深く一礼してから虚空に消えた。同時に、部屋の中の気配がひとつ増える。案内役を終え、付き人に戻ったということだ。

 美鈴に愚痴を言いたくなった。冗談にならないようなことを冗談めかして言う。数少ない、美鈴の悪いところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段とは別種のものだと、一目でわかった。

 理由のない理不尽なものではなく、明確に指向性を持った不機嫌さだと思えたのだ。それが何に端を発しているのかは、まだわからない。叩き帰されはしなかった。とりあえずは、安堵していいのだろう。

 レミリアの後ろに窓があり、外の風景が見えた。だいぶ前に日は沈みきっている。雨のなかで闇が揺れている気がした。延広は少し目を細めた。

 

「失礼じゃないかしら?」

 

 デスクを挟んだ向こう側のレミリアから、咎めるような言葉がきた。延広は、向かい合うように置かれたソファーに座っていた。

 

「どうも、雨が恨めしくてね。止んでないかと思いまして。失礼をしました」

 

 ふん、とレミリアが鼻を鳴らした。

 わざとつまらないことをして、ガス抜きをさせた方がいい。そう教えたのも、確か美鈴だ。ウチのメイド長に悪いところがあるとすれば、叱られてやらないことだ。そう言って笑っていた。美鈴が時折思い出したように門を突破されることを、延広は知っていた。

 レミリアが小さく息を吐いた。

 

「それで?」

 

「つつがなく、といったところです。来るかどうかは保証しかねますが」

 

「そう」

 

「喋ることがないのは間違いないですね。信用もないです」

 

「ご苦労。お金は美鈴に渡してあるから、帰りに受け取りなさい」

 

「どうも」

 

 紅魔館には、財宝が溢れている。そして、隙がある。そういった内容の情報を流すのが依頼だった。火の存在を蛾に知らせる。言ってしまえばそういうことだ。

 ただ、誘き寄せる蛾に関しては細かい注文を受けていた。共通しているのは情報を無闇に流さない人物ということで、あとはその時によりまちまちだ。依頼主はレミリアだが、大元は図書館に住むという魔女だろう、と延広は思っている。

 報酬さえ貰えるならば、依頼主はどちらでもいい、とも思う。

 

「食事でもどうかしら、大橋さん?」

 

「それは、どういった風の吹き回しで?」

 

「贔屓にしている相手を食事に誘ったりする。なにかおかしいかしら?」

 

「いえ。テーブルマナーなど通じていませんが、それでもよければ喜んで」

 

「決まりね」

 

 レミリアが咲夜に目をやった。頭を下げた咲夜は、能力を使わずに歩いて退出した。

 

「足音と共に、料理が近づいて来る。食欲をそそるような匂いが少しずつ部屋に充満していく。食事とは、そういった過程も含めたものだと、私は思うわ」

 

 延広の訝しげな気配を感じ取ったらしいレミリアが、ゆっくりと語った。延広はただ頷いてみせた。

 

「過程は大事よ、大橋さん。縁は、ただ唐突にできるものではない。いくつかの小さな出来事が繋がって、今を作る。だからこそ、割り込まれれば当然おかしく曲がる」

 

 なるほど。呟いた。レミリアの言いたいことが大体見えてきた。

 

「仰られてることは、よくわかります」

 

 延広の客は大抵一度きりの相手で、複数回依頼を持ち込んでくる人物は数えるほどだった。筆頭がレミリアで、次点が慧音だろう。短い期間でいくつも依頼をしてくるのはレミリアだけだった。今まではだ。

 

「私が、永遠亭の依頼を続けて受けた件ですか」

 

 それは本当に最近の話で、受けた数も今のところその二つだけだった。繋がりという点でレミリアとは比べるべくもないが、同じ相手から続けて受けたのが初めてというのも事実だ。

 

「勘違いはしないでね。狭量なことを言おうと思ってる訳ではないわ」

 

「そんなことは思いませんよ」

 

「嘘。はぐらかすのはまあまあだけど、嘘は下手ね、あなた」

 

「地位ある御方特有の傲慢だ、とでも言えば?」

 

「そうそう、いい調子よ」

 

 レミリアが立ち上がり、延広と向かい合うようにソファーに座った。それと同時に扉が開き、料理を乗せた台を押しながら咲夜が入ってきた。

 配膳された料理は、見覚えのないものが多かった。ミネストローネとカルパッチョがあったので、イタ飯なのだろう、ということだけはわかった。

 飲み物を訊かれたので、白ワインを頼んだ。レミリアは赤ワインで、よく似合っていた。似合いすぎるのもいいことではない。

 

「さっきの続きだけれども、大橋さん」

 

 机上の料理が半分ほど消えた辺りでレミリアが切り出した。白ワインをだいぶ飲んだが、酔いはやってきていない。レミリアはまだ二杯目だった。

 

「ちょっとしたことで、縁ができる。些細なことで、縁は強くも弱くもなる。その繋がりの強弱は、いずれ運命にも影響してくる」

 

「そういったことについては、私はあまり」

 

「細かいことはいいのよ、別に。持って回った言い方をする気はない。私が言いたいのは、紅魔館に繋がっていなさい、ということだけ」

 

 意味。考えた。わからない。わかる筈のないことを言われている、とも思った。

 

「専属になれと?」

 

「まさか。狼用の首輪なんて、持ち合わせていないわ」

 

「しかし、そういう話にしか、私には聞こえません」

 

「ウチの門番は不甲斐なくてね。当面は首輪になりそうもない」

 

「話が見えませんね」

 

「言うべきことは、言ったわ」

 

 レミリアが食事に戻った。本当に、もう言うべきことはないと思っているようだ。

 延広は、窓の外に目をやった。食欲はとうに失せている。なにかを考える時、それ以外へ意識を向けることが得意ではなかった。煙草だけは欲しかったが、レミリアの前では禁じられていた。

 雨はどの程度だろうか。揺れている。闇だと思っていたが、木のようだ。夜の暗さの中で蠢く葉が、闇に見えたのだろう。

 考えるだけ、無駄だった。そもそも、情報がなさすぎる。紅魔館と繋がっていろ。独占欲からでないなら、レミリアの能力を理由にした言葉としか思えない。そんなもの、考えてわかる訳もなかった。苛立ちだけが募ってくる。

 やめた。一度無駄だと思ってしまうと、駄目なのだ。いくら思案しようとしても、頭の片隅に絶えず徒労感がよぎる。

 

「一つだけ、確認しても?」

 

「一つだなんて。お好きにどうぞ」

 

「善意からの忠告だと、受け取りますが」

 

「結構よ。善意というよりは、私の好意といった方が正しいけれど」

 

「スカーレットさんに、そこまで好かれているとは思いませんでした」

 

「あなたへのとは言ってないわ。これでも、部下思いでしてよ」

 

「なるほど」

 

 口元を拭ったレミリアが笑った。まさに口角をあげたという感じで、薄く開いた口からは犬歯が見えた。

 

「まったく、妬けるわ。ちょっとの不機嫌ぐらい、許してほしくなるぐらい」

 

 延広は、曖昧に頷くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 館の入り口まで、咲夜が見送りに出てきた。

 紅魔館に宿泊することを最後まで進めてきたが、それは断った。妖怪を避けるために吸血鬼の館に泊まるのは、あまりにも馬鹿らしかった。棒はない。ないならないで、やりようはあるのだ。

 雨はやんでいた。駆け抜けていくような雨だった。足に絡みついてくる雑草が、延広は不快だった。不思議なことに、雨が降っている時は気にならないのだ。

 人の縁も、そんなものだろう。

 館の外壁に背を預けるようにして美鈴が立っていた。

 

「やあ、延広さん。お待ちしてましたよ」

 

「俺を?」

 

「そりゃあ、勿論」

 

 美鈴が奇妙そうな顔をした。

 

「お嬢様から聞いてませんか?」

 

 今回の報酬を美鈴が預かっていることを、延広はいまさらに思い出した。さっきからずっと、頭の中ではレミリアとの会話だけが壊れたようにリピートされていた。

 

「いや、聞いたよ。今、思い出した」

 

「残念。門を出ちゃえば私が貰えたかもしれないのに」

 

「そうね。そうなれば、美鈴の給料を二ヶ月ぐらいゼロにして、紅魔館の丸儲けにできたのに」

 

「それはあんまりでしょう、咲夜さん」

 

「そうかしら、いい考えだと思ったけれど。美鈴にも損はないでしょう?」

 

「そもそも、ただ働きなんてごめんだぞ、俺は」

 

「まあ」

 

 今気付いたという咲夜の表情は、演技には見えなかった。意外と天然なのかもしれない。やたらと、紅魔館の住人の新しい一面を発見する日だ。

 ひとしきりの挨拶を済ませると、頭を下げながら咲夜が姿を消した。

 門に向かって、美鈴と連れ立ってゆっくりと歩き始めた。

 まだ雲は多く、月は隠れていた。闇が、闇としてそこにある。雲がなければ見えるのだろうか。ふと、そう思った。

 

「パッと来て、パッと去っていきましたね」

 

 美鈴が言った。今日の雨のことらしいのはわかっていたが、それでも一瞬考えてしまった。今は、なにもかもが意味深に聞こえすぎる。

 

「すぐ、やんだのか?」

 

「延広さんが入っていって、三十分ぐらいでしたかね」

 

「四半刻か」

 

 二度目に窓を見た時には、もう晴れていたのか。あの不思議な館では、雨の気配を感じれなかったこともおかしくはない。

 

「そういう言い方をされると、延広さんも人里の住人だ、って気もしてきますね」

 

「五年住んでるんだ。染まりもするさ」

 

「嘘だ。言葉なんかはそうでも、絶対嘘だな」

 

 門に着く。差し出された封筒を懐にしまった。おざなりな別れの言葉で、美鈴は休憩所へ躰を向けた。木が揺れている。

 

「俺のことが好きか、美鈴?」

 

 足が止まった。しかし、振り向きはしない。

 

「好きです。死なせてあげたくなるぐらい」

 

「そうか」

 

「延広さんは、やっぱり射命丸さんが好きなんですか?」

 

「わからん」

 

「ずるいな、それ」

 

「他に言い様がない」

 

「私、射命丸さんは駄目です」

 

「そうか」

 

「なんとか生かそうとしてる。自分のためにしか見えないんです」

 

「わからんよ。お前らの言うことは」

 

「延広さんは」

 

 束の間、途切れた。

 

「闘って、傷付いて。それで、生きたいんですか、死にたいんですか?」

 

 答えを聞く前に、美鈴は歩きだした。闇で見えなくなるまで、延広は美鈴の背中を目で追った。

 外へと向かいながら、苦笑した。問われたというより、宿題を出された気分だ。

 風が吹いた。木。なんの木なのか、闇の中ではわからないが、朝になればいやでも見えるだろう。

 はやく朝になれ。呟いた。今の闇では、見えないものが多すぎる。

 

 

 

 

 

 








時間かかった理由の8割ぐらいはレミリア様です

あ、最終話準備とか言いましたが、最終話までにはまだちょこちょこ単発なんか挟みながらやるつもりです。
一気にラストスパート!とかじゃないです。

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