これは過去に無謀にもルールオリジナルの聖杯戦争TRPGを身内で行った時の自分が動かしたPLのプロローグを書いたものです。

色々と苦しい設定も非常に多かったです。その一端は見れば一瞬でわかります。

PC内で眠ってたのを見つけ、気まぐれにあげただけです。

寛大な気持ちで目を通していただければ幸いです

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始まりはいつも突然で

 その日の目覚めは決して良いものだとは言えなかった。

 元々寝起きが良い方でもないので別段おかしなことではない。

 だがそれでも彼女――久遠寺朔夜はいつも以上の気怠さを感じていた。

 未だ覚醒しきっていない頭で布団から起き上がる。

 寒い。感じる寒さで少し頭が回り始めた。時計を見る。どうやら時間は六時半前。早めに目が覚めたようだ。セットした目覚ましもまだその脳に響くような音を出していない。

 正直に言うとまだ眠い。

 昨夜は興が乗って遅くまでアクセサリー作りに没頭していた。一度波に乗るとキリの良いところまでやってしまいたくなり、結局完成させてしまった。作業を終えたのが深夜の四時過ぎでその後すぐに着替えて寝てしまったので睡眠時間は三時間程。にもかかわらず何故早くに起きてしまったのか。

 このまま時間のギリギリまで温かい布団で寝たいとも思うが流石に二度寝すれば時間内に起きれる自信がない。

 目覚ましを解除し、何気なしに壁に掛けられたカレンダーを見て、一枚捲る。

 捲った用紙をくしゃくしゃに丸め、くずかごへと投げ捨てる。

 一投で入ったことを確認もせず、朔夜はドアを開けて自室を出る。

 十二月一日。

 師走の月。

 一年に最も忙しいと云われるその月の始まりはいつもよりも気怠い気分で始まった。

 

 

 洗面所へ行き顔を洗う。冬の寒い日に冷たい水は遠慮したいが問答無用に覚醒してくれるので朔夜はお湯を使わずに水で顔を洗うことにしている。顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ます。

 服装は彼女の通う高校の制服。ブレザータイプのもので暗い色をしていてあまり気に入っていない。黒い瞳に混じり気のない黒髪と、典型的な日本人色をしている為に制服まで暗いとどんよりとした風に見えてしまう。これでも少しは英国人の血も入っているというのだから驚きだ。

 ネクタイはまだ締めない。締めるのは学校に向かう直前。一種のスイッチのようなものだ。家と学校で性格を変えているというわけではないが、気持ち半分くらい凛々しさを保てるようにと自分でやりはじめた一種の願掛けのようなもの。

 恐らくこれがリボンだったらそんなことをしようとも思わなかっただろう。リボンであればもう少し可愛げのある制服にもなったであろうが、彼女の通う高校は男女ともにネクタイとなっている。

 

 簡単な朝食を作り、いただきますと手を合わせ食事を始める。

 カチャカチャと食器の音だけが響く。

 食事を取りながら慣れた手つきでテレビを付ける。流れているニュースキャスターの声をBGMに質素で簡潔な食事はすぐに終え、お茶を入れ一息つく。テレビの端に映る時間は七時時半過ぎ。まだ出発までには少しある。頭の中で今日の授業は何だったか等と取り留めもないことを考えながら流れるニュースに耳を傾ける。

 

『――日本時間未明、アメリカニューヨーク、クイーンズにて爆破テロが発生しました。怪我人、死亡者ともに多数確認されており、その中には日本人の姿も確認されています。引き続き大使館より情報が入り次第情報を――』

 

 明らかに気分の良い内容ではない。

 しかし近年このような出来事は日常茶飯事だ。どこもかしこもこんなニュースばかり。海外だけではなく日本でも同じような事件が相次いでいる。一体いつからだっただろうか。気が付いたらこれが普通になっていた。

 おかしいはずなのに。それに適応している自分がいる。

 

 ――まるで世界がそのように働きかけているような。

 

「……ばからし」

 

 そう呟いてテレビを消す。

 少し早いがそろそろ向かい始めてもいいだろう。

 姿見に全身を映しながらネクタイを締める。きゅっとネクタイを上げることで見も引き締まる様な錯覚を感じる。そして髪や服、変なところがないかを確認する。

 

「――よし」

 

 身嗜みを整え、鞄を持ってリビングを出ようと扉を開き、一度だけ振り返る。視線の先にあるのは一つの写真。家族の写真だろう。こちらに微笑み掛ける母と父。そして女の子が映っている。

 

「行ってきます」

 

 そう言って朔夜は扉を閉めた。

 

 

 

 朔夜の家から高校までは歩いてニ十分程の距離だ。立地が池袋という繁華街なので朝から夜に掛けて人通りがなくなることはない。

 雑多な通学路を人ごみに混じりながら進んでいく。幾つか同じ紺の制服が見える。朔夜の通う高校――【私立大賀台学園】はそれなりに名の通った学園だ。全校生徒六百人程で敷地も広い。

 実家がお金持ちの学生も多く、学園まで車で送り迎えしてもらっている生徒もいるくらいだ。他にも様々な設備も充実しており、朔夜からすれば無駄遣いにしか見えない箇所も多々ある。

 このような学園に通ってはいるが朔夜自身もお金持ちかと言われればそうではない。

 

 久遠寺家は名家ではあった。とある世界では名の通った家柄だったらしい。

 しかしそれも朔夜が物心ついた頃には一般の家庭へと変わっていた。

 遠い親戚は今も名家らしいが朔夜の家庭はその既に没落している。その伝統とお役目は今も一応朔夜が継いでいる。

 だが、だからと言ってそれがどうなることでもない。もとより家系図でも本家から随分と離れた場所に位置するのが朔夜だ。今更目を掛けられるでもないし、ヘタするとそのまま忘れ去られているかもしれない。

 それならそれで朔夜は自由に人生を謳歌できるので構わない。もとよりお役目には興味がない。そのことを教えてくれた腹黒神父も気にすることはないと言っていた。あれの言葉を鵜呑みにしたくはないが、朔夜自身興味のないことをあまりやりたいと思わないので良しとした。

 大きな交差点を抜け、学園が見えてくる。ここまで来ると学生の数も増え、辺りに紺の制服を着た学生が目立つ。

 

「あら、今日は早いのね」

 

 おはよう、と後ろから声が掛かる。聞き慣れたその声に朔夜はおはよと振り返らずに返した。

 

「ちょっと早めに目が覚めてね」

「今日はつららでも降るのかしら」

「どういう意味よ」

 

 朔夜はジト目で隣に並ぶように駆けてきた少女を睨みつける。朔夜より少し背の低い、茶髪の少女だ。今時の女子高生という感じだがそこまでメイクも濃いわけではなく、元の素材を活かしている。須緒久瑠美。朔夜の中学時代からの悪友だ。サバサバとしており、物事をはっきりというタイプだが周囲の反応に目聡く、人当たりが良い。

 しかし真実はかなり腹黒いことを朔夜は知っている。今の朔夜に向けた言葉も冗談ではなく割と本気で言っていることを朔夜は理解している。

 

「朔夜って目覚めの良い方じゃないでしょ。前私の家に泊まった時も寝惚けて階段から落ちそうになってたし」

「うっさいわね小リス」

 

 小リスというのは久瑠美のあだ名だ。というより朔夜が勝手にそう呼んでいるだけで小さな身長に栗色の髪。久瑠美という名前に加え好物がナッツ。小リスと呼んでくれと言っているようなものだ。最近ではクラスにもその呼び方が浸透されつつあることに久瑠美は若干迷惑に思っているらしいが知らない。別に私のせいじゃない。

 

「小リスって言うな……それで、今日の商品は?」

「えぇ、ちょうど良い感じのものが幾つか出来たわよ」

「じゃあまた見せてもらおうかしら」

「教室でね」

 

 学園へと到着し、二人は校舎へと入っていく。二年生の教室は二階にあるのでそのまま二階へと上がって行く。途中何人もの生徒とすれ違い、挨拶を交わす。

 そのまま二人は二階にある階段から歩いて二つ目の教室へと入っていく。

 鞄を自分の机に掛け、中からいくつかの小物を取り出す。

 

「あ、なになに」

「新作できたの?」

「私にも見せて」

 

 朔夜の机の周りには久瑠美以外にもクラスの女子がぞろぞろと集まってくる。彼女たちの興味を惹き付けているもの。それは朔夜手製のアクセサリーだ。ブレスレットや首飾り、髪留めなどもある。

 アクセサリー作り。それが朔夜の趣味だ。家柄の影響でそういった物を作る場所がある朔夜はかなり精巧な小物を作ることができ、道楽としてそれを売っている。

 そこそこ評判もよく、身に着けると運気が上がると言われている彼女の製作物は久遠寺ブランドとして盛況している。

 

「今日はこれだけ?」

 

 久瑠美は朔夜に言う。聴く者にはそれが失礼に聴こえるかもしれない。

 しかし先程朔夜は久瑠美には中々良い物ができたと言った。朔夜が太鼓判を押すものはもっと良いものだと思ってくれているのだ。その想いを心の中で感謝し、咲夜は鞄の中からそれを取り出す。

 それは勾玉のような向こう側が透けるような石の付いた首飾りだ。綺麗にカットされた石はまるで小さな宝石のように輝き、色合いは多種に分かれるようだがその全てに文字が彫られている。色鮮やかに輝くそれを見て女の子たちはおおと感嘆の声を上げる。

 

「凄い綺麗……」

「触っていい?」

「ねぇねぇこれなんて石を使ってるの?」

「えぇ別にいいわよ。この石は別に特別なものじゃないわ。色の付いた石を薄く薄くカットしていって――」

 

 首飾りに目を奪われる女の子たちの質問に答えながら小リスの方へと視線をやる。

 

『どうよ』

『いいじゃない』

『どうする?』

『一つ確保お願い。黄色いのね』

『毎度あり』

 

 アイコンタクトで一つの商談が成立した。久瑠美の目利きは中々のもので彼女の御眼鏡に適ったものは大抵ヒットしている。これは当たりだと内心でガッツポーズ。

 

「この字は何が彫ってるの?」

 

 首飾りを眺めてる一人がそう聞いてきた。全ての石に彫ってある文字。見様によっては紋様と思う者もいるだろう。少なくとも現代で見ることのない文字だ。

 

「それはルーン文字っていうものよ」

 

「あ、なんだか聞いたことある」

「私もー」

「私は知らないなぁ」

 

 朔夜の言葉に女の子たちは様々な反応を見せる。その中で一人――久瑠美だけが溜息を吐いているが無視する。

 

「まあ簡単なおまじないみたいなものよ。お守り程度に思ってくれていいわ――ってそろそろHRね」

 

 放送からチャイムの音が鳴る。HRが始まる予鈴だ。そこそこ早めに到着したはずだがどうやら気が付かないうちに時間が経っていたようだ。また後でね、と朔夜は女の子たちを席へと帰るように促す。皆が席へと戻った後、久瑠美は朔夜へと声を掛ける。

 

「アンタ本当にそういうの好きよね」

 

 そう言った久瑠美の声には明らかな呆れの感情が孕んでいる。久瑠美が言うのはルーン文字のことだ。久瑠美は朔夜がこういうものに手を出していることを知っており、そういうところは二人が出会った頃からなに一つ変わっていない。

 

「別にいいでしょ。好きでやってるんだから」

「普通そういうのって中学生男子が手を出すものじゃないの?」

「うっさいわね。私の趣味をとやかく言われる筋合いないわよ」

「まあいいけど。そういう頑固なところも相変わらずね」

 

 そう言って膨れっ面の朔夜を置いて久瑠美も席へと戻っていく。小リスのやつ値段吹っ掛けてやろうかと考えながら、朔夜は担任が来るまでの間、久瑠美へのお返しを考えていた。

 

 

 昼休み。アクセサリーもそこそこに売れ、久瑠美と昼食を食べていた。と言っても昼食も終わって雑談に興じていたそんな時、クラスの男子から言付けを聞き、朔夜は職員室へと向かっていた。

 

「全く、いくら私がクラス委員だからって何でも私に頼むのは担任としてどうなのよ」

 

 ぶつぶつと独り言を呟きながら廊下を歩く。

 朔夜は一応真面目な性格をしている。正しいことばかりを行っているとは口が裂けても言えないが、一度やると決めたことは必ず達成してきた。そういうこともあり、朔夜は周りから頼られることが多い。

 そしてそれは教師も例外ではないらしく、朔夜の担任は朔夜のクラス委員長という肩書を良いことに様々な雑務を頼んでくる。普段、こういう廊下を歩いてる時も声を掛けられることが多いのだが、今は周囲も若干機嫌が悪いように見えているのか誰も朔夜に話し掛けようとするバカはいない。触らぬ朔夜に祟りなし。

 

「なんだ、久遠寺か」

 

 ――いた。無謀にも声を掛けてきたのは男子生徒。彼のことは朔夜も知っている。

 

「あら、円崎じゃない。何か用?」

 

 円崎悠志。二組の生徒だ。成績も優秀で周りより抜きん出た才を持つ優等生。

 だがそれだけだ。

 朔夜は円崎悠志という者のことをその程度しか知らない。精々顔見知り程度が関の山だ。

 彼が■■■だなんて朔夜は知らないし知る必要もない。それでいいのだ。

 それほど親しくもない面倒な相手に声を声を掛けられ、ぶっきら棒に問うた。

 

「いや、別に。ただ、姿が見えたからな」

 

 少し強めにいったはずなのに円崎は特に尻込みした様子もなくそんな風に答える。

 その答えが姿が見えたから声を掛けたとのこと。

 ――それじゃあなにか。用もないのに声を掛けてきたのかコイツ?

 特に親しいわけでもないのに、だ。

 だがそんなことどうでもいい。

 

「あっそ、じゃあこれで」

 

 私には関係のないことだと朔夜は円崎の隣を通り過ぎ、職員室へ向かう。

 すれ違った直後、円崎はああ、と何かを思い出すように再び言葉を向けてきた。

 

「そうだ、最近、何か変わったことはあったか?」

「最近?」

 

 何だコイツ新手のナンパか?

 そんなことを思ったがどうにも目の前の男には似合わないので却下。

 こっちも目の前の男に全く持って興味が持てないので二重の却下。

 朔夜は円崎を訝しみ、彼の姿を観察する。

 別段、変わったところはない。

 とにかく聞かれたので最近あったことを思い返してみる。

 最近はと言われても変わったことなどない。いつも通り学園に通って、久瑠美とショッピングしたり、アクセサリーを売ったり…………と、何故そんなことを考えないといけないのか。

 こいつに一体何の関係があるのか。

 

「別に、特に何も。至って普通の生活よ」

 

 少し迷惑だと顔に出して言った。朔夜には仕事が残っているし、担任も待たせてある。そろそろここいらで下らない雑談はおしまいにしたい。

 

「……ああ、なければいいんだ」

 

 こちらの顔色を察したのか円崎はそう言って立ち去って行く。

 ……何だったのよ一体。

 何がしたかったのかわからず、円崎の後姿を見送る。

 彼の不思議な行動に疑問を思いつつも朔夜は職員室へとその歩を再び進ませていく。

 それは不思議だったが、他愛もない、取るに足りない事。

 そのことを朔夜はすぐに記憶の隅へと追いやった。

 円崎の思惑など考えようとはせず――その時の到来はすぐそこに迫っていることに気付かずに。

 

 

 授業も滞りなく終わり放課後。

 久瑠美とも別れ、朔夜は早めに帰宅した。

 誰もいない玄関でただいま、と一言だけ言ってすぐに自室へと向かう。

 鞄を置き、クローゼットを開いて私服へと着替える。カジュアルなパンツスタイルなもの。元々スカートよりジーンズなどの方が性に合っている。ダウンジャケットを羽織り、違う学園へと持っていったものとは別の鞄を肩へと掛ける。

 そのまま朔夜は再び外へと出掛けていく。向かう場所は既に決めてある。暇な授業中に今日の目的地を決めておいたから。今日は久しぶりにサンシャイン通りの方へと行くつもりだ。あの辺りは比較的人の通りも多いので場所さえ確保できればどうにかなる。

 問題は――

 

「時間との勝負よね」

 

 いつも通り、毎回付き纏うのはその障害だ。

 

「あの警官、もう私の問題担当になってるとしか思えないんだけど」

 

 話せば気の良い人なので特に嫌ってるわけではないが問答無用でアレを呼んでくるから捕まるわけにはいかない。

 

 朔夜はそんなことを考えながら、目的の場所へと到着した。場所はサンシャイン通りのすぐ近く。行き交う人の波に逆らいながら朔夜は周囲を見渡す。

 ちょうど片隅に空いたスペースを発見し、その場所へと向かう。

 キョロキョロと再度、周りに見渡し天敵がいないことを確認する。

 

 ……初手から詰みってことはなさそうね。

 

 以前この辺りで行った時は始める前からあの警官がいて逃げる暇なく捕まってしまった。そのおかげでこの場所から長らく離れてしまっていたのだが。

 よくよく考えれば学園に連絡されたりしていない辺り気前の良いおっちゃんである。というより最近こういう街の問題はあの腹黒神父へと連絡すればそれで良いという風習が広まりつつあるのも原因だろう。自分の身元引受人であるあの腐れ外道神父が色々手を回しているのかもしれない。そう思うと少し腹が立つ。

 鞄からブルーシートを広げ、物をいくつか並べていく。

 流れる人の中には準備を進める朔夜を見て、そのまま歩き去って行く者もいれば興味深そうに立ち止まって眺めている者。はたまた喜んでいるような女性まで見受けられる。

 準備に十分も掛からなかった。

 シートの壁側の方に座り、置いておいた立札をくるりとひっくり返す。

 closeからopenへ。

 久遠寺アクセ出張店舗の開店である。

 

 

 朔夜は時折こうして露店で自身の作ったアクセサリーを販売している。学園で売っているのよりは幾ばくか高くしているがそれでも学生が十分手を出しやすい価格設定にしてある。

不定期にいろんな場所での販売であるのだが、それでも評判を聞きつけわざわざ朔夜の作ったものを求める人もいると聞く。一日の販売時間も短い。一つの場所に長くても一時間。短ければ三十分や十五分で店じまいの時もある。元々そこまで商品の量も多くないのに加え、一つの場所に長居すればいつもの警官に捕まってしまう。

 なので細心の注意を払いながら朔夜は道楽に興じる。

 物を作るということが趣味な朔夜にとってこの販売という行為は単なる延長戦上にあるだけに過ぎない。物を作って生計を立てたいなど考えていないし、そういう生き方も素敵なものだとは思うが別段想いがあるわけではない。

 朔夜には作りたいものがあって、ただその過程で作っているだけ。

 ……小遣い稼ぎの面もほんの少しあるが。

 

 

 結果として、売れ行きは上々だった。

 持ってきていたものはその殆どが売れていったし、今回は邪魔も入ることはなかった。

 鞄の中身が軽くなると比例して懐が厚く――温かくなっていき実に気分が良い。

 

「けど身体は寒いのよね」

 

 ダウンの上から身体を擦る。もう十二月だ。

 十一月の時とは違い、そろそろ寒さもごまかしが効かなくなってきている。

 明日からは手袋やマフラーも付けようと心に決める。

 だがそれは明日の話。

 今の寒さを和らげてくれるわけではない。

 なので缶コーヒーでも買おうかと周囲に意識を向け――――朔夜は初めてそれに気が付いた。

 

「人が、いない……?」

 

 東京は都会だ。

 それにここは池袋だ。朝から晩まで数こそ違いは在れど人の流れが絶えることが殆どない。そんな場所にもかかわらず、朔夜の視界に映る人影は一つとしてない。

 人も車も、犬も猫もなにもいない。今この場にいるのは自分だけ。

 ありえない。

 そう断言できる。

 だがこのありえない現状を実行できるものを、朔夜は知っていた。

 

「人払いの、魔術……?」

 

 魔術。普段の生活を表だと表すのなら裏の世界も当然存在する。

 その一つが魔術を行使する者――魔術師の存在だ。

 そして久遠寺朔夜は魔術師の端くれだ。

 今この場で起きている現象が人払いの魔術であることを把握した。

 だが同時に三つの疑問が浮上する。

 一つ、誰がこの魔術を発動してるのか。

 二つ、一体何が目的なのか。

 そして三つ――

 

 ――その対象が何故自分なのか。

 

「こんばんわ、とてもいい月ね」

 

 透き通るような声が後ろから聞こえてきた。 

 ――ダメだ。

 振り向いてはいけない。

 ――ダメだ。

 それを見てはいけない。

 ――ダメだ。

 だが足が向いてしまう。

 ――ダメだ。

 後ろへと振り返ってしまう。

 

 そこにいたのは時代錯誤の女性だった。

 黒鉄の鎧を身に纏い、禍々しい程の魔力を帯びた剣を持つその姿はさながら騎士。

 騎士でありながらもその容姿は美しい。

 首辺りにまで三つ編みにされた金髪に白い肌。そして引きこまれるような禍々しい程に紅い瞳が朔夜の瞳を惹き付ける。

 

「普段はマスターの言いつけを守らないといけないんだけど、お腹減ったし丁度いいのが目の前にあったからつい」

「は?」

 

 親しげに声を掛けてくる目の前のなにか。

 いきなり突拍子もないことを言われ困惑しながらも、頭はどこか冷静で、何をしなくちゃいけないのか正しく理解していた。

 コイツは危険だ、と。

 一目見ただけでわかる。目の前にいるのは人間ではない。

 逃げないと、頭に浮かぶのはそれだけだった。

 

「――ッ」

 

 朔夜は脇目もふらずに駆けだした。

 その様子に女騎士は動かず、視線だけで追う。

 

「鬼ごっこね、私は大好きよ。じゃあ十秒数えるわね」

 

 何を言っていたのかはあまり頭に入ってこなく、間延びしたように数を数える声だけが後方だけが聞こえてくる。なんでそんなことをしてるのかわからないが、気にしない。

 このままでは殺される。

 一刻も早くあの騎士から離れなければ。

 細い路地を何度も通りながら家を目指す。

 なんだ。

 なんなのだ。

 あれは一体なんなのだ。

 わからない。

 だがあれはこの世のあってはならないものだと朔夜は本能的に感じとった。

 白い息を荒く何度も吐く。冷え切った身体は既に熱を持ち酸素を強く求めている。

 一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。数秒だったのか、数時間だったのか。

 少なくとも目の前には自宅が既に見える位置までやってきて、女騎士には追い付かれていない。

 家へと到着し、ドアに鍵を通す。

 勢いよくドアを開き、鍵を掛ける。先程帰った時に言った言葉を言うこともなく、靴も脱がずに朔夜は中へと進み、地下室へと直行する。

 地下室には昨日作業をしていたまま放置していた道具やらが机の上に散乱しており、壁にも様々な書籍や道具やらが多く陳列されてあるがそんなものに構っている暇はない。

 そして更に奥へと進み、乱雑に置かれている物を次々とどけていき目的の物を探す。

 

「っ」

 

 ガラクタか何かで切ったのか手に痛みが奔るが気にしている場合じゃない。

 このままいなくなってくれればそれでよし。

 でももしここまでやってこられたら――

 だからアレがいる。

 アレがあれば、もしかしたら――

 

「ここでおしまい? もうちょっと楽しみたかったけど」

「――ッ!?」

 

 不意に聞こえた聞きたくない声に咄嗟に振り向こうとし、思わず後ろに倒れてしまう。

 倒れ、尻餅をつき、顔を上げる。そこにはやはり先ほどの女騎士の姿がある。

 一体どうやってここまでやってきたのか。だがそんなことを考えている暇はない。

 女騎士はコツコツと音を立てながら朔夜へと近付いてくる。

 

「あんまり時間をかけるとあれだし、早めに終わらせようかしら」

 

 黒剣を持たない、空いている手が朔夜へと伸びていく。

 さながら悪魔の手のように。

 怖い。

 朔夜の身体に恐怖が奔る。

 だがそれ以上に別の感情が朔夜の身体を覆う。

 嫌だ。

 こんなところで死ぬなんてゴメンだ。

 命への執着。

 自分はこんなところで死ぬわけにはいかない。

 絶対にあれを超えるものを作らないといけないのだから。

 それが出来る前に死ぬことなんてできない。

 だから心の中で朔夜は叫ぶ。

 

 ――こんなところで死にたくない!

 

 突如、眩い光と共に朔夜の前に一陣の風が吹いた。

 

「ッ!?」

 

 その現象に女騎士は後ろへと下がり瞬間、膨大な魔力と共に更なる光が暗がりの地下室を覆う。

 朔夜は顔の前に手をやりながらも、徐々に色を取り戻した視界にその光景を焼きつける。

 

 それはまた時代錯誤な男性だった。

 甲冑をその身に纏い、その手には黒塗りの槍が握られている。

 背丈はそれほど高くない。せいぜい朔夜より十センチ程高程度だ。だが朔夜にはその背中が何よりも大きく見えた。

 ……何が起こったの。

 そう思い、口に出そうとしたその時、

 

「御身が私の主で相違ないか? ランサーのサーヴァント、主の召喚に応じ、参上仕った」

「ある……じ? サーヴァ、ント?」

「ふむ、説明する前に目の前の敵を相手した方が良さそうだ」

 

 思わず呟いた言葉だがランサーと名乗ったその男は空いた手で制止する。その後朔夜を一瞥し、女騎士へとその視線を向ける。

 

「剣使いよ。御身はセイバーで相違ないな」

「ふふふ、そう言うあなたはランサーね」

 

 男の問い掛けに女騎士は楽しそうに微笑する。

 

「これは予想外、本当に予想外。さすがに独断で貴方と戦う訳にはいかないし、大人しく帰るから安心して」

 

 そう言って女騎士の手から剣が消え、そのまま幽霊のようにその場から姿を消した。

 一体何が起こっているのか朔夜にはわからないが、どうやら帰ったようだ。

 辺りを支配していた張り詰めた空気が決壊し、男は小さく一息つく。

 

「さて、これでとりあえずの危機は去りました」

 

 そう言って男の槍も初めからそこになかったように消えていく。

 どうやら安全は確保されたらしい。

 だから、

 

「……ちょ、な、なんなのよこれ!?」

 

 内心に溜まったこのわからない気持ちを爆発させてしまうのは仕方のないことだった。

 

「一体アイツは何者よ! それにアンタも! なにがどうなっているの!?」

「慌てるのも無理はないが落ち着いてくだされ。とりあえず、私は敵ではなく、むしろ味方です」

「そんなこと言われてもわかるわけないでしょ! ちゃんと説明しなさいよ!」

「やれやれ、先程死に掛けたというのに随分と勇ましい主ですな」

 

 男は嬉しいような呆れたような顔を朔夜に向けて言ってくる。

 なんだコイツはと朔夜は口を再び開こうとし――まだ倒れたままの朔夜に男は手を伸ばした。開きかけた口を閉じ、伸ばされた手に一度だけ躊躇しつつもその手を握った。

 それは男――武を扱う者の手だった。

 大きく、ごつごつして硬い。何度も豆ができ、潰れて完成した掌だ。

 その手に意識を向けていた朔夜はなされるがままに立ち上がらされ、バランスを崩しながら男の腕に支えられる。

 

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ」

 

 早口で応える。同時に男の顔から顔を背けてしまう。突然の出来事の連続に加え、初めて父親以外に抱きかかえらればいくら普段は物動じない朔夜でも顔を赤くしてしまう。

 そんな朔夜の様子に気付いた様子はなく、男は続いて口を開いた。

 

「それで主、私は主を何とお呼びすれば?」

「……」

 

 主、主ってなんだ。

 私はアンタのような正義超人知らないし、誰かの主になった覚えも全くない。

 だが……まあ一応は助けてもらったし。

 目の前の男が敵のようには見えない。

 色々聞かなければならないこともある。

 なら別にいいだろうと、朔夜は少し引いたようにして答えた。

 

「……く、久遠寺朔夜」

「では朔夜殿、ここに誓いは立てられた。我が武を御身の為に捧げること約束しましょう」

「は? どういう――」

 

 ――ことよ、と言葉を紡ごうとし、朔夜の意識が遠のいていく。

 

 開戦の初夜はこうして幕を閉じた。

 

 




ランサーは退場しました(ネタバレ)

ランサーに決まったときの私の気持ちを考えてください。

けど実際中々にドラマのある内容になったので興味がある方は感想やtwitterででも聞いていただければ答えられる範囲で答えます。

気が向いたら何らかの形で続きあげるかも。


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