OLWADHIS ~異世界編~   作:杉山晴彦

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第10話 向こうの景色

 

 

 

 

 3メートル程の距離まで到達した時、モンリーはついに攻撃の構えを取った。

 長く巨大な木槌(きづち)を振り被り、臨戦態勢に入る。

 

「……」

 

 柄の長さだけ見ても、2メートル近くはあるだろうか。

 あれだけリーチのある武器を持っているとなると、迂闊(うかつ)には踏み込めない。

 しかし逆に考えれば、肉薄する距離まで近付くことが出来れば、

武器はその効力を発揮しにくくなる筈だ。

 

「気を付けて! スギヤマくん」

「分かっています」

 

 前のめりの姿勢となり、奴が駆け出した。

 やがて頃合いと判断したのか、その巨大な槌を一気に振り抜く。

 

 僕とジウさんは同時にバックステップをし、攻撃をかわした。

 しかし、モンリーはその遠心力を殺さぬまま、連続で槌を振り回してくる。

 どうやら、まずは標的を僕に絞ってきたらしい。

 

「…ッ!」

 

 縦に横に斜めにと、縦横無尽(じゅうおうむじん)に軌道を変え、木槌が迫り来る。

 その脅威に対し、僕は剣を使って攻撃を(さば)いてみた。

 途端に手の平を通して伝わる、痺れるような衝撃。

 やはり重量差を考えれば、受け切るのは難しい。

 

 いくら木製の武器とはいえ、あれだけの力で振り回されては、

一撃喰らっただけでも、致命的となりかねない。

 肉を切らせて骨を断つ様な作戦は、少々リスクが高過ぎるか。

 

「ほう…デカイ体しテる割にゃ、良い動きダ」

 

 ピタリと攻撃の手を止めると、感心したようにモンリーは呟く。

 見据える僕の目に、背後から今まさに彼女へと剣を

振り下ろそうとするジウさんの姿が映った。

 

「――わッ!」

 

 だが、それが実行される前に、モンリーは自分の後方に向けて

勢いよく木槌を振り払った。

 ジウさんは身を屈め、何とかその攻撃を回避する。

 

「一方、こッチのお嬢チゃんは…(あら)が多そうダね」

 

 冷たい眼を向けてそう言い放つモンリーに、ジウさんも睨みを返す。

 その口元には、僅かに不適な笑みがこぼれていた。

 

「そんなら、試してみる?」

「……」

 

 ジウさんが力強い踏み込みと共に、剣を振り下ろす。

 モンリーは木槌の柄を使い、その攻撃を受け止めた。

 

「…悪いけど、あんたには手加減出来ないよ」

 

 鍔競(つばぜ)り合いを続ける最中、ジウさんが絞り出すような声で囁く。

 口調は穏やかだが、その瞳には怒りの感情が燃え上がっている。

 

「――か…はッ!?」

 

 だがその直後、状況は一変する。

 モンリーが放った左のパンチが、彼女の腹を打ち抜いたのである。

 

 恐らく、片腕のみの力で自分の剣を受け止めきることは

出来ないだろう、とジウさんは踏んでいたのだろう。

 だが奴は、見事にそれをやってのけ…そして余った左腕を使い、

隙だらけの彼女の腹を狙ったというわけだ。

 

 ……

 

 吹き飛び、うずくまる彼女の元へ、モンリーが歩み寄る。

 僕は弾かれた様に大地を蹴り、奴へと向かって行った。

 

 その行動は、奴にも予想出来たことだろう。

 案の定、僕が間合いに突入した途端、木槌が迫り来る。

 しかし僕にとっても、その行動は想定済みだ。

 

「――ッ!」

 

 高く舞い上がった僕の姿を見て、モンリーは初めて動揺の色を見せた。

 この体格でここまでジャンプ出来る人間は、確かにそうはいないだろう。

 僕は宙を滑空しながら、奴の頭部を狙い飛び蹴りを放った。

 

「チッ…!」

 

 クリーンヒットとは呼べないが、多少の手応えはあった。

 モンリーは被弾箇所(ひだんかしょ)を手で押さえ、不機嫌そうな顔でこちらを睨む。

 

「ジウさん、大丈夫ですか?」

「ま…まぁ、何とか」

 

 僕が駆け寄り声をかけると、お腹を手で擦りながら、

ジウさんが力無い笑みを浮かべた。

 軽く咳き込んだ彼女の口元から、僅かに血が(したた)り落ちる。

 ダメージは、軽くは無さそうだった。

 

 それでも彼女は、剣を支えにし、歯を食い縛りながらも立ち上がる。

 あのモンリーが相手では、先行き不安な状態と言えよう。

 ここは何とか、僕が踏ん張らないと…。

 

 

「少し、甘く見テいタようダね」

 

 僕たち2人の視線を受け止め、モンリーが口を開く。

 彼女は何を思ったのか、こちらへ向けて左の手の平を突き出した。

 只ならぬ雰囲気を感じ、僕は反射的に身構える。

 

「…重圧功(グラビティア)!」

 

 彼女が謎の言葉を唱えた途端、体に異変が生じた。

 まるで、数百kgはある見えない重りが取り付けられた様な感覚。

 …とにかく、凄まじく体が重い。

 

 傍らにいたジウさんにも同じような現象が起こっているようで、彼女は

剣を支えにして、どうにか倒れるまでには至っていないという感じだった。

 2人同時にこんな異変が起こったとなると、体調云々(うんぬん)の話ではないだろう。

 

「……」

 

 原因を作ったであろう眼前の敵に目をやるが、彼女は答えることもなく、

スウッと巨大な木槌を振り上げた。

 まずい…。 今の状態では、避けられる見込みなど無い。

 

「――ッ!」

 

 両腕を頭上に持っていき、かろうじて防御することは出来た。

 しかし、その衝撃…負荷と言ったら…。

 冗談抜きで、地面に足がめり込むぐらいのものであった。

 

 ダメージと体の重さでどうにも身動きが取れない僕に対し、

彼女は容赦なく次の攻撃態勢へと入る。

 大振りなため、どの方向から攻撃が来るかは丸分かりなのだが…。

 

 ……

 

 左方向から襲い来るその攻撃を、左腕でガードする。

 しかし衝撃に耐え切れず、木槌はガードした腕ごと胴体にヒットし――

僕は物の見事に、弾き飛ばされていた。

 

「……」

 

 転がり込みながらも、追撃に備え、僕は何とか体勢を整える。

 重たくなっていた筈の肉体は、普通の状態に戻っている。

 しかし、ふと肉体の一部に違和感を覚えた。

 どうやら、さっきの攻撃を受けたことにより、左肩が外れてしまったらしい。

 

 そんな訳ですぐには立ち上がれない僕に向け、

モンリーは無情にも木槌を振り上げた。

 僕は咄嗟(とっさ)に、無事な方の右腕で頭部をガードする。

 

 ……

 

 ガツンとした凄まじい衝撃が右腕に走り、僕は後頭部を地面に打ち付けた。

 またもや、腕ごと体を吹き飛ばす攻撃。

 今回は、腕の方は無事な様だが…。

 

「……」

 

 脳味噌が揺さぶられたせいか、視界が歪んで見える。

 回復を待つ暇も無く、今度は脚に鈍い痛みと圧力を受けた。

 どうやら、踏み付けられ、身動きを封じられたようだ。

 

 モンリーが更なる追撃をお見舞いしようと、武器を振り被った。

 しかし、その直後――彼女の背中に剣が振り下ろされる。

 

「ギッ…!」

 

 無表情だった顔が途端に怒りに満ちたものとなり、奴は背後を振り返った。

 その視線の先には、必死の形相で剣を構え直すジウさんの姿。

 モンリーの背中には、血の滲む大きな傷跡がはっきりと刻まれている。

 

 まずいと思った僕は反射的に体を起こそうとしたが、左腕を地面に着けた途端、

肩を貫くような鋭い痛みを感じ、肉体が硬直する。

 その瞬間、モンリーの凶器はジウさんへと襲い掛かった。

 

 

 反応は、完全に遅れているようだった。

 木槌は彼女の肉体を捉え、計り知れないダメージを与える。

 そう覚悟せざるを得ない状況。

 

「――ッ!?」

 

 だが、一足先の未来は違っていた。

 木槌は対象を捉えることもなく、モンリーの攻撃は空振りに終わったのだ。

 そうなった原因に、その場にいた全員が注目する。

 

「ケヴィン!?」

「…間一髪だったな」

 

 そこにいたのは、痛々しく包帯を巻かれた姿のケヴィンさん。

 彼が腕を引っ張って、ジウさんを窮地から救い出してくれたようだ。

 だが、無論のこと――それは一時凌ぎに過ぎない。

 

 モンリーは再び、武器を大きく振り被った。

 ケヴィンさんとジウさん。 両者を一度に(ほうむ)らんとするかの様な

冷たく、それでいて凄まじい気迫を感じる。

 

「……」

 

 気付いた瞬間、既に僕は、倒れた姿勢のままで

モンリーへと足払いを掛けていた。

 油断のせいもあってか、奴の体は面白い様に傾く。

 

 僕は右腕だけで地面を押し付き、ガバリとその場に立ち上がる。

 そして、崩れた体勢のモンリーに対し、顔面をガシリと掴んでやると、

そのまま一気に地面へと叩き付けた。

 

「ギッ…!」

 

 微かな呻き声を上げ、彼女の目付きが(うつ)ろとなる。

 僕は顔から放した手を上空へと持ち上げると、しっかりと拳を握った。

 そして、鳩尾(みぞおち)を狙い、渾身の下段突きを放つ。

 

「グッ…アッ!」

 

 声にならぬ声を上げ、彼女の体が完全に静止した。

 どうやら、綺麗に決まってくれたらしい。

 僕は彼女の肉体に埋まった拳を引き抜き、仲間の方へと視線をやる。

 

 が…その途端、強烈な眩暈(めまい)に体がぐらつく。

 異変に対応する暇も無く、意識が急激に遠のいていく。

 

「お、おい…」

「スギヤマくん!?」

 

 2人の声が、遥か彼方から聞こえてくる。

 何か返事をしようと思ったその時、僕の意識はもう闇の中へと沈んでいた。

 

 

 

 

 

「ねぇ…。 君はなんで、そんなに勉強ができるの?」

 

 無邪気な声で、僕が問い掛ける。

 ある晴れた日の、有り触れた休み時間のこと。

 

「私が、特別だからですよ」

「特別…」

 

 彼はいつものように、当然のように、淡々とした口調で答える。

 開かれた教科書のページが見えた。

 ぼんやりとしていて、はっきり読み取れないが…多分、国語の教科書。

 

「そしてあなたは、私以上に特別な人間です」

「…ふ~ん」

 

 ――そうそう、漢字の読み書きだ。

 あれには結構、苦戦させられた記憶がある。

 何しろ、記憶力が悪いもんだから。

 

「特別って、良いことなの?」

「さぁ…どうでしょう」

 

 本当、こんな感じだったな。

 いつもいつも、僕は質問してばっかりで…。

 でも彼は、一度だって嫌な顔を見せることはなかった。

 

「それを決めるのは、人それぞれの価値観です。 ただ…」

 

 不思議だらけの世の中だった。

 でも、何より不思議だったのは、他ならぬ彼自身のこと。

 今も…変わってないのかな。 それは。

 

「私は、特別なあなたが…普通ではないあなたが好きです」

「……」

 

 これまでの僕の人生で、何度繰り返した言葉だろう。

 僕の人生の支柱となってくれた言葉。

 

 ――秀輝(ひでき)くん。

 考えてみると、彼はいつも『そこ』にいてくれた気がする。

 感謝の気持ちが絶えたことは無いつもりだが、それでもやっぱり、

馴れ合いという空気の中、忘れそうになるものがある。

 

「……」

 

 記憶の中の彼は、相変わらず優しい眼差しで僕を見つめている。

 僕がまた、何か適当な質問をすれば、きっとすぐに返事をしてくれるだろう。

 そういった関係が、いつしか僕の日常に組み込まれていて――。

 

 

 

 

 

「……」

 

 目を覚ました僕は、ベッドの上で寝かされていた。

 何かの薬品の様な、独特の匂いがする。

 病院に漂っているあのお馴染みの匂いと、かなり似た系統のものだ。

 

「おっ…目ぇ覚ましたか? スギヤマ」

 

 隣のベッドで上半身を起こしている男が、僕に語りかけてくる。

 あの炎の様に逆立ったヘアスタイルは、ケヴィンさん以外に考えられまい。

 

「傷は大したこと無かったみたいだが、中々目ぇ覚まさないからよ。

みんな、心配してたぜ」

「そう…ですか」

 

 すぐ傍らにある開け放しとなった窓からは、満天の星空が見える。

 いつの間にか、夜になってしまったらしい。

 村を出たのは早朝で、山を探索していた時間を考慮すると、えっと…

かなりの間、気を失っていたようだ。

 

「あれから、どうなったんです?」

 

 非常にアバウトだが、無視出来ない疑問を口にしてみる。

 ジウさんのこと、山賊団のこと…その他諸々。

 聞きたいことは、盛り沢山だ。

 

「ジウの奴が、山の向こうのウエルホやリシャーナから

応援を呼んで来てな。 山賊共は、根こそぎ連行されてったよ」

「……」

「ただ、あのゾリルとか呼ばれていたゴブリンだけは見当たらなかったな。

ジウの話じゃ、お前にやられたそうだが…逃げられちまったかな」

 

 ケヴィンさんの話を聞きながら、頭の中で色々な場面を思い描く。

 『ウエルホ』や『リシャーナ』などは初めて聞く言葉だが…

恐らくは、村や町の名称と考えていいだろう。

 ともかく、そこからジウさんが応援を引き連れてきて…。

 

「それと、あの薬師のじいさんなら、ジウと一緒に山を下りて、

そのまま自分の町に帰っちまったらしいぜ」

「……」

 

 ティルチさん…。

 別れの挨拶をする暇も無かったが、ともかく良かった。

 これで例の患者さんが助かれば、もう言うこと無しなんだけれど。

 

「しかし、あのじいさん…薬の知識だけじゃなく、医術全般にも

通じてるようだな。 俺もお前も、あのじいさんに応急処置して

もらえなかったら、今頃はもっとヤバイ状態だったかもしれねぇぞ」

 

 ケヴィンさんは感心した様子で話す。

 記憶には無いが、どうやら僕も、ティルチさんに応急処置を

(ほどこ)してもらったということらしい。

 そういえば、外れていた左肩が元通りになっていることにも気付いた。

 

「まぁそんでも、今日と明日はひとまず安静にしてろってさ。

――っつうわけだから、お前も気にせず、ゆっくり休んでていいぞ」

「…はい」

 

 それにしても、僕は何で気を失ってしまったのだろう?

 確かに多少の傷を負い、疲れもあったが…あれぐらいで倒れてしまう程、

自分は(やわ)な人間ではないと信じている。

 

 …いや、どうだろうか。

 やはり、これまでと全く違う環境に置かれていたことで、

何か無意識の内に気を張っている所があったのかもしれない。

 精神的な問題は、知らず知らず肉体への影響に(つな)がってくるものだ。

 

「……」

 

 やはり僕も、その辺はまだまだ未熟ということだろうか。

 そういった部分は、努力とか根性などというものだけでは

補い切れないところもある。

 ま…地道に経験を重ねていくのが、一番なのかもしれない。

 

「しかし、お前も凄ぇよな。 山賊団の連中、ほとんどお前1人で

ぶっ倒しちまうんだからな」

「…いえ、そんな」

謙遜(けんそん)すんなって」

 

 他の山賊たちはともかく、あのモンリーと呼ばれるゴブリンに関しては

正直、僕1人では辛いものがあっただろう。

 ジウさん…そしてケヴィンさんの存在が、勝利を呼び込む鍵となった筈だ。

 

「まぁでも、これでもう安心して山越えが出来るってもんだ。

久々に、向こうの景色を見に行きてぇぜ」

 

 ケヴィンさんは虚空に目をやり、嬉しそうに呟く。

 僕も何だか嬉しくて、そしてちょっぴり誇らしい気分になる。

 僕が活躍したことにより、こんな風に誰かの笑顔を取り戻せたわけだ。

 調子に乗り過ぎるのは禁物だが、少しは自分を褒めてやりたいところ。

 

「……」

 

 向こうの景色――か。

 そこにはまた、新しい何かが待ち受けているのだろうか。

 その『何か』は、僕にとってプラスの力に成り得るものなのだろうか。

 

 色んな想いが交錯する中、夜空に1つの流れ星が見えた。

 願い事は浮かばなかったが、何とも言えない幸せな気分が訪れる。

 明日からも、また頑張ろう。

 僕は小さく決心して、いつの間にやら襲い来る睡魔に身を委ねた。

 

 

 

 

 




第1章は、これにて終了となります。
間もなく『現代編』が開始され、しばらくはそちらの物語を
進行させる予定ですので、ご了承下さい。
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